■ 「傷ついた幼馴染の傷口に優しく指を突っ込んだ」



※AVがテーマのベルトルト受アンソロ『ベルトルト・フーバー16歳』に寄贈した「馬鹿馬鹿しい話」の中で自主的にボツにしたものを書き直してみたの巻。ウォール・マリア崩壊後の劣悪環境の中、暴漢達に襲われて恥ずかしい姿を撮られてしまったベルトルトの、その後。



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 俺の目の前で、ベルトルトが大勢に傷つけられてからの話。



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 何度も頬をぶたれた。叩かれた痕はもう無い。
 きつく手足を縛られた。縛られたロープの痕はもう無い。
 体中を舐められた。舐められた痕なんて元から付いてない。
 気持ち悪い声が耳を犯した。そんな声は忘れたし奴らの顔も覚えていない。
 何人もの男達に出し入れをされてあそこは変形した。1日で壊れた体は元に戻った。

 巨人の再生能力をもってすれば、人間達に痛めつけられた傷痕なんてすぐに消える。無理矢理付けられた痛みは全部消えていった。たった1日で消えてしまったぐらいだ。体には何も残っていない。
 だというのに、ベルトルトは「今も見えるんだ」と語る。
 俺には完全に癒えきった体にしか見えなくても、ベルトルトの目にはくっきりと自分の手首にロープ痕が浮かび上がっているらしい。この部屋には俺以外誰も居ないというのにあの卑しい声が聞こえてくるとも言う。恥ずかしい言葉を強制してくる声がどこからともなく聞こえてくるとも言い、なにより何人もの男達を受け入れてしまったあの感触が今も下半身を襲うんだと……。

「……何にも無かったように元に戻せたのに、ちっとも元に戻せないんだ……」

 矛盾したことを言っているけど、実際にそう。
 意識がある中で悪夢を見続け、少しずつ衰弱していく。
 俺は気が滅入りそうだった。



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 人間達が造った小さな壁の中で、気が狂った男達が地獄を形成した事件から早4日。
 マトモな男達は意味も判らず殺され、ただそこに居ただけの女達は犯され、何も出来ない子供達は弄ばれ、俺達もその一人として地獄の添え物にされてしまったあの事件から、やっと100時間が過ぎた。
 ぼうっと考える。あのときのことを。
 俺達は運が悪かった。守ってくれる優しい親が居なかった俺達は、悪い大人達の玩具にされてしまった。
 被害者として選ばれたのは偶然だった。ただの弱い子供だと思われた俺はボールのように蹴られ、ベルトルトは笑われながらグチャグチャに壊された。
 ――何人もの男達に。
 俺が手を噛み千切って奴らを踏み潰すことだってできたけど、アニと再会し次の任務の相談をするまではなるべく正体を見せたくなかった。その義務感を優先したせいで、ベルトルトは壊され続けた。
 ――何時間も。大勢の人間の前で。

 灯りの無い部屋。狭い室内。貧相なベッド。暖かくないシーツの中。それでも2人だけに許された空間。「2人で抱き合って眠れば寒くないから」と身を寄せ合って数時間。俺は寝ろと言った筈なのにベルトルトは変わらず暗い天井を見つめ続けていた。
 彼がシガンシナの門を蹴り壊した直後も似たようなもんだった。あのときもベルトルトは「悪夢を見るから」と眠ることを拒否していた。やっと落ち着き始めたというのに今度はこれか。まだ俺達が壁の中に入って1ヶ月しか経ってないのに次から次へと何なんだ。
 ――ああそうか、まだ100時間しか経ってなかったのか。
 ――そして、100時間も俺はベルトルトと口をきいていないのか。
 思って、俺はシーツの中でベルトルトの手を握った。すると握り返してくる。ちゃんと動く。死んじゃいない。それは確かだ。でもベルトルトは口を開かなくなり、必要最低限の意思疎通しか行わなくなった。俺の言うことなら聞いた呼びかけですら応えないこともあり、折角手に入れたパンも吐き出す始末。
 駆けつけた憲兵団によって魔の手から解放されたものの、本当の意味で解放された訳ではない。
 あの日から、人間達がいつ巨人に食われてしまうんだと恐怖するのと同じように、俺達もいつ人間に食われてしまうんだという恐怖に毎日戦うことになった。解放される日は多分来ない。人間と同じように、俺達も。
 そう考えながら一晩を明かす。俺が目を覚ましたとき、同じベッドの中で眠る隣の子供は……変わらず虚ろな目で暗い天を見つめていた。
 俺のあの判断は間違っていたと思い知らすような死んだ目のまま、彼は眠れず生きていた。



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 子供でも、大層な事件に見舞った被害者でも関係なく働かなければパンが貰えない。
 たとえ子供だったとしても貴重な労働源として俺達も大人と混じって力仕事をしなければならない。それは休めぬベルトルトも例外ではない。しかも同じ年頃の子供達より体格が良い俺達は何倍も働かされた。だからといって他より倍、物が貰えたことはなかったが。
 そうして訪れる夜。2人きりの部屋、同じベッドで丸くなって眠ろうとするが、目の下に隈を作っていてもベルトルトは眠ろうとしない。
 いいかげん目を閉じろよと何度言っても聞かない。疲れている筈なのに、休みたい筈なのに、彼は目を開けたままぼうっと天を見ている。それで朝までいようとする。
 何故そうしてるって、そりゃあ……目を閉じた途端に見えてくるんだろう。聞こえてくるんだろう。あの地獄が。
 ――男達に取り囲まれて、殺されたくなければ言うことを聞けと脅され、俺が蹴られて血反吐をぶちかます姿を見させられて、拘束されて恥ずかしい姿を大勢に見られながら涙したあの地獄が。
 それが嫌でずっと目を開けているんだろう。……いくら体が丈夫で傷を負えば再生する超人だからって休まなければ徐々に衰弱していく。そんな生活をし始めてもう100時間以上が過ぎた。普通の子供なら死んでもおかしくないぐらいなのに、そう簡単に死なない彼は動きが少しずつ鈍くなるだけだった。
 だけどそれが無事とは言わない。死なないから余計に悪い。制限なくベルトルトは自分を追い込んでいく。外側からグチャグチャに壊された彼は、こうやって内部も少しずつボロボロと壊されていくんだ。
 堪らず俺は今日もシーツの中でベルトルトの手を握った。

「あいつらは、もういない」

 もう何度もベルトルトに聞かせた言葉を繰り返す。

「あいつらは悪い奴らだったから憲兵団が連れていった。あんな連中生かしておく訳が無いから、もうあの世にいっちまってるだろう。あいつらが現れることは無い。もう決して。だから」

 お前の前に現れて、再びお前を苦しめることはないんだ。
 安心させるように言う。もう何度も放った言葉を今日も告げる。
 いつもなら「ライナーの言うことなら」と大人しく頷く奴だが、返事は無い。
 なんでなんだ。傷だってもう無いんだ、全部自分が癒してしまったんだ、傷が見えるなんて幻覚なんだ。そんなもんに負けるな。これから俺達はもっと大きな傷を作るかもしれないし、人間達にも大きな傷を与えていくんだからこんなところで躓いていたら……。
 それらを言うたびに、自分の心臓が捩り潰されるような感覚を味わう。……気が滅入っている。なんだこの息苦しさは。気に入らない。この程度で衰弱していくベルトルトに腹が立っているのかと自問自答したが、違う。……「この程度」と言ってしまっている自分自身に対してか? それが一番しっくりきた。
 不意に、夜の闇の中でベルトルトの表情が見えた。
 外で灯りを持った大人達が動いていたからだろうか。外ではまた騒ぎでも起きたのか。この不安定な時代なら荒事はどんな時間でも起きる。不思議な話ではないし、俺達に関係無ければ何が起こっていても構わない。……そんな他人が灯した光で気付いてしまった。
 息はしているけど、今はもう居ない幻覚に貪り尽された顔をしている。奪われるだけ奪われて戦意を失って、呆然として。そんなことで戦士としてやっていけるのか。ただ衰弱しているだけと思っていたベルトルトの顔は、もう死んでいた。



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 いいかげんにしろと俺は身勝手に動き出した。
 ぼうっと天井を見つめる体を俺の方に向かせて、顔をバシッと叩く。いきなり何をされたか把握できず、ベルトルトは目を丸くした。けれどもう一度叩く。二度、三度。手にこもる力は段々と強くなり、ベルトルトの頬を赤くしていく。「痛い」と彼が叫んだところで、すかさず言い放つ。

「そうだ、俺が殴ったから痛いんだ!」

 次に荷物をまとめる短い縄を取り出してベルトルトの手を縛る。ぎゅうっときつく、くっきり痕に残るぐらいに縛りあげる。ここ数日ロクな言葉を発さなかったベルトルトがあまりのきつさに「やめて」と悲鳴を上げたところで、すかさず言い放つ。

「そうだ、この痕は俺が縛ったからあるんだ!」

 抵抗できなくなったベルトルトの衣服を捲り上げる。あいつらに舐められた場所に舌を這わせる。気持ち良くなんかさせない。ついでに歯も立ててやる。千切るように食らいついてやる。
 下衣も摺り下げて、ついに暴れて逃れようとする足も残りのロープで縛りあげて身動きを奪う。そうしてあの場所を刺激する。男達に何度も突かれたあそこを。ベルトルトが半狂乱になって声を上げてきたところで、すかさず言い放つ。

「そうだ、お前を苦しめたのは俺だ!」

 見よう見まねで俺はベルトルトを食う。男達が何度も何度もベルトルトにした暴力と同じように。
 血が滲むほど縄できつく腕や足を縛って。身動きを取れなくさせて。気持ち悪い、痛い、嫌だ、助けてと何度言われても舐めて、噛んで、挿れて、捩り込んで、傷口を大きくさせる。癒えた筈の傷口にとにかく突っこみ続けた。「こんなことの何が楽しいのだろう」と疑問に思いながらも、俺はあの男達が幼いベルトルトにし続けたことをなぞっていった。
 初めてだった。
 自分が今やった行為自体も。あんな下衆の真似をしようと思ったことも。ベルトルトを泣かせることも。何もかもが初めてで、全部納得できなくて、怖かった。
 何が楽しくて大好きな幼馴染を泣かせなければならないのか。俺はベルトルトのことが大切で、泣かせたくなくて、あのとき何度も自分の手を食い千切ろうと思っていたのに。任務を優先したから結局助けることはできなかったけど、それでも泣かせたくないと思っていたのに。今だって泣かせたくないと、彼を大事にしたいと思う心は捨ててないのに。だからこの行為は苦しい。ラクになりたい。苦しめたくない。解放したい。お前を助けたい。でも俺は、「これしかない」と思って、泣きながら無我夢中で――。
 全ては愛する彼を守るために。
 傷ついた幼馴染のこれからを守るために。
 ベルトルトを苦しめた。



 /5

 朝陽が昇り始める時間になった。
 暗かった部屋が徐々に晴れ、ベルトルトの顔が視認できるようになる。流れいく涙のせいでなかなか覗き込めなかったその顔は同じく涙に濡れていて、痛がっていて怖がっていて……とても生きた顔になっていた。
 その顔が見られて満足する。
 その顔を見るためだけにやっていたから、ついにゴールに辿り着けて、俺は安心した。
 陽に照らされたベルトルトの手首には、くっきりとロープ痕ができている。

「ほら、見ろ!」

 泣き疲れて真っ赤な目に見せる。嫌だと顔を振ったが無理矢理見せつけた。

「俺が縛ったからこんなに痕になっちまったんだ! 酷い奴だな、俺は!」

 そう聞かせながら「見ろ、見ろ」と何度も言う。
 「ああ、ああ」とベルトルトは不自然な呻き声を上げた。今まで出したことのないような声だった。よし、これでベルトルトは手首の縄の痕を心の中で見るたびに俺の顔を思い浮かべることだろう! あんなにきつく縛られたんだ、その上であんなことをされたんだ、うろ覚えな男達の影よりも強烈な記憶を手に入れた筈だ!
 追い打ちをかけるように開き切った穴に指を突っ込む。ベルトルトは「ぎいっ」と潰れた悲鳴を上げた。苦痛の声としてはイマイチだった。だからもっと泣け、あのときよりももっと、もっとだ、と傷ついた幼馴染の傷口に優しく指を突っ込んだ。あの男達以上に強烈な記憶が植えつけられれば成功なんだが、そこまで俺は再現できただろうか。嘗め回され蹂躙された手も全部俺のものになっているだろうか。自信は無かった。
 これであの記憶が無くなってくれればいい。薄れるだけでも十分だ。そればかり考える。
 ……このことで俺のことが憎くなるなら、それはそれでいいと思っている。ベルトルトはこの程度で俺のことを嫌う筈が無いと思っているからしたことだが、もしこんなことをした俺に殺意を抱いたなら……そのときは、暴力に対する恐怖よりも殺意の方が勝ったということだから、戦意ある者に戻れたと同じ。
 死んだ目のまま衰弱していくものよりもずっと良い筈だ。

「忘れろよ。俺とヤったことだけを覚えていろ。晒し者になったって記憶、持っていたって何にもならない」

 俺の言うことに間違いは無いと言い聞かせる。
 記憶は痛みを伴うとなかなか消えないものになるというのをどこかで聞いた。だから忘れられずにいたベルトルトのために、俺が新たなものを刻み付ける。これが駄目ならもっと強いものを与えていけばいい。あの奇行種達が付けた傷が大きなものならそれより大きな傷を俺が……。
 今度こそ俺の判断は間違ってないよな、と思いながら彼に掛けた縄を外していく。外されながらベルトルトは俺を光のある目で見上げ、

「……そうだね、ライナーの言うことなら聞くよ……」

 泣きすぎてすっかり掠れた声で、頷いてくれた。




END

アンソロ寄贈の小説の中盤シーンに居れる予定だったけど長すぎるしAV関係ない流れになったので「笑ってやっていた奇行種達とは違って、泣きながら同じことをしてベルトルトを慰めた。」の一言で終わらせてカットしたけどAVと関係ないエロ話でなくてもOKだったようで。数行で終わらせた完成版も気に入っているけど押入からネタを引っ張り出してライベル要素増やしてみてみたら相変わらず心を抉られ涙していくベルさんかわいい。
2013.8.31