■ 「僕が体を売っていた理由。」



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 大人の前に跪いて舐める。吐き出されたものを飲み干す。体を揉まれたら気持ち良さそうに淫らな声を出す。精一杯の甘い声で続きをしてほしいかもと強請る。

『泣くほど嫌なことなのに、なんでやってたんだよ』

 実際に続きはしなくても、そこまですればパンと綺麗な水を貰えた。
 やりたくなくてもしなければならない。そう自分に言い聞かせてきた。



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 訓練生になって早く内地に行きたいと思っていても入団受付にはまだ2年ある。
 この2年は決して無駄な時間ではない。開放された壁の中を巨人で満たすには数年かかるものだと知っているし、次の壁を破壊する際に効率よく攻め込むためには立体機動の訓練を受けなければならない。どうしても壁の中での時間は必要なものだ。
 次の目的に進むためにも僕達は長い時間を悲惨な人間達の世界で過ごさなければならない。それまでの間は壁内の情報収集に専念する作戦は最初から練っている。無駄な時間なんて無い。
 それでも時々、「なんでこんなことをしなければならないんだろう」と思ってしまうことがある。

 食料が足りなかった。だから身を削ったに過ぎない。
 食べなければ2年間生きていけないし、もし体力が落ちてしまったら入団審査に合格できなくなるかもしれない。
 故郷で行なった訓練のおかげで基礎能力はあっても、入団審査当日に流行り病にかかる可能性はある。それまで体を崩してはいけない。立派に体を作って成長しなければならない。最短時間で訓練生になれなければ目標は遠退くだけだ。僕は一刻も早く故郷に帰りたい。絶対に、ライナーとアニと一緒に故郷に戻りたい。そのためにも餌は必要だったが、数十万の間引きをされてもまだ食べる物が足りない最前線では、何かをしなければ腹が満たされることはなかった。
 偉い人に言われた通り作物を作って過ごすだけではロクな食事は貰えない。副業をしなければ満足なんてできやしない。……そう、その為にやっているだけなんだ。やりたくて、これが好きだからやっている訳じゃないんだ。必死に自分に言い聞かせながら、今日の仕事を終えた。

 見知らぬ大人達のモノを咥えて、精一杯の笑顔で「お相手していただきありがとうございます」と別れの挨拶をする。
 男性らが部屋を去って行った後で、僕は咳き込んで口の中に入れたものを吐き出そうとした。一度飲み込んだものはなかなか出てこない。口の中を水で洗いたい。でもここでは水はとても貴重なものだから使えない。口内に不愉快な香りが漂っていても我慢しなければならなかった。
 なんとか匂いを取っ払いたかった僕は、貰ったばかりのパンを一齧りだけ口の中に入れる。ライナーにいっぱい食べてもらいたかったから、ほんの一齧りだけ。徐々にそれは男性の味に変わっていった。折角ありつけた美味しい食事なのに。台無しになってしまった。



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 こんな副業を僕がしていることを、ライナーは知っている。
 以前どのように僕がお金を稼いでいるか、一緒に包まる毛布の中で彼に訊かれたので素直に教えたら「泣くほどのことならやめればいいだろ」とか「泣くほど嫌なことなのに、なんでやってたんだよ」などと言われてしまった。
 そのときは「ライナーの為にやったに決まってるじゃないか」と笑えたものの、つい涙を流してしまったせいでライナーに余計な心配を掛けてしまった。涙に気付かれて窘められるように抱きしめられてしまったぐらいだ。慰めてくれるのはとても嬉しいし、優しい彼のことが更に好きになったけど、同時に自分のみすぼらしさが浮き彫りになったようでその日からこの副業が嫌になってしまった。

「もう泣くようなことはやめろ。俺のためにやるのは嬉しいが、俺だってお前に何かしたいと思ってるんだぞ」

 やめたいとは思っている。気持ち良いこともあるけど、大半は不愉快なことばかりだ。
 でもそんな一件があったとしても僕の生活は変われずにいた。他人事のように言うが僕にはやめる勇気が無かったのだろう。つい体を売る店に来て「明日も頼む」と言われたら頷いてしまうし、何より渡されるご褒美が無くなるのが怖かった。

「何か俺にやってほしいことがあれば言えよ」

 やめろと言われても、そんなことをしなくていいと止められても、それでもお腹が空いて辛そうにしている彼を見ているのは嫌だから僕は今まで通りの時間を過ごしている。
 そんな言い訳をして僕は身を削る。
 辛うじて住むことができた場所を奪われ、更に厳しい労働を強いられ続けた末、僕達は中心地から遠い山小屋(小屋と言うのもおこがましいぐらい、貧相な場所だ。でも屋根と壁がある)に寝泊まりしていた。誰も近寄らないぐらい人里離れた所にある小屋は、子供が2人隠れて眠るには充分な場所だった。人々にとっては不便かもしれないが寒さに強い僕には問題無い。
 唯一「ただいま」と言える場所。先に仕事を終えたライナーが「おかえり」と言ってくれる場所。2人だけになれて、どんなことを話しても良い。コソコソと声を小さくして秘密話をしなくていいし、誰の目も気にしなくていい。ゴミ捨て場に捨てられていた毛布を何重に重ねれば寝心地だって悪くない。
 怪しまれない程度に開拓地で働き、情報収集や副業をするときだけ人々が集まる街に降り、それ以外はここで眠る。そんな時間の潰し方を数年続けていれば問題無く運命の日に辿り着ける。それまでの我慢。いや、我慢なんてしなくていい所に僕は住んでいるんだ。僕は帰るんだ。安心できるあの場所に。自分の故郷に。そのときまで今は。やりたくないことをやるのも訓練の一つだって昔ベリックに教わった。今日の辛いことは終わったんだから夜は楽しい時間だけを過ごそう。そんなことを思いながら僕は家路に向かう毎日を送っていた。



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 この生活を始めて暫く経った冬頃。ライナーが体調を崩した。
 ウォール・マリア崩壊直後は大騒ぎの人類だったが半年もなると落ち着きを取り戻し、少しずつ人々は新しい生活を始めた。でも更に半年経つと、小さかった問題が次々溜まり爆発していった。過労で倒れる者が続々と現れ、不衛生が浮き彫りとなり病に伏す者も増え、更には先日の間引きで精神を病み自ら死を選ぶ者も多くなってきたという。
 誰もが巨人を殺したい、巨人をどうにかしてやりたいと話す中、実際の人類の現状を街で聞いていた。徐々に元気を取り戻し始めた途端、荒廃していく人間達。悲惨な状況を目の当たりにしてしまったせいか「しめしめ」と笑うことが出来ない。遠くの他人事なら自分達のしてきたことを誇りに思えたのに、身近に病んで倒れ伏していく人々を見ていたらちっとも笑えなかった。
 「最近、病が流行っているらしいよ」 そう話をしたばかりだった。ライナーは熱を出して倒れ、小屋から出られなくなってしまった。体調を崩すなんて今までのライナーには無かったことだから一体僕はどうしたらいいか慌ててしまう。するとライナーは赤い顔をしながらも「気にするな、お前は特に何もしなくていい」と言った。

「でも、このままだとライナー、死んじゃう」
「死ぬもんか。故郷に戻るまで死なないって約束しただろ。ベルトルトを助けるために俺がいるんだから、ここでくたばってたまるか」
「でも」
「怪我なら治せるんだが、怠さは時間を掛けていくしかないみたいだ。安静にしてればそのうち回復する」
「……でも」
「何もするな。ベルトルトはいつも通りでいい。いいな。無理をするなよ。判ったか」
「……うん……」

 動転する僕に「俺は死ぬ気はしないから安心しろ。暫く大人しくしていればすぐに元気になるから」と、無理に笑って横たわる。
 小屋の外では雪が降り出していた。大丈夫だと言いながらもライナーは毛布の中で寒そうに震えていた。でも暑そうに汗をかいている。苦しそうに目を閉じているし、不気味な呼吸を繰り返していた。
 ライナーが苦しむ横で僕はどうしたらいいのか。
 傷を負っても治るからと体のことを楽観視していた僕には、小さな積み重ねで体を病んだときの対処法なんて知らない。今までの知識を総動員しても、体を暖かくして安静にする、元気の出る物を食べる、医者に診せて薬を飲ませる、その程度のことしか判らずどれも僕達には不可能だと気付いてしまっていた。
 誰も近寄らないぐらい不便な山小屋が僕達の居場所で、食べ物はどこに行っても無くて、往診に来る医者なんていないし呼ぶほどのお金も持ってない。ライナーに何もしてあげることの出来ない僕は、ライナーに言われた通り……特に何もしないいつも通りに過ごす以外、選択肢が無かった。
 悔しい想いをしながら小屋を出て本日の勤めを終え、そしていつも通り、副業をやらせてもらっている屋敷に向かう。ライナーに慰められたあの日から、行きたくない、今度こそ最期にしようと思い続けた店に今日は進んで足を運ぶ。少しでも元気の出る物を買って帰るんだと自分に言い聞かせ、店の裏口に行き着く。
 そのとき、屋敷の裏口から大きな袋を抱えて出てくる男達の姿が見えた。あんなに大きな袋を担いで、一体何の袋だろう。ぼんやり見ていると、中に詰めた袋が重すぎたのかべりっと穴が空く。中から子供の小さな腕が飛び出した。
 運んでいた男が「やべっ」と声を上げ、キョロキョロと周りを見渡した。僕と目が遭う。もう何度もこの店に来ている僕と彼は(大した話はしたことなかったが)顔見知りだ。男は「死体を捨てに行くことは、憲兵や外のお客さんに言っちゃダメだからね」と冷や汗を垂らしながら早口で言う。
 袋をどこかに運ぶため一度外に出た男達だったが、すぐに僕の元に戻り「今日は少し違ったことをしてみないかい?」と声を掛けてきた。「君がおしゃぶり好きなのは知っているけど、たまには違うプレイもしてみない?」 別に僕は舐めるのは好きだからやっているんじゃない。言い方にムッとして首を振ると、「お代は弾むから! デキる子が一人いなくなっちゃったんだよ!」と手を合わせてお願いされてしまった。
 ……きっとその一人がさっきの袋の中身なんだろう。殺されるぐらいのことって何をされたんだろう。怖くなって「嫌です……」とハッキリ口にするが、「頼むから! いっぱい弾むから! いつもみたいにすぐ食べられる物だけじゃなく、ちゃんと金貨も出すから!」と次々男は迫り寄って来た。
 そしてポケットから金貨の入った袋をじゃらりと見せる。ああ、それだけあったら薬や果物だけじゃなく暖かい上着も買えるかな、と僕の心をくすぐる。
 それに……この人には世話になっていた。僕は他の子ほど可愛い顔をしていないし、体が大きいから子供らしい子供を求めてやってくるお客の要望通りにならない。そんな僕でもいくつか客をまわしてくれた人だから、困った彼を無視できない。
 今日は仕方ないとはいえ、いつかここを離れようとしていたのに。また変なことを覚えてしまうのか、僕は。
 ライナーがこのことを知ったらどんな顔をするんだろう。……そろそろ幻滅されるかな。でも今は仕方ないことなんだ。
 そんな風に暫く俯いていたらいつの間にか僕が頷いたと判断されてしまい、いつも使っている個室とは別の部屋に案内された。
 焦って「痛いのだけは嫌です、血が出るようなことは嫌なんです」と訴えると「大丈夫、気持ち良いことしかしないお客様達だから」といつか聞いた嘘を言われる。そう言われたある日、服を脱いでしゃぶるだけだと思ってたのに気付けば本番になっていたこともあった。嫌だな、帰りたいなと顔に出ていると、「これ、今日のお代ね」といきなり報酬を渡されてしまった。
 前金でこれだけ。こんなにも? 血を出すようなことはしないと言う。今日は、ライナーのために何とか良い物を持って帰らないと。これを持って逃げることもできた。でもそれ以上の物が貰えるなら。
 そうだ。ライナーに「いつも通りでいい」と言われたから、いつも通りのことをするだけだ。たとえ毛色の違った人と寝ても、それはいつも通りのこと。ライナーも目を瞑ってくれることをしただけのこと。いつも通り、いつも通りなんだ。
 自分に言い聞かせて上着を脱ぐ。同じ壁の中なのに、裸になっても大丈夫な場所、でもこんな所にライナーは来てほしくないな……そう考えたら自然と口元が吊り上がっていたらしく、「良い笑顔だね」なんて褒められてしまった。
 嬉しくも何ともなかった。



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 通された先は普段使っている部屋より広く男性が4人も居て、全員が普段相手をしている男性達よりも肥えている客だった。
 店の男と一緒に入ってきた僕を見るなり「確かに子供だが、12歳だと聞いていたが?」「少し大きいですけど、そうですよ」と話し始める。背が高いせいで年齢を確かめられるのはよくあることだったのでまたかと唾を飲んでいると、緊張していると勘違いされ、全員に優しい言葉を投げ掛けられた。
 優しい言葉なんていらない。衣服を脱ぐ。早く終わらせよう、早いうちに良い物を買って小屋に戻ろう。そう考え裸になると、急いで事を成そうとしている様子が余計に緊張していると思われ、雑談を始められてしまった。

「生まれは何処だい?」
「……ウォール・マリア南東にある山奥の村です」
「親御さんは?」
「いません。……兄弟のように一緒に過ごしてきた友人と、2人で逃げてきました」
「それからこんな生活を? 怖かっただろう」
「……いえ……」

 詮索するつもりも無いような、ただ何か声を掛けるためだけの意味の無い会話に、ライナーと作った嘘話を吐き続ける。
 話の途中、男性の一人に背後から抱きつかれ、体をまさぐられた。やっと始まってくれたかと目をぎゅっと瞑る。前から違う男性も僕の体を弄り始める。唇を奪われたりあちこち舌で突かれたりしたが、その二人ではない方の男性はまだ「どんなことされるのが好き?」とか「その子も一緒にやってるの?」とか訊いてきた。
 一人が口を奪ってくるのに話し掛けてくるなんて。答えなくてもいいのかなと思いながらも、口を離した隙に質問に答える。「ん、痛くなければ、あ、なんでも、大丈夫、です」「友達は、っ、してないです、僕、だけです……」
 次々と僕の中を曝け出そうと質問が飛ばされ、呼吸を奪われながらも僕はそれに応じる。問いかけはどんどん僕自身のものから、僕の近くにいる人を思い起こさせるものに変わっていく。身近なものを出すことで羞恥心を刺激しようとしているのだろう。

「その子に隠れてこんなことしていて、どう思う?」
「か、隠してないです……嫌がられてます……けど……でも、僕が、やらないと……」
「『僕がやらないと』?」
「……やらないと……ご飯……食べられないから……」
「可哀想に。その子にこの姿を見せたことはあるのかい?」
「いえ……そんなの、嫌……です……絶対に……」

 数人がかりで手だけでなく言葉が襲う。
 質問に答えながらもベッドの上で四つん這いにされ、中に液体を入れられ、指の刺激を受ける。そのようなことをしていても、男達はその話題が相当気に入ったのかずっと続けてきた。
 もう話すことなんて無いほどいっぱい答えた後も、「こんな姿見せたくないって、何故?」みたいに同じような質問を何度もしてくる。その間も指が何本も僕の中に入ってくる。喘ぎ声で誤魔化したりしたが質問は止まらない。でも答えているとあちこち弄られて支離滅裂なことを言ってしまう。一体どっちに意識を集中したらいいか判らなかった。
 一番楽しそうに会話を続けてくる男性が、「その子の名前は?」と尋ねてきた。
 油を付けた指達に翻弄され意識が朦朧としてきたときの一言に、思わず「ライナー」と答えてしまいそうになる。いや、ダメだ。もう言いたくない。前に客の前で言ってしまって相当からかわれてしまったからもうしないと心に決めたんだった。開きそうになったけど咄嗟に唇を噛み頭を振るう。反応が大層気に入ったのか、男性は何度も切口を変えて尋ねてくる。「その子を何て呼んでるの?」「その子、今どうしてる?」なんて露骨な誘導と、一瞬引いた指の総攻撃に……仕方なく「お兄ちゃん、って……呼んでます……今は、病気でっ……」と半分嘘を吐くことにした。
 今日の客はしつこく、「お兄ちゃんとはこんなことしないの? してるの?」と訊いてくる。黙っていると「してるんだね」と頷かれてしまった。確かにしたことはあった。けど最近は……。唇を噛んでいると突如、人間の指ではないひんやりした物を中に突っ込まれた。

「ひぎっ!」

 思わず大声を上げてしまう。見ると今まで大人しく見ているだけで何もしてこなかった男性が、僕の中に長く太い棒状の物を突き立てていた。
 それはただの棒じゃなくて、ゴツゴツとした突起がいくつも付いた性具だった。

「いた、やだ、あっ」
「これを飲もうか」
「んっ!」

 何が起きたか判らなくて逃げ出そうとしたとき、また違う男が瓶を僕の口に突っ込んだ。お酒のような匂いがした。以前客を取ったときに「君も一杯付き合え」と飲まされたことは何回もある。だからお酒を飲むこと自体に抵抗は無い。
 でも急に体が熱くなってくる。

「あっ、いっ、やっ」
「良い声を出す。激しいぐらいでちょうど良いらしい」
「ま、回さないでっ……」

 どんどん体が熱くなる中、卑猥な性具で掻き回される。指のときとは全然違う刺激が生じる。自分でも不気味だと思える悲鳴を上げてしまう。棒で僕を掻き回す男性は、静かに「こういう玩具は経験したことないかな? なかなか気持ち良いだろう? 今からもっと気持ち良くなるために慣らしておかないとね」と、まるで僕の体を気遣うように優しかった。
 でも他の男性が「いきなりそんな物使っても泣いちゃうだろう」と笑う。笑っている人は僕に足を開いて掻き回しやすくしろと言う。全員どんなに声が優しくても、僕を苦しめることをするのには変わらない。もう、やめよう。こんなのずっと続けてたらいけない。本当に壊されてしまいそうだ。「激しくされるの、好きなんだろう?」「そういう顔してる」「だからこんなお店にいるんだろう?」「そうだろう?」 違う、嫌だ。そう言おうとして、「お兄ちゃんはこんなに激しくしてくれないだろ?」と笑われた。
 ライナー。今、体の調子はどうだろう。……そうだ、あれだけ金貨を貰えるんだ、僕が我慢しないと。顔をベッドに押し付け、腰を上げて足を開く。
 何度も棒で刺激され、綺麗で柔らかいシーツに歯を立て耐えていると、僕を責め立てていた男性が突然「自分はあの日、シガンシナに居てね」と語り始めた。
 どくんと心臓が跳ねた。



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 あの日。それは一体いつなのか。日にちを言われなくても『シガンシナ』という地名だけで一体何の話なのか検討がつく。
 良い身分である彼は仕事の事情でたまたま、あの日シガンシナに居たという。「すぐに逃げることが出来たから今ここに居る訳だけど」と和やかな笑みを浮かべながら思い出を語る。
 他の男性達が「それは大変な想いを。辛い記憶でしょう」「実際に巨人を見たことがあるのですか、恐ろしいものでしたか」と他人事な言葉を掛けると、「なかなか良いものを見ることができましたよ。今では『超大型巨人』と呼ばれるようになったアレとかね」
 言いながら僕の中から責め立てる凶器をずるりと抜き取った。

 シガンシナの光景は、上空から見ていた。
 皆が恐怖の視線を僕に向けていた。誰もが発狂しかけの表情を貼り付けていた。だというのに、良いものだって? どうしてそんなことを言うんだ? 男性の顔を伺う。
 すると先程まで僕の中に入れていた物を、僕に舐めるように顔前に差し出してきた。そんなもの口にしたくないと一瞬躊躇うが、それ以上の物を何度も口にしたことがあるのを思い出して、ノロノロと舌を這わせ従う。

「泣きそうな子供のような目をしてました」

 ……だがまさか言われるとは思わなかった言葉に、思わず動きを止めてしまった。

「くりくりとした大きな目で。巨人の目ですから大きいのは当然なんですが。大抵の巨人は笑った顔をしているのに、あの超大型巨人は違ったんです。巨人にも泣きたいとか、申し訳ないといった罪の意識があるんでしょうかね。まるで子供のような顔をするんだなと思いましたよ。そう、こんな……」

 性具を舐める僕の髪を撫で、前髪を掻き上げる。
 僕はおそるおそる、髪を触る男の目を見た。うっとりと僕の目を見つめてくる。
 まさか、バレた、のか? そんな訳は無い。バレる要素なんて一つも無かっただろう? でも。そんな。……怖くてカタカタ震えていると、違う男性が「ほら、怖い話をしたら怯えてしまった」「彼は巨人に襲われてここまで逃げてきたと話してたのを忘れたのか」と、恍惚の表情の男を止める。
 男は僕の髪を撫でていた掌を後頭部へ、首へ、そしてうなじへ後退させていく。掴まれもしない、爪も立てられてもない、でもうなじに触れる大きな掌は、全身を膠着させるほどの凄まじい凶器そのものだった。

「それからというもの……子供を痛めつけて泣かせると、あの巨人を倒した気になるんですよ。巨人を倒せて気持ち良いって思えるぐらいになってしまったんです。この年だから今更勇敢な兵士になんてなれませんし、一人で勝手に悦になっているだけです。困った性癖になってしまって妻には何て言ったらいいか」

 僕には判らなかったが最後の一言が男性達には面白かったらしく、「巨人に興奮するなんて変わり者ですね」「そこまでは言ってませんよ」「奥さんに巨人になってもらえばいいんじゃないですか」「面白いことを言う。人間がどうやって巨人になるというんです?」と賑やかになる。

「あの超大型巨人が子供だとしたら、成長したらどんなに恐ろしいことになるんでしょう」

 ずずっと僕の中に大きなモノが侵入してきた。
 男の思い出に夢中になってしまい他を見ている暇が無かったが、すっかり柔らかくなった僕は他人を受け入れるほどになっていたらしい。

「や、ぁあっ!?」
「やっぱり良い声だ」

 急に後ろから抱きしめられて、大きなモノを咥えさせられる。背後から僕を貫き抱く男性は、僕の体を繋がったまま持ち上げ、ベッドに腰掛けた。男性の上で座る僕の奥にずんと男性の物が入る。

「んあ! ぐっ、んんんっ……!」

 きつくて息が出来ずにいると、男性達は「深呼吸をして」と言ってくる。言われた通り歪む視界の中で腰を持ち上げようとした。
 痛いけど油と道具で慣らしたせいか変な感覚に襲われる。息苦しさはあったけど、言われた通りに呼吸するとなんだか体の奥から変な熱さがこみ上げてくる。

「ゆっくりでいいから自分で動いてごらん」
「ぅ……うう……」
「全員見ていてあげるから、一人で動くんだ」
「ん……はぁ……あ、あっ……!」

 見せろと言われても深く咥えこんだままの体はなかなか動けず、はあはあと息を荒くして涙を流すだけになってしまう。

「君はいっぱい人を受け入れてたってお店の人から聞いている」
「あっ……んっ……ぐっ……!」
「だからこれぐらい、そう、大好きだからできるだろう?」

 周囲の男性達は優しく声を掛けてくれてはいたものの、所詮は子供を食いに来た客だ、見世物が汗水垂らして踊る姿をじっと見て笑みを浮かべている。

「ひっ、いっ……んっ……やだ、ああ……」
「やだ? 違うだろ?」

 早く終わらせよう。そう思って腰を動かすと、擦れる内壁が急に変な熱を帯び始めた。

「んあ……な、なに……? へ、へん……な、かんじ……する……」

 お酒を飲んだせいか。それとも変な話をされて頭がおかしくなったのか。痛い、けどなんだかいつもと違う。恐怖にびくびくと慄くだけじゃない。何かが全身を襲う。これは、何だろう。
 昔話をした男が、「個人的には痛めつけたいんですけどね」と妖しげに笑う。他の三人が「痛いのは禁止されてますよ」と止めたので、彼が凶行に走ることはなかった。

「でも、この子、酷いことをもっとしてほしい顔をしている。他人に酷いことをされるのを待ち遠しく思っている顔だ」

 ……何故だろう。その話を聞いて僕は酷く体を震わせている。まさか、僕は、振るわれそうになる拳に興奮しているんじゃ……。
 考えながら腰を浮かせて沈ませて、泣いて喘いでまた浮かせて沈ませる。終わったら他の人達とも同じことするのかな。全員終わるのにどれくらい時間が掛かるんだろう。途中で何を訊かれても言葉にならない声しか上げられず、重力に逆らえない涙や鼻水をどろどろ垂れ流し、ついに限界に達した。
 一人目を満足させ、鼻を啜りながらベッドに横たわる。
 それからもやることは同じだった。違う男性が僕を責め立て、今度は中ではなく顔を汚すように出された。白い液体に汚された後は、わざとかけられたそれらを舐めて綺麗にした。体に付くものを拭って口に運ぶ間も、信じられないぐらい興奮していた。さあ次の人へと受け入れようとしたとき、店の男が現れて時間の終了を告げられた。

 ライナーに話をした以降、何をしても冷めて熱くなれず時間が過ぎるのを待つだけだった。もうやめよう、今度こそやめようと憂鬱になりながら続けてきた時間だった。
 なのに男性が巨人を痛めつけたいという話をされながら犯された途端、急激に熱くなったのはどういうことだろう。何をされても何処を弄られても息切れはするし刺激に酔うことはあっても、気持ち良いとは思えなかったというのに。
 正体がバレたこの男によって殺されるんじゃないか、そんな恐怖心から感覚が混乱したのだろうか。数人の指に翻弄されていた時間はあっという間に終わり、あまりのことにやっと帰れる時間になっても力が抜けて立てなくなってしまった。
 暫く呆然としていたが、「早くこの金を違う物に変えないと」と店を出る。すると途中で例の話をした男性に声を掛けられた。外ではなるべく客だった人とは関わらないよう走って逃げるように言われていたが、引き留められてしまう。
 なるべく距離を取りつつ「なんでしょう」と尋ねると、「体はおっきいのにちっちゃい女の子みたいに泣いていたね」と先程の僕の様子を口にする。ここは店の外で通行人もいるというのになんてことを言うんだと余計に距離を取った。

「なんだか物足りなそうな、もっと苛めてほしそうな顔をしていたから」
「……僕は、そんな顔……してません」
「その声でそれを言う? 君は嘘吐きだね」
「…………」
「君は知ってるかな」
「何を……」
「悪いことをしなれてない子は、叱られるとほっとした顔をする」
「…………」
「激しくされるのが好きな子は、昔ちょっと悪さをして……そのことをずっと心に病んでいることが多い。叱られたくて堪らない、自分も苦しい目に遭えればその分もっと苦しい罪から解放された気になる、とかなんとか」
「…………。あの、兄が病気なんです……もう僕、行きます」
「ああ。またここに来たら相手をしてくれるかな?」
「……痛いこと、しないのでしたら。……すみません、帰ります」
「そう。お兄ちゃんにお大事にって」

 走ってその場を去った。
 すぐに商店に行き、少しでも新鮮な果物を買う。そして山小屋に戻る。ライナーに綺麗な水を渡す。それ以外彼とは何もしない。
 話をすることすらその日は拒んだ。

「ベルトルト。お前」
「…………」

 ライナーは何かを言おうとしたが、息苦しそうにしているから喋らない方がいいと僕は言った。無理をさせる訳にはいかない。僕と顔を合わせず眠った方がいい。ライナーがいくつか言葉を交わしそうとしたけど「ごめん」と毛布に包まる。僕も体力を回復したかったからだ。そういうことにする。

 その後も、毎日のように店に通った。
 ライナーの体調が回復するまで僕が一人で頑張らなくてはならない。そう言い聞かせて同じようなことをする。ライナーの為にやるんだ。自分達がすぐに帰れるためにやるんだ。その為に身を削っているんだ。
 決して、自分が許されたいからじゃない。
 ずっとそう、自分に言い聞かせる。



 /6

 だけど、ある日。ライナーが回復してから暫く経った日のこと。憲兵が経営の男達を連れて行く姿を見てしまった。
 きっと袋の中身の処理が甘かったんだろう。そのうちこうなるとは思っていたけど、案外早かった。店は無くなり、あの屋敷に行く意味が無くなってしまった。
 やめよう、今度こそやめようと思っていたのに呆気無く最後はやってきた。やめられる機会がついにきてくれたんだ。僕が勇気を出してやめると決心する前に。
 だというのになんで物恋しくなっているんだろう。
 ぼうっと屋敷の前に立ち尽くす。ああ、もう、簡単な話だろう。ライナーのため、食事のため、そんなことを言い聞かせながら……。

 ――所詮は、自分が満たされたかったからに過ぎない。

「…………っ!」

 気付いた途端、目の前が真っ赤になった。自分の惨めさを自覚して、人に会えない顔になってしまう。

「あ」

 小屋に帰ってきてもライナーは居ない。店が無くなったから副業が出来ず、何もしないで小屋に戻って来たから当然だ。僕の方が早く帰ってくるのは久々だった。
 小屋の戸を閉め、僕は息を吐く。小屋の中でも息は白い。本日は雪のち雨で、街の人達はみんな震えていた。だというのに僕の体は熱い。

 ――なんだ。これ。こわい。なんでこんな風になってるんだ……?

 いつもなら誰かに触ってもらっている時間だった。大人の指で体をまさぐられ、全身熱く染まりきってる時間だ。……順応した体が勝手に熱くなった? そんな恥ずかしい事態になってしまってる? いいや、違う! これはただの病気だ! そうに違いない! ライナーは治ったけれど今度は僕の番なんだ! 連日体を使っていた僕が病気になってしまったんだ! そうに違いない!

「う、う。……あ……」

 安静にして回復に専念しないと。冷たい雨に濡れた上着を脱ぎ、沢山の金貨で買った毛布の上に転がる。熱くて苦しくて息をつく。そのときの声がライナーが吐いていたものとは明らかに違う色をしている。
 驚いて思わず毛布に顔を埋めた。

 ――熱い。いつもだったら、触ってくれる誰かがいるのに。誰も触ってくれない。だから熱が篭って……苦しい……? 誰かに痛めつけてもらわないと、僕は……満足に時間を潰せないのか……?

「た……たすけて……誰か……僕を……見つけて……」

 荒い呼吸は簡単に収まらない。毛布に包まっていたが衣服の中に手を入れる。肌を摩って不快な感覚を放出しようとする。一向に冷める気配の無い熱に、自然と気持ちは焦ってきた。

「……ぁっ……やあ……」

 自分でお腹や胸い指を滑り込ませ、刺激を与えるように動かす。指を動かしてなければ熱が篭って、そのまま爆発してしまいそうな気がする。毛布の中で下衣を脱ぎ、指をふやけるまで舐めた後、いつもいっぱい満たしてもらっていた場所にそれを運ぶ。
 体を縮め指を挿れるが、奥まで達することは出来ない。いいところを突くことも儘ならないし、中をいっぱいに満たすほどの太さも足りない。不安定な形で体を丸めることで圧迫されたことによる呼吸困難が襲い来るのみ。
 全然満足できない。

「なんで……こんな……。したくなかった……筈、だろ……僕……うう……」

 誰かに触れてもらいたくても誰も居ない今は自分で触っていかなきゃいけない。
 焦って、覚えている限りの気持ち良いことをしてみる。大きな声を上げて通りすがりの誰かに甚振ってもらえないだろうかとさえ考える。こんな僕を助けてほしい。でもここなら誰も来ない、だから拠点を構えようとライナーと話していた。筈なのに。

「ライナー……」

 ……僕を助けてくれる人。ライナー。段々と彼のことを想いながら、自分を慰めるようになる。

「ライナー……ライナー……」

 自分の男性器を撫でることよりも、手は後ろを刺激することに集中していた。より丸くした体が悲鳴を上げる。それでも手を伸ばして大きな波を起こそうとする。やっと気持ち良くなって前が濡れた。

「ライナー……早く、助けにきて……あっ……は……」 

 身勝手なことをつぶやき、足を開き、自分の体液で濡れた指を更に挿入する。これだけじゃ足りないけど何もしないよりはいい。他にどうすれば気持ち良くなれる、今までどんなことをしていたかな、どんなことをライナーにしてもらおうか……などと考えていると、やっとライナーが小屋の戸を開けた。
 ふと男性が尋ねた「その子にこの姿を見せたいかい」という言葉を思い出す。そのときは嫌だと答えた。でも先程まで「誰かが通りかかってくれないか」というほど人を求めていた。「おかえり」の一言よりも早く僕の口から飛び出したのは、

「ライナー……あっためて……」

 恥ずかしくて死にたいと思ったときすらあったのに、嘘吐きの僕は素直になったとき飛び出したのはそんな言葉だった。
 怒鳴られるのも覚悟する。嫌われたっておかしくないと思う。
 それでも僕は救われたかった。
 この二重、三重の苦しさから。



 /7

「やっとお前、俺に『してもらいたいこと』を言えたな」

 毛布を剥ぎ、自分がしていたことを見せつけたが、驚かれるよりもライナーはすぐに「なんでお前、そんなに泣いているんだ?」と近寄って涙を拭ってきてくれた。
 真っ先にそんなことをするだなんて。なんて僕は浅はかなんだ。「ごめん、ライナー」 彼の手を引き絡まろうとしたが「待て」と止められてしまった。相手はしてくれないかと強請ろうとしたとき、ライナーは自分から上着を脱ぎ始めた。「濡れた上着のまま毛布の中に入れないだろ?」

「慌てなくても俺が助けてやる。でもお前が俺に何をしてほしいのか、ちゃんと言ってくれないか」

 聞いた途端恥ずかしいと思ってしまったが、それも今更。

「…………ここ……」

 上着を持ち上げる。毛布で直に暖めていた下半身を見せ、仰向けに転がり足を開いた。一人で懸命に慰めていた穴を開いてみせた。早くとライナーを急かすと、

「だから、泣いてるだけじゃ判らないだろ」
「……うっ……」
「言えよ」
「…………ここ、触って……」
「よく言えた。……なんだその我慢してた顔は。なんで今まで言わなかったんだ。どうしてほしいか言えって何度も言っただろ」

 と言いながらもライナーはまず先に、僕に顔を寄せ唇を重ねてきた。
 角度を変えながらも何度もキスをされて嬉しくなりつつも、何が何でも求めていた自分が恥ずかしくなって余計に涙が出る。

「…………僕、判った。教えてもらえた。僕は叱られたかったんだ。悪いことをしたから。だから激しくされたかった。誰でもいい。でも、誰も助けてくれないから……」
「俺でもいい、と」
「……ごめん……そうじゃないけど……結局そうだったんだ……僕は……最低だ……誰でもいいからって、そんな理由でライナーを求めるなんて……だから……君に、今まで、言えなかったんだ」
「ああ」
「だって……だって、ライナーは好きな人だから……! 誰でもいい一人にしたくなかったって……思うのは、当たり前だろ……! 誰かが欲しいのは本当だ、罰してくれる人も必要だ、どんな人でも僕を相手してくれるなら良かった。そんな欲深いことを……愛する人に求めていいのかい!?」

「いいだろ。だから俺は何度も言ってるんだ。してほしいことを言えって。お前を助けるために俺がいることを忘れたか」

 ライナーは僕の口に指を押し込む。冷えた彼の指をしゃぶる。この手をさっきお願いした触ってほしいところに突き立ててもらうために。助けてくれる刺激のために、僕は舌を使う。
 もっと舐めて、もっと激しくして、もっとあっためてと何度も懇願する。大きな感情に押し潰されそうになりながらも、歓喜の悲鳴を上げ背中に手を回す。
 全てを終えたとき、

「……いいかげん、俺の言うことを聞けよ」

 存分に内壁を熱くして、僕の中に押し込めながらライナーは言い放つ。
 足もライナーの体に絡ませ、痺れとその声を全身に味わせる。互いの限界まで身を合わせ、欲望を吐き出し続けた。




END

「病気になったショタベルトルトが山小屋でライナーに『もっと、あっためて』と強請る話」を書くというリクエストから、なんということでしょう、体を売っていたショタベルトルトはかわいい。しっかりとR−18の描写がしたかったと犯人は供述しており。2作目『俺のパンの為にベルトルトが体を売ったらしい』に続く内容になっています。
2013.11.18