クトゥルフ神話TRPG・リプレイ
■ 『 破れ切符に愛をこめて/名坂 格 』 1ページ ■
2022年7月2日




 ●オープニング

格/今日は、妹の墓参りです。



 クトゥルフ神話TRPG 『破れ切符に愛をこめて』
   シナリオ製作者:らのじ 様 シナリオ掲載サイト



 とうの昔に、夢は終わった。

・人数:KPレス
・舞台:電車が存在する時代/場所
・探索者:「夢を諦めたことがある人」新規継続不問
・推奨技能:<目星>、<図書館>、<回避>
・ロスト:無

・夢を諦めたことがあり、尚且つその記憶が深く心に残っている探索者がオススメです。
・一部複雑な処理があり、初心者の方は手間取る可能性があります。
・用事があってか、気まぐれか、探索者が電車に乗ったとある日の物語です。
・いわゆる「並行世界」の要素を含む作品です。




 清々しく晴れた日だ。空が青いと、心なしか風景も眩しい。くっきりとできる影は、太陽が燦々と輝いているのを示している。
 やたらと彩度の高い世界を尻目に、格は電車に揺られていた。少し遠くへ出かけるためだ。用事があるのか、気まぐれか。

格/妹はLINEのアイコンがチューリップだったそうなので、あと例の種に惹かれていたようなので、白〜淡いピンクとかが好きだったのかもしれないと俺は思いました。ただこの時期にチューリップは売られていませんでしたから、まだギリギリ売られていた芍薬を中心に淡い色合いの少女趣味な花束を作っていただきました。妹の花の好みすらよく判っていない兄で大変遺憾ですが、喜んでくれるといいなと思っています。

 混雑しているわけでもなくガラ空きというわけでもない車内。大きな音と共に、4両は連なって線路を走る。

格/可愛い花束を持って電車に乗っているのでこれからデートだと思われてるかもしれませんね〜! 墓参りです! あっはっは!

 間欠的な揺れは、時たま眠気を誘う。窓から見える景色を、眺める間もなく高速で置き去っていく。
 遅延も事故もなく順調だ。きっと、やがて電車は定刻通り目的地に着き、定刻通りに貴方を駅へ降ろすのだ。

 次の駅名を告げるアナウンスが流れた時。ガタッという音がした。近くにいた若者が、驚いてスマホから顔を上げる。
 音の正体は子どもだった。少し変わった服装の子どもが、突然、座席から立ち上がったのだ。

格/ふむ。子供が。そちらを見ます。

 中世ヨーロッパにいた方がまだ違和感のない服を着ている。
 異質なのは格好だけではない、本人のまとう雰囲気もどこか現実離れしている。魔法使いです、と言われてもさして驚かないかもしれない。

格/暑そうだな。よりによって異常気象レベルでクソ暑い2022年初夏になんて格好をしてるんだ熱中症になるぞ。

 子どもは周りの目も気にせず、何かを探すように歩き始めた。
 その後ろで、お節介そうな老婦人は、この子の保護者はいないのかときょろきょろしている。
 子どもは人の顔を覗き込んだり、観察したりして、堂々と車内を練り歩く。どうにも、保護者を探しているふうには見えない。

格/俺はおまわりさんなので普通に心配して様子を見ています。困っていそうだったら声をかけるつもりです。

 ついに貴方の近くまでやって来た子どもは、あ、と声を上げた。

格/こっちに来た。ニコッとしますよ!

 「お前か」
 そう言って、貴方を正面から見据える。刺すように向けられた三白眼の視線。
 その目は責めるようであったし、全て見透かしているようでもあった。お前の短い生涯ごとき、何もかも……。きつい目元がそう言っているように感じた。

格/んん〜!? 自分がどうかしましたか? 何か貴方のお役に立てそうですか? 困っているなら教えてくださいね〜!

 貴方は目をそらすかもしれないし、はたまた囚われてしまうかもしれないし、冷静にこの不審者から距離をとるかもしれない。
 だがいずれにせよ、貴方がまばたきをした次の瞬間、奇妙な事態が泰然と待ち構えていたのだ。

格/めっちゃフレンドリーに声を掛けつつ、眼鏡の奥で瞬きをしました。

 貴方が瞼を閉じて、そして開いた。生理的な動作だ。
 目を乾かさないために必要な作業。毎分何回無意識にやっているかわからないまばたきをおこなった、そのたった一瞬の間に、車内の乗客がみな消え去っていた。

格/え、ええぇ〜……!?

 若者も老婦人も、子どもも。自身の荷物もない。
 変わらずに淡々と走り続ける電車の揺れる音だけが、貴方しかいない広い空間に虚しくこだましている。SANc 0/1

格/SANチェック。(ころころ)63、失敗。あちゃあ……。

 【現在SAN値】
 格:56→55


 ここは1両目の車両だ。

格/……まて。荷物も? 玲子へのプレゼントが! はあ、まったく。なんだっていうんです? きさらぎ駅にでも連れてってくださるってんですかねぇ〜!? 午後になったらますます暑くなるから午前中に墓参りは済ませるつもりだったんですが!?

 だが先頭を覗いても、車掌がいる気配はない。

格/……まあ、いいでしょう。どうせ午前中でも暑い。「宿題は午前の涼しいうちに」が死語になった2022年ですからね。……さて。調べものは虱潰しに! 先頭から様子を見ましょう。すぐそこですし。


 ●シーン1:1両目

 車両の先頭には車掌室がある。
 本来であれば……というより異変が起こる先ほどまでは、透明な仕切り窓の向こうに1人の車掌が立っていた。
 鍵がかかっているため、室内に入ることはできない。そもそもどうやって開けるのかもわからない。
 ここから見れる範囲をくまなく探しても、人の姿はない。正面にのびている線路が見えるだけだ。

格/自動運転ですか? 馬鹿な。さて、不審な形跡は……。

 車掌室内をさらに詳しく見ると、車掌室内の床にロープが落ちている。細いそれは、矢印を形作っていた。

格/なぜロープで……。ふむ。まあ、こういうところで見つかったものは拝借するのが定石ですかね……。

 矢印の先を視線で辿ってみると、扉の隙間に小さな鍵が挟まっているのを見つける。ぴったりと埋まっていて気付きにくい位置だ。指をさしこむなどすれば、簡単にとれる。
 『アイテム:小さな鍵』を入手。

格/次は1両目。この車両をチェックします。

 今いるのは1両目、先頭車両だ。
 座席は、2人ずつ並んでいるタイプではなく、長く横一列に並んでいるタイプ。ずらりと並んだ吊り輪が、電車の揺れに伴ってゆらゆら遊んでいる。
 貴方以外誰もいないのを除けば、先ほどまでいた場所と大差ない。

 そうやって車内を眺めていると、ふと座席に何か置いてあるのが目に入る。
 見た目からして切符かと思ったが、メッセージカードのようなものだ。
 白く丈夫な紙に、手書きの文字。言語は貴方が普段使っているものと同じ。ずいぶん元気そうな筆跡で、こう書いてある。

 ――――
 ハロー! 俺の名前はエルド。リプダス村のイカした門番さ。おっと、地名を言ったって君には伝わらないんだった。失礼!
 きっと君は今、なんのことやらって顔をしてるはずだ。この文章を書いている時点で、手にとるようにわかるぜ。もっとも、俺はそっちの詳しい状況は知らないんだがね。けれど、こうやってメッセージカードで文章を送ることが許されたんだ……文字数制限に負けず、簡潔に、手短に、説明してみせるさ。任せてくれよ!
 まず、俺のいる世界と君のいる世界は違うらしい。並行世界、というのか。ロマンがあってイイね。
 そして、そんな並行世界にて俺は現在仮死状態。実際、ほとんど死んでるようなもんだ。俺の村の近くには巨大蜘蛛が住んでいるという噂があってね、御伽噺だと思っていたら、まさかのまさかだ。俺はぶっすりやられてしまった。なんてこった! 村の連中が気づいてくれて、どうにか遺体は持ち帰ったが、時すでに遅し。今俺の体は、村人たちの号泣に囲まれている。最悪なバッドエンドさ。
 だが、不幸はそう長く続かないものだ。幽霊みたいになった俺のもとに、神様が現れた。間違いない、あのお方は神様ってヤツだ。神様は俺の死に方をひどく哀れんだ。どうして俺があの巨大蜘蛛に殺されるハメになったのか……その説明をしたら、ならばと生き返るチャンスを与えてくれた。
 それが君さ。君は今、電車の中にいるだろ。その電車は4両編成だ。スタート地点は1両目で、4両目の奥に俺の魂がある。君が俺の魂まで辿り着けば、俺は生き返らせてもらえるそうだ。ただ、道のりは簡単じゃない。神様曰く、各車両ごとに試練があるらしい。頼む! どうか試練を突破して、俺の魂を手に入れてくれ!
 ちなみに、外への扉を開けて出れば、普通に帰れるそうだぞ。でもその場合は俺が生き返れなくなってしまう! 神様が、チャンスは1人だけと言っていた。君だけなんだ! 君が降りてしまったら、俺はおしまいだ! ああ、普通に帰れるなんて言わなければよかった! ここには消しゴムがないんだ! クソッ、でも君ならやってくれると俺は強く信じてい

 ――――

 文章はそこで途切れている。
 というより、メッセージカードに収まらなかったのだろう。裏面などを見ても特に変わった様子はない。

格/話が長い! もっと簡潔にまとめられないんですか!? 臨場感はありますが海外翻訳ものの小説のような冗長さ! 持って回った言い回し! 多少削れば最後まで入ったでしょうにもう少し考えて書けないんですか!? 今ものすごく自分のことを棚に上げた気がしましたが気にしないでおきましょう。

格/…………。出るか。外に。

格/メッセージカードが置いてあった場所に一番近い扉の取っ手に手をかける。4両編成だが田舎の車両と違いボタン開閉式ではない。力を込めればおそらく開くはず。そして外に出られるはず。いやこの電車走行中ですけどね? 怪我を覚悟で転がり出ろと? 多少の無茶は慣れてますけどね元花園班の捜査員を舐めないでくださーい。…………。

格/はあ。はぁ……。メッセージカードを見る。CoCと思ったらソードワールドだったようだ。

格/少しくらいなら付き合ってさしあげます。人ひとりの命を見捨てたとあれば、玲子に顔向けできませんからね。せっかくの誠意(※花束)がしらじらしくなってしまいます。クソが……。おっといけない自分としたことが。ははは。悪態が出てしまいましたね。さて、他には……きょろきょろ。

 座席の上には荷物棚がある。本来、乗客の鞄や買い物袋が置かれている場所だ。
 しかし今は何もない……かのように思われたが、隅の方に白い箱があるのを発見できる。救急箱だ。
 中身を確認すると、何か怪我をした際には役立ちそうな物品がそろっている。

 『アイテム:救急箱』
 技能<応急手当>と合わせて使う。<応急手当>の技能成功率を+30する、もしくは、<応急手当>が成功した際の回復量を+1する。

格/「お前はこれから怪我をする」と言われているようなものなんですがこれは。そうだ窓の外もチェックしておこう。飛び出して大丈夫かな。

 窓の外を流れるのは、なんということはない普通の風景だ。
 貴方がどんな場所で電車に乗ったかによるが、背の高いビルが並んでいたり、遠くで住宅地が集合していたり、あるいは田園地帯が地平まで広がっている。
 ただ、妙な違和感が少しある。まるで、どこまでも生き物の気配がないような、そんな違和感が。

 また、窓にうつる貴方自身の姿は、特に変わりない。
 荷物や持ち物こそ何もないが、服や見た目はそのままだ。

格/都会から田園風景の方向に向かっているわけですよ墓参りですからね。んー、ということは家屋が密集しているでもなく。タイミングによってはうまく衝撃を殺して、こう……。いやダメかなやっぱりDEXを求められたりするんだろうか……。俺は草摩さんじゃない!

 外への扉を見る。
 電車を乗り降りする時に使う扉だ。1車両につき6つある。
 その傍には、開閉ボタンが備わっている。ボタンを使用して扉を開けたり閉めたりするタイプのようだ。
 開けるボタンを押すならば、走行中にもかかわらずすんなり扉が開いてしまう。
 一気に強風が入り込んで貴方へ襲いかかる。少々危険ではあるが、このまま外へ脱出することもできそうだ。

格/外の扉の選択肢を見逃していました! 開閉ボタンあった! すみませんでした! 出ません! リプレイでいいかんじにしてください! ……1両目は調べつくした。2両目に向かいましょう。

 2両目への扉。
 この車両と次の車両をつなぐ扉だ。窓は曇っており、2両目の様子を窺い知ることはできない。
 聞き耳をたてようにも、走行中の電車は常に轟音を撒き散らしている。
 普通の電車であれば難なく開けて移動できるはずだが、どれだけ力を込めても動かない。手をかける部分の少し下に、鍵穴が用意されていた。

格/使うチャンスすぐ来たな。小さな鍵を使ってみましょう。

 小さな鍵は小気味いい音を立てて解錠してくれた。
 車両と車両のつなぎ目は不安定な足場だ。電車の轟音もより大きく聞こえる。貴方は2両目への扉に手をかけた。


 ●シーン2:2両目

 現れたのは、やはり変哲のない車内だ。誰もいない寂しい空間。
 だがその中で妙な気配を放つのは、座席に並べられた5つのぬいぐるみだった。

格/えっなんですか怖。この状況でぬいぐるみはどんな愛らしいキャラクターで新品であっても恐怖を感じますが。

 座席に、5つのぬいぐるみが1列に並んで座っている。
 どれも同じうさぎのぬいぐるみだが、色が違う。
 左から順に、青、白、緑、紫、赤。それぞれ、文字の書かれたプラカードを手に持っている。そして、彼らの背後の窓ガラスに
 「5人の中に1人うそつきがいます。それ以外の4人はみな正しいことを言っています。うそつきは誰?」
 という貼り紙がある。

格/ハリーポッターと賢者の石?

 青「紫が言ってることは合ってるよ!」
 白「僕はうそなんかつかない」
 緑「私の両隣の2人のうち、少なくとも1人は正しいことを言っているよ」
 紫「赤はうそつき」
 赤「うそをついているのは青だ!」

格/……あれ、簡単では? 文言の中のうそつき候補は赤と青。青がうそつきの場合、「紫は間違ったことを言っている」、つまりうそつきになり、うそつきが2人出てきてしまいます。よってうそつきは赤。合っているかどうか中の人が自信ないですがまあ置いておきましょう。次。車内の様子を見ましょう。

 車内の様子に特に変わったところはないが、見渡してみると、見覚えのあるメッセージカードが吊り輪に貼り付けられている。
 書かれている文字は、やはり見覚えのある筆跡だ。

格/カードの設置場所にバリエーションを持たせているのか?

 ――――
 2両目へ到達できたようだな。流石だ! やはり俺の考えは間違っていなかった! 神様が言っていたが、試練にはそれぞれテーマがあるそうだ。1両目が探索、2両目が推理、3両目が精神、4両目が臨機応変。君の助けになりそうな情報はそのくらいだ。なんたって俺は、こうして筆を走らせるのが精一杯。君の様子も見れないし、各車両ごとにこの紙で一方的に語りかけることしかできないのだから! 話せたらいいのに。
 さっき言った通り、俺と君とは、生きている世界が違う。加えて俺はほとんど幽霊みたいなものだ。会話なんてもってのほかだと神様に言われてしまった。あの神様、もしかしたら少し機嫌が悪いかもしれない。俺がしゃべりすぎたかな? 神様ともあろうお方がこんなに短気じゃ、俺たち人間も困っちまうよな。
 それにしても、なぜわざわざ違う世界の住人に俺の運命を託すことになったんだろうか。わからないが、本来出会うはずのない俺と君が、こうして存在を確かめ合っている……そう思うと気分もアガるってもんだ。巨大蜘蛛に殺されるのも、案外悪くないのかもな! そうだ、あとで神様から君の名前を聞いて、石碑を建てよう! 『エルドを救いし○○に感謝をこめてここに刻む』 こいつはいい。そうすりゃあいつらもさすがに理解できるだろ。そういえば君の世

 ――――

格/字数制限を考えろ。あとそれ俺の墓みたいじゃないですか? やめろ。偉大な賢人として石像を立てるとかなら止めません。

 そこで途切れている。またメッセージカードに収まらなかったように見える。
 裏返してみると、別の人の筆跡で「機嫌悪くありません」と走り書きされていた。

格/ぷは。いや〜、わかりますよ! あんまりおしゃべりが過ぎる上に話があっちへいったりこっちへいったり飛び飛びで、しかも口をはさむ隙の無いまま捲し立てる人間なんてわざとやってる性格の悪い奴か素でやってるアホかの二択ですしまあ閉口しますよね! 並行世界だけに! ちなみに俺は前者彼は後者ではないかと愚行致します名推理では? テーマが推理だけにね! はい次。

 荷物棚。
 5つのぬいぐるみの真上の荷物棚に、分厚い本が数冊並んでいる。
 どれも題名は書いておらず、かなり古びている様子。車体が揺れるたびに本も荷物棚に叩きつけられ、ほこりがこちらまで舞ってきそうな勢いだ。
 本を調べるのであれば<図書館>技能でロール。

格/本は大事に扱わないと俺の中の人が激おこですよ。貴様を同じ目に遭わせてやろうかと脅されますよ。まったく……。本を棚から下ろし、せめて座席に置いておきます。あと<図書館>も振ります。(ころころ)10、成功。うーん天才。中の人パワーかもしれません。

 試しにパラパラとページをめくってみると、ほとんどは見知らぬ言語で書かれている。
 外国語だろうか。だがテレビなどでも見たことのない、不思議な文字だ。
 その中で1冊だけ、日本語で書かれているものがある。
 薄い紙にびっちりと詰められた小さな字面を追えば、なにやら下線のひかれた箇所を見つけることができた。こんなことが記されている。

 ――――
 『生ける屍』
 死んだはずの人間が動く、まさに生ける屍である。彼らが動けてしまう理由は定かではなく、場合によって違うと推測される。
 だが行動傾向や弱点は共通していることが多いようだ。彼らは基本的には、自らを支配する者の命令を遂行する。人を害し、食おうとする可能性も高い。そして、塩や炎に対する耐性が薄い。逆に、刃物などの武器はあまり効果がない。そも怪我をしたとて彼らは動けるからだ。
 また、呪術や魔術といった超常的な技術を持つ場合は、支配をのっとることも可能らしい。
 ――――

 それ以外にめぼしい記述は見当たらない。

格/…………。はあ。はは、……玲子……。

格/信じられるのは己だけ、か……。なら、もう少し様子見だ。外に出て、生きてられる保証もない。クソが……。

格/白南さんの財布にダメージを負わせる会、わりともう満足してたんですけど……ダメだなこれ。なんにも聞かずに深酒する俺の面倒を見てもらおう……。表情は死んでる。3両目の扉に手を掛ける。

 3両目への扉がある。
 次の車両への扉だ。開けようと力を込めたとしても、うんともすんとも言わない。今回は鍵穴も見当たらない。
 かわりに、5つのボタンが用意してある。それぞれ青、白、緑、紫、赤の色がついており、近くに「間違えていいのは1度だけ」と印字されている。

格/確か……うそつきは赤。

 赤を押す。
 赤のボタンを押した瞬間、カチャリと解錠らしき音が聞こえた。
 試しに扉へ手をかけると、無事次の車両への道が開かれた。3両目へと進むことができそうだ。
 <聞き耳>ロール。

格/探索技能を他の人に任せすぎて数値がゴミの俺に<聞き耳>ですって?(ころころ)28、成功。明日のダイス運の方が大事なんですよ聞いていますかダイス神。ありがとうございますダイス神。

 どこか離れた場所から、呻き声が聞こえた気がする。
 遠くで発された声が、ぼんやりと鼓膜へ届いたような感覚。耳をすましてやっと聞こえるほどの大きさのそれは、すぐに電車の音でかき消されてしまった。

格/…………。


 ●シーン3:3両目

 つなぎ目を越えて、3両目へ足を踏み入れる。車内は変わらず静かで、電車の走る音だけが響いている。
 だが、なにか……不思議な気配がある。それも、良くはない、どちらかというと不安にさせるような気配だ。
 まるで次の車両に何かが待ち受けていると言わんばかりの、妙な悪寒に襲われる。やたら脚が重い。空気が圧力で押し返そうとするような勢いだ。

格/……車内の様子を。

 重苦しい雰囲気が支配する中、貴方のすぐ近くの壁に、意気揚々とした字体が連なっている。
 またあのメッセージカードだ。壁に貼られているそれには、例のごとく彼の話が詰め込まれていた。

 ――――
 2両目を突破したんだってね! ナイスだ! 神様が2両目は頭を使う試練だと言っていたから、きっと君は頭も冴え渡っているんだろう。生きる世界が違くなければ、ぜひ会いに行きたかった!
 さて、君は見ず知らずの俺のために頑張ってくれているわけだが……そもそもどうして俺が死ぬハメになったか、説明しなくてはならないな。何があって君に頼ることになったのか。無論巨大蜘蛛のせいだ。なぜ巨大蜘蛛の棲家になんぞ行ってしまったのか、という話をしよう。
 俺には親友がいるんだ。名前はマーエ。長い黒髪がばっちりキマってる、最高にクールな男さ。自分で作った歌を歌う、いわゆるシンガーソングライターってやつ。アコースティックギターと歌声で、あいつが居る場所はどこだってコンサートに早変わりさ。
 そんなイカしたヤツなんだが、最近ちょっと落ち込んでいた。精神的にな。それでろくに食事も摂れない有様だったから、こいつはまずいと思って、薬粥を作ろうと俺は思った。辺鄙な場所にある村だから、薬草なんてのは普段行商人から買うんだが、たまたま昨日帰っちまったばかりだった。そうなったら、自力で採りにいくしかないだろ。生えてる場所は知ってた、巨大蜘蛛が近くに住んでるなんて噂はあるが、よくある教訓的な御伽噺だと思い込んでいた……。
 こうして俺は餌食になっちまったわけさ。って話したら、さすがに神様もかわいそうだと思ったんだろうね、チャンスを与えてくれたんだ。まあ、君に苦労をかけるのは変わりないけど。俺から君に何かお礼をできないか、今神様に交渉してるところだ。だからあと少し踏ん張ってくれ! 君の頑張

 ――――

格/へえ。

 字数制限内におさめるということが絶対にできない人物らしい。今回も途中で終わっている文章がそう物語っている。

格/わざとやってるのか?

 4両目への扉。
 一歩踏み出すごとに体が重くなる。ただ歩いているだけなのに、空調のきいた車内で、汗が皮膚を滑り落ちる。
 4両目への扉に辿り着くまで、この重圧から耐え切らねばならない。
 <POW×5>を5回振ったら、扉まで辿り着けることとする。<POW×5>に成功したら何も問題はないが、失敗したらそのつどSAN値を1減らす。

格/俺のPOWは11。55%以下成功の判定を5回。ああ、うん、うーん…………。

格/……………………。

格/エ……なんとかさんといいましたか。申し訳ありません。俺は、顔も知らない他人のために命を張れるほどできた人間ではありません。それに貴方は、……いや、このダンジョンは。俺の神経を逆なでしました。カウンセリングの経過も良好だったのに……なんてことしてくれるんですか、まったく。あ〜……吐きそうだ。

格/貴方の失敗が何かといえば、そうですね。人選ミスです。遠い世界から、貴方のご冥福をお祈りいたします。……せっかくですから、墓地から祈りましょう。俺は今から、墓参りに行くんです。植物に支配され、生ける屍となり、死んだ妹のね。

格/『-外への扉- 脱出する』を選択。

 この場所から脱出するべく、すさまじいはやさで流れていく外へ、貴方は足を踏み出した。
 外界へ身を躍らせる。身体を襲うであろう衝撃に備えるも、いっこうにやってこない。
 かわりに、まるで眠気に負けた時のように視界がぼやけていった。

 はっと目を覚ます。
 ガタンゴトンと電車が走っている。近くに立つ若者はスマホへ目を釘付けにし、老婦人が窓際の席で外を眺めている。
 荷物棚に並んだ誰かの鞄の紐が、車体の揺れと共に上下する。他の乗客たちも貴方も、目的地へ着くのを待ちながら電車に揺られている。

 帰ってきたのだ。あの無人の、謎の電車から。
 もともと持っていた物はきちんと持っているし、車掌室には車掌がいるし、窓の向こうの景色も人間の営みを感じる。誰もが、粛々と日常をこなしている。

 少しの間、夢でも見たのかもしれない。先ほどの不思議な子どもも見当たらない。

「まもなく、■■。お忘れ物のないよう、ご注意ください」

 アナウンスが入る。
 告げられた駅の名は、ちょうど貴方が降りようとしていた場所だ。周りの数人が降車の準備を始める。

 どうしようもなく変わらない世界へ、貴方は戻ってきた。

格/……嫌な夢だった。はあ……。一日はこれからだというのにくたびれました。あーあ。人の大事な時間に水を差しやがって。

格/…………。どうして俺を選んだのかわかりませんが、俺は妹と再会するという目的のために死にものぐるいで生きて、結局間にあわなかった人間です。誰が悪いかといえば……諸悪の根源のクソカルト宗教か、能力の足りなかった俺自身でしょう。だって玲子は、名字は違ってましたけど、玲子という名前のままで生きてたんですから。……草摩さんとLINEまで交換して。生きてたんですから。

格/俺の能力が足りないから玲子を守れなかった。顔も知らねえテメェを守ったら玲子が生き返るのか? 違うだろうが。そんな、いい加減な、雑な理由で生き返るってんなら、神様とやら。玲子を助けてくれよ……。

格/なんで玲子はダメだったんだ、クソ。

格/苦虫をかみつぶしたような顔で電車に揺られる。目的地についた。降りてタクシーを拾う。墓地まで行く。

格/花束を玲子の墓前に供えた。線香に火をつける。両手を合わせ、目を閉じる。

格/罪悪感。悔恨。怨恨。愛情。喪失感。

格/歯を噛み締めて全部殺した。

格/――玲子。お前が天国で安らかに眠っていることを、今日も祈ってるよ。




『 破れ切符に愛をこめて/名坂 格 』

END


破れ切符に愛をこめる旅その2へ続く

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