■ 11章 over ture



 /1

 …………熱い。

 喉が渇く。
 いくら水を飲んでも潤せない渇きだった。その渇きは痛みに変わっていく。どんなに水を浴びても、どんな薬でも治せなかった。

 その痛みの代わりに得た、前とは段違いの身体能力。満たされない欲求が、痛みなんだと思っていた。誰かを求める事がその痛みを抑える事ができると思っていた。

 ……だから、人間である以上はその欲求を止めておかなければならないんだと。
 手にしてしまったらそれは人間ではないんだと。

 ……オレは、ずっと三年前からずっとそんな誘惑に耐えてきた。あの夜、タタリに噛まれた夜から、他人の血が欲しい……そんな欲求に襲われていた。

 ……三年間。長い三年だった。まだ数十年も生きていないオレにとっての三年は大きいものだ。アトラスにも戻れず、協会からも逃げ続けてただヤツを追いかけ続けた三年間。その時間得たものは、―――何だったのだろう。

 オレは人間でありたいから吸わなかった。そしてこれからも人間でありたいと思い続ける。
 けれど、血を吸わない吸血鬼が何処にいる?
 そんなのいる価値が―――

 …………いた。
 血を吸わない吸血鬼が、『彼処』に。



 建築途中の高層ビル―――シュライン。
 タタリの収束場所が何処にあるのか、半ば判っていた。
 今、此処に―――タタリがいる。
 オレの本当の目的は、この身を吸血種へと変貌させたエルトナムを討つ事。たとえ一人でも、タタリを仕留めなければならない。誰かが討たねば誰かが死ぬ。死ぬのはもう過去のあの部隊と……生き残りのオレだけで充分なんだ。

「……」

 全身が凍る。あんなものに太刀打ちできる筈がないのは判っていた。しかも正体が未だ無い相手だ。それに二十七祖の一人でもある。
 ―――数日前、満月の夜、オレはその二十七祖に完全な吸血鬼にされた。

 血を飲めば強い身体を持続させる事が出来る身体になった。
 その時からもう数日たっている。完全の満月はもう過ぎたんだ。今夜の月はどんどん欠けていく月。満月の日の吸血鬼は最強だ。一番力が出る時があの夜。その日から数日経っているのだから……勝てる見込みは…………。

「あ、やっと来たぜ彼奴」
「やぁ、時間を間違えるなんて錬金術師らしくないな」

 無い、と思った時

「もう時間だな。早くしないと『ヤツ』が来るぞ?」
「あ、ホントだ。……もう志貴寝てっかな〜。こんな時間だもんな〜」

 シュライン内の敷地に、足を踏み入れようとした時

「……どうやら君の使い魔と一緒に休んでいるらしいよ」
「んだとー! レンの奴、なんでそんなウラヤマシー事してんだよ! 今度俺も……」

 ビルの入り口には、男が二人いた。

 白い男と、黒の男。
 腕組みをして立っている男と、偽物の笑顔で迎える男。
 吸血鬼と、教会の人間。

「…………は?」

 思わず間抜けな声があがった。……あがらずにはいられなかった。

「そんな間抜けな声出さないでくれよ、シオン・エルトナム・アトラシア。君は協会でもとても優秀で、冷静沈着な錬金術師君なんだろう? もっとビシッと決めなきゃいけないぞ」

 注意された。
 全く関係無い人間に、ご丁寧に注意された……。

「代行者と……真祖の皇子?」
「そうだけど。……なんだよその顔は」

 オレがヒドイ顔をしたらしく、真祖の顔が不機嫌そうなものに変わる。いや、……志貴のいないオレと真祖の間には、こんな感じの空気しか無いのだが。

「……何故、こんな所にいる?」
「多分君と同じ目的だと思うな」

 ……同じ?
 オレの目的は……タタリの討伐。代行者と真祖の皇子が、それと同じなんて―――。

「…………あぁ」

 やっと納得した。オレとした事が時間を掛けて考え込んでしまった。何もおかしい所は無い。オレのような私情の事ではない。二人は仕事をするだけだ。
 吸血鬼狩りの二人。死徒を狩る処刑人と教会と立場は違えど、吸血鬼を処理する者。
 新たな吸血鬼が現れれば狙う―――当然だった。
 今、この町に現れる吸血鬼―――それは奴と、オレだ。

「オレは……貴様達に狩られる訳にはいかない」

 奴等の狙いが吸血鬼討伐なら、オレもそのリストに入っている。それに代行者は協会からオレの捕獲依頼で襲ってきた事もあった。
 ―――朱い目を揺らす。吸血鬼になってしまった朱の目は、これまでとは違った強さを持っていた。他人の動きをより早く読み取る事ができるようになり、遠く離れた他人をより良く捉える事ができる―――それが『段違いの身体能力』だった。
 ―――真祖は同じ目をしていた。

「……君は相手はまだだ。今はタタリを討つ事を考えよう」
「……なに?」
「今、ココで喧嘩するのはヤバイだろ。ヤツが来るぜ?」

 オレが銃を取り出しても、ありったけの殺意を奴等に送っても二人とも応じようとはしなかった。

「おぃ、早く行こうぜ。あっちから来られたらたまったもんじゃねーぞ」
「あぁ、そうだな」

 真祖の皇子と代行者が歩き出す。
 オレに、背後を見せながらシュラインへ―――。

「ちょ、ちょっと待て……!」

 思い出そう。オレは代行者に襲われた事がある。志貴を誘拐した時に路地裏で。
 もう一つ。オレは真祖の皇子を襲った事がある。志貴と真祖に逢うため公園に出た夜に。殺意の込められた目で見られた事は何度もある。そう、何度も。

『次あった時は殺し合いだ』
 ―――そんなメッセージの目を幾度も。

「……キミもちゃんと時計を持った方がいいと思うよ? そろそろ日付が変わる……その時ヤツが来るさ」
「メンドーな所に現れてくれるよな。俺ならちゃちゃっと飛べるけど、お前はそんな事できないんだろ、魔術師? だから人間らしく上っていこうぜ」

 ……。
 なんで、そんな、友好的なんだ?
 それは、まさか……。

「まだ解らないの?」

 代行者が問う。

「少しの間、協力してタタリをやっつけたっていいじゃないか」

 ……有り得ない事を付け足して。

「あぁ、三人共『血を吸わない吸血鬼』同士、頑張ろうじゃないか―――」

 相手は埋葬機関の七番目の、あのシエル。
 もう一人は、吸血鬼の頭であり処刑人のアルクェイド・ブリュンスタッド。
 そしてオレは……協会でも吸血鬼でも当てはまり、当てはまらない者だ。
 三人が三人共、敵同士だった。第一、真祖と代行者が並んで歩く事自体おかしいのだが…………。

「まっ、別に俺一人であの偽モンなんか倒せるんだけどよ。なんか先にメガネが待ってたからしょーがなく、なっ」
「……何がしょうがなくだ。僕は一人でも行ける。だがヤツは『現象』になろうとした者だ。きっと彼女の直死でも倒せない敵だ。利用できる力は最大限使うべきだろう」
「ケッ、貧乏性だよな、お前は。……給料少なくてカワイソーだな」
「紙幣を複製するような男に言われたくないね。それでも君、皇族なんだからそれ相当の言葉遣いを使ってみたらどうだぃ?」
「貴様なんぞに俺の美トークを訊かせるなんて勿体なさすぎだぜ」

 ……何で。
 何で天下の真祖様と教会の悪魔が、こんな情けなくて幼稚な会話をしているのだろう。この二人は、ある筋のテキストで注意すべき最凶人物に載っているような奴らだぞ?
 そんな二人に挟まれて歩くオレもどうかと思うが……
 ……そんな二人と共に暮らす彼女もどうかと思うが…………。

「俺を使うとか言ってるけど、実はお前怖いんだろ、メガネ?」
「奴は二十七祖だ。それなりの力は用意しておかなければならない。念には念を入れて相手をしてやるのが礼儀だと思っているからね。只真っ正面から突っ掛かるようなどっかの莫迦とは違うんだよ」
「ハハ、誰だよ其奴。そんな莫迦、俺以外にいないっての!」
「…………」

 多分、エーテライトを付けたとしても二人の中は判らないと思う。この二人の行動はどんな方法を駆使しても予測する事は出来ない。
 何せ、何度も言うが『真祖の皇子』と『代行者』なのだ。オレから言わせれば二十七祖と同じような連中なのだ―――。

「あ、魔術師」

 いきなり、真祖の皇子がオレを呼ぶ。

「一応キョーリョクはしてやるけど、お前を護るとかそーゆーのは約束できねぇからな」
「―――僕も、その辺は出来ないね。でも死んだらそれなりに供養はしてあげるよ」

 ……。
 二人は、笑っていた。
 公園、多くの者達が笑い合い、話し合っている姿を見た。
 その中にいるような二人の表情。
 暗闇に居ても震える事のない彼らの自信。
 ―――オレは、シュラインに向かう前に凍え死にそうなくらい、不安だったのに。その不安に押し潰されそうで、何度も諦めて――になってしまえと考えてしまったのに。
 彼らは元から『闇』に生きる者だからだろうか。
 ……昼の、光の世界と同じように今を輝いていた。

 ―――いいや、光の世界『より』も、この世界の方がもっと輝きを増している目だ―――。

 彼らは強い。
 タタリを倒す可能性がある。
 彼らといれば、……彼らと協力していれば可能性が高まる。
 そうすればタタリは消える。……この町は、消えない。
 ……オレがわざわざこの町に来て、タタリを倒す必要もない。

 ……オレのいる、必要は、ない……。

「―――魔術師。志貴がどー思ってんのか知らねぇけど、自分の身体は自分で守れよ」
「……何故だ?」

 真祖は、確かに前に『相手を衛る事に興味はない』と断言した。なのに今度は、気遣うような口振りをする。

「志貴が心配してたからだ」

 ……。

「おぃお前。だから志貴の名前言う度に反応するのヤメろよ。……すげぇムカつく」

 ……そんなに反応しただろうか。少し驚いただけだ―――まるで人間のような顔をする真祖に、全く今更だが。

「アルクェイド・ブリュンスタッド。彼に志貴ちゃんの名前を聞かせるのは逆効果だと思うぞ。その名前は彼の弱点でもあるからな」
「……貴様も同じだろう」
「あぁ、そうだ。でも私情と仕事は混ぜない主義でね。君よりは有能だと思うよ」

 ……。
 やはり此奴等は、噂通りの此奴等だ。

「……自分を衛る、そんな事は当然だ。相手より自分の身を優先する」

 オレが落ち着いた口調で断言してせる……と、真祖も後に続いて言った。

「あいよ。俺も自分第一にやるからな」
「…………隙さえあれば貴様も討つさ。アルクェイド・ブリュンスタッド」

 そして、なにをぉーっ、と真祖は代行者にうって掛かる。
 また、同じようなリズムの無駄話をする。
 そのままオレ達はビルの中へ入っていった。―――非常に軽い足取りで。

「シュラインの、中へ」

 もう震えが止まっていた。



 /2

 ―――エレベーターが上がっていく。建築途中のビルは電源は生きていなかった。それなのでオレが少し機械をいじる―――と何とか動くようになった。

「そこらへん、便利だよな、お前のその機械」

 真祖の皇子がオレの腕輪を見る。……エーテライト。他者の情報を読み取る力を持つ、未来を予測出来るものだ。考えを読む事が出来る。だから記憶を読み返す事も出来るのだ。……何処かにいれた機械の記憶を引っ張り出した。それだけだがオレにしか使えないオレの武器だ。
 エレベーターが動き、三人で上を目指す。見た目も、人の口からも『高層ビル』だけあってエレベーターの時間は長かった。
 上へと向かう、機械の音だけがエレベーターの世界を気付く。
 階数を表す番号だけに釘居る。すると、真祖がまた話を始めた。どうやらあの二人の中で話を持ちかけるのは真祖の方のようだ。

「やっぱり出てくるのは志貴なのかなー」
「あぁ、彼女だろうね」
「……やりにくいな。志貴をやるようなもんだもんな……」
「―――彼女ではないだろう。奴はタタリだ。似ているがよく見れば別物だ」

 彼女と見間違う事もあるかもしれない。しかしタタリの彼女はメガネもしていないし、髪も束ねていない。
 ……それが気に掛かっていた。何故真の『遠野志貴』と違うのだろうか。噂からくる、オリジナルと全く同じもののコピー。ならば彼女のようにメガネを掛けたカタチでいいのではないか。そうであってはならない理由なんてあるのだろうか。あれでは、まるっきり彼女だと言えないのではないか……

「……でもやりにくいね、とっても。……それでもやるしかないんだろうけど」

 代行者の言うとおりだった。奴である限りやるしかない。けれどやりにくいのも正解だった。

「……そうだ、君達にも教えておこうかな」

 それで話は終わる筈だった。が今度は代行者が話を繰り出す。

「志貴ちゃんのコピーじゃないけど、志貴ちゃんのような奴がいる」
「は? それをこれから倒しに行くんだろ」

 真祖と全く同じ事をオレは言いそうになった。が代行者は首を横に振る。

「僕は最初、全部タタリのことかと思っていたけど―――そうじゃない。この三咲町のタタリが現れる前から、直死は存在していた」

 直死…………?
 それは確か、志貴の力だ。志貴は幼い頃、ある事故がキッカケで『直死の魔眼』というものを手に入れた。それは志貴のデータを得る時に学んだ事だ。志貴の眼鏡はその直死を消す事が出来る特殊な物だ。―――なんとあの蒼崎が創った物だと言う。どこまで本当かどうかは定かではないが。

「直死がいるって事だよ―――志貴ちゃん以外に。そして、タタリとは別に」
「っ…………」

 ……よく解らない話だ。多分、これは代行者と真祖の皇子の話なのだろう。この話でオレの出番は無いようだ。
 黙って、最上階の番号が出るのを待った―――。

 ―――高い機械音が鳴り響く。最上階に着いて、作りかけのエレベーターの扉を開かせる。
 ……開いた途端、涼しい風が襲う。最上階、空に近い場所の風は、ひどく冷たいものだった。無人の廃墟というのがその冷たさをより一層強くしているのかもしれない。

「…………」

 月と星の明かり。それだけがこの庭園を照らしていた。
 無人でも、人工的な明かりが無くてもそれだけで見通せる。無人の空間を見渡す。

「―――いたな」

 真祖が、呟いた。



 居る訳の無い、彼女の姿。



「…………」

 だけどあの姿はやはりおかしい。長い髪が風によって大きく靡いている。黒い髪が揺れてとても美しい。オレとしてみえば歩くのに邪魔じゃないかとか効率的な事を考えてしまうが、つい見取れてしまうような黒髪だ。黒い無人の世界によくあっている。
 ……だけど、本物彼女はそんな世界は合わない。彼女は、平和な世界で平和の笑みを浮かべるべき人物だ。こんな所にいてはいけないし、いる訳が無い―――。

「……ワラキアの、夜」

 ドクン、と心音が跳ね上がる。
 はち切れそうな緊張感が戻ってきた。
 オレの『親』がいる。
 オレの支配権は奴にある。
 オレは、どう足掻いても奴には勝てない、そんな事実を思い出してしまった……。

「零時を待たずにタタリに成りかけているのか……満月でもないのに、流石だな」

 あの姿を見据えて、真祖が笑った。下の階で代行者を茶化すような笑みではない。もう、別物だった。―――オレが知る、伝説の悪魔のようだった。

 彼女の足が前を行く。
 ビルの下を覗いていた彼女がこちらにやってくる。
 見えなかった所まで見えてきた。
 彼女の身体がはっきり見える。
 身体のラインも、小さな顔も細そうな腕も白い肌も。
 長い髪を掻き分ける姿も。

「…………っ」

 でも、その姿には違和感がある。彼女は―――あんなに邪悪に笑わない。

「―――しっかり立つんだ、シオン・エルトナム・アトラシア。目の前に敵がいるんだぞ」
「そんな事判っている……!」

 ……代行者に叱咤された。
 確かに、……オレは『アレ』を見て焦ったからだ。半分は奴がオレの『親』である事の恐怖。奴が少し指を動かせばオレを操る事だって出来る。その恐怖が大きくなったからだ。
 ……でも、もう半分は彼女である事の恐怖だ。
 何も知らなければ他人としてヤツを殺せる事だって出来るのに……。
 何も知らない他人ならば…………

 それは、違う話でも

「……」
「―――無粋な」

 知らない誰かならば人を殺せる話しのような言い方だ。
 違う。それは違う。
 誰であったとしても殺してはいけない。
 殺してしまえば……普通の人間ではない。

 誰も知らなければ血が吸えるように―――
 それは、全然違う話なのに
 少しフレーズが似ているから、全く同じに考えてしまった。

 ―――アレから発せられた第一の声は、『彼女』から発せられたのに凛々しい男声だった。無に響く声。その声はオレの記憶の中だけの声だった。
 誰かのもの。誰かの、男の声。

「おぃ、テメェ。いつまで黙ってんだよ。来てやったんだから挨拶ぐらいしろよ」
「やはり志貴ちゃんじゃないんだね。―――変な格好してないで、さっさと自分の身体に成れ」
「……なんかそれ、志貴が『変な格好』みたいだな。……今度志貴にチクってやろーっと」
「―――黙れ其処」

 ……真祖と代行者の言い争いは置いといて。オレは一段と高ぶった衝動を押さえつけ、銃を構えた。とりあえず武器を持つ事が、緊張を解きほぐすものになる。

「…………ふぅ」

 彼女が、溜息をついた。その声はまさしく―――彼女のものだった。顔付きも、その疲れた顔色も全て彼女と一緒だった。―――タタリが、ワラキアからシキに変わったのだ。

「……おぃ、その姿はヤメろって言ってるだろ」

 彼女の声を聴いて、真祖の声が一段と低くなる。

「折角アルクェイドの好きな姿で出てきたんだから、少しは歓迎してくれたっていいじゃない。ねぇ?」

 彼女の声がシュライン最上階に響く。一斉に、敵へと睨みつけた。

「―――君が、ワラキアの夜か」

 しゃらん―――と、代行者は鋭い刃物の音を発した。代行者はここでタタリを見るのが初めてだろう。……本当に本物そっくりな彼女を凝視する。

「初めまして、先輩。でも来るの早いですよ。まだ舞台は準備中なんです」

 ……初めまして、そう言われて代行者は苦笑いをした。
 ……あまり、機嫌の良くないような笑い方で。

「シオンも『あの夜』から全然成長してないみたいね。折角吸血鬼として解放してやったのに、まだ一人も食べてないの?」
「っ…………!」

 一瞬、視界が白くなった。
 鼓動が、一気に早まる。
 何をしたのか解らない。けど、アレの声を聴く度に頭がおかしくなる―――。

 声が男声だろうと女声だろうと、彼女の声をしていようがヤツから発せられた『音』はオレを苦しめる。
 ほんの一瞬の会話で、奴はオレを苦しめる何かをしたらしい。
 笑って、オレの身体で遊ぶかのように―――。

「……魔術師、アイツと戦えねぇんだったらどっか行ってろ」
「…………僕も同じ意見だ。決着をつけるのなら躊躇はするんじゃない」
「……平気だっ!」

 真祖と代行者の意見は尤もだ。オレがヤツの子で、ヤツがオレの親である以上、支配権は彼方側が持っているのだから敵いっこないのだから。

 ―――ならば、完全に支配される前にワラキアを倒せばいいのだ。

「…………」
「おぃ、始めないんだったら俺……」
「……ワラキア。貴様に訊かねばならない事がある」

 真祖の言葉を遮って、彼女の姿の奴に話しかける。

「なに? アナタは一応私の子供なんだから、訊いてあげるわ」
「……三年前。何故、お前は…………」

 ―――何故、俺を生かした?

 他の者は皆殺して、一人ヒトを生かしたのは何か意味があるのか。
 あの時、ワラキアがオレを生かす理由があっただろうか?
 ワラキアは一夜しか現れない死徒だ。手足となる死徒は必要無い。
 ワラキアの夜にとって、下僕は無意味だ。
 死徒にもなって無意味なオレは、何故―――。

 彼女はオレの声を聴きながら嗤う。
 そして、―――卑劣な言葉を口にする。

「―――悪いが魔術師。俺もう我慢できねーわ」
「―――あぁ、ごめんね。流石の僕も真祖の皇子と同じ気持ちだ」

 オレが完全に質問を言い切る前に、……いや、オレがタタリに問うのを躊躇っていた時に、真祖と代行者は動き出した。
 もうそれで終わりだ。オレとタタリの話はもうこれから出来なくなるだろう。

 答えを曖昧にしたまま終わるのも、それはそれでいいかもしれない。
 何せ、自分は三年掛かっても『答え』が出なかった男なのだから。

 これで終わるというのなら、直ぐにでも終わらせてほしいと二人の動きを見ていた。





「Sosei」続く