クトゥルフ神話TRPG・リプレイ
■ 『 破れ切符に愛をこめて/白南 天鴻 』 2ページ ■
2022年7月5日




 ●オープニング

 清々しく晴れた日だ。空が青いと、心なしか風景も眩しい。くっきりとできる影は、太陽が燦々と輝いているのを示している。
 やたらと彩度の高い世界を尻目に、格は電車に揺られていた。少し遠くへ出かけるためだ。用事があるのか、気まぐれか。

天鴻/休日、少し海風に当たりたくなって気まぐれに電車に乗った。

 混雑しているわけでもなくガラ空きというわけでもない車内。大きな音と共に、4両は連なって線路を走る。
 間欠的な揺れは、時たま眠気を誘う。窓から見える景色を、眺める間もなく高速で置き去っていく。
 遅延も事故もなく順調だ。きっと、やがて電車は定刻通り目的地に着き、定刻通りに貴方を駅へ降ろすのだ。

天鴻/ふわ……。ちょっと眠くなってきた。

 次の駅名を告げるアナウンスが流れた時。ガタッという音がした。近くにいた若者が、驚いてスマホから顔を上げる。
 音の正体は子どもだった。少し変わった服装の子どもが、突然、座席から立ち上がったのだ。

天鴻/お? なんだ、どうした?

 中世ヨーロッパにいた方がまだ違和感のない服を着ている。
 異質なのは格好だけではない、本人のまとう雰囲気もどこか現実離れしている。魔法使いです、と言われてもさして驚かないかもしれない。
 子どもは周りの目も気にせず、何かを探すように歩き始めた。
 その後ろで、お節介そうな老婦人は、この子の保護者はいないのかときょろきょろしている。

天鴻/迷子……かな?

 子どもは人の顔を覗き込んだり、観察したりして、堂々と車内を練り歩く。どうにも、保護者を探しているふうには見えない。
 ついに貴方の近くまでやって来た子どもは、あ、と声を上げた。

天鴻/ん?

 「お前か」
 そう言って、貴方を正面から見据える。刺すように向けられた三白眼の視線。

天鴻/え、なに? 俺がどうかしたのか?

 その目は責めるようであったし、全て見透かしているようでもあった。お前の短い生涯ごとき、何もかも……。きつい目元がそう言っているように感じた。
 貴方は目をそらすかもしれないし、はたまた囚われてしまうかもしれないし、冷静にこの不審者から距離をとるかもしれない。

天鴻/……不思議と目が反らせない。じっと子供の目を見つめてしまう。

 だがいずれにせよ、貴方がまばたきをした次の瞬間、奇妙な事態が泰然と待ち構えていたのだ。

天鴻/無意識に、人間の生理反応として瞬きをする。

 貴方が瞼を閉じて、そして開いた。生理的な動作だ。
 目を乾かさないために必要な作業。毎分何回無意識にやっているかわからないまばたきをおこなった、そのたった一瞬の間に、車内の乗客がみな消え去っていた。

天鴻/ふぁ!?

 若者も老婦人も、子どもも。自身の荷物もない。
 変わらずに淡々と走り続ける電車の揺れる音だけが、貴方しかいない広い空間に虚しくこだましている。SANc(0/1)

天鴻/な!? あれ!?(ころころ)32、成功。

 ここは1両目の車両だ。
 だが先頭を覗いても、車掌がいる気配はない。

天鴻/……もしかして、また奇妙な事に巻き込まれたんじゃないだろうな。ここでじっとしてても仕方ないし、元に戻る手段を探しに行くしかないか!


 ●シーン1:1両目

天鴻/手近な窓の外に目をやる。

 窓の外を流れるのは、なんということはない普通の風景だ。
 貴方がどんな場所で電車に乗ったかによるが、背の高いビルが並んでいたり、遠くで住宅地が集合していたり、あるいは田園地帯が地平まで広がっている。
 ただ、妙な違和感が少しある。まるで、どこまでも生き物の気配がないような、そんな違和感が。

天鴻/……変じゃないけど、なんか変だ。言葉に出来ない違和感がある。車内に視線を向ける。

 今いるのは1両目、先頭車両だ。
 座席は、2人ずつ並んでいるタイプではなく、長く横一列に並んでいるタイプ。ずらりと並んだ吊り輪が、電車の揺れに伴ってゆらゆら遊んでいる。
 貴方以外誰もいないのを除けば、先ほどまでいた場所と大差ない。
 そうやって車内を眺めていると、ふと座席に何か置いてあるのが目に入る。
 見た目からして切符かと思ったが、メッセージカードのようなものだ。
 白く丈夫な紙に、手書きの文字。言語は貴方が普段使っているものと同じ。ずいぶん元気そうな筆跡で、こう書いてある。

天鴻/お? なんだこれ?

 ――――
 ハロー! 俺の名前はエルド。リプダス村のイカした門番さ。おっと、地名を言ったって君には伝わらないんだった。失礼!
 きっと君は今、なんのことやらって顔をしてるはずだ。この文章を書いている時点で、手にとるようにわかるぜ。もっとも、俺はそっちの詳しい状況は知らないんだがね。けれど、こうやってメッセージカードで文章を送ることが許されたんだ……文字数制限に負けず、簡潔に、手短に、説明してみせるさ。任せてくれよ!

 ――――

天鴻/もう既に簡潔じゃ無いんだが!?

 ――――
 まず、俺のいる世界と君のいる世界は違うらしい。並行世界、というのか。ロマンがあってイイね。
 そして、そんな並行世界にて俺は現在仮死状態。実際、ほとんど死んでるようなもんだ。俺の村の近くには巨大蜘蛛が住んでいるという噂があってね、御伽噺だと思っていたら、まさかのまさかだ。俺はぶっすりやられてしまった。なんてこった! 村の連中が気づいてくれて、どうにか遺体は持ち帰ったが、時すでに遅し。今俺の体は、村人たちの号泣に囲まれている。最悪なバッドエンドさ。

 ――――

天鴻/し、死者からのメッセージ!? こわっ!?

 ――――
 だが、不幸はそう長く続かないものだ。幽霊みたいになった俺のもとに、神様が現れた。間違いない、あのお方は神様ってヤツだ。神様は俺の死に方をひどく哀れんだ。どうして俺があの巨大蜘蛛に殺されるハメになったのか……その説明をしたら、ならばと生き返るチャンスを与えてくれた。
 それが君さ。君は今、電車の中にいるだろ。その電車は4両編成だ。スタート地点は1両目で、4両目の奥に俺の魂がある。君が俺の魂まで辿り着けば、俺は生き返らせてもらえるそうだ。

 ――――

天鴻/お、おう。

 ――――
 ただ、道のりは簡単じゃない。神様曰く、各車両ごとに試練があるらしい。頼む! どうか試練を突破して、俺の魂を手に入れてくれ!
 ちなみに、外への扉を開けて出れば、普通に帰れるそうだぞ。でもその場合は俺が生き返れなくなってしまう! 神様が、チャンスは1人だけと言っていた。君だけなんだ! 君が降りてしまったら、俺はおしまいだ! ああ、普通に帰れるなんて言わなければよかった! ここには消しゴムがないんだ! クソッ、でも君ならやってくれると俺は強く信じてい

 ――――

 文章はそこで途切れている。
 というより、メッセージカードに収まらなかったのだろう。裏面などを見ても特に変わった様子はない。

天鴻/……こいつ、文章書くの下手くそなんだな。外に出れば普通に帰れる……外のドアを見る。

 外への扉。
 電車を乗り降りする時に使う扉だ。1車両につき6つある。
 その傍には、開閉ボタンが備わっている。ボタンを使用して扉を開けたり閉めたりするタイプのようだ。
  開けるボタンを押すならば、走行中にもかかわらずすんなり扉が開いてしまう。
 一気に強風が入り込んで貴方へ襲いかかる。少々危険ではあるが、このまま外へ脱出することもできそうだ。

天鴻/……いつでも帰れるんなら、このエルドさんとかいう人を助けに行ってもいいか。一応、車掌室も見よう。

 車両の先頭には車掌室がある。
 本来であれば……というより異変が起こる先ほどまでは、透明な仕切り窓の向こうに1人の車掌が立っていた。
 鍵がかかっているため、室内に入ることはできない。そもそもどうやって開けるのかもわからない。
 ここから見れる範囲をくまなく探しても、人の姿はない。正面にのびている線路が見えるだけだ。

天鴻/誰もいないのか。まあ、きっと不思議パワーで動いてんだな、この電車。うん。荷物棚を見てみる。

 座席の上には荷物棚がある。本来、乗客の鞄や買い物袋が置かれている場所だ。
 しかし今は何もない……かのように思われたが、隅の方に白い箱があるのを発見できる。
 救急箱だ。中身を確認すると、何か怪我をした際には役立ちそうな物品がそろっている。

 『アイテム:救急箱』
 技能<応急手当>と合わせて使う。<応急手当>の技能成功率を+30する、もしくは、<応急手当>が成功した際の回復量を+1する。

天鴻/お! いいもん見っけ。自分で使っても良いし、万が一怪我人見付けたら治療できそうだな。次の車両へ向かおう。

 2両目への扉。
 この車両と次の車両をつなぐ扉だ。窓は曇っており、2両目の様子を窺い知ることはできない。
 聞き耳をたてようにも、走行中の電車は常に轟音を撒き散らしている。
 普通の電車であれば難なく開けて移動できるはずだが、どれだけ力を込めても動かない。手をかける部分の少し下に、鍵穴が用意されていた。

天鴻/鍵? 鍵なんて持ってないぞ。STRで開けられんか? うーん? どっか見落としてる? 棚、違う。車内、も違う。

天鴻/……車掌室か? でも何も無かったよな。

 車掌室内をさらに詳しく見ると、車掌室内の床にロープが落ちている。細いそれは、矢印を形作っていた。
 矢印の先を視線で辿ってみると、扉の隙間に小さな鍵が挟まっているのを見つける。ぴったりと埋まっていて気付きにくい位置だ。指をさしこむなどすれば、簡単にとれる。
 『アイテム:小さな鍵』を入手。

天鴻/あった〜! スクロールバーをちゃんと見ろ俺〜! よし、これで2両目に行けるな! ガチャッ!

 小さな鍵は小気味いい音を立てて解錠してくれた。
 車両と車両のつなぎ目は不安定な足場だ。電車の轟音もより大きく聞こえる。貴方は2両目への扉に手をかけた。


 ●シーン2:2両目

 現れたのは、やはり変哲のない車内だ。誰もいない寂しい空間。だがその中で妙な気配を放つのは、座席に並べられた5つのぬいぐるみだった。

天鴻/おや、可愛い乗客だ。車内の様子から見ていくか。

 特に変わったところはないが、見渡してみると、見覚えのあるメッセージカードが吊り輪に貼り付けられている。
 書かれている文字は、やはり見覚えのある筆跡だ。

天鴻/またあった。こいつ紙面でも元気そうだな。

 ――――
 2両目へ到達できたようだな。流石だ! やはり俺の考えは間違っていなかった! 神様が言っていたが、試練にはそれぞれテーマがあるそうだ。1両目が探索、2両目が推理、3両目が精神、4両目が臨機応変。君の助けになりそうな情報はそのくらいだ。なんたって俺は、こうして筆を走らせるのが精一杯。君の様子も見れないし、各車両ごとにこの紙で一方的に語りかけることしかできないのだから! 話せたらいいのに。
 ――――

天鴻/こいつ、若干……奈須きのこ産のお調子者キャラの匂いがするな……。

 ――――
 さっき言った通り、俺と君とは、生きている世界が違う。加えて俺はほとんど幽霊みたいなものだ。会話なんてもってのほかだと神様に言われてしまった。あの神様、もしかしたら少し機嫌が悪いかもしれない。俺がしゃべりすぎたかな? 神様ともあろうお方がこんなに短気じゃ、俺たち人間も困っちまうよな。
 それにしても、なぜわざわざ違う世界の住人に俺の運命を託すことになったんだろうか。わからないが、本来出会うはずのない俺と君が、こうして存在を確かめ合っている……そう思うと気分もアガるってもんだ。巨大蜘蛛に殺されるのも、案外悪くないのかもな!

 ――――

天鴻/ぽ、ポジティブ〜!

 ――――
 そうだ、あとで神様から君の名前を聞いて、石碑を建てよう! 『エルドを救いし○○に感謝をこめてここに刻む』 こいつはいい。そうすりゃあいつらもさすがに理解できるだろ。そういえば君の世
 ――――

天鴻/こいつ、案外余裕なのでは?(笑)

 そこで途切れている。またメッセージカードに収まらなかったように見える。
 裏返してみると、別の人の筆跡で「機嫌悪くありません」と走り書きされていた。

天鴻/うーん、先に荷物棚を見とくか(笑)

 荷物棚。
 5つのぬいぐるみの真上の荷物棚に、分厚い本が数冊並んでいる。
 どれも題名は書いておらず、かなり古びている様子。車体が揺れるたびに本も荷物棚に叩きつけられ、ほこりがこちらまで舞ってきそうな勢いだ。
 本を調べるのであれば<図書館>技能でロール。

天鴻/げほげほ……。なんかのヒントっぽいものが書かれてるかもしれない。(ころころ)32、成功。

 試しにパラパラとページをめくってみると、ほとんどは見知らぬ言語で書かれている。
 外国語だろうか。だがテレビなどでも見たことのない、不思議な文字だ。
 その中で1冊だけ、日本語で書かれているものがある。
 薄い紙にびっちりと詰められた小さな字面を追えば、なにやら下線のひかれた箇所を見つけることができた。こんなことが記されている。

天鴻/ん……?

 ――――
 『生ける屍』
 死んだはずの人間が動く、まさに生ける屍である。彼らが動けてしまう理由は定かではなく、場合によって違うと推測される。
 だが行動傾向や弱点は共通していることが多いようだ。彼らは基本的には、自らを支配する者の命令を遂行する。人を害し、食おうとする可能性も高い。そして、塩や炎に対する耐性が薄い。逆に、刃物などの武器はあまり効果がない。そも怪我をしたとて彼らは動けるからだ。
 また、呪術や魔術といった超常的な技術を持つ場合は、支配をのっとることも可能らしい。
 ――――

天鴻/…………。ぱたん、と本を閉じる。碌な事を考えないやつってのは、案外多いんだな。……ぬいぐるみを見よう

 座席に、5つのぬいぐるみが1列に並んで座っている。
 どれも同じうさぎのぬいぐるみだが、色が違う。
 左から順に、青、白、緑、紫、赤。それぞれ、文字の書かれたプラカードを手に持っている。そして、彼らの背後の窓ガラスに
 「5人の中に1人うそつきがいます。それ以外の4人はみな正しいことを言っています。うそつきは誰?」
 という貼り紙がある。

天鴻/いやっ! 苦手なやつ〜! えーん! STRで! STRで解決できんか!?

 青「紫が言ってることは合ってるよ!」
 白「僕はうそなんかつかない」
 緑「私の両隣の2人のうち、少なくとも1人は正しいことを言っているよ」
 紫「赤はうそつき」
 赤「うそをついているのは青だ!」

天鴻/これはあれかな? 答えを出さないと次の車両に行けないやつでは? 俺は詳しいんだ。……念のため次の車両のドア見てくるか。もしかしたら謎解きしなくても開くかもしれないし。

 3両目への扉。
 次の車両への扉だ。開けようと力を込めたとしても、うんともすんとも言わない。今回は鍵穴も見当たらない。かわりに、5つのボタンが用意してある。
 それぞれ青、白、緑、紫、赤の色がついており、近くに「間違えていいのは1度だけ」と印字されている。

天鴻/知ってた〜! うそつきの色を押せばいいんだろうな、これ……くそ、イス人から貰った未来予知の力が今あれば! ……謎、解くかあ。

天鴻/えっと、現状うそつきが2人いるから赤か青のどっちかがうそつき。で、青がうそつきだと紫もうそつきになるからおかしい。緑の証言と合わせると、紫は正直者。ってことは赤がうそつきか。

天鴻/……だよね!? 誰か! そうだと言って! ……押してくるか、ボタンを。3両目への扉、赤のボタンを押す。ポチっとな。

 赤を押す。
 赤のボタンを押した瞬間、カチャリと解錠らしき音が聞こえた。
 試しに扉へ手をかけると、無事次の車両への道が開かれた。3両目へと進むことができそうだ。
 <聞き耳>ロール。

天鴻/よかった、正解だった……。(ころころ)6、成功。出目ヨシ!

 どこか離れた場所から、呻き声が聞こえた気がする。
 遠くで発された声が、ぼんやりと鼓膜へ届いたような感覚。耳をすましてやっと聞こえるほどの大きさのそれは、すぐに電車の音でかき消されてしまった。

天鴻/なんだ? でも、聞こえない。進むか。


 ●シーン3:3両目

 つなぎ目を越えて、3両目へ足を踏み入れる。車内は変わらず静かで、電車の走る音だけが響いている。
 だが、なにか……不思議な気配がある。それも、良くはない、どちらかというと不安にさせるような気配だ。
 まるで次の車両に何かが待ち受けていると言わんばかりの、妙な悪寒に襲われる。やたら脚が重い。空気が圧力で押し返そうとするような勢いだ。

天鴻/やな感じだ……。車内の様子を伺う。

 重苦しい雰囲気が支配する中、貴方のすぐ近くの壁に、意気揚々とした字体が連なっている。
 またあのメッセージカードだ。壁に貼られているそれには、例のごとく彼の話が詰め込まれていた。

 ――――
 2両目を突破したんだってね! ナイスだ! 神様が2両目は頭を使う試練だと言っていたから、きっと君は頭も冴え渡っているんだろう。生きる世界が違くなければ、ぜひ会いに行きたかった!
 さて、君は見ず知らずの俺のために頑張ってくれているわけだが……そもそもどうして俺が死ぬハメになったか、説明しなくてはならないな。何があって君に頼ることになったのか。無論巨大蜘蛛のせいだ。なぜ巨大蜘蛛の棲家になんぞ行ってしまったのか、という話をしよう。

 ――――

天鴻/「俺の話をしよう(CV:櫻井)」って感じに聞こえてきたな。

 ――――
 俺には親友がいるんだ。名前はマーエ。長い黒髪がばっちりキマってる、最高にクールな男さ。自分で作った歌を歌う、いわゆるシンガーソングライターってやつ。アコースティックギターと歌声で、あいつが居る場所はどこだってコンサートに早変わりさ。
 そんなイカしたヤツなんだが、最近ちょっと落ち込んでいた。精神的にな。それでろくに食事も摂れない有様だったから、こいつはまずいと思って、薬粥を作ろうと俺は思った。辺鄙な場所にある村だから、薬草なんてのは普段行商人から買うんだが、たまたま昨日帰っちまったばかりだった。そうなったら、自力で採りにいくしかないだろ。生えてる場所は知ってた、巨大蜘蛛が近くに住んでるなんて噂はあるが、よくある教訓的な御伽噺だと思い込んでいた……。

 ――――

天鴻/めっちゃフラグじゃねーか!

 ――――
 こうして俺は餌食になっちまったわけさ。って話したら、さすがに神様もかわいそうだと思ったんだろうね、チャンスを与えてくれたんだ。まあ、君に苦労をかけるのは変わりないけど。俺から君に何かお礼をできないか、今神様に交渉してるところだ。だからあと少し踏ん張ってくれ! 君の頑張
 ――――

 字数制限内におさめるということが絶対にできない人物らしい。今回も途中で終わっている文章がそう物語っている。

天鴻/こいつ絶対ツイッターできないな……。4両目の扉に向かうしかない、か。

 4両目への扉。
 一歩踏み出すごとに体が重くなる。ただ歩いているだけなのに、空調のきいた車内で、汗が皮膚を滑り落ちる。
 4両目への扉に辿り着くまで、この重圧から耐え切らねばならない。
 <POW×5>を5回振ったら、扉まで辿り着けることとする。<POW×5>に成功したら何も問題はないが、失敗したらそのつどSAN値を1減らす。

天鴻/<POW>ロールか…まず、1歩目。(ころころ)30、よし、1回目成功! ……誰もいない車内の筈なのに、変なプレッシャーを感じる。

天鴻/2回目。(ころころ)77、失敗。

 【現在SAN値】
 天鴻:65→64(1点減少)


天鴻/っ、あ……。足が何故か震える。誰もいない筈なのに。もう一度、2回目。(ころころ)97、ファ〜ンブル!

 【現在SAN値】
 天鴻:64→63(1点減少)


天鴻/こわい、こわい、こわい、先に進のが怖い。そんな気持ちが押し寄せる。再度、2回目。(ころころ)37、成功。やっと、進めた。

天鴻/正体不明のプレッシャーに身体が竦むのを気合で押し出して、座席に手を付きながら歩を進める。3回目。(ころころ)57、失敗。

 【現在SAN値】
 天鴻:63→62(1点減少)


天鴻/あと一歩が踏み出せない。くそ……! もう一度、3回目。(ころころ)33、成功。は……はあ。重い足取りで車内を進む。普段なら簡単に進めるはずの距離が異常に長く感じる。

天鴻/4回目。(ころころ)14、成功。……っ、もう、少し……。脂汗なのか冷や汗なのか、あるいは両方か。額から流れる汗も拭わないまま、目の前の扉に向かって足を向ける。

天鴻/5回目。(ころころ)49、成功。〜っ! だんっ、と扉に勢いよく手を付く。ぜえ、ぜえ……っ! こんな、しんどい車両移動、初めてだぞ……!

 重たい体をひきずって、どうにか貴方は扉の前まで来た。
 鍵などはかかっていない。開けようと思えば、開けてしまえる。
 次で最後の車両だ。

天鴻/これで、最後……。

 任意で扉の向こうに対して、<聞き耳>ロール。

天鴻/…………。(ころころ)00、ファンブル〜! よし! なーんも判らん! しんどさのあまり、勢いのままドアを開けた!

 3両目から4両目へと移動するべく、貴方は扉を開けた。
 電車のつなぎ目へ入った途端、背後で扉が勝手に閉まった。開けようと思ってもびくともしない。後戻りはできない、ということらしい。
 このままここに居続けるわけにもいかない、貴方は目の前に立ち塞がる扉へ手をかけた。

天鴻/おっとお。……ま、ここまで来たら途中下車は出来ないってことだよな。


 ●シーン4:4両目

 車内には先客がいた。人間……いや、明らかに致命傷を負っているが動いている、人間だった存在。
 皮膚は傷み、まともに思考することも許されていない。壊れかけの四肢で車内を這っている。
 これは現実なのだろうか。目の前の存在を、貴方はもちろん知っているが、映画の中の話ではなかったろうか。
 ゾンビの目撃によるSANc(1/1d8)。

天鴻/バイオなハザードかよ!(ころころ)69、失敗! ちっくしょ!!

 【現在SAN値】
 天鴻:62→57(5点減少)


天鴻/えええええ!? 一時的狂気じゃんんんん!(1d10ころころ)狂気表は、6……。

 ▼天鴻の発狂結果→殺人癖、または自殺癖。
 誰彼構わず殺そうとする。

天鴻/また引いたなこれ!?(1d10+4ころころ)13ラウンド継続!? 出目が高い高ーい! いらんわ! あ、その前に<アイデア>ロールをしよう。<アイデア>成功したら何も起きないし……。(ころころ)10、成功(笑)

天鴻/偶数が出たら、殺人癖。奇数なら、自殺癖で。(ころころ)1、自殺か〜!

 3体いるそれらは、呆けたまま過ごしていた。
 が、扉の開いた音に反応してか、いっせいに首を捻じ曲げて貴方の方を見る。そして、自我を失った獣のごとく、一目散に襲いかかってきた。
 この状況を、貴方はどうにかして切り抜けなければならない。
 だが、迫りくるゾンビ達の向こう、確かに貴方は見逃さなかった。
 車両の1番端、車掌室の手前に、小さな木の箱がぽつんと置いてある。あれがゴールだと、直感が言っている。

天鴻/……訳が分からない状況に身が竦む。目の前にはゾンビ、車両の奥には木の箱、外への扉。急に、希死念慮が湧き出る。ずっと、心の内に押し込めていた「死にたい」という感情。

天鴻/いや、死にたい、じゃない。殺されたい、だ。自分の罪を裁いてくれる誰かに、彼に、殺されたい。そういう気持ちが身体を支配する。

天鴻/あ、ああ……でも、ここに彼はいない。なら……。

天鴻/偶数なら「扉から飛び出す」、奇数なら「ここに残る」。(ころころ)1。…………こいつらが、俺を殺してくれるかもしれない。

天鴻/13ラウンド耐えれば正気に戻る! ダメージ受けたら幸運で成功したら正気に戻るとかしたらダメかな!? ゾンビ! 俺を殴れ!

 ゾンビは<噛みつき>以外の行動はしてこない。
 1ラウンドに、1体につき1回、PLはゾンビのダイスを振る。つまり探索者は、1ラウンドの間に3回<噛みつき>をされることになる。
 探索者は<回避>を振って避けることも可能だが、1ラウンドに1度しか振れないこととする(例えば、1ラウンドの間にゾンビ2体が<噛みつき>を成功させてしまった場合は、2発目は確定で当たることになる)。
 天鴻は一時的狂気で行動不能状態。ダメージを受けて、幸運判定に成功しない限り13ラウンド動けない。

 ゾンビの<噛みつき>は30%。3体が攻撃を開始。
 1体目、64で失敗。2体目、10で成功。3体目、1でクリティカル成功。

天鴻/ゾンビクリティカルしてんじゃねえよ! 出目良いな! ……クリってたら流石にダメージ倍かな、合計3点ダメージで。

 【現在HP】
 天鴻:17→14(3点減少)

天鴻/い、った……。<幸運>ロールをしよう。(ころころ)66、失敗。……痛い、けど、死ぬには足りない。

 ゾンビの2ラウンド目<噛みつき>攻撃。
 1体目、91で失敗。2体目、89で失敗。3体目、3でクリティカル成功。

天鴻/3体目のゾンビ、殺意高くない? クリティカルなので2点ダメージで……。

 【現在HP】
 天鴻:14→12(2点減少)


天鴻/<幸運>ロールを。(ころころ)90、失敗。……は、はは。死ぬって、たいへんだなあ。

 ゾンビの3ラウンド目<噛みつき>攻撃。
 1体目、73で失敗。2体目、74で失敗。3体目、14で成功。

天鴻/がり、とまたゾンビに噛まれる。腕が血だらけだ。

 【現在HP】
 天鴻:12→11(1点減少)


天鴻/<幸運>……。(ころころ)14、成功! っしゃ! あっ、いってえええええ!? 痛みで正気に戻る。何を考えていた俺は! くっそ、好き放題がぶがぶ噛みやがって! やられた分はきっちり返すからな!

天鴻/さっきからがぶがぶ噛んでくれたゾンビにキック! <マーシャルアーツ>!(ころころ)97、ファンブル。コケました。すてーん。

 ゾンビの4ラウンド目<噛みつき>攻撃。
 1体目、15で成功。2体目、34で失敗。3体目、16で成功。

天鴻/1体分は<回避>!(ころころ)14、成功!

 【現在HP】
 天鴻:11→10(1点減少)


天鴻/あ……さすがにくらくらしてきたな。<マーシャルアーツ>で攻撃。(ころころ)90、失敗! なんでえ!?

 ゾンビの5ラウンド目<噛みつき>攻撃。
 1体目、61で失敗。2体目、86で失敗。3体目、92で失敗。

天鴻/っ、なんかヒントないか……!?

 車内に何かヒントがないか探す。車内の探索は、1ラウンドを消費して行うことができる。
 切羽詰まった状況下で、貴方は車内に目を走らせる。ゾンビがいる以外は至って変哲のない様相だ。
 何か見つけたいのであれば<目星>。失敗したら何も見つからないが、次のラウンドにまた<目星>を振ることが可能。

天鴻/<目星>。(ころころ)88、失敗。嘘でしょー!?

 ゾンビの6ラウンド目<噛みつき>攻撃。
 1体目、54で失敗。2体目、46で失敗。3体目、52で失敗。

天鴻/もっかい探す!(ころころ)59、成功。ヨシ!

 よく見ると、壁に透明なひきだしが3つついている。以下の3つのアイテムを手に入れることができた。

 ・ナイフ:初期値25%だが、探索者が他に刃物関係の技能を持っている場合、それを適用して使ってよい。
 ・ライター:普通のライター。火をつけることができる。
 ・紫色の本:怪しげな雰囲気の本。1ターン消費すればざっと読むことが可能。

 ゾンビの攻撃ターンを挟んだ後、次のラウンドにてそれぞれ使用or調べることができる。

天鴻/なんか見っけた! けど、奴らの攻撃を避けないと……!

 ゾンビの7ラウンド目<噛みつき>攻撃。
 1体目、85で失敗。2体目、7で成功。3体目、87で失敗。

天鴻/<回避>!(ころころ)48、成功。おっし! 紫の本、見る!

 紫色の本を読む。
 手のひらサイズの本だ。紙は薄く、軽い。
 呪文やら魔術やら、怪しい内容ばかり書かれている。魔法陣らしきものや、謎の記号が載っていたりもする。
 限られた時間でざっと目を通すと、あるページで思わず貴方の手が止まる。まごうことなきゾンビのイラストがあったからだ。以下のような話が付随していた。

 呪文『屍の支配』
 死体を意のままに動かすことができる。いわゆるゾンビ状態にすることが可能。ゾンビ自身に意思はなく、命令した通りの行動しかしない。
 また、他の人物が動かしているゾンビの支配権を奪うことも可能。
 使い方:MPを1d3&SAN値を1d3消費することで、死体またはゾンビ1体を4ラウンドの間、命令通りに動かす。呪文を使えるのは1ラウンドに1体のみ。

天鴻/なるほど!? あっ、そうだ、火に弱いとかもあったっけ。次、試そう。

 ゾンビの8ラウンド目<噛みつき>攻撃。
 1体目、85で失敗。2体目、26で成功。3体目、36で失敗。

天鴻/<回避>!(ころころ)11、成功! っしゃおら! ゾンビの猛攻避けながら、ライターを点ける!

 ライターを使う。
 ライターを投げてゾンビに当てるとしても、直接火をつけにいくとしても、特に技能を振る必要はない。狭い空間かつ、ゾンビはわきめもふらずこちらへ直進してくるからだ。
 ただし、攻撃できるのは1ラウンドにつき1体のみ。

天鴻/取り合えず、1体に目掛けてライターっぽーい! 車内火気厳禁とか言ってる場合じゃねえ!

 ライターの火がゾンビの皮膚に燃え移る。
 知能が低下しているらしいゾンビが火の威力に気付く頃には、ボロ雑巾のような体躯は取り返しがつかない有様になっていた。
 叫び、呻きながら火を払おうとするが、もはや止められない。
 ライターの火でゾンビを燃やした場合、そのラウンドのうちにゾンビは死滅する。

天鴻/えっと、これは……全部倒した、のか? 死んだってことで良いかな、良いよな……。ゾンビを倒して、何とか箱の近くまで到達する。いってえ……その前に<応急手当>をしとくか。 箱開けたらもう一回戦えるドン!とか言われたら敵わねえ。(ころころ)49、成功。よし、救急箱の効果で回復量+1。

 【現在HP】
 天鴻:10→14(4点回復)


天鴻/ふう、取り合えず消毒と止血は出来たな……。ったく、何やってんだ俺は。意を決して箱に触れる。

 最後尾たる車掌室は無人だ。
 大きな窓から見える風景が、ただただ遠くへ流れていく。その手前で小さな箱は待っていた。貴方の手が触れるのを待っていた。
 指先が蓋に触れた瞬間、白い光が視界を覆った。
 眩くも柔らかい光だった。込められていたのは祝福か感謝か……間もなく、長い夢が終わったかのような、はたまた夢へ誘う強い眠気のような、曖昧な感覚が貴方の意識をそっと閉じた。

天鴻/う、うう……。

 はっと目を覚ます。電車が走っている。
 近くに立つ若者はスマホへ目を釘付けにし、老婦人が窓にもたれて外を眺めている。
 荷物棚に並んだ誰かの鞄の紐が、車体の揺れと共に上下する。他の乗客たちも貴方も、目的地へ着くのを待ちながら電車に揺られている。

天鴻/あ……? ここ、は……。

 帰ってきたのだ。あの無人の、謎の電車から。
 もともと持っていた物はきちんと持っているし、車掌室には車掌がいるし、窓の向こうの景色も人間の営みを感じる。
 誰もが、粛々と日常をこなしている。この空間の中ではある意味、奇妙な体験をしたばかりの貴方は異質であるかもしれない。
 あの子どもはどこにも見当たらない。今までのことは夢か幻か現実か。尋ねることができそうな相手も、もういない。

天鴻/……ゆめ、だったのか? それにしては体、痛いな……。

 けれど、残滓がひとつ、貴方の手の中に残っていた。
 てのひらに妙な違和感を覚えて見てみれば、メッセージカードがぺたりと貼り付けられており、紙面上にはもはや慣れ親しんだ筆跡が踊っていた。

 ――――
 ありがとう! 本当にありがとう! 君は文字通り命の恩人だ!
 そっちでどんなことがあったのか俺はわからないけれど、神様がすごく驚いていた。きっと君はすごいことを成し遂げてくれたんだ! 
 これを書いている今も、徐々に気力がみなぎっていく感じがする。生き返れるぞ! やはり俺は間違っていなかった!
 生き返らせてやろうという話になったとき、神様はこう尋ねたんだ。「試練を与える人物は、どんな者がよいか。どんな者に、お前の運命を託すのか」ってね。俺はこう言ったよ、「夢を諦めたことがある人」と。

 ――――

天鴻/…………。

 ――――
 俺の親友ことマーエが、けっこう落ち込んでるって言っただろう。
 それは、あいつが長年追いかけていた音楽という夢を諦める決断をしたからなんだ。
 マーエは小さい頃から音楽が好きだった。すごいよな、伝えたいことを歌詞にして音にして、ギター弾きながら歌ってさ。
 俺もあいつの歌が大好きだった、誰かの支えになりたいって気持ちがすごい伝わってくる歌なんだ。だから、将来音楽で食って行きたいって聞いてからずっと全力で応援してた。
 けど、周りはそうじゃなかった。
 俺の住んでる村、本当にド田舎でさ。偏屈な大人ばっかりだ。
 早いうちに諦めろとか、そのレベルで夢にするなとか、茨の道過ぎるとか、心を病みそうとか、とにかくいろんな言葉でマーエの夢を妨害した。
 それがマーエのためになると思ってるやつすらいた。
 そんなわけないだろ。あいつら、自分の臆病さや嫉妬ややるせない気持ちを、マーエにぶつけて発散してるだけだ。自分たちにできないことを成し遂げてほしくないだけだ。
 最初は負けずにマーエも頑張っていた。都会の方での活動を報告してもらうのが楽しみだった。
 それでも、いろんなつらいことが重なって、心が折れちゃったみたいだ。

 ――

天鴻/…………。黙々と、エルドの手紙を読み進める。

 ――――
 そうしたら村の連中、どうしたと思う?
 笑いやがった。ほら自分たちの言うことが正しかっただろ、お前はばかだよって。
 マーエの決意と努力を笑いやがった! 哀れみやがった! 同じ土俵に立つことすら怖くてできないくせに!
 俺は知ってる。夢を諦めたっていうことは、夢を抱いて、叶えようと努力したのとイコールだ。
 すごく強い意思を持ってあがきまくったからこそ「諦めた」って言葉が生まれるんだ。叶ったとしても、諦めたとしても、その出発点には必ず挑戦があるんだよ。
 もしそれが他人や環境から与えられた夢だとしても。
 だから、夢を諦めたことがある人、そのことが強く強く心に残ってる人ほど、誰より意思が強い人間なんだ。
 マーエがこれからどうするのかはあいつ次第だけど、その事実は絶対変わらない。近くで見てきた俺は知ってる。
 だから神様にもそう頼んだんだ。本当にそれでいいのかみたいな顔してたけどな、俺は絶対いけるって信じてた。
 知らない奴のために命はるもんかって下車しちゃったらおしまいだが、そうじゃなければ、最後までたどりつけるはずだ。
 それに……そうだ、たしか俺の体はいま村の診療所にあるんだよ。村の連中が俺の死体の周りで涙ちょちょぎれてるはずだ。そこで俺がムクリと起き上がって、今回の出来事を語る。
 俺を助けたのは、別の世界で生きてる、夢のためにあがいた人なんだってな。ああ、お礼はきちんと神様に頼んでおいたから受け取っ

 ――――

 端から端まで文字が詰め込まれていた。
 裏面を見てみると、表面とは違って流麗な字で「おつかれさまです」と書いてある。
 それを確認した瞬間、メッセージカードの角がほろりと崩れた。

天鴻/あっ。

 まるで自分はこの世界にはいられないとでも言わんばかりに、こぼれるように壊れて、やがて跡形もなく消え去った。
 そのかわりに、てのひらに何か三角形のいれずみが入っているのを見つける。
 薄く、目を凝らさないと見えないが、なぜか不思議なあたたかさがある。
 「まもなく、■■。お忘れ物のないよう、ご注意ください」

天鴻/目的地、だ。

 ふとアナウンスが入る。告げられた駅の名は、貴方が降りようとしていた場所だ。
 周りの数人が降車の準備を始めている。
 だんだんと速度が落ち、車輪と線路の擦れる音が強くなる。座っていた客がドアの近くに移動する。

天鴻/……座席から立たず、そのまま座っている。

 とうの昔に夢は終わった。
 挑戦と希望を、現実は叩き落とした。結実も成功もなかった。
 望む未来へ終着せず、はたして何を得るのか。
 自ら乗り込んだ夢は、揺れに揺れて破れ去ったのだ。その事実は未来永劫変わらない。
 列車が静止した。扉が開く。大口をあけて、今が貴方を待っている。

天鴻/少しだけ悩んで、ドアが閉まるのを見届ける。今は潮風よりも、電車の揺れを感じていたかったから。

天鴻/……俺の、夢、か。

天鴻/得意だったはずの銃は撃てなくなり、刑事を続けるにも今いる零課以外に居場所は無くなった。以前誘われたSATにはもう異動できない。SATどころか、他の部署だって射撃が出来ないと分かれば退職を勧められるだろう。

 がたんごとん、と電車が揺れる。

天鴻/別に昇進とか、部署異動は望んでない。零課自体は居心地が良いから。

天鴻/エルドには悪いが、俺はお前が思ってるほど強い人間じゃないよ。俺よりも、お前の方がずっと強い。きっと、お前に励まされたら友人だって元気になるさ。

天鴻/……俺は、自分自身の罪とまともに向き合えないぐらい弱くて、卑怯で……。それでも、いや、だからこそ、困っている人を助けなきゃいけない。それだけで動いている、そんな人間なんだよ。そんなやつが、のうのうと生きていて良いのか、生活してて良いのか、そんな風に思う時だってある。

天鴻/ぎゅう、と刺青の入った手のひらを握る。

 ■AF「三角形のいれずみ」
 エルドが“神様”に頼んで貴方に贈ったお礼。心の揺らぎを支えてくれるような、不思議なあたたかさがある。
 このいれずみを持つ者は、この先SAN値が0以下になった時、一度だけ「1」で耐える。その後いれずみは消えてしまう。
 目を凝らさないと見えない程度の薄さなので、日常生活に支障をきたすことはないだろう。

天鴻/あたたかい。少し、気持ちが安らぐ。今は、身体を張って誰かを、仲間を助けるしか出来ないけどそれでも少しずつ前に進めれば、いつかは、いつかは……。

天鴻/じっと、自分の利き手を見る。銃を握っていた手。大事な仲間の、大切な人を奪ってしまった、引き金を引いた手。

 電車は何事もなく走っていく。
 終点に向かうにつれて人が減っていく車内。ぽつんと一人残った男は何を思うのか――。


 ■生還報酬
 ・SAN値回復1d3




『 破れ切符に愛をこめて/白南 天鴻 』

END


シン・ラブホテップへ続く

TRPGリプレイページ・トップページへ戻る