■ 5章 if 昏い傷痕/1
/1
「有彦さーーん、志貴ちゃんですよー」
……聞いたことがない声が、有彦の家のインタフォンから聞こえてきた。
しかし自分の名前を答えた時、『はい、乾です』とあちらが言ったのだから家が間違ってるわけでもないようだし……。
時刻は朝の5時。そろそろ新聞屋さんが動き出してきた時間。こんな時間に訪れるのは失礼だってわかっていた。
「バカ馬! なにこんな朝に殴り起こすんだ!!」
ガコッッ
……ドアから、何かを殴る音がした。
「あぐ……でも、殴らないと有彦さん起きないし…………」
「で、志貴なんだな。今開けるからなー!! ……おらっ、馬は消えてろ!!!」
ガスッッッ
……もう一回、殴る音がした。涙声で痛がってる声がする……。
朝から元気な声。有彦は勢いよく自分の家のドアを開けた。
「…………あなたが幼児虐待してるだなんて知らなかったわ」
「…………おまえが男を引っかけるなんて思いもしなかったぞ」
お互い、目の前にいる状態を見て……バカらしさを感じてしまった。
/2
アルクェイドをベットに寝かしてもらう。揺さぶられて少し唸ったが何も言わず、アルクェイドは静かに眠った。
「はあ……」
私は腰を下ろし、ため息をつく。窓の外を見ると、大分明るくなり始めている。
「あ……カーテン閉めた方がいいのかな……」
やはり相手は吸血鬼だし。有彦の部屋の窓を閉め、改めて座り直す。
……アルクェイド……傷、大丈夫かな。
出血は止まってるし、殺しても死なない人なんだから気にする必要ないだろうけど……。
……あ、死なないなら心配する必要はないか……。
でも、痛そうにしている、姿は見ている自分まで痛くした―――。
「あ、え、と…………はじめましてぇぇ。有彦さんがお世話になってます」
「……」
―――痛々しいと言えば、目の前にいる……アルクェイドのような金髪の少年も何度も殴られていて痛々しかった。
「……」
髪の毛は金髪。目は青い。こんな東洋人いるわけがない。背は私より少し小さい……男の子だ。青い(ちょっと露出度高めの)服に、生足……と思ったら、手足は馬の蹄のようになっている。……有彦にこんな趣味あるとは思わなかったけど。
「あ、志貴! お前俺がショタとか思いやがったな!!?」
「じゃあ誘拐魔……」
「馬ぁ!! おら出てけゴルァ!!」
ゴスッッッ
……と少年を蹴って部屋から追い出す。あぁ、また泣き出しちゃってる……。
……。
はぁ。
「…………何があったんだ。って聞いていいか?」
「在り来たりな台詞できたわね……」
「それしか思い浮かばねぇ。あ、あとコイツは誰なんだってくらいか」
コイツ、と有彦は指さす。指さされた男は……さっきよりは表情も軟らかく、落ち着いて眠っていた。
「こっちが本当の誘拐魔」
「は?」
「私を夜、ホテルに連れて行ったの」
……一瞬。
一瞬だが、部屋中が凍った気がした。
いつもなら「志貴ちゅわんがご冗談を言うなんてコロニーの一つか二つは落ちるかな?」などと意味不明なことを口走る有彦が、今日は固まっていた。
「…………あーのーね。折角冗談言ってるんだからツッコみなさいよっ」
「嗚ー……あー、あぁ……冗談ね、そうか冗談か………………」
……何を、バカ面で安心してるかなこの男は……。
「……その、ちょっとした事件に巻き込まれた……というか私が巻き込んだんだけど。…………とにかく、色々あったの」
「何が色々なんだ」
真剣で、似合わない顔で聞いてくる。
「…………貴方は、人が何があったか聞いても『色々あった』で済ます男だったわね」
「あぁ……それは謝るけど」
まぁいいや。と言って有彦は立ち上がる。
「お前も色々あったんだな。じゃ、何か作ってやるけど何がいい?」
……物わかりいいというか、なんというか……。そんなサッパリ感が好きだから、一緒にいるんだけど。
「なんでもいい」
「じゃあ朝から馬刺でいいな」
「…………え?」
「そうかそうかー、待ってろよー」
有彦は自分の部屋の襖を開け……
…………た途端、あの少年が倒れ込んできた。
「痛ーっ」
「……」
ところで、この少年は誰なんだろ。
「てめぇ……さっさと消えろと言ったのに……」
「あー、言ってないですよ有彦さん。言ったのは『おら出てけゴルァ!!』ですから。あっ、別に襖に寄りかかってお二人のらんでぶーをこっそり聞いてたわけじゃありませんからね〜」
……。
なんだろう、この馬。人を挑発するの……うまいなぁ。
歓心しながら、とっさに志貴は後ろを向いた。その次の瞬間、……ゴキッッッと今までの中で最も嫌な音がした。
アルクェイドは眠っている。かつて殺された女の目の前で、幸せそうな寝顔で。
―――ツン。
ほっぺたを指でちょんっと指してみても、起きない……。
……吸血鬼ってそんなに無神経かな……。
無神経というより、……何も考えてないコトが多すぎた。
今日の朝の記憶。
思い出すのは、黒いコートの男。あっちは無神経というより、感情がなかった。
それと比べれば……アルクェイドは違う。黒いコートの男は、絵に描くような吸血鬼の例のような目をしていた。
「はぁ…………」
また出た、同じようなため息。
「疲れてるのかな……」
いや、その通り疲れているのだろう。昨日は朝から寝ていたとはいえ……一晩起きてたのだ。
「……」
もう一度、ベットに横たわる男を見る。
綺麗。
男性に言っても喜ばれないとは思うが、正直な気持ち。
「綺麗」
―――これが、真祖の皇子か。
/3
―――ごりごり。
身体を起こす。
身体には毛布が掛けられていた。親切に掛けてくれたのか……。
―――ごりごりごり。
……あんまり考えたくないが。私の方に背を向けてテレビのニュースを見ているあの金髪の少年。
彼は、……生で人参を食べてるような気がした。
「あ、おはよーございますー」
陽気に挨拶された。こちらに向き直り、きちんと正座をして挨拶した。
……その揃えられた手は、有彦が連破したように……馬の蹄のようだ。
というか馬の蹄だ。
というかこれは馬か!?
「はぁ…………有彦ったらショタついでに誘拐ならまだ回復の余地はあるのに、ついに改造手術なんて……」
「やるか!」
グットでナイスなタイミングで有彦のツッコミが入った。
……って、いたのか。
「やって起きやがったな。ホントに死んだかと思ったぞ!」
「……そんなに大人しかったの?」
「大人しいもんじゃない。これがヒトの死に顔なのかって久しぶりに見ちまった」
……久しぶりというのが気にかかるけど……時計を見る。
時刻は5時。
……変わってない。
「変わってないわけないだろ! 今は17時だ!!」
……。
本当に疲れてたのね。
「…………驚かないのか」
「貧血気味の時は一日近く寝てたこともあったし…………」
ハッ、と自分より先に寝ていたアルクェイドを捜した。
アルクェイドの姿は、ない。この部屋にはいなかった。
どこ行ったんだろ……て、どこ行ったなんて、家の主に聴けば早い。
「あのバカに何かさせてるんじゃないでしょうね……」
「……自分から何かやりたい、と言い出したんなら、やらせていいだろ?」
まさか、吸血鬼の恩返し?
「気が付いたのか、志貴?」
「あ……」
そんな話をしていると、アルクェイドが部屋に入ってきた。
比較的元気そうな顔だ。血色は決してよくはないが、辛そうではなかった。背が高いせいか、日本家屋の襖には、しゃがまないと入って来れないらしい。どっこらせ、と掛け声をしながら入ってくる。
―――有彦の方を見た。その目を見ただけで、有彦は金髪の少年を引きずって外に出ていく。
「いたっ、痛いです有彦さんー! 耳引っ張らないでくださいよー!!」
「さっさと出るぞ、ななお」
「あぐぅぅぅぅ……っっっ」
……見ていて可哀想だ。
「―――アルクェイド……もう傷は大丈夫なの?」
「はは、まぁな」
余裕ありげにアルクェイドは笑う。
「そう―――それなら良かった……。アルクェイドが無事で」
「ん? 前までバケモノ扱いしていたのに何気味悪い事言ってるんだ?」
「だって私がボディガードするはずだったんでしょ?」
「……いくら君のチカラを信頼していても、一応女の子の前で倒れるのは遠慮したいね」
そう言いつつ、目の前で寝転けたのはどう説明するつもりなんだろう……。
もしかして、自分が眠っている記憶なんてないのだろうか?
「でも、助けてくれてありがとう」
「……は? 俺が志貴を助けたって?」
意外そうな目で私を見る……ということは、この男、全然自覚がないようだ。
「そう、貴方が庇ってくれたの。今更だけど……ありがとう」
「ありがとう……って、別にいいよ。志貴とネロが出逢った原因は俺にあるんだし」
「それはそうだけど、私を助けてくれたには代わりはないじゃない」
あんまり納得いってないような顔でアルクェイドは私を見る。表情がコロコロ変わる。
「……でも、こんな事になったのは引き受けたからだぞ? もしかしたら俺を恨んでるかもしれないじゃないか」
「……そりゃ、あんな危険な場所つれてこられたら怒りたいけど、そもそもは私に原因があるんだし……」
そう、
そもそもは、
私がアルクェイドを殺したから…………。
「………………あ」
間抜けな声を挙げた。
「……ん? どうしたんだ」
「……なんで私は貴方を殺したんだろうなって今思った……」
アルクェイドは顔を顰めて私を見る……。
そんな顔をされても何にも言えない。殺した本人が、その理由を覚えてないなんて、殺された人は怒るに違いないから。
「理由なんて無いんじゃないか? 志貴は根っからの殺人鬼ということで」
「あっそうか。…………ってそれは納得できないわ」
納得したくない理由だ。
「運が悪かったなー、殺すんだったら俺みたいな吸血鬼じゃなければこんな事ならなかったのにー」
笑顔で、もしもの話をする。
それを私は笑って流せない。
「人を殺したのは…………貴方が初めてだったんだから」
ぽかん、と口を開けるアルクェイド。
信じられない、といった顔。……何で。そんなに意外?
「ウソだ…………あんなに手慣れてたのにあれが初めてだというのか!?」
……そう。
おかしな目を持ってるせいで間違えられても可笑しくないとは思うけど。
「じゃあ、何で俺を殺したんだよ」
「それが……………………わからないの」
アルクェイドを見た途端、意識がおかしくなった。
何故殺そうと思ったのか全くわからない。
見た途端……なんだか凄く気になって、……気が付いたら私は男をバラバラにしていた―――。
本当にどうかしている。あの時の衝動がわからない……それだけで、私は狂っている。私は本当に、殺人鬼なのかもしれないのだ。
「…………そうなのか。君は本当に、自分でも理由が分からないのか」
……無言で頷く。
「本当に俺以外殺したことがないんだな?」
「ええ。……アルクェイド以外には、そんな気持ちにならなかった」
「じゃあいいんじゃないか。志貴は殺人鬼なんかじゃない」
実にあっさり、アルクェイドは言った。
「そうだよ。黙ってりゃ誰にも気付かれないよ。こーんなちっちゃな女の子が、大の大人をメッタンメッタンのグチャグチャに殺ったなんて」
……何か引っ掛かる言い方ね。
「それに死体もないんだから、警察……だっけ? みんなに知られる必要もないんだろ? ならいいじゃないか。―――普通の女子高生で」
…………。
アルクェイドはポンっと私の肩に手を置いた。
「殺された男が言ってるんだから大丈夫だろ? 志貴ちゃんはまだこっちの世界に居られる。だからオッケー」
「な―――」
……言葉がない。何でこんな台詞を笑顔で話せるのだろう。
「アル……ク………………」
この優しい言葉に、……なんか、目が熱くなってきた……。
「おらっ、俺達には片づけなきゃならないことがあんだろ? そっちを話そ……」
と言いかけて、―――アルクェイドはばたりと床に崩れ落ちた。
「あ、アルクェイド……!?」
「やっべ……ちょっと無理しすぎたみたいだ…………」
倒れた彼に駆け寄る。彼を仰向けにすると、額に汗をかき苦しそうな息を吐き、笑った。
……気付けば、……アルクェイドの白い腹部が、また赤く滲んでいる。
「アルクェイド……それっ?!」
「あ? これか………………志貴にやられた傷が深すぎて修復できないんだ」
笑いながらも、顔は歪んでいた。アルクェイドの服に手を伸ばす。
「きゃー、せくはらー」
「バカな事言わないで傷見せなさいよバカ!!」
もし、立場が逆だったら同じ事言うだろうけど……。
服をたくしあげて、アルクェイドの腹部を見る………………。
アルクェイドのお腹には……ぐるぐると『アレ』が巻かれていた。
「……」
……。
…………。
………………。
「……」
「……何か言ってくれよ。そんなに俺、重傷なのか?」
いや、……ただ呆れて物が言えなかっただけ。
「なんで、……なんでお腹にガムテープが巻いてるの……?」
「強く縛れるし、ホータイなんかより丈夫そうだろ? サラシにもなるしよ」
スタイル気にしてる暇なんてあったのか―――!?
よく見ればガムテープはうっすら赤く染まっている。ということは、白い服の赤いにじみは、ガムテープで巻く前に付いた血痕……。
「洗濯ぐらい……しなさいよっっ!」
もしかしたら白い服一丁しか持ってないのかもしれない……。特にサキュバスとかは、コウモリを服にしてるって言うし。
「…………有彦に救護セット借りてくる。だから、ちゃんと寝てなさいよ」
「んー……もう動けないかもしれないー」
だらーと、どこか甘えているようにアルクェイドはカーペットの上に寝そべる。
「…………じゃあそのまんまでいれば?」
「冷たいなぁ……」
しぶしぶ、アルクェイドは自力でベットの上へ移動した。
……。
「ねぇアルクェイド。……後でいいけど、昨日の事を話してくれない?」
―――ピクリ。
さっきまで笑顔だってアルクェイドの顔が一変する。
「……ま、俺たちの話って言ったらそんなもんだろ」
不快そうに、こちらを見た。フンっ、とアルクェイドは不適な笑みを浮かべている。その、今の顔は…………恐ろしい。まるで映画で襲ってくるような吸血鬼の男の目つきだ。
「―――終わったら、なんでも話してあげるから」
「本当か?」
「うん。……休憩有りでね」
夜中、飲まず喰わずで話し合うんじゃなくて……ちゃんとした、明るい雰囲気の中で、楽しい話題を―――。
「……ネロを倒せばいいことだ!」
アルクェイドは大声を出したように、私にそう叫んだ。
単調で、一番わかりやすい説明。
やることはそれしかない。それ意外……説明する理由がない。
「だから…………」
ワクワクしている。そんなに喋りたいのだろうか。
「……今は、治療が先でしょ」
私も、少し笑って部屋の襖を開けた……。
でも私は……
もう、殺したくない……。
/4
―――襖を開けると、少年がいた。
「……あ」
「―――」
少年、と言ってもあの金髪馬ではない。
「えっと……。有彦ったら二人も誘拐……?」
というわけではないらしい。少年は、10歳前後。黒い服装に紫色の髪の毛。大きな黒いリボンをしている。男の子にリボン……それでも嫌がっていない。男の子と言っても、ちゃんと見ないと間違えそうなくらい、可愛い子だ。
猫のような目。……何か、アルクェイドに似てると思った。
「……なぁに?」
背をかがめて黒服の少年を見る。
襖を開けた先に直立不動で、無言で、じっと私を見てくるだけの少年……。
「私に用?」
首を傾げながら聞いてみる。少年は何も言わなかった。言わなかったかわりに―――ふるふる、と首を横に振った。随分……大人しい子のようだ。
「じゃあ、アルクェイド?」
……って、有彦んちにいる子がアルクェイドを知ってるわけないんだけど……。
そんな考えに反し、少年はこくこく、と首を縦にやった。
ということは。
「…………私が、邪魔なのね」
そう。襖の前で、目の前の入り口を邪魔している存在……志貴がいるから部屋の中に入れないというのだ。
横に避けると、黒服の少年はとてとてと中に入っていく。部屋の中には、眠っているアルクェイド。少年は入ると、……微妙なお辞儀をして襖を閉めた。
……閉められちゃった。
つい、笑ってしまう。
「可愛い子……」
アルクェイドなら……あんな可愛くっておかしなお客さんいてもいいのかな。
そう思いながら、階段を下りだした。
「志貴……?」
下りた先には有彦。……そしてその足の下のは、金髪の少年。倒れ込んでいる少年の上に乗っかっている。……変な絵だった。
「……ほんと、貴方とは腐れ縁で長年付き合ってるけど、こんな趣味があったとは知らなかったわ」
「わりぃけど、俺はショタでSM趣味なんて無いからな!」
……じゃあ何で、ヒモで縛って寝かせてるのかしら。
「こうしとかないと人参盗みだすんだ。おい、ななお! 勘弁したか!!」
あぐあぐ〜っっ
……猿轡までされて、ちょっとやりすぎなのでは。
「罰だって、そんなこと女の子にしちゃダメよ?」
「男だからやってんだろ」
それでも……これはやりすぎではないかと。
「そういえば、確認だけど……黒い服の男の子も貴方の趣味?」
「だから俺は正太郎趣味はねぇーっつーの」
……じゃあ、本当にあの黒服の少年はアルクェイドの客だったのか。
「そうだ、―――腹は減ってねぇ?」
「……少し」
「じゃあ、そこついてくれ」
「うん。……でも今は救護セット借りに来たんだ」
ぽいっと投げるように救護セットを受け取ると、急いでアルクェイドの元へ駆けつけ……手当をした。
―――鍛えてるような身体は、綺麗だった。
しばらく寝ておいて、と言って、有彦の元に帰ってくる。……キッチンにあるテーブルの席に座る。長年、見慣れた光景である。
「そういえばイチゴさんは? お姉さんはどうしたの……?」
「姉貴は旅に出た」
……それはまた凄い旅をしている。有彦のお姉さんは、本当に何をして暮らしている人だかわからない。プロの雀士だと思ったら、刑事かなとも考えられ、絵の具をくれたり、いっつも何処かへ旅をしている……。有彦の家族はお姉さんしかいないけど、こんな風来坊の姉の弟だから、コイツも偏ってしまったんだろう。
「……おい、志貴。何、俺の顔見てため息ついてるんだよ」
「別にー……」
「べぇーつーに〜♪」
いつのまにやら、さっきまでヒモで縛られていた少年は私の物真似をしていた。
「…………しばらくお前の飯はカレーだな」
「そ、それだけはご勘弁を〜!!!」
……。
何なんだ、この家……。
―――有彦に用意された食事に手を付ける。一人暮らし(今は金髪馬がいるようだが)が長かったせいか、有彦は料理がそこそこうまい。久しぶりに食事にありつけた。
「…………心配してたんだぞ」
「…………貴方に心配されるなんて、今度はアクシズが落ちてくるかもしれないわね」
「……そういう事言う人、嫌いです」
久しぶりのノリが出てきて、つい吹き出してしまう。
「でも、ありがと。……いきなり来ても家に入れてくれて」
「何かあったら来い……って言っただろ。……この騒ぎも屋敷で何かあったのか?」
「……違う」
それしか言えず、食事を進めた。屋敷には全然関係ない。ただ…………
―――人殺しをしちゃったから、その罪滅ぼし……?
そんなもんだろう。
「俺なりに心配してたんだぞ」
「本当に、ごめん……」
「弓塚も最近学校来ないし……」
「……え?」
意外な人の名前がいきなり出てきた。弓塚くん……この前、やっと話せるようになった男子の名前。有彦は結構仲良かったようだけど。
「4……5日前から、ずっと休んでるんだ。国藤に聞いても風邪って言ってるけどな」
「そう。…………季節の移り変わりの風邪ってタチが悪いから……」
季節は、秋。これから風邪が増える時期である。
「5日も休むか?」
……。
…………。
「俺の予想、……風邪なんかじゃないと思ってる」
「……変なコト、言わないでよ」
有彦の予想は、ただの妄想じゃないだけに、…………怖い。
「……家の事情よ、きっと……」
「家の事情で風邪か……随分な嘘だな。ちゃんと説明すれば出席扱いされるのにな」
……。
「有彦さんー、そんな勿体ぶらないで言わない方がいいですよ〜」
「黙れ馬」
……あうぅ。
涙声が聞こえた。……ちなみに鈍い音も聞こえたが、目を閉じてたため何が起こったかはワカラナイ。
『また明日、会おうね』
そんな声と、あの夕日が思い浮かぶ。そう言ってたのだから……急な引っ越しとかではない。そんなのだったら私と一緒に事務室来てるし……。
「インフルエンザは風邪じゃないって知ってる? きっとそれ」
そっか……と有彦はあんまり納得していなそうだったが、話は途切れた。
私も、今は弓塚さんより自分の方が精一杯で、その時、何も考えつかなかった…………。
if 昏い傷痕/2に続く