■ 外伝4 やわらかな傷痕/2



 /1

 俺のカノジョに相応しいの、アイツぐらいしかいないな。

 そう直感でバカらしいことを考えたのは、小学生の刻。
 班で向かい合って給食中……なのに、一人で黙々と食事をしている少女を見て思った。
 何度話しかけても、ソイツは全然反応しない。言葉が喋れないわけではないだろう。目が見えないわけでもないだろう。でもソイツは喋らないし、見ようともしない。
 仕方なく、ヤツのプリンを食った。……それでも、甘いデザートを食べられたにも関わらず、興味無さそうに給食を食べている。

「コ、コイツ―――!」

 なんかムカついた。でもコイツは女だから殴るわけにはいかない。
 俺は必死に抑えた。それを逆手に取るように、……ずっと無視してたんだ。

 ―――って、こんな最低な出逢いで何でスキになるんだ?

 まったくもって分からない。どこかのクサイ台詞を借りるとしたら、人生って不思議なモンだ。



 /2

 夕焼けが眩しい河原で―――性懲りもなく小学生の俺はヤツを追いかけていた。
 ヤツは一人で家に帰っていく。普通、小学生なら友人と集団でナントカごっことかしながら帰るだろう?

 しかし、ヤツはたとえ親切な女子に誘われても断って一人でいるような人間だった。
 ……その断り方がまた大人。実際聞いたわけではないが、「今、ちょっと気分悪いの」と青白い顔で言われる。こう言われたらこっちが気を使わなければ悪い。そんな感じに頭の弱い小学生の心に入り込み、キレイに逃げていく女だった。

 だから余計ムカついた。大人びているのが、俺には貶しているようにも見えたらしい。
 しかし、そんな女でも男子の評判は上々。大きな眼鏡を掛けて、ガキでもうっとりしそうな程の漆黒の髪。顔はそこそこイイ。いつもみんなから離れて一人、……本とか読んでいる。読んでいなかったら何かをノートに書いている、一見文学少女だ。しかも決して暗いというわけではない。さっき言った通り、遊びの誘いを断るにも恐ろしく『綺麗』なんだ。
 大人びて、神秘的な雰囲気を漂わせる頭の良い美少女。
 ……これはいくらなんでもできすぎだろ?
 といっても半分は狂言だ。男子達に『神秘的』(俺から言わせると『変』の一言に終わる)が、どんどんおかしなイメージを作っていったに違いない。だから教室の中で孤立していても、嫌われる対象ではなかった。こういうのはお約束でいじめられっコになりやすいのだが。

 ……どちらかと言えば、アイツはいじめっコだ。絶対に!

 話は戻って、橙色に染まっている河原。一人、ヤツを追いかけて、声をかける。
 誰もいない河原に名前で呼びかけられて無視するようなヤツではなかった。
 振り返る。男だったら、……殴りかかって、あきるまで殴って殴って、理解し会えるんだろうけどそういう事は絶対出来ない。
 無言で『何?』と聞いてくる。

「なんで無視するんだよ!」

 小学生らしく、俺はストレートに気持ちをぶつけた。
 はぁ? と声に出す勢いでヤツは顔を顰める。

「―――あなたね」

 おい、『あなた』かよ。んな事言う小学生いるかぁ? その辺から変なオーラ出しすぎだっての。

「―――そんなに私に構ってもらいたいの?」

 ……。

「いやそういうワケじゃ……」

 じゃあどういう意味? と目で訴える。
 ……ほら、やっぱりコイツはいじめっコだ。超強気な口調が気にくわない。年齢に似合わない所がまたおかしすぎる。……次の言葉を出さない俺を見て、ふぅ、とやたら悟ったようなため息をついて、

「……わかったわよ。そんなに私いじわるじゃないし……」

 一人、何かを納得して、―――手を、出した。
 …………小さくて白くてキレイな手。
 …………こういう所は、小学生らしい。

「一緒に帰ろ」

 ……普段冷静なヤツが子供じみていてそれが嬉しかった。
 それから、初めて交わした会話らしい会話……など覚えていない。
 小学生のガキがよくするつまらない話だった。だが最後のは印象強い。

 『なんでずっと一人なんだ』と俺は聞いた。
 ……全く、昔の俺は遠慮というものを知らなかったらしい。すると、ヤツは済ました顔で言った。

「無口で大人しい女の子を演じるのも楽しいと思って」

 ・・・・・・。

 ……おい、男子。絶対お前ら騙されてるぞ!!



 /3

 初めてヤツを見たとき、直ぐわかった。
 ヤツぁ、壊れてる。
 俺と同類だって。

 無邪気なガキどもに紛れて、どうもおかしい幽霊みたいな女がいたのが気付いたんだ。

 ―――それは小五か小六の頃。体育の時間、ヤツが転んだ。転んだだけならいい。石に躓いたのかとからかいに向かった。だが、ヤツを見た途端怖くなった。ヤツが、今にも死にそうに苦しんでいる姿を見てしまったから。ヤツは病院に運ばれた。
 次の日、何もなかったようにヤツは学校に通いやがった。
 それがまた頻繁に起きた。どうもおかしいから担任に言い寄った。すると『有彦くんは志貴ちゃんと仲良しだから』と教えてくれた。

 ―――ヤツは原因不明の病気持ちだとか。時々腕が動かなくなったり、心臓が動かなくなったりするらしい。
 ……ってオイ、心臓が動かなくなったりする? それ、死と隣り合わせじゃん?
 きっと倒れるほどの病気持ちなら、せめてここ三日間ぐらいは親の送り迎えがあるだろうな……と思いきや。

 ―――ヤツはいつもと変わらず、橙色の河原の道を一人。

「…………バカかよ」

 本気で思った。この道を渡る人は少ないのだ。小学生以外はもっと少ない。ランニング中の親父や、犬の散歩で来るぐらいだ。それなのに、……もしここで一人、倒れたりでもしたらどうするつもりなのだろう。

 ―――どうするつもりって、俺もバカがうつったな。
 ―――そこで死ぬしかないじゃん?

「…………ホントにバカだな」

 河原。一人、黄色に染まるススキを眺めている少女。しばしその姿に見惚れる。

「……遅い」
「あ?」

 ぽつり、と……独り言のように少女はススキを見ながら言った。だが、後から来た俺に聞こえるように言ったに違いない。……言ったではなく、この場合声色からして『怒鳴った』である。

「なんでこういう時遅いのよ……いつもより5分も!」
「どういうこった……」

 何故、コイツは怒っているんだ……?
 するとヤツはススキを向いていた視線を下におとす。暗い顔だ。

「…………待ってたのに…………」

 ―――そう、暗い声で言った。

 そういうとヤツはくるり、と俺のいる逆方向を向いて歩き出す。
 それを追う。そしてこっちから言ってやる。

「一緒に帰ろ」

 と―――。
 いつのまにか、ずっとコイツと一緒にいなきゃいけないとさえ思いだした。



 /4

 中学生になってもヤツは特定の人物とは話さなかった。
 といっても、……結構ヤツは男子の人気は高い。そんなにコイツは男好みの『護ってやりたい』タイプだろうか? 外見は大人しそうだが、中は邪悪すぎる。しかし周りの奴等はホント面白いようにハマっていく。小学生の頃は男女関わらず遊んでいたにも関わらず、中学に入ってやたら男女関係を意識し出す時代だ。

 ……って俺は? 俺は何ともなかったわけ?

 ―――ヤツは、中学生になっても何も変わっていない。暇さえあれば一人で何かしている。図書館で読書しているのもよし、昼休みだというのにノートと参考書のにらめっこをしているもよし。果てまで裏庭で何処からやって来たんだか分からない猫たちと戯れてるもよし。昔から身体の弱いアイツは部活にも入らなかった。まぁ、当然の選択だと思うが……。

「貴男は、何部にも入らないの?」

 部活の事を考えていると、心を読むようにしてヤツが聞いてきた。

「あぁ? どうせサボるのがオチだしなーっ」
「まぁそうね。貴男ほど帰宅部の文字が相応しい人もいないでしょ」

 ……そう、猫を撫でながら言う姿はハマりすぎている。
 何にハマっているのか、言ってる自分も全然分からないが、…………とにかく絵になる。

「……なぁに、その何か言いたそうな目は」
「言ってもいいか」
「許可をわざわざ取るなんて貴男らしくない」

 ……一体俺の事をどう想っているんだろう。中身がうまく読めない人物。裏表まったく反対の性格。多重人格。―――だから、弓塚のような男が出るのも当然だろう。

「お前さ、スキなヤツっていないの?」
「…………」

 ……うわー、俺の事『キノコ好きだとは知ってたけど、ついに毒キノコにまで手を出したのね』と今にも言いそうな程、タチの悪い視線を送ってきやがる……。

「いたらどうするの?」
「ソイツに同情しよっかなって」
「嬉しい事に貴男に同情されるような男の子はいないから」

 一言を、辛く放った。そんな意味のない話、ヤツは大嫌いらしい。たとえ一言でもツライんだろうな……。

 それでもって俺は、
 ……ハッキリ言って安心した。

「―――貴男、進学は?」
「あー? もう何処でもよくなってきたな……」

 なんてどうでもいい会話がずっと続いて、結局、今通っている高校は『家が近いから』という理由で通うことになった。
 ……おそらく、ヤツと同じ学校になったのは偶然だ。
 ……そう、おそらく。多分。きっと。

 ヤツとの付き合いも長くなれば、姉貴もヤツの事を気に入り出す。元々俺のようなクソ弟より可愛い妹の方が欲しかったようだから、そりゃ猫を可愛がるようにヤツを歓迎した。
 でもってアイツは、外面だけはいいんだ。特別な仮面で、深く中に入り込んでこない限り、相手に優しく接する。



 ―――つまりは。
 ―――俺は入りすぎたってことか?



「…………いつもありがと」

 ヤツが俺んちから、自分の家に帰る前、決まってそう言う。いつもめんどくさいながらも構っている俺が悪いんだが。
 ヤツが俺んちに泊まる時だってある。……勿論、姉貴の部屋にだ。夜ずっと姉貴に可愛がられて寝るらしい。(姉貴談)
 そして、自由なんだか厳しいんだか分からない茶道と武道の家……有間のウチに帰っていく。

「気にすんな。またあったら来い」
「貴男を嫌になってなきゃね」

 そう言って、必ず笑って帰って行く……。
 ……まったく、あの笑みが『外面だけはいい』証拠だ。あれ見た途端、姉貴が「アイツは可愛いなぁ」と言い出す。そのうち「ウチのバカと交換したいなぁ」など俺の悪口に変わっていく。

 ―――確かにさ。カワイイとは思うけど。
 ―――って俺何思ってんの、ヤヴァイ!?



 /5

「有彦さんてどこまでいってんすかー?」

 なんて脳天気声で、金髪馬が話しかける。……お前、いつまで俺んち居る気なんだ。

「何がだよ」

 週刊漫画など目を通しながら、耳だけななおの声を聞く。
 ……ななおは一見、少女のような姿をしているが、金髪に青がかった碧の目をしているが、……れっきとした男である。ちゃんとアレも付いてる。初めて会った時に確認済みだ。その時、姉貴に見つかって警察に連絡されかけたが……。
 何でそんな事を説明するかというと、……ななおの声はまだ変声期前だったらしく、声だけだったら女と変わりない。

「やだなぁー、志貴ちゃんとですよーv」

 ……何、嬉しそうに言ってやがる、この馬。

「あぁ? 志貴と俺が何が何処まで」
「だから、ナニがドコまで」

 ……ゴスッッ!!!
 あぐぅ……と蹄な手で殴られた所を抑える。すっかりななおは俺のストレス解消パンチングマシーンになってしまった。まぁ、なんでヒトガタ馬が俺の部屋に居るかというと、……色々あってだ。何でも『例えるならインドの魔王から逃げ出してきた』らしい。俺にはある人がソレで心当たりがあるからいつか『この馬知ってますか?』と言おうとは思っているんだが、……いつもの面倒くさがり病が発症して言い出せずにいる。結局今は気が向いた時に殴る蹴るのスバラシイマシーンと化した。
 ……それ、幼児虐待って言うんじゃ。

「で、でもぉー。…………正直な所、気になります」
「なんでだよ?」
「だってさっきの話によると小学生の頃からのお友達なんでしょう? そんなら志貴ちゃんの事一番理解しているのは有彦さんじゃないですか。有彦さんは志貴ちゃんの事、どう―――」
「あのな、バカ馬。何年も一緒にいるとダチ以上の関係になるのは性別関係ないだろ? じゃあ幼稚園からの幼馴染み10人は全員嫁にするつもりか? 違うだろ。んなコト、女だからって限るんじゃねぇよ」
「うぐ、そうなんですか……?」
「そうなんだ。正直者の俺が言ってるんだから間違いない」

 そう言うと、「あぁ!」と何かを思い付いたようにななおが声を上げる。

「そうですね! 有彦さんみたいなバカショージキが自信満々で言ってるんですもの!!」

 …………。
 …………ドスッッ!!!
 あぐぅ!と、ななおの身体の一部が波打つようにチョップをかました。

「なんで撲つんですかー!? オレ何も間違ったコト言ってないでしょー!?」
「……馬にバカって言われたのがムカついた」

 ったく、……本当にアイツが男だったら、こうやってバカやって殴り合えるのに。女って長年ダチでいるだけでこんなややこしい話が出てくるなんて……全く迷惑だ。



―――ずっと一緒にいるダチは
―――どうやって『それ以上』に進展するんだ?



 それがどうしても分からない。
 ずっとダチだったらこれからもダチだ。
 それ以上でもそれ以下にもなれないのだ。

「………………何より気まずいしな」
「えっ? ナニがですか! やっぱりナニか気にかかることがあるんですね有彦さんのえっちー!?」
「……なんでお前はそうツッコむんだよ!!!」

……ボキャッッ!!!



 ―――ま、分かってる話だけど。
 ―――俺がこんなに悩んだって意味無いんだよな。変えようもないし変えられないし。



 志貴が、どう想っているかなんてよ。





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