■ 「傷口から言いなりの花が咲いた。」



 /0

(お題:「座敷牢」「耳たぶ舐め」「鼠さん」「一番搾り」「トラウマライナー」)



 /1

 今の僕をライナーに見てもらいたい。言われたことは何でも出来る、僕はね、いい子になったんだ。こんな僕をライナーは喜んでくれる筈だ。

 お日様の光が一切入らない地下。座敷牢の中で横たわり、次の命令が来るまでじっと待つ。
 ぼんやりと暗闇を見ながら想う。大人からは「眠っていても良い」と言われているから体を横にしていた。今日は今日で大変でとても疲れてしまっている。
 ようやく戻った意識の中で真っ先に頭に浮かぶのは、やはり僕と同じように鍛錬に励むライナーの姿だった。

 彼の声を、記憶の中から引き摺り出す。
 ――今日の訓練を我慢して終えたなら、一緒に川へ遊びに行こう。
 君は確かそんなことを言っていたね。ライナー、約束を守ってくれるかな。今日も君に会えないのかな。もう長いこと会ってない気がする。悲しいな。でも君のことを考えるとなんだか体が暖かくなるんだ。
 そう、君のことを思い出しているだけで優しい気持ちになれるんだ。

 更に想い続ける。
 牢屋の鍵は大人達が出て行く際に開けっ放しにしているから、いつでも気が向いたら出ることが出来る。明日の時間までにこの地下室に戻ってくれば怒られずに済む。格子の外の長い階段を登れば愛するライナーの元に向かうことができる。そう思っても僕は固い地面に頬を付け、目を閉じ続けた。
 だってまだ本調子じゃない。特に顔面に違和感がある。肉が張り付いているような感覚が拭えない。巨人化したときの癒着痕がもう数時間も経つというのにまだ僕の体にへばり付いていた。
 もう数時間経ったというのに消えない巨人の痕に、もしや「もう人に戻るな」ということなのかと朧げに懐う。
 それだとライナーとお話できないから嫌だよ。僕は彼の話をただ聞いているだけだけど。
 満開の花のような笑顔を思い出す。冷たい空間でもみるみる体が暖かくなっていく。
 最期に彼に会ったのは、数日前に格闘術の訓練のときからか。一番新しい彼の姿を探し当てる。
 彼以外にも一緒に訓練を受ける子達が大勢居た。でも最後の1時間で何人も居なくなった。効率良く首を落とす方法を実践で学んだ結果、試合に勝った僕は生きて、負けた彼らは死んだからだ。
 ライナーを含む生き残った友人達は訓練の後も訓練に励んでいる。生き残ったとしてもまた何人か消えていく。そうやって残った最後の子供が栄誉ある者として選ばれる。その称号を貰うために、みんな、隣で訓練する子供を蹴落として生き残ろうとしていた。
 でも僕は途中から地下奥深くの座敷牢に入れられて、違う訓練を行なっている。
 僕は他の子供達の巨人とは少し違ったから特別コースを設けられたのだろう。それでも訓練が甘くなったりはしない。今日だって特別コースと言っても、僕は傷を治すのが下手だから隔離され学ばされていただけだ。

 まず重点的にお腹をナイフで刺された。穴が空いたらすぐに塞ぐ。指を千切られて、すぐに戻す。それを何度も繰り返した。刺されては塞ぎ千切られては戻すの繰り返し。牢はあっという間に僕の赤に染まった。
 終わったら次は足をもがれた。けど今度はすぐに治さず、もいだ人が「いいよ」と言ってくれるまで治さないで耐える訓練をした。
 痛みに耐えられる体にしておかないといけないと言う。太陽の当たらぬ場所でひたすら激痛を呑み込む鍛錬は、あまり好きじゃなかった。特別コースが用意されるぐらい僕はこれが苦手で、「その程度のことも出来ないのか」と怒られてばかりだった。
 不出来でもすぐに僕が処分されないのは、ライナーが口を合わせてくれたおかげだ。「初歩的なことが出来なくてもベルトルトは優秀だ。たとえそれが出来なくても、なんでも言うことを聞きます」。彼の説得のおかげで辛うじて僕は生きている。
 彼は僕にも声を掛けてくれている。「大人しくしたがっておけばそう簡単に処分なんかされない。お前はお前の出来ることをしろ」。ライナーがそう言ってくれたおかげで、僕はなんとかみんなについていけていた。
 限界を感じたときはいつもその声を思い出す。出来なくていつも慰めてもらっていたあのときのことを。
 さあ、出来るようになった今、彼に会いたくて堪らない。

 彼の声を、記憶の中から引き摺り出す。
 ――今日の訓練を我慢して終えたなら、明日美味い物を食わせてやる。泣かずに頑張るんだぞ。
 そうだよ、君はそんなことも言っていたんだ。ライナー、君のおかげで僕、偉いって言ってもらえるようになったんだ。大抵のことじゃあ、もうびくともしない。そう簡単に泣かなくなったんだんだよ。君のおかげだ。君が僕を一生懸命叱ってくれたから。
 だから、君に見てほしいな。
 
 激痛に耐える訓練が終わったら、今度は色んな男の人の相手をした。
 今度の訓練も痛みに耐える修行の一環だ。僕の鍛練に付き合ってくれた人達に感謝を込めて奉仕する。命じられた通り、彼らのおちんちんを舐める。それがもう日課だ。怪我を治す訓練よりもこちらの方が嫌だったけど、最近はそう思わなくなった。
 最初は嫌だった。人前で裸になるのは恥ずかしかった。でも「そんなこと言える身分か?」の一言の前では黙るしかない。自分の体を酷使しなければいけないところは同じだが、言われた通りにするだけでいい訓練の方が僕には楽だった。
 おちんちんを咥えることだって大抵の人は先端を頬張るって喋ると喜ぶのかと判ってからは嫌悪感が薄れた。幹の部分を舐めたりべろりと側面を舌全体で撫でたりすると、みんな「いい子だ」と頭を撫でてくれる。
 みんな、「いい子は好きだ」と僕のことを見てくれる。
 それが嬉しい。攻撃をかわすこと、相手を一撃の拳で葬ること、傷を治すことは僕達戦士にとっては「出来て当然」だった。巧く出来ない僕は欠陥品で、それこそ特別に処置を施してあげなければ僕なんて見向きもされないぐらいだった。
 だけどこっちの訓練は、言われた通りにしただけでみんな喜び、「よくやった」と笑ってくれる。
 最初はどちらも激痛が伴うから嫌だと思ったけど、痛いのは最初だけで、今となってはこの時間が待ち遠しいぐらいになっていた。
 おちんちんをいっぱい舐め回した後は、(人によるけど)口に白いおしっこを出したがるのでいっぱい深呼吸をする。大きく口を「あーん」と開けるとこれも大抵の人は喜んでくれる。
 その前に一言、僕のお口にいっぱい出してくださいとご挨拶をすると完璧だ。
 近頃は直接口内に吐き出すよりも、ジョウロでお花に水をあげるように、びしゃびしゃと口元に飛ばす人の方が多かった。出来るだけいっぱい飲もうとすると尚良い。苦くて臭くて喉に絡むので時々吐き出しちゃうが、吐き出しても一生懸命飲もうとすれば「よしよし」と褒めてくれる人が多い。
 傷を治す訓練は出来なかったらお仕置きをされるぐらいなのに、こっちは失敗しても優しく体中を撫でてくれる。
 だから、この時間が嫌いじゃない。
 おしゃぶりだけで最終訓練を終わらせる男の人も居れば、僕にお尻を出すよう命じ始める人も居る。「さあ、食べてやる」 そう言われたら素直に僕は身に纏う衣を剥ぎ、頭を低く顎を地に付けるようにして腰を上げる。それが一番ラクな姿勢だ。
 その後は、その日相手をする人次第。
 馴らしていないお尻の穴に大きなモノを押し込んで、呼吸できなくて泣いていても「これも訓練だ」と言って修復していく僕の体を愉しむ人がいる。
 僕がどろどろになるまで道具で責め立てた後に、ぐちゃぐちゃになったけつまんこへおちんちんを沈めていく人もいる。
 他にもずっと尻穴を指や細い棒で苛めて、僕が「イキそうです」と言うと何もしなくなり、落ち着いてくるとまた動きを再開したりする人もいる。
 多くの人が僕をいっぱい躾てくれた。僕は色んな人の相手をしていた。もう最近では、傷を癒す訓練よりもその後、最終訓練の時間の方が長い。
 長く取られているものの方が僕の体を変えていく。当然のことだった。

 彼の声を、薄れてきてしまっている記憶の中から引き摺り出す。
 何て言ってただろう。次は頑張れ。次も頑張れ。明日も我慢するんだ。来るべき日のために俺達は我慢していくんだ――? そんなこと言っていたような、どうだっただろう。
 よく思い出せないけど、君がそう言っていたと思うから僕はずっと訓練に励んでいるんだ。愛しい君が応援してくれるんだもの。口にできないものだってするし、何に手をかけることもできるんだ。

 最後に躾けられてから既に数時間。光は無くてもきっと朝になった今、自然に癒える体はすっかり穴まで閉じてしまっていた。眠る前は閉じられなくなった淫乱な穴からみんなに注いでもらった液体がどぼどぼと垂れ流していたのに。今では何事も無かったかのように綺麗に治ってしまっている。
 最終訓練を始める前の修復鍛練の成果がこんなところで出ているとは。どちらの修業も巧く出来るようになったと実感する。また僕は一つ、いい子になった。修繕された穴を指の掌で撫でる。何もされていないときのようにぎゅっと萎んでいるそこを小さな器官で感じて、自然と唇を歪ませていた。
 少しだけ穴に指を入れてみた。初めて入れるときのように固く、中に数センチも入らない。ではと屈んで無理矢理指を押し込む。そしてゆっくりと抜いていく。何度も繰り返す。
 段々と中に入り込みやすくなっていく。変化していく体を自覚するたびに喜びが駆け巡る。僕はおちんちんを突っ込まれた後の、引き抜かれる感覚が好きだから。抉られることよりも、異物が無くなって開かれたときの解放感が良いから。表面に振れる空気にじいんと視界が歪む、それが堪らなく気持ち良いから。だからついついやめられない。
 けど自分でやると一苦労で、快感を知ってしまった僕は以来、大勢の人に頼んでいる。時間が空くたびにしてほしいと強請ってしまう。
 もっと挿れてください。もっと抜いてください。もっとじんじんと気持ち良いあの感覚が味わいたいんです。ずくずくしたいんです。早く、おちんちんをください……。
 多くの大人はそのことを言うと、笑う。「ついにこいつも虜になっちまったか」と。怒る人はいない。
 それも嬉しかった。巧く立ち回れなくて怒られてばかりの僕の放った言葉で、僕のしたことで他人が笑ってくれるなんて。こんなに心が穏やかになることだったとは知らなかった。
 知ってしまった僕は、どんどん深みに嵌って鍛錬に励んでいた。

 脳を引っ掻き回して、いらない物は全部捨てて、引き摺り出しやすくなった彼の声だけを僕は聞く。
 ――――。何て言っていただろう。「頑張れ」って言ってた気がするけど、実際はどうだったかな。

 きっともう外はお日様が上がっているかもしれないけど、僕は冷たい床に顔を引っ付けて眠っていた。
 体液はいずれ消滅する。どんなに塗れていようが数分後には消えていく。汚れていた僕の体は何もしなくても綺麗に無くなるもので、傷も全て修復し終え今となっては連日の陵辱なんて無かったかのように。
 痛みはもう無い。傷が無くなったからどこも痛くはない。でもなんだか体が重くてずっと床に顔を引っ付けたままだった。痛みはないと思ったがなんだか胸のところがくすぐったい。突然の異物感に何だと思っていると、僕の体を纏う一枚の布切れの中から、ひょこりと鼠が顔を出した。
 びっくりして振り払おうとしたが、痛くなくても体は思った以上に疲労していたらしい。叫ぶことも起き上がることも出来ず、衣服の中に鼠は消えていった。
 ざらっとした変な感覚が次々に襲う。なんだか気持ち悪い。やだ。くすぐったさに悶えていると、突然ガシャンと金属音が牢の中に鳴り響いた。鍵は元から掛かっていない。顔を上げると格子を潜って入って来るライナーの姿が見えた。
 ライナー! ライナー、だ!
 訓練を終えて数時間が経っただろうに疲れた顔のライナーが、こんな所に居る。ああ、ライナー、会いたいと思っていた君にこんなに早く会えるだなんて。
 衣服の中を駆け回る鼠に身を捩ってしまう。やめて! つい走る鼠に向けてやめてと言い放ってしまった。
 言った後に、まるでライナーを拒んだように思えてハッとする。すぐにライナーに向き直り、違うんだ、君に向けて言ったんじゃないんだよと弁解した。

「不潔だ」

 ライナーはぴしゃりと言い放つと、すかさず鼠如きに弄ばれる僕の体をまさぐり始める。僕が小さく声を漏らした頃には、鼠は開けた出口から素早く物影へと逃げて行った。
 不潔。静かに放たれた一言に、ライナーに会えて嬉しくなった心が一気に落ちる。
 汚い。僕は、綺麗じゃない。
 鼠に這われていて、いっぱい色んなものを口にして、自分の流した血の渦でもがいて暴れていた。綺麗だなんてお世辞でも言えない。
 凄まじい訓練を終えて泥まみれになっている筈のライナーは身なりの方がしっかりしている。僕は布切れ一枚じゃないか。自覚した途端、急激に顔が熱くなる。ぼんやり眠っている場合じゃなかったんだ、すぐにここから出て水浴びをするべきだった。恥ずかしくなって俯いてしまった。

 沈んでいると、突然ライナーの両腕が僕の体を包み込んだ。背中に腕を通されてぎゅっと胸の中に押し込められる。空いた掌が僕の黒髪をくしゃりと撫でた。
 ライナーが、抱き締めてくれている。
 不潔であろうが何だろうが、彼にはお構いなしらしい。ああ、ライナーは優しい。いつも僕を許してくれる。だから僕も心を許せる。そんな君だから、僕は君に縋って……。ライナーは僕の肩に顎を乗っけると、耳元で囁く。

「今日も頑張った。辛かっただろう?」

 耳元にかかるライナーの声。抱き締められて伝わるライナーの鼓動。全身を覆われて気付く、ライナーの体温。
 久方ぶりに味わうライナーに、元からこもっていなかった全身の力が更に脱力する。勝手に熱くなったり、気落ちして沈んでいるのが恥ずかしくなってきてしまった。

「ほら、そんな顔するな。今は誰も居ないんだから、泣きたければ泣けばいい」

 普段の僕だったらその一言で大粒の涙をぽろぽろ流していたかもしれない。
 でも大勢の相手をしたとき、多くの刃で身を裂かれたときに流してしまった涙は枯れ、ライナーがいくら「泣いていい」と言ってくれても一滴も出ない。
 それに悲しいよりも嬉しい感情の方が勝ってしまっている。ライナーが来てくれた喜びが強くて、泣いている場合じゃないと思えてしまう。
 大好きなライナーは正面から僕を抱き締めてくれる。交差した腕が肩を抱いてくれている。ぎゅうっと強く抱いてくれているんだ。優しい温もりに僕も身を寄せる。
 何か彼にお礼をしたくて自分の唇を彼の体に寄せた。そんなものでお礼になるか判らなかったけど、したかったから抱きついていた。

 ライナー。今日は、一人なんだね。大人は誰もついて来なかったの? マルセルは一緒じゃないんだ?

 いつもしているような何気ない言葉を投げ掛けながら、ライナーがしているように僕も彼の肩に顎を置いた。
 ライナーの首元に唇を当てる。ただ彼がしていることと違うのは、僕は彼の首の血管に舌を這わせていた。
 びくりとライナーの体が大袈裟に跳ねる。

 嬉しい。だって君は一人だ。今、僕達は二人きりなんだよ。ライナー。君が来てくれて嬉しいよ。

 言いながら舌で撫でる。
 ライナーは僕を振り解くことはしない。君の為に地下までわざわざ来てくれているのだから、突き飛ばしたり見捨てたりもしない。
 嬉しい。だって彼はこの牢屋を嫌っていた。大人達に呼ばれて来るとき以外は決して牢には近寄らなかったのに。こんな僕を視界に入れたくないって思ったこともあった筈だ。でも彼は来てくれた。
 僕に会うために!

 今まで僕が経験してきた些細な幸福も忘れてしまうぐらい、俺と彼の時間は遠いものになっていた。
 誰だって毎日の鍛練は厳しいものだ、何日も会わなかったら関係も希薄になっていく。
 でも、そんなの嫌だった。座敷牢の中でぼやきたいことが沢山あった。全部僕の中に沈めておきたくはなかった。だから僕は愛撫しながら次々言葉を繰り出す。
 今は彼と話がしたい。もっと彼の存在に触れていたい。そればかり考え、彼の名前をずっと呼び続けていた。

 ねえ。ライナー。ライナーの番は、いつなの? もしかして、今日が君の番なの? だから来てくれたの?
 いつも君はここに来ても僕がみんなに遊んでもらっているところを見ているだけだったよね。ライナー。あれね、僕は少し切なかったんだよ。

 僕を抱き締めるライナーは、静かに「……『番』って何だ?」と訊き返した。
 お互い至近距離すぎて僕が、彼が、どんな顔をしているのか判らない。

 ライナーが僕を抱いてくれる番だよ! 相手をしてくれるのは、いつなの? 今日だよね? だから君は一人で来てくれたんだ!
 ライナーに食べてもらえるなんて、僕、考えるだけで最高の気分だよ。

 ライナーの首元に埋めていた顔を上げ、ゆっくりと彼を食べ始める。
 最初は耳だ。耳たぶを咥え、輪郭を添うように舌を這わせ始める。そして穴へと舌が侵入させる。くちゅ、ぐちゅっと湿った音が直接脳に届くように、ライナーの奥へ舌を入れ込んだ。
 歯は決して立てない。僕は直接ライナーを食らう化け物になったんじゃない。ただただ少しでもライナーと一体化したくて舌を刺し込んだ。
 先程自分がされたように僕はライナーの衣服の中に手を差し込む。刺激を与えようとする。這い回る鼠すら追い払えなかった腕なのに、ライナーの体を愉しませようと必死に動かしていた。
 ライナーが何かを言おうとしたが、その口に齧り付く。
 僕の唇は乾いていた。普段からあまり気持ち良いものじゃないと言われる。でも訓練が様になってきて褒められるようになったんだ。ライナーにそれを味わってもらいたくて唇を重ねた。
 ライナーの舌が食べたい。歯を突いて中をこじ開ける。
 彼の喉。彼の香り。彼の息を直接飲みこめる。嬉しい。ライナーが僕を相手するときを、僕はずっとずっと待っていたんだ。
 そのとき、僕を引き離そうとライナーが背中に回していた腕を解いた。きっと両肩を持って押し退けられる、と思ったが、いつまでもライナーは僕の肩に手を置いたまま何もしなかった。
 空腹で耐えきれない僕を可哀想と思ってくれたのか、同情してかライナーは何もせず、僕にされるがまま力を抜いた。

「ベルトルト。俺は、そんなつもりで来たんじゃないんだ。俺は」

 顔が真っ赤だよ。ライナー。恥ずかしがらないで。初めてなんだよね? マルセルも最初は同じ顔してたから判るよ。マルセルも最初はこうだったから。

 安心していいと言いながらライナーを冷たい床に倒す。その上に覆い重なる。ライナーの顔はどんどん強張っていた。何が起きるか判らないというかのような顔に、僕は少しだけ優越感を得た。年上のライナーに先導することができたるなんて。大人に連れて来られたときのマルセルも同じような反応だった。彼らの困惑する顔が見られてなんだか気分が良い。
 でも、それだけじゃない。僕が嬉しいのは、朝からライナーと一緒に居られることだ。僕、ライナーが早く来てほしいってずっと考えていたんだ。君の言葉で成長した僕をどうか味わってほしい。最近はそればかり考えていて、いざ君と肌を合わせることができたのだから、嬉しいんだよ。
 ライナーの下衣を脱がそうとしたが、倒れている状態では全部剥ぐことが出来なかった。それならと、膝下ぐらいまで下ろしてそれ以降は触れないようにする。膝の部分に留まった下衣は簡単な脚の拘束具になる。ライナーの顔が余計焦っていた。漏れる汗が可愛らしい。
 股間のところに顔を移動する。
 ああ、これが、ライナーの。これ、ずっと、欲しかったんだ。夢の中でずっと練習していたんだよ。僕がこれをしゃぶって君が「いい子だ」って頭を撫でる、そういう未来があってほしいって。
 下着越しにライナーのおちんちんを舐める。ライナーが声を上げる。いつも焦っていた僕みたいな声で鳴く。その反応が楽しくていっぱいいっぱい舐めまくる。
 気付けばぐちょぐちょになるぐらい、ライナーの下着を唾液まみれにした。おちんちんの形が布越しでも判るぐらいになってから、下着をずらし、直接口の中に含む。じゅぼ、じゅぼと水音を立てるようにする。
 こうするとみんな喜ぶんだ。僕の知っているものよりずっと小さいおちんちん。口に入れやすくて、愛撫しやすいよ。ひたすら舐め転がす。頬張ったきもちいいかいと尋ねるが、ライナーは口を抑えて何も言ってくれなかった。
 黙々とライナーのおちんちんを愛していると、口を抑えていない方のライナーの拳がぎっと強く握られたことに気付いた。彼はぴくぴくと腰の当たりを浮かせようと動いている。
 ライナーの、可愛い。我慢している声も可愛いよ。もっとちょうだい。いっぱい君の声が聞きたいな。ねえ、ライナー、どこが良いか言ってよ。君が欲しいところをいっぱい愛してあげる。
 僕がライナーを気持ち良くしている。ライナーはとても気持ち良く感じてくれていた。それが嬉しくて口元がべちゃべちゃになるぐらい舌を動かした。
 身を大きく乗り出す。ライナーのおちんちんを更に咥える。一番奥まで運ぶと、来た道を戻ってみた。口はちゃんとおちんちんの幹を刺激して、その動きで表面を強く確実に効果を与えていく。
 目一杯動かして、大人達のように「いい子だ」と言ってもらいたくて、必死に動かしていく。なのにライナーは「やめろ」「離せ」としか言わない。まだ足りないのかと責め続けた。

「べ、ベル。ションベン、出る……!」

 ようやく口を開いたと思ったら、僕の口の中に唐突な熱が広がった。どろりとしたものではなく、大量の液体が奥へ奥へと急なスピードで進んでいった。
 目を閉じて鼻から息を吸う。吐き出したら怒られる。いっぱい打つ人だっているぐらいだ。ライナーはきっとそんなことはしないけど、嫌な気分にはしたくない。必死に飲みこんだ。
 ライナー。これが君の味なんだ。
 少しだけ零してしまったが、それも手に取ってすぐ口に入れる。ぷうんと鼻につく匂いが漂う。それも鼻から一気に吸い込んだ後に唾液で押し込めてしまえば平気だ。何回もやっていればいくら鈍臭くったって覚える。
 ちょっとだけ辛いけどもう慣れた。平気にじゃなかったけど出来ることをやれって言ってくれたから、僕は頑張ったんだ。

 ライナー。僕ね、ちゃんと飲めるようになったんだよ。どんなものでも飲みこめるように修行をしたんだ。だからライナーのもおいしいって言えるよ。一番の味を貰えたんだよね、僕は。
 ねえ、褒めて。ここで一生懸命やっていたんだ。君に会えない時間に苦しめられながら!
 じわじわとお腹の中にライナーが入り込む。放ったものとはいえライナーが僕の中に入ってくるんだと思うとぞくぞくした。

 だというのに、ライナーは表情を強張らせたままだった。

 僕も床にしゃがみ込んでみせた。
 ライナー、見て。足を開く。そこは傷が修復し終えた後の僕のお尻の穴。二つの指で開く。オナニーしてから時間が経っているからきゅっと締まっているけど、さっき舐めていたライナーの大きさだったら無理矢理ねじ込んでくる人達に比べれば辛くない筈だ。
 ここに、ライナーのおちんちん挿れて。気持ちいいんだよ。どうしてこんなことするんですかって訊いたとき、そうなんだって教えてくれた。ライナーはまだ知らないことなんだから、僕の方が少しだけお兄さんだ。
 僕が教えてあげる。
 いっしょになろう。
 一旦立ち上がり、ライナーに背を向ける形で跨る。ライナーの膝の上に座るように腰を下ろす。
 腰を半分くらい落としてちゃんと僕の中に導けるか状況を把握し、ライナーのおちんちんを握った。あんまり固くないし大きくもなっていないけど、初めてなんだからこういうものなんだろう。でも掴んでいるおちんちんはあったかくて持っているだけで僕の中が気持ち良く感じてしまう。
 指先で開き、位置を調節して、ぐっと僕の中に導いた。大丈夫、この大きさなら無理じゃない。もっと大きいものをいつも咥えているもの。ぐっと中へライナーのモノを押し込むと一定のところを越したとき、あっさり中に入り込めた。
 ずんっと中を貫く感覚は、痛みよりも快楽の方が大きい。
 完全にライナーの腰へとお尻を下ろすと、思った以上の簡単さでライナーのおちんちんを飲み込んでしまった。ライナーは苦しんでいる。潰れたような声と同時に、僕の名も叫んでいる。
 僕の中、ぎゅうぎゅうでしょう?
 ライナーは顔を真っ赤にして、目をぎゅっと瞑って、ああ、とっても可愛い。辛そうな顔がとっても愛おしい。
 きもちいい? きもちいいんだよね? 僕は尋ねる。ライナーはこくこくっと首を縦にする。必死にきもちいいって頷いてくれている。
 ああ、嬉しい、嬉しいよ。僕もライナーと一緒になれて幸せだ。
 ライナーの零す声が嬉しくて僕は腰を動かす。
 ねえ。僕も動くから、ライナーも一緒に動いて。もっと強く、もっと激しくして。
 荒い呼吸でライナーが「どうやって」と尋ねてくる。ずんずんって、押し込んで。言うと、ライナーがその通りに動く。僕の先導通りに彼が動く。こんなの今まで無い。響く振動に全身に快楽が駆け巡った。
 あ、ああ、ライナー、ライナーのが大きくなってきたよ。
 じいんと肉が歪む。じゅくじゅく最奥が沸騰する。
 気持ち良い。気持ち良い。夢の中の出来事が現実になるなんて。気持ち良い。
 はぁはぁと息を吐くライナーが勢い良く、力強く腰を突き上げる。僕の体が揺さぶられた。僕の中にライナーのモノがいっぱいだ。とっても気持ち良くて涙が出てしまう。
 ライナー、ライナー。僕、僕。
 名前を呼んでいるとライナーが僕の腰を掴んだ。奥まで押し込まれて電流が全身を襲った。

 熱い。ライナーが流れ込んできた。びくびく跳ね上げてしまう。お互いの名前を呼び交わしながら、僕らは繋がる。
 念願のこの時間。この空間には僕らの嗚咽が満たしている。漂う空気も熱い呼吸ばかり。飛び散る汗も今は僕らだけのもの。ここには僕と彼しかいない。
 戦うべき敵もいないし、傷付ける他人も居ない。僕らが一つになっているだけの世界。ずっとここに居られたら厭なことも何も考えなくて済むのに。そう、こうしていられたらいいのに。もう誰も来なくていい。彼だけを感じていたい。
 無理だと判っていながら、僕は高く鳴く。

 不思議と、僕の思考が止まっていくのを感じた。
 僕ら二人が一つになっている世界が永遠に続くなんてありえない。数時間もすれば誰かが来て毎日が始まり、数日もすれば遠い世界に追い出され、数年後には怖い敵と対峙しなければならない。
 僕は長い修行の中で知った。いつか出会う敵に応じられるように痛みに耐える修行が、こんなにも愛おしい行為だったなんて。これをするために僕は明日を生きてもいい。出来ればライナーと、ううん、出来ればじゃなくライナーとずっとこの行為に興じていたい。そのためには二人で生きていくためのことをしなくちゃ。そう、記憶の中でライナーが言っていた通り、訓練を頑張らなきゃいけないんだ!
 数時間後も数日後も数年後も、この快楽が欲しいと思って生きていけば、僕は止めた心で戦っていける。そんな気がした。



 /2

 皆が祈り捧げられるように祭壇に掲げられていて、誰も見向きもしないようにゴミ捨て場に放置されている。両極端だが、どちらもベルトルトという肉体の在り方だった。
 陽の光が一切入らない地下の座敷牢、蒸気が上げ激痛に耐えるベルトルト。ナイフで汚された後は精液を被せられ、これが正しいんだ、これこそがお前の使命なんだと繰り返し謳われる。
 連日の陵辱は、傷が無くなったからと言って消えることはない。

「ん、ぅう……あぁ……らいなぁ……きもちい……よお……」

 先程まで彼は座敷牢の中で、体を丸くして静かに眠っていた。
 付けられた傷だけでなく、腕の注射痕も無くなっていた。巨人から戻ってきた後に付く体中の聖痕も無い。
 牢屋の中、自分で自分の体を守りながら目を閉じた幼い少年は、地獄なんて一度も味わったことのないように穏やかに夢想している。

「ぅあ……もっ……とぉ……! らいな……いい……! 欲しい……欲しいよぉ……!」

 全ての痕跡が消えてしまったとしても、過去に起きた事実までは消えない。
 俺は知っている。彼はここで致死量に達する血を流した。傷を付けられあまりの激痛に「死にたい」「死なせてくれ」と喘いだことだってあった。嫌がって拳を叩き付け、床に血を散らせたこともあった。
 俺はそんな彼を見ていた。ずっと眺めていた。
 助けることなんて一度も出来なくても。

「ぁう……! はあ……っ、また、きちゃう、きもちいいの、きちゃうっ……! ライナー……! 僕、また、あぁあ……!」

 だらしなく漏らし続ける嬌声。嬉しそうに細い腰を動かす少年。従順そうな呆けた目で俺を見ている。いや、もしかしたら俺を見ていないかもしれないほど、透き通った目をしていた。
 その姿は目覚めた筈なのにまだ夢を見ているように見える。
 俺は彼の肌に指を這わす。するとベルトルトは笑い始めた。ぎこちない作り笑いではない。優しく愛おしいものを見る目でもない。狂気に満ちていた笑みだった。
 そんな恐ろしい笑顔でも、連日こっそりと座敷牢での彼を見ているせいで無理に振り解くことなんてできない。

「いく、いくよ、ライナー、君の……ああ。だいすき……だ……よ、あ、あっ……もっと……!」

 拷問の中、ついに泣き喚きもせず、何も映さなくなった目でナイフに刺され、四肢を裂かれていた光景を。
 事務的に「僕におちんちんを恵んでください」「いっぱい中に出してください」と口にしている姿を。
 それらを見てしまったら、こんなに嬉しそうに笑う彼を……生きようとしている彼を振り解くなんて、酷なことは出来ない。

「ぁ……あああっ……いくぅ……ぅう……き……す、き……これ……すき……」

 枯れた声をしぼり出すように俺の名前を呼んでいるベルトルトが嫌だと思ったことは一度も無い。逆だ。地上で鍛錬に打ち込んでいる最中もベルトルトのことが心配で心配で堪らなくて、俺の方から地下に行きたい、彼を取り戻したいと言って来たのだから。
 俺より大人のマルセルに無理を言い入ったのだから、今更俺から突き放すことなんてできない。
 そう、俺は言った。「地下に行かせてくれ、あのまま誰かの言いなりになるぐらいだったら俺のものにする」と。
 疲れ果てた目で、昔に言ってもらったという俺の声だけに縋って、ただ黙って大人達の暴力的な仕打ちに耐えてきた彼。
 向き合って、俺を引き寄せようとするベルトルトに自分から動き、熱く猛る体を抱き締めてやる。

「あっ……ら、ライナー……だいすき……ずっと……いっしょ……がいい……んああ……」

 ベルトルトはゆっくりと俺の背中に手を回した。
 石畳の上で丸くなってただけの体はぎこちない動きしか出来なかった筈なのに、消耗しきった体力で無茶をする。しなかった。

「ねえ……ライナーの……してほしいこと、言って……なんでもするから……なんでも出来るようになったんだ……僕、いい子だって……いつも言われてるんだよ……」

 俺の肩に顎を置いた彼は、俺の確かめるように首元に唇を寄せた。柔らかいものが素肌に触れてむず痒かったが文句は言えない。
 ふう、ふうという呼吸が耳の近くで聞こえて、良かった、ベルトルトはまだ生きているんだ、と当然のことを改めて思ってしまった。
 こんな些細なことも忘れてしまうぐらい、俺と彼の時間は遠いものになっていた。

「いい子って……言ってよ……好きだって…………言って……よ……君が言うなら……できるから……だから、いっぱいちょうだい……僕に……」

 今は彼と話がしたい。もっと彼の存在に触れていたい。
 そればかり考え、彼の名前をずっと呼び続けていた。楽しい話があるんだ、お前が可愛がっていた羊がな、お前が気にしていた花がな……。
 でもそんな話より、彼はもう。

「ベルトルト」
「……ライナー……怖い……顔、しないで……お願い……」
「ベルトルト。よく聞けよ」

 日々与えられる薬。度重なる陵辱。無限に続くような洗脳の声。そういったものがベルトルトから考える能力や感情、まともな思考を少しずつ削り取っていってることは知っていた。
 今、彼がしようとしている行ないも、馴らされたことによる無意識の行為だと判る。
 ベルトルトは自ら進んでこんなことはしない。俺の隣にずっと笑っていた頃は、こんな風に妖艶に縋りついてくるだなんてことはなかった。
 自分がされて楽になったから俺に刺激を与えようとしている。俺のために。這い回る鼠すら追い払えなかった腕なのに、俺の体を愉しませようとするすると動いている。

「ぅ……おねがい……笑ってよ……お願い……なんだってするよ……」
「今はそんなことしなくていい、だってここには俺以外は誰も居ないんだから、やらなくていいんだよ」
「ライナー……らいなぁ…………ずっと……こうして……いて……」

 戦士なんだから命令に従う、それは当然と教わってきたことだけど、たとえ上の言いなりになったって、お前自身は消しちゃいけないことなんだ……お前の意思だけは失わせちゃいけな、いこと、なん、だ、ぞ。
 そう言おうとしてた俺の唇にベルトルトは自分の乾いた唇を重ねてきた。舌を攫おうと必死に柔らかいものを突き出してくる。
 主導権を奪われそうになり、抵抗しようと肩を揺さぶった。唇が乾いていても口内は甘い唾液に溢れている。喋ると垂れてしまうんじゃないかってぐらい、ベルトルトは空腹で堪え切れない獣のように締まりの無い顔で俺に圧しかかってきた。
 冷たい床に押し付けられて頭を打った。きいんと目の前が一瞬白くなる。
 それでも俺は力を失った訳じゃない。先程のベルトルトのように繰り返し犯され嬲られ続けた訳じゃない。ただそんな彼を見ていて疲れただけだから、いざ彼を止めようと思えばすぐに突き飛ばすことができた。
 でも、出来ない。幼い顔からなかなか消えない聖痕。ベルトルトを巨人の運命から引き離さないかのように、時間が経っても未だに消えない。
 普通の人間である彼に、任務なんて戦士なんて関係ない頃の彼に戻さないような姿。真正面から見てしまって……今度こそ言ってみせると胸に刻み、彼を守るかのように両手で抱き寄せてやる。
 花が咲いたように可憐に笑った。

 それでも俺は彼に微笑んでやれなかった。




END

性奴隷ベルトルトかわいい。直球にかわいい。(フォロワーさんからお題を頂いてSSを書く企画をやってみた第5段。お題:「座敷牢」「耳たぶ舐め」「鼠さん」「一番搾り」「トラウマライナー」) そういやストレートなセックスシーンを書いたことがない、喘ぎ声を書くのが苦手だと常日頃から言っていたので敢えてやったことないものから始まる2014年も宜しくお願いします。
2014.1.9