■ 「ダブルダブルダブルキャスト」



※pixiv上でのタグ祭り「山奥・近/親/相/姦/祭り」の投稿作品です。テーマは、「禁忌×サスペンス色」と「シャフトアニメっぽいかんじ」と「元ネタ:ヤンデレクイーン美月さんが登場するあのダブルキャスト」。サスペンスと言いましてもミステリーではありませんし謎解き要素もありません。ただ、順序を入れ替えてこっそり楽しむ程度です。カタカナ名ですが、日本舞台の現パロです。キンカン祭り、盛り上がりますように。




【登場人物紹介】

アニ=レオンハート:刑事。十年以上前に女学生だった。格闘技全般が得意。
マルロ=フロイデンベルク:刑事。真面目で堅物の河童。ツッコミ。
ヒッチ:刑事。間延びした喋り。どうして就職できたのか判らない。

ミーナ=カロライナ:OL。アニのルームメイト。
アルミン=アルレルト:不動産業。祖父の手伝いをしている見習い。
エレン=イエーガー:医師。アニとは長年の仕事仲間。

ライナー=ブラウン:兄。
ベルトルト=ブラウン:弟。



 /0

「ベルトルトはよく、悪夢を見るって言っていた。
 人間を食べる夢だ。人を頭からバリバリ食べる化け物になるっていう夢。

 あいつ、子供の頃からそういうスプラッターな夢をよく見るらしい。だから隣で寝ていると、夢の中で化け物と格闘するあいつの被害に遭うんだ。よく蹴られた。今もな。
 アニも昼寝してるあいつを見たことなかったか? 凄い寝相だっただろ。流石に十年前のことは覚えてないか。

 どうしてそんな夢、見るんだろうな。アニ。お前、頭良いんだろ。なんてったって天下の警察様だからな。どういう意味なのか知らないか?
 流石に判らないか。すまんすまん、今のは自分でも無茶ぶりだったと思う。怒るなって。本人に訊いてみたらどうだ? 呼んでこようか? すぐに呼べるぞ? ……いいって? そりゃ残念だ。
 多分、何かの怖い話を見たか聞いたかどっちかだよ。
 俺は、聞いたからだな。ベルトルトにその話を聞いてから、ずっと頭から離れないんだ。ずっと人間を食べるんだ。夢の中で食べるんだ。頭からバリバリ食べる化け物なんだ。化け物なんだ。俺達は。同じだからな。夢だからな。俺達は同じで食べるんだ。俺達は」

 (こいつ、重症か!)

 (ここにはあたし達しかいないのに、どこ向いて喋ってんのさ、コイツ)



 /1

「ええっ、録音するの?
 別にいいけど……これ、変なことには使われませんよねぇ? あ、はい、そうですねぇ、自分で言っておいておかしいですけど、変なことってなんですかね! あはは! はい、判りました、はいはーい、アニ様達を信じてまーすー。

 えっと、何から話したらいいんですか。って、敬語にしなくていい? ごめん、なんか記録に残ると思うと急に緊張しちゃって……。
 ええーっと。5月3日のことだから……。あ、まずは名前を名乗った方がいいよね?
 ミーナ=カロライナです。職業は……会社名は言わなくていいよね、OLやってまーす。
 アニとはルームメイトです。大学時代に知り合って、それからずっとだから一緒に暮らし始めて何年になるかなー? カレシ? ……ないしょ!

 5月3日のことは……あ、4日になってたかもしれない。そのときお酒飲んでて、テンション上がった状態でお店に出たから時計見てなかったんだ。電車でも使えば覚えてるんだろうけど、最寄り駅近くに居たから、歩いて帰れたしね。
 じゃあ、とりあえず4日のこと。よく覚えてます。時間とか覚えてないけど、夜のことは覚えてます。私が機嫌直さなかった日だから。それでアニが何かと気遣ってくれた貴重な日だったから。あれ、冗談だったんだけどね!
 どういうことかって? えっと……実は、3日にアニとデートをする約束をしてたの。ゴールデンウイークだもん。でもアニって不安定なお仕事でしょ? 事件が起きれば駆り出される忙しい職業でしょう。テレビドラマじゃないんだし、もう少し大人しい仕事なのかなって思ってたけど、刑事ってやっぱりどうして難しいみたいで……。

 デートなんて大袈裟なことを言ってますけど、ただ夕食を一緒に外でしようって約束してただけですぅー。でも久々に外食しようって話だったの! 同居してるくせに食事いっしょになるのって全然無かったから楽しみにしてたんだよ!
 で、3日の20時に集合予定だったんだけど……急遽仕事が入っちゃったみたいで。そこそこ良い夜景を味わえるディナーってのを楽しみたかったんだけどなー。ワインセラー、楽しみにしてたんだけどなー。
 でも仕事じゃ仕方ないし。夜遅くで流石のアニも疲れた顔してたから……気を張ったレストランなんて行けなくって、仕方ないから深夜のファミレスに行くよね。夜だろうがなんだろうが甘い物注文するよね。食べるよね、二人で。むしゃくしゃしていた。後悔はしていないっ!

 うん、仲良いよ。仲良くなかったら五年も一緒に過ごしてないって。
 それで……? ファミレスの安いワイン飲んだら、凄く酔っ払っちゃって、アニったらずっと事件の話をしてるの。真面目な顔で。あれ、真顔のまま酔ってたよね。見たかった? うんうん、凄く可愛かったよ!
 でもさ、ファミレスでずっと人間の顎のことばっかり話すのはどうかと思いました……。そんなんじゃ結婚できないどころじゃないよ。友達無くすよー。
 まあ、それもあたしが訊いたのが悪いんだけどね。殺人事件の話なんて、早々聞けるものじゃないからつい……。アニが案外おしゃべりで話し始めたら止まらなくなることぐらい、同居人なんだから知ってたけど。あ、でも詳しいことは聞いてないよ! 下水から新鮮な顎が発見されたってってことぐらいしかー!

 (中略)

 そろそろ帰ろうって言って……歩いてアパートまで帰ったの。
 私の方からだったかな? 『ちょっと散歩がしたい』って言ったら、アニも快諾してくれて。
 その日、良い天気だったの。ワインも飲んでたし、夜風が気持ち良かったから少し散歩をして帰ろうってことになって。「夜道に女性二人は危なくない?」 ええっ、アニのこと知ってそれ言ってる? アニがいたから大丈夫って思って……遠回りして、コンビニがある……比較的明るい道を通ることにしたの。
 滅多に通らない道だったけど。あ、単純にあたし達が住んでいるアパートから遠いからね。駅とは逆方向だし。特に理由は無いよ。いくらアニが居てくれたからって暗い道は通りたくなかったもん。でもやっぱり、夜道に誰かから大声で話し掛けられたら驚くよね。
 後ろからいきなりだったから……。『アニ! アニじゃないか!』っていきなり肩を掴まれたら、そりゃあ、アニだって驚いちゃうよ。

 凄かったなぁ。その、えーと……背負い投げって迫力あるんだね。彼、体格良かったのにぴょーんって飛ばされちゃうんだもの。そうそう、ご迷惑掛けました……でも、あんな大迫力のアクションを見せつけられたら、あたしだって悲鳴上げてもしょうがないじゃん……。
 その子の名前? ベルトルトって言ってたよ。珍しい名前だから逆に覚えられる良い名前だよね」

 (女の事情聴取はいつも長くなる。必要の部分だけカットしよう)



 /2

「ベルトルト? 確かに私は酔っぱらっていたけど……ベルトルト? ベルトルト? うーん……」



 /3

「4月。まだ桜が咲いていたから、4月だった。何日か……よく覚えてない。
 ベルトルトは、その日も俺の帰りを待っていてくれていた。
 それでベルトルトは……「何日か判らない?」 ……すまん。あの辺りの記憶が曖昧なんだ。判るだろ? 混乱してるんだ……。ああ、そう言ってくれると助かる。

 …………。
 ああ、そうだったな。……ベルトルトはその日、台所で蹲っていた。身を隠すようにしゃがみ込んでいた。でも、誰でも見つかる姿だった。……昔からかくれんぼをするのは好きだったんだ。あの年になってもしているなんて、あいつ、可愛い奴だろう?
 うん、判ってる。そんなのしている訳じゃない。出来るだけ視界に入らないようにしていたんだ。それも、無意識に。
 あいつは……いつも俺達家族の食事を作ってくれるんだ。そんなことしなくていいって言うのに、昔からの癖だな、家族の食事担当はあいつで……。だから夕食だけはなるべく家で取ろうとしてたんだ。家に居たくなかったし帰りたくなかったけど、ベルトルトがいるから帰らなくちゃいけなかったし。
 テーブルに用意されていて……ラップにかかった状態でな。どこかに居ると思って探したら、物影に隠れていて。身を丸めて、膝に顔を埋めていて。いつもなら『おかえり』って言ってくれるんだが、ずっと黙ったままで。よく判らないだろ。俺もあいつのこと、よく判らなかった……。

 夕食はいつも部屋で食べる。夕食を持って、ベルトルトを連れて部屋に行く。なるべく静かに。
 違う部屋で笑い声が聞こえたから見つかりたくなかったんだ。下品な会話が聞こえてな。多分何か賭け事でもしてたんだろ。
 ……言いたくねえ。そもそもあんなの聞きたくなかったし。ベルトルトにも聞かせたくなかった。すぐに部屋に行ったさ。足音は立てずに歩くのって難しいんだぜ。もし物音を立てて気に障るようなことをしたら。……そんな失敗はしない。

 部屋に戻って。……まずしたこと? ベルトルトを寝かせたな。風呂は先に入ってるみたいだったし、気分が悪いんだったらさっさと布団に入ってろって言って。俺は飯を食って……。何も話さなかった。部屋の隅に食器を置く。洗うのは明日の朝でいい。もうあの廊下は通りたくない。
 部屋は、暗いんだ。スタンドライトしか点けてないからな。目立つようなことはしたくなかったんだよ。糞が現れて無駄な労力を使いたくなかったし。
 俺もすぐ布団に入った。風呂? 先に銭湯に行ってたんだよ。言ったろ、家には居たくなかったって。極力外で何でも済ませたかったんだ。
 俺達の部屋、布団は一つだけなんだ。でかい布団を二人で使ってる。で、さっさと寝ちまおうと思ってベルトルトにくっ付いたら、押し返してくるんだ。凄く弱い力で。……俺達の関係ぐらいは判ってるだろう? まさかそんなのしてくるって思っていなかったから、驚いちまって。どうしたって訊いてもなかなか話してくれなかった。
 ベルトルトは、風呂……入ってた。石鹸のにおいがした。髪や肌、衣服からも。風呂に入ってまだ時間が経っていなかった。あいつ、汗っかきだけどそんなに気にならなかったな。なのに『今日の僕、汚いから』って言ってきて。その一言で、判っちまって。
 ……ああ、恥ずかしい話をしているのは判ってる。でもお前だってそれを承知で聞いているんだろ。ああ、ああ、ありのままのことを話してるよ。

 俺は……確か、訊いたな。『ちゃんと中のものは掻き出したんだな?』って。あいつ、頷いたよ。『口の中も綺麗にしただろ?』とも訊いたよ。ちゃんと頷いたよ、あいつ……!
 頷くたびに体が震えていくのが判って……ついつい大きな声を出しちまった。我慢できなかったんだ。今すぐぶん殴りに行こうかとも思ったけど、ベルトルトが止めてくれた。
 滅茶苦茶なことを言っちまった。頭に血が昇ってたんだ。でもベルトルトは……口を閉じさせてくれた。あいつ、そういうのだけは上手かった。普段弱いくせに、引き摺り込もうとするときは本気で……。
 俺もそのときは、上書きしてやるのが一番だと思った。散々にされたあいつを忘れさせるためにも、俺は、一心不乱に弟を抱いたんだ」

 (ゲイだ!?)(ゲイか……)



 /4

「大男を転がすことぐらい、私には余裕のことだって……あんたもよく知ってるだろ。

 そう。署内での珍百景に数えられてるそうじゃないか。平和だね。それが一番だよ。……けど、確かに外でやったのは悪かったね。私も酔っぱらっていたからだ。反省してる。
 それに……ミーナがあんなに悲鳴を上げるなんて思ってなかったんだ。大騒ぎは好きなくせに、好きなジャンルが違ってたのかね。……うん、一般人は投げ飛ばすもんじゃありません。ほら、反省してるって。

 正直に言うと、そいつが誰だったのか私には判らなかった。
 酔っぱらってたのもある。けど……十年ぶりの知り合いの名前を覚えているほど、私はお人好しじゃないんだよ。
 でも見覚えがあったんだ。あんなに大きい男に知り合いはいなかったけど、確かに見覚えがあったんだ。私の下で痛い痛いってもがいてたのを見て……なんとなく懐かしく思えた。こんなことやってたなぁって思った。でも名前が出てこなかった。
 どこかで会った記憶はある。親しくした覚えもある。……そんな顔じゃなかった。…………。相当失礼だって判ってるさ。不安で胸が押し潰されそうなぐらいにはね。ミーナから『どちら様です』って尋ねてくれて助かったよ。
 ああ、酔っぱらっていても覚えているよ。『アニとは、子供の頃いっしょによく遊んだ……ベルトルトって言います』。そう言った。

 混乱したよ。まさかベルトルトだとは思わなかった。
 無理もないよ。十年前には私より小さい子供だったんだよ。まさか見上げるぐらいデカくなっているとは思わないさ。口では『久しぶりだね』なんて言えたけど、多分昼間だったら忘れてたこと、バレてたね。私にしては珍しく慌てていたから。
 それに。…………。そんなの確かめる手段はそこには無かった。あいつも再会に喜んでたし、『今は何をしてるんだ』、『こんな時間に出歩くなんて危険じゃないか』、『俺は調味料を買いにきたんだ』、『今度ライナーと一緒に……』なんて次々騒いでは嬉しそうにするもんだから……。野暮な質問をする余裕も無かった。
 私だって嬉しかったんだよ。再会。嫌な別れ方をしたからね。
 あいつ、可愛い弟みたいな奴だったんだ。昔は私の方が背が高かったからね。頭を撫でて可愛がってやってたのに……見下ろされるほど成長していたなんて。悔しいね」

「お前は人並み以下の身長だからな」

「うるさいな、カッパみたいな頭しやがって」

「カッパだとぉ!?」

「子供の頃に遊んでやってから十年経ってる。男だったら当然の成長だった。それにしたって、私の頭の中で生きていた彼とは違ったんだ。……落ち着かなかった」

「どういうことだ?」

「判ればあんたも私もこんなに困惑していない。私にも自信が無いからハッキリと言えない。薬でなんとかできるんだったらエレンに頼んで貰いたいぐらいだね。そんな便利な物はないって判ってるけど。だから、ちゃんと一つずつ話を聞いていくのさ……」



 /5

「恨みがあったんだ! だから切り刻んでやったんだ! あんな奴、人間様と同じ形をしている方がおかしい! ただの肉塊でも飽き足らない! ざまあみろ! それだけのことをやったんだ! 知ってるだろ、あの男が下衆だってことぐらい! 糞が! そもそもお前らがさっさと逮捕しないからこんな目に遭ったんだ! 弟をあんな目に遭わせたのはお前らのせいだろ! 返せよ! ああんっ!?」

 (事情聴取にてんでならない! なんなんだ一体! さっきまでのベルトルトとやらはどこにいった!)



 /6

「……はい。事情聴取。受けます。
 洗いざらい、話せば……その、流せる罪、なんですよね。

 そればかりは判らないか……。ああ、抵抗するつもりはないですから。話します。名前は……ベルトルト=ブラウンです。
 そうです。俺が、ベルトルト=ブラウン、です」



 /7

「薄情するよ。
 私とあいつらはかつていっしょに遊んでやった仲だったけど、今の今まで連絡を取らなくてもいいような相手だったんだ。思い出せば良い記憶しかないけど、思い出そうともしなかったんだ。……なかなか思う通り話せなかった。それが顔に出てたんだろうね。
 ミーナは良い友人だよ、私の微妙な空気をちゃんと読み取るんだから。『感動の再会なんだから、連絡先交換して後日また会いなよ! 今日はもう遅いし!』って言ってくれた。この場は解散しろと言い出してくれたんだ。
 時間を置けば色々と思い出すことができる。今よりもっと話がスムーズにできる。気が乗らなければこの場を凌いでもう会わなければいいだけのこと。ミーナの言葉はありがたかったね。『後日また会おう』って離れることができたよ。

 けど、彼は携帯電話を持ってなくって。仕方ないからメモ帳の切れ端で連絡先を交換したよ。
 ……うん、暗闇の中だった。掌の上で電話番号を書いたんだ。机が無いんだから当然だよ。破いたぐしゃぐしゃの紙だったしね。……たった数桁の番号。難しそうだった。時間、掛かったね。そうして笑って去っていったよ。『そのうち連絡してくれ』って手を振りながら。

 その顔を見て、なんとしても思い出そうと思ったんだ。
 だって、笑顔で『また今度』って言ってくれたら悪い気はしないさ。折角声を掛けてくれた旧友なんだし。
 ……別にあいつらのこと、嫌いじゃなかった。寧ろ良く遊んでいた。だけど、なんだか……そう、心がざわめいて。彼のことが本当に思い出せなかったんだ。
 ミーナと色々思い出話を聞いてもらったりして……思い出そうとしたんだけど。あの男。ベルトルトのこと。頭を撫でた覚えがあるのに、いっぱい可愛がってやったのに、この違和感。……思い出そうとした、けど。
 そう、無理な話だったんだ」



 /8

「殺さなければならない理由があった。だから殺した。それだけだ。
 不満か? 世間の都合なんて知ったことじゃない。それが正しかったから、殺したんだ。理由を聞けば、あんただって殺したくなるさ。そして仕方ないって思うようになる。どっかの漫画でも言ってるだろ。『世界は残酷だ』って。俺はその残酷の中で、最低限の労力で、最善の決断をしただけだ。

 (省略)

 同情するだろ? なあ、今のあんた、『殺して良かった』と思っただろ?
 そうだろ? そうだろ! 別にあんたを怒っちゃいないさ。おまわりさんは常識を述べて下さったまで。
 でも、俺達はそんな中で生まれた。もう一度言う。『殺さなければならない理由があった。だから殺した。それだけだ。』 愛するベルトルトを生かすためには、最良の選択だったんだ」

 (苛々とした目。ぎらぎら光ってやがる。暴れ出さないだけまだマシか)

 (混乱してきた。……アニの奴、平気そうに見えてあれは結構堪えてる顔だ。ヒッチと交代させた方がいいか?)



 /9

「ライナー」

「ん、何かな。アニ」

「あんたが返事をするんだね」

「あ、えっと、その……」

「いいんだよ、ベルトルト。自然なまま話してくれていい」

「こ、怖いよ。なんだかアニが怖い。刑事さんってやっぱり迫力があって怖いんだね。でも……か、カッコイイよ」

「はいはい。なんだかんだで私を上げる。どこまでいってもあんたはベルトルトだね。…………よくできてるよ」



 /10

「俺、昔から味音痴なんだ。なんだか昔っから……子供の頃から物を食べることが好きじゃなくって。
 おかしいだろ? 人間なのに食べるのが苦手だって。よく両親にも笑われたが、同時に心配もされていた。ベルトルトも心配して試行錯誤をしてくれた。……不思議な話なんだが、物を口にするとき……怖くないか? 口にしようとした物がどう思っているか、考えてみたら……恐怖が湧き上がってこないか? 「そんなの、考えたことない」 そ、そうだよな。普通はそうだよな……。だから俺、いつも何かしらぶっかけて食べるんだ。どんな物でも同じ『食物なんだ』って割り切れば食べられるというか……。

 アニ、お前は判ってくれるみたいな顔をしてるな? そうか、良かった。この感覚を理解してくれるのはベルトルトと……アニ、お前だけだったんだ。嬉しい。やっぱり……アニになら……俺達も、何でも話せそうだ」

 (うわあぁ、年相応に笑ってやがりますねー。アニの知り合いって言ってたけど、きっつー)

 (さっきの暴れっぷりは何なんだ。普通なら身内であるアニは外されなければならないんだが、なんとか上には目を瞑ってもらうか)

「ライナー。今は落ち着いてる?」

「ああ。なんだよアニ。さっきからその質問ばっかりだな?」

「落ち着いてなきゃ話が聞けないんだよ。あんただって判ってるだろ。『俺達も』って言ったあんたなら」

「……俺の状況、俺達の状況、判ってくれるのか。信じてくれるのか」

「そりゃあ、私はあんたらのお姉さんだからね。あんたらと言っても、ライナーとベルトルトの、だけど」

 (なんだよ。状況を判っていないのはオレだけか?)

 (マルロの奴、ちっとも判ってない顔をしてる。無理もない)



 /11

「ど、どうしても録音する?
 だ、だって。嫌、かな。アニに出て行ってもらったのも、恥ずかしいからだし。………………。そ、そっか、それなら仕方ない……のかな。うん、判った、嫌なら言うよ。
 べ、ベルトルト=ブラウンです。今年で十六です。
 …………?
 いえ、中学……行ってました。あ……そうですね、今は行ってないです。すみません、その、判りづらいですか。あ、すみません、あまり喋るのは得意じゃなくて……。普通に話します、いや、話すから、ごめんなさい。
 似てる……? え、どういうこと?
 あ、ライナーとかな。うん、よく似てないって言われてるけど、僕もそう思います。でも鼻とか口元とか、部分部分で似てるんじゃないかな。双子でもないし、兄弟ってそういうものなんじゃないかな……?

 ……5月3日。
 ああ、確かに。アニに再会したよ。夜道で声を掛けられたら驚くだろうなって思ったのに話し掛けちゃって、悪いことをした。だって知り合いだと思ったら話し掛けるものだから。それで一生会えなかったら淋しいから。で、話し掛けたらひっくり返されちゃって……。おかげで綺麗なお尻に痣もできちゃったし、左手も擦りむいちゃったんだ。
 着地に失敗してね。昔からアニはライナーをひっくり返しては遊んでたけど、まさかこっちにもしてくるとは思わなくって。
 ほら、ここ。
 お尻、見る? ごめんなさい、冗談です……そんなに言わなくてもいいのに……。

 え……どうして、コンビニに?
 調味料……買いに行きたくって。ケチャップ、ソース、マヨネーズ……なんでも良かったんだ。
 ちょうど切らしてたから。買い出しに行きたくって。
 もう夜中だったから、近くのスーパーは閉店だったし。……なんで深夜って?
 …………。ごめん、よく判らない。……切らしてたからだよ。使いたかったのに使えなかったら嫌だろう? だから。
 買って、帰って、すぐに使った。使い切って次の日も買いに行った。え、なんでそこ疑うかな。レシートを残してあったと思うからそれを見ればいいじゃないか。ほら。そこにありますし……。
 我が家は節約思考で。ライナーがケチで。そう、なるべく大きめの物を買うんだ。売っていたら業務用を使う。すぐにそれも切らしちゃって、4月の間はお店と家を行ったり来たりだったな……。
 料理は当番制。でもライナーはバイトで忙しいから、いつも料理は…………。料理はベルトルトの仕事だ。だから。
 昔から……。両親があまり料理がうまくなかったんだ。でも食べないとやっていけないでしょう? 親みたいにずっと弁当を買っていても良かったんだけど、自然と覚えていたな……。理由もあったんだ。教えてはくれなかったけど。
 理由? 料理をする理由です。
 教える? 知りません。
 …………。どうしたんですか、そんなにおかしなことを言っているかな?

 えっ、そこでアニの話が出てくる!? は、恥ずかしいな。昔の話です……。アニとは引っ越す前に家が近くで。道を挟んでお隣さんだったんだ。だからよく遊んでもらって。
 ライナーがよくアニに突撃をして、アニは部活動で大活躍の真っ只中だったから、いつも吹っ飛ばされて。そうそう、ぴょーんって。ははは、見たことある? 凄いよ、ライナーが吹っ飛ばされるところを見て、いつも笑ってたんだ。でもライナーは性懲りもなくまたアニに挑戦していって、吹っ飛ばされて。あはははは。
 あ、思い出したら涙出てきた……。あはは……。
 アニのこと、好きだった。いつも遊んでくれたから。きっと……好きだったよ。だっていつも目で追いかけていたもの。は、恥ずかしいな。この話、やめようか。絶対にこの録音、アニには聞かせないでくださいね! じゃないとあとでまたひっくり返されちゃう…………」

 (そのアニは、部屋の外でこの会話を聞いている。勘弁してくれよ、少年)



 /12

「弟の名前はベルトルトだ。俺とは年が一つ違う。れっきとした弟だよ。今ならハッキリ言える。ベルトルトは俺の弟だ。
 よく見れば鼻や口の造形がそっくりだぞ。そりゃあ兄の俺よりあいつの方が背が高かったりするが……。母親が違うんだ、でも半分は同じなんだ。兄弟に違いないだろ。

 ……ああ、昔は言えなかったんだ。今みたいにハッキリとあいつを弟だって言えなかった。複雑な家庭環境だったからな、察してくれ。
 …………それも話さなきゃいけないのか? 聞いていて気持ちの良い話はできないぞ? ……判った。でも、何から話せばいいのか判らない。お前が引っ張っていってくれよ。

 俺は三人家族だった。俺と父と母。でも一度、減った。母親が病気で死んだんだ。その後、すぐに母親ができた。親が再婚したからだ。
 それが妻を亡くした男を慰めて恋に落ちた……なら、ガキの俺も容認できただろう。違うんだ。その女は……俺が生まれる前に不倫してた女だったんだ。俺の母がまだ生きてたときに、俺がまだ歩けなかった頃に、関係を持っていた女だったんだよ。
 俺の母が死んだことで、不倫でできた子を持った女を母親として迎えることができたんだ。正式な妻を名乗れるようになって、俺の家族は増えた。一つ減って二つ増えた。『すぐに母ができただけでなく、弟までできたぞ、嬉しいだろ?』 ……父親の台詞だ。信じられるか。そういう家だったんだよ。
 まだ赤ん坊の頃のことなら、何も知らず義理の母と弟を実の家族として迎えられたかもしれない。でもな、もうそれなりにデカくなった後だったんだ。……爛れた関係なんて認めたくなかったし、反発もした。
 俺の母と結婚しておきながら違う女と子供を作っていた父を許せなかったし、母が亡くなったから母の立場に滑り込んだ女を認められなかったし、新しくできた兄の機嫌を取ろうとする他人行儀の弟を家族として受け入れたくなかった。

 子供が言うのも難だが、あまり良い親じゃなかったんだ。周囲はみんな悪い連中だった。……それでも、あの人達は親だった。毎日付き合っていれば、次第に好きになっていくもんだ。
 父が再婚したのは俺の生活を良くするためだった。俺の親になろうと頑張ってくれた女性を無碍にできなかった。何より……弟は、気まぐれな俺と仲良くなろうと努力してくれたんだ。年下なのに、俺を気遣いながら付き合ってくれたんだ。良い奴だろ。……もう少し早く受け入れておけば良かったよ。
 親孝行をする前に両親が死んじまうなんて、反抗期だった頃は思ってもみなかった。

 やっと新しい母と楽しく会話ができるようになった旅先で、交通事故。最悪だろ。
 俺達を庇って両親が亡くなったんだって、お役所も酷なことを言ってくれたよ! つまり俺達を庇わなきゃ二人は生きてたってことだろ! なんだよ、良い話をしたつもりか! …………すまん。少し休んでいいか。薬。くれないか。……判った。我慢する。

 (中略)

 仲良くなれたと思った矢先に、母と別れた。これで二度目だ。しかも今度は父もいなくなった。思春期だったからな、俺は……どうしたらいいか判らなくなった。
 また他人を拒絶して暴れ回っても良かったのかもな。でもあの頃から何年も経って……同じ状況でも少しだけ冷静だったんだ。
 以前のことを思い出した。二つ増えて、二つ減った。そしてまた、残された子供を引き取るために叔父が現れて、家族に加わった。
 なんだ、最初の数から変わっていないじゃないか。そんなに取り乱す必要なんてないんじゃないか。だって最初の三人に戻ったんだから。俺と弟と叔父。だから落ち着けって、無理な納得の仕方をしていたんだ。
 だからと言って、俺がまともだったかっていうと違ってな……。荒れてたんだ。仕方ないだろ、無理もない家庭環境だったんだ。……そういう言い訳をしていた。勘弁してくれ。

 俺達は引っ越した。叔父の家にな。友人達と離れ離れになるのが嫌でごねたが、従うしかなかった。
 なるべく叔父の家に居たくなかった。家族の数は元通りでも、元いた家族は一人もいない。居場所なんてどこにもないと決めつけていた俺は、外にいる方を選んだ。楽しかったんだ。引っ越した先の学校は良いところだったし、友人にも恵まれた。
 部活に入って返らなかったり、怒られない程度のギリギリまで遊びまわったり、帰ったとしても出来るだけ家族の顔を見ずに自分の部屋に行くようにした。笑っちまうぐらい判りやすい不良だろ? 俺も必死だったんだ。なるべく外では良い顔をしたかったしな。

 そんな生活を一年ぐらい続けて、ある日……偶然、風呂に入ってる弟を見た。
 居るとは知らずに脱衣場に入っただけなんだが。……体が真っ赤になっているのを見て、絶句した。
 ……弟は、未だ他人行儀だった。いつまで経っても俺の機嫌を取ろうと距離を置くし、兄と認めて「兄さん」と呼ぶこともない。『さん付けはやめろ』と言ったら、極力俺の名前を呼ばないようになった。用があるときは「ねえ」とか「あの」とか。それぐらい関係は希薄だった。
 でも、別に弟がどうなろうと構わないって訳じゃなかったんだ。……今更だが、それは本当だ。火傷痕みたいになっていて、傷付けられたみたいで……。
 詰め寄ったよ。そしたらベルトルトの奴、『なんでもない』と首を振った。誰かに虐められているのか追及した。『学校のみんなは優しいよ』と言った。じゃあ!?
 叔父から暴力を振るわれていたって、そこで初めて知った。一年も経った後に。
 ベルトルトは、顔色を伺うのが得意だった。嫌なことがあっても耐えられるぐらい、忍耐強かった。だから気付けなかった。
 ……違うな。俺が気付こうとしなかったんだ。俺はベルトルトがすぐ傍にいることを判っていながら、無意識に忘れて、外で友人達と楽しい時間が過ごせればいいとばかり考えていた。ベルトルトのことを忘れていたんだ。
 こいつのことが判らなくなった。でもこのとき、どうしても判ってやりたいと思ったんだ。そしたら急に愛おしくなった。ベルトルトのこと、今更だけど、大事だって思って……なんとか助けてやりたくって。叔父に詰め寄った! 何をしてやがるって!
 そこで俺は首を絞められた」

「はあ!?」

「うっさい、マルロ」



 /13

「どうもー、ヒッチでぇーす。
 えっ? 今? 営業用の声で話してまーす。だって録音して残すなら可愛い声で残しておきたいじゃーん! きゃはっ。
 ……はいはい。普通に戻るよー。営業用の声は結構疲れるの。ここぞというときに使わないとね。そうやってデカになりましたから。アニから見たらバカですけどねー、使えるものは使える臨機応変☆万能☆デカですよーっと。あっ、はい、アニが怖いからちゃんとしまーす。

 簡潔にご報告。だけど、まあ、書類見てくれた方が良いねえ。全部そっちに書かれてますから。うちの鑑識班の仕事は確実ですし。上が揉み消さなければね。
 いくら仏様が鉄砲玉中の鉄砲玉さんでも、今張り切ってる暴力団に居ちゃねえ。ヤクの密売とか銃の横行とかしてるとことなったら調べなきゃだよねぇ。つーかドラマ通り越して映画かって! どんだけよ! 問題として取り上げないとねえ!
 ちなみに下水だけれど、他のパーツは見つからなかったそうでーす。
 やっぱ頭は処理に難しかったのかねえ? 歯ってそう簡単に消せないものなんだねえ?
 頭じゃなかったら全部処理できるっていうのも凄いけどさぁ。バラバラ死体なんてマスゴミさん好きそうねぇ。うう。怖いわぁ。そういうのはドラマだけにしてほしいわぁ。

 ねえ、知ってる? ドラマ知識なんだけど。
 どうしてバラバラ殺人事件は遺体をバラバラにするかって。……ちょっ! 一発で答え言わないでよ! はいはい簡単すぎましたねその通りだよっ! つまんないなぁ! バラバラにした方が便利でコンパクトだからバラバラにする、はい、大正解ですよ! ステーキだってちゃんと切らなきゃお口入りませんしね! 持ち運びだってバッグに入らなきゃ無理ですしね! お約束すぎましたね! はいはい、知ってる知識をひけ散らかしたい単純な女でごめんなさいねーっ」



 /14

「連絡ありがとう! アニとこうしてまた話せるなんて嬉しいよ!

 ごめん、携帯は持ってないんだ。家にあるのは固定電話だけで……。持っていてもあまり使わないからね、不自由でもないから持たせてもらえなかったんだ。
 今、アニは何をやってるんだ? ……刑事!? 凄いな! ライナーも凄いって言うと思うよ、後で教えておくから!
 アニは昔から格好良かったもの、お似合いだよ。刑事かぁ、凄くカッコイイなぁ。やっぱりお父さんの影響? ……え、訊いちゃ駄目だった? あ、ああっ、露骨に嫌な顔をしないでくれ……ごめん……でもお父さん、凄く格好良い人だったじゃないか、ダンディってかんじで……ごめん、もう言わない。ははは。

 (中略)

 僕は、3月に中学を卒業して……家に居るよ。
 家事手伝い……そうだね。そのうち働きたいところはあるんだ。花屋。な、なんでそうだと思ったって言うんだ。そんなに昔、よく言ってたか……?
 そう、そうなんだ、よく覚えてるな、アニ。うん、昔から植物、育てるの好きだったから……家でもいっぱい育てているんだ。お母さんもガーデニングが好きだったし、ちゃんと手入れをすれば叔父さんも文句言わないし。バイト、そのうちね。そのうちきっとなるよ。
 ライナーは、引っ越し業者のバイトをしているよ。力仕事だからいつも疲れて帰って来て、僕もだけどライナーも汗っかきだから銭湯でいつも汗流して……僕、いつもライナーの夕食を作って待っててね……そうそう、ライナーはいつも……。

 (中略)

 お、奢ってくれるの? う、嬉しいな。けど、ご、ごめん、本当に。
 いつか返すよ。出世払い、するから。それまで待っててほしい。ライナーも同じことを言う。
 言う。
 言うぜ。
 ああ。いつか返してみせるから。アニ、ありがとう。待っていてくれ。俺達は真っ当に生きるからな。ちゃんとこの恩、返してみせるから」



 /15

「アルミン=アルレルトです。はい。祖父と二人暮らしなので、祖父の仕事をときどき手伝うことはあります。と言っても、無関係のお客様の個人情報を覗くことはありません。それは確かです。家の信用にも関わりますのでそうしておいてください。
 ブラウンさんの家……確かに塀、高いですよね。でもあの壁、ちゃんと許可あって設置されたもので……。

 (中略)

 ふう、緊張した。事情聴取って初めてだから良い経験になったよ。あとで幼馴染に自慢しようかな。かつ丼って出されるのかと思ったけど……(無駄に長い話が始まったので中略)
 うん。……実は。実を言うと。ええ。ときどき話すことがあるんだ、やっぱり祖父も人の子ですから。
 自分から不動産の情報を見ることはないよ。本当だよ。
 けど、あそこの家はああだ、こっちの店はこんな評判だ……っていうのは、どうしても食事のネタになっちゃうんだ。僕も……そういう話は嫌いじゃないから、止めないんだけどね。はは……。

 保険金殺人!? そんな話が上がってるんだ!? だってもうそれ十年前の話だろ!?
 で、でも……。………………。そうか、一応偶然なんだね……それを証明するには、十年以上前に戻って夫妻に話を聞かないと判らないんじゃないかな。そうだよ、憶測で物を言うと駄目だって……。
 ……言っていいの? 僕は素人だよ? アニの言ったことしか知らないんだからね?
 正直、ブラウンという一家があまり良くないお家だっていうのはおじいちゃんから聞いていた。なんかお腹に黒いものを隠してるんじゃないかっていうのは、近所の評判的な根拠でしかないけど。でも調べている限り、あまり人間が出来ていないような家だっていうのは判ってたんじゃないかな?
 旦那さんも奥さんも、色んなものに巻き込まれていたっぽいね。だから……自分に万が一のことがあったために、そういう保険に入っているっていうのもおかしくない話だと思うよ。多額の保険金。ついサスペンス脳で『誰かに入れさせられた』っていうけど、真っ当な使い方をしているから社会の中で成り立ってるんだし……。
 危険を覚悟している人は、そういった準備が万端なものさ。もしもを考えているからこそ危険ができるって。……って、おじいちゃんが言ってた。

 だから……もし事故が偶然に起きたことでも、元から自分達を危うんでいた両親が、子供達のためにお金を用意していても……。まあ、子供がそれを自由に使える訳ないよね。普通は保護者が使うよね……。
 ああ、そうだね。……使っていたよ。きっと。おそらく。だって叔父さん、羽振りが良かったもの。
 社会に出ていない子供の僕が言うのも失礼だけど、仕事なんてしていなかった。それなのに派手に生活できるなんて、悪いことをしているか相当の運の良さかのどっちかだよ。
 どっちだと思うって? ……どっちもかもしれないな。
 柄の悪い人達と付き合っているみたいだった。家にいかにもな人達を上がり込ませているのを見たっておじいちゃんも言ってたから。それと、お金をいっぱい持っている子供達を引き取ることができたんだろう。そのお金を元に、悪い事をしていたんじゃないかな。

 知っていることを洗いざらい吐けって、尋問しているようだね。されてるのかな、僕。
 ねえ、柄の悪い人達に心当たりはある? …………。ああ、ニュースで知っているのとおじいちゃんから話を聞いたことぐらいしか知らないけど判るよ。そこまで知っていれば充分かな?
 叔父さんとその暴力団を繋げる根拠は僕には無いよ。ただ、疑われても仕方ないような暮らしぶりだったっていうのは大家の孫でも考える。だから悪さをしていて、その報復に遭ってもおかしくないなって。あくまで僕の妄想の話だ。
 ところで、最近僕は叔父さんにはお会いしていない。今住んでいるのは子供一人だけのようだからね。もし今から見張れって言うならご近所ネットワークを駆使して協力できないことはないけど……。よく使いそうなスーパーとパチ屋に働いてる知り合いに声を掛けて見張ってもらえば……もちろん犯罪にならない程度に……」

「アニ、お前のとこの知り合いはゲスい奴が多いな」
「この子ぐらいしかゲスい人間は知らないよ」

「なんだよ、協力するのにそんなこと言って!
 ……え? 今のタイミングで嘘を吐くと思う? あれ、何かおかしかった? どこだろう。僕はただ、見たままのことを話しただけだよ……?」



 /16

 (ベルトルト=ブラウンは、事情聴取できるほどではない)

 (あの様子では無理だ。いつ目を覚ますか判らない。彼に尋ねる選択肢は、外しておいた方がいい)



 /17

「えっと、あの……こんばんは、アニ。ベルトルトです。
 お別れする前にどうしてもご挨拶がしたかったんですが、どうしてもすぐに出発しなきゃいけないって言われたので、ごめんなさい。学校のみんなにも会えないので寂しいです。
 け、敬語、おかしいよね。いつも通り話すね。
 えっと、余ってたテープ、15分のものしかなかったから……すぐに話さないと駄目だよね。じゃないと裏面にいっちゃう。その、ええと、何を話そう。ごめん、先に話すこと考えておけば良かった……。

 今まで遊んでくれてありがとう。
 僕達があそこに住むようになって、まだ友達もいなかったアニが遊んでくれて、凄く嬉しかったよ。
 僕、友達、作るの苦手だったけど、最初の間はね、アニがいっぱい遊んでくれたからちっともつまらなくなかった。
 本当だよ。あんまり話せなかったけど、僕は楽しかった。まだライナーとも仲良くなかったから、いつも一人ぼっちだったから。アニから話し掛けてくれて、僕は救われたんだ。
 アニといっしょに遊んで、ライナーといっぱい仲良くなったんだ。今は言えるよ。ライナーがお兄さんだって。でもお兄さんって呼ぶとライナーは『痒い』って言うから、これからもライナーって呼ぶことにする……。
 『ライナーさん』って呼び方からライナーにしてくれたのは、アニが僕達と一緒に遊んでくれたからだよ。もっと仲良く遊びたかったよ。っ、ひっ、ぐ……。ごめ、ごめんね、遠くに行くけど、また会えたら声掛けてね……。僕から声を掛けるの、多分、恥ずかしくてできない……から、ひっく……ライナーじゃないから、できないから……アニが声を掛けて、くれると、嬉しっ……いっ……。
 なんで……お父さんとお母さん、いなくなっちゃったんだろうね……。ごめん、アニに言っても。ごめん……。
 僕が……いつも公園の花壇のとこ、座ってたから……アニ、気遣ってくれたんだよね。僕、お兄さんはできたけど……お姉さんいないから……優しいお姉さんだなあ、お姉さんでいてくれたらなって思ってた。今でもアニ、僕にとって優しいお姉さんだから、僕……アニのこと、す、すす……す……。

 (中断)

 ええと、テープ半分になっちゃった……。何の話だったっけ。
 そう、ライナーと一緒に遊んでくれてありがとう。もう何度も言ったっけ? うん、それぐらいありがとう。
 えっとね、僕、これから、どうなるかよく判らない。すごく怖いんだ……。よく判らないけど、アニに心配されたくないから、頑張る。
 やっとライナーと仲良くなれたんだ。アニと一緒にライナーと遊んで……仲良くなれて、僕、ライナーのこと……好きだから。ライナーのこと、好きになったから……迷惑、掛からないようにする……。
 ライナー、ときどき意地悪するけど……僕は、意地悪しない。ライナーに、しない! させない! ライナーのこと……うんっ!
 アニみたいにきりっと強くなる! クールで一人で頑張れる強い男になるから。もう誰にも頼らない! 何があっても一人で耐える! きりっ! ……その、応援してくれると、嬉しい、かな。
 その、それと、あっ、テープ終わっちゃ……最後に。僕、アニのことが……す、す……き「おおい! 早くしろよ! 叔父さんに怒られるだろ!」 ご、ごめっ! 今行くよ! ごめん!
 アニ! 絶対後で会おうね! ばいばい……!」



 /18

「えっと。今のが、…………ですか?
 違う。こ、子供の声だったので何とも言えないけど。それにあたしもあの日、酔っぱらっていたし。実はあのとき、彼とアニの話……半分以上聞いてなかったんですよね! だって酔っぱらっていたし! あはは!
 すみません、お力になれなくて。このビデオレター、大切なものだよね、アニ。……アニ? どうしたの、そんな青い顔して? アニっ?」



 /19

「……鍋に、入らなかったから。

 味が、ちっとも変わらなかったから。

 頭は……目を、合わせたくなかったから……脳味噌は、飲み込みたくなかったから……丸めて、マンホールに……落として……もう、見たくなかったから」



 /20

「……エレン。ベルトルトの様態は?」

「何とも言えねえな。お前の知り合いの坊主だって聞いたけど、何してきたんだよあいつ。あんな状態で運ばれてきて。寝たきりだ。医者やってきてもう結構経つけど、ひどい奴抱え込んできやがって」

「昔の知り合いだよ。同郷ってやつ。私が学生時代に近くに引っ越してきた子供だ。……普通に再会できれば良かったんだけど、まさか仕事で会うだなんて……こういう再会の仕方は嫌だね」

「そっちがでっかい組織を引っ付き回すたびに患者が増えるのは、こっちの商売になって……良いんだか悪いんだか」

「世間話はいいよ。エレン。あの子のお尻と左手に傷はある?」

「全身傷だらけすぎてそんなの判らないぐらいだ」

「あの子はベルトルトで間違いないね?」

「その通りだが。……なんだ、その質問。受け答えた後だが意図が判らないぞ」

「私、今さっきベルトルトと話をしてきたばっかりでね」

「は?」

「説明するのも面倒で難解。詳しい話はアルミンに訊いてあげな。話したくてたまらないような顔をしてたし。もちろん、話せる程度しか話すなって小突いておいたけどね」

「……相当、訳あり物件なんだな」

「そうだよ。…………聞こえるかい、ベルトルト。絶対会おうねって言ったのはあんただろ。私から声を掛けろって言ったのもあんただろ。どっちもやらせてくれよ。……あいつが代わりにやったんじゃ、駄目だろ……」



 /21

「目を覚ましたら、酷い光景を見せられた。

 腕が痛かった。あんな注射の打ち方あるか。空気が入ったら死ぬところだったぞ。そうでなくても死ぬ可能性はいくらでもあった。生かさず殺さずが上手い奴だったんだよ。くそ。
 叔父は俺達一家と同じで体格が良かった。いくら俺達が体格が良かったとしても、大人と子供じゃ差が大きすぎた。掴み掛かって、捻り潰されたのは子供の俺の方だった。意識を失うぐらい首を絞めるってどんだけだよ。それぐらいのこと、されたんだよ。
 朦朧としてたのは、頭に酸素がいかなかったのもある。あとは注射のせいだ。なんだかふにゃふにゃの蛸になった気分だった。全然動けなくて、でも意識はハッキリしていて。経験あるか? おまわりさんだとしても流石に無いよな。

 酷い光景だった。ベルトルトの奴、真っ赤にされてた。顔も、背中も。
 助けてやりたかった。動けなかったんだ。動けたとしても、大人相手にはどうしようもなかった。だから何にも出来なくて、ただベルトルトが赤く染まっていくのを眺めているしかなかった。
 それが二年続いた。
 おいここ、笑うところだぞ。二年。二年続いたんだ。なんでベルトルトにあんなことしてたって、ベルトルトの母さんのことが好きだったんだって。ベルトルトは、目元が母親似だったから。俺にはそういうことしなかった理由を訊いたら、父さんのことは大嫌いだったんだって。俺が父さんとよく似ているから。
 そんな訳だから、父さんの悪口を散々言われながら踏まれたことはあったな。ベルトルトみたいに真っ赤にさせられることはなかった。至るところ踏まれたり蹴られたりしたから、俺の体、人より硬くなってるぜ。

 ……逃げるとか、そういうの考えられなかったんだよ。初めてあれを見せつけられた日、最初の二時間ぐらいは誰かに助けを呼ぼうって考えた。でも、三時間目には目の前のことしか考えられなくなったんだ。
 だって、ベルトルトは……何にもしてあげられなかった俺を、庇って、酷い目に遭ってるのに。俺もあいつを助けてやらなきゃ……いけないだろ。それまで何もしてやらなかったんだから。
 それでも逃げるとか助けを呼ぶとか。できなかったって言ってるだろ。お前、ちんこに針、ぶっ刺されたことあるか? 膨れ上がったちんこをぎゅうぎゅうに縛られたことあるか? それを弟に舐められたときの気分を言葉にできるか? 弟のケツに腕突っ込めって言われたことは? 突っ込まなきゃ飯を食わしてもらえなくて、そんなこと連日続いたら芸ぐらい覚えるだろ? 助けてもらいたかったらああしろ、こうしろって言われて、しなかったらずっと弟が狂わせられるとこ見せつけられて、言うこと聞かない奴がいるか!

 (自粛)

 ……いなかったんだよ。叔父は、そういう奴だったんだ。
 三日ぐらい学校休まされて真っ赤にさせられたことがあっても、四日目には学校に行けた。やや不登校気味だったけど、何事も無く学校に行けたから……行かされたから。……何か言ったらおしまいだったのは判ってたから、何も言わなかった。少し休みがちだけど俺は義務教育を終えて……「働き出した?」 バイトだけどな。
 溜めた金は渡さなきゃいけなかったけど、少しだけ貯金もしてた。……抵抗するなとは言われてたけど、そのうち逃げられたらいいなって。でも、溜めていたことがバレたとき『どっかに逃げたら、専門家を使ってどこまででも探し出して、もっといいことしてやる。殺されたいって思うぐらい可愛がってやるよ』とか言われたら。……もう、話さなくていいか。「ああ……」 助かる……はあ。

 はあ、ベルトルト、どんどん口数が少なくなっていったんだ。さっき、話しただろ。母さんの役目をあいつの前でするっていう約束をしてた……はあ、されてたから、家には居なくちゃいけないけなかった。
 怪しまれない程度に学校には行かされた。でも大半は、あの家に閉じ込められていたようなもんで……。外に出られるのは庭ぐらいだった。俺の家、塀が高くて、壁をよじ登らなきゃ外に出られないし。鍵を掛けておけば何処にも行けないって……。ああ、くそ! なんで! 俺達ばっかこんな辛い目に!
 壁の中で閉じこもって暮らして! そうしなきゃいけなくて! 家の中でもあいつはいつも隠れて、はあ、でも姿が完全に見えないと怒られるから、身を潜めて……はあ。さっき話したみたいに、台所で蹲って、はあ、俺が帰ってくるまで、はあ、目立たないようにじっとしていて、はあ、それでも俺のために夕食を用意してくれて……! あいつ、何も言い出さないから、何を考えてるか判らなくて、あいつの心を判ってやりたいのに、くそ、ああっ! 「もう大丈夫だ、ライナーくん、ひとまず休もう! なあ、まずは落ち着いた方が……! おい、鎮静剤の用意……!」 はあ、はあ、はあ!

 (省略)

 「べ、ベル……いや、ライナーくん、落ち着いたかい?」 はあ、はあ。「無理はするんじゃないよ」 はあ、はい。「それで、ごめんな、話を戻すけど。他の子はどうしたんだい?」 はい……。他の、奴は、他の奴らは、叔父を殺せって……でも違う奴が、やめろって……それで……結局、俺は……」



 /22

「もしもし、アルミンです。アニ、大丈夫かな? 早めに伝えた方がいいと思って電話したんだ。
 刑事さんなら『良い情報と悪い情報、どっちから先に聞きたい?』って言うのかな。言わないよね? まどろっこしいことは抜きにして、判ったことを簡潔に言うよ。

 一つ目。叔父さんはもう半月は家の外に出ていない。派手な人だから出歩けば目につくんだ。誰かしら近所の人は見てる。でも僕の知り合い町内全員に当たってもあの人は見えてないよ。
 同じく、息子さんのもう一人も外に出ていない。これは叔父さんの例と少し違うな。『一人はよく見かけるけど、もう一人は全然見ない』らしいよ。その一人っていうのが、人に会ったら元気よく挨拶をする子だって言ってた。アニの知ってる人で間違いないかな? その子は目撃証言があるけど、もう一人が一つも無いんだ。ね、僕が一人って勘違いしてもおかしくなかっただろう。

 二つ目。電気のメーター。電機会社の人に訊いたら、今月に入ってから物凄く動いてるらしいんだ。二人暮らしなのにいっぱい使ってるね。夏なら判るよ、クーラーをつけたり、腐らせないように火を通す料理をいっぱいしたり、シャワーをいっぱい入るから。同じぐらいのこと、してるのかな。

 三つ目。ガーデニングとお花だけど。おじいちゃんの仕事で、管理物件の目視点検ですって言い張って近くに……うん、見たらさ、あれは……予想通り最悪なものだった。栽培してるよ、あれ。だからアニ、素人目に見てもあの庭は……。こう思う。『今すぐ動いてもいい』と」

「ありがとう、アルミン。今すぐ行ってくるよ」

「……って、ええっ!? 家宅捜査令状とか出してからだよね? 今すぐって言葉通りじゃないよね!? アニぃ!?」



 /23


「はい、マルロ=フロイデンベルクだ…………おいアニ。冗談はやめろ。突する前に連絡を入れたのは偉い。だが、おい! 家に上がり込むとかやめろ! 知り合いの家でもだ! すぐ近くにヒッチがいるだろ、あいつが来るまで待て! やめろ! おおい何があったら頼むって何かあってからじゃお役所は困るんだぞ!!」

 (こうしてあれよあれよと事が進んだ訳だが)

 (アニの奴、有言実行スタイルはかっこいいけどさー。尻拭いさせられるこっちの身にもなれっつーの)



 /24

 (食ったの!? こいつら、食ったの!?)

 (ばかヒッチ! もう少し声を抑えろ! 刺激するなって言ってるだろ!)

「どうにか……弟を、外に出してやりたかったんです。だって、ベルトルトの奴……ずっとあいつに囚われていて、便利な薬を打たれて、ずっと飼われて、好き勝手されて……見て見ぬふりをしてきた俺が悪いって、判っているけど、けど……。だから、俺は、外に出してやりたくって。無理で。ならどうしたらいいかって、俺が外に連れて行ってやればって……俺が、やればって……」

「その方法が、それかい。その喋りかい。ベルトルト」

「…………。ごめんなさい。アニにまで、そう呼ばせてしまって。でもこれ、染みついた癖なんで……」

「ああ、勘弁してやる。勘弁してやるから。……いくらでも泣いていいけど、手で擦るんじゃないよ。折角男前の顔がボロボロになっちゃうだろう」

「あああ、ああああああ。ごめん、アニ、泣かせ、て、く、ああああ」



 /25

「指定暴力団■■組▲▲会系の暴力団幹部が逮捕された事件に絡み、●●県警は1日、▲▲会本部と所属組員の自宅を家宅捜索しました。 捜査班は同会系の関係先である市内の一家を家宅捜索し拳銃4丁と覚せい剤、大麻などを押収。この建物が、大麻草八十本を水耕栽培できる密造プラントに造り替えられており、家宅捜索で大麻約9キロ(末端価格五千万円相当)と大麻草を押収し、住民2人を大麻取締法違反の疑いで現行犯逮捕しました。背後に密売ルートがあるとみて捜査しています」

 (……逮捕というより、保護って言ってほしかったな)

 (このときはまだあの二人が少年だって判ってなかったときの報告記録だから。……あいつら、まだガキのくせにタッパだけはデカくなりやがって)



 /26

「……あいつは料理が得意だ。兄のために食事を用意するのが日課だったから。
 両親はあまり料理が得意じゃなかった。でも、あいつはあるものを見て感動した。テレビ番組で、手料理に喜ぶ家族の光景が映し出されていた。まだ母親と二人暮らしだった幼い日の心に、『手料理で家族全員が笑顔になるかもしれない』と思った。だからベルトルトは、家族全員の笑顔をこの目で見るんだと……食事を作り始めた。
 兄ができて、父ができて。でも家族全員で笑って食事をすることができなかった。数年経って、やっと兄が母と笑って食卓を囲むようになった。それでも母は料理が苦手だった。夢見た笑顔の食卓には遠かった。自分が美味しい食事を用意できれば。そう思い、ベルトルトは勉強した。

 父も母も兄も、叔父ですら味の濃い料理が好きだった。濃い目の味付けをすると、みんな喜んだ。だからレシピに書かれている規定の量よりも多めに調味料を入れた。
 実を言うと、ベルトルトはあまり味が濃すぎるのは好きではなかった。それでもみんなが喜んでくれるならそのように味付けした」

「……そうかい、ライナー。解説ありがとう。で、ベルトルト。弁解はある?」

「……兄に『どうしてそんなに濃い物を食べるのか』、尋ねたことがあった。『どんなに不味くたって、味が均一になれば飲み干せるだろ』 あまり人と食事をしたがらず、すぐに外に出て行く兄は言った。吐き捨てるように言って、その場から出て行った。
 傷つきながらも、『なるほどな』と思った。それでも用意された物は残さず食べる兄は、優しい人なのかもしれない。そう思うことにした。

 …………その日、どうしても食べられた物じゃない料理が出来上がった。それでも食べなければならなかった。
 兄は言う。『濃い味付けにしよう。そうすれば苦みも臭みも全部無くなって飲み込むことができる』 確かにそうだと思った。だから沢山入れた。あっという間に調味料は無くなった。買いに行かなければ食べられなかった。だから」

「そういう理由で、『あんた』はあの日、外に出たと」

「…………もう誰も、ベルトルトを外に出すなって言う奴は、いなくなった後だから」

 (二人が、事情聴取をしている)

 (二人が。……二人が、だ)



 /27

「……ベルトルト、です。はい。ベルトルト……なんです。です。
 こういう喋り方……なんです。すみません。聞き苦しいかもしれませんが、ごめんなさい。
 なんで、ベルトルトかって。だって、外……。…………。

 (中略)

 俺が話します。すみません、混乱させてしまって。
 弟は口下手なんです。俺に話させてください。すみません。勘弁してやってください。
 何から話しますか? ……5月3日にベルトルトが外に出た理由? ベルトルトが話していませんでしたか? コンビニに買い出しに行ったって。
 なんでベルトルトだったか? そ、それってそんなに重要ですか? ただ……外に出してあげたかっただけですよ。叔父はベルトルトを大事にしていて……あんな扱いでも叔父にとっては大事にされていたんです。中学校を3月上旬に卒業した後、殆ど外に出してもらえませんでした。だから代わりに出てあげたんです。……それだけなんです。
 あんた達は納得できないだろうけど、あの壁の中では……俺達にとってはそれで道理にあってることなんです。納得してもらわなくても結構ですが、あんまりとやかく言わないでください」



 /28

「……ライナー。ごめん。とやかく言うのが私らの仕事なんだ。苦しいだろが付き合ってくれると助かる」

「……アニの仕事にケチつけるつもるはないが、それならもう少し俺達の事情も考慮してほしい」

「考慮した結果、身内である私が未だにあんたの話に付き合ってあげられてるんだ。普通なら私情が入るからって捜査を外されるところを無理にやっているのは、私があんた達を助けてあげたいからさ。かつてのお姉さんとしてね」
「……ありがとな、アニ」
「どういたしまして。だから」
「話すよ。俺は比較的落ち着いている方だからな。……それでも頭の中がゴチャゴチャしてるんだ。何から話せばいいか指示をしてくれると助かる」
「そうだね、まず……。叔父さんを殺したのは誰だい?」

 (アニ。あまり刺激するな。お前が気を病む被害者といえど、彼は加害者なんだぞ)



 /29

 (ベルトルト=ブラウンは、目を覚まさない)

 (その状態が……もう1週間以上続いているらしい? 4月の30日から? 生きている方が不思議なぐらいだ! 仮死状態というやつなのか? 専門家の説明を聞いても判らん)

 (だから、ミーナ=カロライナとアニの見たものは)

 (……訳の判らんこともあるもんだな)



 /30

「別に俺は良かった。親父嫌いだった叔父が趣向を変えてこっちに捌け口を変える分には、弟に向けられる暴力が少しでも減ればいいと思えば……耐えられるものだった。

 本当に俺は構わなかった。叔父は世間にバレるのは嫌がっていたから、外で働いている俺に目立った暴力は振るわない。それでも最小限の暴力を振るう。もし少しでも傷が目立って、外に居る優しい友人達が動いてくれるなら。叔父は一貫の終わりだ。あの糞をなんとかできると思った。だから俺は、叔父に為されるが儘になっていたんだ。

 でも、ベルトルトがそれを許さなかった。
 ……なんでそんなに俺のことを想ってくれたのか、よく判らないな。本当にあいつのことは判らない。あいつは……俺に被害が向いたと判ったら、暴れてでも止めに入ったんだ。そんな優しい弟を愛してはいたが、いらん気遣いだった。あいつが俺に向けられる暴力を止めてさえいなければ……もっと発覚は早かったかもしれないのに。俺が盛大に甚振られれば世間にバレたのに! ベルトルトの奴、俺を守ろうとするから! あれだけはあいつの気に食わないところだったな!

 俺を守ろうとしてくれるのは、嬉しかった。けどな。俺だってあいつを。…………。違うな、世間に自然とバレて叔父を陥れるというのは、俺が俺のためにやったことでもあるし。でも、ベルトルトは……俺を守るためにやっていたんであって。……ああ……。

 泣いて暴れて、俺への暴力を止めるベルトルトは、恰好の的だった。
 『僕はどうなってもいいから兄は、ライナーは』って、真顔で言うんだぜ? あいつの心なんて判らない。この俺にそんなこと言えるなんて本気で判らない!
 普段従順な分、僅かな我儘でも目に余るもんだから。いつも以上に虐げられて。……いつもの暴力。いつもの注射。でもいつも以上の折檻。いつもと違う痙攣。
 気付いたときには、ベルトルトは大人しくなっていて。
 ははは。…………。無我夢中だった。こんなに早く叔父を潰せるのなら、早くしておけば良かった。
 はは。後ろからタックルしただけで人ってポックリいけるんだな。はは、はあ。それだけ周りには俺達を傷付けるための凶器が剥き出しだったってことなんだが。はは。自業自得だ。ははははは。

 (省略)

 ベルトルトは動けなくなって、叔父もやっと動かなくなって。どうしたもんかと悩んでいたら、ベルトルトから提案したんだ。
 『このままだと悪くないのにライナーが悪者になってしまう』 俺がしたこと、悪いことだって判っていたから。仕方ないことだったとしても。どうにか隠さなきゃいけないって思ったから。動かなくなったベルトルトを見て、声を聞いて、そうだって気付いて。目を向けたら、部屋の隅に食器があったんだ。大量の調味料も。そして毎晩ベルトルトにつられて見た夢も思い出して。だから、だから、だから……!」

「食った、と」

「だから、俺は、だから……!!」

「ありがとう、ライナー。もう判った、大丈夫だよ。よくやったね」

 (…………もう。今日の聴取を終わりにしようか)

 (うーん。あのさぁ。弟になりきって、判らない判らないって連発した心、掴めたのかねぇ?)

 (判る訳ないだろ。所詮真似たものだ。なりきったって別人は別人。大事な弟と同じ心になりたいという想いは、決して悪いものではないが、独りよがりにも程がある)

 (そうだよねぇ。もっと単純に心を掴む方法、いくらでもあると思うよー)

 (オレ達が言っても何にもならん話だ)

 (おおや、突き放した冷たい言い方だねぇ。……アニの面倒、後であんたが見てやりな。氷の女王が辛気臭い顔しちゃってぇ)

 (なんでオレが!)



 /31

「ああ、そうか。聴取……長くなってごめん。ライナーから、全部聞き出すの……大変だっただろ。
 …………。
 こっちは、大丈夫だけど……。ううん、やっぱり頭が混乱しているな……。でも、これだけは言える。
 アニに話し掛けて良かった。……いつか警察の手が我が家を見つけただろうけど、アニが居たから一日でも早く見つけてもらえたんだと思うから。
 アニみたいにフットワークの軽い刑事さん、世の中いないもんだからね。ドラマでもないんだし。
 ベルトルトは、まず声を掛けられなかったと思うから……。そこは、偽物がいた価値があったな、とか思ってもいいんじゃないかな。なんて、自意識過剰かな。
 その、アニ……。それで、その。ベルトルトは、目を覚ますのかな?
 …………。……。そうか。治療、進むといいね。アニが信頼しているお医者さんなら、きっと良くしてくれるんじゃないかな。根拠は無いけど。きっと大丈夫だよ。それならライナーも安心する。じゃないと困る。ベルトルトが目覚めてほしいから。だって『僕』は……」

「いいよ、ライナー。あんたがベルトルトを外に出したいって気持ち。悪くないと思うよ。目覚めて治って元気になったら、あんたはあんたに戻って、ちゃんとベルトルトを連れ帰ってやるんだよ」

「………………ああ。判ったよ。アニ」




 END







 ここから先は、キンカン祭り投稿作品『ダブルダブルダブルキャスト』の解説です。

 もちろん本文のネタバレです。スクロールしてどうぞ。







【解説文】

▼共通認識。
 ライナーは、過酷な家庭環境の中で多重人格者となってしまっている。
 多重人格設定は原作ネタでもあるが、本作のライナーは特徴的な性格を持っている。それはライナーの中にいる「ベルトルト」という人格である。
 ベルトルトという人格が生まれた理由は、「ベルトルトになりきって彼の気持ちを判りたいから」と「ベルトルトを外に出してあげたいから」。
 ベルトルト(本物)は多重人格者ではない。念のため表記。

▼「/0」ライナーへの聴取。
>人間を食べる夢だ。
>ベルトルトにその話を聞いてから、ずっと頭から離れないんだ。
 ベルトルトは人を食べる悪夢を見る。ライナーもベルトルトに聞いてから、同じ悪夢を見るようになっている。

>本人に訊いてみたらどうだ? 呼んでこようか? すぐに呼べるぞ? ……いいって?
 わりと簡単にライナーは人格交代ができる。この場にはベルトルトはいない。普通なら呼べない。だがライナーはベルトルトの人格を呼び出すことができる。

▼「/1」ミーナへの聴取。
>その子の名前? ベルトルトって言ってたよ。
 ライナーがベルトルトを名乗っている。

▼「/2」アニのコメント。アニは十年ぶりに再会したライナーがベルトルトと名乗って困惑している。

▼「/3」ライナー1への聴取。一人目のライナー。
>(ゲイだ!?)(ゲイか……)
 前者マルロ、後者ヒッチ。


▼「/4」アニの語り。
>『俺は調味料を買いにきたんだ』
 メタ解説だが、ベルトルトの一人称は「僕」。俺を使いこなしているのは元がライナーが、ベルトルトを部分部分真似ていることにすぎないということ。

▼「/5」ライナー2への聴取。二人目のライナー。
>なんなんだ一体! さっきまでのベルトルトとやらはどこにいった!
 混乱するマルロ。さっきまではベルトルトとして聴取を受けていたのに、攻撃的なライナーが登場して慌てている。

▼「/6」ライナーの中のベルトルトへの聴取。
>そうです。俺が、ベルトルト=ブラウン、です。
 ベルトルトの一人称は「僕」。尚且つ、ベルトルトは事情聴取を受けられる体ではない。ベルトルトになりきっているライナーである。

▼「/7」アニの証言。
>……たった数桁の番号。難しそうだった。時間、掛かったね。
 人格ベルトルトが電話番号を把握してなかった、事件真っ只中で他人に電話番号を教えていいのか悩んでいた……など。

>この違和感。……思い出そうとした、けど。そう、無理な話だったんだ。
 だってアニが見たのはベルトルトじゃなくライナーだもの。

▼「/8」ライナー3への聴取。三人目のライナー。
>(苛々とした目。ぎらぎら光ってやがる。暴れ出さないだけまだマシか)
 割と冷静なライナーの人格。

▼「/9」アニとの会話。
>「ライナー」「ん、何かな。アニ」「あんたが返事をするんだね」「あ、えっと、その……」
 ベルトルトと名乗っている筈のライナーとの事情聴取の筈なのに、ライナーという呼びかけに答えるベルトルト。

▼「/10」ライナーと、刑事三人の会話。
>やっぱり……アニになら……俺達も、何でも話せそうだ。
>……俺の状況、俺達の状況、判ってくれるのか。信じてくれるのか。
 ライナーは複数いるというのを、ライナーから打ち明け、アニがそれを理解し始めた図。一方、マルロは判っていない。

▼「/11」ライナーの中のベルトルトへの聴取。
>理由もあったんだ。教えてはくれなかったけど。理由? 料理をする理由です。教える? 知りません。
 ライナーがベルトルトになりきっている。ベルトルトしか知らない情報、ベルトルト本人の感情はライナーは知らない。ハッキリと断言できない。

>アニのこと、好きだった。いつも遊んでくれたから。きっと……好きだったよ。だっていつも目で追いかけていたもの。
 本人のことなのに、第三者の視点。

▼「/12」ライナーへの聴取。
>…………すまん。少し休んでいいか。薬。くれないか。
 実はライナーは薬中。良いものか悪いものか定かではないが、薬に頼った生活をしている。

>嫌なことがあっても耐えられるぐらい、忍耐強かった。
 後述される、アニへのテープレター参照。

>俺はベルトルトがすぐ傍にいることを判っていながら、無意識に忘れて、外で友人達と楽しい時間が過ごせればいいとばかり考えていた。ベルトルトのことを忘れていたんだ。
 原作ネタ。

▼「/13」ヒッチの与太話。
>他のパーツは見つからなかったそうでーす。
 下水から人の顎が発見された事件があった。顎ぐらいしか人として認識できない切断された頭部であった。しかし、頭部以外は発見されなかった。

▼「/14」ライナー(人格:ベルトルト)と再会したアニの過去話。
>僕は、3月に中学を卒業して……家に居るよ。
 ベルトルトは軟禁生活。中学に居たころは怪しまれないように数日登校させられていたが、卒業後はずっと家に閉じ込められている。

>昔から植物、育てるの好きだったから……家でもいっぱい育てているんだ。
>ちゃんと手入れをすれば叔父さんも文句言わないし。
 後述される大麻草栽培。

>ライナーも同じことを言う。言う。言うぜ。ああ。いつか返してみせるから。
 途中から人格が変わっている演出。アニが後々の聴取でライナー多重人格の理解が早いのは、こういった症状を目撃しているから。

▼「/15」アルミンへの協力。
>今住んでいるのは子供一人だけのようだからね。
 ベルトルトは外に出ない(出させてくれない)。

▼「/16」本物のベルトルト。
 意識の無いベルトルトに聴取は無理。

▼「/17」ショタベルトルトのテープレター。両親が亡くなり、叔父の家に引っ越す前にアニに当てたもの。
>僕は、意地悪しない。ライナーに、しない! させない! ライナーのこと……うんっ! アニみたいにきりっと強くなる! クールで一人で頑張れる強い男になるから。もう誰にも頼らない! 何があっても一人で耐える!
 後の、間違ったベルトルトのスタンス確立の原因。

▼「/18」ミーナが「/17」のテープレターを聴いてのコメント。
>今のが、…………ですか?
 先日会ったライナーとは思えない、という意味。

>……アニ? どうしたの、そんな青い顔して?
 ベルトルトが間違った方向で頑張ろうとしていたことに気付いてしまったアニ。

▼「/19」ライナーの中のベルトルトへの聴取。
 叔父の遺体をどうしたのかの話。鍋に入らなかったから切った、味が変わらなかったから大量の味付けをした、頭は生理的に受け付けなかったから捨てた。

▼「/20」エレンとアニの会話。
>「私、今さっきベルトルトと話をしてきたばっかりでね」「は?」
 本物のベルトルトは寝ていて、アニが話してきたのはライナーの中のベルトルト。

▼「/21」ライナーへの聴取。
>ベルトルトの母さんのことが好きだったんだって。
 ベルトルトが叔父から性的虐待を受けていた理由。また、ライナーが受けていない理由。

>他の、奴は、他の奴らは、叔父を殺せって……でも違う奴が、やめろって……それで……結局、俺は……。
 複数のライナーの葛藤。

▼「/22」アルミンの協力。「/23」マルロへの報告。決定打。アニは有言実行すぎる。

▼「/24」ライナーと、三人の事情聴取。
>(食ったの!? こいつら、食ったの!?)
 ヒッチのコメント。叔父を食った。

▼「/25」公の報告

▼「/26」「/27」「/28」ライナーへの聴取。
>(二人が、事情聴取をしている)(二人が。……二人が、だ)
 前半がライナーで、後半がベルトルトになりきっているライナーの台詞。話し合っているのはアニとライナーに二人。アニとライナーとベルトルト、ではない。

▼「/29」マルロのまとめ。
>(だから、ミーナ=カロライナとアニの見たものは)
 ライナーである。

▼「/30」ライナーの自白。
>ベルトルトは動けなくなって
>ベルトルトから提案したんだ。
 (本物の)ベルトルトは動けなくなって、(ライナーの中の)ベルトルトから提案したんだ。

▼「/31」ライナーの中のベルトルトの告白。
>ベルトルトが目覚めてほしいから。だって『僕』は……。
 「だって僕は、偽物だもの」。ライナーの中のベルトルトという人格が、本物のベルトルトを心配している図。




 お疲れ様でした。

2014.5.17