■ 4章 if Fate/TRIAl//3



 /1

 時刻は深夜。眠たい身体と意識に鞭を打ち魔法陣の前に立つ。
 唱えるは、生涯使った事など無かった大魔術。
 一生に残るこの時間、今まで待ち侘びていたこの時間に持てるだけの魔力をぶち込む。
 最大に、最高に、この身体に溜めた力をこの一瞬に―――!!

 ―――で、あの勢いは何処へ行った。

 ガクリと倒れ込む。
 身体が動かない。力を全て使い果たしてしまったらしい。
 持てるだけの力を注ぎ込んだ、それで結果が出なかったなら、自分はそれまで人間だということだ。

 ……いいや、自分は小っぽけな人間に終わらない。
 今までの努力を忘れない、これまでの修行は忘れない。
 この日の為に身体に刻み込んだ傷を忘れない。

 そうだ、自分は、―――最強の騎士を手に入れる為にここまでやってきたんだ。
 そして今、最強の騎士を手に入れたんだ―――!

 その光を感じた。
 轟きは聞こえ、嵐が過ぎた。
 ……目の前に、最強の騎士がいる…………筈だった。

「…………な」

 期待していた騎士は、魔法陣の上にはいない。
 俺が求めていた絵はそこにはなかった。
 神々しい光を放ち、美しい鎧を纏い、最強の剣を手にした騎士が、『そなたが私のマスターか』と手を差し伸べる―――そんな図をずっと思い描いてきた。
 それなのに、―――なのに!

 ……在るのは、部屋の端で、倒れている―――女性の影。

「なんて、ことだ…………」

 身体に力が入らなかった。
 ガクリと倒れ込んでいる身体を起こすことが出来なかった。
 魔力を全て吸われただけじゃなく、……失意のあまり、立ち上がることができなかった。

 ―――嗚呼ご先祖様、ここまで彼方達を恨むことになろうとは―――。

 呪いの言葉も、力無いものだった。



 /2

 ―――いつまで倒れていただろうか、惚けた部屋の時計は信用することができず、時間の経過も判らないまま只地べたに転がっていた。
 部屋の奥で倒れている影は、自分と同じく動かない。
 この屋敷には使用人はいない。同居人も勿論いない。バカデカイ屋敷に俺、―――遠坂凛以外は住んでいない。だからこんな地下室にいるなんて泥棒ぐらいしかいないのだ。
 ……しかし、いくら魔力を使い果たしていつでも死せる自分でもこれぐらいのことは判る。

 ―――あの女の魔力は、尋常じゃない。

 眠っているのに放たれている魔力の量は凄まじいものだ。
 それなら覚醒している時は……戦闘の時は一体どれほどのものか。使い魔を初めて見た俺はどれくらいがサーヴァントの通常値なのか検討もつかなかった。

 ……あぁそうだ、自分は此処で、サーヴァントを召喚した。
 自分の父が、……10年前の戦争の前に召喚したように。

 その後を継いだ俺は、見事サーヴァントを召喚できた。
 ……どう見ても失敗に近いが、ここに居るんだから成功だろう。
 しかし、出会いがお互い倒れた状態ってどうなんだ……。

「くっ……!」

 重い身体を動かし、……なんとか影の所まで辿り着く。

「俺の……サーヴァント」

 待ちに待った、自分の使い魔との出会い。
 ……それは一方的なものだった。

「……」

 倒れたサーヴァントの意識は無い。
 召喚した時から眠ったまま、ずっと俺を見ようとはしない。

 姿は女だ。赤と黒の衣装を纏ったボディラインは、間違いなく女性のものだった。
 最強の騎士が女だったとは。……少し黒い肌に、銀色の髪の毛。
 美しい色合いの、―――美しい女性だった。

「く、…………んっ……」
「……ッ」

 女が唸る。
 声は少し低めに聞こえた。唸り声と地声は違うものだと思うが、……非常に心地よいものだった。
 身体の線は美術品の女神の彫刻のよう。顔立ちは東洋風で、少しだけ眉を顰めた顔も―――色っぽい。

 ……戦女神を召喚するとは。
 能力だけでなく、美においても頂点をいくものが―――セイバーだということか。

「は、……あ、っん……」
「あ、おい…………」

 サーヴァントは唸り、背中を丸めた。
 正規な召喚が出来なかった非は自分にある。ちゃんとした儀式で呼び出されなかったせいかどこか不具合もあるだろう。

「う、く……んぁ……ッ」

 でも、何が苦しいのか、何でそんなに―――官能的な喘ぎ声ばっかり出すのか、理解できなかった。

 ―――そんな声で、そんな顔で泣かれたら…………どうすればいい!?

 召喚を行う前とは違った興奮。
 感じた。色んなものを。



 とにかく、俺のサーヴァントを何とか抱き上げベッドまで連れてくる。
 冬の地下室はいるだけで毒だ。寒すぎる空間によく自分もあそこで何分が倒れていたが、仕方なく動いたのは自分の身を案じても含まれる。
 サーヴァントは気候によって体調が左右されるかどうか知らないが、連れて来てからの顔色は地下室より遙かに良い。

 ……ベッドの上では、落ち着いてすやすや眠るのか……。
 俺も今すぐ眠ってしまいたかったが、ベッドを取られてしまっては寝る場所がない。居間のソファで寝るしか……。

「……いや、このまま寝るのも」

 折角の召喚一日目を、お互い寝て終えるのは良くない。
 それに、……変な言い方だが本当にこの女がサーヴァントかどうか確認しなければ怪しい。
 確かに魔力は感じる。一般人でない事は明らかだ。
 ……でも、本当に俺が召喚したサーヴァントなのか、そもそも本当に『セイバー』なのか確かめなければならない。
 ……気は乗らないが、

「……おい、起きてくれ」

 すやすや眠る、彼女を起こすしかない。

 起こす。

 ……揺する。

 …………怒鳴る。

 ………………布団を剥がす。

 ……………………剥かれた胸が露わになって、思わず吐血する。



「…………………………マジか?」

 格闘すること数分。
 今日持ち合わせるだけの体力を使いきった俺にこの女の目を覚まさせる力は無かった。
 色々なことをした。ぐいぐい揺すった。真夜中でも大声を出した。折角の綺麗な顔に悪いが少し叩かせてもらった。冬の寒い時期にシーツを剥がれるのはさぞ寒いだろう。……それなのに、この女は起きなかった……!

 なんなんだ、サーヴァントというのはこんなにも神経ズ太い奴のことを言うのか!?

 すやすやとシーツに埋もれ眠る女性の顔。
 思わず、膝を落としてガクリと項垂れる。
 ……もう、立ち上がることも出来なかった。

「畜生、俺の想像していた未来予想図は、こんなんじゃなかった……」

 そのまま顔は床まで落下。
 嗚呼、地球の重力がここまで重いだなんて知らなかった―――。

 知りたくもなかった。



 /2

 ――――――俺が聖杯戦争に参加する理由はただ一つ。
 『そこに戦いがあるから』だ。

 遠坂という聖杯に関連する一族である以上、長男がその使命を果たすのは当然だった。
 ……先代の遠坂当主であった俺の父も、その使命を全うした。
 父は立派な魔術師だと聞く。自分の記憶に残る父の姿は曖昧なもので、他に残る俺の父は、殆どは人から聞いた『記録』の父でしかない。
 ……立派な魔術師であったが、腕が立つという意味ではなかったようだ。

 父は死んだ。10年前の戦争で、敗者として。

 父は何を願って参戦したのか、誰も教えてはくれなかった。
 おそらく自分と同じ、『遠坂の血筋であるから』であろう。
 参加することに意味のある血―――戦うことを求めた家系―――それが遠坂だと思っている。何でも願いが叶うといわれている聖杯だが、俺も父も聖杯を求めて戦わない。……本当なら良い使い方があるだろうに、俺には思いつかない。
 世界の平和を願うも、世界を征服することも可能だというのに、興味が湧かないのだ。

 ……只、もし聖杯を手にし、どうしても願いを使わなければならなくなった時は。
 『永遠の戦を』
 ―――願うだろう。

 …………まったく、戦うことにロマンを持つだなんて、一昔前の少年漫画だろうか。
 しかし幼い頃に考えた夢は今でも覆ることなく。

 ―――叶えられることを、信じている。
 ――――――願いはいつか、叶うものだと信じている。



 ……目が覚めて、時計を見る。
 シーツの中から何とか這い出てきて見た……信用できない我が家の時計は、午後1時を指していた。

「ということは、正午か……人生初遅刻だな……」

 遅刻もなにも、もう授業も半分終わっている。こりゃ学校は休むしかないだろう。
 まだ魔力も体力も戻っていないのか、身体は重かった。鼻も熱も出ていない風邪を引いているかのように。

 ……当然だ、大召喚をこなした朝だ……一晩寝れば回復するほどの消費量ではない。一日寝ている訳にはいかないが、ちゃんと栄養も補給して宝石も補給しなければ……。

 そんなことを考えつつも、まだベッドから動く気になれない。
 シーツの中にもう一度戻って、二度寝でも――――――



 ―――俺は今、ドコにいる?



 飛び起きた。
 ここにいるべき、存在を探して。



 ベッドの上にはいなかった。元々一人用のベッドだ、二人で寝ていたら窮屈で寝ているだけで判るだろう。
 ……って、俺は確かベッドの横で突っ伏して眠っていた筈だ。サーヴァントとはいえ奴は女性の身体。……共に寝るだなんて考えられない。
 もしや昨夜の出来事は夢で、今日が運命の召喚―――かと思ったが、この身体の疲れとカレンダーは嘘をついていなかった。

 居間を探す。少しごたついた家具が何故か綺麗になっていた。
 キッチンを見る。昨日洗わずにおいた筈の食器が綺麗に並んでいた。
 庭を出た。…………この上ないぐらいの冬の空が、真っ青に晴れていた。

 ……召喚に非があったころは認めよう。
 そのせいで昨晩は苦しんで調子が悪いのも仕方ない、自分のせいだ。

 ……だが、何で奴は悉く俺に会おうとしないんだ? 目覚めてやることが部屋の掃除か整頓か?
 俺が欲しかったのはメイドじゃない、マスターと面と向かって話が出きる、最強のサーヴァントだ!

「こおおおおぉぉらぁぁあ、何処行ったあぁぁあのアマあアアー!!!」

 ―――何処にいるかも判らぬ女に叫ぶ。
 この屋敷は防音じゃない。……ご近所さんに変な噂が立たなければいいな、と叫び終わってから思った。



 /3

 ……地下室は、元あった地下室だった。
 昨晩まで瓦礫の山だったあの室内が、こんなにも片づいている。
 親父が散らかしてからそのままだったから、10年以上片付けを知らなかった部屋だ。……こんなに広いものだったのかと感激する。
 魔法陣も、発掘最中に何とか描いたものだ。……片づいた後に見ると、非常に小さい。

 ……こんな状態で召喚されたんだ。
 時間も間違えて、マスターとなる人間は召喚と同時にぶっ倒れて、……それでも召喚された。

「……よく、成功したもんだ」

 昨日まで完璧な召喚が出来ると思っていたが、ふと冷静に振り返ってみれば非道い出来だ。
 ……こんなものでセイバーが召喚できるものか。
 イレギュラーなサーヴァントが召喚されてもおかしくはない……。

 聖杯戦争の棄権まで考えてしまう。
 召喚しても棄権することは、教会のクソジジイに申告さえすれば出来る。
 だが、そんな恥をする訳にはいかない。……今までの一族に泥を塗りたくる訳にもいかないし、一生嫌みなジジイにネチネチ苛められるのが目に見えている。
 だから、如何なるサーヴァントでも使いこなし、参戦しなければ。

 それだけが、遠坂凛の使命なのだから。

「…………あ」

 無意識に髪を掻き分けていた腕に気付いた。
 ……妙な形が腕に刻み込まれている。
 それは令呪。……サーヴァントとマスターを繋ぐ絆。
 これのおかげで使い魔は魔術師に従う、絶対的な権限の象徴。

「……あるんだから、俺はマスターなんだよな」

 自信を持って、俺は魔術師だと言える証。
 ……奴と俺が、繋がっている一番の証。

 ……魔力を微かに感じる。

 腕から流れてくる魔力は、おそらくあのサーヴァントから流れてくるものだ。
 ……気付かなかった、こんなにも魔力が暖かいものだったなんて。

「繋がっている―――アイツは」

 そんなに、遠くにはいない。
 ……。

 腕を捲り、令呪に全体を見る。
 ……紅く光る紋章。
 地下室の暗闇が赤の光を目立たせる。

 これが絶対権なら、何を唱えても奴は来る。

 力を込める。
 あの時、此処で使い果たした魔をもう一度呼び起こす。

 陣が光る。
 光はより一層大きくなり、力が形となり、嵐を起こす。

 もう一度、昔夢見たあの絵をもう一度―――!

「来い、俺のサーヴァント―――!!!」

 そして、今度こそ―――!!



 紅い光が、止んだ。

 目が曇ってよく見えないが、小さな魔法陣の上には影がいた。

 ……あぁ、これが俺の夢見た姿だ……。
 こうやって魔法陣の上に最強の騎士が立っている。
 その前にマスターである自分が立っている。
 光溢れる中、俺達の為に明るい霧が晴れ……

 そして奴はこう言う。

 『そなたが、私のマスターか』と。

なんてことをしたんだキミは―――!!!



 ……。
 …………。
 ………………。
 ……………………はい?

君は知らないのか、令呪の意味を! 令呪というものは、人間以上の存在である英霊達を、無条件に三回だけ屈服させる絶対な命令権……だというのに!!! 例外はあるとはいえ、世界の約束を覆すこともできる、奇跡さえ起こせる権力……たった三回だけマスターに与えられた権力!! 魔術師の命がけの戦闘の切り札!! どんなサーヴァントでも使いようによっては最強になるこれ以上無い高等な魔術を―――君は一体何に使った!!?
「いや、お前を呼ぶ為に……」

 現れたサーヴァントは、早口で怒鳴り込む。
 魔法陣の上に現れたサーヴァントは、昨日までずっと眠っていたあの女だった。少し黒い肌に銀の髪。黒いボディスーツに赤の…………って、とにかく昨日見た彼女そのものだ。
 当然だ、『昨日いた彼女』を俺は呼び寄せたのだから。

「お前がどっか行っちゃったから、逃げたのかもしれないし、とりあえず令呪がどんなものなのか使ってみたいし呼んでみたんだが…………」
「とりあえず!? とりあえずで大切な令呪を一つ!!? 私はただ、屋根裏部屋を掃除していただけだっていうのに―――!!!

 ……。
 ……いや、何で勝手に掃除してるんだよ。

 消えてしまった腕の令呪を見る。
 じりじりと微かな痛みを感じる腕は、これが夢じゃないということを思い知らされる。
 この耳の痛みも、……女が目の前で大声を上げていることを現実だと言わしめている。

「……マスター!」
「な……なんだ、サーヴァント……」

 一体、次はどんな文句が出てくるか。
 女に嫌みを言われるのが日課だから慣れているつもりだったが、
 ……名も知らぬ女性にここまで叱られることが、ここまで心苦しいものだと思わなかった。



「―――私は、この世に召喚されたことをここまで悔やんだことは無い―――!」



 彼女は泣く。
 憎しみの光を、銀色の眼に溜めて。



 ―――嗚呼ご先祖様。本当に御免なさい。
 遠坂の血は俺の代で終わりそうです。
 それも全て、この悲しき血筋のせいだと、俺は彼方達を恨みます―――。

 ……とりあえず、今の目標は。
 敵のマスターやサーヴァントに殺られるよりも、
 ……自分のサーヴァントに食い殺されないことです……。



 ―――こうして。
 最悪の第一印象の中、俺の戦争がはじまる――――――。





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05.5.1