■ 2章 if Fate/TRIAL//2
/1
何でこんなに世界はあついんだろう?
テレビで見れば綺麗と思える光景も、此処では何とも思わない。
遠くから見た火や炎は綺麗なんて思ったけれど、近くにあると只の地獄。
黒い煙は美しくも何ともなく、只、苦しいだけ。
焚火で暖かいねと火に感想を零した事もあったけど、火を触ってしまえば痛いだけ。
真っ赤な色は綺麗とか、可愛い色だなんて言ってた昔の自分、早く撤回した方がいい。
間違った観念で感心していた自分、どこかいってしまえ。
―――火も炎も、爆発も、みんな苦しいだけでいいことなんて何にも無い。
暑いのにはもう飽きた。
ツライ事ももう十分。
助けてなんて言わなくなってからもう大分経っている。
死にたいって思い始めてからどれくらい経っただろう?
どれくらい、苦しんだの?
どれくらい、苦しめば済むの?
―――目の前に火と炎と爆発があるのに、何故楽にさせてくれなの?
私自身はとっくに死んでいるのに、体はちっとも死んでくれない。
それは、本当のところ私はどこも死んでいないから。
さっさと死んでしまえばいいのに。
何にも思わなくなってしまえば、こんな、苦しい、だなんて思わなくなるのに。
苦しいことから逃れたくて、死んでしまえと思うの、悪いことじゃないよね?
誰だって、辛い事があったらそう思うに決まってるし。
―――だから、早く。
でも、どうして―――?
…………はぁ、疲れた。
目の前にいる、倒れた人達を見て感想言うのも大分うざい。
怖いとか、気持ち悪いとか、在り来たりな感想しか全く思い浮かばなくて飽きてしまった。
―――直ぐ傍に、ママがいるのに何とも思わなくなっちゃった。
焼かれた、ママがちゃんといるのに、何故か―――。
焼かれた人はママだけじゃなくて、もっと沢山のところを焼かれた人を沢山見ている。
そんな映画を見て面白いななんて思っていたけど、現実にそんなモノがあると怖くて動けなくなって。
……あ、でも本当の所怪我してるから動けないんだけど。
それに空気も汚れていて動けないのもあるんだけど。
―――視線を違う場所に向ければ、ボロボロのパパがいる。
大好きだったパパじゃないパパが―――。
煙に囲まれて見えずにいたのに、目が其処に居る事に慣れちゃったせいで全てが判るようになってきた。
彼処にいるパパは、パパじゃない。
彼処からは、不思議な匂いがしてくる。
彼処には、もう何も『無い』。
泣いても喚いても吐いても苦しんでもその世界は変えられる事なく。
―――只、炎に包まれる都。
これ以上無い、地獄―――。
どうして?
一体、どうして自分はさっさと焼かれなかったんだろう?
そうだ。
炎の中に居れば、少しは心強かったのに。
いっしょなんだって。
パパとママといっしょなんだって。
いっしょなら、気持ち悪いなんて思わないから。
―――自分もその中の一人なんだから、思わないから―――。
目を閉じる。
目を閉じても見える赤い世界。
全てこの現実が夢で、次に目を開ければ何も無かった世界に戻れる。
そう想い、また目を閉じる。
―――そう想って、目を閉じたのは何度目だったか。
……まぁ、神様だってこんなちっぽけな自分の、ちっぽけ最後抵抗ぐらい、認めてくれると思うけど―――。
何度目を閉じたって変わらない現実。
何度時間を戻したいとか思ったか。
けどそれは絶対に出来ない現実で。
これは現実で……。
こんな現実に起きる筈の無い事があるというのも現実で……
私は、此処で死ぬんだという現実で…………。
―――生きるなんて事、有り得ない現実で―――。
だから、『そんな、未来』は、
有り得ない…………。
炎の渦が一段と深い。
赤だけの世界で、沢山の火が私を包む。
ずっと見続けていたその世界。
何度目を瞑っても変えられなかった現実。
でも、目を開く。
すると其処には、違うモノが見えた。
其処に、―――ひとりの魔法使いが在った。
声が響く。
私だけに、声が
―――私だけの、声が――――――。
/2
―――ここが僕の家だよ。
いやいや、僕達の家と言った方がいいかな?
大きな家を買ったパパは、笑顔でそう言った。
初めて見た『僕達の家』の前で、そう言った。
私のパパになるまで、パパは世界中を旅をしていた。でもこれからはこの街で暮らす事にしたらしい。ここは、私が住んでいた街からとても近い場所。
そして、信じられない程安い値段で売られていた大きなお屋敷の前。何か幽霊が住んでるとか、前使ってた人が変な人だったって噂だけど、パパは気にする事もなく買った。ちゃんとここを買う前には、私に相談してきた。……ここに住むんでいいかな? と。
病室、―――少ない火傷で入院していた私に報告してきた。パパの選んだ事に私なんかが文句言えないって判ってるくせに。笑顔でそんな事言われて、イヤダなんて言えないって知ってるくせに―――。
それが私のパパ。
不思議だらけの、優しい、新しいパパの性格―――。
初めて見る我が家は、とても大きくて……大きすぎて、体が震えた。少ない記憶を探ってみたって、こんな凄い家見たこと無い。
本当に此処が、私の家?
不思議だった。一気に偉い人にでもなった気分。
他にも不思議な所は沢山。
あんな―――地獄―――から私は生きて、数カ所の火傷だけで退院できて……ママもパパもいなくなったと思ったら、新しいパパができた。
不思議なパパができた。
―――僕は、魔法使いなんだ。
そんなパパが、私にできた―――。
「――――――あ、すんません。もしかして、切嗣さんじゃ……!」
「ん?」
入り口で大口開けてお屋敷を見ていると、……お兄さんがパパに話しかけてきた。
真っ黒い学生服のお兄さん。大きな鞄を持っていて、その中からは竹刀が飛び出している。高校生ぐらいのお兄さんだった。
「や、やっぱり! 俺、藤村大河っていいます! 前、俺ん家に来たでしょう!? この化物屋敷を買うとか話をしに……!!」
一瞬、パパは鋭い目つきでお兄さんを見た後、いつもの笑顔で答えた。
「あぁ、藤村組の…………」
「そうです!! 覚えててくれたんスね!!! うわ、俺嬉しいッスよ!!」
目をキラキラ光らせて、バックを投げ捨ててパパに近寄ってきた。無理矢理握手してきて、大声で沢山話し立てる。
……このお兄さんは、どうやらパパの知り合いらしい。とってもパパと、馴れ馴れしく話す人。それを普通に、笑顔で返すパパ。
下から見ている私としては、途轍もなく―――この人が気に入らなかった。
「っ!」
「……ん? どうした?」
―――パパに抱きついてやる。
そのまま、抱っこを強請ってやる。
なんだなんだ、とお兄さんは私の方に注目する。抱っこしてもらうような年じゃないって私だって判ってる。でもこの人には教えてあげなきゃ。
―――パパは私のものなんだよって。
「え、と……この子は誰っすか? まさか切嗣さんの……!!?」
うるさいお兄さんはまた話してくる。
いいかげんこっちが睨んでるの、判ってくれないかな。話すのは早いしうるさいけど、結構鈍い人。
「あぁ、この子は娘だよ。こんなに甘えてくる子じゃないんだけどな。名前は…………」
「エミヤシロウ!」
―――その時。
初めて私は、その名前を口にした。
エミヤというのは、パパの名前。
初めて聞いた時、すっごくカッコイイって思った名前。
シロウというのは、私の名前。
今度から、パパの子になったっていう証の、男の子の名前だ。
「え、『シロウ』って、……髪短いし、ズボンはいてますけど……女の子ッスよね?」
「うん、一応ね。でももう、『この名前で決まっちゃった』みたいだから」
「へ……?」
「男の子になるってきかなくてね」
お兄さんは不思議そうな顔をする。
そう、その惚けた顔が見たかったんだ。
それ以上の事は知らないだろ。これは私とパパだけの秘密なんだ―――って。
昔の私は、本当のパパ達といっしょに死んじゃった。
もう生きる事に諦めて炎の世界に行っちゃったんだ。
あの時の私はもういない。
こっちの世界にいる訳がない。
いる事は、絶対に有り得ない。
だから、此処にいるのは『エミヤ』という姓と『シロウ』という名を持った違う私。
私はパパに生かされた。
パパのくれた命になる。
これから、ずっと魔法使いのパパといっしょに生くんだから――――――。
/3
夜の町並みを歩く。
星空の道を渡る、家と家との小さな隙間を通る我が家路。電灯は殆ど無いので、最近は家の零れ火に頼るしかなかった。
人気が全くない夜道。まだ時間は19時だというのに人一人すれ違う事もない。
それがとても寂しい。
人の手伝いをしていたら周りの生徒は誰一人いない。外は暗い。
ホームルームで馬鹿担任が「早く帰れ」と喚いていたけど全く耳に入っていなかったみたいだ。
そういえば、……最近、隣町の方で何か物騒な事件が数ヶ月前起きたせいで街が生きてる雰囲気がしない。夜に外を出るのが危ないので、全然遊べないと嘆いている生徒は何人も居た。
しかも、その舞台になっている町に住んでいる友達も結構多い。
―――物騒な世の中。
隣町の怖い事件の犯人は捕まったのか……よく憶えていない。けど結構テレビを騒がせたニュースだ。被害者も沢山出ているらしい。……被害者でなくても、自由な時間が取れないと困ってる人は沢山いる……。
考えただけで溜息がでる今の世の中。
溜息を振り払ったぐらいで、こんな私が世界のルールを変えられる訳ではない。
白い息は、冬の空の雲となるだけだった。
……冬は早くに日が落ち、夜に歩くのも怖くなる季節。
今日ばかりは周りに誰もいなかったから仕方ない。
……誰かと一緒に帰るのも、下校時間ぎりぎりまでいたので、今日は誰もいない。
でも、今日だけを考えてはいけないだろう。
いくら街が騒いでいてもアルバイトは止める気ない。
けど、やっぱり夜は少し怖いし…………。
こんな人気の無い近所を渡るのも、ビクビクしている。
誰か、―――ひとりでもすれ違う事が出来たら、家まで走る勇気が出るかもしれないのに。
と、思った矢先。
思った次の瞬間、上り坂に人影が見えた。
……わぁ、自分ってもしや魔法使いかも。
ちなみに私にとっての魔法使いのイメージは、一言呪文を唱えただけで何でも出来る人の事を指す。
私の父がそういう人だった。
何でも出来る人で、憧れの人。
その人の職業は、……『魔法使い』だった。
だから願っただけで叶ってしまった私はその素質があるのかもしれない……なんてバカな事を考える。
人気が無い、と思った先に洗われた人影。坂道の上、その人は立っていた。数少ない電灯の下、見下ろすようにその人物は立ち止まっていた。
「…………」
「―――」
息をのむ。こんな夜中に立っていたのは、今まで見たことのない『モノ』だった。
『モノ』……一応人間には変わりないんだろうけど、その人から放たれているオーラからして全くそうとは感じさせない。
珍しい。生まれて初めて見る―――銀の髪と、紅い目を。
「…………」
「―――」
どれも綺麗な色だった。
その姿形も綺麗なものだった。
まだ子供の背格好。
坂の上、こんな夜道に、電灯の下で立っていた少年。
……不思議なものを見てしまった。
「…………」
「―――♪」
歌を唄っているらしく、少年は笑顔。
大きなコートに身を包んだ少年は、坂道を足音を立てずに下りてくる。
静かに下ってきているが、……まるでスキップしているような軽い足取り。
唄うだけじゃない、本当に踊っているよう。
凄く楽しい事があって、嬉しくて堪らないように。
横を通り過ぎる際、ちょっとだけ見えた笑顔も綺麗で、舞台の仮面の様で、消えかけの電灯は少年のダンスにあわせるスポットライトに見えた。
……此処に来てはいけなかった。そう思う。リズムを刻みながら踊る少年の舞台に……何も出来ないのに上がり込んでしまった素人。踊る方法も、唄う理由も知らないし、自分もいっしょに唄っていいのかも判らない。
紅い目の少年は笑っているけれど、こちらもいっしょに笑っていいのかなんて尋ねられない。
だって、只の通りすがりの少年だから。
只、坂を下りるだけの少年だから。
見ず知らずの、偶然居合わせただけの少年だから―――。
少年の舞台に上がり込んだと思っているのは、自分だけ。
そんな事は無かったんだから。
現実は、―――少年がの方が私の舞台(せかい)にやって来たんだから―――。
少年は呟く。
「早くお姉ちゃんも舞台に来てくれなきゃ……死んじゃうよっ?」
わざわざ、招待に来てくれたのだから。
/4
父と出逢って早5年。そして父が死んでもう5年経つ。
父と私には他に身内がいなかった。なので今は一人暮らし中。
5年前、大きなお屋敷を含む父の残した財産は全て自分……衛宮士郎のものとなった。
けれど、只の高校生が全てを受け継いだ所で変わるところは何もなく、変わったのは、―――大好きだったパパがいなくなったということだけ。
何も出来やしなかった中学生だった私は、父の知り合いの親切なお爺ちゃんにお世話になっている。広すぎるお屋敷から引っ越して、お爺ちゃんの家で暮らさないかといった誘いは何度も来ていた。5年も経った今でも似たような言伝がやって来る。
今は父と暮らした家で学校に通っている。それでも一人暮らしは危険だと言うことで、心配性のお爺ちゃんの息子と一緒に暮らさせてもらっている。
それでも、その息子はちゃんと職を持っている人だから、学生の私よりは忙しい。いくらその人が家族だからと言っても……今日のように寄る遅く帰ってきても、その人は食事を用意して待ってくれているような人じゃない。
どんなに遅くても疲れていても、私が食事は用意しなければいけない―――なんて愚痴るのはごく偶に。
とにかく。無感情にキッチンについた。いつもの様に夕食を作れば、決まった時間にわいてくるんだから―――
父とこの屋敷に住みだしたのが、もう10年も前の話。
……ある日、歴史に名の残る程の大事件が起きた。
沢山の町が死に、自然が死に人が死んだ。
その中で唯一生き残ったのが、とある女の子。
……いや、唯一っていう表現は適切じゃないんだけど、生存者は数える程だったと聞いている。それも父から聞いた話。同じように息があった子もいたみたいだけど今は元気に過ごしているだろう。
現に、その時の生き残りの子が、―――こうやって台所で鶏肉を叩いているんだから。
今日は同居人が好きなもので決めてみた。
いくら疲れていても食事を怠る事だけはしたくない。簡単に、それでも美味しくは基本。作るのが苦手な洋食ものだけど、短時間でそれなりな見栄えで出来上がり……。
「……先輩。自分、並べます」
あとはテーブルに並べるだけ、そして食べてくれる人を待つだけ―――
「え……? あ、桜。おかえり。来てたの」
「はい、……すいません。部室の掃除なんか任されてたら遅くなりました……」
さぁ食べようかと思っていると、美味しくゴハンを食べてくれる子が立っていた。
この夜中の時間なのに、まだ学生服で食器棚を開けている。
背の高く、少し低い声の男の子。
『半』同居人の―――間桐桜という子だ。
「……すいません、今日はロクに手伝いもできないで」
「そんな事ないって。桜、部活で疲れてるんだからもっと休んでいていいから。あとただ、並べるだけなんだしさ」
まだ学生服のままでいるのは、私より遅くに学校にいたからだろう。そんな今まで頑張ってきた人に手伝いなんかさせられない。
休んで、ともう一度言ってから食器棚の方に駆け寄った。
桜の横に並び、高めの棚から食器を取り出そう……と……するが…………。
……。
「……」
「……」
背伸びする。
暫く頑張ってみたけど、届かない。
ジャンプをする。
桜の目線にある食器が、私には届かない……。
「あー、椅子どこいったぁー!?」
いつも台として使っている椅子が、今日は何故か遠くの方に置かれていた。
踏み台用の箱でも作らなきゃダメかも、なんて思っていると、……桜は無言で食器を取った。
「……これでいいですか」
「うん、良し。……あともう一段上の、ちょっと大きめのお皿も取ってくれると嬉しいんだけど」
「はい。……では、『お手伝い』させて頂きます」
結局、桜の手を貸して貰うことになった。
それと部活動を同じ天秤にかけていいのか判らないけど。180センチ以上ある男の桜と、150ギリギリあるか無いかの女ではの会話だった。
―――半同居人の桜は、弓道部に所属している。早朝も5時代に起きて、きちんとウチで朝食を食べてから登校。今のように真夜中に近づいているこの時間まで学校にいることもある。既に一日の半分以上家に帰らないでいるのだから、疲れは溜まるものだろう。
素直に疲れたら休めばいいのに、桜はわざと自分に鞭打つ生活を送っている。
……朝起きて、まず私の家にやって来る。そしてウチの朝食の準備を手伝う。……時々作ってくれる。
一緒にゴハンを食べた後は登校。帰宅はその逆だ。
桜のおかげで、私も健全な生活を送れているような気がする。
今は、桜が来る前に食事を作っておけるように心がけたりもしている―――。
桜が優しくて親切なのは、本当に嬉しい。
だが、部活を今は何もしていない私が一番暇なんだから、桜よりは働かなければならない。
「……先輩、後はメシ盛るだけなんですから、座ってて下さいよ」
食器を持って綺麗に盛りつけていく桜は、涼しげな目で私を非難した。
桜は細かい作業が好きみたいで、少し失敗した料理でも綺麗に見せる技を持っている。
そんな桜は料理もうまい。整理整頓もきちんとできる綺麗好きと家庭では頼れる存在だ。
「折角桜に食べて貰ってるんだし、これくらい私がやんなくてどーすんの」
「…………先輩のメシ、こっちが食べさせて貰ってるのに、何もしないなんて出来ません」
……似たような性格の私とは、昔から気が合う。
似てるといえば、こんな風な頑固な所がお互いある。
よく思い出してみれば、殆ど毎日同じ様な会話で言い争っているような気さえしてくる。全部仲の良い喧嘩で、だ。昔からなんて言ったけど、こんな生活を送りだしたのは、まだ1年前のことだった―――。
―――桜は私の友達の弟、かつての部活動の後輩の一年生だ。
一年前、私が部活動で怪我をした時に手伝ってくれた男子生徒、それが桜だった。
うちの同居人は全く家事の出来ない人なので困っていたら、自ら手伝わせてくれと言ったのが桜だった。
掃除も洗濯も、美味しい料理も作れる子で、……やや神経質なのが気になるけど完璧な男子。
少し固っくるしい喋り方だが、誰に対しても真面目なのが可愛らしい面だと思う。
「あの。先輩、明日は何時ぐらいに帰る予定ですか?」
……まだ帰ってきたばかりで、明日の事も考えていない時に、桜は放課後の事を訊いてきた。
神経質というか、『細かい』という性格はこういう所から伺える。
「明日はー……少し遅くなると思う。桜は?」
「俺は……いつも通りです。でも明日なら多分、俺の方が早く帰れると思うんで、…………その」
……ふぅ、と深呼吸。
桜はどんな時も一息ついてから話をする。真剣な話でも面白い話でも。
それがノロイと思う時もあって苛立つか、個性的かと感心するのかはそれぞれだ。
「明日の夕食、俺が作ってしまっていいでしょうか」
……。
真面目な顔で、一世一代の告白でも言い出すかと思ったら、……とても助かる事を言ってくれる。
「じゃあ、お願い。あ、冷蔵庫にもうロクな食材ないんだけど……」
「自分で調達してきます。……俺が作るんですから」
「無理しないでね。部活で疲れたら休むのが先決。私も出来る限り早く帰るから。宜しく」
「はい、……楽しみにしていて下さい。凄いもん作ってみせますから」
今度は言い終えてからもう一度大きく、桜は深呼吸した。
……桜は料理上手だと言ったけれど、料理趣味を植え付けたのは私だ。
生まれつき手先が器用だと言っていたので、「じゃあ料理出来たらカッコイイかも」なんて言ったら習いにやってきた。
きっかけとなった怪我が治っても付き合いが終わらず、今でも続いているのはそのせいだ。
桜は飲み込みが早かったから、今では洋食は私より桜が作った方が早い。
細かい、尚かつ可愛らしいお弁当だって作ってしまうぐらいだ。
……でも、それを学校には持っていかない。私の監督の下で育ったせいか、どうも女性的な案ばかり思いつくみたいで学校に持っていくのは男の子として恥ずかしいらしい。
だから桜の昼御飯は、いつも豪快なおにぎりだ。素直に御飯が食べられない所とか可哀相だと思う……。
―――それに、桜は恥ずかしがり屋とも言ったが、少し引っ込み思案な所もある。
学校では、『美女の弟は美男子』と有名で女子から人気のある方だろう。男の子からも、きっと桜は嫌う要素なんてないと思う。
でも自分から乗り出す事はない、いつも人と一線を置いて話をする。
「で。明日、何作ってくれるの?」
「……秘密です。明日まで待っていて下さいよ」
「教えてくれたっていいでしょ? 明日の夜まで楽しみにしていたいし」
……。
…………。
「桜、教えてくれたっていいでしょ?」
……。
…………。
「……駄目です。俺、頑張りますから応援だけお願いします」
……非常にガードがかたい。
自分で結論出すと、じっと石のように動かなくなる桜。我慢強い所もあるけど……時々思う、―――もう少し口が達者ならもっと人気者になれたんじゃないかなって―――。
「……絶対に、美味しいです。俺、研究したんですから」
まぁそれも、桜の個性の一つだろうけど―――。
居間に並んだ料理は自分で作ったものだけど、桜のおかげでとても美味しそうに見えた。
自分が作っている間に味見で楽しんでいるから食べ出す本番には飽きちゃったりする事もある。
けれど、桜が少し手を出すと見慣れた料理でも食べたくなってしまう。
……それが桜が使える羨ましい『魔法』だ。
味だけでなく見た目も美味しく頂けるなんて、なんて幸せ……。
「――――――って、藤にぃ! 何で先に食べてるの!」
……席につこうと思ったら、いつの間にやら居間にて胡座をかいている男が一人。
まだ作った人が席にも着かず、いただきますとも言わず、がつがつと米を口に掻き込んでいる男。
……中央で座っているのは、間違いなく私の『真』同居人だった。
「それにソレ、私のお椀だし。藤にぃ、ヒトのゴハン食べないで」
「いいだろー、どーせ同じ米なんだしよっ! つか士郎、帰って来るの遅い。お前また誰かの手伝いなんかしてたんだろ! それはイイ事だけど最近はブッソーになったってホームルームでも言っただろ俺!! ダメだぞー、女なんだしこんな夜に出歩いてるなんてダメだぞ!!!」
「……女とか拘るな!」
……数時間前の事を振り返る。
確か……に、ホームルームでどっかのアホが『!』マーク多めに怒鳴っていたのは覚えている。
あれは私に言った言葉だと、クラスの中一人判った。
マトモに聞こうなんて、全く考えてはいないが。
「別にいいでしょ。私がやりたくてボランティアやってんだし。誰かの助けになるんだったらダメな所なんて無いでしょ。……桜、さっさと食べないと藤にぃにゴハン取られるよ」
「あ、はい。……頂きます」
やっと桜も居間に来て腰を下ろした。
一口……自分の持った料理を口にすると、桜は優しく笑ってみせた。
おいしい、と言葉にも出すけど顔だけで表現してくれるととっても嬉しい気分になる。
桜はどんなゴハンでも美味しそうに食べてくれる。
そんな顔を見せられたら、……今度ももっと美味しいものを作っちゃおう、って気になってしまう。
桜は、食の向上には欠かせない存在だ。
「……流石、先輩。最高です。藤村先生もそう思いますよね」
「あー? 俺、士郎のメシ以外食わねーようにしてっからどれがダメなんかわかんねーや!」
「自分で作ったゴハンでも食べてみれば、私の有り難さ判るんじゃない?」
「そんな自分を追い込むような事するもんか!!! 食っつーもんはうまくなきゃ意味がない行為なんだぞっ! ほらおかわりっ!!」
「自分で盛ってくれば?」
「人助けするっつーのがお前のダイスキなボランティアってもんだろ!!?」
……その一言が、この人の性格を物語っていた。
無駄にハイテンションな会話は、……父と同じ10年近く続いている…………。
「……んー、自らボランティアだなんてイイコトばっかしやがって……。見れば見る程……マジ切嗣さんにソックリだよな。俺、心配してやってんだよっ!!」
もぎゅもぎゅと子供みたいに下品に食べている姿の、どこが心配してるんだろうか。
成長期の少年の如く飯を平らげる、無駄に元気な25歳……だ。
この明るさが学校で人気英語教師の名札を外さないでいるんだろうけど。
「…………当たり前じゃない、『親子』なんだから」
「藤村先生。先輩って、昔から『こう』なんですか?」
ゴハンを一つ一つ味わいながら、桜は藤にぃに話を進める。
「そー! 昔からそーなんだよっ! 何か困ってる人見つけると手出しちゃうんだよな。悪いとは言わねーけど、お節介すぎて苦情が来るぞ」
「先輩の、昔ですか……」
藤にぃも、笑いながら箸を進める。……その姿を見る度に溜息がつく。
「あのさ、藤にぃ。お箸の持ち方は、―――こうっ!!」
「はぁ? 箸なんて持てりゃいいんだよ。そんなに強化しても蝿掴む気もねーし!」
藤にぃは、まだ子供みたいな箸の持ち方をしていた。
それに、お節介すぎての苦情なんて……そんな苦情なら受けてみたかったけど。
桜も、つまんない事訊かないでほしい。……そう呪いを込めながら、じろり……と二人を睨んだ。
「……藤村先生、俺、凄く聞きたいです」
なのに、桜が真面目に授業を受けようとしている……。
「桜……そんなこと聞かなくても」
「よしっ、士郎なんて放っておいてよ! 面白い話聞かせてやるって!! 士郎な、今以上に男の子っぽくてなー。小学校の時の作文にな、『わたしのゆめは、せいぎのみかたになることです』なんて書いたんだぜ。そんな女の子アリかよって思ったなーあの時!」
「……『正義の』……ですか?」
女の子が正義の味方になるのは駄目か。
……いいや、アリだ。
藤にぃから聞いた私の過去に、桜は少しびっくりしたような顔をしている。こんな所で暴露するのも難だけど、……私は女として生まれてきた事に非常に後悔している。
まぁ、性別の事はどうしようもない。そう母親が生んだのだから変えようがないことなんだけど。
…………それでも、私は正義に憧れる。
女性だっていつかはヒーローになれるものだと思っていた。
そしてそれは今でも、―――『将来の夢は正義の味方』というは、この年になっても変わっていなかったりする。
それが私の、生涯かけての夢―――。
「……どの学校にも一人くらいそういう子、居るような気もしますし。大丈夫ですよ、先輩」
「大丈夫って。あのね、桜……」
「それでなーっ、学校通うまで俺、士郎のスカート姿見た事なかったんだよ! つか、今見ても時々ビックリしちまうんだ。『うわ、士郎のクセに女の子しやがってる!』とかさ」
「…………それ以上言ったら殴るよ」
そう言われた通り自分は、あんまり少女趣味すぎるものは嫌いだった。
可愛い女の子を見る分には構わないが、自分で着るのはどうしても引けてしまう。
今は部活をやっていないけど、ずっと運動部だったせいか今の髪型がスポーツ刈りっぽいのはそれが理由だったりする。
それに昔からに比べれば、自分は確実に女になってきた……とは思っている。
けどやっぱり、今の私は完全に『女性』になりきれずにいる。
女性に戻るのは、―――まだ相当先のようにも思え、永遠に訪れないイベントではないかとも感じている。
―――女の子の名を捨てた私が、戻るなんて事……あるだろうか?
これからの事はよく判らない―――が近い将来……。
「でも、……先輩。料理とか凄く巧いじゃないですか。十分女性的です」
「む、桜。それ……女性イコール家事みたいで非難されるよ。料理出来る男だって沢山いるじゃん。……桜とか」
桜に言ってやってから、……あぁ……と桜は小さく納得した。
「俺の場合、―――先輩がいてくれたからうまくなれたんですよ」
「それは違う。桜は最初から才能があったからうまくなれた、そうでしょ」
「…………いえ、違う……んですよ」
――私が料理を始めたのは、……パパが何もしない人だったからだ。
毎日のように買ってくるジャンクフード。それに耐えきれなくなった私は、独学で料理を勉強し始めた。
最初は子供のくせに助けを呼ばず一人で作ったものだから酷いもので……。
けれどパパはちゃんと私の料理を食べてくれて……。
いっぱい食べてもらいたくて、沢山勉強して……。
そんなよくある風景の中、今の私がある。
自分で言うのもおかしいが、料理には相当の自信が結構ある。
藤にぃは私の料理の虜になってしまったから私以外のものは食事と考えられないらしい。全く、迷惑な男だ。
「昔はなー。可愛い弟できたって嬉しかったんだけどなー。俺、一人っ子だったし、それにあの頃は純粋で可愛かったし。……何でこんな凶暴になっちまったんだか!!」
「あーら、藤にぃ。私はお兄ちゃんだなんて思った事なかったけど。そんな大切に思われたの?」
「なにぃっ!? 俺、今ではお前のコト、生意気だけど可愛い妹キャラだと思ってるぞ!!?」
妹キャラ言うな。
……空になったお碗をこちらに見せながら、訳判らない台詞を口走っている。
桜が藤にぃに対して不思議な顔して何か言い足そうだったけど、敢えてつっこまない。
「先輩、男っぽかったんですか」
「うーん、男とか性別は関係無かったんだけどね。とにかくヒーローになれれば別に女でも良かったんじゃないかな」
「ヒーロー……ですか?」
誰かに話しても、理解され無そうな夢だけど。
「そう、ヒーロー。誰かを助けることを生き甲斐にする人になりたかったんだと思う」
そう言い換えれば、誰もが納得してくれる私の夢。
―――実際、私みたいな小さな人間が本当のヒーローになる日は……こないと思う。
けれど、今よりもっと小さい頃に思ったあの夢はまだ忘れられずにいる。
それだけ決意が固ければ……もしかしたら?
なんて甘い事を考え出すようになったのは、―――パパが死んでのこの5年間だ。
何でも出来る凄い人を私は、『魔法使い』と呼ぶ。
何でも出来るパパがそう言っていたからだ。
なら、私はパパと同じ『魔法使い』になってみようじゃないか……。
パパから一つしか教えてもらっていない拙い魔術。
それだけで、そんな無謀な事を野望めいていた。
「おい、メシはどーしたー士郎ー!!」
「自分で盛って来なさいよ、馬鹿兄!!」
とにかく今は、……この食事の時間を暖かく受け取っておこう。
魔術の訓練は、夜。
夜、私は『魔法使い』に変身する――――――。
―――夜の闇が一段と深い。
黒の世界で、碧の炎が私を包む。
―――これは、十年前のあの景色と同じ様。
胸を射たれ苦しく藻掻いて目を瞑ったのまで同じ。
―――でも違うのは……
其処に、魔法使いはいなくて、
其処に、―――ひとりの騎士が在ること。
声が響く。
「問おう」
貴女が、私の、マスターか―――――――――と。
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