■ 「 馬鹿馬鹿しい話 」



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 追い詰められると、ここまで馬鹿馬鹿しいものか。
 
 
 
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 住む場所が無い、食べる物が無い、信頼できる人間がいない。眼前に広がるのは、未来生きることができるかも判らないという絶望。大人も子供も関係無く大勢が身を震わせ、せめて明日だけでも生きようと土仕事に励む日々。そんな中、とある一人が声を荒げた。「もうおしまいだ!」
 壁が壊れてまだ数日。今日の発狂者はあいつか、と呑気に考えながら大声を上げる男を見たら、なんとその男は鍬で隣に居た男をブチ殺した。悲鳴を上げる間もなく1人目は倒れ、2人目、3人目と倒れていき、4人目を倒したところで狂気が隣に伝染し、違う男が1人目を2人目を、また違う男が1人目を2人目をと殺していく。殺す殺さない殺したい殺されたくないと様々な感情が爆発的に広がり、その場は地獄と化していった。

「ライナー……彼らは、何をしているの」
「さあ。俺にも判らない……」

 最初は血走った男の目と、その目が大勢に拡大していく様子が怖かった。だから状況が判らなくても「ここに居たら駄目だ」と本能で感じ取れる。まずは走って逃げる選択ができた。
 運の悪い子供達は、意味も判らずあの光景を呆然と立ち尽くしてしまったせいで鎌で刈り殺されていった。ベルトルトも俺が手を引っ張ってやらなきゃ同じように鎌の餌食になっていただろう。一撃ごときじゃ俺達は死なないけど、流石に壁の中に入って1週間目で正体を明かしたくはなかった。
 暫く壁の中の人間の生活を観察したかったが、こんな異常を見たってろくな情報は手に入らない。人間は追い詰められるとここまで馬鹿馬鹿しいものか。割り当てられた場所が悪かった、運が無かったと思って次の開拓地に逃げよう。そう思ったが、連日の肉体労働で疲れきった体は予想以上に動けず、しかもベルトルトは昼間に足を捻っていたからいくら手を引いても走れない。あともう少しでというところで俺達は発狂者に捕まった。
 今まで逃げてきた場所を振り返る。
 まともな大人達は真っ赤になって皆倒れ、まともじゃない大人達しか立っていなかった。壊れていない子供は泣き喚いている。ぎゃーぎゃーうるさすぎる奴らは頭を割られて倒れていった。「助けて」「命だけは」と泣き喚く大人の女は、次々と服を脱がされていく。

「ライナー……あいつら巨人じゃないのに、人間が人間を食べているよ」
「そうだな、あいつら奇行種なんじゃないか」

 ふるふる震えながら、ぼろぼろ涙を零しながら、ベルトルトは俺の腕を掴んで離さない。その間にも甲高く泣き喚く子供達は頭をかち割られていく。良かった、これなら静かに泣くことに慣れたベルトルトは殺される心配は無いな、と少しだけ安心した。
 
  
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 開拓地に割り当てられた小さな区域一つが、人間の奇行種達によって閉鎖された。
 彼らは簡単な壁を造って人間社会から孤立した。その範囲は僅か1キロもないけど、外からの接触を遮断した壁はしっかりと小さな地獄を創り出してしまった。
 集められた建物の中で監禁生活が始まる。まともな連中は首に縄を巻かれ逃げられないようにされて、では働けずに何をすればいいかと言うと、暫く人間が人間を食べている姿を見せつけられていた。

 ――オレ達に逆らうとどうなるか、よく見ておけ。
 ――憲兵団が来る? 知るもんか、そもそもあいつらはお仕事熱心だからこんな外れた場所なんて来ねーよ。
 ――下手な希望でも抱いているがいいさ。どうせ死ぬなら好きなことヤって死なせてもらうぜ。

 室内で、大人の男達が大人の女達を食べていく姿をじっと見させられる。女が纏っていた布は全て剥がされ、大勢の前で大勢が大勢に食べられていった。
 そろそろ寒い時期だっていうのに真っ裸にされた1人の女が、5人ぐらいの男に食べられる。巨人のように頭からバクリ、ムシャムシャと食べるんじゃない。下からぐちぐち、ぐちょりと食べる。それを俺達は見る。……本当にそれだけ。俺達は何をするという訳でもなく、男達に虐められてきゃんきゃん鳴いている女達を見るだけの時間を強いられた。

 ――この棒が、どこまでお前の中に沈むかな?
 ――初めてが箒の柄だなんて嬉しいだろう? そんな奴は滅多に居ないからな、親に自慢できるぞ。
 ――この箱はな、ここを握って回すと、お前さんの汚い声が全部残るんだよ。
 ――お姉さんの恥ずかしい格好が永久に残るんだよ。これから数年後、あんたの知らない誰かがその姿を見るかもしれない。死にたいだろう?

 そんな光景が数十時間も続き、ついに大人の女を食べることに飽きた発狂者達は、それ以外に手を伸ばし始めた。何って、男や子供達を相手にし始めやがった。
 最初の地獄とは違う地獄に変貌していく。泣き叫ぶ少女、言葉にならない叫び声をあげる男、気が狂って笑うしかない者達。いくら食べても飽きない奇行種達は次から次へと食い散らかしていく。食べ飽きたら吐き出して、ぽいっと残骸をその場に捨てて、新たな獲物に手を伸ばしていく。
 本当に巨人と変わらないな、人類も。
 壁の外も中もサイズが違うぐらいでやっている同じなんだ。知っていたけど、こんな人類には全部消えてもらわないとだなと改めて決意を抱き直す。そう思っている間もベルトルトは俺の腕にしがみ付き、離れなかった。最初の凶行から何十時間も経ったというのに、ベルトルトの体は未だガタガタと震えを止められずにいた。
 ベルトルトは泣き続けていた。何時間も、いつ一時も休むことが許されない状況で。それがあまりに長いもんだから、

 ――あのガキ、まだ慣れないのか?
 ――じゃあおじさん達が泣き止ませてあげよう。

 絶望に沈む人間達の中で悪目立ちしてしまって、奇行種どもの目に留まってしまう。
 流石の俺も、冷静でいられなかった。
 
 
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 腹を蹴られて蹲る。持っていた刃物で切り裂かれなかったのは、運が良かったかもしれない。
 こんないつ襲われてもおかしくない状況でも、出血だけは一発で怪しまれてしまうから回避しないと。だから衣服で隠れた場所への攻撃はありがたかった。どんなに強く蹴られても、口の中で血を飲むだけで怖れている事態は逃れられるから……。

「ライナー!」

 あまり男達を刺激しない方が良いのは判っていた。けどどうしても突っかかってしまったのは、ベルトルトを馬鹿なステージに連れて行こうとしたから。それだけは許せなかった。
 大人しくしていれば殺されないのはこの数十時間で判っている、だから俺はやり過ごすことは出来るのに、でも。

「や、めろぉ……変態どもぉ、離せ、ベルトルトを離せぇ……!」

 魔の手が迫るベルトルトに這いつくばりながら手を伸ばした瞬間、さっきと全く同じ場所を盛大に蹴られた。……やっぱり俺は運が良かった。持っている鍬でいつ傷付けられてもおかしくないのに、また目につかない腹を蹴られただけに済んだのだから。

「ライナー! ライナー、ライナーっ……!」

 ベルトルトが男達の腕の中に収まりながらも倒れた俺へと手を伸ばす。だが届かない。男達が羽交い締めにしてしまっているから。ずっと泣き続けていたベルトルトの顔が更に涙で汚れていく。そのぐしゃぐしゃな顔が男達にとっては面白いらしく、げらげらと不愉快な笑い声がその場を満たしていった。
 参った。一番あいつらにとって楽しい状況を作り出している。
 周囲に居る連中を見ても、みんな俯いていたままだった。「次はあの子か」と悲しげな顔をする人もいれば、もう何も考えていない顔の人もいる。無反応だらけのつまらない周囲の中で、叫んで暴れている俺達はどう見ても次の餌として美味しかった。
 この後、男達が何を言うか見当がついている。ベルトルトを後ろから取り押さえ、耳元で囁くあの口が何を言うのか俺には判る……。

 ――お友達を……ライナー君をこれ以上、傷付けたくないんじゃないかい?
 ――君一人が頑張れば救えるとしたら、どうしたい?

 くそ、なんで予想通りのことを言うんだ、あいつらは……!
 あっちで女を甚振っていた連中も、食いかけをポイ捨てしてこっちにやって来る。変な器具を持ってきてこの騒ぎに参加しようとしている。怖い笑顔に大勢囲まれてベルトルトの顔が引き攣っていく。わなわなと唇を震わせ、そして倒れる俺の顔を見た。
 ずっと俺の隣で怯えていた顔が、遠い。
 いつも俺に助けを求め、これからどうしたら良いと指の先まで震わせていたベルトルトは……俺の顔を見た後、おそるおそるだが男と向き合う。
 ああ、あの馬鹿がこれから言うことも判ってしまう。あいつらめ、俺が引っ張らなきゃ何も言えないような奴に、あんな目をさせやがって。……悔しいが、今は口の中の血を飲み込むことしかできなかった。

「僕が、なんでもするから、ライナーには何もしないで」
  
 
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 白い息が混じる季節なのに、ベルトルトの衣服は剥ぎ取られた。でも閉めきった室内は何十人もの人間が交じり合った息で満たされている。寒くはなかった。
 脱がされ、椅子に座らされたベルトルトはぎゅっと目をきつく閉じている。決意はしたとはいえ震えは抑えきれていなかった。無理もない。言わされた決意だ、今にも逃げ出したいという顔をしている。
 ベルトルトは室内にあった最も大きな椅子に座らされ、浅く腰掛けるような状態にして背凭れ側に両腕を回して縛りつけられた。両脚は開かされ、左右の肘掛けに足を乗っけて膝の少し上で縄が括りつけられる。
 両腕は背後で、中央が露わになるよう両脚を閉じることは出来ない状態で固定された。全裸で椅子にぎっちりと縄で繋がれ、辛うじて動かせるのは足の指ぐらい。抵抗してもきつく結ばれた縄が緩むことはないだろう。そもそも今のベルトルトは抵抗する意思も無いだろうが。

「……や、だ……こんなの……っ」

 でも自然と口からは拒絶が出てくる。室内には奇行種達だけじゃない、俺やまだ普通の人間が居る。羞恥心に赤くした顔を捩って隠そうとしている。たとえそれが無駄な努力だとしても。
 ――やめていいのか? またお友達が痛い思いをするよ。
 子供の俺でも思いつくような言葉を次々と投げかける馬鹿な大人達。そして馬鹿正直にハッとして、ぶんぶん首を振るベルトルト。いちいち相手を楽しませる動きばかりしやがって、いつの間にかベルトルト相手に怒りがこみ上げてきた。

「ら、ライナーには、何もしな……。ひっ!」

 ベルトルトの右足の方から汚い腕が伸びてきて、隠すことが出来ずにいた股間のモノを摘み上げた。太い指の平がくりくりと転がすように甚振り始める。

「い、痛……! やあっ……!」

 拒絶の悲鳴なんて無視して、男はベルトルトの中央を嬲り続けた。また幼い顔が涙で溢れていく中、別の男がベルトルトの顎を掴んで口付けた。キスをしたなんてものじゃない、口からベルトルトを捕食し始めたと言っていい行為だった。

「んんんっ……! ぐ、んんっ!」

 背凭れに両腕が固定されているから、首は限られた角度までしか動かすことが出来ない。なのに無理な角度で顔を持ち上げられ、ベルトルトは苦しそうに喉を反らせる。舌を入れられて中まで犯されていた。呼吸がままならないのか気味の悪い息漏れが聞こえてくるほど、綿密に犯されていった。

「ぁぐ、んん……。ぅ……?」

 指や舌で刺激されて早くも滅茶苦茶にされそうなベルトルトが座る椅子の前に、見たことない奇妙な物が置かれた。大きな箱のように見えるが、俺達には見たことのない物だったからよく判らない。そう妙なカラクリを置いている最中も、ベルトルトの悲鳴は続く。

「んあっ!」

 3人目の男が、まだベルトルト自身が触れたこともないだろう下の口に指を入れていった。ほんの少し指が挿入されただけでベルトルトは声を荒げた。その声も違う男に口を塞がれていたからロクな音にはならなかったが。
 両目には混乱の色が灯っている。一体何をされているのか自分でも把握できていないと吐息が訴えている。でもこれからされることは何となく予想が出来ている筈だ。だって数十時間、何人も人間が男達によってこんな風に食われてきたのだから。俺達はその無残な姿を見てきたのだから。

「あ……やだ……」

 これから自分は同じことをされると判った瞬間……恐怖で、やっぱりベルトルトは、

「いやだ……やめて……ライナー、ライナー……」

 一瞬解放された口で、俺の名前を口走っていた。
 ケツの穴なんて意識したこともなかった場所に、指がどんどん入っていく。俺はその姿を見せつけられる。入るだけじゃなく、出ていく姿もだ。
 入って出てを繰り返しているうちに、ぬちゃぬちゃと聞こえる水音が激しくなっていった。元から男の指には何か液体が塗りたくられていて、それが中に溜まり擦れるたびに卑猥な音を奏で始めたらしい。

「あぅ……っぐ、うう……いや、だあ……ライナー……」

 ぬちゃぬちゃと音は強くなっていく。そんな自分の音なんて聞きたくないとベルトルトは身を捩るが、耳を隠せる腕は動かせない。
 他の男が股間を嬲り、口内を犯していた男は首筋や胸の突起を舐め始め、ベルトルトの全身をぐちゃぐちゃに汚していく。敏感なところを次々刺激されていく。……やはり運が良いのは、傷を負うようなことは一切されていないことだ。刃を立てられたら俺達は終わりだが、奇行種どもはベルトルトを内部から食べていくおかげで一見無傷のまま事が進んでいた。

「ライナー……ライナーっ……」

 いや……いっそ、本来の姿で男達を捻り潰してしまうのも良いかもしれない。何度もそう思ったが、「今ここで姿を明かしてはならない」と俺の我儘な理性が何もさせてくれなかった。そうだ、「せめてアニと壁内で合流してから次の計画を進めよう」とベルトルトと約束したじゃないか。だから、それまでは……でも、だけど。
 こうやって俺が結論を出せずにいるんだ。最中のベルトルトは呼吸をするのが精一杯で、効率の良い決断なんて出来る訳が無い。ただただベルトルトは喘ぎ続けていた。

「ひっ! あっ、やめ、ぁ……た、助けて、ライナー……。……あっ……?」

 名前を何度呼ぶ気だよ、と俺が思っていた矢先に男達の手が止まる。ベルトルトは解放されるのかという期待を込めて男達を見上げるが、そう簡単に救われる訳が無い。

 ――本当にやめていいのか?

 ベルトルトが目を見開く。涎まみれの開けていた口を噤む。怯えた目のまま声の主をじっと見て……ゆっくり、ふるふると首を振る。

 ――それだけじゃ駄目だ。本当にやめてほしいのか? ちゃんと言えよ。

 このやろう、その台詞なら何時間前も何十時間前も聞いたよ。ひいひい言ってたあの少女にも、何度もガツガツ貫かれていたあの女にも言い放っていた言葉じゃないか。芸の無い言葉だけど、甚振られている本人の心を壊すには最適な台詞らしい。ほれ見ろ、ベルトルトは言おう言おうと唇を震わせていやがる。何をしろと道筋を作ってもらえたベルトルトは、呆気無くそれに応じてしまう……。

「やめないで……ください…………。ぎ、いっ!」

 がつっ。

「がっ!」

 慣らされたケツの穴だったがいきなり指を数本も差し込まれ、ベルトルトは潰されたような鈍い音を上げた。
 差し込まれては抜かれる。何度も奥へ外へを繰り返されている間も、男達は何度も尋ねていった。ちゃんと言えるな? しっかりお願いしなきゃだめだろ? って……。

「い、痛、あ、やめないで、くださいっ……あ、ぁ、もっと、して、ぇ、ください……っ!」

 縛られた体ががくがく揺れる。がたがたと大きな椅子が揺れていたが、男達が支えていたから転がることはない。どんなに暴れても刺激から逃れることは出来ないし、晒している体を隠すことも出来ないし、この陵辱は止まることはない。

 ――おらっ、もっとよがれよ、ガキがっ!
 ――いっぱい声を出していいんだよ。気持ち良くなってもらわなきゃなぁ?

 縛られた足が真っ赤になっている。抵抗する気は無くても暴れているから、きっと縄を解いたらくっきりと痕が残ってしまうんだろうな……。早くも終わった後のことを考えてしまった。
 そう、いつの間にか俺は早く終われ終われと、そればかりを考えていた。逃れないのなら早く終わって次の食事に移ればいいと、違う誰かを食い始めればいいんだと逃避し始めてしまった。

「もっと……! んっ、ああ……して……ライナー、ライナー……やだ……。やめない、で……」

 太い指で散々弄ばれて色んなものを垂れ流していく中、やっぱりベルトルトは俺の名前を何度も叫んでいた。
 何が何だか判らなくなっても、俺に縋る癖だけはずっと残っているのか。まるで俺に頼んでいるような感覚にもなるけど、ぼろぼろの声は気持ち悪いぐらい耳にこびり付いて俺を苛み始めた。
 まるで俺の無力さを思い知らせるために名前を呼んでいるようにも思えて、唇を噛む。

 ――おい、気持ち良いか?

 熱い息を吐き続けるベルトルトに、男が汚い言葉を吐き出させようとする。
 そんな訳が無いと、ベルトルトは正直に首を振った。だが男はもう一度ベルトルトに尋ねる。気持ち良いか、と。股間の反り立ったモノを弄りながら。求めている答えが出てくるまで続く。

「きもち……いいです……」

 ――本当か? もっとしてほしいか? 感じているのか?

「うん……きもち、いい……もっと……。う、うぁあ、あ……!」

 何度も押し寄せる恐怖からか、それとも本当は良いのか。真っ赤になっていた顔は最初の頃から徐々に変化し、微かに笑みを浮かべているような形になっていった。
 それは抵抗してはいけないという学習からきているものなんだろうが、その声はベルトルトがすっかりあの奇行種達に心を喰われてしまったようで……悲しかった。悔しくてぼろぼろ泣けてきて、涙でベルトルトの姿が見えなくなってしまった。

「ひ……あ……んあっ、らい、な……!」

 それはこれからの姿が直視できなくなったから、ありがたかったのかもしれない。
 でもなんとなく状況は伝わってくる。男の一人がズボンを下ろして、凶器を宛がって擦り付け、捩り込んでいた。閉じることが出来ない脚と何度も指で慣らされた場所は、大人の男の欲望をみるみるうちに受け入れていった。

「あ、入って、くるなあ……ああ……っ!」

 指のときのようにぐちゃぐちゃに掻き回すような激しい動きはしない。ゆっくりと入って、留まる。

 ――入ってくるな? 早く入れて、だろぉ?

 次の言葉が出るまで、男はその場に留まる気のようだった。

「……は、い……。い、入れて……くっ、んん……」

 ベルトルトの言葉を待って、男が動く。
 男が中にぶつけるたびに呻き声が響いたが、気味の悪い声を上げるたびに、違うだろ、もっと気持ち良くなるような声で喘げよ、と何度も修正が入った。

「あ、ぅうっ、いいです、入れて、いい、んんんっ……!」

 激痛でも無理矢理に突き上げられ、淫乱な言葉を強要される。
 そんなこと言わないような奴なのに。言えない奴なのに。何度も何度も。そのうち男が達し、ベルトルトの中からモノを引き出して……不気味な白い液体が噴き出したときも、

「ま、待って……やだ……抜かないで……ら、いな」

 ついには強要されていない言葉まで、自ら進んで言い出すようになっていた。
 男達が笑う。げらげら笑う。二番目が行けと誰かが言い、壊れていく少年を見ながら隣でせんずりをしていた男が、またベルトルトの中にモノを埋めていった。
 ベルトルトは叫ぶ。同じように。もっと、いい、ください、やだ、ちょうだい、たすけて、抜かないで、欲しい……と。そう言うのがこの地獄では一番なんだとベルトルトなりに考えたからだろう。
 だが俺にとっては、聞きたくない言葉の羅列に目の前が真っ赤になっていった。

「ベルトルトッ……!」

 立ち上がり、自分の手に歯を立てようとしたとき。部屋にいきなり見覚えのある制服の男達が、雪崩れ込むように押し寄せてきた。
 
  
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 あまりに劣悪な環境で大人数を収納していると、人はいとも簡単に壊れてしまう。
 少しの配慮で防げた事件は最悪の形で生じ、その結果生まれた何十人もの惨殺死体と発狂者達の群れ。訪れた憲兵団によってその場で何人も男達は仕留められ、何人かは逃げたがすぐに捕まることだろう。
 初日に殺され放置された人間、面白半分に食べられて命を奪われた人間達が袋に包まれて運ばれていく、その光景を眺めていた。
 完全に食われる前に解放された運の良い俺達は、ぼんやりとその様子を眺めた後に次の開拓地に送られることになった。

 ――あんなもの、見なくていいんだよ。
 ――あんなこと、忘れなさい。忘れていいんだよ。

 助けに来た優しい誰かが俺達にそう言ってくれた。その言葉にベルトルトは大人しく頷いていたが、俺は素直に首を振ることはできなかった。
 だって少しだけ感謝していたから。ほんの少しだけど。俺は大きな決意をすることができた。あんな生き物は生かしておいちゃいけない、人類を滅ぼすのは戦士の使命感だけじゃなく些細な復讐心で動くのもいい、と。今後の戦意のために覚えておいて損はない、と……大人の優しさを蔑ろにブツブツと考えていた。

「……ライナー」

 毛布に包まってぎゅっと俺の手を握るベルトルトは、もう震えていなかった。震える気力も無いほどに疲れ果てていたからだった。
 俺も俺で泣き続けていたせいか、ベルトルトに比べれば大したことないが体力を消耗していた。力なくその手を握るしかできないぐらいには怠かった。

「ライナー……ライナー、ライナー……」
「ああ。俺だよ。おかえり、ベルトルト」

 それから数日。ベルトルトは何も喋らず、口にすることと言ったら俺の名前だけという日々を過ごした。元々主張ができない奴ではあったが、余計に俺の後ろから離れなくなってしまった。だから俺は毎日のように、俺の方からしがみ付く形で抱いて寝てやった。消毒のつもりで何度も口の中を俺の舌で洗ってやったし、舐めたり触ったり、入れたりもしてやった。笑ってやっていた奇行種達とは違って、泣きながら同じことをしてベルトルトを慰めた。

「お前は忘れろよ。俺とヤったことだけを覚えていろ。晒し者になったって記憶、持っていたって何にもならない」

 俺の言うことに間違いは無いぞ、そう言い聞かせる。そうだね、ライナーの言うことなら聞くよ。2人で何度も抱き合って暮らした。

 ……次に訪れた開拓地でも、例の事件の話は持ち切りだった。一応表沙汰には伝わらないものにはなっているようだが結構早く広まるもので、「集団レイプ事件があったんだって」「酷いねえ」「怖いねえ」という噂話はどこに行っても耳に入ってきた。でもそのような話は俺達が体験した場所以外でも起きていたらしく、余計に馬鹿馬鹿しさを感じてしまった。
 数ヶ月後。無理のある王政が動き出し、極限状態の人類は落ち着きを取り戻し始めた。食糧危機はなんとか解消され、ウォール・マリア崩壊直後よりは生きやすい時代になっていった。その代わり、何万人もの人間が死ぬことになったけれど。
 ウォール・マリアに爪先で穴を空けたのは俺達だ。数ヶ月経って俺達のしたことは確実に成果を出している。目的は果たせている。人々は巨人によって陥れられている……どんどん壊れていく、外からも、中からも……。
 そう考えると、あれは、俺達の罪への反撃だったのだろうか。
 爪先で穴を空けた事の代償が、あの不快な事件だったのだろうか。
 まさか。人間を殺した罪があんな形で俺達に返ってくるなんて考え過ぎだ。それに罰にしては軽すぎる。何度も蹴られた俺の腹や、中に汚い物を出されまくったベルトルトの苦痛は翌日には蒸気を出して修復されたんだ。……あれが俺達の代償だとしたら、簡単に消えて無くなってしまったじゃないか。人類の反撃はその程度のものか?
 深く考える必要なんて、無い。

 ……そうして数年後。俺達は人の子に紛れ、技術を得るため、内地を目指すために訓練生となった。
 数年も経てば声変わりをするし背は何十センチも伸びた。大人に負けじと体力をつけ、知識も能力も得た。自由な時間や友人も手にしてしまった。多くのものを手に入れ、失わせるために日々過ごす。あの頃の面影は無くなっていった。
 今日も訓練を終え、飯を食ってあとは寝るだけの楽しい夜の時間が訪れる。こんな生活もあと数日で終わる。卒業間近だ、そろそろ次の計画に乗り出せる。早く故郷に帰るために、俺達の目的を果たすために続けて来た仮初の日々。そんな中で、妙な話を聞いた。

 ――音が、景色が永久に残るカラクリがあるんだよ。

 若者達が笑い合い、噂話に花を咲かせている中、話が聞こえてきた。

 ――そんな高度な物、金持ちと物好きばかりの内地に行かないと無いぞ。
 ――なんだ、存在するんじゃないか。
 ――凄いね、どんな技術で造られているんだろう? 見てみたいなぁ。

 本来なら一番穏やかな宿舎での時だというのに、俺の背筋がぞわりと凍った。

 ――なんでもウォール・マリア陥落後の貴重な映像を保存した物には、金一封を……。
 ――これからの人類の歴史を残すために……。

 あっちで談話している連中が、恐ろしい話をしている。
 恐ろしい? 何が? そんな物、あったなんて知らなかった。……いや、知ってる。一瞬だけだが俺は聞いていた。何時間も聞かされていた。あの地獄を見させられていた中で、男達が、確かに、話していて……。

 ――でも、物好きはもっと面白いもののために使っているっていう噂もあるぜ。例えば……。
 ――例えば……?

 俺は咄嗟に隣を見る。俺と同じように連中の会話を聞いて、顔面蒼白になっているベルトルトが居た。楽しく話している連中の声が嫌でも耳に入ってくる。腕を拘束されていないのに硬直してしまったベルトルトは、あのときのように、耳を塞ぐことができずにいた。

 ――あまり見られないショーの映像だと、高値で取引されてるんだって。
 ――ショーって……?
 ――殺人ショーとか、レイプショーとか。滅多に見られないやつ。オレが見たことあるやつだと子供が何人もの大人にヤラれるヤツとかあったよ。スゴイんだよ。実際に目の前で見ているみたいで。声も当時のものがそのまま残っていて……。
 ――永遠に、そのときのものが残ってるんだ! これがホントスゴイんだよ! ちゃんと当時の声が残っていて「や、だ、こんなのっ」「何もしな、ひっ!」「いやだ、やめて」「やめないで、ください、ぎ、いっ!」「うん、きもち、いい、もっと」「あ、ぅうっ、いいです、入れて、いい」「ま、待って、やだ、抜かないで、ら、いな」
「お、おい! ベルトルト!」

 口を抑えていたベルトルトだったが、ついに耐えきれなくなって夕飯として腹に詰めた物を吐き出してしまった。
 部屋に居る全員がぎょっとする。「一体どうしたんだよ!」「何があったんだい!」と駆けつけてくる優しい奴も居たが、真っ青で震えるベルトルトが事情を説明できる訳が無い。俺が倒れかけの体を引っ張り上げて医務室に連れて行く。訓練生の連中はどいつもこいつも心配性な奴らばっかりで、突然具合を悪くした同期を気遣ってくれた。卒業も近いんだ、それだけ一緒に暮らしてきたんだから当然と言えば当然……。

「ライ、ナー」

 医務室まで向かう途中。俺達以外が誰も居なくなった廊下で、口をずっと抑えていたベルトルトの唇が微かに動く。なんだよと俺が撫でると、呻きながら俺にだけ聞こえる声で、

「僕達は、ずっと晒し者でいろ、って、言われたみたいだ」

 不器用な呼吸で、考え過ぎなことを言った。

「僕は……あのことを忘れて、ひっそり生きてきた……つもりだったけど」
「ベルトルト、無理するな」
「どっかの誰かが、僕の痴態を見てるんだね。今もどこかで、あのときの僕を見ている人がいるんだ。……永遠に晒し者でいろってことなのかな」

 何故かベルトルトは力無く笑う。
 途切れがちの息で繰り出されるベルトルトの声のせいで、俺の中にも蹂躙されるだけの人間の気分を味わった記憶が鮮明に思い出されていった。

「ねえ、やっぱり……罪を忘れるな、ってこと、なのかな。僕達は一生苦しめ、ってこと、なのかな……う、うううぅ」

 違う。違うと思う。……けど、もしかしたら、そうなのかもしれない。
 俺まで嘔吐しそうになった。胸を抑える。でも目の前にもっと苦しそうな顔をした奴が居た。医務室に入る前に抱きしめてやった。いいや、こちらからしがみ付くように抱きついてしまった。
 自分の苦痛を忘れるために暖かさを求め、身を寄せる。そのつもりだったが、ああ、これ、これって当時と同じことをしているじゃないか。だからか、そのせいで逆にあのときのことが鮮やかに蘇っていく……。

「僕達は、逃れられない」
「……そんなの今更だ」

 そう、今更。
 だというのに、自覚して涙が出た。
 人間達を喰うのも、人間達を狂わすのも、人間達に喰われるのも俺達なんだ。判っていた筈なのに、追い詰められて馬鹿馬鹿しくも改めて思い知らされてしまった。
 
 

  
 END

2018年4月12日