■ 8章 Freaks Channel
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―――お話は、少し飛びます。
満月の夜から、少し前のお話に―――。
一つ、狭い部屋がある。その小さなアパートに、一風も二風も三風も変わった男が住んでいた。
男は眠っていた。すると、ぴんぽーん、と壊れかけの小さな音が彼を起こした。
しかし彼は起きない。部屋の鍵は閉めてあった。そして、勝手に鍵が開けられる―――
「こんばんは。上がるねー」
―――当たり前のように合い鍵を使って、ある女性が部屋に上がり込んだ。
女性は笑顔のまま、男の部屋に入ってくる。男は黙って、寝ながら女性を迎える。
「あのね、今さっき高校の後輩に会っちゃった。滅多に商店街の方来ない子なんだけど、今日はちょっと用があったんだって。可愛い男の子連れててね、手を繋いで帰ってたの。その時会っちゃった。可愛い黒のコートの男の子。弟くんかな……? でも確か志貴ちゃんの弟って高校生だったから違うと思うけど」
眼鏡の女性は笑顔で話を続けている。が、男は一向に口を開けようとしない。寧ろ女性の顔さえ見ない。耳は付いているから話を聞いてはいるだろうが、加わろうとはしなかった。
話し続ける女性を無視して欠伸をする。眠そうな顔で横たわっていた。右腕を枕にして、散らかった部屋でボーっと、だらしなく。
「もう、話聞いてる? せっかく綺麗な顔してるんだからもっとキメた方が得だよ。はぃタオル」
バサッとタオルを寝ている男の顔の上に置いた。
部屋の掃除は数日はしていない、即席で作ったような床で着物の男は寝ていた。着物というよりは、青い布を巻いているだけなような格好だったが。
カーペットが敷いてあるだけの床に、いつも外で着ている赤いジャンパーを布団代わりに男は寝ていた。
「志貴ちゃんは確か私達より――歳年下だったから多分二年生。同じ学校だよ、見た事あるんじゃないの?」
「―――知らん」
小さい声で、やっと男が返答した。女性は男の横に座る。
「うん、そうだよね。最近ずっと学校行ってないんだっけ。ダメだよ、成績はともかくちゃんと出席日数確保してなきゃ大学進学できないぞーっ」
女性が面白可笑しく言ってみたが、……無言で構わないと男は言った。女性の口はまだ止まらない。
「そのコ、志貴ちゃんっていうの。遠野志貴ちゃん。凄く可愛い子なんだよースタイルもいいしね、大人しい子で学校でも多分人気者なんじゃないかなぁ。……あ、さっきアイス買ってきたんだった。早く入れなきゃ溶けちゃうね」
座った次には立ち上がって、冷蔵庫にストロベリーのアイスクリームを入れた。
「―――シキ」
忙しく動く彼女に背を向けて、男は呟いた。
「うん、やっぱ知ってた?」
「―――知らん」
また同じ音を繰り返す。
でも男が少しでも反応してくれたのが嬉しくて、女性は微笑んだ。
それも構わず男はまた欠伸をする。
「…………ねぇ、もしかして眠いの?」
「あぁ」
即答。
「……もしかして、私が来たから起きちゃったとか?」
「あぁ」
「もう、冷たいなぁ……それなら私、帰ろっかなぁ……」
女性は声のトーンを落として言ってみた。本当に、切なげに、悲しそうに……。
すると男は、
「―――もう泊まってけ。そろそろ暗くなる」
と、―――付き合ってるつもりの女性には嬉しい言葉を言ってくれた。
「本当っ!? じゃあお夕飯作るけど何がいい? 今直ぐ材料買ってくるから!」
「別にいい。……それに、もう出るな。暗くなるって言ってるだろ」
冷たく言い放つ。
すると女性はしゅんと犬耳を垂らした。
勿論犬耳なんて生えてはいないが、イメージ的に。しかも黒縁の大きめな眼鏡の下は、本当に涙ぐんでいた。
……そんな女性に男は起きあがった。ボサボサに切った長い髪を掻き分けながら、はぁ、とため息をつく。
女なら男に、男なら女に見える中性的な美しい顔。
地の鋭い目が女性を捕らえた。睨んでいるのではなく、女性を慰めるため見つめ合う。
「―――最近は変な奴等がここら辺を彷徨いてる。毎晩ソイツら追いかけてるから眠いんだよ」
「また、変な事に首突っ込んでるの?」
「だから寝る。10時くらいになったら起こしてくれ。―――それと幹(ミキ)。晩飯の材料は買ってある。それで作ってくれ。危ないから出るなよ」
/2
―――目を開けると、明るい色の天井が見えた。
白いベット。最近は寝床もゴツゴツしていて休めていなかった。久々に身体を休めていた。
白い部屋。家具は置いていない。逆にそれが目に優しい。
白い空気。暖かくて落ち着……。
「グッ……!」
……唸る。意識が完全に覚醒した時、全てが戻ってきた。
痛覚。眠っていた時は何も感じなかったのに指先を動かした途端ヤツはやってきた。
痛い所は―――指、腕、肩、胸、腹、足、頭、心。
……まぁ、とにかく全身が痛いんだ。
手で抑えられる所は抑えた。抑える手は余計に痛がったが我慢して抑えた。
でも、手は手で抑える事が出来ない。何より一番傷ついている最後の器官は抑える手段が無い。仕方なく声を出して其処で喚いた。
―――そういえば、オレ、服着てねぇじゃないか……。
うわ、誰に脱がされてんだよ。あの服気に入ってたんだけどなぁ、どうせならクリーニング出してくれっかな。っていうか下まで脱がす必要あるかぁ?
……この際、口調がいつものに戻ってるのは気にしない―――。
―――戻そう。
一体、オレの所有物は何処に行ってしまったのか。次から次へと疑問がわいて出てくる。冷静さが戻ってきた証拠だ。そして何故オレはベットで寝ているのか、何より此処は何処なのか。
オレは、誰なのか。
……。
「しおん、えると、なむ、あとらし、……あ」
付けられた名前を言ってみた。
協会での余計な物が付いている気がするが、自分を意味する言葉である。
良かった、記憶喪失じゃない。判らない事が沢山あるが、まぁ大丈夫だ。
「誰かいないのか―――」
声を出してみた。……一室には自分以外の生き物はいない。
カタ……と物音が別の部屋の方からした。誰かが動いた音。そして続く、近づいてくる音。
しかし来たのは、―――1匹の犬だった。
「……は?」
あまり動かない首を傾げる。繋がっている部屋(ということはそんなに広い場所ではないらしい)の方から、四足歩行の動物がやってきた。
それは、黒い犬。黒くて、赤い眼をした犬。
「何でこんな所に犬が…………犬!?」
四本足で耳が生えててしっかりした肉体に『ぐるるる……』という声の動物。遠目でただの黒い犬だと思ったがどうだろうか、あれは……オオカミじゃないか!
「武器っ……銃っ……クソっ無いか!」
重い身体を動かせて周りに武器が無いか探した。
見事なまでに家具の無い白い部屋。あるのは白いベットと自分と犬と見せかけた(?)オオカミ。
唯一、……エーテライトの腕輪が付けられたままだったのに気付いた。コレは自分にしか外せない。全てを奪われてもコレだけは手元に置ける強烈な武器だ。糸一本だが犬(じゃなくてオオカミ)一匹ぐらいは撃退するぐらいはできる……っ
……が、
「クールトー君! そっち行っちゃダメだってば……まだシオンは寝てるんだから……」
と、今度聞き覚えのある声が、奥の部屋の方からしてきた。
その声に犬(だからオオカミだって)は声がした方の部屋へと消えていく。
……そうか、オオカミはペットだったのか……? というより、……朱い目に黒い獣……それだけで嫌な予感はした。
「あ、シオン! 起きたんだ……!」
奥の部屋から、エプロン姿の彼女が出てきた。これで何も無かった白い空間に違う空気が流れる。
「志貴……」
……ようやくホッとする。此処は、安心出来る場所なんだと確認できた―――。
―――此処は、真祖の皇子アルクェイド・ブリュンスタッドの部屋らしい。
白の王である彼らしく、部屋は白一色だ。よくよく見れば……壁紙はピンクに近かった。女性と風水的には嫌われないとどこかで読んだ記憶がある。
だからか、黒い獣がヤケに目立って見えたのは……。
「志貴。あの黒い獣は何なんだ?」
「クロ……って、ワンちゃんの事?」
……オオカミじゃなかったのか、アレは。
「クールトー君ていうの。お隣さんのワンちゃんなんだけど、時々アルクェイドの所にも遊びに来るんだって」
「お隣さん……」
……何だろう、それを聞いた途端寒気がした。そして、……壁で見えない筈の隣の部屋が、黒いオーラで覆われていた事に気付いた。
「男の人が二人暮らしてるんだけど、……多分名前は聞かない方がいいと思うよ。ビックリするから」
「あぁ……そうする」
彼女は笑って言う。何となく、ヤバイ人なんだという事は判った……。
「……でも、その様子だと大丈夫みたいだね。身体の方」
「……」
ホッと胸を撫で下ろす志貴。……幸い、彼女の前でまで喚いている程苦しくはなかった。
「ここまで運んできてくれたのはアルクェイドだから、ちゃんとお礼言ってね。じゃないと直ぐ拗ねちゃうから」
「……」
……即座に志貴が真祖の皇子に命令する図が頭に映し出された。真祖の皇子と志貴はそういう間柄である。
―――真祖と死徒。なのに、どうして下僕の方が主に命令出来るのか。……謎だ。
「うぉーい! 志貴ぃ〜っ、たっだいまー」
誰かが部屋に入ってくる。『ただいま』と言っているのだから―――この部屋の主であろう。直ぐに判断できなかったのは、ごく普通の男のような気の抜けた声をしていたからだ。仮にも―――いや、正真正銘奴は『真祖の皇子』だというのに。
「なぁなぁ、おかえりのキスはー?」
「おつかいご苦労様。直ぐに夜食作るからね」
……何でこんな、見ていて寒くなる会話をするのだろうか。
「別にいーじゃねーか、キスの一つくらい……結構憧れてたんだぞ。旦那が『ただいま』って言ったら『おかえり』って奥さんが言ってヤってくれるってヤツ!」
「まぁた変な知識入れて……シオン看ていて。直ぐに作ってくるから」
「……なんで俺が」
「いいの! シオンも話したがってるからお話してあげて!」
……別にオレは話す事なんてないんだが。まぁさっき彼女が言ってた『お礼』は言わなければいけないことだろうが……。
二人の隣の空間での会話が終わり、志貴がうるさく作業を始める。
そして、真祖の皇子が相変わらず不機嫌そうな表情を見せてきた。
「よぉ、魔術師」
ベッドの隣に胡座をかいて座る。オレは起きあがる気力が無いので、寝たままで許して貰った。
「……何か、俺に言う事あったんだよな?」
……直ぐにでも用件を終えてしまいたい、そんな気持ちがハッキリと見える。
勿論オレも、真祖の皇子と合向かいになるのは出来れば遠慮したかった。
……不運にも動けない所をつかれてしまったが。
志貴は、礼を言えと言った。助けてくれて、休める場所を提供してくれて、その事に感謝しろと。
……でも、オレから助けてくれとは、休ませてくれとは言っていない。
勝手に志貴が頼み込んだ事なのだ。何故それに付き合わなければならないのか。…………なんて考える。
「―――有り難う御座います」
「あ? 別に俺に言われてもなー……そういう事は志貴に言えよ。俺、志貴の命令に従っただけだし」
……。
「――――――しかし、何故助けた」
「あー?」
やめておけばいいのに、口が止まらない。
真祖の怒りを買うように、口が勝手に動いている……。
「……志貴はどうオレを見ているかは知らないが、真祖の皇子である貴男は判っている筈だ。オレの中に、……タタリの意思が蠢いている事を」
……このくらいの身体の傷は直ぐに治る。だがもう、大事な物が一生治る事がなくなってしまった。
―――タタリである女性が笑った瞬間聴こえた、世界が切れる音。
視界が真白になり、真黒の世界の落ちていった感覚。
……想い出す。生きた心地がしない。
それは当たり前で、オレはもう―――完全に死徒になったのだから。
半人前の吸血鬼だから回復が臨めた。だが、……こんなにも求める気持ちが大きくなってしまっては、元に戻る事など不可能……
「―――貴様は、タタリだと言うのか」
真祖が声を掛けてくる。
真祖の眼を見た。
……朱い眼。きっと今の自分も同じ色をしている筈。……忌々しい朱色に染まった眼になっているというのだ。
「その通り……」
「じゃあ聞くけど、―――貴様は、ズェピア・エルトナム・オベローンなのか」
……。
「姉貴に力を分けて貰った、あの男自身か?」
…………。
「……違う。あんな男と一緒にするな……」
「だろうな。奴と同じじゃないのは判ってる。……あんまり悩み込むなよ。ハゲるぞ」
「だが! オレと奴とは違う……が、オレは吸血鬼なんだ! 辛いんだ……こうしているのも辛い。見るのも、堪えるのも、話すのも、―――彼女と、……志貴と普通に話す事も……、もう完璧な吸血鬼になってしまった。その証拠に―――欲しいと思っている。志貴……が……」
「―――」
朱い真祖の眼が揺れる。
「……だけど、それは嫌だ。―――厭なんだ。……だから、早く、殺してほしい―――」
でないと、オレは、……。
昨日の夜。不完全な月の下で、真祖の皇子にやられておけばよかったかもしれない。
「―――ふざけるなよ、お前」
真祖の声が変わる。
『貴様』から『お前』に。微妙な変化だが、……彼の『姉』の事を語った時とは違う。
「俺は襲ってきたお前を倒しただけだ。大人しくなったなら、それ以上やるつもりはねぇ」
「……莫迦な、腐りかけの死徒が目の前にいるのだぞ……。トドメくらい刺してくれ。でないと、……オレはタタリだけでなく真祖にまで情を売られたというのか!? わかっているだろう、この程度の傷などすぐに回復することを。……死徒を生み出した貴様なら!」
「―――」
「早く殺せ! 身体が動くようになれば、ヒトを襲う…………!」
「―――うるせぇな。俺は、志貴が嫌がる事はしたくねぇだけだよ」
「は……?」
「自分の都合のいい所ばっか言いやがって、コノヤロウぉ……俺は志貴に逆らえないんだぞ」
「な、に?」
何を言ってる。
志貴は、―――真祖の死徒なのに。
オレがタタリを攻撃出来なかったように、彼女も真祖の命令には…………のに。
「お前、絶対勘違いしてる」
立ち上がって横たわるオレを見おろす。
……トドメを刺される心の準備なら、とうに出来ている。
なのに、真祖は手を挙げない。
ただ朱い眼をこちらに向けるのみ―――。
「お前が欲しがってるのはヒトの……違うな、志貴の何だ?」
「な、に……?」
吸血鬼が少女から奪うモノは―――
「血…………」
「違う。お前が志貴から欲しいモノ、だ」
オレが、志貴から欲しいものは……
は、
わ、わ………………。
……。
「―――ほら、『血』は欲しくねぇんだろ。じゃあお前は吸血鬼じゃないんだよ。親が『ワラキアの夜』、そいつは『吸血鬼』、吸血鬼は『血を吸う』、血を吸う欲求と純粋な欲求がゴッチャになったんだな。言っておくけど血を欲しがらない死徒ってのは聞いた事ないな。俺みたいな真祖は飲まなくて済むけど、死徒はそうはいかない。……ったく、なんつー迷惑な親子だか。お前らは」
……。
『奴』とオレを親子などと呼んだ……普段なら誰も許さない文句なのだが、今ばかりは反論出来ない。それ以上のショックが襲ってきている。
オレは、確かに、―――彼女が欲しいと思った。
しかしそれは、―――彼女の『血』ではない。
「わ……」
「それでも死にたいっつーのだったらかかって来いよ。お前の気がすむまで相手してやる」
「でもな―――」
「志貴は俺のもんなんだからな、手ぇ出してきたら絶対ブッ殺す―――!!」
「な―――」
……真祖の情報は何度も訂正した筈だ。何度情報を描き直しても描き直しても……終わらない。真祖は、理解出来なイコトバカリイウ……。
「な、な、なな…………」
が、それに驚いたのは―――後ろの志貴だっただろう。
「ん、志貴」
トレーに作ったスパゲッティを乗せて、真祖の後ろに立っていった。
「ななな、何バカ言ってるのよ―――!!!」
「な、何でそこで怒るんだよぉ……別に俺バカな事なんて一言も…………」
「言った! 変な事ばっか!! ……もぅアルクェイドの分、ニンニク山盛りにしてやる〜っっ!!!」
「ああああぁぁ!! やめてください志貴さんんんんん!!!」
……。
目眩がして来た。
目の前の『あの』真祖が涙ぐむ姿。
彼女の幸せそうな顔。
ニンニクの匂い。
騒がしい部屋。
……何故だか、口元が歪んだ。
―――ぴんぽーん。
チャイムの音。その音が試合終了のゴングとなった。
「ほら! お客様が来た! 早く行ってあげてアルクェイド!!」
「何で志貴、そんなに俺扱い酷いんだよー……」
「酷いも何も、貴男の部屋を訪ねてきた人を私が迎えても意味ないでしょ」
むぅ〜と猫耳と口を尖らせた真祖の皇子がこの場を去っていく。
この部屋の玄関口へ、突如やってきた客人を迎えに。
「えっと……シオンはニンニク大丈夫?」
「あぁ、……大好物だ」
この匂いに心躍る。それだけで、―――やっぱり俺は『一人前』では無い事が確認出来た。
「この後は……そう、アルクェイドに協力してもらうんだったね。血を採るって事はやっぱり注射だよね……?」
志貴が顔を歪めた。どうやら針が苦手らしい。
「あと、何だっけ……血と一緒に採る物だから……汗?」
「違う」
志貴の作ってくれたスパゲッティを食しながら、今後の事を考えていた。
……吸血鬼化の治療、そんな物はどうでもよかった。
単にオレはタタリを追う理由が欲しかっただけだった。志貴を取り込む言い訳を作りたかっただけだった。
確かにアトラスで研究をしていた頃は真剣にそれを学んでいたかもしれない。だがこの三年間は、ただ『奴』を追っていただけだった。
「……そうだ、採って終わりじゃないんだよね。吸血鬼化の研究、大変そうだけど…………」
……志貴の考えている事とオレの目的は違う。あからさまに違っている。
しかし、―――自我を保てる間、それに専念してみるのも……いいかもしれない。それもいいなと思いだした。自分にしては、非常に前向きな発想である。
「頑張ってね」
……この笑顔に後押しされた。
しかし、やらなければならない事がある。
―――タタリの消滅という、復讐が。
「……」
『遠野志貴』と化したタタリ。
黒い少女の姿をした悪魔。
「……あの子、七夜ちゃんだっけ……確か」
……どうして敵対する奴に『ちゃん付け』出来るのだろう。
「凄く美人だったね」
「……キミと同じ姿をしていたが?」
「私はあんなに綺麗じゃないよ。髪の毛とかさらさらで凄く素敵だったな……」
「まぁ、髪をほどくほどかないで印象は変わるからな……眼鏡を付ける付けないなんか特にだ」
どこかズレた会話。
志貴と楽しむ会話。
どんなに内容がバカげた事でも、―――充実している。
「そうなの? じゃあ……眼鏡は取るれないけど、リボンほどいてみよっか」
腰まで付いている長い髪。彼女は白いリボンをほどいた。
風の無い白い部屋に舞った。
いつぞやの本で読んだ。長い髪で優しい目の女性は、おしとやかで母性的な女神のイメージがある。
……それに一瞬見取れてしまった。
「……シオン、どうしたの?」
志貴が顔の前で手を振っているのに気付いた。
「……ッ!」
口を結んで、出てきてしまいそうだった情けない声を止める。カッと顔が赤くなったのが判った。
「えと……やっぱ似合わなかったかな??」
……そんな事はない。
やはり髪を結いている結いていないの違いだけで、女性は変わってしまうものなのか。まるで彼女じゃない。違う彼女になってしまった。
……してくれないと困る。じゃないとタタリの彼女と見分けが付かない……。
「アルクェイド、遅いね…………どうしたんだろ」
志貴が玄関の所に行ってしまう。
リボンをそのままベットの上に置いて。
黒い髪を翻しながら。
……何という厄介な物を見てしまったのだろう。
これではタタリを消すのにも、彼女の事を考えてしまいそうだ……。
厄介な敵は、シキじゃなくて志貴だったワケだ。この期に及んで代行者の言葉の重さを体感する。
……『コレ』がタタリのせいだと言っていた時の方が楽だった。
今は自分の不甲斐なさが身に染みて、余計に苦しい。なんて無様なんだろうか…………。
―――しばらくして、志貴が戻ってきた。
……何かあったらしい。それはこっちへやってくる足音から伺えた。
「アルクェイドが……」
「真祖の皇子が?」
「……いないの。ドア……開けっ放しで、……どっか行っちゃったみたい……」
―――さっきまでの明るい、はしゃいでいた顔とはまるで違っていた。
「Other tale」に続く
03.6.15