■ 32章 if 月世界/2
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「―――お嬢様。どうかお目覚め下さい、志貴お嬢様」
……声が聞こえる。随分聞いてなかった声と言葉。もう、何度も何度も聞き慣れた翡翠の声が聞こえた。
「―――もうお時間を過ぎています。これ以上お眠りになられるのはどうかと存じますが」
……控えめな翡翠の声。退院してその翌日の事。ゆさゆさと、身体を揺さぶられる。
「―――志貴お嬢様。起きて下さい。でないとまた秋葉様の長話を聞く羽目になると―――」
……ぞくり。
寝ていて背筋が凍ったなんて初めてかもしれない……。
「お嬢様、…………」
……翡翠は諦めたのか揺すぶるのを止める。ふぅ、と重そうなため息をついて、そして…………
「―――いいかげん起きろッッ!!!」
「!?」
シーツを全て剥がれた。
「あ、きゃぁ…………!?」
その剥がされた拍子で、ゴロンッとベットの下へと落ちていった……。
「―――お嬢様」
「え、あ……ハイ、おはようございます! ……って、翡翠?」
寝惚けていた意識が一気に覚醒して、ベットの下から跳ね起きる。翡翠はシーツを持ったまま、傍らでじっと私の慌て模様を観察していた。……翡翠は、いつか私がお願いした『どんな手段でも起こして』に従っただけである。ただその顔は笑っていて、とても楽しそうに見えた……。
「―――おはようございます、志貴お嬢様」
丁寧にシーツを手にお辞儀をする翡翠。……冷静に見えるのが、何だか嫌な予感をさせる。時計を素早く見た。今は―――10時ちょっと前だった。
「あ、なんだ……全然まだ大丈夫な時間だ……」
ほっとする。特に遅刻とか、嫌な予感はそういう事じゃなかった。
……今日の予定はただ一つ。久しぶりに人と会う約束。その会う人と約束の時間は正午。まだ二時間もある。……だがそこまで寝させてくれるほどこの屋敷の住人たちは優しくなかった。
「―――志貴お嬢様。秋葉様が居間でお待ちしております」
シーツを畳みながら、翡翠は言った。
「あ、れ……? 確か秋葉は、今日は学校のお友達と一緒に遊びに出かけするとか言ってなかったっけ……?」
……私が外に行く予定があるのと同じ、秋葉も日曜の今日は学校のお友達と何処かに行くと昨日話していた。秋葉がどんな遊びをするのかは興味がある。その話は一日が終わった時に是非聴いてみようと思っていた。
「はい、―――ですがお嬢様の顔を見るまでは、と居間で1時間ほどお待ちしていますが」
……ぞくぞくぞくっ、と再び寒気。
あの短気が……私が短気にさせてるだけなんだけどあの秋葉が1時間も居間にいるなんて。今日はどんな色で……いや、顔で朝を迎えてくれるてくれるか、何となく予測できた。
「な、なんでお友達待たせてまで……私なんかいつでも会えるんだから行けばいいのに」
「―――退院したてのお嬢様をお見送りするのは、当然だと思いますが」
……冷静な目つきでツッコミ有り難う。
一応、ある人と会うっていうのは秋葉達には秘密にしていた。だが何も言わず出してくれるわけなく、何とか隠すように昨日『お友達とお出かけする』と言った……らこの状態だ。昨日はワクワクなんだかドキドキなんだか判らないけど何故眠れなくて、10時近くまで寝る事になってしまった。……まるで明日遠足で眠れなくなった小学生だ。
「……じゃあ今すぐ居間に行くから。翡翠は先に行っていいよ」
「かしこまりました。それでは失礼します」
……翡翠は退室していった。素早く翡翠が置いていってくれた服に着替え、身嗜みを直し、居間へ向かった―――。
/2
―――居間には予想通りソファで貧乏揺すり中の秋葉がいた。
「……おはよう、秋葉。今日もご機嫌麗しゅう……」
「おはよう、姉さん。今日は出掛ける予定だというのに、随分ゆっくり休んでいたようだな」
……毎度の冗談もきかず微笑を浮かべたまま、じろーりと秋葉の視線が動く。
今日も秋葉はかなり早い起床だったらしい。起きてから直ぐ食事をするために自分の部屋から下の階に下りて……それからずっと居間にいる人間だ。10時までに秋葉はずっとここで待っていたに違いない。その証拠として、声はもう相変わらずと言っていいほどトゲトゲしい言い方で、それこそ我が弟って感じの朝だった。
「もしかしてまた一週間ぐらい寝るんかと思って、もう少しで医者呼ぶ所だったぞ……昨日は夜更かしでもしてたとか?」
「う、そうじゃなくて……色々考えてたら眠れなくなっちゃって、実は寝たのが朝の3時くらいだったり……」
「そんなに『友達』と一緒に出かけるのが楽しみなのか? しかも昨日退院したばっかじゃないか」
「そ、そういう秋葉だって今日は随分ゆっくり……ていうかお友達待たせていいの……?」
「あぁ、多少の遅刻を恵んでくれるのが親友って奴だろ」
余裕の笑み。……思いっ切り秋葉は慌てる私を楽しんでいるようだった。一見不機嫌にしか見えない口調と声色だけど、どうやらこの調子なら上機嫌らしい。
昨日、私の退院祝いで、昨日は秋葉をお酒有り得ない程飲んだからだろうか。……なのに今日ピンピンしているのがイタイ……。
「姉さんが何処に行くかは知らないけど、今度こそ門限守ってくれるんだろうな?」
「え、と……多分大丈夫……今日ぐらいは何があっても逃げてくる。お友達にもそう言っておくから……」
「大変ッスね〜、お嬢さんのお友達はアツイ方多いッスからね!」
「つーか志貴。毎度お前が遅くなるのってそのダチが原因なんだろ。しかもお前女友達なんていないし」
「はぁ〜夜遅くまでデートってワケッスか。そりゃ羨ましいッスね〜♪」
……外野の着物兄貴二人組、凄く五月蠅い。
そんな会話、秋葉のご機嫌がどんどん斜めっていくだけだ。……そういえば彼らも昨日の酒宴で大盛り上がりしたチームなのに、朝からピンピンしている。どうやら遠野の血はお酒に凄く強いらしい……。
「―――秋葉様。催促のお電話が……」
……一方昨日は甘酒で通し抜いた翡翠が秋葉に耳打ちする。
「あぁ、また来たか……、それじゃ俺もこの辺で許してやる。―――琥珀、出かけるぞ」
と、ソファに隠していた荷物を持ってソファから立ち上がる。
「アイアイサーッス! ……お嬢さん、頑張って下さいね〜っ♪」
「……先輩のお土産話でも、楽しみにしてるから」
そう秋葉は残してロビーに向かった。……話してもいないのに、私がこれから会うという人は秋葉達は判っているらしい……。
―――今日の夕食は秋葉グチリ決定。何としてでも弟様のご機嫌をとる土産を持ってきなければならなくなった。……じゃないと秋葉のお友達の話も聞けなくなることに。
「…………はぁ」
朝っぱら(もうすぐ正午)から、ため息。退院一日目からあんな楽しそうな陰口を叩かれるとは。―――今がどれだけ平和か、実感できた。
「―――お嬢様、朝食はどうしましょうか」
後ろから、そっと翡翠が言ってきた。昨日沢山琥珀さんの御馳走も食べたし、今さっきまでベットの中だったのでお腹はちっとも減っていない。それにこれから『お友達』と御食事に行く所でもある……。
「一応、外に行くんだから食べておこうかな。……って、まさか琥珀さんが作っておいてくれてたの?」
「いえ、俺が用意しましたが」
……。
…………。
………………がし、っと、いつの間にか……七夜の本能か無意識のうちに右手が(逃げようとしていた)四季の襟元を掴んでいた。
「なんでそこで逃げようとするの……まさか私一人にさせる気?」
「お、俺はもう三度も死んでるんだぞ! これ以上殺さすな!!」
「安心して、私も二度くらい死んでるから。……慣れれば翡翠の料理も結構美味しいと思うけど」
「それはお前の舌が麻痺しただけだっての!!!」
ずるずる……と嫌がる四季を引きずりながら食堂へと向かう。……というのは病院食続きの言い分だろうか。久しぶりの楽しみに朝から胸が弾んだ。
/3
―――シエル先輩は、公園口で待っていた。
先輩の格好は私服で新鮮。前、アパートに泊まらせてもらった時も学校指定のYシャツだったから先輩の私服姿を見るのは初めてだった。秋も終わり頃。赤茶のロングコートに身をくるんで手を寒さに合わせなら、私を迎えてくれた。
何だか、大人の雰囲気を存分に振りまいてるような、落ち着いた姿でカッコイイ。
「志貴ちゃん、久しぶり。……もう身体は大丈夫なの?」
「は、はい、大丈夫です。……お久しぶりです、先輩」
―――私が目覚めてから、先輩に会うのは初めてだった。
目が覚めても直ぐ学校に行きたいというのは止められ、来週の月曜日から学校に行く事になった。その前日の日曜日。……記念すべき退院一日目に先輩と会う。どうやら先輩と話すのは『一週間ぶり』らしいけど、私にしてみれば2,3日ぶりにしか感じない。一週間眠って過ごしていたから時間の感覚が少しおかしくなっているのかもしれない……。
―――公園から出て、目的地へ二人で並んで歩く。天気もそこそこ良く、平穏な空気に包まれながら街へ行く。日曜日だからか、昼頃の街の中だからか通る人も多く、みんな笑顔で過ぎ去っていく。
交差点。……信号が赤になって足を止める。
柔らかな微笑みを浮かべる先輩。次から次へと質問を繰り出し、話は会ってからずっと止まらない。
「志貴ちゃん。ところで、僕に話って言うのは何? 一体何処に行くつもりなんだい?」
「はい。その、これから御食事出来る所に行くつもりなんです。そこでちょっとお話をしたいと思って……」
「ふぅん。それは楽し…………」
……みだね、と言う時に
ピタリと、先輩は口を止めた。
「―――」
「……先輩……?」
言葉を止め、微笑みも止め、ある一点に力を注ぐ。先輩の顔を下から覗き込んでも見向きもしない。先輩の顔は、一瞬にして敵意に満ちていった……。
「―――」
先輩は鋭い視線のまま、ある一点を見つめた―――。
先の信号のガードレールの所に、白い装束のままの男が一人。
金色の髪に赤い目に独特の雰囲気、……誰だなんて見て一発で判った。
「おぅ、ひっさしぶりぃ志貴!!!」
探していた人が来たのに気付いて、遠くでぶんぶんと手を振る男性。小学生でもまず人を呼ぶときしないだろう行為を、通行人が数居る通路の所でしている迷惑人が一人。
……そして、昼間から殺意出しっぱなしが一人。
……普通に人々が行き交う通路では間違っている二人に、挟まれる。
「……参ったな、今日の僕は黒鍵3本くらいしか持ってないんだけど」
うっすらと笑いながら、先輩はシャリ、という金属音をさせた。それは勿論刃物と刃物がぶつかり合う音で……。
「せ、先輩! こんな場所で剣なんて出さないで下さい! というより何で持ってきてるんですか!?」
「いやぁ、吸血鬼に襲われる事もあるかなーって思って。……3本でも用意しといて良かったなぁ」
……先輩の眼鏡の下の目が冷たく笑う。
―――信号が青になった。一息ついて、道路を横断して……アルクェイドに話しかけた。久しぶりに会った彼の挨拶は、やっほー、だった……。
「アルクェイド! そんな大声で呼ばないでよ恥ずかしいじゃな……!」
「何しに来たんだアルクェイド・ブリュンスタッド―――?」
……私がアルクェイドに話し終わる前に、先輩は隣にいる人間には殺人的な声でアルクェイドを、……威嚇した。それは『驚き』というより、……『怒り』丸出しの。
「は? ……あぁ、なんだ、眼鏡か。まだこの国にいたんだな。さっさと帰れよお前」
「君のような奴がいる限り帰れないね。君の方こそさっさと帰ったらどうだ。『力』が戻った今、この国に君がいる理由もないだろう? 姉君が寂しがってるんじゃないか」
「んなわけないだろぉ。それに、ココには志貴がいるからな。そんだけで充分俺がココにいる理由になるだろ」
……と無茶苦茶な理由で引っ付いてくる。
……って、『力』? 先輩は今、アルクェイドの力がって……。
「アルクェイド、それ、どういう……?」
「―――君も懲りない男だな。彼女はこれから僕と用があるんだ。邪魔をしないでくれ。君はまだ世界各国で死徒が待っているだろう? さっさと出ていくんだな」
「あぁ、お前に言われなくても出ていってやるよ。けどそん時は志貴も連れて行くからなっ。最初っからそのつもりだ」
「……彼女は一般人だ。貴様の勝手な都合に巻き込むんじゃない!」
……と、二人とも全然私の話を聞かない。
って『連れてく』って一体……アルクェイドは一度も聞いたこともないような事を言い出すし……。
「―――ふん。こんな奴構っていたらこっちがおかしくなる。さっさと行こうか、志貴ちゃん」
ぐっ、と先輩は私の手を握るやいなや、アルクェイドが座っているガードレールを通り越してズカズカと歩き出す。アルクェイドは勿論そこでじっと座ってはいない。先輩のそんな行動を鼻で笑う。
「おぃ、志貴! ……こんな奴さっさと殺しちまえよ。邪魔だろぉ?」
「ば……っ、バカな事言わないでよ! そんな事出来るわけな…………」
……ないワケではない。実質上それは可能だ。そんなの私がするわけないけど。今度はぐいっとアルクェイドに腕を掴まれた。先輩から引き離される……。
「俺を呼んだのは志貴の方だろー? そんな奴に捕まってないでさっさと遊びに行こうぜ!」
人の腕を掴んだまま、陽気に笑いかけてくるアルクェイド。掴んで次は胸の中へと抱きしめて、……ぎゅーっと抱きしめられてるのを周りの人が見ていく。……見て見ぬふりを人多数。
「あ、アルクェイド、離してってば……!」
「莫迦な事を言うな、僕は志貴ちゃんに呼ばれたんだぞ! 嫌がってるだろう、離せ!!」
見たくないほどの迫力で襲いかかってくる先輩。何で通行人の多い所で喧嘩なんてするかなぁ……。アルクェイドに腕を引っ張られながら、背後には先輩の凄い剣幕に攻め立てられながら、……深呼吸して二人を止めた。
「いいかげん話を聞いてよ! 私は! ……どっちかじゃなくて二人共呼んだの!!!」
……。
…………。
………………あぁ、何で私まで通行人に変な目で見られなきゃいけないんだろ……男二人の喧嘩を無理矢理仲裁してるしか見えないし……。
「―――それは酷い冗談だな、志貴ちゃん。こんな奴と一緒に、だなんてそれこそ悪夢じゃないか」
「あぁ、まさか俺とこの眼鏡が仲良く並ぶと思うか?」
二人はこんな時だけ仲良く口を揃えてこっちを睨んできた。……本当はお互いを睨んでいるんだろうけど。
「お、思わないけど……先輩、今日はどうしても二人に来てもらいたくって呼んだんです! アルクェイドも、どうしても聞きたい事があったから……」
……いまいちいい顔はしなかったが、アルクェイドは不機嫌そうな顔のまま
「おぅ、じゃあ今日くらいは志貴に従ってやるよ」
納得? してくれた。
「……そこまで言うなら仕方ないね。―――決着は後でも充分つけられるしね、何も今しなくてもいいだろうし」
先輩も(何か間違ってるけど)言い争いをやめてくれた。
「もう決まってる結果にあーだこーだ言うなよ」
「…………ふん、言ってろ吸血鬼」
……と、二人は冷静のまま、私を挟んでアルクェイドとシエル先輩は歩く。
―――二人を同時に連れてくるのは失敗だったかもしれない。この冷戦がいつまで保つか判らないのもあるけれど、…………これからどんな酷い事が起こるかも心配だ。
でも二人にはいつか問い正したい事だから。
ある場所でその『決着』を着けるために。
ある場所へ。
着いた先は―――アーネンエルベという所だった。
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―――ここしばらくアーネンエルベに来る機会がなかった。
最近本当に色々あったからだ。一通り落ち着いたらまた来ようとはずっと思っていた。和菓子の方が好きな私も此処のパイは美味しいと思うし、みんなで話し合う所には丁度良かった。それと、落ち合う所でも丁度良かった。
「じゃあ二人共、入って。……その、予約した遠野なんですけど」
ウェイターさんに話しかけて、予約した席へと案内してもらう。二人は大人しく、変に喧嘩する事もなく私の後に着いてきてくれた。
……そう、大人しく。
……そう、『変に』喧嘩することなく。
……その時点で二人の口は閉ざされていた。
というより、この喫茶店を見た途端、二人の顔色が変わったのに気付いていた。
「アルクェイドは此処、初めてだったよね」
「……前、志貴が一緒に行こうって言ってくれた所か?」
「うん。凄くいい所でしょ」
「ああ―――」
……折角変な空気を変えようと話しかけたのに効果無し。アルクェイドもシエル先輩も、黙り込んでしまった。
ある人のせいで……。
「…………お久しぶりです。……って、こうやって会うのは初めましてですね」
「―――あぁ、今まで挨拶をする余裕もなかったからな。どうぞここへ、姫君」
言われた通り座る。
……が、アルクェイドとシエル先輩の二人は固まったまま、動こうとはしない。
「その、二人とも? ……座って下さいよ」
……そんな呼びかけなんて聞こえていないようだった。
目の前にいる人が、そんなに信じられないのか、……また二人仲良く驚いて口を開いた。
「…………何故貴様が此処にいる、『蛇』」
「…………まさかこんなトコで茶啜ってるとは落ちぶれたもんだな。ミハイル・ロア・バルダムヨォン」
―――半ば予想していた展開になった。
変な空気に他の客がこっちを妙な目で見ている。
ただでさえ見取れるぐらいの金髪超美形と中性的美人のコンビに、窓際の奇麗な光りを浴びて優雅にお茶をしている外人さん……という、誰もがどっか一つは憧れそうなイイトコずくしの男性方の空間に惹かれないわけがない。
……って、自分がその中の一人っていうのも肩が狭い。どうせなら秋葉に頼んで一日貸し切りにしとけばよかった……。
「……志貴ちゃん。説明してくれるかな?」
しばらく睨み合っていた二人(と睨まれていた一人)だが、シエル先輩の言葉に動き出す。アルクェイドと先輩は…………また仲良く同じ側の席に着いた。
「えーと、その……この前、ロアさんが会いたいって言ってくれたので……でも一人で会うのはダメかな〜って思ったから二人に一緒に来てもらいたくて……」
「会いたいって、いつ言ったんだ!?」
凄い剣幕でアルクェイドが言ってくる……。
「…………夢の中、で?」
「あぁ。私と姫君は共感する事が出来た。多少の手違いはあったものの、元は転生先だっただけはある。力そのものはコピー出来なかったが意識を共有することは出来た」
「……どういう原理だそれは。『多少の手違い』って所を説明してほしいんだが」
「あの先輩……まずは何か注文しませんか……?」
恐る恐る話しかけてメニューを渡す。……しぶしぶ開いて一番上のメニューを頼んだ。
「その、ここに集まってもらったのは……私が聞きたい事があったからです」
「……何だよ」
……いきなりアルクェイドの声が低くなっている。態度まで出ないものの、先輩も同じくらい機嫌は悪いだろう。
「なんで、私生きてる……っていう事」
「……は? 何だよそれ」
「……ちょっと判らないの。だって私は……アルクェイドに血を吸われたんだから」
―――ガシャン。
先輩が氷水のグラスを落とした。多分ワザとじゃなく、本気で驚いて。……ってまたそんなことしたら周りから視線がぁ〜……。
「……ちゃんと説明しろ、アルクェイド・ブリュンスタッド!」
真横の席にいるアルクェイドを睨む。
「それと、アルクェイドもどうして……そんな元気なの?」
―――アルクェイドは弱っていた。それは私が彼を『殺した』からだ。
殺してしまったから少なくなっていた力が余計失われた。それを解消するには『吸血』……それが一番だという。私はこんな『眼』があるにも関わらず何にも力にならない。力は持っていてもそれを生かせる事が出来なかった。だから、そんな私にアルクェイドに出来る事といえば―――彼が吸いたいと思った通りにしてあげる事だと思った。
―――それは死を覚悟していたということなのに、何故、私が生きているのか疑問だった―――。
「……志貴。それは説明しただろ」
「してない。……これでも一応一度聞いた事は忘れない主義なんだけど」
「そうかぁ? …………あー、でもあの説明じゃ足りなかったかもしれないな」
そっかそっか、とアルクェイドは一人納得した。
「―――俺がコイツ追っていた理由、話しただろ?」
コイツ、とアルクェイドはロアを指さした。一人静かにお茶を飲んでいる。……アルクェイドもそうだけど、昼間っから街中でお茶をしている吸血鬼って一体……。
「俺、昔コイツに力を横取りされたんだよ。それを取り戻すためにずっと追いかけてたんだけど……」
「それは、……知ってる」
夜の校舎の中で、最期の言葉だと思って聞いていた事だった。……そこまではハッキリ憶えている。
「でもよ、俺。志貴のおかげでコイツ倒せたじゃん? だから力が戻ってきて何とか蘇生する事が出来たんだ。わかったな?」
ずずず……と氷水を一気に飲み干した。
説明終了。
……。
……って、それだけじゃわかるわけがない。
「だから、……それは知ってるけど、何で私が生きてるの?」
「何度も言ってるだろ。俺は蘇生出来たんだよ、志貴のおかげで」
「……君が莫迦だってくらい僕も判っているが、もう少し詳しく説明してくれないか?」
「バカ言うなよこのメガネ!」
……やっぱりこの二人の位置、変えた方がいいかな。
「―――姫君の血を吸い、力が解放された事によって本来の真祖の皇子の力を使い、姫君の命を救ったということか。最初のうちは完全に蘇生出来なかった、そのまま姫君に会いに行ったらおそらくまた血を吸ってしまう事になる。だから力が戻るまで眠っていた―――それがこの一週間だったのではないか。今では吸血衝動が抑えきれるようになっただろう?」
と、二人がまた言い争うとする前に、ロアがそう語った。……納得していいのか、悪いのか判らない事を言っている。
「あぁ、そういうコトだよ! 確かに俺は志貴の血を吸っちゃったけど……それで志貴が死んだわけじゃない。吸ったおかげで俺も元に戻れたし、戻れたから志貴も元に戻す事ができたって言う事だ。それが完全に出来るまで、一週間かかったんだよ」
「……それは、アルクェイド・ブリュンスタッドよ。志貴ちゃんが一週間眠っていたのと関係あるのか?」
「ありまくりだろ。ロア助もそうだけど、今度は俺と志貴が繋がったんだからな。俺のもんになったんだもん」
へぇ、そうなんだ……。
複雑すぎてもう判らないや……。
……って、それは簡単に流せないと思う。
俺のもの……って何?
「まさか―――君はロアを倒すために血を吸った。それはたとえ彼女が生きていたとしても、君の……」
「死徒になった、っていう事だな」
……。
…………。
………………生きてるのに死徒。何かソレっておかしい。変な感覚だ……。
「じゃあ……もう平気なの?」
「おぅよ! 俺はもうピンピンしてるぜ!!」
「君の事なんてどうでもいい! 彼女は……志貴ちゃんはもう平気なのか!?」
先輩の言葉にはいちいちアルクェイドは眉を寄せて反応する。
「あぁ、多分平気だよ。何にも変わってないだろ、でも俺と『契約』した事になるから。―――何だかんだ難しい事言ったけど、志貴は俺のモンになったって事だよな?」
にんまり、アルクェイドは満面の笑みを浮かべた。
「だーから、……俺はずっとこの街にいるからな! それが俺が此処に残る理由だよ」
一点の濁りのない微笑みをこぼして、アルクェイドは私を見つめる。
くらり、と頭が痛くなるくらい、奇麗な顔で―――。
「―――」
思わず、言葉を失った。
それは、……本当にイイコトだったんだろうか。
私も生きて、
アルクェイドも生きて、
…………ロアも生きて、
吸血鬼、という恐ろしい敵はいなくなった。
もうアルクェイドも先輩も怖れて焦る事もなくなった。
それは、とっても―――嬉しい事に違いない。
何一つ、失ったものなんてないのだから。
平和な日常が、戻ってきたのだから。
―――まぁ、一つ失ったものといえば、
平穏な日常は、もう戻ってこないということか。
「……だから、今度正式に志貴の家にも遊びに行っていいだろ、なっ!?」
陽気な笑みを浮かべながら、アルクェイドは恐ろしい事を言ってくる。
「……あのね、そんなに私を殺したいの? ……秋葉だけじゃなくて、翡翠にも怒られそう」
おまけに琥珀さんには一生からかわれ、四季には永遠にどやされるに違いない。……平和すぎて怖いぐらい。
「そうなったらあいつらとは決別だよな。大丈夫だって、その時は俺が責任持って志貴を連れて行ってやるから!」
……そういう問題ではない。なのに、何が愉快なのか楽しそうにアルクェイドは笑う。
幸せそうに、笑う。―――今までの中で、一番幸せそうに笑う。
……でも、私にとっては笑い話じゃすまされない事だ。
「アルクェイド、それ半分以上本気でしょ……」
「当たり前だろー、俺そんなに冗談言わないだろ」
「……そうだな。君の存在自体が冗談のような物だからな」
やっとやって来たパイを切りながら、……先輩は言い捨てた。眉間に皺を寄せながらも先輩の切ったパイの皿を受け取る。
「……毒は入ってないだろうな?」
「君は本当の莫迦か? ずっと見ていただろう、僕が分けてあげている所を」
……メガネのクセに生意気だ。そう言ってアルクェイドはパイに口を付けた。私も一緒に……久しぶりの此処の味を楽しむ。
「―――で、もう一つ」
……パイを一通り頂いた後に、今度はアルクェイドが疑問に持っていたらしい事を口にした。
「……ロア、さっきから……一体『姫君』というのは何だ」
「そのままの意味だと思うが?」
おかわりのお茶を飲みながら、サラリとアルクェイドの問いをかわす。……こう見ると忘れてしまうけど、つい一週間前、私はこの人に『刺された』事もある。それがこうやって一緒にお昼を迎えてるだなんて、……本当に判らない事もあるもんだ。
「……貴様が求めていたものは『永遠』か。不老不死ではない永遠。……不老不死だと身体より先に精神が老いてしまうから転生を選んだ……その理由は何だ?」
先輩も続けて聞く。……というより、先輩も目の前にいるのが『蛇』だという事に忘れていたんじゃ……?
「―――純粋」
「……?」
「純粋な物を求めた。わかるだろう、純粋な物を求めていただけだ」
……。
そう、言っていた。
共有する意識の中で、―――ずっと目指していたものの話を。
最後まで、一体何を求めていたのかは判らなかったけど、
熱意、というものだけはとても伝わってきた。
……それは、今ここで彼の声を聞いても判る。
「永遠を目指す。ただ理由もなく永遠を目指そうとしただけだ。人間は永遠を生きられないのなら、届く事が出来ない」
「……その方法が『真祖』の力横取りか、……迷惑な事やってくれたもんだ」
そしてやっと、届いた。
そしてやっと、判った。
……そう、彼は感動していた。
……何に、対してだろう。
「それが、今やっと見つかった。……もう長い年月を生きる必要が無くなった。真祖の皇子に力を借りる必要もなくなったのだ」
―――何故か、アルクェイドと重なった。
ずっと探していたものに辿り着けて、……やっと幸せそうに笑えた彼が―――。
「見つけた……? 八百年間、……多くの人たちを犠牲にして、一体何を見つけていたというんだ―――!?」
……。
―――唐突に、ロアは私の手を握ってきた。
「ロアさん……?」
「―――八百年前、視えた月の姫を」
しばし、その手を見つめて、
そして
口づけた―――
―――。
「…………………………へ?」
「…………………………っ!」
「…………………………なにぃ!?」
三人三色でその行動に驚く。こんな事は、―――ハイソな貴族系少女漫画にしか見た事ないゾ……。
「あ、ああああの……」
「どうした、私の姫君―――?」
甲に唇を寄せ、上目遣いに見つめてくる。いつかこれが憧れだとか何とか昔翡翠に言ったけど…………今のこれは、ヤバイ事だってぐらい判る。
何がヤバイって、そりゃ……今の周りの人たちが。
―――ザクッ
……何かが、切られた音。パイが切られた音なんて優しいものなんかじゃなく、……先輩が投げつけたナイフの音だった。サックリと、……ロアの肩に刺さっていた。
「―――気を付けてくれ、もう私は無限転生者ではない。つまり、君も不老不死ではないのだぞ」
自分で右肩に刺さったナイフを引き抜いて、……お手拭き用の布巾で血を拭き取った。普通の喫茶店でするような事じゃ、絶対ない……。
「そんな事は知らない。彼女を死徒にした真祖も許さないが、―――貴様も許さない。絶対に―――」
「せ、先輩……?」
ポツリ、呪いのような声で呟く。……先輩が本気でキレたのを見るのはアルクェイドが茶道室乱入した時と…………コレで二度目だ。
「――――――行くぞっ、志貴!」
いきなり手を引いて、アルクェイドは走り出す。
「え、アルク……何処に!?」
「―――あんな奴等に、志貴を渡してたまるもんか!」
「貴様……っ!」
追う者に追われる者、…………無理矢理追わらされる者と色々。
アルクェイドに手を引かれて、アーネンエルベの外へ出る。
アーネンエルベから出て、いっきに光を浴びた。
―――眩しすぎる。
金の髪に、太陽の光。
まるで目覚めた時の光を一斉にあびたようで。
―――彼の存在感を再確認する。
本当に目立つ男だ。
私なんかとは、全く正反対で……。
「……ぁっ!?」
唐突に、アルクェイドは身体を寄せてきた。
「ちょ、ちょっとアルクェイド……!?」
ぎゅっ、と抱きしめられる。動きを封じるように。何とかするために暴れてみた。だが離してくれない。離そうとする気配もしない。
「―――何で離れようとするんだ?」
「何でって……それは……っ」
―――それは、嫌だから?
誤解されるから?
恥ずかしいから?
―――そんなの、全部当てはまらない。
「イヤじゃないだろ? ならいいじゃないか」
……そう、頷くしかない。
痛いくらいに引っ張っていく。
私は、それに連いていく。
勝手に足が進んだ。
―――それが、嫌じゃないから。
「約束しただろ。やるべき事が終わったら好きにさせてくれるって、な!」
「そ……そんな事まで私言ったの……?」
「あぁ! とにかく、―――これからずっと付き合ってもらうからな!」
とりあえず今は追っ手が来ない前に
これからずっとこの我儘な男に腕を掴まれて、走った。
そうして、
このまま一生走り出す事になるんだ―――。
good end・・・?
if 月茶に進む
03.3.2