■ 「セクサロイドトルトと愛欲の檻」



※ 声に出して読みたい日本語であるセクサロイドという言葉が大好きな現代人がTwitterの創作アカウントで毎日更新を心掛けた140字SSログ。「ライベル毎日更新!」「できるだけエロく!」「さっくり読めるように短く!」をモットーに連載してたけど300ツイートを越せばちっとも短くないし読み返せない量になっていたことに気付いてまとめました。出来るだけ本文そのままで掲載しています。渡/辺/浩/弐著の「ゲーム・キッズ」某短編集が元ネタです。



 /1

 高校生ライナーは都会の学校に通っています。
 お友達と一緒に明るく楽しい学生生活を送っていましたがある日、山奥の田舎に帰ることになりました。
 父が亡くなったからです。
 幼馴染のマルセルやアニと挨拶もしたい、そう思ったライナーは帰省します。
 そして彼は新たな出会いをしたのでした。


 /2

 家の、壁の中に、人間が眠っていました。


 /3

 幼い頃に母とは永遠の別れをしました。
 良くはしてくれますがあまり縁の無い親戚ばかりです。
 周囲を落ち着けなければいけない少年ライナーはまず父の私室を、故人の部屋を片付けようとしていました。
 本棚の背に隠れた壁に人が埋まっていたなんて、ライナーは驚愕です。


 /4

 本棚を動かしたことで人間が埋まっていることに気付いたライナー。
 動かしたことで壁に光が当たります。
 ゆっくりと目が動き始めます。漫画『進撃の巨人』の登場人物ハンジが壁の中の真実を見つけた際、某司祭が「早く隠せ」と言いましたが一人きりのライナーに言ってくれる人は誰一人としていません。
 ライナーは目を向けてくる人間と、真っ正面から向き合ってしまいました。


 /5

 生きてる、普通の人間だと思ったライナーは壁に埋め込められている人間を外へ出します。
 ゆっくりと動き出す、大柄で大人しそうな顔をした黒髪の少年。
 何者だ。問い質してみます。
 黒髪の少年は、読めない表情のまま何も言わず驚くライナーに手を伸ばし、引っ張り、倒し、床に押しつけ、食べ始めました。


 /6

 唇を貪られ、首を強く吸われ、下半身に手を伸ばされ性感帯を刺激される。
 運動部のライナーは体力に自信がありましたが、彼はライナーよりも背が高く、迷いのない動きに為されるが儘になってしまいます。
 彼が口にする言葉を不審に思いました。彼は、ひたすら自分の父の名を繰り返しているのです。


 /7

「俺は違う、●●じゃない」
 ライナーは首を振り大声で拒否しました。
 激しく口づけを繰り返す彼の動きが少し緩くなりました。
「俺はライナーだ。●●の息子のライナーだ」
 何度も告げます。
「らい、な……?」
 あまり口を開かず、くぐもった声で少年は声に出しました。


 /8

「らいな……? らいな……」
「そうだ、ライナーだ」
「らいなあ……ライナー、ライナー」
 父の名前を連呼するのをやめた少年。
 少しほっとしたライナーですが、「ライナー!」今度は自分の名前を繰り返しながら、愛撫をし始めました。
 何度も呼びながら、思春期のライナーの体を気持ち良くしていきます。


 /9

 しゃぶられ、イカされ、乗っかられ、あっという間に童貞卒業。
 一休みと思いきや袋を舐められ、マッサージは続き、また……。
 止まらない快楽は、止まらない名前連呼と共に延々と続きます。


 /10

 後々判ったことですが、黒髪の彼はセクサロイド。
 実は特殊性癖だったライナーの父が夜な夜な可愛がってた玩具で、4文字ぐらいしか話す機能も付けられていないという、体はどう見ても大人(しかも立派な筋肉のついた男性体)なのに子供のような振る舞いという「大変良い趣味」の玩具でした。


 /11

 父は自分の良い趣味は理解されないもの、隠しておくべきものだという自覚があり、だからベッド下に本を隠すように人間サイズの玩具を私室の見あたらない場所に隠したのです。
 父が急死した今、衝撃の趣味にライナーは頭を抱えます。死の悲しさの後にこんな面を知ってしまうなんて。
 眉間を抑えます。


 /12

「ライナー……」
 少ない言葉しか話せないようにプログラムされた彼が、眉間を抑えるライナーを心配そうに見ています。
「ああ、なんでもない、えっと、お前の名前は」
 真実が書かれていた日誌を見ます。
「ベルトルト?」
「っ! ライナー!」
 名前を呼ばれただけなのに、彼は、ベルトルトは嬉しそうです。


 /13

「らいな……?」
 またベルトルトは名前を呼びながら、ライナーの体を求め始めます。
「おい、ちょっ、まっ」
 名前しか呼べない、えっちするためだけの存在、外に出たことのない(出しちゃいけないような)存在。
 特殊性癖好みにプログラムされマニアックプレイばかりしたがるベルトルトとの、始り。



 /14

 父親の名前連呼から「ライナー……」と自分の名前連呼に変わったセクサロイド、名はベルトルト。
 言葉は短い単語しか喋れないように設定されているらしく、機能追加の仕方も判らない。それどころかどうやったら機能停止できるのかも判らない。
 尋ねても僅かな言葉しか引き出せず、どうすればいいやら。


 /15

 とりあえず彼の名前がベルトルトと判明したきっかけになった日誌を探ってみます。別の日誌も探り出します。
 すると彼の育成記録が出てきました。
 酷いものでした。


 /16

 一見、気持ち良い行為だとは思えない写真が貼り付けられていました。
 縛られていたり吊るされていたり。人間のように繊細な肌を赤くなるほど打たれていたり傷付けられていたり。
 そんな写真が無数に並んでいます。
 だけど平面図の中のベルトルトは、どれも恍惚の表情を浮かべていました。


 /17

 ライナーの喉がぐっと鳴ります。下半身がずくりと熱くなります。
 こんなの酷い、見ていられない、そう自分には興味が無いと思っていましたが、調教日誌に目を通すたびに「自分も親のように隠さなければならない性癖がある」と自覚していきました。
 認めたくなくても、虐げられる男体に見惚れていました。


 /18

 淫らな記録を見て、自分の熱を抑え込もうと必死になるライナー。
 そこにベルトルトが静かに忍び寄り、あまり可愛げのない低い男声で「ライナー」と鳴きます。
 名を呼んでいるというより、犬がワンと鳴いているのと同じかとライナーは思いました。
 ベルトルトは跪き、ライナーの股間に顔を寄せます。


 /19

 昂ぶっていたライナーのオスを宥めるべく、性衝動を鎮める役目を果たすべく、ベルトルトは衣服や下着を接がすなり舌で職務を全うしていきました。
 舌で、口内で落ち着かせていきます。
 また興奮してしまったら、全身を使ってライナーを満足させていきました。
 「ライナー、ライナー」と鳴きながら。
 故人の私室で一心不乱に交わったライナーは一息つきます。
 そういや遺品整理をしていたんだった。日暮れから日付が変わる時間までベルトルトと時間を共にしていたライナーは、腹が減ったと父の部屋を出て行きます。だけどベルトルトは出てきません。
 さて、カップ麺にお湯を入れてライナーは戻りました。


 /20

 出てこないなら仕方ない、カップ麺を二つ持ってライナーが部屋に戻ると……ベルトルトは部屋の隅で膝を抱えていました。
「なんでそんな所に居る?」
 尋ねても特に何も言いません。いえ、言えません。


 /21

 ライナーが(カップ麺を持って)部屋に戻って来たのを見て、「らいな……」と近寄って、ライナーに唇を合わせてこようとします。
 また行為を始めるつもりなのでしょう。
「俺は飯にしたいんだ。もうやらないぞ」
 強く言うと、びくりと肩を震わせ……ベルトルトはまた、部屋の隅に戻り、膝を抱えました。


 /22

 自分の仕事を成そうとして、拒まれた。
 だから、ベルトルトは求められるそのときまで、ただひたすら大人しく膝を抱えて待っていようとしているのです。


 /23

 ライナーは膝をつき、カップ麺をベルトルトに渡そうとします。
 膝を抱えたベルトルトは「らいなぁ……?」と鳴くと不思議そうにライナーを見上げました。
「食べられるか?」
 正直ライナーはロボットやらアンドロイドやらサイボーグやらの違いなど全く判りません。
 とりあえず人に見えたから飯を与えます。


 /24

 受け取ったベルトルトはカップ麺を啜り始めました。
 ワンタンを口にするとパァッと表情を明るくします。
 なんだこいつ、人間と同じように物を食うのか。
 食事ができると判っただけで、ライナーは未だ拭えずにいた不信感と警戒心を解きます。
 二人での食事は距離を近めました。
「ぎょうざ……?」
「違うぞ」


 /25

 食事を終えると、ベルトルトはまたライナーに寄り、ライナーの衣服を捲り行為を始めようとします。
 ライナーはそれを制します。
 まだ自分の出番ではないと思ったベルトルトは、再び部屋の隅に戻り、膝を抱え……。
「おい、寝床に行くぞ」
「……らいな?」
 ベルトルトの腕を掴むと、父の私室から出ました。


 /26

 取扱説明書が見当たらない、停止方法を聞き出せない今、どう機能停止させたらいいのかライナーには判りません。
 動いている人間そのものの彼を、放置していくのはなんとも苦しいです。
 そこでライナーは、普通の同居人としてベルトルトを扱うことにしました。
 二つ目の布団を敷き始めます。
「ここで寝ろ」


 /27

 ベルトルトは戸惑いながらも、布団に入りました。
 その隣でライナーが寝て消灯。
 時折ライナーの布団に入り込んでは自分に課せられたHな任務をしようとするベルトルトをごつんとゲンコツすることもありましたが、ライナーは無事帰省1日目を終えるのです。


 /28

 朝。自分の巨人をしゃぶられてました。
 朝のお通じは、よく出ました。
 達してからベルトルトを叱りました。反省しているかどうか判りません。
「ライナー……?」
 いや、きっとしていません。
 そんなことやってると懐かしの幼馴染マルセルが「おはよう!」と元気に飛び込んできて、全裸のライナーは叫び声を上げました。



 /29

 父が亡くなったのは春の始まり頃でした。
 春休みの間、ライナーは実家に戻って来ました。
 そのことは山奥の故郷に住んでいる幼馴染のマルセルやアニに伝えておきました。
 だから実家にマルセルが押しかけてきても、なんらおかしいことではありません。


 /30

 朝っぱらから男同士の接合を見たマルセルは、愛する弟分であるライナーに正座をさせます。
 ベルトルトもライナーのまねっこをして正座をします。
 服は着させた後の話です。
 訳を聞いたマルセルは良き理解者になってくれそうでした。
「へ、へえ……」
 いえ、半分引いてました。


 /31

 マルセルはライナーの説明を聞いて、ベルトルトに尋ねます。
「名前しか喋れないってことは、俺の名前も喋るのか? おい、俺はマルセルだぞー」
「ライナー」
「…………」
「ライナー」
「だめらしい。一度登録したから上書きできないってことか?」
 どうなんでしょう、ライナーにはさっぱり判りません。


 /32

「あんまりベルトルトに近寄るなよ。食われるからな」
「食ってくるのか」
「食われた結果の童貞卒業だ」
「ライナーの為に赤飯炊いてやろうか」
「いらん」
「こんなでかい巨人に食われるなんて ライナー乙……お前のケツに幸あらんことを」
 (ケツ穴は死守してるんだが。タチの父のおかげだろうか)


 /33

 春休みの間は実家に居ると説明すると、
「暫く面倒を見てやるからうちに飯食いにきてもいい。遺品整理も大変だし何か必要なら物も持ってきてやる」
 と、マルセルが手助けしてくれることになりました。
 マルセルは商店の息子です。剛田さんちの武さん的な存在です。
 そうだ。まずは俺、片付けをしよう。ライナーは初心に返ります。


 /34

 ライナーは少し広めな実家を一人で掃除し始めました。
「おいベルトルト、埃が立つからお前は綺麗な部屋で寝てていいぞ」
 ベルトルトが去って行きます。
 2時間後、1つ目の部屋が掃除し終えたライナーは休憩をはさむためにベルトルトが居る部屋を探しました。


 /35

 いました。回転ベッドのある部屋にいました。
 ライナーは父親に絶望しました。


 /36

「最新鋭セクサロイドがあることは許す! 男性型だというのも許してやろう! 人目につかないところに隠していたからな! 調教日誌を律儀につけていたこいとも許してやろう! だが大がかりなセットまで揃えていることは怒っていいかな!? 誰に怒りをぶつければいい!?」
「ライナー?」
「俺かよ!」


 /37

「ライナー」
 疲れた顔のライナーを見て、ベルトルトは気遣います。
 ベッドに座らせます。コップを持ちました。
 お茶でも用意してくれるのかな、そうライナーは思っていると、おもむろに下衣を脱ぎ出し、コップの中に、小水を………………。
 この行為を夜な夜な実の父がしていたのかと思うと、ライナーは頭を抱えます。


 /38

(出されたものはちゃんと処理しました)
(正直、セクサロイドって出せるんだ、と感動しました)
(あくまで本物の尿ではなく先に口にしたものから水分を抜き出した綺麗な水だということが後々判明)
(ロボットこええ)


 /39

 ベルトルトは、自分のした行為に納得してくれないライナーに対して焦りを覚えたような表情をします。
 ライナーは今朝からずっと浮かない顔です。
 おろおろ、びくびくとライナーの顔を覗き込んだりしますが、ライナーは厳しい顔のまま変わりません。
 ……ベルトルトは、部屋の隅に寄って膝を抱えました。


 /40

 そうしてライナーは、二つ目の部屋の掃除に出ました。
 二つ目の部屋はさっきの部屋よりも大きな荷物のあったため悪戦苦闘。
 数時間かかりました。
 へとへとになりながら「腹減ったなぁ」と思い始めるライナー。
 またカップ麺でいいかなと考えながら部屋を出ると、どこからともなくポコポコという音が。


 /41

 古びた炊飯器が白米を炊いてました。
 こんなの誰が? 気付けばキッチンの隅でベルトルトが膝を抱えていました。
「……お前、待機状態だとその格好なんだな」
「ライナー」
 びくびくと見上げる彼。
「マルセルの店でおかず買ってくる。待ってろ。お前って何でも食べるのか?」
「ぎょうざ」
「あっそう……」


 /42

 ライナーは冷凍食品の餃子を買って、帰る途中、
(餃子ならなんでもいいのか……? 手作り餃子の方が好きだとか……?)
 なんて、ベルトルトの好みを考えて歩いていました。
 食事をします。
 夜になります。
 風呂で重労働の疲れを癒します。
 なんだか二日目の実家帰省もあっという間でした。


 /43

 いざ就寝というとき、敷いていた布団よりも昼間に見た回転ベッドの方が大きく、ふかふかで気持ち良いことに気付いたライナーはそちらで疲れを取ろうとします。
 あくまで体を癒すためにそちらを選んだだけです。
 なのでライナーは、すっかり「その気」になっているベルトルトを押し退けました。


 /44

「ライナーっ」
「おやすみ」
「……ライナー」
「おやすみ」
「…………」
 おやすみです。
 翌日。服は脱がされてませんでした。しゃぶられながらの起床もありませんでした。
 目覚めたライナーは、広い回転ベッドの端っこで、落っこちそうになりながらベルトルトが丸くなっているのを発見しました。


 /45

 ベッドの隅に居るベルトルトを引き寄せながら、ライナーはあることを思い出しました。
 今日見た夢のことです。
 夢の中で、とある少年が、鎖に繋がれて泣き叫んでいました。
 夢なので、それ以上のことは一切覚えていませんでした。



 /46

 古びた炊飯器で炊く飯はそこそこ美味い。
 朝食を用意し終えたライナーは、二人分の茶碗を用意して丸まって寝ているベルトルトを起こしに行きました。
 ベルトルトはなかなか起きません。
 どうやら朝は弱いようです。
 でも早朝に襲われたときは起きていたから、仕事熱心の性格のようです。
 えらい迷惑です。


 /47

 起こして飯を食べるように言うと、言われた通り食べようとします。
「いただきます」
「ライナー」
「なんだ?」
「ライナー」
「…………」
 もぐもぐもぐ。ベルトルトと意思疎通は相当難しいようです。


 /48

 だけど、完全に判り合えない訳ではありません。
 ライナーはこの日、倉庫を掃除することにしました。
 倉庫とは名ばかりの、ゴミ捨て場でした。
 飲み終えたビール瓶や缶、ちゃんと洗ってはいるものの捨てられていない弁当箱などが放置され、読まれていない本が積まれていました。


 /49

 ライナーが片付けをしていると、最初は部屋の隅っこで膝を抱えているベルトルトでしたが、そのうち不要なゴミ袋を外に持ち出しました。
 そして手ぶらで帰ってきます。
 なんてことはない、掃除を手伝っていたのです。
「すまんな。ありがとう」
「ライナー……」
「そこは『どういたしまして』だ」
「ライナー……?」


 /50

「『どういたしまして』は長いから無理か」
「ライナー……」
「もっと喋れたらいいんだがな」
 ライナーは笑ってベルトルトに話し掛けます。
「『ありがとう』は言えるか」
「ライナー」
「『おはよう』ぐらいは言えるようになってほしいな」
 掃除を進めます。
 二人で喋りながらする掃除はすぐ終わりました。


 /51

 これは言えるか、あれは言えるか。
 ライナーは短い言葉を言わせようとします。が、うまくいきません。
「じゃあこれでとりあえずここの掃除は終わ……」
 り、と言おうとしたとき、ライナーは躓きます。
 足元にはベルトルトが持って行こうとしたけどそのままにしておいた袋が。すってんと尻から転びます。


 /52

「ら、らいなー!」
「いてて……」
「ごめん! ライナー!」
「いや、すまん、俺の方が不注意で……って?」
 レパートリーが増えました。『ごめん』です。


 /53

「なんで『すまん』じゃなくて『ごめん』の方を覚えたかな……」
「ごめん、ライナー……」
「いや、謝るなよ」
「ごめん……」
「だから、謝るなよ、苛めてるみたいじゃないか」
「ライナー……ごめん……」
「あああこのおおお」


 /54

 掃除が終わり、昼食を取ります。
 さて昼過ぎからはどこを掃除しよう。まずは外に出したゴミを捨てに行くことかな……。
 ぼんやりと考えたライナーは、一先ずゴミ部屋を掃除したことだし一汗流すかとシャワーを浴びることにしました。
「先に入ってくる」
「ごめん」
「だから謝るなよ……」


 /55

 シャワーを浴びます。
 埃だらけの掃除だったのでほんの数分の入浴のつもり、だったのに、ベルトルトが入って来ました。
 ライナーが止める間も無くベルトルトは泡を体に付けると身を寄せてきます。
 抵抗も虚しく、ライナーは全身を、繊細な場所を、ベルトルトの長い指で洗われていきました。


 /56

 泡まみれでマッサージまでされ、白いボディソープとは別のものが混じったりもしましたが汗と体液は綺麗さっぱり流されていきます。
「ライナー……ごめん」
 ベルトルトは、ライナーの手に泡を乗せます。
 今度は僕も洗ってくれ、というかのような顔。
 ライナーはベルトルトの体を自らの指で清めていきます。


 /57

 人間と同じように柔らかい皮膚。爪を立てれば赤く痕がつく肌。
 胸の先端に指を這わせばピクリと動き、男性器を模したモノを両手で洗ってやるとびくんと淫らな反応。
 最後には四つん這いになり、ケツも洗ってくれと言うかのように腰を突き出してくる……。
 ライナーは唾を飲み、少しずつ解していきました。


 /58

 いつの間にか二人は浴室で繋がっていました。
 一日ぶりでした。
 浴室を出て、暫し休んだライナーは外に出ようとします。
 ゴミを捨てに行くためです。
「ベルトルト、お前も手伝ってくれ」
 彼にゴミ袋を渡しますが、袋を持つだけで、ベルトルトは「ごめん……」と外に出ようとしません。


 /59

 おそらく、外に出たことが無いのでしょう。
 少し高い塀の壁の向こうには行ったことがないのか、そりゃダッチワイフでラブドールなセクサロイドだもんな……と思いながら、ライナーは「行くぞ」と言います。
「ら、ライナー!」
 その性格から、行くぞと強く言われて来ないベルトルトではありませんでした。


 /60

 ゴミを捨てるだけのつもりでしたが、捨て終えた後、ライナーは子供の頃によく幼馴染達と遊びに行った裏山でも散歩しに行こうかと考えます。
 でも春休みの日は限られています。
 早めに掃除をしてから散歩に連れていってやろうと考えました。
 その後、自宅に戻りまた掃除再開。食事と、入浴も二人でしました。


 /61

 二人で父のいない実家を掃除をしている間、ライナーはずっとベルトルトに話しかけていました。
 ベルトルトは「ライナー」と「ごめん」の二言でずっとライナーの言葉を追っていました。
 ライナーは少しずつベルトルトのことが判ってきました。
 掃除し疲れというより話し疲れの方が大きくなるぐらいには。


 /62

 何かあるごとにセックスをしようとするベルトルトには困りましたが、共に過ごす分には良い奴だなと思い始めてきました。
 その日の夜もベルトルトはライナーに覆い重なろうとしながら、ライナーはベルトルトの行為を止めながら、時に受け入れながら、二人で眠りに落ちたのでした。
 嫌な夢を見ました。


 /63

 落下する目。鳴り響く声。零れ落ちる雫。混ざる肉。赤いジャム。暖かい腕。冷たい言葉。何人もの巨人。ひんやりと涼しい部屋。体温の無い体。大勢の知識。愛しい人。押し潰されていく自分。二人。壁の中。ベルトルト。
 ライナーは、ベルトルトにぎゅうっと抱き締められながら目を覚ましました。



 /64

 二日続けて夢見が悪いライナーは、身を起こしてすぐに眉間を抑えました。
 どんな夢を見たかは覚えてません。でも心地良い夢ではありませんでした。
「……ライナー?」
 目覚めたベルトルトが声を掛けてきます。
 心配そうに顔を覗き込んできます。
 思わず、ライナーはベルトルトの頬を撫でていました。


 /65

「ベルトルト……」
「ごめん」
「いきなり謝るなよ」
「ライナー、ごめん」
「…………」
 体が怠い訳ではないですが、昨日のようにテキパキ掃除はできないと思いました。
 風邪のような調子の悪さではなく……心が曇天で何もしたくなかったのです。
 飯を作って二人で食べて、その後は……ぼうっとしました。


 /66

 暫く何もせず、ぼんやりと懐かしい実家を見ていました。
 ライナーは中学進学と共にこの家を離れました。
 なのでもう5年も故郷に戻っていなかったのです。
 マルセルの顔を覚えていても、懐かしいと思えても、同時に別人だとも思っていました。
 月日の流れの早さに唖然としながらぼうっと過ごします。


 /67

 数時間後、ライナーはむにゃりと目を覚まします。
 どうやら早い昼寝をしてしまったようです。
 朝食を挟みましたが二度寝という言葉が適切でした。
 ベルトルトも隣で寝ているか……と思ったら、彼はベッドのある部屋の隅っこで膝を抱えていました。
「ベルトルト」
 何でそんな所に居るんだよと声を掛けます。


 /68

「ライナー!」
 呼ばれた彼はベッドの元へやって来て、ライナーに抱きつきました。
 そして唇を重ね、ライナーの服の中に手を突っ込んできました。
「ち、違う、そういうことをしたくて呼んだんじゃないっ!」
「ご、ごめん」
 叱られ、しょんぼりとする彼。
「お前、今までどういう生活してたんだよ……」


 /69

 言わなければ良かったとライナーは思いました。
 どういう生活って、そういう生活を送っていたのでしょう。
 その後ベルトルトは、とある日誌を持ってきました。
 初日にライナーが発見した、淫らな写真が貼られた調教日誌ではありません。
 それよりも酷い、痛ましいベルトルトが貼り付けられたものでした。


 /70

 あまりの痛々しい写真に興奮を覚えるよりも先に絶句します。
 次にベルトルトはVHSをいくつか持ってきました。
 小さく太いサイコロのようなテレビに映像が写ります。
 『ああ』『ああああ』『あああああああ』
 縄。鎖。紐。ガムテープ。拘束具。手錠。ゴム。ワイヤー。予想した通りの光景が生々しいです。


 /71

 映像の中に居るのは、隣で一緒にホームビデオを眺めている彼に違いありません。横目でベルトルトの顔を見ます。
 淡々とした、感情の読めない目です。
『あああ』『あああああ』『あああああああああ』
 不格好に喘ぐ自分を見ています。
 ライナーは、ビデオを止めました。
「……ライナー?」
「掃除をしよう」


 /72

「ライナー?」
「掃除、手伝ってくれ」
「……ライナー」
 VHSは、ゴミ袋に突っ込んでしまいます。
 部屋を出ようとすると、ベルトルトはライナーの体に抱きつき、ライナーの下半身を愛撫し始めました。
 鬼畜な光景でも昂ぶってしまったそこを処理しようと顔を出させて、口を大きく開いて頬ばり始めてしまいました。


 /73

 興奮の始末をするのが、彼の仕事のようです。
 ライナーは何度も拒絶しようとしましたが、いくら頭を引き剥がそうとしてもベルトルトの力に勝てず、ついにはベルトルトの口の中で果ててしまいました。
 訪れたのは爽快感よりも虚無感です。
 ライナーは考えます。それはベルトルトへの複雑な気持ちと、映像の中でベルトルトを虐げる父が、あまりにも自分の顔と似すぎていたことについてです。


 /74

「嘘だろ」
 ……親子だから顔が似ているのは当然です。
 でも、あんなにも親子だからって似るものでしょうか。
 映像の中の父は、今……鏡に写る自分と全く同じ顔をしていました。
 ライナーは急に怖くなります。


 /75

 父と自分が恐怖を覚えるほど似ていたという事実に震えます。
「ライナー……?」
 ライナーは、一仕事を終えたベルトルトの体をベッドに倒します。
 そして彼がしたことないような、優しくゆったりとした甘ったるいセックスをしました。
 日が変わるまで、父が彼と絶対しなかったであろう行為をしました。




 /76

「ベルトルト、お前も来るか?」
「……ライナー?」
「来るよな」
「……ライナー」
 その日、ライナーはベルトルトを連れて家を出ました。
 5年ぶりに帰って来た山奥の故郷の村を歩いて回ることにしました。
 昨日は一日中ベルトルトと繋がり、本来の目的・掃除をしなかったライナーですが、それでもです。


 /77

 ライナーが幼い頃に通った小学校に来ます。
 過疎化が進んで、今では十数人でやっているのか、それとも廃校になって街に出たのか知りません。
 少し寂れたけれど暖かい故郷の光景に、沈んでいたライナーの心は晴れていきます。
「ベルトルトは、学校なんて行ったことないだろ」
「ごめん」
「だろうな」


 /78

「もしお前が普通にここで生まれ育った人間だったら」
「……ライナー」
「俺の幼馴染ってことで、毎日あちこち連れ回してただろうな。きっと毎日泣かせてたかもしれない。怪我ばっかして帰ってくる悪ガキだったからな、俺は」
「ライナー……」
 ライナーは想像します。もしベルトルトが幼馴染だったらと。


 /79

 自分の後ろにいつもついて来る弟分。
 らいな、らいなあと腕を引っ張って一緒に遊ぶ彼……。容易に頭に思い浮かべました。
 それぐらいライナーの隣に立っているベルトルトという機械仕掛けは、人間と同じようにやわらかく、あたたかい存在でした。
 自分と別次元の存在など信じられないものでした。


 /80

 ライナーは学校の桜を見ます。
 山奥の村はまだ寒く、桃色の花はまだありません。
 次は川辺に行きました。
 少し涼しくなった河原をザクザクと歩きます。
 不安定な足場、砂利で踏み込むたびに鳴る音、ベルトルトは一つ一つにビクビクしながらライナーについてきます。
「大丈夫かベルトルト」
「ご、ごめんっ」


 /81

 春でしたが花はまだ咲いてません。
 涼しい草の音が聞こえてきます。
「よくここで遊んだよな」
「ライナー……」
「遊んだんだ。アニ達と」
「……」
 ふとライナーがベルトルトに目をやると、ここ数日の彼にしてはあまり見たことない表情をしていました。
 一言で言えば『羨ましい』という感情に見えました。


 /82

(こいつも一緒に遊びたかったって思ったりするんだろうか)
 複雑な顔をしているベルトルトの耳を、頬を撫でます。
「ライナー」
 照れ臭そうにベルトルトははにかみました。
 可愛い。本当に人間だったら良かったのに。
 ライナーは彼のことが愛おしいと自覚しました。
 たった数日時間を共にしただけなのに。


 /83

 山道には誰一人として現れません。
 ライナーは思いきってベルトルトの手を握り、実家に帰ることにしました。
 ベルトルトはどうしてか嬉しそうに笑います。
「ライナー。……ごめん」
「ごめんじゃないだろ」
「ご、ごめん」
「だからごめんはやめろって。他の言葉覚えねーかな」
「ごめん……ライナー……」


 /84

 今日は一日中二人で故郷を歩いて楽しみました。
 でも少しは掃除を進めないといけないと思っていたライナーは、日が傾きかけていましたが少しの時間でも手をつけていない部屋を片付け始めました。
 ベルトルトもそれを手伝います。
 夕食までの間、ベルトルトは自分が眠っていた壁の部屋を片付け始めました。


 /85

 どん。
 大柄なベルトルトが物を動かしたことでどこかにぶつかってしまいます。
 ぼろり。
 ベルトルトが眠っていた壁の破片が落ちました。
「ごっ、ごめん……」
 ぼろりぼろり。
 破片は少しずつ床に落ちていきます。
 ベルトルトは慌てて本棚を移動させて、空いた穴を隠そうとします。
「ごめん……!」
 必死です。


 /86

 壁際に置かれた無数の本棚を動かすと、新たな壁が現れました。
 ぼろり。
 一つ穴が空いてしまうと次々と零れ落ちてしまうものです。
「……ライナー」
 ベルトルトは頭をフル回転させ、なんとか無数の本棚を見事な配置にすることで、穴なんて一つも無いように見せました。
 立派なリフォーム成功です。


 /87

 だから家の壁の中に無数の巨人が並んで眠っているなんて、ライナーは気付きませんでした。
 ベルトルトにとっては普通のこと。
 自分と同じ大柄の機械仕掛けが眠っていても特別な感情はありません。
 元通りの部屋にできて満足した彼は、愛するライナーの為に夕食を作りに父の部屋を出ました。



 /88

 昨晩も(ベルトルトが作った)夕食を二人で食べ、かいた汗を流し、当然のことのように擦り寄るベルトルトに苦笑いしながらもライナーは抱きながら就寝しました。
 翌朝は気持ち良く起床しました。
 裸で抱きついているベルトルトは、仕事を全うしたような顔をして眠っていました。
 笑うしかありません。


 /89

 相手が愛らしい動きをするようプログラムされた人形だと判っていても、好ましいと思ってしまうライナー。
 この感情には正直なところ自分でも困惑していますが、愛しい恋人に触れるようにベルトルトを頬を撫でます。
 柔らかい人のような肌に惚けながら昼までのんびりと過ごします。
 こりゃいかん。


 /90

 気を取り直して手伝ってもらいながら部屋を片付けます。
 広い実家は部屋数があり、それを(経費を節約するため業者は呼ばず)一人でするのは根気が必要でしたが、ベルトルトに話し掛けながら整理整頓する時間がとても楽しく思えてきました。
 元気なライナーは今日だけで二つの部屋を片付け終えました。


 /91

 縁側に腰掛け、あまり手入れのされていない&自分達が出したゴミ袋で埋もれている庭を見ながら朝に作り置きしておいたおにぎりを頬張るライナー。
 一仕事終えた後のおにぎりはとても美味しい。
 ベルトルトは隣に腰掛けて「ライナー」と微笑んで話を聞いてくれています。
 平和な時間は嬉しいものです。


 /92

 ライナーの実家、本籍はこの家です。
 誰も住まない家でも残しておきたい、しかしゴミは放置できないし売れる物は金にしてしまおう、残すものは綺麗に残そうと思って掃除をしに故郷帰省をしました。
 5年間帰らなかった家。父が一人で住んでいた家。
 さて、掃除が終わったらこのセクサロイドはどうしよう。


 /93

「作り置きのお茶が飲みたいな」
「ライナー」
「お、持ってきてくれるか。冷蔵庫にあるぞ」
「ライナー!」
 ベルトルトは言うことを聞いてキッチンに駆けて行きます。
 ライナーの心は決まっていました。
 捨てるでもなく売るでもなく、あのセクサロイドを、ライナーが住んでいるアパートに連れて行こうと。


 /94

 春休みが終わるまで実家で過ごし、全てを終えたらベルトルトを連れて一人暮らしのアパートに行こう。
 春の新生活を思い浮かべるとライナーはにやにやしてきます。
「ライナーっ」
 いきなりライナーの首が締まりました。
 後ろからベルトルトが腕を首に回し抱きついてきたのです。
「なんだ、じゃれてきて」


 /95

「ライナー……?」
 後ろから首に抱きつかれ、後頭部をキスされました。
「おいおい、くすぐったいぞ」
「ごめん」
「なんだよ。可愛い事しやがって」
「ライナー!」
「お前お茶持ってきたか……ってちゃんと隣に置いてから脅かしやがったな、このぉ」
 いちゃいちゃ。わいわい。楽しい時間でした。そのとき、


 /96

 甘えるベルトルトの唇が、耳の後ろ、骨の上、頭に触れました。
 ぎいん。ぎいいいん。ぎいいいいいん。
 鋭く激しい頭痛がライナーを襲いました。
 思わず無邪気に抱きつくベルトルトを振り解き、頭を抱えます。
「ライナー!? ごめん!?」
 頭痛は暫くすると治まりました。
 ライナーは自分の頭に手をおきます。


 /97

「……あ?」
 ベルトルトの唇が当たったところに触れてみると、ごわり、と妙な感覚がしました。
「なんだこれ……?」
 ざらり。髪の毛と皮膚の感覚以外の感触に困惑します。
 頭を見ることができないライナーは、
「ベルトルト、写メってくれ」
「ぎょうざ?」
「全然違う」
 なんとか自分の頭を確認しました。


 /98

 ぎこちない動きでライナーの後頭部を撮った画像を、覗き込みます。
「なんだよ、こんな……でかいの」
 髪の毛を掻き分けると、そこには……身に覚えのない、手術痕のような大きな一本の傷がありました。
 普段頭を洗うときには気付かない、意識しなければ判らないほど綺麗に閉じられた亀裂でした。



 /99

『なあ、ベルトルト。お前は永遠にベルトルトだが、俺は違うんだよ』


 /100

『それでも俺はお前と一緒に居たいよ』
『一度手放しておきながら、身勝手な話だって判っている。それでも』
『すまない。俺の我儘に付き合ってくれ』


 /101

 ライナーの心は不安感でいっぱいです。
 身に覚えのない傷はいつの間にできたものなんだろう、ついつい考えてしまいます。
「ライナー……」
「す、すまんな。大丈夫だ、ベルトルト」
 心配そうにのぞき込んでくるベルトルトのことを思い、笑おうともしました。
 でもぎこちない笑顔になってしまいます。そのときでした。来訪者です。


 /102

 ピンポンとインターフォンが鳴り響きます。
 縁側に腰掛けていたライナーは庭から玄関へと向かいます。
 玄関前には女の子とおばあさんがいました。
「なんだアニか」
 ライナーは幼馴染の女の子を見て、気を引き締めて笑います。
「なんだとはとんだご挨拶だね。久々に帰って来たから顔を見に来たというのに」


 /103

 女の子がぷんっと頬を膨らませてライナーを蹴飛ばしました。
 仲が良いからこそできるじゃれ合いです。
 痛い痛いとライナーは笑います。
 久々に会った女の子に近況報告をするのでした。
「アニ、ちゃんと飯食ってるか? 全然育ってないじゃないか」
「元からうちは小柄な一族なんだよ」
 彼女はぷんっと膨れ顔。


 /104

「元気そうだね、ライナー」
 隣に居た女の子の祖母が口を挟みます。
「マルセルには会ったかい?」
「はい。夕食はそこでいつも買って食べてます」
「そうかい。ベリックにも会ってやったかい」
「はい。冷凍餃子を買いに行ったとき店番していたのがベリックじいさんでしたから、そのときに」
「そうかい」


 /105

「アニばあさん、元気にやってます?」
「今でもあんたをひっくり返せるぐらいには元気だよ。やってみる?」
「あ、結構です……」


 /106

 おばあさんはチラリと庭の方を見ます。
「そこでコソコソやってるのは……。まさか」
「ご、ごめっ」
「えっと、あいつはですね」
 女子と女性の手前、父のセクサロイド、とは言えません。
「友人です」
 無難な回答しかできませんでした。
 幼馴染の方のアニは「むう?」という顔をしています。
 ベルトルトはびくびくです。


 /107

 女の子はベルトルトに近付いて行きます。
 ベルトルトは慌てて、真っ赤な顔をして、ライナーの後ろに隠れました。
 その顔は決して嫌がっているのではなく恥ずかしがっているようです。
 無愛想に近付いていく孫娘に、おばあさんは「アーニャ、やめてあげな。あんまり押したら惚れられちまうよ」と止めます。


 /108

「アニばあさん、強気ですね」
 惚れられちまうよなんてなかなか言える台詞ではありません。
 男前な言い回しに思わずライナーはブフッと吹き出してしまいます。
「昔、同じようにしたら惚れられたことがあってね」
「へえ?」
「詳しく聞きたかったらベリックに聞きな。もしくは、ベルトルト本人にな」
「え」


 /109

 おばあさんの名前はアニ。孫娘がいるおばあさんです。
 その孫娘の愛称もアニ。おばあさんと似た名前、なおかつ若い頃の外見も性格もよく似ていることから同じ名前で呼ばれています(本人も大好きなおばあさんと同じ呼び方でご満悦です)。
 ちなみに。幼馴染のマルセルの祖父の名前は、ベリックといいます。


 /110

「ばあさん、ベルトルトのこと知ってるのか」
「知ってるも何も。本人から聞けばいい」
「いや、どうやって、ろくに言葉も話せないのに」
「……そういう設定にしてあるのか」
「は、はい」
「解除してやろうか」
 おばあさんの言葉に、ライナーは驚きます。
「できるんですか」
「まあね」


 /111

「その前に、ライナー。その前に確認したいことがあるんだよ」
「何か?」
「お前の父さん、なんで死んじまったんだい」
「…………。くも膜下出血です。倒れたときには間に合わなかったそうです」
「ああ、そうだったね、いつの間にか頭に穴が空いてて、そこからじわじわ死んじまったんだった」


 /112

 葬式の仕組みも判らぬ高校生のライナーは、あまり縁の無かった親戚の大人達に全部任せました。
 座っているだけだったライナーは何が何だか判らないまま、父が死んで周りを落ち着けなければいけない、それだけで実家に戻り掃除をしていました。
「火葬、したのかい」
「そりゃあ」
「全部燃えたか。はあ」


 /113

「もう残っているのは微かなアンタだけで、後は全部あの世逝きか」
「……はあ?」
 おばあさんと対話をしているつもりのライナーでしたが、彼女が何を知っているのか何を話しているのか半分以上判らない状態でした。
 女の子がおばあさんの服の裾を引っ張ります。
「おばあちゃん、そろそろ行こ?」
「ああ」


 /114

「お、おい。解除してくれるんじゃないのかよ!」
 どげしっ。すってんころりん。
 おばあさんの足技によってライナーはお尻から転びます。
「……解除、してくれるんじゃないんですか」
 敬語で言い直すと、優しいおばあさんは「そうだね。もうアンタは……これ以上永遠は無理になっちまったアンタは……。知りたければ、今から私が言う言葉通りにしな」


 /115

 おばあさんは、ライナーにとある方法を教えました。
 ライナーは長い方法を覚えます。
「……アーニャ、お別れの挨拶をしな」
 おばあさんは孫娘に挨拶をさせます。
 お別れ。なんだか大袈裟な言い方にライナーは戸惑いました。
「じゃ、じゃあまたな、アニ」


 /116

「じゃあね。ライナー。今度会ったときは宜しく」
 ぶっきらぼうな言い方。
 ライナーの記憶の中にある通りの幼馴染の女の子は、髪の毛をバッサリ切った坊主頭を下げて、おばあさんと一緒に去って行きました。
「……ライナー?」
 ずっとライナーの後ろに隠れていたベルトルトが、声を掛けてきます。


 /117

 二人で父の私室に入ります。
 ライナーは……アニに言われた通り、ベルトルトの背後にまわりました。
 手にはカッターナイフを持っています。
「なんか、人間相手だと思うと怖いな」
「ら、ライナー」
「人間じゃないから大丈夫……だよな。いくぞ」
 鋭く尖った先で、ベルトルトのうなじをこじ開けました。


 /118

 そこにスイッチがありました。
 押して、引いて、閉めて。
 ……ライナーは全部終わった後に、うなじに口付けました。
「うあっ」
 唐突にしたことにベルトルトが声を上げます。
「ら、ライナー、くすぐったいよ」
 落ち着いた低音がライナーの耳に入ります。
 さて何から話してもらおうか。まずそう思いましたが、


 /119

 振り返ったベルトルトが一番最初にしたことは、正面からライナーに抱きついてくるということでした。
「ライナー……しないのか?」
 ウッと言葉を失います。
「もう、夜だけど、しないのか? ここはそういう部屋なのに?」
「いや、その前に……」
「僕はしたいよ。今日はまだ君とセックスできてないから」


 /120

「しようよライナー。僕はそういう存在だよ」
 言葉を話すようになれば意思疎通ができて、判らぬことが解決する。そう思っていた頃がライナーにもありました。
 ですが、そうはいかないようです。
「ちょ、ま、わぷっ」
 真面目な話をする前に中身が変わった訳ではないベルトルトに押し倒されてしまうのでした。


 /121

「ああライナー、もっと、ライナーの巨人でがつんがつん攻め込んできて!」
 寧ろ言葉が達者になった分、違ったプレイができるようになりました。
 あれこれ卑猥な言葉を並べて喘ぐベルトルトに最初は拒んでいたライナーでしたがいつの間にか情欲を止められずいつも以上に激しく求めてしまうのでした。



 /122

「君はもう半分、お父さんなんだよ」
 何度もベルトルトと繋がりました。
 へとへとになってもお互いは行為をやめず、夜が一回りして日が昇って部屋は少しずつ灰色になりつつある時間。
 ベルトルトはライナーを抱き締めて胸に押し込みながら言いました。


 /123

「……どういうことだ」
 少しだけたどたどしいけど単語で話さなくなり、会話ができるようになったベルトルトの顔を眺めながらライナーは尋ねます。
「5年前、君が故郷を出る前に手術を一回している」
 言いながらベルトルトは抱き締めたライナーの頭に口付けをします。
 おそらく傷にキスしてるのでしょう。


 /124

「そのとき、半分だけお父さんを受け継いでいる」
「……だから、その言葉の意味が判らない」
「人間はいつか老いて死ぬ。どうやったってアニみたいにおばあちゃんになっていく。アニは幸せな人を見つけて可愛い孫と一緒に育てて。でも彼はそうなりたくはなかったらしい」
「彼」


 /125

「僕が年を取らないのを見て、それだと一生傍に居られないから嫌だと思った人がいたんだよ」
 ベルトルトは懐かしそうな顔をします。
「……おじいさんは、老いた自分が嫌だから若いお父さんの頭に自分の脳を移植して。お父さんは年老いたから若い息子の頭に自分の脳を移植して。そう何代も続ければ……」


 /126

「ずっと若い状態で、年が同じぐらいの若い体で、永遠に傍に居られる」
「何代も?」
「何代も」
「どれくらい?」
「何代も」
「……」
「特別端整という訳じゃないけど弁が立ってハンサムだから、次の世代を用意するための心配はいらなかったらしい。でも決まって選ぶのは長続きしないような女性だった」


 /126

「現に、君のお母さんは病気で死んでしまうぐらい体の弱い人だったからね」
「……自分の代わりになる子が産めれば良いという考えだったのかよ」
「幻滅した?」
「既に……あの写真や映像や回転ベッドまで用意してる変質者な時点で幻滅はしていたがな」


 /127

「子供の頃のうちに頭を馴らしておく意味合いでも一度手術をしておいた。そろそろ完全移植の時期だった筈だ。……ライナー、十七歳ぐらいだろ?」
「ああ……」
 父は人より早い死でした。ですが半世紀以上生きてる人でした。
 『他人の体を奪って記憶を引き継いでいく方法』を、昔の人はよく考え付いたものです。


 /128

「でも、完全に移植する前に死んでしまった」
「そうだな」
「もう……何百年も続けてたのに、あっさり終わったね」
「そうなのか」
「何年もだったから、マンネリが過ぎて色んなプレイをしたよ。その一つがあの写真と映像」
「……」
「ちなみに、完全移植のやり方はそこの本棚の……」
「教えなくていい」


 /129

「なあ、移植された側は」
「うん」
「どうなるんだ」
「体は残るけど、まあ、乗っ取られるっていう言葉が一番適切だったかな。まるっきり彼になるんだから」
「父親が生きていたらそのまま頭を入れ替えられてたかもしれないのか」
「きっとね」
 ホラーだな、嘘かどうか判らないがとライナーは唾を飲みます。


 /130

「ベルトルト、なんで」
「うん」
「なんで、単語でしか喋れなかったんだ?」
「僕は結構……彼に対してだけ物を言っちゃうから」
「うん?」
「口答えされるのが嫌な人だったんだよ。『お前は俺の言う通りにすればいい』、それが口癖の人だったから」
「だからわざと、言語機能を奪った?」
「そうみたいだ」


 /131

 名前と好きなものと喘ぎ声だけ。犬が怒っていても悲しくてもワンワン懐いてくるのと同じだと思ったのか。
 それでも本当に永遠を続けようと思うぐらい愛した相手にすることか。
 考えますが、そもそもこれが本当かどうかライナーはまだ信じきれません。
 案外流暢に話すベルトルトの冗談かもしれません。


 /132

「方法は本棚にある。それだけ教えておくね、ライナー」
「ああ……」
「うう、慣れないことをした。話し疲れちゃった。ねえライナー、セックスしよ」
「疲れたんじゃないのかよ!?」
 ぎゅうっとライナーの頭を抱き締めるベルトルトの笑顔に、ああこれは冗談だな、と思いながら、朝から彼と繋がりました。


 /133

 朝が来て。朝食を用意していると来訪者が現れます。
 アニが○○歳の素晴らしい人生を全うしたという報せをアニから聞かされました。
 そのアニの頭には包帯が巻かれていました。
「アニ。お前……幸せな人を見つけて過ごしてたんじゃないのかよ」


 /134

「幸せな人を見つけたのと、これからも生き続けるのは別の話さ。私は欲張りなことにまだ愛する旦那と居たくてね。葬式の連絡は追ってするよ」
 元から大人しい女の子でしたが、達観した物言いはまるで長く生きた女性のようです。
 知らない人が見たら「良くできたお子さんね」と言われることでしょう。




 /135

 おばあさんのお葬式が執り行われました。
 ライナーは初めておかしさに気付きました。
 皆、悲しんでいませんでした。
 喜んでもいませんが、葬式に参加した人は皆平然としていました。
(ああ、でも俺もそうだった)
 そういえば自分も父が死んだとき、呆然と親戚が進めてくれるのを眺めているだけでしたっけ。



 /136

(どうやら俺は、俺達の周りの人達は、こういう別れに慣れているらしい)
 社会の取決めた死の運びは順調に進んでいきます。2〜3日があっという間に過ぎていきました。
 やるべきことはしましたが、何事も無く平穏は戻ってきます。
 おばあさんの死に慌ててはいませんが掃除はこの数日間できませんでした。


 /137

 この3日間は流石にベルトルトも誘ってこないだろう……と思いましたがそうはいかず。
 こちらが拒まない限りベルトルトは身を重ねてこようとしました。
 4日目。何も無い1日が始まり、さて普段を取り戻そうと起床すると、朝からにも関わらずベルトルトはライナーをベッドに押し倒してきました。


 /138

「ライナー……どうして求めてこないの?」
 気分的にヤレるものじゃなかったと素直に答えます。
「たとえ君の母が亡くなった日も、あんなことをしておきながら」
 それは俺ではない。あんなことがどんなことか判らんがそんなのするような俺はいない。ライナーは率直に答えます。
「……ああ、そうだったね」


 /139

「君の傍でずっと待っていたとしても、もう二度と●●にはならないんだ。……●●は戻ってこないんだ」
 ぼそり、ライナーに言うというより自分に言い聞かせるような独り言。
 聞いたライナーは、胸が締め付けられるように苦しくなりました。
「お前が目覚めて俺を襲ったのは、俺が次代の相手だからか?」


 /140

 ベルトルトは頷き、肯定します。
 眠りから覚めたら自分を可愛がっていた男は死に、次に彼になるべく存在していた男がいた。体は変わっても彼には変わりない。だからベルトルトは初対面の人間と身を重ねた……。
 でも、移植とやらをする前に彼はいなくなり、残ったのは器になる予定だった別人。さて。


 /141

 ライナーは押し倒されたままです。
 身近にある顔を、ライナーの方から近づけさせ、唇を、舌を奪います。
 ベルトルトは人と同じように長時間呼吸器官を塞がれると息を荒くしました。
 はあはあと赤くなるベルトルトの顔は、見ているだけで熱が高まります。
 欲しい。もっと熱くなりたいと思います。


 /142

(それを恋と言ったら浅はかで軽薄か)
 思いながらも止められなかったライナーは、ベルトルトが慕ってくる通りに身を重ねました。
 シーツの上で求めました。熱を放出しました。
 一度落ち着いても新たな火が灯りました。求めても求めても、いくら時間があっても足りない、とても淫らな時間でした。


 /143

「ああ、ああああ、あああああ」
 気持ち良さそうな声を上げるベルトルトの声を聞いていると、ライナーの中には同じ声で放たれたある台詞がずっとリフレインしていました。
『君の傍でずっと待っていたとしても、もう二度と●●にはならないんだ。……●●は戻ってこないんだ』
 そのときのベルトルトの声はとても悲しいものだと真正面から聞いていたライナーには判りました。


 /144

『君の傍でずっと待っていたとしても、もう二度と●●にはならないんだ。●●は戻ってこないんだ』
 悲しい声。
『君の傍でずっと待っていたとしても、もう二度と●●にはならないんだ。●●は戻ってこないんだ』
 とても悲しい声。


 /145

『君の傍でずっと待っていたとしてももう二度と君は彼ではないんだ彼は戻ってこないんだ君の傍でずっと待っていたとしてももう二度と君は彼ではないんだ彼は戻ってこないんだ君の傍でずっと待っていたとしてももう二度と君は彼ではないんだ彼は戻ってこないんだ君の傍でずっと待っ』
 切なく愛おしむ声。


 /146

 ちょうどそのときライナーはベルトルトを後ろから愛していました。
 獣のような格好をしていて、覆い重なっていて、激しく情熱的に乱暴に物狂おしいぐらいに。
 それでもきちんと『愛していました』。
 背中を抱いていたライナーはベルトルトのうなじに噛みつきます。
「うあ!?」
 そして中をこじ開けました。


 /147

 数日前にやったことを鋭い刃ではなく歯でやっただけです。
 こじ開けたベルトルトの中身を弄ります。
 数分後、人間のようにひいひいと息をするをするベルトルトは「……ライナー……」と名前を呟きました。
「ベルトルト」
「ライナー」
「ああ」
「ライナー」
「そっちの方がお前らしい」
「……ライナー?」


 /148

 聞きたい言葉もありました。
 聞いていて不愉快になる話もありました。
 新しいプレイもありました。
 聞きたくない真実もありました。
 もっと探りたい心がありました。
 受け入れたくない心もありました。
 ……実はとっても気の弱かったライナーは、とても我儘で怖がりなので「聞かない」選択肢を選びました。


 /149

 言葉を奪うなんて酷い奴、ありのままの姿を受け入れないとは非道な。
 そう思ったけどもう昔の話です
「俺は俺だ、ベルトルト。過去の俺や他人の俺のことは口にするな。俺の名前だけ叫んで……喘いでいろ」
 数日前に感じた通り、映像の中の陵辱者と同じ顔をしていました。


 /150

 ベルトルトは一瞬切ない顔をしてその選択をした男を見つめます。
 ふうと溜息を吐き、大きく手を広げます。
 抱きつこうと、抱きとめようとしていました。
「ライナー」
 中身が違うと言うけど、おそらく今も昔も変わらぬことを続いていくのだろう。
 ……ベルトルトは、彼の名前を鳴きながら思いました。




 /151

 掃除を終えました。春休みが終わりました。ライナーはベルトルトを連れて普段の生活に戻ります。
 季節が一周しました。高校を卒業しました。進学をしました。大人になりました。社会人になりました。
 ライナーの生活の隣には必ずベルトルトがいました。


 /152

 帰宅するとベルトルトが待っている1日が何日も何百日も巡ります。
 ライナーが外に出ている間ベルトルトは眠り、帰ってくる数時間前に起動して主の帰りを待ちます。
 「ただいま」と言うライナーは、「ライナー」という声と共に暖かい食事が待っている、そんな1日を何巡もしました。


 /153

 ライナーは時々ベルトルトを外に連れ出すこともありました。
 ですが、基本は彼が外に出ることはありません。
 ベルトルトが外に連れて行ってほしいと願わなかったから、ずっと中で愛していただけに過ぎません。
 と言っても、ベルトルトは「ライナー」の他に限られた言葉しか口にできませんが。


 /154

 暫くして設定をいじるだけの知識を得たライナーは、新たな言葉をベルトルトに覚えさせました。
「なあ、ベルトルト」
「好き」
「そうか」
「好きだよ、ライナー」
「ああ」
「ライナー、好きだ」
 スキという鳴き声です。
 スキダ、スキダヨなど小さな変化はありますが、ライナーはその鳴き声を設定しました。


 /155

 どんなに疲れていても苦しくても1人でも、家に帰れば名前を呼んでくれて、好きと言ってくれる。
 ライナーは、そんな生活を送っている自分を「寂しい奴だ」「気味が悪い」と言われてもおかしくないという自覚がありました。
 それでもやめる気は一切ありませんでした。
 父を幻滅していたこともある自分を笑ってしまいたくなります。


 /156

 ベルトルトと出会う前のライナーは、家の外に出れば愛想良く皆と話し楽しく友達とからかい合う楽しい少年時代を送っていました。
 でも傍で寄り添ってくれる存在はいませんでした。
 今なら判ります。
 一人は淋しいから、もし二人で満ち足りた暮らしができるなら。延々に続けていられる方法があるなら。
 一人になりたくなかった父、ベルトルトの言う『彼』が倫理観の欠いた暴走で、俺を殺してでも愛して生きていたかった気持ちは、今なら判るのでした。


 /157

二日酔いが数日遅れてやってくる頃になった年になったライナーは、仕事を終えて自宅に帰ると、ベルトルトがお出迎えに来ない異変に気付きました。


 /158

 人間に老いがあるように、道具も磨耗し機能が鈍くなる……ぞくに言う寿命があるものです。
 てっきり寿命が来るのは自分だけ、何十年も続けてきたような物言いのベルトルトにはそんなものは無いと信じきっていました。
 まるで風邪をひいて寝込んでしまったかかのように、ベルトルトを気遣い寝かせます。


 /159

 苦しむことはしません。ただ動きが鈍くなっていて、とても眠そうでした。
 揺すってもぎこちない動きで、ライナーは機能停止の……死の訪れを感じました。
 呆然とします。
 ベルトルトの姿は出会った日から変わっていません。一方呆然と横たわるベルトルトを見ている自分の顔は……随分大人しくなりました。


 /160

 別れが来る。ついに来てしまうのか。
 このような別れは生物界では至極真っ当な話。いつか訪れる瞬間なのは仕方ない。
 自分より彼の方が早かったのは意外だが。
 考え続けているうちにライナーは、ある考えに辿り着きます。
「……嫌だ」
 布団に横たわるベルトルトの隣に胡坐をかき、眉間を抑え、呻きます。


 /161

 ライナーはその日会社を休んでベルトルトを連れて故郷に戻りました。
 滅多に戻らない実家は誰にも引き渡さず自分の物にしていました。
 父の部屋に行って本を漁ります。
 そしてあるものに行き当たりました。
 ライナーは、整頓された本棚を崩します。
 本棚の背、壁には……無数の巨人が立って眠っていました。


 /162

「どこまでも俺は同じだな。顔や性格だけでなく『何かしら対策を練ってるだろ』って考えまでも」
 そういえば自分は気に入った物は、普段遣い用、観賞用、保存用ととっておくタイプでした。
 父も、というか彼らも同じだったようです。
 綺麗に保存されたベルトルトがまだ無数、壁の中に保存されていました。


 /163

「よし、ベルトルトの中のものを新しいベルトルトに移行するか」
 ライナーは部屋の隅で体の負担にならないよう座らせておいたベルトルトに振り返ります。
「……ライナー」
 そのときのベルトルトの顔は、何故か悲しそうな顔をしていました。
「ベルトルト? どうした?」
「……好きだよ」
「俺もだ。さあ」


 /164

 さあ。
 ライナーは学んでいた知識をフル動員させ、古くなったベルトルトから新しいベルトルトに乗り移らせました。


 /165

 その日、幼馴染のマルセルに会いました。
 ライナー同様、もう良い年の男になっていたマルセルはマルセルのままでした。決して中身がベリックじいさんではありません。


 /166

 マルセルは、祖父のベリック(もう数年前にお亡くなりになりました)から事情は聞いています。
「ライナー。お前、ベルトルトを移行したのか」
「ああ、傷一つ無くスペアが保存されていて助かったぜ。まだまだ沢山居たからな、これからも問題ないね」
「もしライナー」
「なんだ」
「お前が、死にかけたら」


 /167

 マルセルは笑いのない真剣な顔でライナーに言います。
「ライナーが死にかけるときがきたら、きっと新しいライナーに移ろうとするんだろうな」
「……。死に際になったらやはり俺もかつての俺と同じになると?」
「代替わりという行為を受け入れてしまっている以上、そうなるんだろうな」
「……悪いか?」


 /168

「いいんだ。それでライナーが満足なら」
 理解のある幼馴染を持ってライナーは嬉しくなりました。
 それから話をして、去って行くマルセルを見送ったライナーは、変わらず15〜16歳ほどの動きの良い体で後ろに控えるベルトルトを抱き寄せました。
「さて、最近我慢してたからな。お前と出逢った故郷に帰って来たことだし。精一杯ヤろうか」


 /169

「ライナー」
 たとえベルトルトが続けることを拒んでいてもその気持ちは言葉にできません。
 敢えて聞かないようにしているのだから。
 ベルトルトは自分の役目通りライナーに身を寄せます。
「好き」


 /170

 永遠と役目を果たすだけの彼とそれを続けるために永遠を創り出していく彼。
 実際に彼がどの結論に至るかは、
「好きだよ、ライナー」
「俺もだ」
 あと数十年後、彼らの毎日を巡らせていけば判る話です。
 身を寄せるだけでなく、彼らは今日も一つになっていったのでした――――。




第1章 END

ライナーとセックスをするためだけの存在なベルトルトはかわいいし、鳴き声が「らいなあ」だけだったらかわいい。
2013.4.18