■ 「ほそいいとでつながるまえ」



 /1

 まじまじと顔を覗き込むことなんてない。
 可愛くない顔をしていた。当然だ。言い争いから襟元掴んでガンつけているのだから!



 /2

 ガンつけあっているアルミンの顔は、ちっとも怖くない。

 それでも俺に対抗したつもりなんだろうか。冗談か。寸前のところに顔があるというのに、迫力なんてものが無い。
 これから殴り合いに発展するかもしれないんだぞ。なのにそんなに弱々しい顔で。俺に勝負をしてきて、どこに勝てる見込みがあるんだ? 見込み、そんなものどこにもない! 体格が違いすぎる、どう見てもアルミンの方が弱っちい。勝てる勝負しかしない主義の俺には、今の気迫が理解できない!

 俺に負ける気なんてない。アルミンを握り潰そうと力を入れる。
 楽勝だ。ああ、こいつは惨敗する相手と睨み合って何が楽しいのだろう。さっさとこの時間が終わってほしい。そう思いながら、アルミンの顔を睨みつけた。
 こんなに奴の顔を凝視したのは初めてだ。こいつと真正面から見つめ合うことになるなんて。思いもよらなかった。


 /3

 大きな目が睨みつけてくる。
 それで威嚇しているつもりなのか。まあ、いつもに比べたら怖い顔は出来ているじゃないか。
 あれでもちゃんと立派な男だったみたいだ。そこそこ勇ましい顔になれている。どっかの誰かが茶化して「女みたいで可愛い顔だ」なんて言っていたが、改めて真っ直ぐ見た顔はどこも可愛いとは思えなかった。
 そりゃあ、見るからに男なライナーやコニーに比べたら、女に見えなくもないが。間違えられるのは声が高いからぐらいだろう。
 少なくとも、正面でドシンと両脚で構えて俺と向き合う体は……俺と同じ逞しさを感じられた。

 ならば、遠慮はいらない!
 俺は拳に力を込めた。ぐぐぐと襟元を持ち上げる。
 誰かが俺を止める声がする。
 構うもんか! 俺は勝てない喧嘩はしない! 絶対に相手を負かしてこの下らない時間を終わらせる! そう決めているんだ! さっさとごめんなさいを言わせてやる!

 アルミンの首を締めていく。表情がどんどん強張っていった。
 大抵の奴はこれ以上すれば動転する。激昂する。縮こまる。
 死に急ぎ野郎なら思いもしない反応をするかもしれないが、アルミンはあんな例外じゃない! 普通のリアクションしかしないだろう、そう思って睨み続ける。
 例外なくアルミンは俺の睨みに怯えて震えていった。必死そうだった。苦しくて、涙が次第に浮かび上がっていくのが見てとれた。
 ほおら、やっぱり俺の圧勝だ…………。



 /4

 だというのに、零れるほどは溢れ出さない。
 睨まれても睨み返し、首が締まっているというのにむやみやたらに振り解かない。そして俺から視線を外そうとしない。そのまま勝負を挑んでくる。
 気丈に俺の声に応じていく。

「僕が臆病者なら君だって、いや、君は僕以上の腰抜けだ」
 
 俺は、驚いてしまった。「……もう一度言ってみろよ。誰が何だってぇ?」 驚きを隠しながら、更にアルミンの首を絞める。
 苦しそうにしながらも、それでも視線を外さず、口をわなわなとひらいていった。

「ああ、何度でも言ってやる。ジャン。君は……! 自分が生き残ることしか考えていない奴なんて……!」
 
 喧嘩慣れしてないせいか、声が震えていた。
 決して俺と対等に渡り合っているという訳じゃない。けど、まさか言い負かそうとしてくるとは。再び驚いてしまった。

「力も技術もあるのに何もしようとしない臆病者となんて一緒にいられない。壁の中で震えているのがお似合いだよ!」

 ――その反応は。やばい。予想外だ。これでは――!



 /5

 『やめろ』『馬鹿』『離せ』『畜生』。
 俺と喧嘩をする相手は、大抵そんな言葉をぶつけてくる。その後に、手を上げる。殴り合いになれば、後は俺の勝利が待っている。けどアルミンはそんな言葉で俺を振り解こうとしない。殴り掛かってもこない。痛いところをつきやがって。
 正論。こんな、正論。
 そんな正論、言ったって勝ちはしないが……口答えしたら俺が負け犬じゃないか。

 ああ、そうか、こいつ……『自分は勝てない』って知っていやがるからだ。
 暴力はもちろん、暴言でも俺に勝てないって判っていやがる。けど……言いたいことを言って、引き分けに持っていく気だ。

 何処に行っても目立つ死に急ぎ野郎。そいつに隠れている軟弱。それだけの存在。……そう思っていた。
 だが、そんな奴に拮抗させられるなんて!
 思っていなかった俺は、思わず言葉に詰まる。……その時点で、俺の圧勝は無くなった。

 まさかの言い返しに舌打ちをして、首元から手を離した。
 アルミンはまだ震えている。顔も肩も唇も手も。弱々しい。それなのに、俺の圧勝に終わらなかった。
 俺はまた舌打ちをする。何度もしてしまう。気に食わない。まじまじと顔を覗き込むことなんてしたくない。
 それなのに……可愛いとは思えない顔が、未だ俺を睨んでいた。ずっと視線を外さない。……仕方なく、俺の方が奴の元から離れていくしかなかった。

 なんて顔だ。可愛くない。そもそも同性相手に顔の好みもクソもない。だが、その顔から離れながら改めて思う。……こなくそ。侮れない奴。
 こいつはきっと、そのうち……死に急ぎ野郎以上に嫌いになるか、全くの正反対になるかどっちかになるんじゃないか。
 ……まさか!
 ざわめいて、もう一度奴の顔を睨んでやった。




 END

ジャンくんとアルミンくんが喧嘩を始めたようです。本人達もきっかけは忘れてしまいました。ジャンアル未満。
おたおめプレゼントSS。すずかさんが描かれた漫画が実に理想のお話で、その中での一幕を私流アレンジで書かせていただきました。首絞められるアルミンの顔かわいい。焦って「!」を多用するジャンくんもかわいい。
2014.5.18