■ 外伝8 shine



 /1

 これは、ガキの頃の変な想い出。

 周りはみんな男ばかりだったのに一人だけ女がいた。
 女はメイドで沢山屋敷にはいたけど、同じ年頃の女はいない。それに女には母親もいなければ誰一人「身内」がいなかった。

 ―――女の家は、もうこの世にない。

 ある日から女の家が遠野の家となったんだ。でも住む所が変わっても家族までは全て変換できない。だからお嬢様であるその女は部屋に閉じこもっていた。
 ……あの女は遠野槙久が連れてきた女、よく解らない連中の娘なんだ、と色んな奴らが噂していた。
 他にも沢山。
 与えられた部屋だけで女は暮らしている、とか。
 遠野とは共存出来ない存在、だとか。

 ―――凄く綺麗な女なんだとか。

 屋敷の離れでその女は住んでいた。メイドの女達と一緒に住んでいた。けど本当に女の近くにいる奴なんて此処にはいない。
 同じ年頃の子供達も殆ど男だったせいか、遊びに加わりにくかったのだろう。女と話したのは、女が屋敷に来てから結構経ってからだと思う―――。

 それは突然のコト。

 何の縁なのか忘れたが離れに行った時がある。
 女に会うために行った訳ではない離れで、女と出会った。
 運命的な出逢い……でも何でも無い。
 廊下で女とすれ違った。それだけだった。

 初めてみる女は
 ……女らしく小さく、女らしくか細い、
 ……とても女らしく、可愛らしい女だった。
 黒い髪としっかりとした眼が印象的な―――

 俺の知っている『女』という生き物の中で、その女が一番目を引いた。おふくろは弟が生まれた時に病気で死んだ。でも乳母や親戚の奴ら、数え切れないぐらいのメイド達がおれの周りには沢山いる。
 その中で、この小さな女が一番俺の中で印象を残した。

 ―――そこで何を話したかは覚えていない。
 いや、その時は何も話さなかっただろう。
 声も掛け合わなければ、名前も交換し合わなかった。

 それだけの出逢い。
 なのにその瞬間は、俺にとって衝撃的な物になった―――。

 ―――ある日、翡翠が女を連れてやってきた。
 翡翠は俺の遊び仲間の中で一番の奴。いつもうるさくて元気でどこでま駆け回る奴だった。その翡翠が女を閉じこもっていた部屋から連れ出してきたらしい。
 ……女は、翡翠の影に隠れている。翡翠は「大丈夫だ」と女を安心させようと必死だった。……その姿を見ていると、翡翠との仲は物凄く良いものに見えた。
 俺は、その日に女が着ている服が白だったからだろうか、―――コイツとは遊べないな、と思ってしまった。
 思うだけでなく、声にして言ってしまった。
 途端、―――泣きそうな女の顔が忘れられない。
 俺は只、白い服着ていたら汚れるからいけないだろと思って言っただけだ。一日が終わる頃、泥だらけになる事はよくある。それなのにそんな綺麗な服を着ていたら……折角の白が台無しだ。
 そう女を俺なりに気遣ってやった筈なのに、その日は朝っぱらから翡翠に説教される羽目になった。
 ……畜生、俺の方が偉いのに。

 その日は初めて女と俺がマトモな会話をした日だ。
 ……て、俺からは話していない。翡翠が女と話して、間接的に俺と会話した事になる。
 名前は何から始まって、何が好きだ何がしたいんだと質問するだけの一日。
 特に駆け回る事も無く、只話をするだけの一日。俺にとってはあまり楽しいものではなかった。体を動かす事が好きだから、口を動かすだけなのは楽しくなかった。
 でも今日は翡翠が頑固に「シキとしゃべりたいんだ」と言い出して聞かなかったから素直に従った。て、翡翠は今日は頑固って言ったって、いつも頑固なんだけど……。

「―――じゃあ、シキ。明日もシキと遊んでくれるよな?」

 翡翠が最期に、そんな事を言ってきた。一体どっちに言っている事か解らない言葉を。

「ね、志貴。いいだろ、四季?」

 いつもしつこく聞いてくる翡翠が、余計うざったく感じた。いやだって、―――何だか俺がこんな女といっしょにされているような気がして。
 この俺が、こんな女に。

「…………」
「……あ? 何だよ」
「…………ふんだっ」

 睨みつける女。
 ―――それが今日の最大のポイント。
 俺と同じ名前の女と初めて目が合った時だった。



 /2

 ―――その日、女が秋葉を連れてきた。
 弟の秋葉は俺とは違って体が弱い。弱いなら鍛えればいいのに、屋敷の連中は弟を部屋に閉じこめておく。外に来い、と俺がが命令しても、親父が怖いから中で勉強ばかりしている。
 ……そんなに勉強が好きなら勉強だけしてろよ。
 昔、秋葉に向かってそんな事を言ってしまった。それから秋葉とはあまり喋っていない。
 だからその日、女が秋葉を連れてきて久しぶりに弟との会話が楽しめた。……その弟の秋葉は、俺と話すのは全然楽しくなさそうだったけど。
 その代わり、秋葉は女と話す事が楽しげだった。いつの間にか女のことを「姉さん」と呼んでいる。
 姉貴なんていないのに、姉さん。
 何かあるごとに姉さん、姉さんと。
 全く、女々しい奴だな。女を頼るなんて。秋葉らしくていいなと笑ったら、今まで感じた事の無いような殺気を感じた。
 ……おぉう、秋葉の髪がほんのり赤く……いやもう一歩、茶色くなってるぞ。
 ―――そんな弟の成長を見届けた日もあった。

 大分女と遊ぶ日々が続いたある日、女が風邪を引いた。昨日、夜遅くまでみんなで遊びまくったからだろうか。
 俺と、翡翠と秋葉と女で屋敷の中、「陣地取りゲーム」をやってたらメイド達に怒られて、仕方ないから外で名前を彫りまくっていた。俺はシキと、秋葉はアキハと、どっちが多く名前が書けるかの競争だ。
 翡翠は見ているだけでしなかった。後で掘った名前の数を数える役目だった。
 女も参戦した。でも俺と女の名前が同じだから、一体どっちの名前なのか解らなくなってしまった。
 しょうがないから一緒に数えよう、で決定したがそれだと秋葉の惨敗。彼奴、泣きまくりで遊ぶより宥める方が大変だった。
 大変だったのが秋葉が泣きやんだその後。
 怒られた。こっぴどく怒られた。メイド達だけじゃなく親父にまで怒られた。家具という家具にナイフで名前を彫りやがって、と。
 夜遅くまで、俺達は怒られた。特に俺は一番怒られた。俺がやろうと言った遊びで、俺の名前が沢山あったからだ。……半分は女のものだって、と言ったら「女の子のせいにするのか!?」なんて言いやがった。
 親父の奴、ひいきしやがって。
 結局、見ているだけの翡翠が一番怒られなかった。あいつ、後で絶対仕返ししてやる。

 ……。
 そう、夜遅くまで寒い中怒られたからだろうか、―――女は風邪を引いてしまった。
 女の部屋で、女は寝ている。
 みんなでお見舞いに行った。―――けど女は寝ているから何も出来なかった。

「四季、秋葉。……風邪がうつるかもしれないからこれくらいにしておこう」

 何度翡翠が女の部屋から俺達を追い出そうとしたか。一番面倒を見たがっているのは翡翠だったが、メイド達に注意されてたんだろう、何度も何度も翡翠は部屋から出ろと言い出した。
 風邪を貰うなんて俺はご免だ、と俺は素直に外に出ていた。
 ―――が。

「ボクは姉さんといっしょにいる!」

 と、言い出して聞かないガキがいた。
 秋葉は離れない。女の眠る布団の横に正座して、ずっと見ている。時々額の上のタオルを取り替えるぐらい。
 女は寝ているので何も話せず、ずっと秋葉は黙ったままだった。
 同じく、翡翠も黙ったまま女を見ていた。
 ……二人が話せないのだから、俺も黙って…………。

 ……出ていけ、というのは一体ドコにいったのだろう。
 いつの間にか俺達は勝手に女の看病をしていた。
 ただタオルを変えるだけの作業、あとは時々目覚めた女と話すだけ。
 話すのは疲れるから直ぐ女は眠る。……それからは何もしない。
 そんなつまらない時間。
 ―――秋葉と翡翠は、飽きずに永遠とそうしていた。

 けど、決められた時間というものがある。秋葉は勉強の時間とやらでやってきたメイドに連れ去られていかれた。イヤダイヤダと泣き出していたが、一人のメイドが「うるさいとお嬢様が起きますよ」とビシッと言いつけると泣きやんだ。
 渋々泣きやんで見せて、「終わったら絶対来るから!」と叫んだ。
 その叫びは、秋葉の姿が見えなくなるまで聞こえていた。何度も何度もリピートされていた。
 ―――次に、翡翠も出ていった。
 あいつは時間を見計らって、「任せる」と一言ついて出ていった。翡翠は屋敷に仕えるメイドの息子だ。将来はこの屋敷で働くらしい。その練習もあってか、翡翠はよく手伝いをしている。その時間になったらしい。
 「俺も仕事終わったら来るよ」と、俺に告げて去っていった。

 ……で、一番コイツに対して関心の薄かった俺が取り残された。

「……」

 女は目が覚めていた。
 秋葉が泣き騒いだからだろう、さっきの騒動で目を覚ましてしまったらしい。うるさい弟でゴメンな、と謝ると苦笑いで返した。
 最初は俺を睨んでばかりいた女も、今では普通に話しかけ笑いかけてくれる仲だ。
 ……今は、少し沈黙が重いけど。

 ……暑そうだな。
 寝ているだけなのに少し汗をかいていた。温くなった水を綺麗なものに用意してやる。うまくタオルは絞れないがそれでも頭に乗っけてやる。
 この俺がしてやってるんだ、それだけで価値があるだろう?
 ……なのに、何でそんなに怒るんだ?

 ―――はぁ、と息をつく。
 確かに俺と女は話すようになった。話題があれば盛り上がれるし、面白い事があれば笑い合う事だって出来る。けど、俺は秋葉や翡翠ほどコイツの事を今まで深く思っていなかった。だから、あまり俺は女に好かれてはいない―――。

 ……それがちょっと悔やまれる。
 もう少し女に好かれるような事をしていれば、
 ―――こんな沈黙、吹き飛ばせるのに、と。

「……すまんな、暇人で」

 秋葉や翡翠がもっと暇があれば良かっただろうに。
 俺は秋葉より期待されてないみたいだから勉強もあまりうるさく言われない。
 翡翠みたいにメイドの手伝いを引き受ける程お人好しじゃない。だから一番俺が時間が空いている奴だが……その空いている時間を女に費やすなんて、今まで考えてもみなかった。
 ―――凄く、惜しい事だと思う。

「……なんで?」

 俺のさっきの質問に、どうしてと女が聞く。時間がある事が何がいけないの? と聞いてくる。

「だから、お前がウケるような話なんて知らなくてゴメンって言ってるんだよ」
「……そういう風には聞こえなかったけど?」

 なんて女が愚痴る。
 あぁそうだ、何でコイツ、俺にだけ反抗的な態度なんだろう。
 秋葉の言う事はちゃんと聞くし、翡翠の言葉にはいつも笑うのに。
 何で俺の言葉にはいつも言いがかりをつけてくるんだろう……。

「お前、俺なんかより秋葉や翡翠の方が好きだろ? だからだよっ」

 そろそろ俺もどっか行こうかなー。
 なんて考えていた



「何で? 私、四季のこと大好きだから話したいな」



 時のこと……。

 ……。

 ……ふ、
 ふんっ、誰がそんな子供だまし(?)、聞くものか。

「―――じゃあなっ、俺用事あるからっ!」
「え、暇人じゃなかったの……?」

 ……あぁあ、だからそういう所だ。秋葉だったら「頑張ってね」と言うだろう、何で俺にはメンドーな返答ばっかしてくるんだ。

「うるさいな、明日までには治せよ風邪」

 秋葉や翡翠がまたうるさくなるからな……っ

「そんなカンタンに風邪治るものじゃないのに……四季はなった事無いの?」
「何だよ、俺が風邪にもならないバカだって言うのか!?」

 そこまでは言ってないけど……と言い訳しても、そうに決まっている。俺は障子を叩き付けるように閉めて離れを離れた―――。



 屋敷までの森を歩く。
 離れから屋敷まで、少し木が生い茂る道を歩く。子供の俺達にはそこを「森」と言っていいほど、長く暗い道だった。
 だからそこで色々なコトを考える。一人で、静かで暗いその道は様々なコトを考えさせられる。暇人で、何も用事がない俺にする事といえば、―――考える事しか残されてなかった。

 …………大好きだから話したいな。

「……くそっ」

 なんて、あの女だったらどんな野郎にも言うだろう。
 俺に限定された言葉じゃない。知らない男にだって、彼奴の性格だったら女にも言うかもしれない。

 ―――そう判っているのに、どうして顔の赤みが消えないのだろうか。

「……くそっ!」

 ……俺も、考えているコトは女と同じだ。
 ―――大好きだから、話したい。

 何か用事があって出てきたんじゃない。何も用事がないから、俺は今来た道を戻れる筈……

「あぁっ、カッコ悪いじゃねーか俺!」

 ビシッと障子を閉めて格好良く出てきたのに、ノコノコと彼奴の前に立っていいのか?

 ―――振り返る。離れの方角へ―――。

 ……いいよ。立ってみせるよ、今の俺は。

「……格好悪くても、別に構わないだろ……」

 どう思われようが、―――彼奴と同じ気持ちなんだ、って判ってくれるのなら―――。





END
04.2.8