■ 外伝1 Crazy Dream/1



 /1

「―――それではおやすみなさいませ」

 足音のない歩みで翡翠が部屋を去っていった。
 そうして一日が終わる。今日は平和な一日だった。何事もなく学校へ行き、授業を受け、帰ってきた。学校に行けば友人と語り合い、先輩達とお昼を食べたり、睡魔に襲われたり。
 時々街に繰り出しては不必要な考えの基ぶらぶらしてたり。
 そして屋敷に帰ってくる。帰ってきて、翡翠や琥珀さんと話して、秋葉と一緒に食事をして、その他諸々沢山色々。
 10時消灯の屋敷の電気が全部消された。

 ―――最近、アルクェイドに会ってないなぁ。
 それがちょっと気になる。が、アルクェイドの事だからきっと夜中を元気に走り回っているだろう。
 吸血鬼を倒したり、潰したり、殺したり……。
 ……他に何かすることあるのか、アヤツは。
 …………今度の休みにでも、マンションに遊びに行こうかなぁ……。

 ―――なんて考えながらベットに入る。ふかふかなベットにはやっと慣れてきた。屋敷に帰ってきた時には、あまりにふかふかすぎて寝違えるまでいってしまった。
 そして。……出来れば、変な夢を見ないで眠りたい。最近疲れている。特別な事件は頻繁に起こるし、学校でも勉強は勿論、学園祭の準備なども忙しくなってきた。

「…………あ、窓閉めるの忘れた……」

 翡翠が閉めてくれたと思っていた窓が、ほんの少し開いていた。パジャマ姿で起きる。するとほんの少し飽いている窓から、微かに風が吹いた。微か、だが冷たい風。

「さぶ……」

 身震い。ぶるっというのが自分の音として聞こえる。そして、物音。

「…………レンなの?」

 ほんの少し飽いた窓から、風のように入ってきた物体。それは、いつもの事だった。レンはいつも夜寝る時に窓から入ってくる。そして同じベットで眠る。昔から猫を抱いて寝るというのに憧れを持っていたから懐いてくれるのはとても嬉しい。どうやらレンはあの事件以来この屋敷に住み着いてしまったらしい。―――それと同時に、公園であの少年に逢うようになった。……それは偶然だろう。
 毎晩のように、翡翠が部屋を出ていくと一緒に入ってくる黒猫。手招きをするとゆっくり寄ってきた。

「いいね、レンは。疲れるなんてことないでしょ? おやすみなさい……」

 ……答えない。人間語で喋らないなんてのは、誰でもわかる当然の事だけど、にゃーの一言でも言ってくれれば聞いているようにも見えるのに……。
 既にレンはベットの中で丸くなっていた。

「じゃ、おやすみ…………」



 /2

 夜。
 夜風がとても気持ちいい。制服のまま夜を行くのは久しぶりだ。いや、滅多にないことだ。
 遠野の屋敷の門限は厳しい。……一週間ほどやぶりにやぶっていた時があったが、それでも出来る限り門限には帰ろうと思っている。
 それなのに、……何にも理由がないのに夜空にいるのは初めてだ。

 ―――って、空に居ること自体初めてじゃない?

なんでそんな事確認しなきゃなんないのよッ!!!
「うわぁっ!! ビックリさせんなよ志貴ぃ!!」

 ガクン、と落ちる身体。夜の街にダイブする予感がした。

「あ、ああ、ぁ……?」

 予感は予感で終わってくれた。しっかりと身体を持ち上げられたおかげで落ちる事はなかった。此処に居る事自体変だと思うけど……その抱き方がまた特殊だ。
 お姫様だっこ。
 信号の『上』というのがミソだ。

「きゃああぁ……っ!」
「あ、あぶないだろ! 叫ぶな!」

 そう耳元で叫んだ相手にしがみつく。

「大丈夫だって! しっかりおさえててやるから!!」

 大きな胸……白いタートルネックをぎりりと切れてしまうくらい握りしめる。……もうこの感触で誰かだなんて聞かなくても分かった。こんな非常識な事するのは、アヤツしかいない。

「この人攫いぃ!! なに屋敷から連れ出してるのよぉ!!」
「君が全然来てくれないからだろっ」
「そんなの理由になってない!!」

 風が頬を掠めていく。そりゃもう、かまいたちの中にいるくらい強い風が襲う。台風にツッコんでいるのではない、……とにかく早く走っているだけだ。

 目を開けると、いつの間にか個室の中にいた。
 見回す。何度か見た空間。

「アルクェイドのマンションだ……」

 何も無い部屋。アルクェイドらしい部屋でもある。
 アルクェイドは立っていた。にんまり笑っている。
 こっちが死にかけたというのに、何でそんなに楽しそうなんだろう。
 なんだか、ムカついた。

「―――帰る」
「なんでだよ! 折角連れてきてやったのに」
「明日学校だもん」
「また休めばいいじゃないか」

 ……もうそうとうサボっているというのに、まだこの男は私の成績下げようとするか……。

「あのね、今度の土曜日……学校ないから真っ先に此処来てあげるから、我慢してくれないかな……?」

 子供をあやすように、アルクェイドにそう語りかける。だが、アルクェイドの機嫌は治まらない。

「そう言ってずっと来ないんだな」

 そういう意味じゃない……本当に忙しくって会えなかっただけなんだから。
 本当は……逢いたかったんだから。

「なら、俺んとこ居ればいいだろ!」

 あまりにストレートな言葉。
 アルクェイドらしい、さっぱりとした告白。

「その心は嬉しいけど……」
「嬉しいのに何で喜んでくれないんだよっ!?」

 ……怒っている。
 そしてその怒りを静める術を知らない。嬉しいけど喜ばない……それは自分でもおかしいと思ったから。

 ―――ぽんっ
 アルクェイドが手を打った。例えるなら、かなり古典的だが『頭の上に豆電球が付いた』。

「そうだ! 俺が志貴の屋敷に住めば……」
「絶対駄目!!!」
「なんでだよ!」
「秋葉に殺される(私が)! 来たら今度は十八分割するからね!!?」

 むー……。
 まだ唸っている……。
 あぁ、何か叫んだら眠気がさっぱり飛んでいってしまった……。
 マンションだから、お隣さん、怒らないかな……。

「ズルィよ、あいつら……」

 ……あいつら?

「なんで俺だけ不公平かなー……こんなに好きなのに」

 ぶっ!!!
 アルクェイドは確かに自分の思った気持ちは直ぐ口に出す性格だけど……。
 でも、私にとって一大事なことを、どうして簡単に言えるんだろう。
 しかも、いきなりアルクェイドが抱きついてきた。

「ア、アルク……! 成り行き抱きつかないでよ!!!」
「……ヒーローメガネだって勝手に家泊めてるしよー、チビ弟だって毎日姉貴の寝顔見れるわけじゃん?」

 ヒーローメガネ……? 弟……ということは秋葉? 秋葉はそんなことしてないけど……。
 ……。
 いや、監視カメラのあるあの屋敷なら、隠しカメラの一つや二つ……?

「なぁ志貴。約束してくれよ、……嫌なら、今日くらいは付き合えよ?」
「…………アルクェイド」

 ……なんだか猫みたいだ。じぃーっと私の目だけを見つめる。……見つめられてもただこちらは照れるだけだ。
 普段なら黙り込んでしまう。でも、アルクェイドは一心に答えを求めている。

「……平日は駄目だけど……今日、だけなら…………」
「本当か!?」

 目を輝かせて、子供のように喜んだ。その笑顔がを見て、答えて良かったと思う。

「そんじゃ、いっただきまーす!」



 ―――いただきます?



「そうゆう意味じゃなぁい!!! 何いきなり脱がしてるのよっ!?」
「ん? じゃあ俺から脱……」
「違うってば! 私は遊ぶだけだったらいいって意味で言ったの!!」
「だから、『遊ぼう』」

 アルクェイドの目が……マジだ。
 いつもの朱い目が、何故か金色に輝いていた。

「ちょ、ちょちょ……マッテェそこまで準備出来てないぃぃ…………!!!

 あーれー。(反転)



 ガバッッ!
 はぁ、はぁ……。
 嬉し……いやっ、相当嫌な夢見てしまった……。
 こ、これは……アルクェイドに対する想い……?
 騙されちゃいけない! きっと寝る時ずぅっと「アルクェイドどうしてるのかな……?」て考えてたからだ。
 ……。
 寝よっと。
 きっと違う事考えれば……大丈夫。
 違う事……んぅ、アルクェイドとは逆に……学校の事を…………。



 /3

 目覚めると、見慣れない天井があった。ベットも何だか違う気がした。そして何だか料理を間近で作っているように、とてもいい匂い。それが食欲を誘う。

「や、おはよ。志貴ちゃん」

 突然、目の前に顔が現れた。青い髪に、通っている学校のYシャツ、小さめの眼鏡。そして、優しい声。

「きゃっ、シエル先輩……!?」

 唐突に現れた先輩に、驚いて身体が跳ね上がった。そんな姿を見てシエル先輩は小さく笑う。

「幸せそうに眠ってたよ。そんなにいい夢だったの?」

 ゆ……夢?
 見たような見てないような……って、こんな夢のような情景に何故いるんだろう?
 周りを見る。一度だけだけど、印象深く憶えている部屋……。
 説明もいらないだろう、シエル先輩のマンションだ!

「あの……私……どうして、シエル先輩の部屋に……?」
「……」
「…………」
「………………」

 ……ぽっ。
 って、そっちが赤くならないでください!!

「志貴ちゃんだって赤くなってるじゃないか」
「あぅ……それはシエル先輩がそうだから……」

 はは、とまた笑った。
 こっちも笑……おうとしたけど、やっぱり笑えなかった。
 何で、どうして、シエル先輩の部屋に来ているのか、全然覚えていない。赤くなるような事はしてないし。

「志貴ちゃんの寝顔はやっぱり可愛いね」
「へ、変な事言わないでくださぃぃ……!」

 余計こっちが赤くなってしまう。

「別に変な事じゃないと思うけど。…………もう少しで朝ご飯出来るからね」

 ……朝ご飯?
 もう朝……なのだろうか?

 ……匂う。
 香ばしい香り。
 例えるなら、
 そう、インド―――。

「あの…………シエル……先輩……」

 自分の耳にも入ってこないくらい小さな声だった。
 でも先輩は振り向く。なんて地獄耳……じゃなくて。

「どうしたんだい?」
「私…………何で服着てないんでしょうか…………?」
「……」
「…………」
「………………」

 ぼぼぼっ。
 だからっ、何で赤くなるような事やってるの!!?

「志貴ちゃん……説明しなきゃ駄目かい……?」

 い、いえ……やっぱりいいです……。
 そう言いたかったけど、目の前に、シエル先輩の顔がやってきて、つい息を呑んでしまう。
 ドキドキする。朝起きてまず見た顔が先輩だった……それも驚いたけど、こうして近くで先輩を見るなんて……。
 初めて出逢った時もこんな感じだったけど、それとこれとは全然違う。

「こんな事してたんだけど覚えてない……志貴ちゃん……?」
「せ、先輩……」

 ―――コツン。

 ……。
 私の眼鏡と、先輩の眼鏡同士が、硬い音を立ててあたった……。
 その音のおかげで現実に戻される。

「あ、あの……」
「デリカシーの無い眼鏡だな……」

 眼鏡に感情は無いと思いますけど……。

「その……何があったかは知りませんけど……朝っぱらからは…………」

 ……あ、シエル先輩がすんごく悲しそうな顔をした。

「まったく。志貴ちゃんは本当にイジワルだな」
「よ、よく言われます……」

 主に有彦に。

「折角二人きりの時に他の男子の事……思い出しちゃ駄目だよ……」

 そ、それはそうでしょうけど…………って、駄目だってばぁ!!!
 私、シエル先輩とそんなに進展してないよぉ!

 ―――多分。



 ガバッッッ!!!

 ゼェ、ゼェ……。
 恥ずかしいけど……とにかく恥ずかしいけど、ちょっと最後まで見てみたいような夢を見てしまった……。
 学校の事を考えるだけでシエル先輩の事を思い出すなんて……。
 確かにシエル先輩はとても魅力的な男性だ。学校でも掲示板『カッコイイ先輩ランキング』で見事三本の指に入ってた!
 それはわかる……けど。
 あそこまで飛躍するのは……。
 ……私って、最低?
 うん。そうだ。家から出るな……屋敷で楽しく遊んでよう………………。



 /4

 ―――屋敷の庭はとても広かった。幼い頃、屋敷に住む子供達と一緒に鬼ごっこやかくれんぼ、ままごとだってした。
 此処は森。庭園には色々な木や花がある。植物園にいるようで、歩いているだけで楽しかった……。夜の月の光がその木たちをもっと美しくライトアップしている。
 キレイな光景。
 一人で散歩するのも楽しいけど、やっぱり散歩は二人でやるものだと思った。

「秋葉……。自分の家なのに、散歩に誘うだなんて変なの」
「……姉さんはまだ此処を散歩したことなんて無かっただろ」

 隣を歩く弟は照れながらそう答えた。
 秋葉は先を行き、一つ一つ、私に説明をしていく。
 秋葉は先生とか教える職が似合っていると思う。話ながら、とっても楽しそうに笑う。
 それは好きな事だからだろうか。それとも……私と久しぶりに二人で楽しく話し合えたからだろうか。

「キレイだろ、此処」

 指さす。
 そこは自分の家の庭の一齣とは思えないくらい、幻想的な世界だった。
 キレイ。目に映る全てに感動してしまう。

「うん……秋葉も凄いね。全部覚えているなんて」

 純粋にその事を誉めた。すると嬉しそうに笑う。

「その、……姉さんを招待したいから必死で覚えて……」

 ……。
 ありがとう、と言えば秋葉は真っ赤になって動けなくなってしまうだろうか。
 それくらい照れていた。
 それでも自分が照れていることなど隠しているようだが……。

「その、秋葉も……キレイ…………」
「……それは、喜んでいいのか?」

 ……うーん、そういう感想ってやっぱり駄目なのかな……。

「やっぱり男としては、カッコイイとかそういう方が嬉しい」
「勿論秋葉はカッコイイよ」
「……俺……っ」
「秋葉?」
「…………姉さん!」

 大声。
 秋葉の目は真剣だ。
 両肩を掴まれる。
 傍に来られて……やっぱり秋葉は大きいな、と思った。ずっと前に身長を追い抜かされたのはわかっていたけど、普通の男子に比べると小さいとは思うけど……。
 でも、カッコイイ男にはなっている気がした。

「俺の事……っ、弟とかじゃなくて……!!」

 ……?

「あ、き……」
「ずっとこの屋敷にいてくれ……るよな?!」

 ……こくん。黙って、頷く。
 それは当たり前すぎて、何を言ってるの?と貶すこともできる。
 でも秋葉の告白は真剣そのものだった。本当に……婚約者へのプロポーズのように。

「あぁ……そう……か。姉さん……」

 秋葉の、顔が、落ちてく…………。

「きゃぁ!」

 咄嗟の事だった。秋葉の頬を平手打ちで弾いてしまった。

「あ、ご……ごめんなさい……っ、でも……」
「―――」

 黙る。
 秋葉の目はキレイだ。
 でもこの目は何かが引っ掛かる。

 アルクェイドとシエル先輩と同じ―――

「あ、秋葉ぁ……痛いよ……?」

 秋葉の手が、ギリギリと肩を締める……。

「その、ここ屋外……?」
「かまわない」

 私がかまうの!!!
 ……あ、ちょっと文法おかしかったかな?

「姉さん、これは遠野家の主としての命令だ」

 いきなり最終手段使わないでよ!!
 ……だから、そういう問題じゃないんだってば私ぃ………………。



 …………。
 不思議の夢を見てしまった……。
 しかも三連発。
 黒い夢三連発。題して黒い三連星。
 って、最後は……弟と?

「……寝よ! 今度は夢見ない!! 絶対に!!!」

 といっても脳が起きてる限り夢はまた見る……。
 今度は何も考えないで寝てみせる。心を無にするんだ!どっかの修行みたいだけど……
 改めてベットの中に潜り込む。胸の中に黒猫を抱いて―――。



 /5

 コツ、コツ……。
 硬い音が廊下に響いている。
 おそらく翡翠だろう。夜の見回りだろうか。誰かが私の部屋の近づいてくる……。
 でもおかしい。翡翠はいつも『足音立てない』筈なのに……。
 がちゃ
 気配はすぐ側。
 翡翠はベットの前で立ち止まっていた。

「―――」

 黙っている。ずっとこちらを見ながら、何か言いたそうに口を開けたり閉じたり……それをずっと続けている。
 なんだか……緊張するなぁ……。

「……ぅん?」
「―――おはようございます」
「翡翠……どうしたの」
「―――」

 翡翠の表情は明らかにおかしかった。無表情と言えば無表情だが、顔色が良くない。
 青いとかそういうのではないんだが……薄暗い部屋だからだろうか。

「何かあったの……こんな夜中に」
「―――はっ。夜の勤めを果たしに参りました。志貴お嬢様」

 消え去りそうな声で、翡翠はそう言った。

「え……? 夜の勤め……って何?」
「―――」

 また黙る。

「翡翠。何するか言ってくれないと、私……よく分からない」
「……ですからっ!」

 ビクッ

「す、すいません。その……」

 あー、翡翠がしどろもどろしてるー……って感動してないで。これじゃ私が苛めてるみたいじゃない。

「夜の勤めは夜の勤めです」

 ……そういう答え方じゃ全然分からないんだってば!
 でも翡翠の目は真剣だ。

「…………翡翠? 本当に分からないんだけど」
「―――ですから、夜の勤めです」
「あ、わかったー。夜のお相手ってこういうことか」

 ぽんっ、と手をうったあと。

 えええええええええっっっっ!!!!?

「―――」

 俯いたまま、翡翠は何も言わない。そして私も、何も言えない。
 …………えっと、ということは。

「……えっち」
「そうです」

 そうです、言われても……。

「―――私は、お嬢様の下僕ですから」
「げ、げぼくぅ……?」
「はい。ご命令を」

 そういうと翡翠は、顔を赤らめながらも上着を脱ぎだした……。
 あぁ、脱がなくてもいいから!!!
 ベットの上で使用人を見おろすのって……
 何だか女王様みたい……って、まさか、そんなことは!?
 翡翠もタチの悪い冗談好きだなぁ。

「じゃあ、何? 『足をお舐め』とか言えばいいの?」
「―――はっ」

 ―――ぺろ。

 え、えええええ、えええ……!?

 違う、ちがうちがうちがう……! 翡翠はぜぇったいにこんな事言う人じゃないぃ!!!
 お願い、夢なら覚めて―――!!!!!



 /6

 ……目を開けた。
 間違えなく、私の部屋だ。勿論、誰もいない。
 ―――よかった。やっぱり夢だったんだ。
 そりゃそうだ。いくら……使用人だからってそんなことは……ね。
 ちょっと汗かいてるけど、ちゃんとベットの中にいる。

「お風呂、入ろうかな……」

 べとべとした肌が何だか気持ち悪くて浴室に向こうとする。
 が。
 がちゃり。

 ……。
 腕を動かす。
 がちゃがちゃ。
 …………。
 …………また夢?

「―――あ、おはようございます! 志貴お嬢様……」

 しかも、悪夢?
 明るい声は、薄暗い(自分の)部屋でもわかる。―――彼だ。

「こ、琥珀さん……!?」

 首だけは動かせた。窓の先は真っ暗。まだ夜だ。
 でも何故かベットの前に立っている琥珀さん。
 笑っている。いつもの笑み……とは少し違う気がする。
 ―――怖い。何かされそうで怖い。
 翡翠なら「する筈ない」ですむけど、……この人は本当にしそうな気がして怖い。

「あのぉ……琥珀さん、ですよね?」
「なんですと!? ……悲しいなぁ……こんないい男を忘れるなんて」

 ……これは夢だ。でも現実でも言いそうで恐ろしい。自分でそう言うと否定したくなるなぁ。

「その、一つお聞きして宜しいでしょうか?」
「あぁ! もちろん!!」

 なんで深夜でもそんなにゲンキなんですか……?
 じゃなくて。

「私の腕に巻き付いている鎖は何でしょうか?」
「オプションパーツです」

 なんの。

「お嬢ちゃんに再会してから……ずっと思ってたんですよ……ずっとやりたいなぁって」
「や、たりたい……とは?」
「まぁ、翡翠ならこう言うだろうな。『夜の勤めです』って」

 ……つい先ほど、夢の中でそう言われました。

「あのぉー、……冗談ですよね?」
「この目が冗談言ってるのに見えますか!?」

 見えます。
 思いっ切り嘘くさいです。
 ……何故か、口が動かなかった。
 琥珀さんの目が……そう、例えるなら『キュピーン』と光ったからだ。

「本当なら秋葉様も誘いたかったんだけどな……どうせなら、俺が最初が良いし」

 最初って、何の!?
 口が動かせなかった、いや、喋れないんだ。
 これは……初めてされたけど(当たり前だ)……猿轡?

「では、お嬢ちゃん…………よろしく☆」

 きゃーっ。



 /7

 ―――目が覚める。
 窓の先には光り。
 時計は少し早めに6時前。
 身体を起こしてもじゃらりとか変な音はしない。

「夢…………か」

 最低な夢を見てしまった。
 しかも5個も夢を見ていた。
 でも、なんだろう。……やっぱり心の奥ではちょっと残念がっていた……。

 ぎゅむっ☆

 ……柔らかい感触。
 例えるなら……そう、猫を踏んだような……。

「って、レン!!?」

 例えでなく、本当に。
 急いで身体を起こすと、……猫が俯せにつぶれていた。
 へんじがない。ただのしかば―――ではなかった。ぴくり、と黒猫が動いた。

「ごめんレン……! 大丈夫!!?」

 ……。
 …………。
 ………………にゃー。
 黒猫は、ベットを下りて窓から出ていった。
 少し苦しそうにも見えた。

「ごめんね……」

 そう謝ると、振り向いて私の顔を見て闇の中へ消えていった……。

また夜、ね……。





外伝2に進む

あとがき。「if 姫」キャラクターSS第一弾

■アルクェイド
王子様。あーぱーだけど芯はしっかり者(基本ね)。一番怒ると怖いのも彼。女性でもマジで怒るんじゃないかと。あっちから付き合えと言ってくるタイプ。積極的。でも我が儘。
■シエル
女性より女性らしい男性。中性的。キーワードは「優しい先輩」v でもカレーは忘れちゃいけません。
■秋葉
「姉さんは俺のものだ!」的。幼い頃は独り占めだったんだけど、二人ほどライバルがいました。
■翡翠
エロ担当(その壱)。いじめられ役。普段はカッコイイのに本当は可愛い系。純情。何事にも真剣。真面目好きに捧げる(笑)
■琥珀
エロ担当(その弐)。いじめ役。完璧なサディスト。可愛い子には全部手を出しちゃう。遊び人タイプ。キーワードは「オオカミ」v

……趣味か!? 趣味です。
貴に萌えるんじゃなくて、♂ヒロイン達萌えSSになりそうやな……。