■ 5章 Forget me not



 /1

「姉さん。―――今日はどうだった?」

 夕食時。いきなり秋葉がそんな事を聞くから、ドキドキしてしまった。

「どうって……うん、50m走は一位だけど?」
「終わった後は?」

 ……何でこんな事を秋葉は聞くんだろう。
 特に私は前から体育祭が楽しみだとか言った憶えはない。そんなに気になる事じゃない筈だ。

 それに、……50m走が終わった後、私は早退してしまったのだ。
 そして、軍服の不思議な青年―――シオンに連れられて。

「……」

 ……まさか、秋葉はこの事を知っている……?

 そんなワケない。シエル先輩が私に秘密で秋葉に教えたとかそういう事が無ければ。
 ……そんな事してたらホントに恨みますよぉ、先輩……。

「そうだな。例えば、……どこか遠出しなかったか?」
「……秋葉……」

 核心をついてくる。明らかに、秋葉は何かを探していた。

「遠出……はしてないわ。本当よ。……それが何か……?」
「……そうか。してないならいい」

そして黙り込む。でも落ち込んだとかそういう色ではなく、どこか安心したような顔になった。

 ……遠出はしてないと思う。とても人通りの激しい交差点の、少し歩いた先にある袋路地には行ったが。
 ―――シオンはあんな所で寝泊まりしているのか。でも男の人だったら大丈夫かな……? それにシオンは吸血鬼(狩り)とも戦えるくらいだし、心配はないんだろう。

「―――お嬢様、お身体の方は大丈夫でしょうか」

 食べ終わった所に、翡翠がこっそり耳打ちしにきた。
 おそらく朝を心配しての事。
 ……まぁ学校で倒れてしまったのは知らないだろうが。

「ん……やっぱり今日は調子悪かったみたい。今日は早めに休むから」
「―――はい、ベットの用意は出来ておりますので」
「ありがと。……で、秋葉に聞けないから言うけど、……四季はどうしたの?」

 ……夕食。いくら弟の秋葉といっつも喧嘩していても、彼だって一緒に食卓で向き合う家族だ。
 昨日まではここで平和に言い争っていたのに。
 今は、いない。それに私は今日、彼に会っていないような……。

「何でも彼奴も気分が悪いとかで、何処かに出掛けてますが」
「……ふぅん」

 気分が悪いのに外出か……それが彼なりのストレス発散法ならいいのだろうけれど。
 琥珀さんに毒を盛られたか、それとも翡翠の料理を食べたか。……うーん、どっちも不憫だ。

「……って、私と関係してるのかな」

 そうだとしたら余計体が心配だ。なら早めに彼のためにも休んで回復するとしよう―――。



 /2

 ―――戻ってくると、部屋の窓が開いていた。
 ひらひら、と白いカーテンが夜風に靡いている。

「……」

 これは、……凄く嫌な予感がする。
 今まで、知らずに窓が開いている時は決まっておかしな事が出来ると伝説になっているんだ。

 ―――がちゃり。
 一応部屋の鍵は掛けておく。食堂で翡翠と秋葉、その奥にいた琥珀さんに『おやすみなさい』と言っておいたから、今夜はこの部屋を訪れないだろうが。そして、閉めるために窓際まで歩―――

「こんばんは、志貴」

 ―――くと、落ち着いた男声が入り口の方から聞こえた。
 どうして、私の知り合いは窓を入り口にいる人が多いのかな―――?

「シオン……」

 小さくため息をついて、振り返る。
 ドアの方の壁に腕を組んで寄りかかっている、軍服の青年がいた。

「なんで、……私の家、知ってるの?」
「昼に言っておかなかったか。真祖の情報を得る際に、真祖の身近な存在であるキミの事も調べさせて貰った、と」

 ……うん、確かそんな事言っていた。
 でもなんでシオンはこんなに私の事を知っているんだろう。
 それに……。

「……シオン、貴男だけは常識のあるヒトだって信じていたのに……」

 そうグチを零すと、不機嫌げにシオンは眉を歪ませる。
 そんな事を言われていい気分になるヒトなんていないだろうけど……。

「どうしてオレがそんな文句を言われなければならない? キミはオレに協力すると言ってくれただろう」
「そんな事も判らないの!? 仮にもココ女の子の部屋なのよ! 勝手に入ってきて、……しかも土足で!!!」
「―――」

 ……はぁ、とまたため息が出てくる。怒鳴ったらシオンは少し驚いてくれた。……怒鳴られなきゃ判らない事だっただろうか。床に少し砂がついてしまっていた。明日掃除にしに来た翡翠が不思議に思う事だろう……。

「―――すまない」

 素直にシオンは謝って、ブーツを脱ぎ始めた。
 その辺はシオンは聞き分けが良くていい。……アルクェイドなんかに言っても、きっとまたワケ判らない言い訳するから……。

「真祖の件はどうなった。志貴」
「……シオン、貴男ね……」

 いきなり話を変えてくる。
 まるで私の心を本当に読むように、私がちょっと考えた事を言いだしてくる。今はちょっとアルクェイドの事を考えただけで、シオンはアルクェイドの話題に変えた。

「真祖の件……って、まだ私はアルクェイドと話してないんだけど。でもね……」

 ……今日、あの路地裏から出てきた後、アルクェイドの使い魔の少年であるレンの事を話した。
 アルクェイドの事を聞いたら、レンは『わからない』と示した。
 レンは時々私のベットに寝に来るが、大抵はアルクェイドのマンションで暮らしている。そんないつも会う仲のレンが彼に会っていない……のは、ちょっとおかしいんじゃないかって事を。

 ―――交差点で出逢った少女の事は何も言わず。

「真祖が、この街からいなくなったとでも……?」
「ん……それは無いんじゃないかな? アルクェイドは何処にも行かない宣言しちゃったから。私が動かない限りまたどっかで出てくるわ」

 ……と言ったら、シオンが変な顔をしてきた。
 一体それはどういう意味だ、と聞きそうな目で私を見ている……って、それは説明するのはちょっと恥ずかしいんだけど……。

「あのね、シオン……変な風に考えないでね。アルクェイドは、その……この街が気に入っちゃっただけで、そんな深い意味はないから!」
「―――」

 ……うぅ、また何か言いたそうな目をしてる……。

 アルクェイドがこの街にいる理由は『私がいるとは』……なんて答えられない。そんな事言ったら、アルクェイドが自分で流したという『噂』を認めてしまう気がする。……なんて考えてたら、シオンはうんうん、と一人で納得した。
 アルクェイドの事だから、きっと今は思いつきでフラフラ行動してるだけ、だと思う。新しい関係者―――シオンがこの街にやって来たから逃げている―――というのではないだろう。

「それなら嬉しいのだが。いや、会えないのだから嬉しくはないか」
「……あのね、シオン。頼むから心の中読まないでくれる?」

 ―――なので、今の私じゃアルクェイドを探す手伝いは一切出来ていない。明日にでもマンションを尋ねてみようかと思ったが、今日は何もしていないのだ。

「では志貴。今夜はオレ一人で真祖を捜してみる。それで質問だが、真祖が訪れる可能性がある場所を教えてくれないか」
「訪れる場所……? 明日まで待てないの、シオン」
「時間が勿体ないだろう」

 ……意外とせっかちなんだなぁ、シオンて。

「アルクェイドが行き来する場所……ね」

 思い浮かべてみる。
 そもそもアルクェイドってそんなに街に出るだろうか?
 いくら日の下を歩き回れるアルクェイドでも、昼はそんなに動かない。かといって夜の街に……考えられる所でカラオケやゲーセンに行くような人とは思えない。住処であるマンション。彼自身はうるさいくせに静かな所を好むから―――映画館とか公園とか。

「成る程。公園か。其処が確率が高いな」

 ……私が色々考えてたら、いきなりシオンは言い出した。

「……ねぇ、シオン。どうして声出してないのに私の考えてる事を……」
「有り難う志貴。いい情報だ。これからオレは公園に向かってみる事にする」

 ……この人も私の話聞かない人だなぁ……。

「前々から彼処はおかしいとは思っていた。彼処はまるで―――吸血鬼の溜まり場のような気がする」

 ……うん、実際そうだったりするんだけど。

「志貴、来るか?」
「え……」
「キミは真祖の事ばかり考えてるだろう。そんなに会いたいのなら…………」
「……あのね、シオン。貴男がアルクェイドの事を聞くから必死に考えたのよ。アルクェイドが頭に浮かぶのは当然でしょ」
「―――」

 確かにそうだな、と納得する。シオンは本当に、……頭がいいんだか悪いんだか判らない人だ。
 それに、今外に出たらまた秋葉と翡翠に怒られそう……。
 ―――でも。



 /3

 ―――シオンはアルクェイドやシエル先輩みたいに抱きかかえて外に……なんて事はしてくれなかった。それが普通なんだろうけど、何とか私は(翡翠や琥珀さんの目を盗んで)裏門から外に出て、公園に向かう。

「しかし、夜は女性は外に出てはいけないのではないか?」
「……シオン。貴男ってちょっと変ね」

 そう言って改めてシオンの顔を見ていた。……案の定シオンは変な顔で返してくる。しかも『どうして?』と本気で答えが判らないかのように。
 勝手に女の子の部屋に入ってくる―――そんな非常識なくせに、夜外に女性は出ない―――そういう所は徹底してる。

「夜出ないかって? そんなの、…………当たり前じゃない」
「―――」

 なら何故、と目で訴えていた。

「彼処じゃ門限は早いし就寝時間も早いけどね、まだ9時前なの。……いくらでも言い訳のきく時間でしょ?」
「―――やはりキミはよく判らない女だな」

 それはそっちも言える事。

 公園に着いた。
 人は、誰も一人もいない―――と思いきや。

「あ……」

 シオンの勘、大当たり。
 公園の噴水前、
 白の月の下、
 ―――1人、男性が立っていた。

「アルクェイド……っ!」

 近寄り、呼びかけ―――ようとした時。
 …………ギロリ、と朱い目がこちらに動いた。

「あ……っ」

 月下―――白い装束に朱い目の男性、間違えなくアルクェイドだ。
 そのアルクェイドにいきなり睨まれた。これは、魔眼……じゃない。けどそれに似た力を持っている。一気にプレッシャーが襲いかかってきた。アルクェイドは、敵意の目でこちらを見ていた……。

「――――――お初にお目にかかります。真祖の皇子」

 後ろで、シオンが帽子を取り礼儀正しく頭を下げた。
 アルクェイドが見ているのは後ろ。彼は私じゃなくて……後ろのシオンを睨んだんだ。

「……志貴」

 しばらく沈黙が続いた後、彼が低い声で言葉を掛けてくれた。

「こ、こんばんは……アルクェイド」

 あくまで自然に、……妙にピリピリしたムードの中挨拶をする。
 ……シオンも頭を下げつつも、アルクェイドの目と同じく鋭い目つきで彼を見ている。
 シオンから視線を外し、アルクェイドが私に近寄ってくる。
 直ぐ傍まで来た所で、―――今度はいつもの軽い口調で言った。

「ムカつくな」
「ぇっ……、何が……?」
「知らない野郎なんかと一緒に夜のデートかよ。―――しかも、魔術師。眼鏡といい蛇といい、ホントイイ趣味してるよな。君の先生といい、実は魔術師が好みのタイプだったり?」

 そう、彼は笑って言った。
 ……笑っていようが明らかに不機嫌だ。今日のテンションはかなり低め。いつ大声をあげてもおかしくないくらいに。

「で、デートなんかじゃないわよ……ッ!」
「まあ、それは直ぐ確かめるとして、―――そこの魔術師。俺に何か用でもあるのか」

 私の事は置いといて、アルクェイドは再度シオンの方を向いた。目的の真祖に話しかけられ、深呼吸して―――シオンが話し出した。

「はい。私の名はシオン・エルトナム・アトラシア。錬金術師として、真祖の皇子に協力して頂いたく参上しました」
「……俺に協力しろ、だと?」

 クク、とおかしな事を聞いたのか、小さく笑う。
 ……私は、そのアルクェイドの笑い方は見たコト無い……。

「珍しいな、教会の人間以外でそんな事を言ってくるなんてな。……いいぜ、言ってみろよ。面白ければ聞いてやっから」
「―――はい。私は吸血鬼化について研究しています。真祖や死徒に血を吸われ吸血鬼になった者の治療、吸血鬼の連鎖を止めるためにもその治療法を。人間は貴男達の血によって異なる生物へと変貌した。ならばまた、人間へと変貌する事も道理の内でしょう。その為には大本である真祖の血を―――」
「なんだ、そんな事か」

 あーあーっ、と背伸びをし、シオンの言葉を止める。

「そういうのは一番イヤなんだよ。つまらないから話はこれまでだ」
「っ……! つまらない、とは何だ……元はといえば貴男達が撒き散らした病魔じゃないですか。それに貴男には真祖を無視する事は出来ない筈です……!!」
「俺は別に死徒がつまらないと言ってるんじゃねぇよ」

 腕を組んで、遠くで睨みつけるシオンを見下すように笑った。

「お前がつまらないって言ってるんだ」
「―――それは、どういう意味で」
「だってそんな事は不可能だろ? 吸血鬼になった人間は、もう人間には戻らない。そうだろ、シオン・エルトナム・アトラシア?」
「―――っ」

 ギリ、とシオンが歯を咬む。
 怒りに、身体が震えている、ように見えた……。

「それによ、そんな事出来るわけないじゃん。その分野だったら―――そこの志貴にでも聞いた方がいいんじゃないか?」
「えっ!?」

 な、なんでこんな所で私に話向けるの……!?
 物陰に身を隠してようか、と思って辺りを見回した。此処にいるのはシオンとアルクェイドのみ―――険悪な雰囲気が立ちこめている中、立っている事しかできない。

「―――そうか、協力を求めようとした俺が莫迦だった」
「おぅそうだ。そんな事考えるなんて、魔術師も莫迦ばっかだな」
「……人間と真祖は手など取れない。ならば、力ずくで違わせるだけ!!」

 シオンの体が沈む。彼は瞬時に銃を取り出し、アルクェイドへと走り出した。

「シ―――シオン、待って……!!」

 制止の声も間に合わない。
 シオンは悠然と佇むアルクェイドへと襲いかかった。
 が、余裕げに鼻で笑い…………

「―――ふん。どんな魔術師だろうが、俺に勝てるワケないだろうが」
「っ……!」

 ―――それは一瞬の事。

 二発、三発……シオンが連射で銃を向けてもアルクェイドには当たらない。
 アルクェイドが軽快にステップを踏んだ次には、シオンの身体が大きく揺れた。

「がっ……!!」

 呻き声。

 今までちゃんと足で地に立っていたシオンの足が、浮く。
 そして、―――激しく落とされる。
 その後に飛び跳ねたアルクェイドが地面に戻ってくる軽々しい音と、大きな破壊音が同時に響く。目には見えないスピードで、アルクェイドはシオンの身体を蹴りつけたのだろうか。
 いや、蹴りつけた後に今度は地上へ、激しく殴られたのか。

 ―――全てが一瞬の事だったので、全く分からない。

「……あーあ、志貴がそいつの肩を持つから俺、ついムキになっちまったよ」

 白い服の埃をはたく。服には汚れなんて一切ついていないのに。

「ホントはな、ちゃんとココで殺しておきたいんだけど、……志貴が邪魔するだろうから今は見逃してやるよ、魔術師」

 ……返事は無い。ただ、重い唸り声だけが微かに聴こえる。
 たった一発、二発ほどなのにアルクェイドの攻撃を喰らってしまったシオンは立てずにいた。

「おーい、志貴ー!」

 そんな重い空気も吹き飛ばすかのように、アルクェイドはにっこり笑って走り寄ってくる。

「……」
「志貴、どうしたんだよー。また変なモンと付き合いやがって」
「アルクェイド」
「ん?」
「こっちおいで」

 猫を引き寄せるように、手招きする。

「なんだー?」

 餌が貰えるとでも思ったのか、尻尾を振りながらやってくる。

「ちょっと屈んで」

 背の高いアルクェイドをしゃがませる。

「うんうん?」

 パンッ!

 小さな銃で撃った……みたいに、アルクェイドの頬に平手打ちは命中した。
 頭を屈めたアルクェイドの顔は、見事私の攻撃距離内におさまり、清々しいほど、綺麗に、真っ赤な紅葉型にビンタが入った。

「いっッ、いってぇーな、オイ! 何するんだよ……!!」
「貴男ってヒトは……! 人の話もロクに聞かないで、何て事……!!」

 怒りの言葉も出てこない。
 頭に文句が直ぐ思い浮かばないくらい、―――私は怒っていた。

「つーか、何でこんな奴と一緒にいるんだよ。マジで怒ってるんだぞ俺!」
「シオンは本気で吸血鬼の治療法を探しに日本まで来たのよ! それなのに……それなのに!!」

 もう一発、反対側の頬にもくらわせてやりたがったがアルクェイドの腕がそれを阻止する。
 不意打ちだったからさっきの一発は喰らわせる事が出来た。
 ……が、実際には力も瞬発力も全てアルクェイドの方が上。注意深くなった彼に敵うわけがない。

「何だよ、志貴はその魔術師の味方なのかよ……!」
「そうよ! 私は仲介屋を頼まれたの! あんな事して……酷すぎる!」
「あっちが先に攻撃してきたんだぜ! やり返して当然だろ!!」
「彼は貴男とちゃんと真剣に話がしたいの! なのにあんないい加減じゃ怒るのも仕方ないじゃない!!」

 むーっっとアルクェイドは口を紡ぐ。
 他に言い返す言葉が無くなってきたのか、だんだん大人しくなってきた。

「ちょっとだけ、彼に協力してあげるだけでいいの。本当に、重要な研究をしてるんだから……」
「……どんなので騙しやがったんだ、アイツ」

 キッ、と一瞬シオンの方を睨んだ。……でも私がアルクェイドを睨むと、それも止む。

「あー、わかったよ! …………おぃ、魔術師! 何が欲しいんだよ、俺の!?」

 やっと立てたシオンにヤケになった声で問う。

「…………真祖の、血と体液を」

 痛みに顔を歪ませながらも、シオンはハッキリとそう言った。
 ……お腹をやられたのだろうか、横腹を強めに抑えている。眉を歪ませているのは痛みだけではないだろう。アルクェイドに対しての……殺意……?

「……だって。そんな死ぬ程じゃないから、いいでしょ……?」
「痛いのヤだ」

 ぐにっっ。

「あだだだだだ……!! イタ、イタイですってば志貴サン!!!」

 ……アルクェイドから指を放す(?)と、彼はぴょんっと私から離れるように飛んだ。

「ちょっと! 逃げないでしょアルクェイド!!」
「今日は勘弁してくれよ! ただでさえ調子悪ぃんだから、……明日! 明日ならいいから!!」

 ……何だか、逃げてるみたい。本当に嫌がっている。

「……明日ならいいの?」
「あぁ、明日ならいいさ!」
「逃げない?」
「あぁ、明日は逃げない! ……だから今日は逃がしてくれ!!」

 そう言って、アルクェイドは―――消えた。

「あっ……!?」

 さっきまでそこにいたのに、もう人影は無かった。
 声もなく音もなく、…………あるのは、少し苦しげなシオンの息だけ。

「…………信じられない」

 いっきに静かになった公園に、そんな呟きが響く。シオンがどんなアルクェイド像を描いていたのかは判らないけど、……多分アレとは全然違ったのだろう。
 ……言わせてもらうなら、私も最初、アルクェイドはあんな人じゃないと思った。

「真祖の情報を、一から洗い直す必要があるな……」
「大丈夫、シオン……?」

 深呼吸。何度もして身体を落ち着ける。ベンチまで案内して、其処に座らせた。

「……でもコレで目的、果たせるね」
「―――」
「アルクェイド、協力してくれるって」
「…………キミは本当にあの言葉を信じてるのか?」
「え?」

 その言い方だと……シオンは、アルクェイドの『約束』を信じていないみたいだった。

「―――えっとシオン、……もし明日サンプルが手に入ったら……貴男どうするの?」

 完全にシオンの呼吸が戻った後、そんな話をしてみた。

「真祖との協力が得られた以上、それが終了すればこの街も志貴にも用は無い。用が済めば直ぐにでも立ち去るつもりだ」

 思いの外、シオンの返答は早かった。まるでこの質問が来るのを読んでいたかのように。

「明日があるとは思わないが―――志貴が信じているなら、オレも信じてみよう」
「うん、アルクェイドは嘘は滅多につかないから!」
「―――」

 また、シオンは変な……何か言いたそうな顔をする。『滅多に』と付けたのが余分だったのかな……?
 ……と、いきなりシオンは立ち上がった。脱いでいた紫色の上着を羽織り、背を向ける。

「ではここで別れよう。また明日」
「うん。ばいばい、シオン」

 手を振って、―――シオンもまたアルクェイドと同じように消えていった。



 /4

 ―――屋敷までの道を歩く。

 ……少し我が儘言ってもシオンに屋敷まで連いてきてもらうべきだった。
 夜の道は流石に怖い。今まで遅くまで外にいた事はあっても、大抵は誰かもう一人ついてきてくれた。だけど今は誰もいない。……1人で公園から屋敷までの道を行かなければならない。

 ―――シオンも『夜の女性の一人歩き』がいけない事だと分かっているんなら、何故帰りは一緒に来てくれないのか。心遣いに欠ける人だ。
 誰に遭遇しても目を光らせなければならない。……出来れば誰にも遭遇したくはないが。
 怪しい人じゃなくても、声をあげてしまいそうなくらい、人間不信に陥る。
 例えそれが、1人の少女でも

 ―――1人の少女でも

「あ……」



 目に入るのは、黒の少女。



 違和感、を覚える。
 暗い、青い外灯の下、佇む少女に
 恐怖を、覚える。

 足音もなく近づく少女。
 私の元へ真っ直ぐと歩いてくる少女。
 視線も一つ。
 蒼い刃物のような眼を向けながら、
 蒼い刃物を光らせながら、
 着実に踏み出してくる少女。
 この違和感は、何なんだろう。

 あの人、…………アレは
私、自身



「――――――何やってんだ」
「きゃあぁぁっっ!!!」

 冷たい手が首筋に周る。
 その手の主に思いっ切り裏拳を咬ました。

「落ち着け! ……って志貴、泣いてたのか?」
「っえ、ぇ…………っ?」

 視界が白く歪んで見えない。
 目を擦って凝らしてみると―――蒼い和服姿の男が目の前にいるのに気付いた。

「よぉ、こんな所でふらついてるのは感心できないな」
「…………貴男に言われたくはないわよ」

 屋敷への長い坂の前の交差点で、―――同じ屋敷に向かう者と遭遇した。

「何、してたの……?」
「散歩。元々夜行性だから今のうちに遊んでる」

 ……。
 四季の顔色は、悪くなかった。元々白い肌はしているが、翡翠が言ってた程悪そうな感じはしない。寧ろ今まで遊んでいたというので彼にしては血色はいい方だと思う。

 薄暗い外灯の下、目を向ける。
 ―――彼女はいない。

 まだ日が昇っていた時、彼女に会った。
 これで二回目。
 ―――彼女はまた、あっという間に消えていた。

「………………ねぇ、さっき女の子見た?」
「あ? 女なんて沢山いるじゃないか」

 今。
 今、私の学校で着ているのと同じ黄色のベストで、長い黒髪の女の子が彼処にいたのを見た。
 幻のように漂っている少女。

 ……ならこの世に実在しない者か。
 私だけ視える者なのか。

 何を言っても無駄そうな顔を四季はしている。途中で口を閉じた。

「あー、さっき『眼鏡を掛けていない志貴』なら見たけどな」
「…………あのさ、私が行ってるのはソレなんだけど」
「そうなのか? でも、何かマボロシみたいにふよふよしてたぜ? ……なんか、この世にはいないみたいに」

 ……。
 彼の言ってる事は、信用性があるのか無いのか判別しにくい。
 何もかも、私と同じ事を言うから―――。

「屋敷に帰りながら、話そうぜ」
「……うん」

 とりあえず歩く。
 行き先は一緒なのだから、並んで―――。

 ―――で。

「四季も抱っこしてくれないんだ?」
「はぁ? さっきからワケ分かんねぇ事ばっか言うよな、志貴」
「別にー……」

 ―――その後、見回り中の翡翠に二人で帰ってる所を目撃され、朝、大問題になる予想が立った。
 あの時見回っているのが琥珀さんなら良かったのに……と思いつつ、寝床についた。





「Around And Alone」に続く
03.5.4