■ 4章 黒姫



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 浅上学院は、由緒正しい名門校だ。
 つい数年前までは『浅上女学院』として女だらけの園だった。現在、男女共学になったが、浅上は偉い親の子が通うという学校には変わりはない。
 校則は厳しく、全寮制。門限は絶対厳守。部活をしていてもいなくても、午後六時には宿舎にいなければならない。六時半には夕食が待っているからだ。
 俺の親父は此処の学園長とそこそこ付き合っていたらしい。
 なので今でも俺の我が儘に少しは目を瞑ってくれる。だから俺は『全寮制』の学校に通っているが家に帰してくれる。本来は許されない事なのだが、それなりに学力も良い方にいてやってるし、渡す物もきちんと渡しているので許してもらっているのだ。

 中学部から大学部までのエスカレート式の学園。
 共学になってまだ数年しか経ってないせいか、男女比は圧倒的に(3:1ぐらいの割合で)女子の方の人数が多い。人数が女子の方が多いのだから、役員も女子の方が多くなるに決まっている。女子は女子で、男子は男子で活動するのでそんなに不都合はない。……だが、それだと何故共学にしたのか判らない。

 俺は生徒会に属しているから、宿舎内での発言力は低い。
 学園では生徒会、宿舎内では自治会が仕切るというのが女学院からの伝統らしい。生徒会や自治会に入ってても入ってなくても、男子は少々肩身の狭い思いをしなければならない。それがこの学校なのだ。

 宿舎は三人部屋。机が3つあり、ベットが3つある部屋。広くもなく狭くもない。
 ……だが高等部にもなる男が3人で過ごすのは窮屈ではないか。しかし、長年この生活をしていれば慣れてしまうもので。……もともと此処で頭を生み育てるのだから此処が基本になるわけで。

 ―――前に、……姉さんの通っている一般校に行った事がある。
 あの統率のとれていない、雑多で混濁した空気は好みではないが嫌いではなかった。寮なんてものはない。校則もあるかどうか謎だ。あるのだろうけど皆守っていないのだろう。そんな下劣で、自由な学校だった。

 ―――彼女は彼女で楽しそうだった。
 あの学校に転校するのも悪くない、なんて冗談もこの頃は思い付くようになっていた。

「……ダメだな。俺はこの厳格な空気の方が心地よい」

 彼処に行ってしまえばあの自由な風に慣れず、常に苛立ってしまうだろう。そうすれば姉さんが、また何か文句を言いに来るに違いない。

 ―――それはそれで楽しい気もするが。

「……考えるな」

 しかし、彼処に慣れてしまえば今度はこっちに合わせられなくなってしまう。
 昔から『どっちも』というのは自分には合わないと判っている。彼女は学校で会う女子ではない。血が繋がっていなくても、正真正銘俺の『姉さん』なんだ。

 姉さんは、我が家で会えるから姉さんなんだ。

 何も考えるな。
 ……此処が一番居心地の良い所なのだから、と言い聞かせながら―――部屋に入った。

 本来はこのまま真っ直ぐ屋敷に帰るつもりだった。
 が、今日は何故か自分の部屋に帰りたいと思ってしまった。

「たのもー」

 ワケ判らない挨拶でドアを開ける。
 開けた途端、呻く。異臭。猛毒が漂っている空間。そして遅れて深呼吸。
 ……どうやらルームメイトが帰っていたようだった。

「よぉ、今日は早いんだな。蒼」
「何の用だ」
「……久しぶりに遊びに来てやったんだから、少しは愛想まけよ」

 ゴミ屋敷……までとはいかないが、ゴミ部屋のベットに座っている少年に声を掛ける。
 名前は―――蒼という。苗字を聴くとやけに女っぽいので言わないでおくが。

「何だこの匂いは。……酒か」
「瀬尾からのプレゼントで貰った。そんなに匂ってるか? なら生徒会が抜き打ち検査に来たら大問題だな」

 ハハ、と特に面白くもないのに蒼は笑った。

 蒼は名前が女っぽいと言ったが、見た目も性格も完全で完璧な男である。
 というと変な誤解を受けるかもしれないが、学校内では珍しい『年相応の男子高校生』を描いた人物である。
 この浅上の学校内ではちゃんとした格好をしているが、プライベートでは目も背けたくなるような格好をしている。厳格な家に育った反動なのか、趣味嗜好も実は俺の好みじゃない人間だ。

 そんな彼は俺のルームメイトで、無二の親友だと思っている。
 蒼の代表的な趣味としてライブに行くらしい。が、俺はライブというものを見たこともないしどんな物なのかハッキリ判っていない。
 とりあえず、蒼のようなだらしなさそうな格好の男(女もいるらしいが)が山ほどいる所なんだろう。

「何言ってるんだよ蒼くん。秋葉ちゃん生徒会だってばー」
「……何でお前ら笑ってられるんだ」

 あはは〜、と妙なアルファー波を出しながら笑うのは、もう一人のルームメイトの羽居。
 蒼とは全く別のタイプで、のほほんぽややんな少年。やや優柔不断で弱気、そして優しい蒼とはまるっきり反対の性格。
 そんな女々しい性格に似合わず、身長がかなり高く(180くらいか?)体格が良い天パの謎の男である。

 蒼と羽居……そして俺、遠野秋葉が加わってこのゴミ部屋に住んでいる
 ……じゃなくて住んで、いた。寮は三人部屋と決まっているいっても此処を使っているのは二人だ。

 俺は前に説明した通り宿舎には泊まっていない。この部屋は物置として使ってはいる。
 隣の県に実家を持つ俺にはいいロッカーにはなっている。
 そしてこのルームメイトは、一言で表すなら『ぐーたら』だ。彼らの辞書には『掃除』なんていう言葉はない。

 さっき蒼が冗談で言ったが、『生徒会が抜き打ち部屋検査』に来られたら一発で呼び出しを喰らいそうな連中である。
 ……自分がその中の一人なんだから認めたくない。

 実は俺も片づけというのが苦手だ。琥珀を怒る資格も無いくらい、片づけのセンスがない。屋敷の自室もあまり綺麗とは言い難い。だから常に片づけてくれる翡翠にはいつも感謝している。

 ―――とりあえず自分専用の椅子に座る。制限時間は六時まで。六時にはルームメイトの二人は食堂に向かうだろうし、門も閉められてしまう。この部屋には荷物を置きにと、―――親友の二人と会話をするために来たのだ。

「…………おぃ羽居。なんだんだよ、この机は」

 ……の筈なのだが、つい口に出してしまうのは喧嘩の売り込みのような言葉。
 椅子に座ったが、目の前にある筈の俺の机がなかった。
 その代わり、机らしき物体は変な物に埋もれている。段ボール、その中にはハサミだか何だか判らない物が色々と―――。

「だってさ、秋葉ちゃんが使ってないんだから僕が使ったっていいんじゃんー?」
「そうか。それじゃ次の朝までに片づけておかないと焼却炉にぶち込むからな」
「朝って、秋葉ちゃん朝にこの部屋来たら授業間に合わないんじゃなかったっけ?」

 ……むむ、そうだった。
 俺は隣の県から来ている。姉さんとなるべく朝食を一緒にとりたいから、いつもギリギリで屋敷を出ている。車はいつも飛ばしてもらっているのだ。
 毎日、この学校に入るのは授業の始まる5分前。そのせいか俺は教師から『この学園で唯一遅刻をする生徒』と珍しがられている。……俺にはこの部屋に朝訪れる時間がなかった。

「じゃあ、明日のこの時間までには片づけておけ。しなかったらタダじゃおかないからな」
「えー、そんなの無理だよ。僕を殺す気?」
「死ぬ気で頑張れば何とかなる」

 ……まぁ、ごく普通の男子の部屋は汚いと言われると思うが、この部屋を一緒にしてはいけない。
 どう比べたって、異常だ。
 普通、こんな厳格な学校にいるんだから女も男も真面目に育つに違いない―――と大人企むのだろう。が、根性が生まれつき曲がっている奴はそんな計算も通じないのだ。
 そんな奴が3匹も揃ってしまった。―――酷い現実だ。

「いいよーだ! 蒼クンにお片づけ頼むからね。秋葉ちゃんよりは優しいからきっと手伝ってくれるよー」

 ……らしいぞ、蒼。
 と目をやると、聴いていないふりの蒼がいた。

「そんなに片づけたいんなら、遠野。明日朝早く来てお前が片づければいいだろ」
「言っておくが、お前らのスペースまで片づけてやる気は無いからな」
「たかが2mぐらいのスペースだろ。それぐらい気を使ってやったらどうだ」

 その『たかが2mぐらいのスペース』を片づけないお前らはどうかしている。

「俺は通学に1時間かかるんだぞ。お前らは何分だ? 校舎まで3分だろ、暇な時間はありすぎるんだから少しは掃除に費やしたらどうなんだ」
「えー、1時間もかかるんだ! そんなに大変なら此処に戻ってきなよー。そうすれば片づけ放題じゃん?」
「……それがしたくないから来ないんだろ」

 というか、羽居。俺が片づけ好きだとか思っているのか?

「何? 僕たちの事嫌いになった??」
「言っておくが、俺はお前の事は好きじゃないからな」

 ヒドイー、と全然悲しくなさそうな顔で泣くようなジェスチャーをする。……相変わらず謎だ。

「……しかしなんだこの異臭は。煙草でもやってるのか?」
「ううん、僕、アレはいやだなー。頭ぽけーっとしてくるし」

 ……いつもだろ。
 と、心の中で二人一緒にツッコむ。

「俺もそういう趣味はねぇな。俺は煙吸うなんて考えられねぇ」
「その割に酒は狂ったように飲むクセに?」
「一緒にするな瀬尾がカワイソウだろ。煙は薬と同じようなもんだ。麻薬だよアレは一種の」

 ……。

「……蒼、お前って兄貴みたいな事言うんだな」
「あ? 姉貴なら知ってるが、お前に兄貴なんていたのか?」

 ……あぁ、そういえば言ってなかった。
 説明する必要なんてないと思っていたから、コイツらには『暗示』さえやっていなかった。
 ただどういったわけか教えてもいないのに二人とも『姉』については知っていた。……それも、意外と詳しく。
 それに後輩の瀬尾が関係しているのだから、アイツは油断ならない。

「あれ」

 はて、と。
 いきなり羽居が変な音を出した。

「あれ、あれー、確か僕、秋葉ちゃんに会ったら何か言うつもりだったのに」

 そう独り言を言って、むーむー悩んでいる。

「またか。羽居の健忘症はいつもの事だから気にすんなよ」
「誰がするか。どうせどうしようもない事だろ」

 うむそうだな、と二人で納得する。ひどいなー、とまた悲しそうな素振りもせず羽居が悲しんだ。

「―――で、遠野。もう六時だろ、帰れ」
「あいよ、帰るよ。んじゃまた明日」
「あ、そうだ思い出した」

 ついさっきまでむーむー悩んでいたのに、もう頭に電球をつけている。忘れるのも早いが、思い出すのも早いのが羽居の特徴である。

「お前の脳、ホント不思議だよな」
「へへーどういたしまして!」

 ……誉めてはいない。どちらかといえば貶している。

「あのさ、僕ね。秋葉ちゃんのお姉ちゃんに会ったよ」

 ……。

「いつ?」
「今日!」

 いいだろ〜、と自慢するかのように羽居は言った。
 俺の姉なんだから毎日会っている。そこで俺が『いいだろ』と言えば羽居は羨ましがるのだろうか。
 ……って。

「…………今日、平日だぞ」
「うん、そうだよ。あ、もしかして秋葉ちゃんも健忘症??」
「お前と一緒にするな」

 ……今日、姉さんの学校では体育祭らしい。
 午前放下―――ではない。時間は普通授業の日と同じと聴いた。

「何処で会ったんだ、羽居」

 蒼が質問する。

「えっと、あそこの林! 寮からから学舎までの道の所だよっ。凄く見た事のある女の人だったし、黄色いベストの人だったから絶対秋葉ちゃんのお姉ちゃんだよー」

 ……黄色いベストの女子。

 確かにこの浅上の女子生徒の制服は、深緑色のセーラーである。どう見間違えても黄色ではない。
 それに、―――ここは校則の厳しい事で有名なあの『浅上』だぞ。自分では厳しいと思った事はないが、どうやら厳しいらしいあの浅上。わざわざ校則違反の黄色いベストを着る根性のある女子が、果たしてこの学校にいるだろうか?
 ―――蒼も同じ事を想っているらしい。二人で、黙る。

「……なんだ、遠野。アネさんが転校したのなら俺に紹介してやってもいいじゃないか」
「誰がするか。……姉さんが転校したなんて、俺は知らない」

 転校も……いいかもしれないが、今の所、その予定は無い。
 学年は違えど、……一緒に登校(車だけど)するのも悪くないが。

「あのな羽居。姉さんは隣の県の学校に通ってるんだ。わざわざ此処に遊びにくるのも大変だろ」
「えー、秋葉ちゃんと一緒に住んでるんだよね? そんなに大変だったらこっちに泊まればいいのにー」
「それがしたくないからこうしてるんだろ」
「…………お前ら、いいかげんにやめとけ」

 無限ループ。
 こうしてると数時間経ってしまうので、話を無理矢理中断させて部屋を出た。



 /2

「―――すいません、此処で待っていて下さい」

 迎えの車を待たせておいて、―――行きたかった所に行ってみた。

 浅上の庭。
 校舎と寮を繋ぐ一本の道。
 森……とまではいかないが、大きな木が並んで立っている。
 外灯もなく、夜歩く時は懐中電灯を持っていないと歩けないほどだ。
 まぁ、だから門限が六時というんだろうが……。

 ―――目を光らせながら、歩く。

 腕時計で時刻を確かめる。……と、六時を過ぎていた。まだ日は完全に落ちていない。
 しかし厳格な校則に縛られた生徒達は、もう此処にはいない。
 いるとしたら、部外者だけだ。
 この学校とは関係ない、よそ者だけなんだ。

「―――」

 今、
 くしゃりと、落ち葉を踏みしめる軽い足音が聞こえた。
 振り返る。



「―――こんにちは、姉さん」



 人影に、声を掛ける。
 人がいたら、声を掛けるのが礼儀だ
 たとえこんな森でも、―――女性がいたら。

「―――こんにちは、か。普通使わないよな、身内には」

 おはよう、とか、ただいまといった挨拶ならともかく、一緒に住んでいる姉にそんな事は言ったコト無かった。

 黒く、美しい長い髪。
 さらさらと風に揺れる長い髪の少女。

 その姿は姉さんそのものだ。
 でも、眼鏡をしていないし、髪も束ねていない。
 いつも姉さんは髪留めをしている。だからあんな風に黒髪が揺れる事はない。
 だからあの女性は別人だ。

 ―――しかし、あまりにも似すぎている。

 なら、あの女性は誰だ。
 世の中には似ている人間が3人はいるという。その中の一人か。

 あの美しさと繊細さを持ち、
 ―――蒼い凍るような目をした女性がいるとは。

 くしゃり。
 足が進む。
 近くまで見た所で、
 コイツは姉さんじゃない、と確信して

 ―――髪を翻した。

 …………姉さんじゃなければ消えろ、と。

 闇に消える人影。
 似すぎた女性は、赤い渦に埋もれて、そしていなくなった。

「―――」

 羽居の言っていた人は、あの人なのか。
 あの人は、―――アレは本当に姉さんじゃなかったのか?
 影を消してしまってから、だんだんと心配になってきてしまった。
 アレは本当に姉さんじゃなかったよな―――うんそうに決まってる。と自問自答。

「―――って、帰って姉さん本人に聞けばいいじゃないか、俺」

 家に帰れば姉さんが待っていてくれるわけだし。
 そこで『今日浅上にいたか?』と何気なく聞いてしまえばいいのだ。
 きっと姉さんの事だからワケが判らなくて聞き返してくるに違いない。
 きっとそうに違いない。

「―――帰ろう」

 髪を元に戻して、駐車場へと向き直る。
 もう一度、―――浅上の林を見てから、小走りで迎えの車の元へと向かった。



 /3

 ―――袋路地まで出てきて、大通りへ。

「はぁ」

 白いガードレールの所に寄りかかって、しばしその人混みを見る。
 帰宅ラッシュなのか、人が沢山走っていた。走っている人たちを、ただ私は見ているだけだった。
 待ち合わせ……でもナンデもない。待ち合わせだったら少しはわくわくしていいんだろうけど。ただ、喧嘩に巻き込まれたくないから逃げてきただけなんだけど。

 ……これからどうしたらいいんだろう?
 ……二人はどうなったのかな?
 ……あの喧嘩が終わったら誰が此処に来るんだろう?

「どうしよーかなー……」

 見知らぬ人たちの波を見ながら、誰かを待つ。誰が迎えに来てくれるのか判らない。

 ……もしかしたら誰も迎えに来てくれないのかな?
 ……なら一人で帰らなきゃいけないのかな?

「はぁ」

 いつまでも、このガードレールに座っているのも気が引ける。
 だって知らない人ばかり。そこに一人でも知っている人がいれば嬉しいんだけど―――

 ―――知っている人がいれば少しは落ち着くんだけど。

「あ…………」

 今、目の前に、
 知っている影が見えた。
 知りすぎた影が見えた。

「え…………」

 私は彼女を知っていた。
 彼女は私を見ていた。

 人混みの中で。
 彼女がこちらをじっと見つめていた。

 それがこんなにも目を奪うのは何故だろう。
 人並みの中、立ち止まっているからだろうか。
 それとも、真っ黒の長い髪が凄く印象的だからかな。

 ―――わからない。

 ただあのヒトを見ていると凄く、違和感を感じる。

 何故って、あの人は

 私



 ―――くいっ

「ん……?」

 スカートの裾が、引っ張られてバランスを崩す。
 下に目をやると、―――黒コートの少年が足下に引っ付いていた。

「あれ、レン……?」

 黒ずくめの格好、黙って私を見る大きな赤い目。
 ……無言で私の気を引こうとしている少年はレンだった。

「どうしたの?」

 ……。

 聞いてもレンは何も言わない。レンは喋らない。喋れないのかもしれないけど、音を発する事がない。
 しゃがみ込んで、レンと同じ姿勢になった。

「なぁに?」

 ……。

 が、レンは何も反応しない。
 ―――どうやら、私に何か伝えたい……そういう事ではないようだった。
 でも、私を呼んだ。それは……何故?

「あ……っ」

 さっきの少女は?
 そう思って立ち上がり、人混みの激しい大通りを見回した。

 ―――いない。
 彼女は、いなくなっていた。

 レンに目をやっている間に、消えてしまった



 私にそっくりな少女。

 ……。



「―――あ、そうだ、レン! ……アルクェイドの事知らない?」

 気を取り直して、シオンの件を尋ねるためにレンに聞いてみた。
 ……が、レンは、じっと俯いたまま。
 どうやら、わからない、と言っているようだった。

「レン……どうしたの? 今日は元気がないみたいだけど、何かあったの?」

 いつもならレンは、無口ながらに何かを訴えてくる。何も喋らなくても元気いっぱいな男の子なのに。

「―――」

 ぎゅっ、と。無言でレンは、私のスカートを強く引っ張った。

「ちょっ、何っ? ……どっか行きたいの?」

 ―――レンが、指さす。
 指さしたのは、―――屋敷の方。

「……」

 あっち。
  ……そうレンの口が動いた、気がする。
何が言いたかったのか、判った……多分。

「……うん、わかった帰ろっか。先輩とシオンは……まぁ、どうにかなるかな?」

 時計を見る。……もうあれから30分以上も経っている。あと数分すれば秋葉も学校から帰ってくるだろうし、丁度いい時間だ。

 ―――二人にごめんなさい、と謝ってから、レンと手を繋いで屋敷へと歩き出した。





Forget me notに続く
03.4.27