■ 1章 if Fate/TRIAL//1
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魔法使いの戦争が始まろうとしている。
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「―――あれ、遠坂? 今朝は一段と早いじゃん」
亀のような足取りでも、いつもより早めに学舎に着いてしまった。
声を掛けてきた女子生徒に振り向く。気さくに笑顔を向けてくる女子は、美綴綾子だった。
「……」
毎日同じ教室で会う生徒の顔が、少し歪んで見える。
それは、夜更かしが原因なんだろうか。俺の目が疲れているという証なんだろうか。
同じクラスの豪快な女子は、近づくなりバンバンと背中を叩いてきた。
男まさりな彼女は、例え相手が異性でも気軽に声を掛ける明るい存在だ。俺自身、色々と話せる親友だとも思っている……そんな存在だった。まぁ、彼女の説明は置いとくとして―――。
「よう、綾子。すまん、今が何時か判るか?」
「うん? 今6時半だけど。なに遠坂、寝惚けてんの?」
……言われた時間に目眩がしてくる。学校に来るのには早すぎる時間だ。これは目眩ではなく眠気だというのを知っている。
―――俺は朝が弱い。非常に弱い。出来ることならギリギリの時間まで眠っていたい。
だが、『どんな時も優雅に』が家訓である遠坂家に生まれた以上、毎日が騒動なんて事は出来ない。
……でも、今日は何だってこんな早くに登校してしまったんだろう。もっと眠っていたっていいじゃないか俺…………。
「おーい。遠坂ー、どーしたー?」
「……どうやら家の時計が早まってたらしい。少し早く来すぎたな……眠い」
「はぁ、そりゃ災難だね。一人暮らしだとそんな事にも気付かないなんて大変だ」
親兄弟と実家暮らしの綾子は不憫そうな目で俺を見る。
今日が眠いのは特別だ。―――昨夜、夜遅くまで親父の秘宝を探しに、広すぎる屋敷でトレジャーハンティングをしていた。
就寝した時間はハッキリと覚えていない。只、……朝が近かったのは覚えている。秘宝を探すだけならまだしも、その秘宝を解読する作業まで夜にずっとしていた。……目が霞んでいるのも、そのせいかもしれない。
「眠いの? そうだ、道場で寝ていく? 今なら誰もいないだろうし、授業中に寝るよりいいんじゃない?」
「気にすんな。……それに俺は、どうも授業中寝られないんだ。学校に居る限りは起きてるようにする」
「ほぉ、流石優等生様だね。遠坂は」
綾子は弓道部の部長で、殆ど道場は綾子のものとも言える。
他にも何人か部員がいるらしいが、綾子程自由に部室を使う者はいない。
綾子と知り合ううちに、無関係者である俺でも数回道場に世話になっていた。
そして、綾子以外にも弓道部にはそれなりに知り合いもいる。
基本的にはインドア派な俺でも、あの道場は結構居心地の良い所になっていた。
「……ま、早く来すぎたしな。茶ぐらい貰って行くか」
「んじゃ、善は急げね。早速行こうっ」
綾子は笑う。何が嬉しいのか、綾子は俺の手を引っ張り、強引に弓道場の押し込んだ。
綾子の言う通り、弓道場には誰もいなかった。
適当に床で胡座をかき、茶が出るのを待つ。
弓道部の部長は、世話焼きで、姉貴肌で、お節介すぎる程に気がよく回る。黙っていれば日本茶も出てくる場所で、本当に此処は居心地が良い。
だけど俺自身、世話にはなっているが弓道部に入る予定は全く無かった。
弓を打つ事に面白みを感じないし、……他に俺はやる事が沢山あるからだった。
しかし、時々この道場を覗いていたので新入生よりは此処に詳しくなっている。
綾子が出してくれた茶を飲みつつ、授業の予習し時間を潰す。
「どんな時にも参考書を忘れないか。流石遠坂様だね」
「……参考書を持ってこないで学校来る馬鹿はいないだろ、何言ってんだ」
「ははぁ、そういうのを簡単に言える人を優等生って言うのさ」
女性だが非常に男らしい綾子とはそれなりに会話も弾む。
どうでも良いような事から、授業の事、人間関係の事。……深い仲の話まで、コイツとなら何だって出来る。
でも、俺と綾子とは異性の繋がりは全くない。
俺は女性として綾子を見る事が出来ないのだろう。時々、コイツの着ている制服が間違っているのではないかと思う時だってある。親友には性の区別はないとコイツに出会って考えさせられた。二人きりでいようが、……いつもそう吹っ切っていた。
「なぁ、遠坂ってカノジョとかいないの? 出来たら私に紹介しなよ」
……と、本当の姉のように接してくるので同い年の女に見えないのかもしれない。きっと弟でもいるんだろう。そして俺は同い年の弟に見えるのだろう。……綾子の家庭事情なんて全然知らないが。
―――多分、綾子も俺の家庭事情など知る筈が無い。
俺は、……魔法使い……だという事も、知る訳が無い。
「カノジョ……ね。俺に付き合ったらどうなるか検討つくだろ?」
「まぁ大体ね。酷く扱われること間違いなし! だね。でも遠坂、実際アンタを狙ってる女子が多いの判ってるでしょ」
「あー……」
狙ってるとか言うな、怖い。
「アンタと付き合いたいって思ってる娘は、その先を考えていないって事だね。こんな駄目男と付き合ったら人生台無しになるっていうのに」
「こら待て。お前、さっきまで俺が優等生とか言ってなかったか」
「寝惚けて登校時間2時間も間違える奴とデートなんて付き合ってられないでしょ――――――って、あ、おはよ間桐。今朝は一人?」
無駄話が長引いてきた時、道場に一人の男子生徒が入ってきた。
勿論道場に入ってくるのは弓道部の部員。そして、俺の見知った顔―――。
「……おはようございます、部長」
見るからに真面目そうな顔のソイツは、部長に頭を下げて挨拶する。
「あの、……今日、も……誘う事、出来ませんでした。すいません」
「あーいいって。……本人がやりたがらないなら仕方ないしね。……続けりゃいいのに、何であの娘は〜……」
「……」
綾子は、やってきた男子相手にグチっている。
男子生徒は無言で、時々小さく相槌をしながら部長の話を聞いていた。
この大人しい男子生徒はよく見かける奴で、弓道の腕はまぁまぁ良い。
……と言っても素人の俺が見た評価は、全て部長でエースの綾子を基準にしているからだが。
多分、今のままでいけばコイツが時期部長になるだろう。性格も真面目で、きちんと部活動にも出て、それなりに腕もある。人から嫌われる人柄じゃない。端正な顔立ちに、背は高く体格は良い。……いつも黙っているせいか威圧感も感じる。皆をまとめる部長に合っている。
……あともう少し、口が動けば完璧なんだが……。
「―――そんじゃ、部員も来た事だし失礼するな」
「……あ、別に……俺は」
「いや、こっちは部外者なんだし。そろそろ教室に行ってもいい時間だろ」
部員が動き出すなら、部外者は此処に居てはならない。
残していた茶を飲み干して立ち上がる。
「…………お疲れさまです、遠坂先輩」
少し長めの前髪の下、……大人しそうな……、いや大人しすぎる光の目が見える。
「……じゃあな。朝練、頑張れよ」
「…………はい」
静かに、端的な返事をする男子。
名前は、間桐桜。俺達の学年より1つ下、1年生だ。
「あぁ、また後でね。遠坂」
「おぅ」
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妙に立派で、あまり使う人数の道場。
学園長の趣味で立てられたらしいが、現在部員の人数が危ういらしい。
つい最近まで綾子が何度も俺に入部しろと迫ってきたが、その回数が二桁をいくようになってから口に出さないようになった。……二桁になるまでずっとまとわりついていたということだが。
数少ない部員の中の部長と、数少ない時期部長。
練習の邪魔にならないよう、弓道場を後にしようとする。と……。
「やだぁ、遠坂じゃない」
「……」
……いきなり、ヤダと存在を否定された。
仕方なく声のした方を向く。……あまり遭いたくない奴に遭遇してしまった。そんな奴も、同じ二学年の弓道部員だ。
「……よぉ、間桐。今日は早いんだな」
「当たり前でしょ。ワタシ、部長なんだし早めに来ないと一年にバカにされるじゃない」
……そうか、上級生はいないとバカにされるのか。
聞いた事の無い常識を言いながら笑う女子生徒の名前は、間桐と言う。
さっきの男子生徒と同じ名字なのは、アイツと姉弟だからだ。
弟の桜も整った顔立ちをしているが、姉の方もこの学校でも一、二を争う美少女らしい。
……確かに、俺から見ても校内に居る他の女子と比べれば、間桐は綺麗な女だ。長いウェーブのかかった髪に、綺麗な顔に似合った化粧、服の着こなし……それなりに人の評判も良く、学校でもアイドルと言ってもおかしくない人気も誇っている―――らしい。
というのも、綾子の時も思ったが、俺はあまり異性に興味が無いので完全に受け売りだ。
今、俺が興味があるのは、
……。
「……ん、おい、間桐。お前、副部長だろ。細かいかもしれないけど、ちゃんと副って言った方がいいんじゃないか?」
「…………あっ、そうね。ありがと遠坂」
腕組みをしてモデルのような立ち方をしている間桐は、俺の言葉に少し表情を歪めた。
だが悪口を言った訳ではない。言いたい事は他にある。
……個人的な趣味だが、そんな小さな所に神経を遣うからして、この女は好きになれない。
成る可く関わりたくないので、それじゃあ、と弓道場を離れる事にする。
「待ってよ。見学に来たんだったら見てけばいいでしょ? 遠坂なら大歓迎よ」
「……すまん、興味無い。別に弓道に用があったんじゃなくて、部長に世話になってただけだ」
「美綴に? ……へぇー、遠坂って…………」
ニヤニヤ、変な笑みが間桐の顔に浮き出る。
そうやって変に人を意識するのも、全くもって理解出来ない……。
「あぁ、さっきも美綴に茶をご馳走になっていた」
「へぇ。やっぱり仲良いんだ。あっ、そういやよく放課後にウチの道場見ていたじゃない。アレって美綴目当てなんじゃ……」
「いや、それは違う」
「そう? ……あ、あん時はよくアタシと目、合ってたわね。……あーそっか、遠坂ってさ……」
……。
……相変わらず、勘に障る笑い方をする女だ。
「もっと早くに言ってくれれば良かったのに、遠坂も結構恥ずかしがり屋?」
……。
……ったく、どうしてそういう風になるのか、今の会話で。
「おぃ、間桐。……俺は弓道に特別な思いも無いし、美綴にもお前にも興味無いからな。―――いや、美綴は茶をくれるだけいい奴だけどな。お前は別に良くも思ってない」
……別に、悪くも思っていないが。
「……ハ、何それ?」
「何だろな。自意識過剰なのもいいかげんにしとけよ……ムカつくから」
「―――っ、遠坂……!!」
今度はあっちが勘に障ったのか、間桐の腕が伸びてきた。
そんな無茶苦茶に出してきた手に捕まる訳もない―――。
「じゃあな間桐、朝練ちゃんと頑張れよ」
「遠坂、―――……!!」
……最後に、耳を塞ぎたくなる程口汚い台詞を言って、間桐は弓道場に入っていった。
どうしてあんな綺麗な顔なのに、あの口は下品な言葉ばかり出てくるんだ。
「……あー、いやだいやだ……」
全く、顔もスタイルも良いのに、中身がダメなら全てがダメ……というのはあーゆーのを言うんだな。
悪口なんか言いたくないが、この時ばかりは穴でも掘って叫びたかった。
……歩く度に、機嫌が悪くなる気もした……。
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校舎に入る。
弓道場から直ぐ生徒用玄関があるが、まだ生徒の姿は見られなかった。
ゆっくり茶を飲んでもまだ早いくらいに、今日は目覚めてしまったらしい。
……フツー、夜更かしをしていれば寝坊するもんだろう。何故に朝方まで起きていて、朝早く目が覚めるかな……。
「よおっっ、遠坂!!!」
「……」
階段を上る途中、上から元気な声が降ってきた。
まるで昔からの仲のようだが、この学校に入ってからの人物で、あまり関わりを持たない人物でもある。
しかも、生徒ではなく……先生だ。
「―――おはようございます、藤村先生」
制服を着用していないので先生に見えるが、そうでなければ生徒と同化できる。
見た目も雰囲気も、生徒に近い。そして本人には悪いが、どこの生徒よりもガキくさい教師だ。……これでも、二年の英語を持っている。
「さっすが遠坂だなぁっ! ちゃんとオレにも挨拶してくれるし!! 生徒の鏡ってやつだよなーっ、イイコだぞー!!!」
……。
やたらと『!』マークの多いハイテンションさが、この先生の特徴だ。
「……先生に挨拶するのは当然だと思うんですが?」
「いやぁ〜、そーいった当たり前な事も最近の若者は出来てないんだよっ! 世の中全員遠坂みたいな人間だったらさぞ素晴らしい日本になるんだろうなっ!!」
……。
それは、多分とても嫌な世界だ。
「じゃあ、引き留めてゴメンなっ! 俺、弓道場行かなきゃだしっ、あー遅刻すんなよー!!!」
大声でそんな捨て台詞と共にあの男性教師は去っていった。そんな彼は授業遅刻の常習犯。
周りに生徒が一人もいない早朝の校舎で会った生徒に、今の言葉は非常におかしいと思う。
……まるで、台風のような男。
幸いなことに俺の担任じゃない。彼が担任を受け持った教室は毎日が嵐だろう。……あんなノリの妙な男性だが、あれでも剣道の段持ちで名を馳せた選手らしい。しかし弓道部の顧問なのがこれまた謎だ―――。
弓道部で茶を飲んでいても、まだ校舎には人影が無い。
外には部活動の朝練に勤しむ生徒は何人か見受けられた。
校内では俺一人のよう……だと思ったが、
「……きゃ、遠坂くん……なんで……!?」
……再び、挨拶がてらに存在を否定された。
俺を見て叫び声を上げ、姿を端から確認した後、非難の目で見てくる。
……結構傷つく行為を無意識にしているこの女子生徒は……。
「よぉ、生徒会長。朝早くから生徒会活動か?」
「……む」
眼鏡の下の丸い目が、キッと俺を睨み付けた。
暫く黙ったままだったが、言い度深呼吸して―――生徒会長は発言する。
「―――確か遠坂くんはどこの部活にも所属してなかったと思うけど、こんな早くに何の用?」
「只の気紛れだよ。なんとなく早く来ただけだ。お前ん家みたいに早起きじゃねぇし」
「…………む」
いちいち、俺の言葉に口を尖らせる生徒会長。
何でか知らないが、彼女は俺を目の敵にしている。
理由は……忘れてしまったが、どーでも良いような事だったというのは覚えている。
間桐姉もそうだが、俺としてみればあまり会いたくないリストの一人だ。
間桐ほどムカつきはしないが、……何故か居心地の悪い女子だ。
「……一つ訊くけど、遠坂くん。最近、夜遅くまで校舎に残っていた事は?」
「夜遅くっつーのはどれくらいの事を言うのかな。一時期、『吸血鬼事件』とかいうので早めに下校しろって言ったのはお前等だろが。自分達が決めた事忘れんなよ」
「っ……。確かに早めに帰宅するようにと全校の前で言いました。けどっ! 中には夜遅くまで居る人だっているかも……」
「無いな。さっきお前が言った通り、俺は帰宅部だしな」
生徒会長は、不機嫌そうな顔をやめない。
朝のうちに何かイヤな事があったのかは知らないが、いつも俺の前ではこんな顔だ。
ということは、どうやらこの顔が『対遠坂凛用』なんだろう。
……あんまり、人を怒らせるのは好きじゃないんだが……。
「おぃ、退いてくれ会長。廊下の真ん中で立ってるなよ」
「っ……! すいませんでしたッ、退きますよ―――!!」
……だから、一つ一つの事でそこまで怒鳴らないでもいいだろうに。
折角のカワイイ顔が台無し……。
……と。
「一成、修理終わったぞ〜」
自分のクラスに入ろうとした時、
こちらも思ってもみなかった人物が顔を出してきた。
「―――」
「あ、ごめん」
ぶつかりそうになったが、出てきた方の女子が横にズレて道を譲った。
……小柄で、手にはスパナやドライバーなど小道具を持った女子生徒。
こっちは、見覚えがあったが名前までハッキリ思い出せなかった。
多分、二年の―――。
「ゴメン、えみやん。任せっきりにしちゃって……」
「別にいいよ。こうゆうの得意だし。んー、次はどこ行けばいい? もうあんまり時間無いから早めにしないとヤバイんじゃない?」
「えーっと、次は……視聴覚室だ。もうアレ、寿命なのかもしれないけど、……直せる?」
「患者を診てみないと判らないな……じゃあ」
教室を出た女子生徒は、俺の顔を見る。
「先行ってるから、話が終わったら来て」
「あ、私も行くからっ!! ……そう長く話していたくないし」
……最後の方を、俺に聞こえるように生徒会長は言った。
彼女なりに気を遣ったようだが、俺達には嫌味にしか聞こえない。
生徒会長は女子を追い抜いて去っていく。
特に掛ける言葉も見当たらないので、俺は教室に戻……。
「朝、早いんだ。遠坂くんて」
「…………」
―――教室の戸を閉めようとした時、声を掛けられた。
……制服姿に、スパナにドライバーを持った女子生徒に。
……実に絵にならない姿だった。
その一言を置いて、彼女も生徒会長の後を追っていく。
「……あぁ、確か」
彼女の名前は、完全に姿が見えなくなってから思い出した。
確か名前は……衛宮。
今後の戦争の、鍵を握る人物―――。
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04.5.16