■ 「 廻るハピーエンド 」



 /3

 ねえ、ライナー。ちょっと遠いけど、僕の声は聞こえるかい?
 昔の話をするよ。最愛のマルセルが死んだときの僕は、まるで生きた屍みたいだったよね。

 決戦のときが近づいていた日のことだよ。君は覚えているかな。
 あのときの僕はひとりぼっちのまま、死地の目前で怯えていた。
 信頼していたマルセルがいなくなって、心を休める場所が無かった。君に心を許せるほどあの頃の僕は器用じゃなかったから、マルセルから貰った指輪を握って、朝が来るのを待っていたんだ。

 何度も思ったよ。
 マルセルは、いつになったら僕のもとに駆けつけてくれるのだろう。
 こうやって握り締めているのに何故来てくれないのだろう。
 お空の向こうから僕を助けに来てくれるのはいつだろう、って。

 そんな夢のようなことをずっと考えていた。気が付いたら、君を置いて一人で歩いていたんだ。



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 だって君は眠っていたんだもの。僕はちっとも眠れなかった、だから置いて行ったんだよ。
 一人で夜の散歩はいけないって判っていた。ライナーも「知らない所に一人で行くな」って何度も言ってたよね。ごめん。でも、とてもじゃないけど眠ってなんていられなかったんだ。

 運命の日が近づいていた。
 作戦決行は翌日の夕暮れ時。もう一回寝てしまえば、僕は罪の塊になる。誰にも許してもらえない存在になると判っていて、気楽に休めなかった。
 先に寝ちゃった君が、羨ましかった。
 あのね、正直に言うと、僕……あの頃の君、苦手だった。だってライナー、意地悪だったから。
 尊敬していたよ。でも、怖かった。いつも僕に厳しいことを言うし、マルセルみたいに優しくなかったから。
 その日だってまさか「壁の上でキャンプする」なんて言うと思わなかった。僕が「怖いから嫌だ!」って言っても、君は大声で黙らせたよね。今の君ならもっと窘める言葉を言えるけど、あのときはまだ君も小さかったから、怒鳴って僕を従わせていたよね。
 何か言うと君はいつも怒ったから。大声が怖くてよく頭を抱えていたっけ。
 君の言うことをきかなくちゃいけないんだって、嫌でも言う通りにするしかないんだって、無理矢理思い込もうと必死だったよ。

 ライナーの言い方がちっとも優しくなかったからだよ。
 なあ、仲間が僕じゃなかったらどうするつもりだったんだ? 僕だったから怒鳴れば言うことをきくと思ったのかい? ……そっか、君はあの頃から僕の使い方をよく判っていたんだね。
 ……そうだね。君のことを判ってなかったの、僕だけだったんだ。

 今ならあのライナーのやり方は上手かったと思う。
 けど、君よりずっと幼かった僕は……君の言うことに従いながらも、反発していた。
 どうして僕が君のことを嫌っていたかって、マルセルが死んだ日に君が言った言葉のせいだよ。君は覚えてはいないだろうけど。

 マルセルは故郷にいるとき、僕に約束してくれたんだ。
 「ベルトルトを守る」って。
 マルセルが死んで……悲しくて泣いていたら、君はこう言ったんだ。
 「俺はマルセルじゃない。仲間は俺しかいない」って。
 それ、言葉通りの意味で言ったんだよね。ライナーはマルセルじゃない。僕がマルセルの名前を叫んでも、何も出来ない。そういう意味だったんだよね。
 でも僕には「お前を守ってやらない」って思ってしまったんだ。だから君のことが、苦手じゃなくて……嫌いになっちゃったんだ。

 自暴自棄だった。二人しかいない時間が苦痛だった。
 マルセル……故郷の誰か……誰でもいい、優しい人に会いたい……。強く強く、何度も、散歩しながら思っていた。
 そしたら突然、誰かの話し声が聞こえてきたんだ。
 なんだと思ってそっちを向いていたら……全然知らないおじさんがブツブツ何かを話していたんだよ。
 壁の縁に腰掛けて、下に向かって何かを話しかけていたんだ。クスクスと笑って、とても楽しそうに。

 最初は幽霊だと思った。悪魔の末裔どもの住む場所ってこんな所なのかってさ。
 幻聴、幻覚かなって思っていたらその人、「もう少し待っていて」って誰かに話しかけているから身構えて……。



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 僕は指輪を握りしめた。

「やあ、君」

 彼はそう、僕に声を掛けてきたんだよ。

 驚いたさ。そこは五十メートルの壁の上で、下の街の明かりが何一つ無い真夜中。そんな場所でいきなり浮浪者に話し掛けられたんだから。
 驚いて転げ落ちずに済んだのは、奇跡だったんじゃないかな。

 女の子みたいな悲鳴を上げそうになって、咄嗟に口を押さえたのを覚えている。
 ライナーから離れて散歩していたのに、君に叫び声を聞かれたらいけないと思ったんだ。だって駆けつけたら君は怒るだろう? 僕にとって君は怖い人だったから、しょうがないんだよ。

 知らない人に話し掛けられただけで、僕は泣いてしまった。
 意地悪なライナーが見ていたら「弱い奴」とからかわれると思って、必死に口を抑えて……。そんなことをしたら余計に涙目になるのにね。

 ……焦ったよ。危機感の無いシガンシナの人間が、壁に常駐しているなんて聞いていなかったから。
 何でも知っていたマルセルも、言っていなかった。
 危機感なんて持ち合わせていない街なのに、五十メートルの壁の上に人が居るなんて思わなかった。 僕以外に誰かが歩いているなんて考えもしなかった。

 突然現れた彼は「いいかな」と言いながら、立ち上がって寄ってきた。
 真っ暗闇の中、いきなり声を掛けてきてだよ。怖かった。ぶんぶんと首を振って、嫌です、困ります、って言おうとしたけど……怖すぎて、抑えている悲鳴以外の声が出なかった。

 それでも彼は僕に向かって手を伸ばしてきた。
 急に、「その手に捕まってしまったら僕はどうなってしまうんだろう?」って思ったんだ。
 僕はこれから悪いことをする子供だ。もしここの大人に捕まってしまったら? 何故ここに居るのか訳を聞かれたら? そうだ、聞くまでもなく僕を……。
 動転すると悪いことばっかり考えつく癖は、あの頃からあった。今度こそ助けを呼ぼうとした。
 咄嗟に口から出た名前は、マルセル、だったよ。

 「助けてくれ、マルセル」って。
 大好きな彼の名前をやっと呟いて……とっても小さな声だったけど、僕はマルセルの名前を口にしていた。
 マルセルは来てくれやしないのに。

 助けてくれる戦士はいない。僕は何をしてるんだ、って。
 壁の中にいる人間を目の前にして、窮地に立たされて、ようやく自覚した。頼ることなんてできないんだって……気付いて、ぼろぼろ泣いてしまって。
 僕はあっさり捕まったよ。

 ……おじさんに何もされていないのは、ライナーがよく知ってるだろ?
 そこで捕まって殺されたら、今ここに居る僕は誰だい。そうだよ、その人は僕に何もしてこなかった。

 彼は「少しだけ話がしたいんだ」と言ってきた。
 逃げ出そうとする僕の腕を引いてさ。きっと暴れようとしたなら口を覆っただろう。叫ぼうと深呼吸したら「変なことをしなければ、何もしないよ」って囁いていたから。
 それって、変なことを少しでもすれば何かをするってことだよね? そう思うと怖かったけど、彼はまた壁の淵に腰を下ろしたんだ。そう、今の僕みたいに。
 彼と何を話したかって?
 その人、さっきまで連れがいたんだって。けどその人は先にどっかに行っちゃったらしいんだ。すぐに自分も行くけど、その前に僕がいたから話し相手になってもらおうと思ったらしい。そんなこと言われても、いきなりだったから戸惑うしかなかったよ。

 あの日のシガンシナの街並みは、まるでこの廃墟のように静まりかえっていた。
 きっと朝になれば人々が動き出す。静かで優しい夜が、明日には本物の静寂に包まれる。
 彼はそんな大人しい壁の中に背を向けて、壁外の遠くを眺めるように座っていた。
 壁の外には灯りなんて無いよね。真夜中に眺めたって何も見えないのに。変だろう?

 どんな男だったって……子供の僕からすると、大人だっていう印象しかないよ。
 ただ、何日も顔を洗っていないみたいだったから……。浮浪者、って思ったんだ。
 星灯りしかない夜だったからね、どんな顔かも全然見られなかった。……悪い人じゃないってぐらいしか判らなかった。少なくとも、マルセルが言っていた「悪逆非道の限りを強いてくる悪魔」じゃない気がした。本当に酷い人なら、出会い頭に僕を食い殺すって思ってたし。
 僕は、近くにしゃがみ込んだよ。
 少しだけ安心していたら……その人、いきなり僕の頬に触れようとしてきたんだよ。
 知らないおじさんが触ってきたから緊張しちゃった。そしたら「緊張してるけど、何故?」って訊いてきたんだ。おじさんのせいだよ、って言おうとしたら。
 
「これから大変な仕事でもするとか、かな? それで緊張してるとか?」

 ……あっという間に見透かされて、また泣きそうになったんだ。



 /0

 マルセルの形見が何か……知ってる?
 君も持っている指輪だよ。力の無い子供でも指を傷付けることができる、刃の指輪。
 でも僕の物をライナーに見せたことは無かったかな。これ……少しだけ文字が掘ってあるだろう? マルセルがおまじないをしてくれたんだ。「いってらっしゃい」って書いてあるんだけど、これはこの世界に伝わるちょっと不思議な魔法でね……。

 そんなことはいいから続きを話せって? うん、おじさんのことが気になる?
 おじさんは笑っていたよ。僕を馬鹿にするような笑い方じゃなかったけど、その笑い声が、また……僕を怖くした。
 僕はそんなに苦痛そうな顔をしながら歩いていたのかって……通りすがりの人に指摘されてしまうほど、苦悩を抱えて歩き回っていたのかって、思い知らされたから。

 明日には第一の壁を壊す。静かで平和な街に大量の巨人を放つ。人類を追い込み、数年後には第二の壁の中すら地獄に変える。
 そんな重大な任務を課せられた僕は、怪しまれることなく、普通の子供を演じていかなければならない。
 なのに、初めて出会った人間に看破されてやっていけるのか?
 まだ第一歩すら踏み入れていない夜に気づかれて、僕は戦士としてやっていけるのか?

 僕にはもう、フォローをしてくれるマルセルがいない。
 このままだと僕は、失敗する。……ライナーに迷惑をかける。こんなに大きな任務、僕には……。足手まといで、迷惑にしか……。
 考えると、頭の中が真っ赤になっちゃったんだ。
 ぼろぼろ泣いて、鼻水を啜っている姿を、その人はじっと見ていた。
 殺さなければならない見知らぬ男にすら同情されていた。
 こんなことではいけないのに……。判っていても、涙は止められなかった。
 それからどれくらい時間が経ったかな……。ずっと僕が泣いているのを見ていたその人は、「君が泣いて助けてくれる人はいる?」って、訊いてきたんだ。

 彼は僕を気遣いながら、優しく頭を撫でてくれた。
 大きな体に見合った大きな掌は、少し臭かった。浮浪者らしく水浴びをしてなかっただろうね。でも、風に運ばれてきた匂いは、壁を目指して涙と汗にまみれてきた僕と殆ど同じものだった。

 ははは……その匂いで親近感を抱いてしまったのかもしれない。撫でてきた手がね、全然嫌じゃなかったんだ。だから素直に答えちゃった。
 そんな人いないよ、って。
 もうこの世に僕が信頼している人はいない。死んでしまった、って。
 僕にこの、魔法の形見を渡して死んじゃったんだ、って……。

 そしたらその人はね、「本当にその人だけしかいないのか? 他にもいるんじゃないか?」って言ってきたんだ。

 そこにライナーは居なかったのに、もう一人誰かがいることを知っているみたいな言い方だった。
 きっと「僕みたいな臆病者が一人で壁の上に居られる訳ないから、それを踏まえて誰か仲間が一人は居る筈だ」って気付いたんだろう。
 冷静な大人なら判るだろうけど、子供の僕は凄く驚いたよ。ライナーがいることを言い当てられて、余計混乱しちゃったんだ。
 僕は泣きながら……「もう一人が僕を助けてくれるとは限らない。助けてもらえる自信は無い。だから、僕を助けてくれるか判らない」って言った。
 もう動転して、自分でも何を言っているか判らなかったぐらいだ。

 泣きながら話していたからかな。
 おじさんは、僕の体を引き寄せた。頭を撫でるだけじゃなく、優しく抱きかかえてくれた。

 ――たった一人の仲間を、信じてあげなきゃ駄目だ。彼の声を聞いてあげなきゃ駄目だ。じゃないと後悔する。

 抱きかかえてくれた男は、笑いながら震える僕の体を撫で続けた。



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 急に背筋が凍った。
 僕を抱き締めた男が、僕を抱えたままゆらりと動き出したから。

 壁の上、夜の街を背に座っていた彼は……少しずつ体重を壁の外へと傾けていた。
 まさか、落ちようとしている? このまま前屈みに転んで、ごろんと壁の下へ……!?
 男の腕で抱きかかえられていたから……僕は落ちるしかない。
 そこでやっと気付いたんだ。臭かったのは、血の匂いだ。ぼろぼろだと思ったのは、衣服が切り刻まれていたから。彼は……虫の息ってやつだったんだ。
 大きな体に纏わりつかれていた僕もゆっくりと前屈みに、壁の外へと、50メートル下へと吸い寄せられていった。
 このままではいけないって思ったよ。今は、壁外で拾った立体機動装置を着けてなかったから。何もしなければ死ぬ……死んじゃう……マルセル、って……!

 でも、さっき気付いた通りだ。
 マルセルの名前を叫んでも、何も起こりはしない。
 だから……男が苦しげに言っていた通り……たった一人の仲間を信じて、僕は……。

「助けて、ライナー!!」

 信じて、叫んだ。

 ……すぐさま駆けつけた君は、落ちていく僕の腕を掴んでくれたよね。
 光の無い暗闇の中、どこにいるか判らない僕を探し当てられたのは……見つけてくれたのは、僕が彼の名を叫んだからだったのかな?
 それとも、君はそれよりも前に……探していてくれたのかな。
 僕のことを。
 そう、信じていいのかな。

 走ってきたライナーに腕を掴まれて、僕は壁の上に留まれたんだ。
 けど、支えを無くした男は落ちていく。
 とても遠くへ。
 闇の中へと吸い込まれていって……。音は何もしなかった。実際落ちたかも判らなかった。だってあのとき、深い夜だったから。

 衣服を斬られ、体中に傷を負っていた彼。あの男が座っていた場所をもう一度見てみたよ。
 闇の中に消えていった壁の下も、確かめてみたよ。
 目を擦ってどちらを見てみても、何も見つからなかった。もしかしたら彼の血があるかと探してみたけど、見当たらなかった。兵団の制服を着ていなくても腰に立体機動装置を着けていたから、何とかなったのかもしれないけど……。
 そんな風にさ、僕が呆然としてたからかな。ライナー、凄く怒ったよね。よく覚えているよ。一言一句忘れない。

「ばかトルト! ばかやろう! なんで一人でどっか行きやがった!?」

 乱暴な声だった。優しい言葉なんて一つも無い。
 暴力的な声だったけど、とてもぐしゃぐしゃな顔で僕のことを心配してくれていたよね。真っ暗闇の中でも、星灯りのおかげで君の表情がよく見えたよ。

「ふらふらするな! お前の声が聞こえなかったらどこにいるかも判らなかったんだぞ! ……マルセルが死んで、お前まで死んじまったら、俺はどうすればいいんだよ!? そんなに俺の言うことが聞けないか! そうかよ! どうせ俺はマルセルみたいになれないクソ野郎さ! どんなに俺が想っていたってお前は……!」

 君は真正面から怒鳴ってくれた。
 ……うん、ずっとそうしていたよね。僕は怖いと思うばかりで、怒鳴っていると思っているだけで、ちゃんと君の声を聞いてあげられなかった。
 自分の浅はかさを、やっと知ったんだ。
 ライナーは、強く僕の腕を握りしめていた。痛かった。いつ殴られるか判らない剣幕だった。それって、いつもだったよね。そうだ、そのときまで……痛くて殴り掛かりそうな君に怯えて、ちゃんと声を聞いてあげられなかったんだ。
 彼は、最初から心配して僕を掴んでいる。
 叫んでいるのは、泣いて頭を抱える僕の耳に届くようにするためだ。
 勝手に「安全だ」というキャンプから抜け出して、危険な所に座っていて、心配をよそに呆然としていたどうしようもない僕を、助けてくれようとしているんだから。
 ……なんでだろう。
 ……どうして僕は気付いてあげられなかったんだろう。
 君はこんなに僕を想ってくれていたのに。
 君は、言っていたのに。

「……俺はマルセルには届かない。ベルトルトが好きなあいつには届かない。……何年経っても届かないかもしれない。けど……マルセルぐらい立派になるから。……お前に約束できるぐらいの仲間になるから……俺はマルセルにはなれない、でも……お前を……」

 信じてくれ、って。

 このまま君を信じず、頼れず、翌日を迎えていたら?
 僕は、ライナーが苦しんでいることにも目を向けず、彼を認めず、勝手に一人で悲劇に苦悩して、作戦を失敗に終えていた。
 ライナー。ごめん。
 彼に言われるまで、ずっと一人ぼっちだと決め込んでいた。自分こそが罪だと思い込んで……同じぐらい苦しむ君が隣に居たというのに。

「俺にベルトルトを守らせてくれ。……信じてくれ……」

 窮地に立たされて、ようやく僕は気付くことができた。



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 ライナー。あのとき、ずっと朝まで僕を抱き締めてくれたよね。

 君だってすぐ寝てしまったぐらい疲れていたのに。
 ぼろぼろに泣きながら、痛いぐらい僕の頭をぐしゃぐしゃ撫でながらさ。
 何度も繰り返す君の言葉に頷くことに必死で、そのときの痛みが……さっきの人と同じだなって思ったけど……黙って頷くことぐらいしかできなかったんだ。

 ……どうしてこんな話をするかって?
 それだけ、この出来事は僕にとって大きなものだったんだ。
 君のことが怖かった。信用できずにいた。仲間なのに、信頼しなきゃいけないのに、ずっと君に壁を作っていた。
 でもあの人に出会って、運命の日を迎える前にいざ自分が死地にいるんだと気付かされたから……自分を振り返ることができたんだと思う。
 君に助けてもらって……君を信じることが大事だって気付いたから、僕は君を信じて今まで生きていくことができたんだ。
 だって「俺にベルトルトを守らせてくれ」だよ。「信じてくれ」だよ。そんなこと言われたら……ね。

 情けないって君は言うだろうね。
 自分でも守られることで気付くだなんて、男としてあるまじきことだとは思うよ。僕だって逞しい言葉を言ってみたかった。……言えた試しなんて無いけどさ。
 ミカサに刃を向けられて、変な声しか出なかった。ジャン達に追及されて、裏返った声で言い返すことしかできなかった。
 ずっと君に守られっぱなしで……何一つ故郷に持って行くものを手に入れることもできず、ここに戻ってくるだなんて。
 しかも、君まで。…………。なあ、ライナー。ふたりぼっちで良かったよ。ひとりぼっちならもっと早く終わっていた。
 この出来事があったから、僕は君を信じて……呼び続けることにしたんだ。

 君が君でなくなろうとしていたとき、僕が君の名前をずっと呼んでいたのは……信じていたからだよ。

 君は、僕を守ってくれる。そういう存在だ。そう信じていたから、君が違うものになろうとしていたときも君に呼びかけることをし続けていたんだ。
 もし君のことが嫌いなままだったら、罪に押し潰されていく君を毛嫌いしたままで……兵士になろうとした君を見捨てていたかもしれない。
 今はそんなこと、絶対考えたくない。二人でここまでやって来られたのは、君が僕を守りながらここに辿り着けたのは、たとえこんな形で迎えた悲劇でも、幸せな終わり方だと思える。
 君と傍に居られたのは、信じて今までやってきたから……それは間違いないんだ。

 …………。ライナー。

 見知らぬ人なら判らないけど、見慣れた君の顔ならぐしゃぐしゃな顔になっていることぐらい判る。これぐらいの星灯りで充分だ。だから、もうちょっと傍に寄っていいかな。ちゃんと君の顔を見ていたいんだ。
 うん、わかった。
 傍に、行くよ。こんなに遠いと話しづらいもの。

 ああでも、この出来事は僕にとってとても大事なことだから。
 あの子に話しかけたら、すぐに君の元にいく。

 長い話を聞いてくれてありがとう。
 もう少し待っていて。

 君の傍に行く前に、僕を君の傍にいかせなきゃ。



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 よく覚えているよ。一言一句忘れない。



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 風に運ばれてきた匂いは、壁を目指して涙と汗にまみれてきた僕と殆ど同じものだった。



 /1

 僕は指輪を握りしめる。

「やあ、君」



 /2

 運命の日が近づいていた。



 /3

 ちょっと遠いけど、僕の声は聞こえるかい?




2015.2.3