■ 「 告 白 の 先 の 失 望 」



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(お題:「朝食」「隣人」「かくれんぼ」「どんぐり眼」「チェス盤」「振り向いた君」)



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 これは訓練だ。
 俺に与えられた任務は今日もベルトルトを守ること。彼に傷一つ付けずに目的の場所に辿り着くこと。
 そのために荒野を走り、襲い来る無数の敵を打ち払う。これしきのことが出来なければ本来の戦士としての任務も成功する筈が無い。「死ぬ気で訓練に挑め」と脅され、今まさに俺は死ぬ間際まで追い詰められている。
 俺の首元にしがみ付いている小さなベルトルトの体を掌で庇いながら、傷付けないように守りながら、次から次へと食らいついてくる無知性どもを殴り殺す。左手で庇い、もう一つの巨大な腕を振り回して薙ぎ倒す。だけど片腕だけでは無数の巨人を振り解けず、未熟な俺は思う通り力を発揮することができずにあちこちを齧られ始めた。
 ちっとも事態は好転しない。一歩間違えばベルトルトを高所から振り落としてしまうというのに。無知性どもに俺ごと食われてしまうかもしれないというのに。何も出来ず死のカウントダウンが始まっていった。
 訓練と言えどここは地獄の真ん中。助けてくれる奴はいない。いつ命を落とすかもしれない中、どんなに怖くても震えている暇はない。
 俺達はここから逃げなければ。どうしたらいい? どうすれば? どうするのが? 何が最善なんだと考え続け、俺は一心不乱にその場から駆け出した。そのとき、突如飛び出してきた巨人の鋭い牙がベルトルトを守る左腕を襲う。咄嗟のことで硬化が追いつかず、一瞬意識が途切れてしまうほど激しい痛みを味わい、俺は盛大に転がった。地響きとともに砂煙が舞う。「しめた」と俺は俺の鎧から這い出て、ずっと首元にしがみ付いていた小さな手を引き、飛び降りた。
 巨人どもは俺の巨人を食らうことに夢中だ。子供が二人、生身で走って逃げていることなんて気付かない。俺の巨人を全て食らい尽くす前には森へと走る。ベルトルトの手を引き、出来るだけ遠くの物影へと駆けた。

 俺が死ねば訓練は終了する。そして俺が死んだらまた違う戦士が人類を滅亡させるために用意されるようになっている。俺と同じように訓練を受けている子供がいるとは聞いていた。だから俺は死んでも問題は無い。
 けれど大人達から「死んでもベルトルトだけは守れ」と命じられている。俺に代わりがいてもベルトルトは違うんだと、何があったとしても彼だけは逃がせと。
 その命令を違える気は無い。
 それは戦士としても、俺自身としてもだ。
 巨人の目が無くなった森の中とはいえ、いつまでも体格の違いすぎる鬼とのかくれんぼは続けられない。いつこちらに嗅ぎつけてあいつらが襲ってくるかもしれない中、一刻の猶予も無いが俺は「よく聞けよ」とベルトルトの両肩を掴んだ。
 真正面から見るベルトルトの目は不思議な色をしていた。真っ黒のようにも見えて光の加減で緑色に輝いているようにも見える。静かな光を宿していて、初めてベルトルトと対面させられたときは見たことのない色だと驚いたもんだ。今は見慣れたこの目にハッキリ、真っ直ぐ言い聞かせる。

「ここで二手に分かれる。お前はゴールに向かって走れ。ここから走れば回り道をしても3時間で辿り着く。そこまで行けばみんなが助けてくれるだろうから休まず走れよ。俺はもう一度巨人になる。体力的にあと一度が限界だがあいつらをここから引き離すことぐらいは出来る筈だ。いいか、判ったか。判ったなら頷け」

 さっきまで数時間暴れ続けた。体力の削られきった状態での全力疾走のせいで息が続かない。いつもなら5秒で言い切れる言葉も息切れのせいで何度も掠れて言えなかった。
 それもあってか「頷け」と言ってもベルトルトは俺の顔をじっと見ているだけで何も返事をしてくれない。息が切れて喋れないから目を見て話したというのに、ちくしょう、早くしなければ二人とも死ぬという焦った気持ちもあり、段々と苛立ちが募ってきた。
 判ったなら判ったって言えよと怒鳴る体力も今は無い。睨みつけて返事をするように首で促すと、突然ベルトルトは俺の頬を両手で包み込み、

「ライナーはあっちに行くんだね。……折角仲良くなれたのに、もうお別れだなんて、嫌だな……」

 と、ふざけたことを口にした。

「お前を守るための作戦だよ!」

 ついつい興奮して目頭が熱くなる。しまいにはひっくひっくと鼻を啜り始めてしまった。
 本当はいつ食われるか判らない今、怖くて怖くて逃げたいぐらいだった。でも与えられた任務を投げ出したくなかった。諦めて二人で死ぬのも嫌だった。
 何より、俺のせいでこいつが死ぬのだけは嫌だった。それぐらいベルトルトは今となっては俺には大切な存在だったからだ。

「ベルトルト。俺、お前のことを生かしたい。好きだから死んでもらいたくない。俺はお前を守る戦士だから。それが使命だから。守ってやる。……それだけじゃない! 絶対生きろ。じゃなきゃ許さないからな」
「……あ……。う、うんっ」

 いつの間にか見つかるかもしれないというのに頭の煮えた俺は「何も出来ずに死ぬのも嫌なんだよ、我慢しろよ!」と悲鳴のように言い放つ。ベルトルトの団栗眼がより丸くなる。驚きと他に何の感情を含んだものだったのか、それを読み取る前にベルトルトを突き飛ばし「走れ!」と叫んだ。
 涙は止められないし体のあちこちが痛い。ベルトルトが少しずつ離れていくことで身が張り裂けそうなほどの恐怖感に襲われる。もう言ってることは自分でもよく判らない。
 でも、これでいい。これで死んでも俺は「守る」という使命を達成した戦士だ。
 ベルトルトは何度も振り向き、俺の姿を確認していたが、一人で森の奥へと走って行く。その逆方向に向き直り、俺も走り出す。……せめてベルトルトが「僕もライナーのことが」なんて言ってくれたらもっとやる気が出たんだが、咄嗟なことに弱くて鈍くさいベルトルトには無理な心遣いだったか……泣きながら笑って、俺は血まみれになっている体に歯を立てた。



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 そうしてシーツの中で天井を見上げている。ということは、俺達はどうにかして故郷に戻ることができたのだろう。
 一体どれくらいぶりの朝なのか、どれだけの重症を負ったのか判らない。目が覚めてまず全身が痛いと喚けるぐらいだから俺は元気に生きているんだろう。激痛に襲われた後は大人達に取り囲まれて説教に襲われた。今回の訓練における反省点を数時間に渡って聞かされ、「このままでいいと思っているのか」「まだ一人前とは言えない」「失望させるな」「今後も励むように」と何十回も言葉で首を絞められた。

 ――あの訓練で何度も巨人になった。数時間戦い続けた。傷付けては癒し、傷付けた。いつ死ぬか判らない場所で神経を擦り減らし続けた。目覚めてすぐ、完治してない体でのお説教は俺の着実に精神を破壊していった。体中を巡る痛みと不甲斐なさで涙がぼろぼろ零れ落ちるのが止まらなかった。
 説教の最後に、「それでも、ベルトルトを無傷で帰還させたのは評価しよう」という一言が無ければ、俺は失意で殺されていたかもしれない。
 その言葉でやっと「ああ、俺は任務を成功させたんだ」とほっとして、今度は安心感で涙が止まらなくなった。

 ――俺は何人も居るポーンの中の一体に過ぎないが、ベルトルトは失ってはいけないただ一つの存在だ。
 チェス盤に並べられた同じ形の駒が俺で、後ろに控えているデカブツが彼。それを守るために何人もが命を落としたと聞いている。だけど中身は俺と一つしか年の違わない子供だ。今となっては身近で大切な彼だが、初めて対面させられたときの印象はあまり良いものではなかった。
 狭い部屋に案内され、「彼を守れ」と部屋の隅で本を読んでいる地味な奴を指さされた。暗そうな奴というのが第一印象で、仲良くできるか不安だった。声を掛ければ受け答えはするが、自発的に何かを言ってくることはないから余計に俺を不安にさせる。でも「これからよろしくな」と手を取ると、ぎこちなくも笑おうとして俺について来るようになった。任務だからと緊張していたせいか「そんなに難しい問題じゃなかった」と安心し、更に弟ができたみたいで嬉しくて「なんでも頼ってくれよ」と出来るだけベルトルトと時間を共に過ごすようになった。
 ――こんなに親身になってくれる人、初めてだよ。
 毎日のように一緒に居たものだから、恥ずかしそうにベルトルトがそう笑うこともあった。「そうなのか?」「殆ど、任務だからって一緒に居てくれるだけの人だったから」「ふうん、今までそんなに仲良くなれた奴が居なかったのか」 可哀想に思えてしまって余計に可愛がったのかもしれない。そんな内気な弟と遊ぶ時間を多くしすぎてしまったせいで、本来の俺達の関係を忘れてしまうぐらいには彼とは親しくなった。
 何も下心も無く、弟だから守りたいと思える程に。

 おかげで「死を覚悟したら無我夢中に想いを告白した」だなんて。泣き疲れてぼうっと考え込んだ後、ぼうっと天井を見ていたらついあの叫びを思い出してしまう。自分の顔が真っ赤になっていくのが判った。
 なんだか気恥ずかしくなりシーツに潜り込んでバタバタ暴れていると、誰かがノックも無しに俺の居る部屋に入って来る。
 何も言わずに入ってくるとしたらそれはベルトルトぐらいしかいない。シーツから少しだけ顔を出すと、予想通りベルトルトが俺の朝食を乗せたトレイを持って立っている。大きなトレイを抱えてよたよたとベッドに近寄ってくる彼を助けてやろうとしたが、思った以上に体が悲鳴を上げてベッドから下りることができなかった。
 しかも咄嗟の「おはよう」の一言も言えないぐらい喉が枯れていた。随分長い間泣き続けていたせいだろう、無視したつもりじゃないのに「おはよう」が言えないから気まずくて俺は咳き込んだ。
 彼もまず俺が声を掛けてくれることを期待したようだ、落ち込みながらもベッド横のテーブルにトレイを置く。「ライナー、ごはん」とだけ呟くと、何をするでもなく出て行くこともなく立ち尽くしていた。
 俺はシーツをぽんぽんと叩き、ベッドに座らせるように促す。「……食べさせればいい?」と首を傾げるベルトルトに「腹減ってない。でも来いよ」と強く言い放つ。大人しく俺の居るベッドに腰を下ろした。手を伸ばせば届く場所に座らせ、間近で任務の成功を確かめるため黒髪を撫でた。
 俺の顔を覗き込もうとする姿はどこも変わっていない。包帯も巻いてなければ、どこかを庇って痛がる様子も無い。撫でられ続けるベルトルトは肩を竦めてか細く俺の名前を呼ぶ。「なんだよ」と口を開こうとしたとき、気の抜けた掛け声と共に真正面から飛び掛かられた。
 為される儘に飛び掛かってきた体を受け入れる。ひしっと体と体が密着する。抱きついてきてくれるだなんて、今度は照れくさくて「なんだよ」とぼやく。すると俺の肩に首を乗せ、背中に回す腕の力をぎゅうっと込めてきた。少し体が痛みで軋んだが、直接伝わる暖かさが心地良くて目を瞑り抱き返していた。ああ、これが守れた証だなと堪能していると、

「僕は色んな人に『守って』ってお願いしてきて、色んな人に『守ってやる』って言われてきたんだ」

 という、落ち着いた声が耳元から聞こえた。
 その発信源は耳から頬に移動し、唇が頬を伝い、俺の口元にまで這ってきて、初めて密着する。
 あれ、これって、キス、だよな。そう意識していく最中もベルトルトは抱き合ったままの俺の上着をまくり、中に手を入れてきた。

「君も今までの人と同じだって判って、安心したよ……」
「安、心?」
「うん。…………今まで通りにしていいんだねって。もっと早く気付けば良かった。僕、ライナーにずっと前からお礼がしたかったんだよ」

 ――君と居ると楽しいから。
 あまり見せないふわっとした笑みと、子供っぽくない声。戸惑っていると、俺の唇は丁寧に舐め取られていった。



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 ベルトルトは俺をばたんと押し倒すと、仰向けに転がる俺の上に乗っかかろうとする。
 不穏な動きに「何するんだよ」と押しのけようとしてみる。その間も手を下へ伸ばし、ゆっくり下衣の中に突っ込んでくる。
 しかもアレを掴んできた。急なことで変な声を上げてしまう。ぐにぐにと掴んでいる手が動く。柔らかい動きは止まらず今度は口を口で塞がれる。唇を舌で舐められて、歯を見せれば隙間に舌を滑らせて中に入ろうとするし、止まらず下半身の方では丁寧な攻め立てが始まり、次から次へと起こる事態に俺は混乱した。
 反論の隙も与えない動きに出来る手段は、力任せに突き飛ばすしか他に無い。

「お前! こんなことすると赤ちゃんができるぞ!」
「できないよ。男同士だもん。もしできるのなら、僕は何度も赤ちゃんを産んでることになる」

 だって、いつもしてたから。
 さらっと口走るベルトルトは揉む指先に力を加えてきた。俺の下衣を摺り下ろすと甘い動きを始める。ついつい呻いてしまったところで「やめろ!」と完全な拒絶を示す。……その声にベルトルトは大人しく引き下がった。だが表情は、何故拒まれたか判らないというような不安げなものだった。

「初めて『守る』って言ってくれた戦士がね、教えてくれたんだ。『命を懸けて守ってあげてるんだからこれぐらいやってもらわないと割に合わない』って」

 淡々と呟きながら、俺が呆然としていると、一度は動きをやめたというのに再び愛撫を始め、ついに俺のモノを口に含んだ。
 誰だよ、そいつ。未知の感覚に襲われながら問いかける。その最中に何度もやめろと叫んだが珍しくベルトルトは俺の言うことも聞かず、達してしまうまで事を進めた。そしてまるで見せつけるように俺が吐き出した物を飲み込もうとする。一瞬辛そうな顔をしていたが、すぐに顔を上げた。
 まるで「褒めてくれ」というかのように明るく笑う表情に、戸惑う。妖艶な色に染まっている目を真正面から見てしまい、身が震える。懸命に彼は口を開く。「誰、って。ライナーよりずっと前に死んだ戦士だよ。名前を言ってもきっと判らない。それにその人だけじゃない。他の人達もよく『しろ』って言ってた。でも、そういえばライナーは、そういうの一度も言わなかったなかったなって。僕の為に命を懸けるなんてやってられないって僕も判ってるから、気が済むなら何でもするよ。やっと君にお礼ができて僕、嬉、し、」

「俺を死んだ奴と同じにするのか。俺は、お前の隣に居られればいいだけなんだよ!」

 怒りを込めて言い放つと、口を拭っていたベルトルトの動きがピタリと止まった。
 目を見開く。無言が続く。俺が何度も名前を呼びかけて、やっと「あ、あの、ら、ライナー、怒らないで、僕、お礼がしたくて、だから、これなら、いつも僕、してたことだから、その」と蚊の鳴くような小さな声と共に、腕を掴んでくる。
 俺はテーブルに手を伸ばしスープ皿を取ると、ベルトルトの口に流し込んだ。「これでも飲んで口を洗え」と朝食を押し込むと涙目になりながら全部飲みほさせた。その後も「ねえ、ライナー、僕、ただ僕は、君に」とまとまりの無いことを口走ってくるので「もうするなよ。寝るから出て行け!」と強く声を上げる。
 ベルトルトは言われた通り、いつもと同じように俺の言うことに従い、足早に部屋を出て行った。……俺はお前の知ってる奴らと同じじゃない。全部同じだったら死ぬところまで同じになりそうじゃないか。だから絶対に同じじゃない。同じことなんてするもんか! ……俺もちっともまとまらない。あいつのことを何も言えない。
 ――ありがとうと言って笑う、それだけで良かったのに。
 シーツを被り闇を作る。「くそお!」 見てしまったあの、不思議な色の目を掻き消そうと必死だった。




END

ビッチなショタのベルトルトくんかわいい。ろくなコミュニケーションの取り方を知らないショタビッチトルトかわいい。ライナーくんは処女厨かわいい。過去捏造の結果、超大型巨人は王子様的なポジションとして扱っています。フォロワーさんからお題を頂いてSSを書く企画をやってみた結果第2段。
2013.11.3