■ 「故郷の皆のものになる前に、僕はライナーのものになりたい。」



※捏造設定、捏造故郷、捏造ベリック要素が多々あります。




 /0

 笑顔は、近くにあるものだった。



 /1

「ライナー、寒いね」
「ああ」

 暖炉のある部屋は家族が居るから使えない。誰も居ない倉庫はひんやり冷たいが、毛布を持ってくればなんとか寒さは凌げる。
 入口の前に台を置いたり突っ立てで引っ掛けたり、誰も入って来られないようにして俺達は二人だけの城を造り出す。
 このクソ忙しい時期に畑仕事の用具を取りに来る人はいない。壁を築けば誰も蹴破ってくる奴はいない筈だ。防壁の完成に満足して、さっき用意した毛布の山へ振り返った。
 明日で10歳になるベルトルトが既に衣服を脱ぎ始めている。もう上半身には何も身に付けていない。真冬のこの時期、火を起こせない倉庫の中では雨風は凌げても完全に冷気から身を守ることは出来ない。ベルトルトは脱いだ上着を抱きながらぶるぶる震えていた。

「……えへへ、やっぱり寒いね……」
「仕方ないだろ、ここしか出来る場所が無いんだから。我慢しろよ。それともやめるか?」
「ううん! やる! やって!」

 破られることのない鉄壁を造り上げ振り返った俺と目が合い、ふわりとはにかむ。
 笑顔が間近にある。いつも通り俺を慕う、幼い笑顔。
 ぐしゃぐしゃに丸めた自分の上着を前で抱いて、ベルトルトは俺に背を向けた。「始めよう、お願い、ライナー」 嬉しそうに弾んだ声で俺を急かした。



 /2


 赤黒い液体に少し太い筆を浸す。思ったように毛先に肉が染み渡らず手間を取ってしまう。
 あれ、あれ、おかしいな、もっとねっとりしてるもんなのに。用意した液体が予想以上にさらさらしていて焦る。変だな、じいさんに教わった通り、渡り鳥の血と冬の花の蜜を混ぜた筈なのに。何が違うんだろう?
 生臭さと青臭さは確かに記憶通りの液体だ。なのにさらさらした水になっている。おかしい。頭を捻っていると、ベルトルトが「粘土が入ってないからかな?」と寒さに震えながら呟いた。粘土? 土を混ぜるのか? 絵具みたいに柔らかくならないと儀式にならないのに。ううん、どうしよう。慌てる俺は鼻水を啜った。

「今から取りに行くのは嫌だから、いいよ、それでしようよ。ライナーがやってくれるなら何でもいい」
「ベルトルト。お前、いいかげん」
「えへへ」

 早く暖かくなりたいんだよ、そう急かすベルトルトはホラ、やろうよ、ライナー、と何度も俺を呼びかける。ちゃんと意味のある儀式がやりたかったんだが、仕方ない。俺はたっぷりと浸した筆をベルトルトの背中に這わす……前に、無防備なうなじに口付けた。
 筆先の感覚なら覚悟してただろうがまさか舌が襲ってくるとは思うまい。突然急所を攻撃されたベルトルトは、

「ひゃっ」

 と、情けない声を上げた。上げてしまった声が相当恥ずかしかったらしく、一気に全身が赤に染まっていく。

「ライナー、ばか」

 むぅと口を尖らせ、そっぽを向いてしまう。すまんすまんと俺は謝りながらベルトルトの素肌に筆を走らせる。
 愛馬から作った筆に手作りのインクを浸し、うろ覚えだが意味のある模様を描いていく。ここは丸、ここは二重丸、こっちには人の字、こっちには誕生を讃える呪文。判らない部分はそれらしく見えるようにぐちゃぐちゃに描く。長い筆の毛先がくすぐったいのか、ベルトルトはふるふる笑って動いてしまうので俺が故意にしなくてもぐちゃぐちゃになる箇所もあった。
 最後に、一工夫加える。本来なら故郷を讃える歌を大事な首筋に印していくのだけど、そこを変えて俺だけが判るサインを入れる。
 『この身は故郷に捧げしもの』と入れるところを、俺だけが判るサイン……正直に言ってしまうと俺の名前を模したものを入れた。だから、

「これで、僕はライナーのもの」

 ということになる。
 うなじに描かれたサインで全ての工程は終了だ。完成したことを知ったベルトルトは嬉しそうに笑う。背中に記された刻印を自分の目で見ることは出来ないがには見えないが、背中に刻まれた文様に満足しているようだった。

「その身は全て、俺のもの」
「そうだよ。僕は君のものになった。……嬉しい」

 まさか叶うとは思わなかった誕生日プレゼントを手にしたベルトルトは、俺に背を向けてにこにこ笑っていた。



 /3

 ――故郷の皆のものになる前に、僕はライナーのものになりたい。嬉しいことをベルトルトは言ってくれた。

 さらさらした薄い液体は、手で拭ってしまえば一瞬で落ちてしまうものだった。
 ベルトルトが動いた瞬間、魔法陣は重力に従いぼろぼろ流れ決壊していく。毛布の上で仰向けになったら全部布が吸収していってしまう。
 本当の契約なんて俺達には出来ない。本来なら明日、ベルトルトの誕生日に大人達がすることだから俺は介入することなんて出来なかった。判っている。彼は、本当はみんなのものであって、俺のものではないことぐらい。彼はこの地に必要な人物。今後の我らを導く大いなる存在。ありとあらゆる神々しい言葉で彼を着飾っているぐらい、特別な扱いを受けている貴重な器なんだってことぐらい。

「ライナー」

 それでも中身は俺と同じ、ただの子供だ。誰よりも隣に居た俺のことを好いてくれた、ただの少年だ。
 大切な彼の誕生日はとても寒い時期にある。その前日である今日、今の今まで半裸で耐えていたベルトルトの胸はとても冷たくなっていた。

「ライナーの指、あったかい」

 ベルトルトは胸に押し当てられていた俺の掌を両手で包み込む。両手の指までひんやりと冷え込んでいるのが伝わってくる。
 俺は用意していた余分な毛布を頭から被り、彼に抱きついた。倉庫に持ってくることができた毛布はあまり厚手な物は無い。体をすぐに暖められるほどじゃない。それならと二人で包まれば暖かくなると短絡的な考えでベルトルトを抱き締めた。
 ふわっと笑う。その無防備な笑顔が可愛くて、ついつい短い黒髪をぐしゃぐしゃ撫でてしまった。

「なあ。ぎゅうってしようか」
「うんっ」

 こうやって抱き合って寝ること自体は何にも珍しいことじゃなかった。二人でベッドの中、一つの本を見ながら、悪ふざけでくすぐり合ったりすることはあった。
 でも二日前。同じようにベルトルトと同じベッドでこれからのことを話していたとき。初めて口付けをして、俺達は幼馴染をやめた。
 そう、恋人同士になろうと約束した。
 彼は誕生日に大事な儀式があるから恋人である俺と一緒に居ることは出来ない。ならその前日ぐらいは一緒に居ようと、欲しい誕生日プレゼントがあるんだと強請る声を断る訳が無かった。
 抱き合って唇と唇を合わせる。体と体を密着させる。すると体が暖かくなる。これは好きな人同士でやることなんだというのは、お互い本を読んでいたから知っていた。晴れて愛し合っている俺達は「俺のもの」という印を刻んで抱き合う。これで完璧な恋人同士になれた筈だった。

「えっと、ライナー。舌、べーってやって」

 ぎゅうぎゅうと体を合わせているとベルトルトが「これも本で読んだんだ。恋人同士のやること」と舌を出してくる。俺も真似ると体だけじゃなく唇だけじゃなく、舌と舌を重ねてきた。
 変な感覚に身構える。他人の舌なんて触れる機会は全く無い。ぐにゅっとしたものに一瞬気味が悪いと鳥肌が立ちつつも、何度も舌と舌を重ねて口内を舐め合っていると、息が切れ、体がぽかぽか暖かくなってきた。

「こうやって中までライナーが入り込んだら……完全に僕はライナーのものになるんだよ」
「中までって、そんなに奥まで舌が届かないだろ」
「届くところまででいいんだよ……。外側はちゃんとライナーのものになったんだから、中までちゃんと染めてほしい」
「おう」

 ――ちゃんと、満たして。
 指を絡ませ、舌も絡ませる。そのときの甘えた声は途切れ途切れでも、しっかりと俺の耳に届くものだった。

「べー。もっとちょうだい」
「べー」
「んん。……べー、きもちいい?」
「ああ」
「良かった。これ、僕にしかしちゃダメだよ。恋人同士なんだから」
「お前もするなよ。していいのは俺だけだからな」
「うん。しない。約束。もしライナー以外にしてたら僕のこと嫌いになっていいよ」
「言ったな」

 いつも通りのベルトルトの積極的な姿が見られてちょっとだけ気分が良い。
 これもこの関係になれたからか。何だか得した気分だった。



 /4

「……ライナーが僕の外も全部ライナーのもので埋め尽くして。僕の奥まで全部ライナーで満たしたら」
「うん」
「僕はライナーになっちゃうのかな」

 どれくらいの間、俺達が抱き締め合って恋人同士をしていたのかは判らない。
 でも倉庫の外で俺達の名前を呼ぶ大人の声がして、怒鳴られるぐらい俺達は倉庫に閉籠っていたことに気付いた。

「そうなるんじゃないか。外見も中身も全部俺になったなら、お前はもう俺になったってことだろう」

 やばい。夜遅くなる前にはベルトルトを返すと約束したから独り占めできたのに。明日の素晴らしき儀式の準備があるから部屋に監禁されていたところを無理言って連れてきたのに。このままだと俺が怒鳴られるだけじゃなくベルトルトにも迷惑が掛かる。
 放り出したままだった衣服を早く着ろとベルトルトに投げつけた。

「記憶も意思も、全部ライナーと同じになるのかな……」
「そこまでは、どうだろう。巨人は人を食べたらその人の大切なものを取り込むっていう伝承は聞いたことはあるけれど」

 だけどベルトルトは、俺と同じでまだ部屋に戻りたくないのか衣服をなかなか着ようとしない。
 俺だってもう少しここで二人きりで居たかったけど、我儘を言って三時間も自由な時間を貰えたんだ、お前も怒られたくないだろ、早く出ようと兄貴ぶって年下の手を取る。渋々動き出した恋人のケツを引っ叩きながら、俺は毛布や防壁を片した。

「……ライナー以外の人達に外も中も染められたら、やっぱり僕はその人達そのものになるのかな。……僕の意思も心も無くして全部変わってしまうのかな」
「そうなるのかな」
「……僕が別物になったら、ライナーは嫌?」
「嫌じゃない」
「……嫌じゃないんだ」
「そりゃあ、どんな姿になってもベルトルトはベルトルトだから。ベルトルトの意思じゃなくなってもお前がベルトルトな限り俺はお前のことが好きだぞ」
「…………えへへ」

 毛布を持ち運びやすく畳み終えた頃、すっかりぽかぽかになった体は汗までかく程になっていた。
 ふうと深呼吸をし、今度は防壁の解除をと動き出そうとしていると突然うなじにひやっとした感覚が襲った。

「ぬわあっ!?」

 盛大な絶叫を上げて振り向くと、例の筆を持ったベルトルトがまだ半裸のまま、にまにま笑っていた。

「このやろう!」

 俺は畳んだ毛布の上にベルトルトを押し倒す。
 悪ふざけが成功して楽しげに救助を求めるベルトルトは、声を上げて笑っている。

「うわあ! 誰か、助けてくれ!」

 筆を奪って毛先の液体を払い、まだ無防備に晒している素肌(ヘソや横っ腹)をぐしゃぐしゃくすぐってやる。

「残念だったな! お前を助けてくれるのは俺だけだよ! 俺を敵にすると恐ろしいぞ!」
「ライナー! ごめん! やだやだやめて!」
「お前、一人だと何も出来ないくせに! よくも俺を敵にしたな! 覚悟しろぉ!」
「助けてくれよう! あはははは!」

 珍しくベルトルトが大声を上げたとき、倉庫の外から怒鳴り声が聞こえた。ベリックだ。彼も俺と同じでベルトルトとよく一緒に居る一人だった。俺と同じで彼を守護する戦士の一人だから心配する気持ちも、上からの「面倒を見ろよ」という命令に従わなきゃいけないってことも俺は知っている。そんな彼に黙って二人で秘密の儀式だ。……外ではちょっと覚悟を決めないと出られないぐらい、恐ろしい声がし続けている。
 ああ、ベリックがあの声を出すときは数時間正座させられるんだよなぁ。これは長時間のお説教は確実だ。憂鬱が俺を襲ったが、けらけら笑うベルトルトを見ているとなんだかほんの少しの憂鬱だけで済みそうだと思えた。



 /5

 翌日は終日真っ黒だった。
 大雨が降り、屋根のある所からどこにも行けない不自由な一日。俺は初めて酒を飲んで暇を過ごした。「冬の雨の日は冷えるから」と勧められて飲んではみたものの、喉をや胸の奥が炎を点けられたように熱くなるだけで、心地良い暖かさを手にすることは出来なかった。
 もっと気持ち良い熱を知ってしまっている俺は、同じように体中に染み込む熱でもここまで違うものかと眉を顰める。
 と言っても暖を取るために、そして酔うために酒を勧められた訳では無かった。体を中から清めるために飲めと命じられたのもあった。そうか、液体だったら芯の芯まで中を埋めることが出来るもんな。昨日ベルトルトに「しっかり満たせ」と言われたがこの方法があったか。ふんふんと一人で納得してると、「なんて締まりのない顔をしてるんだ」と、ベリックに叱られてしまった。
 彼に「実は昨日こんなことをしたんだよ」と事情を話すと、「何故そんな事をした」と当然の問いかけが始まる。気恥ずかしさを必死に隠しながら「一昨日、俺達は恋人同士になったから」と続けると、ベリックは「そうか」と静かに頷いた後に、ぱちん、俺の頬を叩いた。
 痛くはなかった。音はしたけど俺を傷付ける行為ではなかった。だけど確かに俺は叩かれて、一体どういう理由で叩かれたのか判らず、俺は言葉を失いずっとベリックの顔を見つめていた。

「出過ぎた阿呆め」

 ――深追いして傷を負っても知らんぞ。……貶すような口調でも、見下すような目でもなかった。
 ただ一言そう非難の言葉を俺に告げると、来いと言われていた時間になり俺達はある部屋に向かった。
 その室内には薄暗い照明の下でベルトルトが居て、その周りには大勢居る。素晴らしき儀式と言われたものの真っ最中だ。彼らは昨日俺達が二人でしたものの本番が行なわれていた。
 俺がうろ覚えの知識で用意した偽物なんかじゃない、血と蜜と泥が混ざり合った赤黒い紋様を体中に刻み付けられたベルトルトの姿を見る。彼が中央に居る光景を見ていると、常日頃から語り継がれていた神々しい存在に相応しいと思わずにはいられない。昨日の下手な落書きで汚された体とは違う、この地に代々伝わる歌で身を染めた彼は、『俺達を導く者』と謳われ続けていた……本で見た『特別な巨人』を思わせる風貌だった。

「ああ。頑張ってるよ、ベルトルトの奴!」
「ああ。頑張ってるな、可哀想に、死にそうだ」

 俺はまだベルトルトの巨人を見たことがない。巨人は巨人でもとても巨大で、特異な外見をしているとは聞いている。そうなんだよな、と隣で見ていたベリックに尋ねてみると「あの赤黒いボディペインティングをそのまま大きくしたようなもんだよ。呪文は残しているがまるで巨人の姿を模した描き方をしている」と、溜息を吐きながら教えてくれた。



 /6

 儀式の間、ベルトルトは俺の存在に気付いていないようだった。
 それどころか意識があるのか怪しかった。でも目は開いているし、突かれたら声も上げている。覚醒はしているようだけど周囲に目がいくほど余裕は無かったということだろう。仕方ない、とても体力が必要な誕生日なんだから仕方ない。
 ふと一人の戦士がベルトルトの体から離れていくところだった。すると今度はその人物とは違う屈強な男が現れ、力無く項垂れるベルトルトの頭を持ち、小さな彼の頭を自分の腰に近付けた。ベルトルトは虚ろな目で剥き出しのモノにゆっくりと口付け、暫く舐め回した後、頬張るように口に含む。そのまま男のモノを奥へ運んでいく。昨日俺が味わったうにゅうにゅした舌で刺激しているのが遠目でも判った。
 男の体が震える。ベルトルトに声を掛け、頷いたのを確認した後に再度男は体を震わせ、距離を置いていった。
 「げえ」 ごほごほ、ベルトルトが咳き込む。ぼたぼた、口から液体を吐き出していく。吐き出して咳き込んでを繰り返してしまう。
 呼吸を整えたベルトルトは掠れた声で「ごめんなさい、ごめんなさい」と頭を下げた。そうして鈍い動きで、吐いてしまった液体が広がる床を舐め始める。
 屈強で頑固そうな男は意外と穏やかな人だったらしく、謝罪しながら床を舐めて全部飲み込もうと努力する姿に優しく声を掛けていた。ベルトルトは必死に謝り、また「げえ」と吐きそうな顔をしながらも床に舌を這わしていく。
 そうしているうちにもベルトルトの背後に違う男が現れ動き出す。地に口付けている彼が高く上げる腰を撫で回し、穴を刺激した後に、自身をゆっくりと挿入していった。
 表情が歪む。虚ろな目は変わらないが「あ、あああ、ああああ」という気の抜けた喘ぎが室内に響く。気持ち悪くて上げているのか、その逆なのか判らない、ただの口を通って出ただけの音のようだった。
 男を奥まで導くのに時間はさほど掛からなかった。もう何度も何人を導いてきたからだろう。男が腰を揺さぶり、震え、中を満たす物を吐き出す。びくんびくんと小さな体が震えていた。俺達が来てから数人を相手にしている。来る前から大勢としていたんだからもう何度震えたのだろう。慣れたようにも見えたけど、突かれるたびに流す大粒の涙が全然行為に慣れずに苦しんでいるようにも見えた。
 またまた違う男がベルトルトに圧し掛かる。今度はベルトルトの唇を奪う。びくりと小さな体が震える。ふるふる首を振る。短い黒髪が揺れる。でもまた違う男が腰を掴み、動きを阻害され、次々と何人かに揺さぶられ、何人目かも判らない男に精を放たれていく。
 中に出されたとき、少しだけ腹が膨れていくのが見えた。まるで小さな体に何かが宿っているようだった。そんなの気のせいだ。いっぱい中に出されているだけなんだから。彼が孕む訳が無いことぐらい子供の俺でも知っている。
 じゃあ何故こんなことをしているって。……これは覚醒の儀式だと、力を手にするためだと誰かが言っていた。そのために外から印を付け、中にも印で満たしていくんだと。これは彼が力を我らの為に発揮するために必要なことなんだと……。

「ライナー。番だ」

 ベリックに言われ、ぼうっと眺めていた俺は目を覚まし、男達の精に濡れた彼の前に立つことになった。
 何人もの戦士達に愛されていた彼は、ぜえぜえ、ひゅうひゅうと呼吸を整えながら、すっかり光を失くした目を俺に向けてくる。
 表面を刻まれただけではなく体内まで大勢に染められていたベルトルトの目は、たとえ俺の姿を見ても昨日と同じ色に戻ってくることはなく、笑顔に変わっていくこともなかった。



 /7

 後から聞いた話によると、始める前のベルトルトはこれからする行為にガタガタ震え怯えきっていたらしい。
 感覚を鈍らせる酒を飲んでも緊張は一向に解けず、ついには恐怖のあまり「やっぱり僕、嫌だ、やりたくない」と言い始めたとか。そんなこと許される訳が無く、怒鳴り声と共に儀式は開始されたとか。逃れようにもここは暗闇の室内、力を発揮することも出来ず、ただの子供に過ぎないベルトルトは多くの人の腕を怖がり大声を上げ続けたとか。そういや痛いことは大嫌いな奴だったよ。そう言ったって、痛いことが好きな奴なんてそういないけど。
 最初は絶叫しながら逃げることばかりを考えていたけど、そんなの無駄だと判ってきたのか、痛みでより理解が早くなったのか。声を上げなくなったという。次第に無抵抗になり、最終的には自ら求めてくるようになっていったって。
 痛いからしたくないということも、誰だから良い、誰だから嫌だという我儘も言わなくなり、今はただ大人しく「しなさい」と言われたことをこなすようになっていったらしい。
 そうして仲の良い俺達が目の前に現れた今。ベルトルトは何か特別な声を上げることなく、言われた通りに体を差し出してきた。
 周囲はどうやら俺が現れたら少し違った行動を取るんじゃないか、事と次第によってはまた……と考えてたらしいが、大人しくしているベルトルトの姿を見て「成功だ!」と嬉しそうに口を揃えた。

「ライナー。この状況を見て、どう思う」

 無事儀式が成功したと喜び賑わう彼らと、そんな彼らに体を拭かれている人形のような彼、それを眺めている俺に、ベリックは問い掛けてきた。

「どうって」
「ベルトルトは変わってしまったぞ。あんなに笑う子だったのに、酷いな、声もろくに出せなくなって。一昨日なったばかりの恋人としてそこはどう思ってるんだ」

 ――暴力で支配され、言いなりの人形にされてしまったんだぞ。
 ――これで超大型巨人の力が思う通り使えるようになった。大人達は大喜びだろうけど、ライナーはどう思っている?
 ベリックは腕組みをして苛立った声で、子供の俺に判りやすく全てを解説してくれた。……なるほど、儀式っていうのはそういうことだったのか。俺は感心した。なんとなくは判っていたけど改めての説明がすんなり俺の中に浸透していく。

「ベルトルトがベルトルトであることには変わらない」

 今まで通り俺はあいつの隣に居て、守ってやったり愛してやったりすることには変わらない。
 そんなことを言うなんて、ベリック、お前はみんなの決定に背くのか? 純粋にそこが疑問になって訊き返すと、「そうか」と頷くだけで話を終えられた。今度はぺちんと叩かれることもなく。



 /8

 ……ああ、でも。
 俺を見るなりふわっと笑う笑顔が無くなってしまったのは、ちょっとだけ悲しいかもしれない……。
 そう思いながら迎える翌日。ベルトルトの誕生日を終えた次の日は、また違う意味で賑わっていた。
 年が一つ変わるだけのことだが昨日の今日で皆が浮世立っているように思える。これから世界は変わる、我々が変えていくと、力を手にした者達が自信をつけていく顕著な様子が露骨に見えた。だけれども俺はそう騒ぐ気が起きず、何故かは判らないけど一度納得した胸がざわざわするのを押し殺しながら、ベルトルトが居る部屋に忍び込んでこっそり時間を潰そうとした。
 こっそりと言っても堂々とドアを開けて部屋に入る。入って、あれ、やっぱりいつも通りにはいかないんだなと気付いてしまった。
 今までだったら部屋に入った途端俺を見るなり「ライナー!」と笑顔で駆け寄ってくる影があった。誰でもない、ベルトルトがそれだった。だというのに俺が部屋に入ってきても、声を掛けても、彼はベッドの上でシーツを被ったまま動かずに居るだけだった。
 体が怠いのか。まだ体力が戻ってないのか。仕方ないとベッドに近付き、シーツを捲る。すると「ひっ!」とベルトルトは甲高い声を上げる。捲った俺の腕を見るなりわなわな震え、両腕で頭を庇った。
 笑顔は、どこにも無い。
 俺を見ても笑顔は、どこにも無かった。

「ベルトルト」

 名前を呼ぶ。「や、あ、やだ、もう、だれも、こないで」 震えてシーツの中に隠れようとする。落ち着いてほしい。恋人のお出ましなんだから。「らい、うあ、あ」 お疲れ様と頭を撫でる。昨日はよくやったな、よしよしと髪を梳かす。「やだ!」 ……振り払われてしまう。流石にこれには傷付いた。
 ベリックにはあんなことを言ったが、思いのほか俺はこの変化に騒めいているようだった。上の決めたこと、従わなくてはならないこと、今後の俺達の未来、彼の活躍、彼への想い、変わらない気持ち。全部ひっくるめて考えた結果の最善だった筈なのに。
 下手なことを言ってはいけないと何度も息を吐き、低い声で、命じる。

「ベルトルト。落ち着けよ。命令だ」

 ぴたり。言われた通り止まる姿に……なんて使い勝手の良い駒になってしまったんだろうと、今後の彼の行く末を憂う。
これは大成功だな。それだけどなんだか悲しい。「俺のこと忘れた訳じゃないだろ。なんでそんなに震えてるか話せよ」 命を下すと、おそるおそる俺を見ながらも小さく口を開いていった。

「らいな。ライナー。……あ、ああああ。ぼく、いっぱいあんなことしたけど、ライナーが一番なんだよ」
「え?」
「ほんとだよ。あれ僕じゃない、ちがうんだよ。きもちいいことなんてしてない。やってない。したくなかったんだ。だから、あれは違う。や、だ、だから、きらいにならないで」
「…………ああ、なんだ、そんなことか」

 何気なく聞き流していたことを思い出して、少しだけ安心した。
 そう言われて、嫌いになる奴なんているものか。
 真正面から抱き締めてやって、何度も髪を撫でた。姿形は変わっていない。変わらず俺と一緒に居た彼だ。変わったのはちょっと声を大きく何かを言ってやれば従うことと、自分から何かをすることが無くなったぐらい。……大成功すぎるじゃないか、素晴らしいな、クソめ。

「なあ。どんなことになってもベルトルトはベルトルトだから。お前がベルトルトな限り俺はお前のことが好きだ。なあ、まだ1日しか経ってないのに忘れちまったのか?」
「……ううん」
「なら俺を信じてくれ。そう簡単に変わらないって」

 抱き締めていたら肩に涙やら鼻水やらが当たった。ベルトルトのあたたかさが伝わってくる。それは変わらず心地良い。すると鼻を啜りながら「……僕も」だなんて言ってくる。

「…………ライナーがライナーである限り、僕は君のことが好きだよ」
「嬉しいこと言ってくれるな。それ、忘れるなよ。命令だ」

 震えながらも抱き締める腕は、笑顔で抱きつくものよりずっと弱々しい。でも込める力が変わったからって絆が弱まった訳じゃないだろう。代わりに俺の方から込める力を強くしてやった。
 命令だと言われたベルトルトは力強く頷く。言われたから従うのではなく、そこは自分の意思で俺の声を聞いてほしいものだ。……不安だったが少しずつ胸の騒めきが薄れていく。

「頼むよ」

 どちらが言ったかどちらも言ったか。……ともかく、一昨日の続きがやっと出来たような気がして、俺は漸く恋人同士の幸福感を取り戻していくのを感じた。




END

お誕生日おめでとうのショタライベルかわいい。ところがどっこいモブベルのエロはもっとかわいい。
2013.11.7