■ 12章 Sosei



 /1

 目が覚めた。
 そこは暗い夜。真っ暗で、見渡す限り真っ暗で、ただ空の明かりだけが私の道筋を作ってくれていた。そこには誰もいない。私一人だけだった。

 私のお屋敷はとても広い。
 私のお屋敷の庭もとっても広い。
 だから、そんな所に一人でいるのは怖くて、淋しい。
 その時、私はまだ小さかったから余計怖くて仕方なかったんだと思う。どんなに明るい所だって誰もいない所に一人いたら怖いのに、その時は本当に誰もいなかった。

 でも外に出れば声がする。きっとお屋敷の人達は全員外に集まっているんだ。何か集会でもあるのかな……? 私のお屋敷の人達はお父さんが一声掛ければ直ぐに集まる人達だから、きっとそれなのかもしれない。私は子供だからまだ関係無い。だから此処で寝ていろって言われたんだった。外に出るな、とかも言ってた気がする。きっと外では沢山の人達が何か重要な事をしているんだ。
 もう一人の私は私にそう説明してくれた。お父さんの言う事は絶対間違い無いから、私は外に出ちゃダメだよ? 出ちゃいけないって教えてくれた。
 
 ……けれど。

 ―――暗い中、隣にはお母さんもお父さんもいない。
 それが凄く、すごく怖いから私は誰かに逢いたかった。

 だから、私はその声を無視して歩き出した。



 約束、破っちゃったね。

 心の中の私がまた話しかけてくる。
 誰もいない中、誰かの忠告がちゃんとあったのに私はその声を振り切って誰かを捜す。

 お母さんに怒られちゃうよ?

 心の中の私が意地悪そうにそう言った。
 だって怖いんだもん。それにお母さんが隣にいてくれないのが悪いんだもん。
 私は言い返す。凄く勝手な言い分だと思うけど、子供の私は気にしない。

 お父さんに怒られてもいいの?

 けれどもう一人の私はずっとその事を気にしし続けている。それは、私の事をずっと思ってくれているからだと思う。私がお母さんやお父さんに怒られないように、彼女は私にいつも注意してきてくれるんだ。
 とっても優しい、彼女。それでも、子供の私はとっても我儘だからその声をあまり聴いていなかったと思う。
 それ所か、彼女が注意してくれるのが逆に嬉しくて―――私は一人っこだったし周りに女の子がいなかったから、まるでお姉さんのような彼女が好きだったのかもしれない。
 ……いいや、かもしれない、じゃない。私は彼女が大好きだったんだ。とっても優しい、誰か……が。

 庭に出ても誰もいなかった。屋敷には明かりが一つもついていなくて、外を彩る光りも何一つ灯されてなかった。
 だから余計に不安になった。お母さんもお父さんも、使用人の人達もみんな私を置いて何処かに行ってしまった。置いてかれたんじゃないか……って、どんどん心配になってきて、私は庭を出た。
 庭を出れば深い森。私のお屋敷は森の中にある。私はお屋敷の外には行った事ないけれど、外から来る人が行き来している姿は毎日見ていたから外の出方は知っている。庭にいないんだったら、外にいるに違いない。
 だって、―――耳を澄ませばちゃんと人の声が聴こえる。何を言っているか判らないけれど、大勢の人間が楽しそうに騒いでいる声が聴こえる。
 私は寝間着の着物のまま、外に飛び出した。
 ―――その時、もう一回彼女が私を止めたけど楽しそうな声に彼女の声はだんだんと小さくなっていった。

 庭の外はもっと暗い。大きな木たちが暗く、寒い世界を創りだしている。
 お屋敷の中だって暗かったのに、此処はもっと暗い。
 ずっと頼りにしていた月が、葉っぱのせいで見えない。足下がよく判らない。道が見えない。誰もいない。
 さっきまで『初めて外に出るんだ』とわくわくして足を進めていたのに、急に怖くなってきた。
 一人、ということを思い出してしまった。
 だって私はまだ、大きなお屋敷を歩くのでさえ誰かといないと怖くて駄目だったのに、初めて行く外の真っ暗な世界を、たった一人で歩いているのに気付いたら―――。
 外はなんて寒い世界なんだろう。
 上着を羽織らずに、どうして朱の着物だけで出てきてしまったのだろう。さむくて寒くて仕方がない。
 一人が怖くて恐くて―――。

 …………シキ。

 彼女が、また私に話しかける。
 あぁ、そうだった……私は一人じゃなかったね。
 私と同じ年頃なのにとってもお姉さんな彼女がいた。
 ……ううん、私と『同じ』彼女がいた。
 私の名前を呼んで、あっちだよと先導してくれた。
 何故か、……私たちは『同じ』なのに彼女が先に立って手を引っ張ってくれているみたいだった。
 彼女に言われた通りに歩き出すと―――私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
 彼女が教えてくれた道を来たら、私を知っている人の所に来られた。
 急いでその道を抜ける。
 その道を抜ければ、少し大きな広場が出た。
 私の名前を知っている人達はそこにいた。

 みんな 真っ赤になって

 すごいね、どうして貴女は誰かが此処にいるってわかったの?
 声が聞こえたからよ、と当たり前な事を彼女は言う。
 私には聞こえなかったのに、どうして貴女には聞こえたの? と判らなくてまた質問する。
 すると彼女は優しく教えてくれた。

 ―――ワタシはシキよりお父さんに近いみたいね。

 そっか。貴女はお父さん似なんだ。私はよく使用人の人達にもお母さんに似ているって言われるから、彼女よりそういう能力が劣るのかもしれない。
 お父さんは強い人で、彼女は強い。なら弱い私に似ているなら……お母さんも弱いのかな?

 ―――違うよ。シキはお母さんの優しいところを継いだんだよ。

 彼女がそう教えてくれる。
 優しい、なんて言われて私は赤くなった。
 嬉しくって、直ぐ顔に出ちゃうタイプの私は真っ赤に染まった。

 みんな と 同じように

 広場には色んな人達が沢山集まっていた。
 知っている人、私のお屋敷の使用人の人達がいる。知らない人、私が一度も会った事のない……鎧や武器を身につけた人達がいる。
 その中に、―――私のお母さんがいた。
 やっと見つけた、って嬉しかった私は『お母さん!』って大声で呼んだ。
 彼女の制止も振り払って。
 お母さんは直ぐ気付いてくれた。気付いて、……すっごくビックリしたような顔をしてみせて……私の所に駆けつけて来てくれて―――

 びしゃり

 真っ赤に踊る、みんなの仲間になった。

 ―――アナタとお揃いだね、って彼女が言う。私を笑わせるように彼女が言う。けれど私は笑わなかった。彼女が笑わせてくれるのは嬉しかったけど、それ以上に悲しかった。
 一面真っ赤に染まっている。私の足下はみんなの赤でいっぱい。
 そして今さっき、お母さんが真っ赤になって……それでも私を抱きしめてくれた。
 だから、私も真っ赤。真っ赤なお母さんに抱き締められたから、私も真っ赤っか。
 やっぱりお母さんは優しいね。
 私はお母さんに似ているって言われてとても嬉しかった。
 そんな私に、彼女はお母さんとお揃いって言ってくれた。
 彼女は、笑って言ってくれた―――。

 暗いし 寒い

 周りはこんなにも真っ赤でとっても明るいのに―――どうして『暗い』んだろう。
 お母さんの赤が私を包み込んでくれるのに―――どうして『寒い』のだろう。
 どうして、―――どうしてだろう。
 其処があまりに寒くって、私は一人泣いちゃいそうだった。

 ―――泣くな。

 お父さんにそう言われた。泣き虫だった私を叱る時、いつもそれから始まる。お父さんは他の人達に比べて話した事が少なかった。私のお父さんなのに、あまり話した思い出が無い。
 けれど最初はその言葉から始まるんだ。
 凄く単純。泣いてるから、泣くな……
 それがお父さんらしくて、数少ない思い出の一つだった。

 ―――泣いていいのよ。

 お母さんにそう言われた。お父さんに叱られた後……涙をずっと我慢してきた私を見て言った台詞。
 お母さんとお父さんはいつも反対。泣くなって言われたら泣いていいって言われて……お父さんは厳しくてお母さんは優しくて……そんなお母さんを私は大好きだった。お父さんも大好きだけど。

 ―――泣いちゃダメ。

 彼女が、そう言った。
 今、そう言った。
 いつも私は彼女に抵抗していた。だから今も私は泣く。
 泣いちゃダメよ、…………もう一度彼女が私を叱る。
 やっぱり彼女はお父さんに似ている。そんな風に私を叱るのも、強いのも、私と正反対のも…………。
 どうして泣いちゃダメなの? 私は無気になって言い返した。

 ―――だって目の前に鬼がいるじゃない。

 ……うん、いるよ。真っ赤でとっても大きな鬼。
 けれどそれがどうして泣いちゃいけないの?

 ―――やられるわ、殺されちゃうのよシキ。

 ……うん、きっとね。お母さんみたいに、真っ赤になっちゃう。
 けれど私はどうしたらいいの?

 ―――戦うの。お父さん達みたいに。じゃないと死んじゃうわ。

 ……うん、そうだよね。みんな死にたくないから戦ったのかな?
 だから、なに?

 ―――なら、戦いなさい。

 ……うん、そう、けれど。

 私、誰も殺したくないから。

 さむい。
 真っ赤な着物が真っ赤に染まって、暖かかったものが冷たくなっていく。
 生きていたものが死んでいく、みたいに。

 つめたい。
 頭から被ったお母さんがどんどん私の身体を冷やしていく。
 このままじゃ凍え死んじゃうんじゃないかってくらいに。
 そうでなくても私は死んじゃうかもしれないのに。

 くらい。
 森の中はずっと暗くて静かで静かすぎて……
 段々と、私の恐怖を取り除いていってくれた。

 あかるい。

 あぁ、あかるい。

 白い光が私を照らす。
 綺麗な光がみんなを照らす。
 その凍った光が、―――彼女を照らす。

 私じゃない 彼女を

 私とは別の 彼女を

 戦うための 彼女 を

 その彼女を照らしているこの光は……なに?
 上を見上げる。黒く、青い空が広がっている。
 その中に、彼女を美しく見せていたライトを見つけた。
 すごくフシギ。
 どうして直ぐに気付かなかったんだろう。
 最初に私を導いてくれた光なのに。
 暗くて、寒くて、赤すぎたから全然気付かなかった。

 今夜はこんなにも―――

 月が
 綺麗

 だ



 /2

 ―――朝。翡翠が来る前に目が覚めてしまった。
 遠野家での生活が慣れてきた証だろうか、朝から秋葉と一緒にお茶を楽しめるまでに成長した。最初の頃は翡翠に起こされて目が覚めて、ボーっとしているうちに朝食の時間が危うくなっていて……秋葉にはずっと迷惑を掛けていたと思う。
 でも秋葉は私よりずっと早起きだから、今の時間も居間にいるんだろう……。
 時計を見る。……まだ翡翠が来る時間には早い。レン(猫)も隣でまるくなって寝ている。来る前に居間に行って二人を脅かしてやろう……と身を起こした。

 ―――シキ。

 声がした。単調で冷たい音…………とは違う、一言一言に暖かみのある声が。

「……え?」

 窓の方を向く。其処……屋根の上に、シオンがいた―――。



 /3

「シオン!? どうしたの……」

 志貴はオレの姿を見るなりベッドから飛び起きて窓を開けた。
 前回……オレが志貴の屋敷を訪ねた時も窓からお邪魔させて貰ったが、……今回は何だか窓から入るのが恥ずかしい。それは窓から入って……志貴に叱られた記憶があるからだ。

「シオン、入って……っ」
「いや、いい。成る可く手短に話す」

 だから志貴は窓を開け部屋の中に誘うが断った。
 ……奥で、志貴のベッドの黒猫が目を光らせた。先程まで眠っていたがオレの気配を読み取ったのか朱い眼で睨みつけてくる。……流石真祖の猫だ。

 志貴は窓から身を乗り出してくる。……いくら彼女が運動神経が良いだろうがオレ達のように飛ぶ事は出来ない。危ないと止めるが、自分の身より人の心配をしてきた。
 ……あぁ、そうだ。志貴は自分の事よりも人を大切にする。優しい、少し優しすぎる女性だ。たとえオレのようなヤツでも……。

 …………いや、今日はそんな事に浸っている暇はない。

「どうしたの、シオン。こんな朝から……急ぎの用?」

 オレらしく簡潔に……彼女に伝えたい事があるんだ。

「タタリを倒した。オレはアトラスに戻る」

 志貴が、固まる。

「…………え?」

 案の定、志貴は理解出来ないと止まってしまった。
 ……もう少し詳しく言った方が良かっただろうか。オレはつい結果を気にしてしまうからややこしい説明より良いと思うのだが……。

「正確にはタタリは死なない。また条件が揃えば現れる吸血鬼だ。一応、この街は安全になった……と伝えたかっただけだ」

 より詳しく、さっきよりは数倍に説明したが、志貴は呆然としている。

「え、……と? シオン……?」
「昨日……代行者と逢っただろう」

 公園にて、たまたま……ワザとかもしれないが代行者と逢い、『シュラインにて現れる』と告げられた。そして昨夜……予定外だったが代行者と、真祖の皇子と共に……。

「……彼女は……もういないの?」
「かのじょ?」

 志貴はどうやら意味が分からなくて呆然……ではないようだ。静かながら何かを考えて、問う。

「その……七夜ちゃん」
「……」

 その名前は―――志貴の本当の名。

 今はもう亡き、志貴の一族の名。
 遠野が軋間と手を組み、十数年前に七夜の森を襲った。その生き残りが……志貴だ。その時の当主であった遠野槙久は自分達を滅ぼす血を利用できないものかと志貴を引き取ったのだが―――志貴の今の表情を見る限りその七夜ではないようだ。
 エーテライトを繋いでおけば一発で判るのかもしれないが……。

 繋いでおけば……
 ……。

 ……やめておこう。彼女の心を読むのは……何だか気が引ける。
 この意味がよく分からないが、これは判らないままにしておいた方が良いようだ。……全てを理解す錬金術師としては失格かもしれないが、例外としておこう。

「私にそっくりの……タタリ」
「……あぁ。だから……」

 だからオレは、否オレ達は、……協力して……其奴を倒したのだ。オレの言葉に続くものが判ったのか、志貴はまた黙り込む。相変わらず、志貴は何を考えているのか……全く読めない。何を起こすか判らない。……ある意味、タタリよりも恐ろしいだろう。

 完全に倒した訳ではないが、今の状態を保ち続けていけるのならきっと―――。

「そうだシオン。……目は……」

 目? 何かおかしいのか……と、窓硝子にうつった自分の顔を覗く。……朱かった。初めて志貴と出逢った時の色ではなかった。

「アルクェイドとの話し合いはいいの? 今なら少しは話を聞いてくれると思うけど―――」

 吸血鬼化を治す方法……志貴にはそんな理由で近づいた。時々それを忘れそうになる。そんな事、復讐が目的だったオレにはとても小さな事だった。真祖に少しでも近づくため……真祖に近い者を捕らえるための、―――嘘。
 確かにアトラスではその研究をしていた。……オレには無関係だったが。吸血鬼化の治療には興味はあった。だが確かではない、治る訳のない治療に首を突っ込める程、オレには心の余裕はなかった。
 三年前、吸血鬼に噛まれ……どうにか人間に戻れる方法は無いのか、探した事もあった。此処に来て、……そんなもの無いのだと気付いた。
 けれど

「いや、一から……アトラスに戻って、治療の研究を進める事にしたんだ」

 オレは吸血鬼のままだけど、この程度の吸血衝動は充分に抑えきれるレベルだ。
 しかし、実際に吸血鬼に噛まれた人間は、吸血鬼になるしか道はない。そうでなければ自分の身を壊していく……そしてまた吸血鬼を増やす。それは『吸血鬼』が存在し続ける限り現れる現象だった。
 しかしそれを止める術があるのは……とても素晴らしい事だと思う。そう、初めてオレの話を聴いた時の彼女はそう思った。研究を続ける事は、オレにとっても、彼女にとっても良い事だと思った。



 何より、ヒトが、…………彼女が喜んでくれることが―――。



「真祖の事……調べるんじゃ……?」
「オレの知識ではまだそんな高等な技術無かった。一度勉強し直して来る。…………真祖の、正しい情報もな」

 その真祖……は、二十メートルほど離れた木の上で待機していた。国に戻る前に志貴に挨拶する―――と言い出した途端ついてきた。
 ちなみにその真祖から更に二十メートルいった所に、代行者がいる。この広い屋敷には色々な香りが漂っているようだ。……おそらく、屋敷の中にいる吸血鬼は感づいているだろう。

「志貴。……キミには迷惑を掛けた。昨日真祖との交渉も……オレの治療も……買った服も」

 此処で学んだ事は大きい。
 ……アトラスに戻り、吸血鬼化の治療の研究をまた進めてみよう。
 アトラスの者と、出来れば協力して―――。

「……うん。おめでとう、シオン」

 志貴が笑う。本当に嬉しそうに、志貴は笑ってくれた。
 その笑顔にオレの口元も自然と緩み……、右手を差し伸べた。

「志貴。別れの前に、……握手をしてくれないか」

 ……オレは、こんなカタチでしか触れることを知らない。もっと他に良い別れが出来るだろうに……こんな堅苦しい、模範的なものでしか表現できなかった。けれど、志貴はそれを受け入れてくれる。

「うん、シオン。頑張ってね……!」

 志貴がオレと手を握る。オレも、ガチガチに固まった指を全力で動かして、―――ぎゅっと、彼女の手を握った。
 いつでも遊びに来てね、とずっと彼女は繰り返す。
 あぁ、やってくる、と芸もなくオレは言い続けた。

「……キミは素晴らしい人間だ。キミがオレの力を必要とした時は、絶対にオレはキミの力になってみせる」
「私も困った時は呼んでねシオン。私で良ければどんな事だってするから!」

 ―――良かった。
 これでオレは落ち着いて一度アトラスに戻れる。
 何も言えず去っていけば、きっと途中でオレは暴走していただろう。
 吸血鬼の身体が……等ではない。己を悔いて悔い尽くして……自らを滅ぼしていたかもしれない。
 まるで麻薬……いや、吸血衝動のように。

「志貴……また、平穏な一日を迎えられる事を祈って」

 別れの時として



 彼女の手の、白い甲に―――



「……あ……っ」

 唇を当てて―――



 ―――オレは去った。

 途端声を殺した叫びが二つ程上がったが気にしない。



 /4

 ―――シオンは、あっさり去っていった。

 時間は……あんまりかかってないと思う。初めてシオンに路地裏につれて行かれた時、……シオンの目的を聞かされたあの時を思い出した。数秒も掛からず自分の事を話しきったシオン。全く、彼らしい別れだった―――。

「……行っちゃったね」

 隣で寝ていたレンに話しかける。シオンがやって来て目が覚めたのか、レンはずっと私達を見ていた。……今も相変わらず鋭い猫目のまま、私を見ている。抱き上げようとベッドに近づくが、ふいっと首を振って、開けた窓から外に出ていってしまった……。レンが去った窓を、……シオンが去って行った窓を見る。

 ―――それにしても、
 吸血鬼は、キスする事が礼儀なのかな―――?

 コンコン―――。
 いつものノックの音がした。

「お嬢様―――」
「おはよう、翡翠」

 それからは、また騒がしい朝が始まる。
 新しい一日が始まる。

 ―――平穏な一日を迎えられる事を祈って

 私は、その声に従って歩き出した。





03.12.28