巨神戦記ギガントマキア・リプレイ・Forget-me-not Scarlett
■ 第**ループ 『 緋色のセカイ -幸福なサイコロ- 』 ■
2009年2月25日




 私が一番不幸だった。
 この迷路に出口がないことを知っていたから。

 次に彼が不幸だった。
 この迷路に出口がないことを知らなかったから。

 その他大勢は不幸ではなかった。
 自分たちが迷路の中にいることすら知らなかったから。

 ――Frederica Bernkastel



    ◆


 ――緑とも青とも言えぬ異空。渦巻いた足元。立っているのか生きているのか実感の無い空間――。

カイル/……ああ、またここに来たのか。
聖剣/区切りの良い数だったから折角だし呼び出しちゃったの。すぐに次の世界に行きたかったのならゴメンナサイ。
カイル/……いいや、構わない。もう時間の感覚など忘れてしまったさ。どうせ寄り道したってこれから経過していく時間に支障は無いんだろう?
聖剣/もちろん。今までだってそうだったじゃない。ここは世界の外側。このウズマキの中でなら、いくらでも時の進まないお茶会を楽しめるわよ。
カイル/なんだ、聖剣。茶に誘ってくれるのは嬉しいが、唐突すぎないか?
聖剣/一度確認しておきかったのよ。記念すべき4万回目スタートになる貴方が狂ってないか。
カイル/……。もう俺は、そんなに繰り返していたのか。
聖剣/あら、やっぱり自覚無かったのね。この機会を設けて良かったわ。ちゃんと貴方がボケてないか確認するから質問に答えて。貴方が、自主的にループを創り出しているのは何故?
カイル/……。皆を幸せにするため。
聖剣/「しあわせ」の基準は?
カイル/無い。そいつ自身が幸福を感じたら条件に当てはまることにする。
聖剣/「皆」の対象は?
カイル/俺の周りに居る連中だ。
聖剣/どうしてそんなことをするの?
カイル/……皆を幸せにしてあげることがいけないことか?
聖剣/質問に質問で返さないで。貴方が壊れていないか、わざわざ確かめに来てあげたのよ。
カイル/……。最初は、レスターとラカート……それと、俺だけだった。
聖剣/うん。
カイル/ゲーム盤には、俺達3人しかいなかった。……事件は、俺が招いたものだった。俺はレスターを愛していた。レスターが欲しかった。でも俺が犯した罪でレスターがあんな目に遭い……それを庇って、ラカートは…………。
聖剣/貴方の大切な親友のラカートは死んだ。
カイル/……もう、遠い世界の話だ。
聖剣/そう、何回も前の世界の話。けれどいつも貴方の害を被るのはレスターだったわね。その度にラカートは犠牲になっていた。
カイル/……こんな事件が起きるのは、火力が足りないからだと思った。戦力が足りないから誰も守れないと思った。だから俺は、ルイスという駒を用意した。
聖剣/そうしたらレスターはルイスばかりを見るようになった。いつの間にかレスターは貴方を見る可能性が少なくなったわね。ラカートの積極性は薄れなかったけど。
カイル/けれどルイスを作っても、被害の対象がレスターじゃなくルイスになるだけだった。ルイスを研究所から出すために、アンジュを用意した。ルイスはアンジュという生き甲斐を見つけ、外に飛び出す選択肢が出来た。そんな風にアンジュ、イオン……最後にシグと駒が用意されていった。
聖剣/そうして既に貴方の周りはもう6人。
カイル/この人数でなんとか落ち着いた。「外」から干渉できる力を持っているからいくらでも協力者を用意することができた。6人にまで人数は増えてしまったが、最初の頃よりは不幸になる人数は少なくなってきた。……間違いの無い判断だ。
聖剣/そうね、最近のループは1ループにつき不幸になるのは1人か2人。未だに5人や6人全員が不幸になる世界もあるけど、極めて稀。6人……貴方も含めて7人というのは適正な人数だったのかもしれないわね。
カイル/……それでも。
聖剣/それでも貴方の理想は、『自分も含めた7人が全員救われること』。どんな形でも全てのヒトがしあわせにならなきゃループを終わらせない。……そう私と約束したの、まだ覚えているわね?
カイル/……忘れてない。だから、こうして頑張ってるじゃないか。
聖剣/安心したわ。最近の貴方は「外」から見てると忘れてるように見えたの。目的を見失ってぐるぐる同じ道を行ったり来たりしてるのかと思ったから。まだ貴方は生きてるのね。そして、まだ、ひとりで生き続ける気でいるのね。
カイル/…………。
聖剣/……まあ。ここで返事をしないなんて。ギブアップがしたいの?
カイル/…………しない。折角ここまで来たんだ……4万回も我慢ができたんだから、まだいける。あと6万回はいけるさ。
聖剣/ということは、10万回になったら諦めるのね。10万回、7人全員をしあわせにすることができなかったら貴方は。
カイル/…………。
聖剣/別に私がループを強制してるんじゃないんだから、いつでもやめていいのよ。貴方は望んで世界のループを繰り返している。私も誰かが不幸せな世界があるよりは、しあわせになってほしいと思っている。だから応援していくわ。
カイル/やめない。ギブアップはしない。
聖剣/本当?
カイル/……絶対とは言えない。けど、諦めたくない。
聖剣/……そう。ちゃんと返事をしてくれるんだからまだ元気ね。安心してこれからもロリは応援し続けるわ。
カイル/…………。
聖剣/貴方に出来ることは沢山ある筈よ。貴方は神様じゃないからスイッチをポチリと押しただけで誰かをしあわせにはできない。けど、貴方は恵まれた生まれ、恵まれた才能がある。それを生かして、人間として、神様と同等の力を発揮させることができる。
カイル/……ルイスやイオンをフェルトリーナに連れて来ることなんて容易かった。単にロードの俺が別部隊に配属されるアイツらを引っこ抜くだけだったからな。アンジュに至っては、投与する栄養剤の量を少し変えただけだった。
聖剣/それ以外の行動も、貴方は「ヒトとして」みんなを操ることができる。神様だったら指をちょっと動かしただけで操ることができるんだけどね。私が手助けできるのは、貴方の生にセーブポイントをつけてあげることだけ。そのほかに特別な力は与えられないけど、それだけで満足でしょう?
カイル/でも、何度やっても変えられない運命もある。……俺が、墓島研究所に協力するという運命は……いくら人生をやり直しても必ず起こってしまう。
聖剣/そうね。「運命」ってものはね、元々決まってるの。その人が必要最低限こなさなきゃいけないイベントってものがあって、それ以外は自由。けど、イベントだけは必ず通過しなきゃいけない。じゃないと世界がまとまらない。
カイル/カイルという人物は、必ず強化兵研究所の研究員になる。そう神の手によって決定されている。
聖剣/それは決して違えることができない運命。これを反してしまうと、今後の世界に絶対無敵の誤りが起こる。アンジュを始めとする、命が生まれなくなるっていう誤りがね。
カイル/…………。
聖剣/普通、こういった運命の強制力はお母さんに課せられるものなんだけど。……貴方の隊に居たミモザという女性の子供は、産まれないことが決まっていたし。ともあれ、貴方が強化兵を作る研究に加担することは変えられない。それによって事件が起こるのも確定事項。
カイル/事件とは、墓島研究所で起きる汚職……。非人道的な研究によって生み出されていく悲劇、そのとばっちりを受けるのが、フェルトリーナ隊か……。
聖剣/でもこの事件の内容自体は、セカイが用意したイベントじゃない。『墓島研究所がイベントを起こす』けれど『墓島研究所がどんな事件を起こすかは決定してない』。だからいくらでもヒトの手で改変することが可能。
カイル/汚職の騒動によってレスターが殺されたり、それを庇ってラカートが死んだり、ルイスが強化されることで精神が犯され人魔になったりすることは……運命じゃない。
聖剣/充分に変えられること。ひとりひとりが最善を尽くせば全て発生しないこと。
カイル/ひとりひとりが最善を尽くせば……全員が幸せになれる。決して可能性はゼロじゃない。
聖剣/ゼロじゃないけど、既に貴方は4万回失敗している。
カイル/……まだ4万回だ。可能性は無限を超える。俺はまだ、無限に辿り着いてない。だから、問題は無いんだ。
聖剣/良かったわ。貴方はまだいけるのね。じゃあ頑張ってね、艦長さん。貴方は必然的にフェルトリーナ隊のロードになるけど、言ってしまえばそれだけだから。あとは各々をちょっといじくることと、可能性を信じて未来へ進むことね。それと。……折角だから捨て台詞でも置いていくわ。
カイル/なんだい。
聖剣/4万回って嘘なの。本当は貴方、四捨五入して■■■■■回目よ。


     ◆


カイル/(……事の始まりは、俺の罪から始まった。
 その罪がこの世界で裁けるものなのかは判らない。ヒトをヒトでなくさせる研究。人体をもっと素晴らしいものにさせる研究。強くなりたいと思うのは多くの子供が憧れる夢。それを叶えてみたかった。大人になったら叶えられると信じていた。
 決してその考えは間違いじゃない。ヒトは確かに強くなれた。本来なら1つしか手にすることができない聖印を増やすことに成功した。単純にそれは、通常のクルースニクの2倍の強さを得たことになった。……より強い兵士を創り出すことができた。皆に喜ばれようと、研究者達は沸いた。

 けれど、ヒトの歪みが生じていった。金が必要な研究だったし、金になる研究でもあった。命も必要な研究だった。いくらあっても足りなかった。正常な者が狂っていき、欲を押し付けあう者達で溢れていた。そんな腐った世界で、事件が、起きない訳無かったんだ。

 ……俺もその1人だった。研究のためにヒトの体を捌いていった。人体の仕組みが解明されていくたびに悦びを覚えていた。ヒトを生かすために、ヒトを殺していった。その感情は、世界と神に運命づけられたモノだった。どんなにループを繰り返しても、人生をやり直してもその快楽から抜け出すことはできない。
 その快楽を手にしないようにはできないが、捨てることはできる。最後まで狂えとは運命づけられてない。環境の条件さえ当てはまれば、俺は救われることができるんだ)

カイル/……なあ、今回はどうなんだ? 今日は何月何日だ。世界はどうなってるんだ?
統括者/…………うくー。
カイル/答えろ。
統括者/……うくっ、あのね、今日はね……天啓暦1022年の9月8日だよ。
カイル/っ!? おい、ちっともやり直しされてないじゃないか! いつもならその10年か20年前からスタートだろ!? 道理で部屋のカタチが全然変わってないと思った!
統括者/うくっ、ごめんなさいっ。
カイル/…………。いや、お前に怒っても意味は無いな。おそらくウズマキから飛ぶ時間設定がミスったんだ。まさか事件の1週間前に戻ってくるとは……聖剣も無駄にこまめなセーブポイントをつけやがって。けど……残り1週間じゃ何にも手回しできないじゃないか。このままむざむざ死んでいくしかないのか。
統括者/でも、まだ誰も死ぬって決まってないよ……。
カイル/俺が最低でも5年前から手回ししないと、誰かが絶対死ぬんだよ。4万回の経験がそう言ってる。
統括者/ホントは4万回じゃなくて……。
カイル/言うな。
統括者/うくっ、ごめんなさいっ。
カイル/……。で、現状報告は?
統括者/えっと、アンジュとイオンが同室で、レスターとラカートが同室になったんだよ。ルイスはスラム街で破壊衝動を抑えている。今回のルイスは辛抱強い性格だから鋼魔化まで数日かかるかも。あと今回のレスターはお外に出っ放しだからいつもと同じみたいにルイスと仲良くなると思う。でも今回のラカートは嫉妬深いみたいだから……。
カイル/…………アンジュとラカートはどんな仲だ?
統括者/うくー……あんまりお話してないかも。
カイル/……だろうな。レスターに執念するときのラカートはレスターしか見ない。アンジュはイオンに任せて安心したからレスターしか見なくなったのか……。まあ、どっちが先かは本人しか知らないだろうな。今回のループは、もう終わる。
統括者/うく? なんで?
カイル/アンジュとイオンが一緒ということは、アンジュが研究所に戻るってことだ。ラカートに教育されてないアンジュは、1人きりでは冷静な行動がとれない。どのループでも、アンジュは1人になったら本来の性格が表面化するからな。つまりイオンが研究者達に手を下されるところに、冷静さを欠いたアンジュがいたら……。
統括者/……うく、イオンが……。
カイル/…………はあ、ループ開始2分で死亡宣告されるとは。もしかしたら最短記録更新かな。
統括者/で、でもでも! まだアンジュが暴走するって決まった訳じゃないよ! アンジュいいこだもん! 暴走するなんて今まで3401回しかなかったもん! ずっと少ない方だよ!
カイル/……そうだな……。確かに少ない回数だ。ありえないなんて可能性は無い。すぐに次のループにいくなんて、勿体無いよな。ループするのだってタダじゃあない。
統括者/う、うく……。
カイル/けど、それでいてルイスの鋼魔化が遅いんだろ? アンジュが研究所に飛ばされて、ルイスが街で鋼魔化したら……残りのメンバーは死亡確定じゃないか。それにラカートが嫉妬深いんだっけか? ……レスターを刺すかもしれんな。結果、このループは不幸確定。はははっ、どうしようもないな。酒でも飲んで人生終わらせるか。
統括者/……うく。キャロットジュースが飲みたいなぁ……。
カイル/俺は荒れてるんだ。ウォッカ原液でいくか。
統括者/うくー! それ飲むと頭ガンガンするよぉー。明るいうちからお酒ヤだー!


     ◆


カイル/(……部屋には俺1人しかいない。なのに俺は誰かと話をしている。よくあることだ)
統括者/……うく?
カイル/(かつての俺は苦悩していた。そして何万というループの旅をすることになった。そのストレスは凄まじいものだったに違いない。……虐待を受けた子供がストレスから脱するために受け皿となる人格を形成する話は有名だ。そう、俺の精神はいつの間にか自然に分裂していた)
統括者/ど、どうしたの?
カイル/(と言っても表面に出てくることはまずない。寂しい俺の脳内での話し相手用に『数人』出現する。その中の1人が、このうくうく変な鳴き声を発する子供らしい。役割は、主に情報の統括。大量の情報を抱えて混乱する主人格の俺をサポートする役目を受け持っている)
統括者/あ……もしかして、シグのこと? 心配した……?
カイル/心配したというか……お前が一言もシグのことを言い出さないから、シグはこの世界に存在しないものなのかと思った。
統括者/そんなことないよ。……あのねっ、今回のループのシグね、すっごく優しいんだよ!
カイル/どんな風に。
シグ/入りますよ、カイルさんっ!
カイル/………………。
シグ/……って、なっ、なんでお酒飲んでるんですか、何度もノックしたんですから答えるぐらいしてくださいよ! 心配しましたよ!
カイル/…………すまん。酒飲んでたら耳が遠くなってたらしい(単に今回のループ現状報告をまとめるので夢中になってただけだが)。
シグ/そ、そうなんですか? それだけですよね? ……まったく、こんな時間から飲んで。心配させないでくださいよ……なんか損した気分です。
カイル/心配してくれたのか?
シグ/外出た気配もないのに部屋にも居なかったら、何かイヤなことしてるって思うでしょう。心配しちゃ悪いですか。
統括者/ねっ。今回のループのシグ、優しいよ。
カイル/…………ああ、優しいな。
シグ/え?
カイル/お前が優しいなぁって言ったんだよ。俺が部屋でぶっ倒れてたと思った?
シグ/……カイルさんにはよくある話じゃないですか。お仕事に疲れてるときとか死んだように眠るでしょう。アレ、心臓に悪いんですよ。
カイル/そう、今疲れて一息ついてたところなんだ。お前も飲むか? 俺に会いに来たんだろ?
シグ/まだ昼なんですからアルコールは結構です。というか、いくら強いからって昼間から飲まないでください!


     ◆


カイル/(……今回のループは、きっと失敗するだろう。不幸の条件がいくつも重なり合っている。イオンが殺されるか、ルイスが鋼魔化しそのまま朽ちるか、ラカートが疑心暗鬼に陥るか。1つなら今から手を回して逃れることができるかもしれないが、3つも消化することなんてできない。それもたった1週間で、超越的な力も持たぬヒトの俺が、不幸を3つも解消させることなんてできない)
統括者/うくー……シグの寝顔、かわいいね。
カイル/(できることと言ったら……今からアンジュと親密な関係になり、俺の忠告を受け入れるようにさせるか。ルイスを今のうちに強制的に発狂させアンジュがいるうちに奇跡を起こさせるかだ。感情に走った凶行を止めるには膨大な時間を必要とする)
統括者/ねえ、ほっぺたぷにぷにしてー。今ならシグ起きないからー。
カイル/そりゃあ、あんだけガクガクにさせてやったんだから起きないだろうな。ほれ、ぷにぷに。
統括者/うくっ、やわらかーい。
カイル/(「ループもタダじゃない」と言ったが……聖剣は「ループすることは強制ではない」とも言っている。その通りだ。この流血ばかりの真っ赤な世界をループさせているのは俺の意思。俺が自主的に行っているのだからループに制限は無い。けど)
統括者/……うく、考え事?
カイル/(……聖剣が「俺が狂ってないか」確認をとってきたのは、傍から見て、俺が生きた目をしてなかったってことなんだろう。ループすること自体にペナルティは無いが、している精神には着々とダメージが溜まっていくものらしい。万を超える重複した時間の大きさに潰れてしまうかもしれない。それが唯一の代償だ)
統括者/うくっ?
カイル/……俺は、今、ストレスを溜めているのか?
統括者/……溜めてないっていうと、嘘になるんじゃないかな……今のボクは感じてないけど。
カイル/曖昧だな、情報の統括者のくせに自分の状況把握はハッキリできないのか。
統括者/だって目に見えないものだもん……。でもボクがこうやってお話しているってことは……やっぱり疲れてるんじゃないかなぁ。
カイル/……そうだよな、ストレスの塊がお前だもんな。お前を普通に受け入れてしまっている時点で俺は異常か。
統括者/ふ、フツーだよ。ヒトはどんな形であれ、もう1人の自分を自分の中に持っているもんだもん。それが表面化するか自覚するかはその人次第だけど……。
カイル/今まで色んなループで色んなヒトを見てきた。世界1つずつにヒトの性格って変わってた。……無邪気で何の穢れも持たないアンジュもいれば、他人を汚らわしいものとしか感じないアンジュもいた。俺は前者の方が好きだ、扱いやすいから。
統括者/ボクに積極的に話しかけてくれるのは優しいアンジュの方だから、ボクも前者の方が好きだな。それと……シグは今回のループが一番好きかもっ。
カイル/お前はシグに会うたびにそう言ってるだろ。毎度毎度「今回のループが一番好き」だって。
統括者/うくー。だって優しいんだもん。今日だっていっぱいすべすべしてくれたよ。頭撫でてもくれた。ラカートやレスターはボクをすべすべすること滅多に無いもん。アンジュは低確率でしてくれるときもあるけど。
カイル/……アンジュが俺の元に来ること自体が少ないからな。何回もループしたって珍しいと思うぐらいだ。「殆どのシグは優しいから好き」なんだな?
統括者/うんっ。だから今のうちにすべすべしておいてね。どうせ、この世界を置いてすぐ違うループにいくんでしょ?
カイル/…………。そうだな。
統括者/……行かないの?
カイル/行く、行くさ。不幸がほぼ確定した世界に用は無い。でも。
統括者/……でも?
カイル/……俺、ストレスが溜まってるんだよな。次のループでは精一杯頑張るけど、今回は遊んでいいと思わないか?
統括者/遊ぶ?
カイル/いっつも俺は俺の時間を「手回し」に使っていた。プライベートの時間が極端に無かっただろう? 最近の俺は仕事をしすぎていた。休暇が必要だ。そしてこの世界はもう捨てる気でいる。
統括者/……うく。好き勝手にする、ってこと?
カイル/ああ。だってこの世界でどんなことをしたって正規の歴史にならないんだ。歴史に名が残る大悪行をしたって次の世界には持ち越されない。何をしたっていいってだけで、無意味だった世界が夢のある世界に思えてこないか。
統括者/もう……この世界はどうでもいいから、壊しちゃうの?
カイル/俺は頑張ってるだろ。たまには休憩も必要だ。そうだろう?
統括者/…………うく。
カイル/ちょっと最近頑張りすぎたんだ。毎日誰かに会って似たような言葉を繰り返すだけだった。今回ばかりは自由に生きるのも悪くないよな……。
統御者/…………じゃあ、市街地に黙示録砲をぶっぱなそうぜ。
カイル/っ!
統御者/一度試してみたかっただろ? あれだけ騒がしいロックブーケの地が一瞬で消えるトコ、見てみたいと思っただろ。歴史に名が残る悪行だぜ、放った理由が「ストレス解消」なんてな! 一気に30万が吹っ飛ぶところを見たらあと300年は生きられるなぁ!
カイル/……。出て行け、下品な奴め。
統御者/なんでだよ。オマエが以前からやりたかったことを言ってやっただけだぞ。
カイル/お前は眠っていろ、出てくるんじゃない。
統括者/…………う、うくっ!
カイル/……そうだ、お前が出ているだけでいい。他の連中に主導権を渡すな。特にアイツにはな。
統括者/う、うく……ごめんなさいっ……。
カイル/……アンジュやレスターやルイスが暴走するより、俺自身が暴走することが諸悪の根源なんだ。不幸を無くそうとしている、俺が不幸を招く者を許してどうする。
シグ/…………カイルさん?
カイル/……。なんだ、シグ。朝になるにはまだ早いぞ。もう少しぐらい寝顔見せてくれたっていいんじゃないか?
シグ/カイルさん、さっきまで何してたんですか。
カイル/お前を見てただけだよ。
シグ/嘘つかないでください。大きな音がしたから目が覚めたんですよ。……頭、どこかにぶつけていたんじゃないんですか?
カイル/ああ……そういえばちょっとだけ頭がクラクラするな。
シグ/っ、やっぱり頭打ったんじゃないですか! ほら、コブができてますよ。何回やったんですか! ……いや、言わなくていいですけど!
カイル/……。耳鳴りがしたんだ。それを止めるためにやった。
シグ/み、耳鳴りがしたからって頭をぶつけたら逆効果じゃないですか……。カイルさん、医者だったんでしょう? ちゃんとした処置の仕方ぐらい判るでしょう?
カイル/……ああ、そうだな。一番の特効薬って言ったら、お前に抱きしめてもらうことかな?
シグ/バカ言ってないで薬は無いんですか。


     ◆


カイル/……なあ、統括者。お前が見るこの現状の中で、一番良いストレス解消法って何だと思う?
統括者/……ボクが考えていいの?
カイル/現状を一番理解しているのはお前だ。最終決定権を持つのは俺だが、感情だけに支配されたら、それこそ『さっきの奴』のように他人を不幸にして悦ぶことしか選ばなくなる。自由に好きなことはしたいが、誰かを不幸にはしたくない。それは、聖剣の前でも約束したことなんだ。
統括者/……うく、あのね……。
カイル/ああ。
統括者/……しあわせになれば、ストレスなんか感じなくなるよ。
カイル/……?
統括者/今日ね、しあわせだったの。だからストレスをあんまり感じないって言ったの。だからずっと今日が続いてほしいな。
カイル/……ずっと今日が続く、か。
シグ/か、カイルさん! 薬をお酒で流さないでください! 効かなくなるでしょう!?
カイル/…………そうだな。


     ◆


統括者/…………。
カイル/……イオンとアンジュが、研究所に向かったか。
統括者/……うく……途中で逃げられなかったみたい。
カイル/平和ボケしたアンジュに闘争本能なんてものは無いからな。それだけアイツら2人は平和な日々を送っていたってことだが。
統括者/うく……どうするの? このままだとイオンが死んじゃうよ……アンジュも元の生活に戻っちゃう。
カイル/今更どうにも出来ないって言っただろ。これから俺が研究所に向かったとしても、それまでだ。他の負の要素が大きすぎる。元々失敗だって判っていた世界なんだ……次のループを頑張ればいいさ。
シグ/カイルさん、失礼します!
カイル/なんだ、ノックも無しに。
シグ/しましたよ!
カイル/……。すまん、ボケっとしてた。どうした、そんな顔色変えて。
シグ/別の特務隊から報告を聞きまして、気になったことがあったから来ました。スラム地方にて人魔が現れたそうです。
カイル/なに!?
統括者/うく……? まだ殺傷事件が起こるのには早いよね?
カイル/……。人魔だと判っているのか。
シグ/はい。まだ被害者は出ていませんが、今まさに襲いかかろうとしているところだったらしいです。別の特務隊の者が応戦し、人魔は退治されました。
カイル/…………その人魔は、死んだのか。
シグ/いいえ。
カイル/っ!? 死んでないのか!
シグ/そのとき、ちょうどスラム街にいた人物がフュージョナーだったそうです。現在は治療中とのことで。
カイル/…………。
統括者/え、嘘……こんなこと無かったよ、今まで……。
カイル/……そりゃそうだ、通りすがりが恩を売るためにするようなコトじゃない。神格機兵を呼ぶにも、奇跡の術を使うにも大きなペナルティを伴う。それをできるのは、本当に救いたい人物を救済したいと思う心があってこそ。……通りすがりが、それをしたのか? そんなの……限りなくゼロに近い確率だろ。
シグ/それと、その人魔の持っていたブローチが、かつて我が隊にいたクルースニクの物ではないかと言われ……。しかもそれがルイスさんじゃないかと言われているんです。でも10ヶ月前に彼は死んでしまったんですよね?
カイル/……ああ、そうだな。……ルイスの訳が、無い。
統括者/うく……今回のルイス、凄く運が良かったんだね。きっともう1万回やってもこんなこと起こらないよ。どうしてこんな奇跡起こったんだろ。
カイル/んなコト知るか……。
シグ/あ……っ。そ、そうですね、実際に消える瞬間を見た訳でもないし、ブローチだって確認してませんし。
カイル/ん、いや、そういう意味で言ったんじゃなかったんだが。とにかく、その……ルイスと思われる人物は無事に保護されたんだな?
シグ/はい。暫くしたらカイルさんのところにも連絡来るかもしれません。けど早めに知っておくに越したことはないと思いまして。
カイル/そうか……。
シグ/……それにしても、アンジュさん達はどこに行ったんでしょうね。
カイル/……さあな。


     ◆


統括者/うく……こういう奇跡の起き方もあるんだね。
カイル/……今後こういうことは起きないと考えてループした方がいい。淡い期待はダメージを受けやすいからな。今回はルイスだけ運が良かったと思え。
統括者/でも良かったよ。ルイスが死なないってだけでレスターは幸せだよ。
カイル/……ラカートはどうなるかな。
ラカート/俺がどうかしたって?
カイル/……おい、今度はちゃんとノックしただろうな?
ラカート/今度はって何だよ。ま、ノックなんてしてないけどな!
カイル/あのな……。で、何なんだよ。
ラカート/暫く休暇を貰いたいんだ。
カイル/は?
ラカート/猛アタック作戦を実行に移そうと思ってな。レスターを落とすには時間とメシをかけてゆっくり攻略していかなきゃならないんだ。だから2人で長旅でもしてこようと思う。
統括者/……うく。ルイスのことは言わなくていいの?
カイル/……ラカート。お前、レスターの中に誰か大切な人がいるってことは知ってるな?
ラカート/そいつに奪われないように俺で上書き保存してくるんだよ。もしそいつが目の前に現れたとき「今はこのヒトが一番なの!」って言わせるために思い出をいっぱい作ってくるから。
カイル/……イオン達はどうする。今、行方不明じゃないか。
ラカート/ああ? 何言ってんだ、アイツラも旅に出たんだろ。一昨日あたりから牡蠣が食べたいからブライトインゼルに行きたい行くぞ行ってみせるって騒いでたじゃないか。
統括者/……そういうことで納得しているみたいだね。
カイル/……ああ、そうか。いいぜ、レスターと仲良く旅行してこい。
ラカート/おう、話が判るじゃないか艦長さんよ!


     ◆


カイル/バンシーを使って連絡を取る。まだ1日目、イオンとアンジュが研究所に連れて行かれている最中だ。止められる。
統括者/うくっ、止めるの?
カイル/ここまで運が良いんだ。きっと止められる。まだ3日も残ってるんだ。
統括者/うく……たった1週間しかないって言ってたのに?
カイル/3つの不幸を取り除くには5年は必要だと言ったんだ。でも1つの不幸ぐらいなら俺の力を使えば12時間でなんとかできる! 手回しは、以前のループに使ったものと同じだ。
統括者/え……それって。
カイル/……マザーに墓島研究所の全てのデータを持って提出する。強制捜査を明日にも、いや、今日中にも行わせるんだ。そして全て暴いたとき……俺も自首をする。こんな巧くいった世界での自首なら、俺の魂も救われるだろうよ。そうとなれば急げ。今回は救われるかもしれんぞ!


     ◆


カイル/……流石、アークの諜報部は仕事が早い。ネタを嗅ぎ付ければ1日で事件を解決するほどのプロフェッショナルだ。きっとその最中に俺の罪も明かされる。けど今はその前に、ロードとしてできる最大の手回しをしておかなきゃならん。ラカート達に休みをやること、ルイスを無事に保護すること、それと帰ってくるだろうイオンとアンジュを……無事に違う場所に旅立たせてやること。……大丈夫だ、ここまで運が良いならきっとこの後もうまくいく。
統括者/イオンとアンジュ……大丈夫かな。
カイル/「3日目まで諜報部が動かなかった」なら心配だが、平気だ。諜報部の連中の動き、良かっただろ? あれなら数時間後にアンジュ達を解放してくれる。それに……ブライトインゼルに行きたい、か。今までイーストシティからアンジュを出してやれなかったからな。大好きなイオンと一緒に外へ行けるなんて、今回は一番アンジュにとって幸せなループなんじゃないか?
統括者/レスターは……ラカートは大丈夫かな。
カイル/アンジュとイオンが帰ってくるという確信がある以上、ラカートが不安がる要素が無い。レスターに執念を抱くと言えば言葉が悪いが、言い換えれば「一途で素直な性格」ってことだ。疑心暗鬼にさせる負の要因が少ないから、人一倍常識人であるラカートが狂う可能性が薄れる。イオンが無事なだけでラカートは救われるんだよ。
統括者/それなら……!
カイル/レスターもそうだ。……ルイスはこのループでは生きていける。しかもレスターの心の支えになるラカートが狂うこともない。レスターにとって、もっとも古いループのクリアー条件を満たしている。
統括者/そっか……そうだったね。一番最初の世界は、レスターとラカートの物語だった。
カイル/それでいてルイスも幸せなら完璧じゃないか。こんな世界で俺も罪を償えるなら、俺も幸せだよ。
統括者/……本当?
カイル/ああ。ん……? バンシーから連絡が入ったな。お……おお、そうか。喜べ、アンジュ達が解放されたらしい。
統括者/わあ、やったあ! ……あ、誰かがノックしてるよ。入れてあげようよ。
カイル/む? 今度はノックしてるのに気付けたな。……多分あいつだろ、入れてやるか。
シグ/カイルさん、昼間からバタバタ大変そうですね……何かあったんですか?
カイル/俺個人の仕事が入っちゃってな。あ、アンジュ達の居所が判ったから安心しろ。
シグ/本当ですか。
カイル/ああ、あいつらなら牡蠣でも食ってから戻ってくるだろうよ。
シグ/はあ……そうですか。それと、ルイスさんとおぼしき人物は順調に回復していると聞いています。
カイル/そうか。そのこと、レスターにはまだ言わないでやってくれないか。どうせ会わせるなら、ルイスが完全に回復して元気になった状態の方が安心するだろう?
シグ/ですね。大怪我を負ったと聞いたらレスターさんは不安がりますから。ラカートさんが困ってしまいますね。
カイル/……。それと、お前に重要な話がある。
シグ/はい?
カイル/…………もう暫くしたら、俺は、フェルトリーナ隊の艦長を辞める。
シグ/……え! なんでですか!?
カイル/理由はまだ言えない。けど、その日が近づいたってことだ。
シグ/な、なんでそんなに笑顔なんですか。
カイル/一番最善の時機が訪れてくれたんだよ。渋々嫌々辞めるんじゃなくて、納得のうちでの辞職だからな。お前らにも迷惑かけることがこれから多々あるが、判ってくれ。特に……お前には本当に迷惑をかける。そんな中、頼みたいことがあるんだ。次のフェルトリーナ隊のロードを、シグに任せたい。
シグ/そ、そんなこと言われても……。
統括者/シグは「艦長になれ」って言われるといつも嫌がるよね。
カイル/最初のうちはな。しかし言い続ければそのうち折れてくれる。……シグ、俺がアークを抜けるのはもう決めたことだし、決まっていることでもあるんだ。暫くフェルトリーナ隊は解散したっていい。レスター、ラカートを始め、イオンとアンジュまで休暇を取りたいって言うんだ。でもそのうちあいつらが戻ってくるとき、新しい艦長としてお前に頑張ってもらいたい。できるよな?
シグ/……できなくはないです。
カイル/そうか、頼んだぞ。お前ならできる。
シグ/…………。
カイル/お前のエクセルコート姿、見たかったなぁ。
シグ/…………見に来ればいいじゃないですか。ロードを辞めてから……。
カイル/……ああ、いつか見に来るよ。
シグ/っ! カイルさん、どこに行くおつもりですか……?
カイル/……すまん、それを今言うことはできない。けど、「この世界」では俺は救われているから死なない。こんな最善の世界で、俺1人が皆を不幸にさせる訳にはいかない。
シグ/……どういうことですか?
カイル/俺は俺なりに最高の人生を歩もうとしているってことだよ。詳しい手続きは俺の方でしておく。お前には少しでもラクさせたいからな。今まで、迷惑かけてばかりですまんかった。
シグ/なんで、そう、永遠の別れっぽいことを言うんですか! 何か大変なことをしでかすんじゃないですよね? 死なないって今言いましたよねっ?
カイル/ああ、言ったよ。俺が死んで皆を不幸にさせる訳にはいかないって言っただろ。もう一度言うぞ。ほら、安心しろ。
シグ/できませんよ、そんな言い方じゃ……。これからカイルさんの身に何かがあるって言ってるだけじゃないですか!
カイル/んー。お前を安心させるために言ったつもりだったんだがなぁ。なあ、シグ。…………今、みんなが幸せになっていくところなんだよ。
シグ/え……。
カイル/ラカートとレスターは仲が良くなっていく、ルイスは無事だ、きっとルイスとラカートは和解するし、レスターも優しくそれを受け止める。アンジュとイオンは何事も無く好きな場所に行けて、色々バックにあった黒いものが解決していく。今、そういう状態なんだ。でもってシグ、お前には何の後ろめたいこともないだろ?
シグ/…………。
カイル/俺も清々しい気持ちでロードの任を降りることができるし……。お前がロードになるのは、10年もこの部隊にいれば多少は予見できただろ? 特別おかしいことじゃない。凄く収まりがいいところにきてるんだ……。お前に重圧を掛けることは申し訳なく思っている。でもロードってそんなに大変じゃないぜ? 真面目なお前ができない仕事じゃない。肩書きが変わるぐらいで後は変わらないもんだ。
シグ/……別に、俺がロードになることに文句を言ってるんじゃないですよ。
カイル/違うのか。でも不安になることは誰だって少なからず……。
シグ/そうじゃなくてっ。……カイルさんはっ、ロードの任を降りてどうするんですか。
カイル/……だから、今は言えないって……。
シグ/それが判らない限り俺の不安は拭えませんよ! 貴方がどこに行くのか俺は知りたいんです。決して危険なことをするんじゃないですよね? もう二度と会えないところに行くとかじゃないんですよね!
カイル/……ああ。死ににいくんでもないし、二度と会えない場所でもない。
統括者/……罪を償いに行くんだもん、生きて頑張ってくるんだよね。
シグ/本当ですか……本当にカイルさんは……。
カイル/そんなに俺のこと考えてくれるなんて、本当に今回のシグは優しいなぁ。
統括者/……うんっ。
シグ/……今回のって何ですか。
カイル/いいや、独り言だ。そんなに俺のことが大切なら抱いてくれるか。ついでに明日にでもデートでもしようか。
シグ/……。…………。
カイル/お、言ってるそばから抱きついてもくれるな。じゃあ明日はデートな。約束だぞ。積極的なシグなんて珍しいから期待しちまうぞ。
統括者/……最後のロードの日、だしね。シグといっしょにいたいな。
カイル/……刑務所で罪を償わなきゃ、俺の幸せは訪れない。それはループの問題じゃない。この世界に……社会に生きる上で決められたことなんだ。だから、その勝負に出る日の前に、こうやってシグを抱ける俺は幸せ者だ。……この世界は最高に幸せだ。


     ◆


イオン/よう、艦長。
カイル/おかえり、イオン。ああ、これがブライトインゼル行きのチケットだから。
イオン/サンキュ。ウォンにきるぜ!
カイル/惜しい、そこはウの字を無くしておこうな。そうすればカッコイイサムライだから。……アンジュ。
アンジュ/は、はい。
カイル/いきなり怖いところに連れて行かれて不安だっただろ。でももう大丈夫だ。お前らを狙ってくる連中はもういない。
アンジュ/よ、よく判らないけど……俺達怖いところに連れて行かれるところだったんだよね?
カイル/そうだ。でももうお前らを捕まえる奴らはいない。
アンジュ/……そっか。艦長がなんとかしてくれたんだよね、ありがとう。
カイル/…………。
統括者/……アンジュって、帰ってきたときにルイスに会えるのかな。
カイル/会うだろうな。ルイスのことだから、回復したらまた特務隊に戻りたがるだろう。それにアンジュがいることを知ればルイスも喜ぶに違いない。ルイスの幸せのためにも、アンジュの幸せのためにも、どちらのためにも2人は今後出会わなければならない。
統括者/今そのことを伝えなくても、2人はきっと会えるよね。
カイル/ああ、ルイスとアンジュは切っても切れない仲だからな。
統括者/良かったぁ。……あのね。
カイル/何だ?
統括者/ボク、シグを連れて行きたい場所があるんだ。
カイル/どこだ?
統括者/先にボクが連れて行くよ。ボクが言うとおりについて来て。
カイル/シグにはどう伝えるんだ。
統括者/ボクが手紙に書いておくよ。約束だよって。そうすればそのうち来てくれるはずだから。シグ優しいもん!


     ◆


統括者/ここだよー。
カイル/……公園じゃないか。
統括者/うん。公園だよ。
カイル/まだ事件現場になっていない公園か……いや、もう事件現場になることもないがな。ここがどうしたっていうんだ。
統括者/レスターとね、ルイスが昔デートした綺麗な公園なんだよ。
カイル/ああ、そうだったな。
統括者/デートする場所には最適なんだって!
カイル/そうか。
統括者/……今日、シグにここで会おうって約束しておいたの。
カイル/別に構わないが、それだけか? 単に公園だと言えば判ったのに。
統括者/……ボクら、公園に来たことなんてなかったでしょ?
カイル/…………。……え?
統括者/ボク達、あれだけループしていたのに公園に来たことって一回も無いんだよ。いつも公園でみんなが集めてきてくれた情報を貰っていたから、公園で何が起きるかは知っていた。何度も話に出てくるから、どんな遊具があって、どんな景色で、何日に誰がいるってことさえも知っていた。
カイル/…………。
統括者/でも……長いループの中で、億を越える日々の回数の中で、ボクらは、まだ公園を訪れたことはなかった。
カイル/……ルイスが通りすがりに助けられるなんて奇跡は、今までもこれからも今回1度きりだと思った。それぐらい少ない可能性の中の1つだった。でも、五体満足の俺が……隊の中で絶対権力者の俺が、公園に訪れることも1だったか。我儘を言えばすぐに起こったことなのに、何気なく足を運ぶだけで叶えられたことなのに。
統括者/それなのにボクらはそれをしなかった。何万とループを重ねてきたのに1度もやってこなかったことは山ほどある。
カイル/それが……これか。公園に足を向けるということ……。
統括者/多分、これ以外にも沢山あるよ。ボクらはまだアレをしていない。コレをしていない。同じコトを何度も繰り返して疲れたこともある。繰り返しても変わらない世界にイヤになったこともある。けど、試せることって沢山あるんだよ。世界は無限の可能性で出来てるんだから。
カイル/…………。ああ、そうだったな。刑務所で罪を償って終わりじゃない。それで俺の幸せは手に入れたものだと、終わらせることはできない。それ以降の人生は、いくらでもあるんだから……。
統括者/だよ。だからこれで全部終わりだと思わないで。これからまだボク達は毎日を繰り返していかなきゃいけないんだから。
カイル/…………。……ん、どうした。バンシー? ……………………。


     ◆


カイル/ルイスは無事にアーク本部の一番安全なところに移された。本人は元気だという。まだ目は覚めないが、多くのスタッフと彼の帰りを待っている人々の力で無事復帰するだろう。
 ラカートとレスターは旅立った。まだ彼らには困難がある。お互いに和解しあうこと。これから本当に幸せを掴めるかは判らない。ただ、2人ならば大丈夫だろう。よく判らないがそんな自信だけはある。
 アンジュとイオンもまた旅立った。怖いことから逃れられて、2人で手を取って楽しい明日に向かっていける。2人を止めるものはもう無い。2人はただ突き進むのみ。走っていくだけ……。
 シグは。
 シグは…………。

統括者/うく……うくっ。
カイル/…………。
統括者/うくっ……シグ……ううう……。
カイル/……。……なんで、だろうな。
 …………事故死、か……慣れない道なんて使うから。
 別の特務隊と連絡取ってる……か。そっかそっか、俺達以外の要素と密接に絡み合っていたからな……新しい運命にぶち当たることもあるよな……。
 無限の可能性だもの……ありうるよな。
 ははは……馬車に轢かれることぐらい、普通の人間ならありうる人生だよな! そのとおりだ!
統制者/……納得したか。
カイル/…………お前か、統制者。
統制者/……統括者が任務を放棄した。……現在、もう一人が感情を支配しようと暴れている……。統御者を抑えつけることさえ……あの子供は放棄したぞ。だから今……その代理としてオレが出た……。
カイル/……それだけ、俺の中が混乱しているってことだな。ああ、判るさ。普通の人間なら自分のことなんぞ判らない。けど、こうやって何にも俺の中で擬態化させることで自分を客観視することができる。そうでもしなきゃ、俺はどうしようもないからな。
統制者/……納得して……親父殿はどうするんだ……? このまま……罪を償いに行くか。
カイル/……そんなの、ダメだ。この世界にはシグがいなくなってしまった。だからもうこのループはおしまいだ……7人が揃わない世界なんていらない。次のループに行こう。
統制者/……行ったところで何が変わる?
カイル/なんだと?
統制者/今回のループは……最高の運だった。例えるなら……サイコロを振って、全部6が出たような運の良さだった……。今後、そのようなことが……起きると思うか? ……いいや、無い。
カイル/……つまり?
統制者/このまま……6の出続けた今の世界を続ければ……。それが……最高の世界の在り方だ。……このループを正規のものとした方がいい。
カイル/……確かに、今までこれほどの幸せに包まれた世界は無かった。それは事実だ。でも……最後の出目が1じゃ意味が無い。シグのいない世界に何の意味が……!
統制者/……元々……シグなんて男は……今までのループではいなかった。……最初はレスターとラカートだけだった。……2人を救うためにルイスという駒を用意した。……ルイスを救うためにアンジュを用意し、アンジュの救済として……イオンを作った。そして今……イオンまでが救われている……。元からルイスから先はいないも同然だった。……欲張りすぎていただけじゃないか……。
カイル/……初心に戻れと言いたいのか。
統制者/……もう一度、言う……。全てのサイコロの目が6なんてことは無かった……。そして、これから……もう一度……同じ出目がありうると思うか……?
カイル/…………。
統制者/…………。
カイル/ありえない、訳じゃないだろ。
統制者/…………。
カイル/10個サイコロを振って6だけが出る世界が、無いとは言い切れない! 振り続ければいつか全部6が……全員が救われる日がくる!
統制者/……しかし、……振り続けた手は疲れて動かなくなって……サイコロ自身もボロボロになっていく……。それが……今だ。
カイル/まだやれる。サイコロはまだ壊れてないし、俺の手も動かなくなったんじゃない……。
統制者/…………。
カイル/それに、そういう問題じゃない……今の俺は、アイツのいない世界なんて認めたくないだけだ!
統制者/…………。また永遠に振り続けるか……賽の目を。……ならば……この生を終わりにしよう。……自らその生を絶とうか……。
カイル/ああ。……今回はオーソドックスに、屋上から飛び降りようか!


     ◆


カイル/もう一人の俺が言った……可能性は無限大だと。それは、救われない可能性も無限かもしれないが、救える可能性だって無限だってこと。

 「全員が不幸せな世界」は証明できない。つまりそう決まっていないってことだ。悪魔の証明に縋るなんて情けないかもしれないが、悪魔の存在に頼らなきゃ俺の精神は保ってられない。
 ……シグのことを想いこのループを終わらせたとしても、次のループでシグが俺のことを見てくれるかどうか判らない。
 ……そのときはそのときでいいんだ。他の連中は彼ら次第の幸せを見つけ、俺は罪を償ってくればいいだけのこと。
 シグは生を絶たれてしまった。新たな幸せを勝ち取ることさえもできないんだ。まずは生あってのこと。……新しいループに全てを託そう。
 託した後に、……シグが俺以外の別の道を見つけたのなら……、それを尊重すべきなんだ。
 すべては、皆が、決めたことなんだから。


 でも。

 出来ることなら、アイツといっしょに公園、行ってみたかったな。


 ――fall out



     ◆



 井戸の外にはどんな世界が?
 それは、知るために支払う苦労に見合うもの?

 井戸の外にはどんな世界が?
 それは、何度も墜落しても試すほどに魅力的?

 井戸の外にはどんな世界が?
 それを知ろうと努力して、落ちる痛みを楽しもう。

 その末に至った世界なら、そこはきっと素敵な世界。
 例えそこが井戸の底であったとしても。

 井戸の外へ出ようとする決意が、新しい世界への鍵。
 出られたって出られなくったって、
 きっと新しい世界へ至れる…。

 ――Frederica Bernkastel




統括者/――今回はね、アンジュとシグが仲良し。レスターは相変わらずルイスの部屋にこもっているけどレスターの後ろにはイオンがいるかな。イオンを見守っているのはラカートだけど、ラカートはお外に出ることが多いからルイスと仲良くなるかもね。
カイル/……そうか。無難な世界だな。
統括者/前に見たことがある組み合わせばかりだけどどうなるのかな。レスターとイオンならきっといつの間にか仲良くなるだろうし、ラカートがいてくれるならルイスはきっと平気だね。
 あれ、…………どこに行くの?


     ◆


カイル/何気なく公園に来るって結構大変なことなんだな。「何気なく」って部分が守れてない気もするが……これで俺のゼロ回経験は無くなった。俺はあと……何をしてないんだろうな。
 …………。
 考えても判らん……おい統括者、今までの記憶を引っ張り出してはくれんか。
統御者/あとは、好きな奴でも拉致監禁調教でもすればいいんじゃねーかぁ? 本領発揮だろぉ?
カイル/……。出てくるなって言っただろ。
統御者/あまりに朝日が眩しいんでね、ガキは溶けるって言って隠れちまったんだ。ところで親父、全然好き勝手やれてないじゃないか。
カイル/……統御者、お前は出なくていいと言った。統制者でも呼んで来い。
統御者/アイツが表に出たら、即自殺するぜ。この世に絶望しきった人格だからな。まだこのループを続けていきたいんだろ。じゃあオレを出しておくことをオススメするぜ! 感情に素直なオレならいくらでもゼロの経験を探し出してやるよ!
カイル/……統括者!
統括者/う、うくっ。
カイル/……アイツが出てくると俺が何をしでかすか判らない。だからなんだろうな、俺が統御者を封じているから何も新しいことができないんだろう……。
統括者/うく……。
カイル/そうか、自分が自分で自分の道を閉ざしていたんだな……そうか。そりゃあ新しい幸せを掴むことができない訳だ……。
統括者/ごめんね。ボクが遊びたいって思ったから、元気な人格が出てきちゃったの。だって公園に来たから……。
カイル/ああ……今後外に出ないことにしよう。アイツが現れたら困る。
統括者/う、うくー……。
シグ/白昼堂々、ヒキコモリ宣言をしないでくださいよ。
カイル/っ! ……シグ?
シグ/はい。
カイル/…………なんで、こんな所にいるんだ?
シグ/それは俺の方が訊きたいんですけどね。……俺はアンジュさんに連れられて来たんです。でもアンジュさんはラカートさんを見つけるなり、追いかけて行ってしまいましたから。
統括者/あ、アンジュはきっとこの後、ルイスを思い出しに行くよ。ラカートとルイスは今回繋がっているからね。
シグ/それが市場での話でして……宿舎に帰ろうとしていたところなんですが、なんとなく公園でも寄って行こうかなって思って。
カイル/……なんとなく?
シグ/はい、なんとなくです。
カイル/……何か理由があるんじゃなくてか?
シグ/どうしてそんなことを訊くんですか、なんとなくですよ。でも……敢えて言うなら、そのうち公園には来ようと思ってました。いつか行こうと誘われて行けませんでしたから。……誰と行くかは忘れたんですけどね。
カイル/…………そうか。
シグ/そうです。
カイル/シグ、折角だから俺とデートしないか。ここ、夜景が綺麗で有名なんだ。
シグ/夜景が綺麗って……今、昼間じゃないですか。
カイル/だから、夜まで一緒にいてくれ。そして夜も一緒にいてくれ。一晩中一緒にいてくれると尚良い。ついでに朝まで一緒にしてようぜ。
シグ/なっ……何言ってるんですか、カイルさん!




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