■ 「小さな僕は、首無しライナーと首無しアニの真ん中に座っています。」



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 ごめんなさい。私なりに今まで頑張ってきました。みんなのために今まで努力をしてきました。訓練をサボってばかりでしたけど、私なりに努力をしてきたつもりです。努力の甲斐あって誰とも仲良くならず、成績上位者になれました。きっと成績上位五位以内に入れると思います。ですがその努力も嫌になりました。私は頑張りすぎてしまったみたいです。このままだと五位以内に入っても私は何も出来ないうちに終わるかもしれません。いえ、きっと終わるでしょう。何もしたくなくて、何もしないまま死んでいくことでしょう。それだったら違う人の為に私の席を開けようと思います。それに私がいなくなれば違う人の未来も沢山保障されます。色々言い訳を考えてきましたが、みんなに迷惑を掛けたくないので書きません。私が死ぬ一番の理由は、疲れたからです。私は一足先に逝くことにします。ごめんなさい。良くしてくれた人達、ごめんなさい。特にミーナ。貴方はもう少しで十位に入れるって言ってたね。頑張って入ってください。私がいなくなればきっと貴方の未来が切り開かれるでしょう。今までありがとう。大好きだよ。一緒に憲兵団に行って故郷に帰るんだと言ってくれた貴方達にも、ごめんなさい。誰よりも長く私のことを見ていてくれてありがとう。秘密を貴方達に全部任せることになっちゃうね。ごめんなさい。我儘を許してください。先に逝ってます。またね。ごめんなさい。



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 僕は目を覚ましました。
 さっきまで倉庫で秘密の会議をしていたと思います。いつの間に眠ったのかさっぱり覚えていません。でも僕はとある部屋で眠っていました。
 目が覚めたというのに視界がぼやけたまま一向に霧が晴れません。いつもだったらもう少しさっぱりするのに全然頭が働かず、いつまで経っても夢見心地のままベッドに転がります。
 足をのびのび伸ばすことができるベッドで眠るなんて久しぶりでした。訓練場の兵舎はこんなに大きなベッドではありません。はて、訓練生として生活している僕が知らないベッドで眠っている、これはありえないことでした。なるほど、これは夢なんだ、そう思うことにします。夢ならもう少し体が痛くなくてもいいのになぁ。ぼんやりと働かない頭でそんなことを考えながら靄のかかった部屋を見渡します。
 ここは知らない所かと思いましたが、なんだか懐かしい雰囲気がしました。一体何処だと思ったら、なんとここは故郷にある僕の家でした。まだ帰れない故郷の家に居るなんて、これは夢なんだと余計に確信します。きっと故郷のことが恋しくて夢に見たいと思ったのでしょう。常日頃から考えていることだったので不思議な話ではありません。念願叶った夢に僕はほっとしながらベッドの中で微睡みました。
 夢の中で僕は故郷に帰ってきたのです。変わらぬ我が家で静かに眠る、なんて幸せな夢なんだと思っていると、今がどれだけ苦しいのか思い知らされてしまい、泣けてきてしまいました。ここは幸せな夢の中だ、いっそ泣いてしまおうかと考えてしまいます。夢の中なら誰も見ていませんし恥ずかしくありません。だから大声を出して泣いても構わない筈です。
 ですが、視線を感じたら涙は引っこんでしまいました。
 彼女は、いつの間にかベッドの隣に置かれた椅子に腰掛けていました。
 大人しくちょこんと、物珍しげに僕を見つめています。
 一目で誰か判りました。子供の頃のアニです。同い年で僕より小さい体なのに、僕のお姉さんだったアニがそこに座っているんです。
 金髪、美しい色をした真っ直ぐな目、小柄な彼女がすぐ傍に居るなんて。彼女の姿を見たとき驚きのあまり声が出ませんでした。
 そうそう、小さい頃のアニはこんな格好をしていました。あまり女の子らしい格好はしなかったけど、ボーイッシュな衣装に小さなリボンタイが付いていたりして。記憶の中通りのアニに会えて嬉しかったので、僕はベッドの中から「アニ」と声を掛けました。
 するとアニは椅子から飛び降り、部屋から出て行ってしまいます。
 クールで口数が少ないところもアニだなぁ、僕の中のアニなんだなぁと懐かしさに胸いっぱいになっていると、彼女は金髪の少年を連れて戻ってきました。
 大人びた顔の少年は、間違いなく子供の頃のライナーでした。
 彼はベッドに横たわる僕に近付くなり「おはよう」と僕の頭を撫でます。僕の方がずっと大きいお兄さんだというのに、少年のライナーはよしよしと頭を撫でてくるんです。
 彼もアニと同じように記憶通りのライナーでした。「お前、ずっと寝てたんだぞ。腹減ってないか」と気遣ってくれるライナーの声はとても優しくて、そういえば最近はこんな風にライナーが優しくしてくれることがなくなったなと、ついつい引っ込んだ筈の涙が溢れてきてしまいました。
 ライナーは慌てます。一方、ライナーの後ろに隠れているアニが「泣き虫」と僕に向けて言い放ちます。その言い方は冷たいものではなく、アニは「しょうがないなぁ」と笑いながら「泣くんじゃないよ」と僕を励ましてくれました。
 訓練生の僕らは多く話せません。たまに倉庫でこっそり行う秘密の会議に一言二言会話をするだけです。ライナーとなら頻繁に話をしましたが、それでも最近のライナーはエレン達と一緒に居るからこのように僕を気遣い頭を撫でたりしてくれません。
 優しいライナーの手が嬉しくて、僕は思わず小さな体に抱きつきました。
 小さなライナーは嫌がりもせずよしよしと僕を撫で続けてくれます。アニも優しい笑みで僕を見ています。あったかくしてくれる2人が嬉しくて僕は更に泣きました。抱きついて泣きながら、僕は耐えきれなかったんだと自覚しました。
 寂しかったんだ、夢でもいいから彼らに会いたかったんだ、僕を見てくれる優しい彼らに会いたかったんだと何度も叫びます。あたたかい2人を見た途端涙を流してしまぐらい、強く強く思っていたんです。そこまで僕は追い詰められていたんです。
 でもこれは夢です。目覚めたら狭い兵舎のベッドで丸まって寝ていて、辛い生活に戻ってしまいます。出来ることなら、許されないことだけど、このままずっとあたたかい夢を見ていたいと思いました。そんなことをしたら今のライナーとアニに怒られそうだけど、ついつい甘い考えをしてしまうんです。
 そんな風に1人で泣いていたら、アニの後ろに誰かが居ることに気付きました。
 もしかしてマルセルでしょうか。夢の中だもの、マルセルに再会できるかもしれません。僕らを守ってくれたマルセルの顔が見られるんだと涙に濡れた顔を上げると、そこには小さな僕とエレンが手を繋いで立っていました。



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 ねえ、ライナー、どうしてアニが血まみれなの。ねえ、アニ。何をしているんだ。どうしてブレードなんて持ってるんだ。盗んできたのかい。なんで。そんなことしたら、痛いよ。やめ、やめて。何してるんだよ。そんなことしたらいっぱい血が、ああ、やめるんだ。出てる、こんなにいっぱい血が出て、死ぬ気なのかい。今日はいつもの秘密の会議じゃなかったのかい。なんでそんなことをするんだ。死んでしまうよ。死ぬ気、なの。そん、な。馬鹿なこと、やめてくれよ。今すぐ傷を治すんだ。苦しいだろ、無理しないで、それ以上したら死んでしまうよ。ごめんなさいじゃないよ。すぐに怪我を消すんだ。ごめんなさいなんて聞きたくない。謝ってる暇があったら早く、早く。遺書? そんなの読まない。今は傷を癒すことだけを考えて、ほら、もうそのブレードは置いて、お願いだから。僕らには治癒能力があるだろ。傷を負ってもすぐに癒えてしまうだろ。生半可な傷じゃあ死ねないだろ。だから死ぬのはとっても苦しいし、巨人化を留めながらなんてもっと苦しい。そんなこと君なら知っている筈だろう?

「それでもアニは、自殺したかったんだ」



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 ここは僕の家です。小さなアニとライナーが居ます。だから僕の家に、小さな僕が居てもおかしくはありません。僕が2人居ても夢の中だからいいことなんです。
 でもエレンが居ることは予想外でした。小さな僕は同い年ぐらいのエレンと手を繋いで微笑んでいます。
 僕は微笑んでいるけど、エレンの表情はよく判りません。小さな僕と同じように微笑んでいるようにも見えましたが、口をへの字にしているようにも見えたし、怒りに満ちた目をしているようにも、涙を流しているようにも見えました。エレンのことが怖くて直視できないからどんな表情だと言い表せないだけです。ちゃんと真正面からエレンと向き直れば彼の本当の顔が見えるけど、それを受け入れるだけの勇気が僕にはありませんでした。
 僕は小さな僕に向けて手を離せと言ってしまいました。小さな僕は判ったよと大きな僕に頷き、小さなエレンと繋いでいた指を離します。
 するとエレンは僕に「俺と仲良くしちゃいけないのか」と尋ねてきました。エレンはこんなことを言う人なんでしょうか。僕は彼とあまり関われなかったのでよく判りません。僕は素直に答えます。エレンだけじゃなく、僕はライナーとアニ以外と仲良くするつもりなんて無いと。
 急に小さなライナーが「そんなことはない」と言い始めます。にかっとライナーらしい笑みを浮かべ、「ベルトルトはコニーとジャンに絡まれたとき、ベルトルトは笑っていた」と何故か嬉しそうに言います。「ベルトルト。あの2人のこと、好きだもんな。友人だと思ってるって言っちゃったもんな。真っ赤になって言ってたの見たぞ」。調子に乗ったライナーは次々笑って僕のことを茶化します。やめてくれよと文句を言いましたが「あの2人が居れば俺も安心だ」ととんでもないことを言い出すので、ぽかりとライナーの頭を殴りました。
 僕はエレンだけを除け者にしたつもりはないと言い放ちます。そんな僕らのやり取りを見ていたエレンがいきなり「飯、食えるか」なんて言ってきました。食べたいと答えると、彼は僕の好きな故郷の料理を奥の部屋から持ってきてくれました。
 その料理を持ってきてくれたのは、エレンの幼馴染である小さな女の子ミカサと、中性的な雰囲気の小さな男の子アルミンです
 何故彼らが僕の家で料理をしているのか判りません。ミカサ達が料理をベッドまで運んでくれた後は小さなライナーが皿を受け取り、「ちゃんと手を使えるか? あーんしてやろうか?」とスプーンを向けてきます。心配性でお節介なライナーらしい行動です。
 僕が困った顔で笑うと、すかさず小さなアルミンが「恥ずかしがっているからやめなよ、ベルトルトは大人なんだよ」と言います。するとアニが「ベルトルトは大人でもあーんしてもらっているから問題無い」と恥ずかしいことを言い始めました。
 驚くアルミン、笑うライナーとアニ、その会話を聞いて笑ってしまい食事が出来ない僕。なんだか楽しい気分になって、僕は暫く笑い続けました。
 エレンとミカサには苦手意識がありましたが、僕に酷いことをしてくる人ではありません。顔を見ることはなかなかできませんでしたが、みんな揃って笑うと楽しいなと月並みなことを想いました。



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 ライナー? なんだよ、びっくりした。どうしたんだ、後ろから抱きついて、いきなり何を。あ、あっ。なんで、やめ、離して。これじゃ僕、動けないよ。離してくれ。ライナー、離してくれよ。そんなことをしている場合じゃない。アニからブレードを奪わないと。じゃないと彼女が死んでしまう。離してくれ。ライナー? どうして。何を考えてるんだ、ライナー。や、やめろ。そんな、やめるんだ。ライナー、お願いだから離してくれ。アニ、それを捨てるんだ。アニ、やめろ、ライナー、やめろ。やめて、死んじゃう。それ以上はダメだ。アニ、駄目だよ。ライナー、アニが死んでもいいのか。や、やだ、離してくれよ、ライナー。 やだ! やだ! アニ! お願いだからやめてくれよ! 痛いだろ! そんなところ斬ったら! もうやめて! なんで! なんで、いやだ、いくな、いかないで、やだ、アニ、アニ! やめろぉ! …………アニ? アニ?

「ベルトルト、すまん」

 あ、アニ。ねえ、どうしたの。黙って、なあ、返事をしてくれよ。嘘だろ。アニ、ねえ、ごめん、ちょっと触るよ。ねえねえ。どうして、何も言ってくれないんだい。ライナー。アニが、動かなくちゃった。ライナー。アニ、死んじゃったよ。ねえ、何度揺すっても動かないんだ。あったかいけど何の音もしないよ。あったかいのに、なあ。いつもだったら傷も治るのに、何にも無いんだ。ねえライナー。なんで君は。

「実は、アニと2人で相談したことなんだ。もう誰も殺したくないなって」



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 アルミンは僕らに色んな話を聞かせてくれました。
 昔から本を読んでいるアルミンは僕達よりいっぱい色んなことを知っていて、ここに居るのは小さいアルミンだというのに沢山のことを教えてくれました。
 きらきらとした目でアルミンは語ります。「いつかエレンと行きたい場所があるんだ」って。アニが「それは一体どこ?」と尋ねると「ないしょ。だって2人だけの約束だから」と笑顔で言いました。そのとき(あまり視線に入れないようにしていた)ミカサがぷくっと膨れるのと、アニが羨ましそうにむうっと口を尖らせたのが判りました。面白そうな話だったのに話してくれないので不満げです。ライナーが「男同士の約束なら仕方ねーなー」と彼女達を宥めます。
 アルミンは楽しそうにエレンに向き直り、「絶対行こうね」と笑います。「ああ、絶対だ」とはっきりエレンが頷きます。この2人の約束はきっと破られることはないと思うほど、とても力強いものでした。きっと2人は長い時間を掛けてでもその夢を叶えに行くでしょう。幼馴染と一緒に行きたい場所に、大切な約束の場所に行くことでしょう。頭が良いアルミンと行動力のあるエレンならその夢は叶うと思いました。
 夢の中で昔の世界に浸っている僕とは違い、きっと現実の世界で夢を叶える2人は凄く眩しかったです。
 明るく話してくれるアルミンはとても魅力的です。現にアニは彼の笑顔にとても惹かれたらしく、ずっと声を弾ませて色んな世界を語るアルミンを見つめています。ライナーも同じでした。楽しい楽しいアルミンの話は冒険が大好きなライナーには堪らないものでした。
 ライナーはアルミンにお願いします。「なあ、もっと面白い話を聞かせてくれ」。アニも身を乗り出してお願いし始めます。「私もアルミンの話が聞きたい」。「じゃあ」と呼吸を整えたアルミンは、「絵本の話じゃなくて、実際にエレンとミカサの2人で冒険した話をしていいかな」とにこやかな顔を続けます。
 今度はエレンとミカサも話に加わってきました。3人は、3人で冒険した思い出話を話し始めます。
 エレンが団長で、ミカサが分隊長、アルミンが作戦参謀で計画を練り、朝の9時から夕方5時までの大冒険をしたという話です。
 愉快で、壮大でした。実際に見たことのない光景もきらきらと思い浮かべられるほど楽しい世界に彼らは盛り上がりました。エレンのいじめっこ討伐数が5を越えた事件のエピソードなんてライナーは何度も声を上げて笑いましたし、アニも我慢してたのに何度も吹き出していました。
 とても楽しい話に2人は病みつきです。
 ベッドに座る僕と、繋いだ手を離された僕は、無言でそれを見ていました。
 大変な冒険譚を話し終えた彼らは、「今度はお前達を仲間に加えてやる」と言い始めました。心臓を捧げればいつでも我ら調査団に入れてやると、声高らかに小さなエレンは宣言をします。
 成長期前のエレンは小柄で、胸を張ってはいるもののあまり格好良いものではありません。だけど既に愉快な冒険の戦果を上げているエレンは、子供心に凛々しく見えるのでしょうか、小さなライナーとアニは拳を左胸に充て……言ってしまいました。

 ――俺は俺達を楽しませてくれるエレンにこの命を捧げる、って。
 ――私もアルミン達の見ているものが見たいから一緒に行く、って。

 ああ、言っていませんでしたが僕が眠るベッドの脇にはブレードが2つありました。
 僕はすぐにその1つを掴むと一番殺しやすそうなアルミンのくりっとした首を斬り、まだ戦うことを知らないミカサのさらさら美しい顔を潰し、2人の心を奪っていくエレンの巨大な心臓に刃を立てました。
 呆気無いものでした。簡単に討伐できました。小さな3人相手なら僕でも1人で勝てたのです。現実では3人に勝てるかどうか判らないけど、夢の中では僕が圧勝でした。
 そのときやっと、怖くて見られなかったエレンの顔が見ました。ごぽっと血を吐きながら僕を不思議そうに見るエレンは、僕の記憶に無いエレンでした。
 エレンは「なんでお前は仲間に入ってこないんだ?」とよく判らないことを言います。僕はエレンの首を斬りながら口を開きます。

「僕から2人を奪っていくからだ!」

 実際のエレンはもっと僕に憎しみを向けると思います。
 すんなり「そうか」と頷いて死んだのは、傷つきたくない僕が見せた都合の良い夢の中だからでしょう。都合良く苦しい言葉で責められたくないから僕は静かなエレンだけを、都合良く害の無いミカサだけを、都合良く満面の笑みしか浮かべないアルミンだけを見たかったんだと思います。
 3人の子供を殺した僕は、ふとアニの方を見ました。彼女はもう1つのブレードで自分の首を斬っていました。
 いきなりそんなことをしているから僕は何が何だか判りません。急展開に声が裏返り、「どうして!」と彼女に怒鳴りました。

 ――だって、私もアルミン達と冒険に行きたいんだもの。

 あっけらかんにアニは答え、旅立ちました。
 ごろんと簡単に彼女の首が落ちて床に転がりました。僕がアルミンを殺すよりもあっさりと、彼女は死んでしまいました。
 そしてライナーは、アニが持っていたブレードに近付きました。



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「アニは疲れていた。騙し続ける生活に。俺も疲れている。これ以上嘘を続けられないぐらいに。アニを失った俺達は戦力を大幅に削がれてしまった。これから形勢逆転できると思うか? アニが居なくても俺達は頑張っていけるか? どうだろうな。俺は、俺はな、アニと同じで、もうやめたいんだよ」

 ライナー、君は3年間、頑張ってきたじゃないか。アニと同じぐらい努力をしてきたよね。もうすぐ解散式だよ。作戦の日なんだよ。その日まで頑張るって言ってたじゃないか。3年間のうちに技術と知識を身に付けておくんだ、それまで辛抱だって。アニと相談したじゃないか。
 最初のうちは順調だっただろう。これならすぐに故郷に帰れるなって言ったよね。なのになんでライナーもアニも変なこと言い出すようになったの。出来れば同期を殺したくないって? 時々言うだけなら良かったよ、それが毎日言うようになって、だから、そんなの、ああ、無理だって、僕は何度も無理だって言ったよ、ああ、ああ、殺したくないなって言ったって、いつか殺すのには変わらないじゃないか! やりたくないからって自分達が死ぬの? そうしたらこの3年間で死んだ人達は無駄死にじゃないか! もう既に僕らは人類の2割を殺してるんだ! あと8割なんて変わらないだろ! だからライナー。ブレードを、下ろして……。

「もうエレン達を騙すのは嫌なんだ。あいつらを殺すなんて考えたくないんだ。俺とアニはあいつらに絆されすぎちまった。あいつらと戦うなんてしたくない。あいつらの命を奪いたくない。それをするぐらいなら、俺が消えた方がいい。もう故郷なんてどうでもいいって思える程に、俺は」

 やめろよ、ライナー。ライナーの口から「故郷なんて」って聞きたくない。どうして今更そんなことを言うんだ。僕だって最初は嫌だったよ。殺したくないって言った。でもどうしてもって言われたから、誰かがやらなきゃいけないから僕は心を殺したんだ。その決意を君達は見ていた筈だ。なのに、なんで、僕より強かった2人が先に駄目になっているんだ? 駄目になりたいのは僕だって同じなのに! ライナー、君もアニと同じことをするの。なら残された僕はどうなるんだ? お前は1人でやっていけるかなんて、馬鹿なこと言わないでくれ。2人がいないと嫌だよ! ライナーがいてくれなかったら僕はどうすればいいんだ!

「じゃあ、一緒に旅立とう」



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 僕はベッドに入りました。すうすう寝息を立てて眠りました。起きました。アニを探しますが椅子には誰も座っていません。彼女がライナーを探しに行くこともありません。
 だって彼らは床に転がっています。ブレードであっさりと首を斬ってしまいました。床に転がっている首の2人は僕のベッドを見ていません。2人とも、心臓を潰されたエレンの方を向いていました。
 もう一度僕はベッドに潜り込みました。ぐうぐう眠りに落ちます。起きます。アニは居ません。ライナーも来ません。2人とも床に転がっています。
 あったかい手で撫でてくれないし、優しく笑いかけてもくれません。ああ、なんでそっちを向いてるんだ、せめて僕を見てくれと起き上がろうとしたとき、もう1人生きてる人間が居たことに気付きます。
 僕です。小さな僕がライナーとアニの名前を代わる代わる呼びながら棒立ちで突っ立っていました。僕は僕に口を開きます。
 僕はアニのことが好きだよ。うん、僕もだよ。初めて彼女を見たとき、とっても綺麗だって思った。憧れの女の子だった。ぶっきらぼうでいつも先に歩いて行っちゃうけど、ちゃんと僕が来るまで待っていてくれるんだ。凄く優しい女の子なんだよ。うん。僕もアニのことが好きだよ。ライナーのことも好きだよ。泣いてるときはずっと僕を慰めてくれる。泣き終わるまでベッドで抱き締めてくれているときもあった。いっぱいキスしてくれるし、何があっても俺が守ってやるって言ってくれるんだ。うん。僕もライナーのことが好きだよ。それなのに。それだったのに。2人とも、僕を置いて。ああ。ああああ。うああああああああん。



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 アニだけでなくライナーまで死んでしまったら? 僕一人で作戦を実行できる訳がないよね。僕達は終わりなんだ。どう足掻いたって負けなんだよね。僕は3人でだって不安で死にそうだったんだ。それなのに僕1人なんてやっていける訳が無いよ。
 ずっと僕はライナーに寄りかかって生きてきた。全部ライナーに任せきりだった。それが原因でライナーは僕を見限ってしまったんだ。アニも僕のことなんてこれっぽっちも見てなかった。悲しいけどそういうことなんだ。だからと言って僕は現状打破できるほど優秀じゃない。1人ぼっちは嫌だ。ならアニが、ライナーが死を選んだ時点で、僕の死は決まったようなもの。
 ライナーが刃を器用に2つに割ってくれた。1つは自分で持って、もう1つは僕に持たせてくれる。2人でお互いの首に刃を当ててスウッと引こう。そう決めた。至近距離で僕らは見つめ合う。首元に刃を押し当てるとツウと血が流れ落ちる。肉体の再生を最小限に留めるんだ。巨人化しないように厳重に注意を払うんだ。致命傷に至る一撃を今まさに。
 目の前に居るのは殺したいほど憎い敵じゃない。やれと言われてもやりたくない、愛するライナーが立っている。けれどやらなきゃ。ライナーが頼むと懇願してくるから、僕は彼に従う。彼に嫌われたくないから彼の言う通りにする。
 ライナー、僕はね、君がみんなに心を奪われたことがとても悲しかったんだ。それって奪われたくなかったからだよね。ライナーが奪われるのが本当に嫌だったんだ。
 え、初めて聞いたって? そうだね、嫉妬に狂っているなんて恥ずかしくて言えないもの。もっと早く言えよって? じゃあ次の世界ではそうするよ。そしたらこんな終わり方はしないでね。
 ライナーがぎゅっと目を瞑る。ライナーが向ける刃が僕の首に押し当てられる。僕もライナーへの一撃に力を込める。僕は最期までライナーの顔を見ていたくって目を開けている。
 せーの、と2人の声が揃って。

 スウ。
 刃が引かれ、ライナーは首を斬られて絶命しました。
 僕はというと、刃を押し当てられたときに皮が一枚斬れただけでした。



 /9

 小さなライナーも、エレン達と一緒に遠い世界に旅立ちました。
 エレン達の冒険は魅力的だと思いましたが、一緒に行きたいとは思いませんでした。体を動かすことは得意だけどいじめっこを討伐する勇気なんて無いからです。小さな僕も同じ考えです。血まみれの床に放置された2つのブレードを見つめたまま、小さな僕は、首無しライナーと首無しアニの真ん中に座っています。
 僕はベッドに腰掛け座り、小さな僕は彼らの間で膝を抱えて座っています。
 暫く無言の時間が続きました。夢なのでどれぐらいの時間が経ったのかは判りません。とても長いように感じましたが、夢ですからきっと一晩よりも短いことでしょう。先に沈黙を破ったのは、僕ではなく、僕でした。
 僕は、一人で生きていける?
 声を掛けられた方の僕は、声を掛けた僕の方に、生きていけないよと答えました。
 じゃあ、僕も一緒にエレン達について行く?
 僕の問いかけに、問われた僕の方は……エレンは怖いよ。ミカサも怖いし、アルミンも怖い、ついて行ける自信が無いと答えます。
 じゃあ、どうする?
 僕の声に、どうしようと僕の声で返します。
 そしてまた長い長い時間を挟みます。一晩どころか二晩、それ以上の時間が過ぎた気がしました。実際はどうだか知らないけど、とてもとても長く僕達は考えました。
 ねえ。なんだい。やっぱり、ライナーとアニが一緒に居ないと、駄目だ。そうだね。
 結局、腰巾着な僕達はその答えに行き着きます。
 ライナーとアニが一緒に居ないと駄目、なんかじゃないよ。そうだね。僕はライナーとアニと一緒に居ることが、良いんだ。そうだね。
 その通りだよ、僕。僕は2人がいい。2人が怖い所に行くのなら僕も怖い所に行く。そもそも最初からそうだったんだ。僕が1人で嫌がっていたところに2人が手を引いてくれたんじゃないか。なんで逸れてしまったんだ。初心を忘れちゃうなんてダメだな、僕……そう僕らは笑います。
 小さな僕と大きな僕は2つのブレードに手を掛けようとしました。だけど不思議なことにトットットとブレードが動き始め、コミカルにどこか遠くに行ってしまいました。
 あまりのことに追いかけようにも呆然としてしまいます。勝手に部屋を出て行ってしまったブレード2つを見ながら、僕らは「違う方法で2人を追おう」と相談します。
 じゃあどうしようか? まずは違う道具を用意しようよ。果物ナイフでもいいんじゃないかな。ロープでもいいんじゃないかな。高い所に行こう。ひとまず夢から覚めないと。そうだね。覚めたらすぐに向かおうね。そうだね。早くしないと痺れを切らしたアニが凄く遠くに行ってしまうよ。ライナーはずっと待っていてくれそうだけどね。ねえ、なんでライナーは僕を殺さなかったのかな。ライナーも僕とお揃いで勇気が無かったんだよ。そうなのかな。そうだよ。お揃いだね。嬉しいね。再会したら僕達いっしょだったんだよって言ってやろう。うん。
 くすくす2人で笑いながら僕らは我が家を出ようとします。
 あ、その前に。夢から覚める前に僕と僕はライナーとアニの首を持つことにしました。僕がライナー、僕がアニを持ちます。覚めるときまで一緒に居たかったからです。あと、仲良しな3人の首は揃えて置いておくことにしました。そんなことをしなくても3人は楽しく旅立っているだろうけど。

 さあ、行こう。
 我が家を出ます。
 僕は目を覚ましました。



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「どうやら調べによると、アニはライナーやベルトルトと同郷だったらしいよ」
「へえ、そうだったのか。あの遺書はどういうことだったんだ」
「判らない。とりあえず遺書はミーナが持っている。一番ミーナに対する内容が長かったからって」
「そっか。ほら、俺ら、ミーナと同じ班だろ。何かしてやった方がいいのかな」
「今は心を落ち着ける時間が必要だと思う。ミーナも大丈夫だって言ってるし、あまり触れない方がいいと思うよ。正直僕も落ち着いてるかと言えばまだ……」
「一気に上位3人が抜けちまって、憲兵団行きの連中が大幅に変わったしな。十位ギリギリの連中は……繰り上げで入れて喜んでるんだかなんだか」
「それは僕らが何か言う問題じゃないよ。問題無くジャンやマルコ達は予定通り憲兵団に行けた。彼らなら変わらず内地で人々を守ってくれるだろう。僕らは外でみんなを守っていけばいい」
「ああ。もちろん。またいつ超大型巨人が攻めてくるか判らないんだから、俺達最前線が頑張らないと……」
「うんうん、その意気。コニーも凄くやる気になってたよ。怖いとも言ってたけど」
「そりゃあ、初陣は誰だって怖いもんだろ」
「こんなとき、ライナーが居てくれたら励ましてくれただろうね」
「どうかな、ライナーも憲兵団希望だったじゃないか。もしかしたらコニーみたいに調査兵団に来てくれたかもしれないけど……それなのに、なんで、自殺なんか……。ベルトルトの野郎が正気に戻れば、何か話してくれるんだろうけどな」
「彼が……ううん。彼はずっと眠っていた方が幸せなんじゃないかな。だって、目覚めるたびに死のうとするんだって。酷い状態だって聞いたよ。未遂を起こして、また眠って、起きてまた死のうとして……拘束してないといつ死ぬか判らないって……。ごめん、もうこの話は触れないって言ったのにまたしちゃったね」
「ああ、やめよう。じゃあ、気合入れて行くか。んっ……すっごく良い天気になってきたな? このままずっと良いままならいいのに。平和ボケしちまいそうなぐらい平和な天気だ」
「あれ、エレンがらしくないことを言ってる。それが一番恐ろしいことなんだよって僕言ったよね。昨日まで何も起きなかったからって今日起きないとは限らないんだって――」




END

小さなベルトルトと大きなベルトルトが笑顔で手を繋いで歩いていたらかわいい。そんな想いで生まれた微かなライベル話の再録です。
2014.1.8