■ 外伝2 Crazy Dream/2



 /1

「いつもに増して顔が悪いな」
「それは刺されたくて言ってるの?」

 学校の昼休み。有彦、シエル先輩、弓塚くんと一緒にお昼を食べる。シエル先輩は自分で朝作ってきたらしい(とっても美味しい)お弁当持参。弓塚くんはコンビニ弁当、有彦と私は購買で売っているパンを買ってお喋りをしていた。
 ……その話の内容は、私の悪口になったらしい。

「乾……『色』が抜けてるぞ……」
「意味が通るからいいだろ」
「……」

 ―――短刀で刺すのは引けるから、フォークで腕を刺してやった。
 擬音語を付けるとすれば、ゾスッッ……ってカンジ。

「志貴ちゃん。乾くんだからやっていいけど、フォークでも使いようによっては人だって殺せるんだから気を付けてなよ?」
「あ、それくらいわかってますよ」
「……先輩ぃ……」

 夏らしく(?)恨めしい視線で見てくる。自業自得だ。

「でも遠野さん。本当に、顔色は良くないけど……?」

 なんて死んでる有彦をおいといて、トマトジュースを飲みながら弓塚くんは私の顔を覗き込んだ。

「……ぅーん。いつもより元気じゃないし……」

 ……そうかな?
 今日は特に貧血ってわけじゃないし、気分も優れないわけでもない。ただ文句を一つ挙げるとすれば、―――目覚めがちょっと悪かったぐらいか。

「……」

 有彦と弓塚くんは何か話し合っている。一方、シエル先輩は……お弁当も手を付けず、ずっと私を見ているだけだった。

「……先輩こそどうしたんですか? 全然食べませんけど……」
「志貴ちゃん。…………昨夜の夢、誰が出てきたか覚えてるかい?」

 夢?
 夢は毎日見るけど、昨日見た夢で……登場人物は…………。
 …………あ。

 や、ややや……やばい。顔が、赤くなっちゃう……。
 だってここにいるシエル先輩が……あーんな事をする夢を見てしまったのを思い出した……。しかもシエル先輩だけじゃなくて、アルクェイドや秋葉たちまで出てきたのも…………。

「……」
「シエル先輩……? それが、何か……?」
「―――志貴ちゃんのえっち」

 え``?

「それじゃー僕は委員会の仕事が有りますんで早めに失礼しますーっ」

 呟いた後、まだあまり減ってないお弁当を仕舞って行ってしまった……。
 ……。
 ま、いっか?



 /2

 それは、いつものように一緒の学校の帰り道だった。有彦の家は逆方向だし、シエル先輩はまた何かの用事で忙しい。
 あの日から、……あの事件から、遠野の屋敷へ帰る時は弓塚くんと帰っている。

 ―――夕日。
 ―――あの日と、初めて遠野の屋敷に向かうあの日と同じ。
 違うといったら、彼がちゃんと笑顔だということだろうか。

「ねぇ、弓塚くん」
「えっ、何?」
「……そんなに私、顔悪い?」
「そ、そんなことないよ! 遠野さんは中の上ぐらい可愛いって!!」

 ……。

「……ごめん。乾病が感染ったわ。私ってそんなに『顔色』悪い?」
「え……?」

 な、何言ったんだろぉな俺……? と顔を赤くする弓塚くん。
 ……間違った事をごく普通に聞いてしまった私が悪いんだって分かってるんだけど、―――なんか、嬉しい反応だ。

「ん……昼はそう思ったけど、やっぱり遠野さんは元気だな……。どうしてそう思う?」
「だって弓塚くん。ずっと私の顔、ジロジロ見てる」
「え!?」

 驚く。そして照れている。真っ赤にして恥ずかしがっているといったところか。

「ね……私の顔に変な物付いてたり?」
「そ、そんなことはない! 遠野さんはキレイだ!!」

 …………。
 弓塚くん。……それは…………。

「どうしたの、遠野さん」

 天然、なんだろうか。

「冗談ナシに言ってくれてるんだと嬉しいなー……」

 ―――夕日。
 ―――あの日と、初めて遠野の屋敷に向かうあの日と同じ。
 違うといったら、やたら他人を意識しすぎて気まずい……だろうか。
 前より仲良くなった筈なのに。
 ……一応、キスもした仲なのになぁ。
 あの時は必死でやった行為だけど、気持ちは嘘じゃない。
 なのに、……そんなに進展していないと思う。
 何故振り出しに戻ってしまったかは分からない。

「―――弓塚くん」
「何?」

 ごく普通に受け答える彼。
 決して厭ではない。だが何かが違う気がする。

「どうして志貴ちゃんて呼ばなくなったのかなぁ……って」
「!!」

 答えは何となくだが分かっていた。
 『恥ずかしくなったから』、『あの時とは違う自分が働いているから』だろうか。

「…………っ。……ほんとう、は……俺だって…………」

 弓塚くんが、唸っている。何に対して怒っているのだろうか。私には分からない。

「弓塚くん……?」

 何か、悪い事を……言ってしまっただろうか。

「し、き…………ちゃん」

 ―――止まる。
 あの坂道の前。
 ここから二人は違う方向に還っていく。
 そこを歩む前に―――弓塚くんが、私の『名前』を呼んだ。

「うん」
「…………ほら、可笑しいだろ」

 どことなく淋しそうに笑った。

「そ、そんなコト無い……あのね。弓塚くんが『遠野さん』って呼びたかったらそれでいいの」
「君が嫌がる」

 ……え?

「そして、みんなも分からなくなる。だから俺だけでも我慢しようって……」
「それ、どういうこと……?」

 夕日の中。真っ赤な世界の中の彼は……

『志貴ちゃん』だとシエル先輩とかぶるんだよ

 ……。

ただでさえ原作で地味なのに、俺が呼んだら俺が殺されるから

 ……そっか♪



 /3

 ―――目を開ければ、目の前にレンがいた。
 にゃー、と一声。そしてまた蹲る。

「……」

 とっても愉快な夢を見てしまった。

「レン。……あなた何でも知ってるのね」

 レンは答えない。答えられてもどうかと思うが。
 ―――いつまでが現実で、いつからが夢だったか。もうあやふやだ。
 時計を見るともう真夜中。翡翠も屋敷をカツカツ歩き回っている時間ではない。
 ……寝ようっと。

 弓塚くんが『狩られて』ないかを祈りながら、もう一度目を閉じた。



 /4

 ドタドタドタ……
 バタバタバタ……
 どーん!

「志貴さーん!」

 多くの話し声と足音。騒音とも言える叫び声。
 その中から、晶くん? の声が聞こえる。
 近くなのに遠くに。
 何故遠くに聞こえるのか。それは、一つのドームの中に20万の人が押し詰められているからだろう。
 ここは、天国でもあり、地獄だ―――。

「志貴さぁん! TYPE-EARTHの新刊です!」

 まるで『運動後でいい汗かいてきました!』と言わんばかりのキレイな汗と充実感に溢れた笑顔。この笑顔を見ると……もっとそれが続いて欲しいと思ってくる。……あぁ、おこづかいがもっとあればなぁ。

「どうぞ受け取って下さい!」
「あのね、晶くん。……買いに行ってくれてありがたいけど、女性の私が行った方が大手(特に男性向)は早く買えるんだよ……?」
「そうなんですか? じゃあこれから宜しくであります!!!」

 ……頼まれちゃった。
 晶くんの努力を貰い受ける。

 受け取った本は、
 可愛い女の子が、
 半裸で汁を被っている……。
 ―――ドクン
 あ、貧血が…………?

「志貴さん、確か好きでしたよね……?」
「う、……うん。でも私どちらかというと男の子の方が……」
「そう思って! ショタの方も用意しました!!」

 晶くんはイイコだ。
 本当にそう思う。ヤヲイを理解してくれる弟、本当ーに欲しかったんだ!
 ぴきーん。

 ―――あ、一瞬だけど、晶くんの目が変わった。
 アレだ、アレの時間だ……。

「そのですね……志貴さん」

 いつになく、恥ずかしそうな顔で晶くんは(スケブの持った)手を握りしめている。
 なんだろう、何が視えてしまったのだろうか。
 晶くんの『未来視』は良い事も悪い事も関係なく見えてしまうものらしい。だが未来は必ずしもそうではなく、悪いものを見てしまったら、良い方向へ変えることもできるイイ力だ。

「何? また爆弾魔とかが出るとか!?」
「そ、そうじゃなくて……俺、見えちゃいました。次のシーズンに大ヒットするジャンル、格闘ゲームの『メルティ・ブランド』です」

 ……。

「大ヒット間違いありません! 同人誌2000部完売も夢ではありません!!」
「……晶くん」
「は、はぃ!?」
「もしかしたら、某こみ○の女王も未来視持ちだったのかもしれないわね」
「あ、はい」
「あなたのなら外サークル、夢じゃないと思うわ」
「え、それって……」

 がぁしいぃっっ!!!
 晶くんの力強い腕と腕とがぶつかり、叫ぶ。

「合体、おーけー!?」
「はいぃ!!!!」

 ―――こうして、コミケッコンによる新たな悪魔が生まれた!

 …………大体さ。
 ヒットが1ヶ月で変わる世界なんて無いですよ。
 by・コミケ○年目の女。



 /5

「ねぇ、レン……」

 レンはすやすや私の横で寝ている。あまりに気持ちよさげに眠っているので、つい妨害したくなるような……。でも、なんていじわるはやらない。

「あなた、……どうして私の趣味まで知ってるの?」

 ―――流石、夢魔。
 もしかして、アルクェイドも知っちゃったのかな……?
 ……。
 まぁいいや♪



 /6

 目を開けたら、…………朝だった。時計はもうすぐ5時になろうとしている。……まだ起きるのには早い。
 ―――まだ、夢を見ていてもよかったのに。
 二度寝しよう……まだ翡翠が起こしにくるのには早すぎる。
 目を閉じかけた
 その時。
 ―――私以外の誰かが、部屋に居ることに気付いた。

「…………」
「…………」

 普段なら、「きゃあぁ!」とか叫べば翡翠がやって来るだろうし、不法侵入者が見つかれば、秋葉が命令して、きっと琥珀さんが『ヒミツのお部屋v』に連れて行かれるだろう……アルクェイドなら入ってきた窓から逃げ出すかもしれないけど。
 でも叫ぶ気はしなかった。―――ずっと昔から、アルクェイドや翡翠たちより知っている人だったから。

「有彦……」
「よっ、志貴……」

 ―――有彦か。
 第一声を聞いて、そう思った。奴なら第一声は不愉快になるほどの大声で私を困らせるもの。
 それがなんで、……こんな、悲しそうな、淋しそうな顔をしているのだろうか。―――本人だとしたら、それこそ不愉快じゃないか。

「その、だな……志貴……」
「うん。わかってる」
「……へ? 何、が」
「好きとか言いたいの?私の事」

 ――――――。

「な、ななな……っ!?」

 一瞬、刻が止まり、有彦が慌て出す。小学生の頃から(腐れ縁で)付き合っているけど、こんな有彦は見たコト無い。……いや、見たくない。
 だが、予想以上の反応だ。髪と同じくらい赤くなっている。もう同じような夢を何連発も見ているんだから、先が読めない方がバカよ……。

「―――そうだよな」
「うん?」

 ベットから顔を出した状態で、有彦を見ている。俯き加減の(偽物な)彼が、顔を上げた。

「そうだよなー! なんで俺がお前の事『スキ』とか言わなきゃならないんだ!? バカげてるぜ!」

 ――――――かっちん☆

「あ、有彦……! バカってバカに……!!」

 ―――確かにそうだけど、……こんな夢はバカげてるけど。

「……」
「だいたいよ。お前にこんな豪華な部屋似合わねぇな。それになんでテレビもねぇの?」

 バカ笑いをされる。
 ……いつもどおりの彼がやってきた。

「…………元々こういう家に生まれたんだから、仕方ないでしょ……」
「カワイソウだよなー。だからガッコで俺いじめるのか?」

 …………夢だと思っていたけど、現実のようだ。

「……それ、本心よね?」
「なにがだよ」
「少しでも、『スキ』って思ってくれないの……?」
「……なんだよ、そんな顔して」

 ―――どんな顔をしているのかは分からない。
 けど、……有彦の顔を歪ませるほど、不安げな表情だっただろうか。
 バカ笑いを止めるほどの。

「わけわかんねぇ。お前どっちがいいんだよ。本心で答えたら怒るじゃないか」
「どっち……って、はコッチの台詞よ!」

 本心で…………?
 本当の、貴男はどう答えるの…………?

「…………本当は、どうなの?」
「あのなぁ。志貴」

 身を起こした。ちゃんと彼の目が見たい。
 これが現実味のある事なのか確かめたい。
 だが、彼は夢の中のように言い放った。

「これが夢だって、分かって言ってるのか?」

 ……と。

「分かってるわよ。だから」

 夢だから聞きたい。
 と思ってはいけない事だろうか?
 夢で聞いても意味なんて無いというのに―――。

「ああ。俺は、本当は――――――」

 ……ぷつん。

 ………………線が、夢が、

 ………………………………切れた。



 /7

「…………」

 目を開けた。
 寒気がする。悲しさがわき上がる。
 どうして、こんなときに、……なのかな。
 ワケが分からない、そう繰り返される。
 どれが現実か。夢か。夢で狂言を言われても、意味なんて無いのに。
 ………………はぁ。
 一体これで、もう何度目の夢だろう。
 今起きているのが夢か現実か分からなくなってきてしまった……。

「夢だとわかって、か」

 そんなに夢見がちな少女だったかな、私。自分で言っているのだから違うだろう。そこら辺は自覚している。

 ワケ分からない。ワカラナイ。解らない。
 なんで

 目の前に、見知らぬ誰かの死体。

 あるんだろう。

 いつの間にか両手が真っ赤になっていて、いつものナイフが地面に落ちている。
 ―――悪い夢。

「……もぉ……いいかげんにしてよ」

 心臓に悪い夢を連日(といっても二日間だが)見せられて、……この心臓の悪さには鈍くなってきてしまった。
 ―――殺した夢を見て、何も思わない?
 私がヤったって、認めいいのかな……?

「どう考えてもコレは…………」

 カツ

「……」

 カツ、カツ

 誰か、来た。
 此処……路地裏の通路から誰かがやってくる。
 夢なのに音が鮮明に聴こえる。

 ―――キモチワルイ。

 夢って曖昧だからいい。
 ゆっくりと、落ちている七夜の短刀を拾い



 キィィィィィィィン…………!



 甲高い、黄色い声のような、ナイフのぶつかり合う音。
 ……わぁ、こんなの初めて。やっぱり夢だからかなぁ……?
 入ってくる『誰か』の喉を狙わなかったら私が死んでいたかも……?

「…………驚いたわ」
「…………驚いたな」

 似たような台詞を、同時に吐く。すると男は笑った。

「まさか同類に出会すなんてな…………女の殺人鬼なんて初めて見た」

 男は鼻をならして、元来た道を戻っていく。
 路地裏の、真っ赤な世界を見ただろうか。
 ―――公園に来た。何故か男の後を追っていた。

「ここいらにするか。見知らぬ野郎と路地裏にいれば怪しまれるしな」

 道ばたに座り込む。男は思い立ったように自動販売機まで歩いていった。

「金出せ」
「殺人に強盗かぁ……いくら真夜中だって私が大声出せば誰か来ると思うけど?」
「したら返り討ちするけどな……まぁいいや。オレがオゴってやる」

 しぶしぶ、小銭を取り出した男は、缶コーヒーを二つ買った。ちゃんとコチラまで戻ってきて私に一つを手渡す。

「おらっ」
「ありがとう」

 男は私の隣に座って、コーヒーを一口飲む。
 ……公園は誰もいなくて、その喉の音がよく聞こえた。

「……マズ。煙草といい珈琲もあんまりいいもんじゃねぇな。なんだってんなもん売ってるんだろうな」
「そんな事言うんだったら私だけでもココアにしてくれればいいのに。気がきかないのね」
「ははは……お前、面白い事言うな」

 一般には喧嘩売ってるような台詞だと思うが、男は笑う。
 こっちも一口。…………苦い。

「だけど、女のくせに手慣れてるようだな」
「女オンナって……殺人に男も女も関係ないじゃない。私が貴男の喉狙ってなかったら腕切られてたわよ」

 野蛮な会話をしながら。
 男は不味い不味い言い、楽しげにコーヒーを飲んでいた。

 殺人鬼同士、話が合ったというのか。
 いや、何だか、懐かしい気もした。
 なんて、昔からヒトゴロシをしてるつもりなんてなかったんだけど……?

 それから一時間ぐらい男と話した。
 道行く車を見ながら、意味のない事ばかり話した。
 モノの死が視える私の目と。
 なかなか死に難い男の体。
 やたら笑って、笑い返す会話。
 話の途中、何度か男はまた自動販売機までいった。
 不味いと言っていながら、やっぱりコーヒーを買う。

「おい。いいかげんお前も奢れよ」
「サイテー……付き合ってあげてるんだから120円くらい奢りなさいよ」
「何十本目だよお前は」

 そう言いながらも男はちゃんと私の分の缶コーヒーを買った。嫌だって言ってるのに缶コーヒーを買い続けてる。相当学習能力がない男のようだ。
 男は缶コーヒーを飲むと

「久しぶりに人間と話している」

 なんて口にした。

「……無人島にでも行ってたの? テレビの企画か何かで?」
「テレビの企画ってのは知らんが、……何でも世間からズレてるらしい」

 そりゃ、殺人鬼なんだから正気じゃないのは確かだ。
 ……それは自分にも言えること。
 ―――私も『ズレて』いる。

「しかしよく喋る女だな。……昔な、オレの周りにそんな奴がいたな」

 コーヒーを飲んで、ポイ捨て。そしてまた自動販売機の前へ。今度は何も言わず私に缶を渡した。

「……ありがと」
「何だかんだ言ってお前も飲んでるからな」
「貰って飲まなかったら失礼でしょ」
「ははは……! ホントに面白い女だな。…………懐かしい」

 男は無意味に笑う。
 気付けば、口にしている缶はジュースに変わっていた。……こんな奴でも、学習能力のあるヒトだったのか。

「―――昔。だだっ広い庭に一人だけキャーキャー言ってる女がいた。他はみんな男だっつーのに、……今思えば手加減ぐらいしてやればよかったかなって」
「可哀想……その言いようだと、女の子を泣かせてたみたいじゃない」
「あぁ。可愛かったからな。他の奴らも同じ理由で泣かせてたんじゃないか」

 ……最低。好きな子だからいじめるなんて言うけど、いじめられている方にすれば迷惑以外の何でもない。楽しいのは、気持ちを押しつけている男の子の方だけ。しかも集団らしい。……その女の子には本当に同情する。

「―――あーあ。楽しかったぜ、ほんと」

 コーヒーを飲み終え、空高く缶を投げた。
 男が腰をあげる。そして、―――感情のない目で私を見た。

「―――さて。どうする? オレはヤってもいいけど」

 男はナイフを取り出した。
 殺気。
 男は殺し合いを求めている。
 それに答えるように、私をナイフを……出さなかった。

「…………やめたら?」
「なんで?」
「確かに貴男……強そうだけどね」



 ―――貴男より私の方が強いから。



 歯が、軋む音。
 ひきつった笑み。
 そして

「ハ……あは、あーっはっはっは…………ッ!!」

 なんて大声で笑い出した。
 笑って笑って、うるさいくらいに。

「なに……失礼じゃない。私、何も面白い事なんて言ってないわよ……っ」

 ひひ、ひひひ、と男は笑い続けている。
 だが突然、ぴたり、と笑いが止まった。

「―――そうだな。お前は正しい」

 足下には男が飲んだ空き缶が数十個。私の周りにはその数の半分ほどの空き缶。千円ぐらい奢って貰った事になる。
いいヒトだ。……殺人鬼だけど。

「じゃあな。……また会えたら」
「そんときはどうなることやら」
「わかんねぇ」

 笑って、―――男は私の頬に唇を当てた。
 さも当然のように私もその唇を受け止めた。

 ……何故かは分からないけど。
 それが当然にする挨拶のようにも思えた。
 家族の間でする行為だとも想えた。

 男は去っていく。
 去っていく背中に手を振った。
 殺されかけたけど、随分奢ってもらったし……。
 ……なんか他人じゃないな、と思った。

 その後は、何故かこのままボーッとしていても『夢』から覚めない気がした。から、自力で屋敷に戻ってきた。
 本当に夢ならば、あそこで眠りについても朝にはベットの上に戻ってきている筈だけど、そんな感じはしなかった。何故かって、それは簡単な事。

 ―――夢じゃないから。
 それ以外に、説明がつかない事だ。





外伝2「やわらかな傷痕」を見る

あとがき。「if 姫」キャラクターSS第二弾
■弓塚くん
作中でもあるように「一応、キスした仲」なんだけどね……ハーレムものにそんな事言っちゃいけないのかしら(悩) ファンタジーでは彼が正ヒーローなんでしょうか。高校生。純情。先輩のライバル。頑張れさっちん!
■晶くん
すいません、趣味入ってます……瀬尾晶のキーワード「未来視」が入ってないぞ! なんで同人の方中心なんだ! 弟。中学生。らぶらぶ。犬。そしてヲタク。
■有彦
さっちん同様、「if 姫」での正ヒーローの一人。他の連中が強引なラブラブやっていながら、彼はクールに冷静に。夢っぽくないラストにしてみました。幼馴染み。友達以上。助け合い。どつき合い。大好き。