■ 「壊れた彼と、壊れている保護者。」



 /0

 いつまで経っても彼は解放されない。



 /1

 ベルトルトはドアを蹴って、俺はドアを潜り抜けて。「子供だと油断されるから一番最初にお前らが行け」と言われたからそうして。命じられたからやっただけ。その後のことは何も聞かされていない。一番最初に動いたから俺達が注目されるんだろうけど俺達に罪は無いんだ。だって俺達は無理矢理やらされたんだもの。やりたくないのにやらされたんだもの。やらなきゃ俺達が殺されるからやったんだもの。そいつらに殺されたくないからからやったんだもの。しかも俺達は子供だもの。ベルトルトは悪くない。大人に逆らえる訳が無いだろう。あいつら何度も殴ってきたんだぞ。これ以上殴られたくなくてやっただけなんだ。俺はベルトルトを守るためにやったんだ。俺が守ってあげなきゃいけなかったから。俺が殺したくてやったんじゃない。最初は2人でやりたくないって抵抗したんだ。どうしても俺がやらなきゃいけなかったからやったんだ。当時の俺達の年齢を考えてみろ。たった10歳だぞ。大人にやれって言われたらやるしかないだろ。大勢に言われて「いいえ、俺はやりません」なんて言えるものか。やるしかなかったんだよ。仕方なかったんだ。やらなきゃもっとベルトルトが酷いことをされたんだ。俺は守るためにやったんだ。あいつも俺を守るためにやってくれたんだ。お互いを守るためにやったんだから俺達は無関係なんだ。俺達に罪は無いんだ。どう考えてもそうじゃないか。そうだろう。強盗殺人なんて俺達には関係無いことなんだよ。



 /2

 施設から送られてきた段ボールは信じられないほど重く、冬場だというのに配達の兄ちゃんが恐ろしい量の汗を流していた。
 箱の中には微かにだが故郷の香りがした。心が弾む。そんなの幻想かもしれないけど、添えてあった手紙につい鼻を寄せてしまった。でもただの紙だ。「1ヶ月分はこれで凌げ」と優しい言葉が書いてあるだけの手紙と一緒に段ボールの中には米とホッカイロが入っていた。
 高校男子2人が食べるには到底足りない量だったけど文句は言えない。これ以上バイトの時間を増やせない今、どんな量でも食料はありがたかった。親の居ない俺達を支援してくれる人達が居るから俺達は高校に通っていられる。学生生活をさせてもらっているのもこの優しさあってのことだから感謝しなければ、と考えているとベルトルトが「あっちはもう寒いんだろうね」と呟きながらホッカイロを手に言った。
 米を置く場所を探しながら「あそこ、田舎だからな」と答える。まだこの辺りホッカイロを使うほどの寒さじゃないが、そろそろ掛け布団の枚数を増やしていい頃には違いない。数年暮らした山奥の風景を思い返しながら、「布団っていくらぐらいで買えるんだろう?」「バイト先の人に言えば古い布団を貰えないかな」「あの気の良い店長なら何かくれるかも」と次々話し込んでしまった。
 2メートルほどしかないキッチンスペースに大量の米を置き、変形6畳の畳み部屋に戻ってくる。外は暗い。カーテンを閉めようと奥に行こうとしたが、米が入っていた大きな段ボールが動きを邪魔してくる。狭い場所に2人で住み始めてもう1年半、2度目の冬、さて今年は平和に越せるかと考えながら段ボールを畳もうとすると、ベルトルトが「潰さないで」と止めてきた。

「潰さなきゃ窮屈で堪らん」
「それ、施設に送り返す。もう着られない服を送る。着られない物を置いておいても意味が無いもの」

 身長が伸びたせいで着たくないとボヤいていた衣服を指差しながらベルトルトは微笑む。なるほど、雑巾にしようかと考えていたが施設の弟達なら喜んで使ってくれるだろう。良いアイディアだ、なら読み終えた漫画も入れておいてやろうか。それ、ジャンに借りたやつだよ。あぶねあぶね。そんな会話をのんびりしながら、昔の光景を思い返しながら、笑いながらはしゃぎながら、再びガムテープで故郷の口を閉じた。



 /3

 ベルトルトが出来ないと首を振るから俺がやった。やらなければまたベルトルトが苛められるんだ。これ以上傷を増やさせるなんて嫌だ。これ以上あいつらにやられる姿を見たくないんだ。連れていかれるのは嫌だ。だから俺がやるんだ。俺がやりたくてやった訳じゃないんだ。俺は仕方なくやったんだ。だらんと横たわる体なんて見ていたくない。ぼろぼろ泣いている目なんて見ていられない。誰かの名前を呟いているけど聞きたくもない。そんなのもう何度も聞いたからもういい。今までと同じように無視するんだ。知らない人の声なんて耳を傾けるな。誰かの名前なんて覚えるな。無視をしてただ一つ、ベルトルトを守ることだけを考えるんだ。女の声がうるさい。口を塞ごう。これを貼れば叫べなくなる。よし。すぐに終わらせよう。じゃないとまた苛められる。もう俺はあいつらにベルトルトを奪われるのは嫌なんだ。だから早くやるんだ。早急に仕留めるんだ。簡単なやつで終わらせるんだ。そうだ、ロープじゃなくてナイフがいい。首を絞めるなんて子供の力には無理だ。出来なくはないけど難しいからやめるんだ。じわじわ殺す姿を楽しみたいそうだがそんなの無茶だ。簡単に大人の女を締め殺せるものか。やるなら心臓を刺すのが一番だ。心臓を一突きすればすぐに死ぬ筈だ。終わる筈なんだ。すぐに殺すんだ。すぐに死なせるんだ。だから何度も刺すんだ。刺し続けるんだ。刺したんだ。動いていてもやるんだ。動かなくなるまでやるんだ。動かなくなるまでやるんだ。早く終わらせるんだ。じゃないとまた苛められるからやるんだ。なかなか殺せないけどやるんだ。ずっとやり続けるんだ。終わるまでやるんだ。邪魔するな。誰もくるな。俺がやるんだ。俺が守ってやるんだ。そのために誰も入ってくるな。

「ライナー」

 はっと気づく。えっ。えっと。心臓って、左胸だったっけ。どうだったろう。

「お願いだ。戻ってきて」

 そして後で知る。
 右肩の部分って貫通しても支障が無い場所なんだって。知るもんか、そんなこと。



 /4

 冷蔵庫を開けたとき、おや、と声が漏れてしまった。あまり見かけないものがあったからだ。

「なんで祝いでもないのにケーキなんてあるんだ?」
「貰ったんだよ。賞味期限直前だけど持っていかないかって言われたから」

 ケーキなんて誕生日でもない限り食べられないご馳走だろう。なかなか無駄遣いが出来ない日々でそんな豪華な物を食べることなんてできない。滅多に無いキラキラした色合いに、小さな冷蔵庫の一角が光り輝いているように見えた。
 なんて煌びやかな食べ物なんだ。目の毒だ。こんな物食べ慣れてしまったら堕落してしまう。それぐらい特別な物に腰が引け、「さっさと食べろよ。食えなくなる前に」と1つしかないケーキを取り出すと、貰ってきた本人が「ライナーが食べていいよ」と信じられないことを言い出してきた。おい、ケーキだぞ! なんでこいつご馳走を遠慮してんだよ! ベルトルトが貰ってきたんだから食べろよ! と再三言うと、「なんでこんなことで言い争わなきゃいけないんだ……」と困ったように笑って、

「じゃあ、半分こしよう」

 真夜中の晩餐が始まった。
 段ボールを部屋の端に置き、俺達はいつも食事をする中央で胡坐をかく。ベルトルトは箸で器用にスポンジを掬い、あーんと俺の口に運んでくる。かわるがわる食べればいいだけなのに、なんでいつの間に食べさせてもらうようになってるんだ。嫌な気分ではないので為されるが儘でいた。
 食べている間も「ライナー、苺食べる?」「お前が食べろよ」「ライナーって苺嫌いだっけ」「好きだよ。でも」「あーん」「んぐ」と立派な譲り合い攻防が展開されていく。手先が器用なベルトルトでも争いながらだったせいか零したりあらぬところにクリームが付いた。傍から見たら馬鹿な騒ぎをしていただけだがここは2人暮らしの6畳部屋。誰も文句を言う奴なんていない。あまり騒ぎすぎると隣人に叱られるかもしれないが、くすくす笑うぐらいの俺達を邪魔する人間は誰一人現れなかった。

「おい、なんてところに付けてくれたんだ。舐め取れよ」
「……それ、言いたくてわざと避けたんだろ。自分で拭いてくれよ。あと携帯、鳴ってる」
「ただのメールだよ」
「急用だったらどうするんだ。バイト先かも。……今日休んだから何かの連絡じゃないかな?」

 俺達は2人きりの生活がしたくて我儘を言い、施設を出た。世話になっている分はそのうち金を稼げるようになったらきちんと返すつもりだ。恩返しをする気ではいる。けど、それまでは2人きりの甘い生活を送らせてもらうことにしている。
 そうしないと気が狂ってしまうかもしれなかったんだ。仕方ないじゃないか。

「ああ、エレンからだ。『今日はごめん』って」



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 大勢苛めたくせに、また苛め足りないのか。もうやめてくれよ。許してくれよ。もう連れて行かないでくれよ。散々食っただろう。沢山食い散らかしただろう。いっぱい人を食べただろう。あれだけ協力したのにまだ満足しないのか。もう嫌だ。もう協力できない。俺達はそんなことしたくない。そんなこと出来やしない。こんなに従っているのにどうして許してくれないんだ。充分従っただろう。いっぱい刺したしいっぱい殺しただろう。お前らの手助けだってしただろう。沢山楽しませただろう。いっぱい芸を見せただろう。出来ないと言ったこともやってみせただろう。犬みたいなこともしてみせただろう。犬よりももっと獣染みたことだってしてみせただろう。汚いことものだって舐めただろう。痛いことだって耐えただろう。あんなことだってしてみせただろう。恥ずかしいことだっていっぱいしてみせただろう。そうしなきゃいけないって組み伏せられたから頑張ってやってみせただろう。なのにどうして許してくれないんだ。やめろ。待ってくれ。ベルトルトに触れるな。行かないでくれ。もう泣いてない。もううるさくない。もう泣いてうるさくなんかしていない。誰も迷惑なんて掛けてない。だから来るな。苛めるな。もう手を出すな。もう俺達は何も出来ない。もう何もしないから。もうベルトルトは無理なんだ。無理だから。もう苛めないでやってくれ。俺にベルトルトを守らせてくれ。やめろ。連れて行かないでくれ。やめてくれ。もう声だって出なくなってるんだ。もうベルトルトには無理なんだ。俺にはベルトルトが。これ以上は。もう。
 本当に壊れてしまう。



 /6

 ――エレンのお母さんはね、5年前のあの事件で殺されたんだよ。

 クラスメイト達と笑って昼飯を食っていたのに、突如エレンが教室から出て行った。コニーとジャンが中心となって始めた家族の話がキッカケだった。なんとも言えない表情を浮かべたエレンは「わりぃ」と必死に顔を作りながら逃げるように昼食の席から立ち去って行った。なんなんだよ一体と事情を知らない男子達が文句を言い始めて、堪え切れなくなったアルミンが、そう口を開いた。
 それを聞いた一同が慌てて「ごめん」と言い始める。頭を下げる奴も居たが、本人はどっかに行ってしまった後じゃ意味が無い。アルミンが「午後の授業が始まる頃には戻ってくるだろうけど」と苦笑いをしながら同じように教室を出て行く。そんな……『跡形も無いぐらいメッタ刺しで惨殺された』なんて、クラスメイトには重すぎる話だ。その場が押し黙る。マルコが次の話題を上げるまで、気まずい沈黙がクラスを包んでいた。
 ああ、エレンがみんなの話を聞いているとき、何かに我慢してるなとは思っていた。そりゃあ自分にはもう無い母親の話で盛り上がれたら変な気分になるな。かと言ってそんな事情を知らない連中に怒りをぶつけるほどエレンは出来てない奴じゃない。必死に皆に向けた表情を作っていただけ、エレンは良い奴だ。
 こんな近くに関係者が居るもんなんだなと感心しながら隣を見ると、弁当を広げているベルトルトが、エレンとは正反対に顔を隠せないでいた。真っ青だ。ガタガタと震えている。弁当箱は広げているけど箸は一切進んでいない。今にも弁当の上に吐いてしまいそうな顔色じゃないか。
 判りやすい症状に俺は溜息を吐きながら、「無理するな」と弁当箱を閉めてやった。

 ――エレンは憎んでいるのかな、犯人。

 やめておけばいいのに話題を続けるクラスメイトがいた。返答は誰もが思いつき、誰もが「憎んでいない訳ないだろう」と答えた。
 そういやエレンは警察官になりたいんだっけ。それとも刑事だったっけ。とにかく、自分の手で悪を成敗する人になるとか言っていたような気がする。あんな顔でも熱心に勉強してるぐらいだ、そのうち本当に凶悪犯を一人残らず締めるような熱血漢になるんだろう。これからの世界の為にきっとあいつは活躍するだろうな。……青い顔をしているベルトルトの背を撫でながら、エレンの輝かしい未来に期待した。

「何を怯えているんだ。何度も言ってるだろ、俺達に罪は無いって」

 ――世間一般とエレンがどう思うかは知らないけど。

 その日、昼食は一切食べず、水も飲まず、そのまま午後の授業に臨んだベルトルトは案の定倒れた。
 早退するための説明も、バイト先の欠勤連絡も、全て俺がやってあげた。あいつは昔のことを思い出すと帰ってこられなくなるからこれぐらいどうってことはない。久々にアレが来るだろうなと考えながら学校からベルトルトを引きずり古い木造アパートに戻ると、ポストに宅配便の不在連絡票が入っていた。施設から荷物が届いていたらしい。夜には受け取れそうだ。その荷物を受け取るまではベルトルトにちゃんとしてもらわないと困るな。ぼんやり考えながら我が家の中を眺めた。
 狭くても2人きりの世界。一番安心する場所にベルトルトを転がした。



 /7

「あ、ああ? あああ、あああああああ!」

 壊れた彼は声にならない声を上げる。ボロボロと涙を零して俺を探す。
 あいつらに苛められている最中も。俺が必死に女を裂いてる最中も。俺が苛められている最中も。警察が来てくれたときも。病院に連れて行こうとしたときも。施設に初めて行ったときも。それ以外のときも壊れた彼はいつもこう。
 あのことを思い出すたびに、再現が始まる。
 だが、俺が居れば大丈夫だ。

「ごめんなさい」

 一時は落ち着いたと思ったが、エレンの名前を聞いたベルトルトはまた顔を青くして声を上げる。
 おいおい、そんなんじゃ明日教室に入った途端スイッチが入るんじゃないのか。そうしたら学校に通えないだろ。折角支援してくれてるのに学校に行けなくなったらとんでもないぞ。ボヤきながら暴れるベルトルトを抑え付けた。昼のときは何とか堪えてくれたが、2人きりになると人の目を気にしないから平気で暴れようとする。こら、と俺はベルトルトの頬を叩いた。ほんの軽くだ。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 隣には人が住んでいる。薄っぺらい壁という訳じゃないけど大声を出せば流石に聞かれる。ぎゃあぎゃあ叫び出す前に俺はアレを探した。どこに行ったかきょろきょろ6畳の畳部屋を見渡すと、ああ、段ボールの隣にあった。咄嗟にガムテープを口に貼る。これで叫ばない。うるさいって迷惑が掛からない。
 偶然あそこに居て、不運にも巻き込まれた『とあるお母さん』に俺がやったことを思い出して、それを参考に、ベルトルトの口をガムテープで塞いだ。
 そのときガリッと腕に爪を立てられた。ついつい俺も悲鳴を上げてしまう。お揃いに俺の口にもガムテープを貼るべきかと考えたが、それよりもこの腕を大人しくさせた方がいい。ぐるぐるとガムテープでベルトルトの腕を巻いた。余計に恐怖したベルトルトは暴れて苦しみ出したが、まあこれで危害を加えてくることもないし迷惑も掛からなくなったから一安心だ。大丈夫、これでいい。

「ん、んん、んんんんんん」
「ああ、ゆっくり落ち着こうか、ベルトルト」

 唸っているガムテープの上に、唇を落とす。さっき食べたケーキのクリームのときみたいにベルトルト自身は堪能できないけど、ゴム臭さ越しに微かにベルトルトの息を味わう。
 首を振るって逃げようとしたが、俺から逃げたい訳じゃない。涙を流して何かと戦っているから暴れているんだ。そんなの夢、戦いはそのうち終わるもの。それまで俺はベルトルトを抱き締めて頭を撫で続ける。

「なあ。ベルトルトはドアを蹴って、俺はドアを潜り抜けて。『子供だと油断されるから一番最初にお前らが行け』と言われたからそうして。命じられたからやっただけ。その後のことは何も聞かされていない。一番最初に動いたから俺達が注目されるんだろうけど俺達に罪は無いんだ。だって俺達は無理矢理やらされたんだもの。やりたくないのにやらされたんだもの。やらなきゃ俺達が殺されるからやったんだもの。そいつらに殺されたくないからからやったんだもの。しかも俺達は子供だもの。ベルトルトは悪くない。悪くないから」
「んんんん」

 こんなことを施設に居たときも何度もやってしまって、ある日、同じ施設で暮らしていた少女にこの光景を見られ、信じられないものを見るような目をされた。

 ――そういうのは、お医者さんが何とかしてくれるものなんじゃないの……?

 彼女に事情を説明したらそんなことを言われた。ああ。きっと行けば治るんだろうな。俺は頷いた。曖昧に答えてその場を掻い潜り抜けるために。

 ――大丈夫だから。心配するなって。時々こうなる以外は普通なんだから。病院に行かせるなんて馬鹿げてるだろ? 心が病んでるからって病院になんか行かせる? 一人で? 健康な俺を置いて? まさか? この程度で俺の傍からベルトルトが居なくなるなんてありえないだろう? 違う場所に行かせる訳にはいかないだろう? 何を言ってるんだお前は!?
 ――…………。そうかい。

 彼女はすんなり判ってくれた。気難しい顔の彼女が判ってくれるほどの説得力なんだから、俺の考えは間違っていないということだ。
 ほんの一瞬の事なんだから、対処法を知っている俺が居てあげればいいだけのこと。問題無い。時々起きることなんだから完全に世話をしてあげらえる俺が居ればいい話。だからこうして今もいつもの対処法をすれば。一時的にあのときに戻る程度ですぐ戻ってこられる。

「ベルトルト」
「………………」
「そんなことしなくていい。俺はあいつらじゃないって。違うから。やらなくていいんだぞ。おい。違うんだって。参ったな。ああ、仕方ないな……」

 戻ってくるまでの間、ついつい昔に戻ってあの頃の芸をしたりしてしまうけど。

「お前の気が済むなら、ヤるぞ」

 施設で大勢と一緒に過ごしていればいつか彼女以外にもこの対処法が見られるかもしれなかった。そうしたら彼女のようなことを言われる機会が増えるだろう。もしかしたら強硬な手段を取られるかもしれない。それは困る。
 だから俺達は施設を出る、2人で生活させてくださいと頼み込んだ。良い学校に行きたいんですと、あんな事件に遭って2人きりになってしまった俺達を拾ってくれた施設の皆さんに恩返しがしたいんですと、良い大人になりたいんですと言い続けた。それまで真面目に生きてきた俺達は2人きりになれた。
 もう誰にも、邪魔されない。
 誰にも連れていかせるものか。
 嘘を吐いてるつもりはない。でも本心が違うことをずっと隠していける自信はある。隠しきれないものと言ったら自分達の欲望ぐらいだ。だから。



 /8

「あ、すまん。気持ち良すぎて意識が飛んでた」

 いつの間にかベルトルトの服を剥いでぐったりさせるようなことをしてしまった。
 暴れたりしないぐらい大人しくなったベルトルトの口元は、唾液のせいでガムテープが剥がれかかっていた。叫び声を上げなくなったのでガムテープを毟り取り、丸めてゴミ箱へ投げた。
 解放された唇が動く。耳を澄まさなければいけないぐらい小さな声で、もうこれで許してください、ライナーを助けてあげてください、ライナーは、ライナーはと繰り返していた。

「ベルトルト」

 愛おしくてやっと直に口付けを交わす。

「頼む。戻ってこい」

 何も付けずにお互い精を放ってしまったので、畳にべったりとあれが付いてしまっている。しまった、こんなにひどくしてしまったか。半分以上情事を覚えていないことに頭を抱えながら、腕の拘束に使ったガムテープも解いていく。直接肌に貼ってしまったせいか真っ赤になっていた。縛るのは上着の袖にすれば良かったか。
 ぶつぶつ一人で反省していると、ベルトルトが腕の拘束を剥がされながら俺を見ていることに気付く。腕を伸ばしてくるので身を寄せると、首に巻き付いてきた。
 可愛い仕草に、俺がついていないと駄目なんだと一段と想う。疑いなく。

「……ごめん。僕、またやっちゃったみたいだ」
「いいって。俺も似たようなもんだから。おかえり、ベルトルト」
「ただいま、ライナー」
「戻ってきてすぐ言うのもアレだけど、一応訊くぞ。……明日もちゃんとエレンに会えるか?」
「……会うよ。学校には行かなきゃだもの。もし僕が暴れたら抑えつけて」
「おう。お前なら大丈夫だ。昼間、我慢できたんだしな」
「うん。…………お腹減った」

 ああ、俺も空腹だ。ケーキ以外ろくに今日は食ってない上、動いてしまって真夜中なのに妙に腹が減ってしまった。そうだ。ベルトルトの鞄には一切手を付けていない弁当箱があった筈だ。
 疲れた様子のベルトルトをもう一度畳に寝かせて、放り出した学生鞄から弁当箱を取り出す。この涼しい時期の弁当ならまだ食えるだろう。変な匂いがしてなければきっと平気だ。

「ほら、飯だ」
「わあ」

 寝転んでるベルトルトの枕元に弁当箱を置く。するとベルトルトは首だけを器用に動かして蓋を開け、丁寧に食べ始めた。
 犬のように顔を突っ込んで、口の周りを汚してしまっても最小限に被害を留めながら。
 愛らしいペットのように食事をしている彼の髪をよしよしと撫でてやる。嬉しそうに笑った。そこではっとして、俺は咄嗟に弁当箱を取り上げた。

「ど、どうしたんだい?」

 目を見開いて驚き、心配そうに俺を見上げる。どうしたんだい、じゃない。

「もう戻ってきたんだから、あのときの芸なんてするなよ」
「あ、ご、ごめん」



 /9

 そう、いつまで経っても俺は解放されない。




END

山奥真ん中バースデイ! ライベルにケーキを食べさせよう! 幸せな現パロにしよう! ショタ時代にトラウマを作らされて今日も眠れないライベルかわいい。
2013.10.15