■ 外伝8 F。
/1
その日は図書館に行った。
学校の図書館にはよく足を運んでいる。昔から静かな所が好きだったから、学校に居る間休み時間とかは図書館で過ごす事が多かった。でもだからと言って人より本を読んでいた……というのではない。静かな空間と整頓された空気が好きなだけで、特別読書好きという訳でもなかった。
もうすぐ閉館時間。けれどギリギリまで案内板を見ながら、ある箇所を探していた。
「えっと、……家庭一般は……」
探しているのは、調理の本……料理に関するもの。有間に居た頃は結構やっていた料理も、遠野の屋敷に来てからは全て琥珀さんに任せっきり。手伝おうと思っても琥珀さんの作った方が美味しいのでつい頼ってしまっている。
……そんなんじゃダメだ、と思っていても琥珀さんには勝てる気がしない……。
『誰でも作れるカンタン料理☆』、……そんなコピーを求めて図書館にやってきたのに、ちっとも見つからない。
―――それなりに料理が出来たいと何度も思った事はある。
今まで実行に移そうとはしなかったけど……いつかはという野望はあった。
料理は旨く出来た方が良いに決まっている。美味しく出来たらみんなに食べて貰いたいし……。アルクェイドも前用意してあげた時に、また新しいのが食べたいって言ってたし。まぁ失敗しても有彦にでも片づけて貰えばいいし―――。
―――そんな風に考えながら本を求めて旅をしていると、……ある女の子が伸び上がって上の段の本を取ろうとしている姿が見えた。
「……」
女の子が取ろうとしている段は、結構高い。でもってその女の子の身長はとても低かった。……いやいや、とても可愛らしい背丈だった。
私もそんなに大きい方じゃないけど、……小さな背でよいしょよいしょと本を取ろうとしている女子生徒はつい応援したくなってしまう。
……て、何思ってるんだろう、私は。応援してる暇なんてあったら取ってあげればいいのに……。
「この本でいいの?」
「ぁ……っ」
本棚は私が頑張って背伸びしてやっと届くぐらいだった。突然現れた私の手に、必死になって取ろうとしていた女の子は驚き固まってしまっている。
「ハイこれ」
案外すんなり取れた本を女の子に手渡す。
「違う……その隣」
「えっ、……あ、こっちの方!?」
慌てて本を元あった棚に戻して、隣の本を手渡す。
「……逆隣……」
二度三度本を入れ換え、やっと彼女のお目当ての本を取る事が出来た。……台を持ってきて彼女自身に取って貰った方がよっぽど早かったかもしれない。少し厚みのある本を取り、彼女に手渡す。
「あっ、ありがとう、遠野さん」
……本当に嬉しそうな声で女の子は微笑んだ。真っ正面から彼女と向き合って、やっとその女の子が誰なのか判った。
「『アーサー王物語』でいいのかな、…………衛宮さん?」
手渡すと、茶色のショートカットの女の子は笑って小さくお辞儀をした―――。
/2
―――衛宮さんはとても同性から見ても魅力ある女の子だ。彼女は同じ学年でも少し目立つ子だった。
……というのも、生徒会の仕事を率先してやっている姿を、何度も見かけた事がある。シエル先輩があちこち働いている所にいる女の子だからよく知っていた。と言っても彼女は生徒会役員ではない。現生徒会長の女の子と凄く仲が良いらしく、役員ではないけどずっと一緒にいるから仕事もやってしまっているらしい。
彼女の男の子のようなショートカットは活発的に見えるし、部活面でも凄く優秀だと噂で聞いた事がある。同じ二学年ではあったけどあまり話した事は無かった……、けど私も知っていたのは彼女がそれだけ注目される存在だったからだろう。
「ホントにありがとう、助かったよ〜」
「うん……でも最初から台持ってくればもっと早く取れたかも……」
……背の低……いやいやいや子供っぽさを残した可愛い彼女を困らせるつもりはないけど、つい言ってしまった。衛宮さんは少し困ったような笑みを見せる。
……その仕草、あぁやっぱり可愛いなぁと思った。つい小さくて可愛いものを見ると出てしまう癖のせいでうずうずしていた。
……そんな葛藤の中、つい口から飛び出てしまいそうな言葉に少し息をのみこんで、無理矢理違う話題へ振る。大事そうに持っている古い本は、有名なタイトルの本だった。
「衛宮さんて、随分古い本を読むんだね」
彼女に取ってあげた本は、……流石上の段に形だけ置いてある本だけはある。少しタイトルが色あせていて私達より先輩のような本だった。でもタイトルがあの有名所だから、もっと新しい本で再版があると思うけど……。
「もう他の出版社のやつは全部見たから、これが最後の『アーサー王』なんだ」
そう言って、床に置かれていたカードを見せてもらった。カードには借りる本のタイトルを書き込むようになっている。……彼女のカードには数冊同じようなタイトルの記録がしてあった。その前もみんな神話物の本ばかりだった。
「……何か調べ物でもしてるの?」
「うん、前々から興味があったし、有名って言われてるけどあんまり知らなかったから」
……そういえば私も、自分で『有名所』と言いながら詳しくは説明出来なかったりする。それに特別本で調べるとかしてない人間だし…………。
「あれ、遠野さんは何も借りないの? 閉館時間近いけど……」
……そう言われるまで自分の目的を忘れてしまっていた。
そうだ、レシピを探していたんだった! と急いで家庭科の本棚を探す。……本を探す前に棚も探していないのに、あと数分で閉まる図書館を利用出来る筈がなかった。―――見た時計は、残り1分を指している。……諦めも早く、仕方ないと切り上げる事にした。
「…………」
もう図書館の係りの人は帰る準備をしている。
衛宮さんは既に外に出ていた。
……あぁ、折角『珍しく』料理する気なったのに……また挫折する事になる―――。
/3
―――衛宮さんは何だか不思議な女の子だった。どこかが変わっている訳ではない。でも『ごく普通の女の子』とはハッキリと言えない。彼女自身の性格も良いだろうが、彼女の周りには独特の空気が流れていて、その空気はとても心地よいものだと誰もが思える。とても得した特技を持つ子だと思う……。
「……あれ、衛宮さん?」
図書室を出た廊下に、衛宮さんが立っていた。
「……どうしたの……忘れ物?」
「ううん。遠野さん、もし良かったら一緒に帰らない? ……もう暗いから……」
借りた本を胸の前で抱きながら衛宮さんは言った。……確かに外はもう暗かった。私は慣れているけど普通だったら日が落ち気味の今の時間一人歩くのは少し怖いかもしれない。
―――て、やっぱり自分から『普通だったら』って言ってるし……。
聞く所によると、衛宮さんは有彦の家の方向に家があるらしい。彼女が住んでいる町の地名は一度も行った事の無かったけど、途中までだったら一緒に行ける。勿論OKした。
……衛宮さんを不思議だと思う理由……。色々考えてみたが、やっぱり『笑顔』なんじゃないだろうか?
一見ボーイッシュな所があって、尚かつ部活では弓道部のエースとカッコイイイメージがつくだろうに、こんなにも可愛いのは彼女の笑顔の魅力だと思う。
……そういえば、彼女には悪い噂をあまり聞かない。あまり人には気を掛けない性格だと思われやすいが、それなりに女子の認知度ぐらいは把握しているつもりだ。
……まぁ、これも殆ど人任せならぬ有彦任せだけど……。
「えっ、遠野さんてあの『丘の上のお化け屋敷』に本当に住んでるの!?」
「うん、本当に……」
……いつの間にか自分達の家の話をしていた。親切にも知らないと言った私に、衛宮さんは住んでいる町について話してくれた。
お父さんが居たけど今は居なくて、殆ど一人暮らし状態だったという事。
でも知り合いがよく遊びに来てくれるから全然寂しくないっていう事。
それに本当の家族のような義理のお兄さんと一緒にいるとも教えてくれた。そのお兄さんはどうやら私が知っている人らしいけど……。
―――でも、あの屋敷……どこの子も彼処『お化け屋敷』って思ってるんだなぁ……。
弓塚くんとかに言われた事があったけど、滅多に話さなかった人にそう言われて改めて自分の家がおかしいって再認識した。……まぁ、実際にはお化けより怖い(かもしれない)ものが住んでるんだけど。
「へー……じゃあ遠野さんて、お金持ちなんだ?」
「全然! あの家が高級そうに見えるだけで私は貧乏だし」
無駄に豪華な家には住んでいるけれど、……私にはお小遣いも無いぐらいだし……。言われてまた悲しくなってきた。……もう一回秋葉に交渉してみようかなぁ……。
「でもいいなぁー、うちは全部どこも和式だから『怪しい洋館』とか憧れるな〜」
……。
……『怪しい』か、やっぱり……。
少しずつ棘が刺さっているのも、この子は気付かないし……。
―――でも彼女のそういうマイペースな所、私は大好きだったりする。
「でも完璧な洋風ていうのも疲れるよ……? 私は和風の方が好きだから羨ましいな……」
だから有間の家では快適だった。……遠野が嫌だというのではないけれど、どちらかといえば離れにいた方が私は落ち着く。でも最近、四季がいるからって秋葉、離れに近づけてくれないしなぁ……。
「そうかなぁ、うちは只広いだけの家だからなぁ。―――パパが『曰く付きでも安いから』で買った家らしいし」
……曰く付き?
「一人で暮らすのにはちょっと大きすぎるから不便なんだけど……、今は居候がいるからいいけどね」
衛宮さんは一人溜息をつく。……こんな明るい子に見えても、人並みの悩みとかあるだろう。
「居候……ホームステイでも貸してるの?」
「え、……あっ、そんなところ!!」
……遠野の屋敷もそうした方がいいんじゃないだろうか。無駄に部屋が有り余っているらしいし、使ってない機能が沢山ある。翡翠は使っている部屋だけ掃除しているらしい。だから私の知らないだけの部屋が沢山あると思う。
お金儲けとか考えちゃいけないんだろうけど、一つの旅館としてあの屋敷は稼げるかもしれない……それに、そんな事考えても、絶対秋葉に言っちゃいけない。
……そういえば、翡翠の部屋とか見た事ないなぁ。自分の隣の部屋とか、扉があるだけでどうなっているか全然知らないし……。小さい頃やったように、屋敷探検してみたいかもしれない―――。
……今度、秋葉を誘ってしてみようかな?
「じゃあ私はこっちだから……」
「うん、また…………ってあれ?」
「あっ……」
彼女が曲がっていく暗闇の道に、街灯が一つ。
前に殺人事件があってから街灯は増やしているというけれど、まだ暗い道に、
―――とても目立つ金髪の少年が立っていた。
「……」
金の髪―――と言われて思い出すのはアルクェイド。
けれどアルクェイドじゃなかった。アルクェイドはあんなに小さく無いし……。
「……」
あの子は子供だ。まだ中学生ぐらいの男の子で、……外人の男の子だった。最近私の周りでは外人の人よく見かけるけど、あの子はアルクェイドともシエル先輩とも違う雰囲気をしていた。
でも弓塚くんや有彦とも違う……。
彼は、もしかして………………?
「……セイバー、どうしてこんなとこに……?」
「え? 衛宮さんの知ってる子?」
「あ、……うん……さっき言ってた居候してる子……なんだけど」
「……衛宮さんを迎えに来たんじゃないの?」
「あ……そうかも」
男の子は街灯の所にいる、……只立っているだけだった。誰かを待っているようにも見える。……それで、衛宮さんがあの子を知っているのだから、あの子は多分衛宮さんを待っているんだろう……。
「……」
まさか、新しい吸血鬼……なわけないよね。
もしそうだったら、あんな所居たらシエル先輩にやられちゃうかもしれないから……教えてあげた方がいいのかな?
「セイバー!」
男の子がその声に反応する。そして直ぐ衛宮さんの元へ走り寄ってきた。
……やっぱり衛宮さんの知ってる子のようだった。暫く二人は話し合ってから、……男の子は私の方を向き、小さく会釈した。
「――」
何か言ったみたいだけど、よく聞き取れなかった。でも
「じゃあね、遠野さんー!!」
……彼女が元気良く手を振ったので、何だか幸せな気分になった。
―――衛宮さんの良い所。
それは、ずばりみんなが幸せになるあの笑顔だ。
ずっと見ていたいと思うから、学校でも人気があるんだと思う。
彼女の周りに人が集まってくる理由もわかる―――。
衛宮さんと同じくらいの背、……それなのにやっぱり男の子だからか、夜は頼もしく感じた。それに、衛宮さんもあの男の子も、……可愛い同士手を繋いで帰る姿はとてもほほえましかった。
「……って」
こんな所でずっと手を振っていても仕方ない。屋敷へ続く坂道を上り始めた。
もう空は暗い。こんな暗くなってきたら迎えもいてほしい。
衛宮さんは、あの子と一緒ならちょっと遠い家でも安心して帰れるだろう。
まぁ、私の場合は大丈夫。
変質者だろうと吸血鬼だろうと私なら反撃できるから……。
……。
―――いや、だから。
自分で普通じゃないって認めちゃいけないんだってば―――。
04.3.28