■ 25章 if 朱の紅月/1



 /1

「……秋葉、大丈夫?」

 食堂……琥珀さんに手助けをしてもらいながら、不自由な腕で朝食を取る秋葉……。

「あぁ。もう3日もこんな生活してれば慣れる」

 絞り出すように出た声……それは、怒りの色も交じっていたような……?

「その、秋葉……」
「何ださっきから……」
「朝から青筋立てないでくれる……?

 髪を赤く染めながら食事を取るのは、蠢いているそれがいつ襲いかかってくるかと思うとこっちの寿命が縮む。

「安心して下さい、お嬢さんには襲いかかりませんよ!」
「あ、はい琥珀さん……それは判ってるんですけど……」

 腕を怪我した秋葉の手となり足となり、琥珀さんはテキパキ動く。

「琥珀……、お前動きすぎだ」
「何言ってるんスか。いつも秋葉様これくらいのスピードで食べさせろって言ってたじゃないスか!」
「何時の話だそれは……っ」
「ずっと昔ッスよ。俺が秋葉様の使用人になった時から!!」

 ―――それは、もう5年も前の事らしい。
 5年前から、二人はあんな風に仲が良かった。それは主と使用人という関係でも、復讐のための演技でも無く、本当に親友として二人 は笑いあっていた…………そう信じたい。

「…………ふーん、秋葉まだそんな事してもらってたんだな」

 ・・・ぴきっ。

 折角のいい雰囲気を台無しにする音。
 秋葉が顔を引きつると同時に、琥珀さんの作ってくれたスープが一気に冷めてしまった気がした。
 屋敷の中なのに落ち葉もヒラヒラしているし……視線が、一気にその声に主へと集まる。

「……そんなワケないじゃないか、『兄さん』。お前こそ琥珀に付きっきりで世話してもらったんだろ。お前の方がこんなガキくさい事をやってもらってたんじゃないのか?」
「あぁ、そうだな。まっ当然だろ、俺は此処の当主なんだからな」
「……誰が貴様なんか……!」

 あぁあああぁぁぁああ……。
 意識が戻ってからここ一週間……学校に行くことが出来ない秋葉を迎えるのはお兄さんの……四季。
 こんな見ている側では胃が壊れてしまいそうな生活をもう6日も私は見ている……。
 確かこれは八年前の事……この兄弟は決して仲が良いものではなかった……それよりも私の記憶が正しければ、いつも言い争いをしていた気がする。あの時はまだ子供同士の喧嘩だしと子供ながらに許していたが、今は……放っておけば殺し合いをしそうで油断ならない。

「…………翡翠、満足?」

 後ろで、動かず突っ立ってこちらを見ている翡翠に聞いてみる。

「……八年前と同じ光景です」
「……こんなに激しくなかったと思うけど」

 って、いくらなんでも秋葉と四季の席を隣り合わせにするのは流石に駄目だったんじゃ……。

「あ、そういやな志貴っ」

 秋葉に睨まれるのも無視して、四季はこちらに笑いかけてきた。

「何……?」
「離れ、俺専用の部屋にしてもらったんだ」

 いいだろ、と自慢するかのように言ってくる。
 ……ついでに、無意味に抱きついてきたりもして。

「おぃ、四季……貴様本当に……!」
「あー? お前には琥珀がいるからいいだろー、俺は志貴に構ってもらうから。やっぱクソ弟より妹の方がいいしなーっ」
「………………! 姉さんに抱きつくなバカ!!!」

 びきびき、と何かのひび割れの音。
 ガタガタ、とポルターガイストもどきの食器の揺れ。
 あぅあぅ、とこっちは一人それに怯えて震えていることしかできない……
 というか四季、貴男秋葉が怒ってるの楽しんでない……?

「だからな、離れが自由解放になったって事だから、いつでも来いよ! 歓迎するからっ」
「歓迎って……四季、お前姉さんに何するつもりだ!!!」

 秋葉も四季の都合のいいように逆上してしまっている……それを見て琥珀さんもニヤニヤしているのはなんだろう。
 注・おそらく共犯。

「何しよーなー、琥珀ー?」
「えぇーお嬢さん、俺もたまーに離れにはお邪魔しますからねー♪」
「……貴様ら! これから姉さんの半径10m以内に近寄るなぁ!! 当主命令だコレは!!!」

 ……一体、当主命令とはどれだけ強い権限なのかは不明。

「…………お嬢様。急がないと登校のお時間が」

 横で冷静なツッコミを入れてくれる翡翠。

「あ、うん。…………じゃあ、二人とも仲良くね!」
「……って、姉さん!!」

 翡翠の腕を引っ張られて食堂を後にした。食堂……と言っても私はロクに朝食を取っていない。その変わりに、翡翠が後で500円玉を渡してくれるだろう。それでコンビニへ向かえ、という事だ。
 ここ一週間はそんな生活。
 そんな楽しくも忙しい生活……。

 ―――門の前。屋敷の中ではまだ嵐が絶えそうもない。それを苦笑いし見ながら、翡翠は深々とお辞儀する。

「翡翠……その」
「秋葉様と四季の事ならお任せ下さい」

 もう私の言いたい事はお見通しなのか、翡翠は笑う。……翡翠は比較的笑うようになった。わざと使用人らしく見せる事もない、そう言ったら直ぐに昔の彼に戻ってきてくれた。

「あの二人には毎日、『もしどちらか死んだらお嬢様が後追いさせます』と脅していますので安心して下さい」

 ……安心? 後追い?

「よ、よく判らないけど……じゃあ、行ってくるね」
「はっ。…………いってらっしゃいませ」

 静かに笑って見せて、私を見送ってくれた。



 /2

 ……毎度の事ながら、走って学校に到着する。ハァ、と一回ため息をつき呼吸を整え直した。
 屋敷から学校まで歩けば30分。走れば下り坂なので15分ぐらいで到着する。何故自転車で通学しないかと言うと……もし白い男性を運転中見かけたら大きく転びそう。よっていつも歩きなのだ。

 でも最近身体の調子がいい。
 というのも、四季が無理な事をしなくてすむようになったからもう命を危険にさらす事はまずなくなった。勿論、あの日から貧血は起こらない。やっと普通の人間の身体に戻れたのだ……。
 ……陸上部、本気で入部してみようかな。実は走るのは結構自信がある。昔から遅刻常習犯だったから……それだけで鍛えてしまった。部活動に入ったのは色々人のお世話になりやすい体質だったからだから。……でも、二年生後半で入るのは失礼か。
 生徒達はどんどん吸い込まれるように校内へと入っていく。仲良く登校する生徒達。朝の挨拶が飛び交う。その波の中、沢山の声が聞こえ、沢山の音が聞こえた。

 ―――かーん、かか、かーん

 小鳥のさえずりと交じって、トンカチの音さえもが聴こえる。耳を澄ませてもう一度。

 ―――かーん、かか、かかーん、かっこん

 半端なリズミカルなトンカチの音。方角からして中庭の方からだった。中庭はあまり人気のない所……。そして今はホームルームまであと数分だが、……気になる。

 中庭までゆっくり歩いていくと、直ぐにその音の正体が分かった。中庭にある並木道の途中。トンカチやクギを持って、花壇を囲む添え木を修理している。―――その背中は見覚えのある、親しい男性だった。

「……」

 いつもこの時間なら後輩のクラスにチャイム直前までいるというのに、今日は一体どうしたんだろう。そろそろチャイムがなる頃だ。
 ……もしかして、時計を持ってないのだろうか? 驚かせないように、そっと声をかけた。

「おはようございます……シエル先輩」
「ぅん?」

 蹲って作業をしていた顔が上にあがる。トンカチを持ったまま、こっちを確かめる眼鏡の中の真っ直ぐな目。やっぱりシエル先輩だった。

「や、志貴ちゃんおはよう」

 にっこり笑って挨拶をしてくれる先輩。ズレかけた眼鏡をかけ直してシエル先輩は聞いてくる。

「どうしたんだい? こんな所に」
「いえ、私の方が聞きたいですよ……何やってるんですか」
「ん? 見ての通り僕は添え木を修理しているだけだけど」

 ……それは見ればわかる。

「そうじゃなくて、……もうそろそろHR始まりますよ? それにこんな事、業者に任せた方がいいんじゃないですか?」

 言われて、先輩はあははと照れ隠しに笑った。

「それはそうだけど、いつもあの教室から見てて思ってるんだ。いつになったらコレ修理してくれるんだろな、って」

 あの教室、と言って二階を指さす。三年生の教室だった。

「それに、ここはよく利用しているからね……いつまでも綺麗じゃないのは気になるから」

 そう説明して、再び先輩はトンカチをカンカンならしだす。
 ……裏庭に手入れは酷いものだった。添え木も花壇も全く手入れしてなくて、文化祭になって何とか片づけ始めたものだ。時間なんて気にしないで朝から修理をしていたのか、Yシャツの腕を巻くっていて、額は微かに汗ばんでいた。
 確かに中庭は私も利用はしていた。時々先輩や有彦、弓塚くんと此処で昼食を取ることだってある。文化祭の時も此処には寄った。
 吸血鬼の話をしたのも、此処、だった気がする…………。
 でもどんな時でも私は添え木の事なんて見向きもしなかった。見て見ぬ振りをしていたのかもしれない。こんな小さな事にも気をつかうなんて、……先輩はやっぱり優しい人だ。改めてそう思う。
 笑いながら言って手慣れた手つきで作業を再開する。

「……でもとりあえずこれぐらいにしとかないと、遅刻しちゃいますよ……?」
「いやいや、ここで手を放したら授業中気になって全然勉強なんて出来なくなってアッという間にバカになるじゃないか!」

 ……勉強なんてしてなくても成績のいい先輩が言うと嫌味にも聴こえるような……そんな私は出席日数が危うい二年生。

「……志貴ちゃんこそ、行かないの?」

 シエル先輩が作業をしつつ質問すると、キーンコーンカーンコーンという平和なチャイム音が響いた。

「……行かないとヤバイですね」
「さ、遅刻でも一応授業にも出てた方がいいよ」

 カンカン、と先輩の声の後を追うようにトンカチがなる。
 ……よく見れば、壊れている添え木は1つや2つではない。沢山散乱したそれに、手際のいい先輩でもかなりの時間がかかってしまうような作業だった。
 一時限目は既に始まってしまった。先輩一人でやったら、おそらく三時限目突入までかかってしまうだろう。……無言で座り込んで手伝い始めた。

「志貴ちゃん……?」
「手伝いますっ。…………私、こういうの放っておけないタイプなんです!」

 勝手に散らかった添え木を集めだす。先輩は慣れてそうで、私が役に立つかどうか判らないけど……勝手にそう動いていた。

「ここでシエル先輩置いて教室行っても……気になってバカな頭がもっとバカになります。なら、二人で早めに済ませちゃいましょう!」

 ―――いざやってみれば、修理は結構楽なもので直ぐ終わった。
 何年も触ってなかったのか、それとも心ない誰かによって壊されたのか、添え木はバラバラだったがシエル先輩があっという間になおしてくれた。
 元々こういう細かい作業は好きだ、と作業しながら話してくれた。……全部なおし終えた時、時刻は一時限目が終わる所だった。誰にも誉められることもなく、先輩はこんな事を一人でやっている……本当に尊敬する。

「それじゃあ、そろそろ行った方がいいですね…………」

 立ち上がってスカートの埃をはたく。

「ありがとう。手伝ってくれて、嬉しかったよ」

 シエル先輩も私のと同じように立ち上がる。
 花壇を見渡せば、綺麗に添え木が埋められている。花壇に花は咲いていないが、これから植えれば元々綺麗だった中庭がきっと一段と綺麗になるに違いない。生徒会に種を要請しとくのも手だ……なんて考えてると、じーっと私の顔を見つめてきた。

「……先輩?」

 じーっと、真っ直ぐ私の目を見る……。

「志貴ちゃん…………ちょっと、疲れてる?」
「え……」
「ちょっと顔色悪いよ」

 そう言って、目元を指さした。直ぐに手持ちの鏡で確認する。
 いつも有彦に顔(色)が悪いと言われてるけど……最近は本当に気分が悪くなったりしないから逆に回復してきたと思ったのに、意外だ。―――思い当たる節は沢山、ありすぎるけど。

「その……懐かしい友人が愉快な仲間達の一人になって余計騒がしい家になっちゃって……だからかもしれません……」
「ちゃんと寝てる? 朝も食べてるかい?」

 ……食べてません。コンビニ買い置きです。
 寝る時間は消灯時間が決まっているので変わっていないけど、なるべく翡翠が一回で起こせるようにしているから、前よりは睡眠時間は減っているかも……。
 ということは、確実に悪い生活スタイルになってきている……?

「ちゃんと規則正しい生活しないと、女の子は特に17〜8歳ぐらいが身体を悪くしやすいんだから気を付けないと! 体重とかもこの時期に決まってくるんだよ?」
「は、はぁ……」

 先輩はまるで保健の先生のような事を言ってくる。
 シエル先輩は『先輩』だけど何だか『先生』のような雰囲気を持っている。大人っぽくてとてもカッコイイ……と思う。そんな先輩に色々言われて、急に自分の顔が恥ずかしくなった。両手で顔を覆う。

「……そういえば、シエル先輩は寝不足にならないんですか?」

 今度は私から聞き返した。その問いに驚いたのか、えっ、と声を上げる。
 ―――毎晩、街に繰り出しては吸血鬼を倒す。まだ解決していないのなら、あの重そうな黒い法衣服を着て夜中飛び回ってるんだろう……。それでも毎日(サボってはいるが)学校には元気に登校している。一体何時眠ってるんだろう?

「まぁ、―――僕は不死身みたいなもんだからね」
「羨ましいです……」
「ま、どっかの下等生物みたいに昼寝て夜暴れまくるなんて事しないから、安心して」

 今度はふふんっと鼻で笑った。……何とか笑って誤魔化すしかなかった。

 一時限目が終わるチャイムを聞いて、10分間の休み時間中にこっそり教室に入り込む。
 窓際のあんまり目立たない席なので、尚かつ私はそんなに強いオーラを放ってもいないので、入ってきても誰も気付かないだろう。…………と、思っていた。

「よぉ、サボリ魔。前、そろそろ補習受けに来いって言われたくせに〜」
「…………貧血よ」
「あれ遠野さん、昨日貧血は少なくなったって言ってなかったっけ?」

 ……揃いも揃って二人がツッコんでくる。10分の休み時間でもつるんでいた男二人コト、有彦と弓塚くんだった。……貧血が無くなったのは嬉しいが、いい言い訳が出来なくなって哀しいような……。

「有彦、弓塚くん、おはよう……」
「おっ、そういや今日は朝、シエル先輩も来なかったしよ。あっ、もしかしてお前ら朝っぱらから……!」
「……朝っぱらからナニ? さっさと言いなさいよっ」

 ……とにかく朝から有彦は騒がしい。その元気を少しは分け与えて欲しいくらいだ。
 気が付けば教室中の視線がこちらに集まり、『あれ、遠野さんおはよー』なんて挨拶してくる。こっそりクラスの中に入ってる作戦、失敗。……で、有彦の言った『先輩と何かあった』というのは半分当たりだろう。

「先輩とボランティア活動してたの……一時間ずっと」
「おー……先輩また新しいバイト始めたのか」
「物好きだな、シエル先輩も……」

 二人が感心している。
 お金にもならないし、誉められもしない。ただ『こんなコトする人がいるんだなぁ』としか思われない仕事。それをあんなに楽しく、笑顔でやっていられる先輩…………二人も尊敬の的のようだ。
 いや、この学校でシエル先輩を嫉んでいる生徒がいるだろうか? とっても優しくて頼りがいのある優等生。先生にも信頼が厚く、男女どちらも人気がある。あまりに出来すぎで、―――私なんかが相手にしてもらっていいのかってぐらい出来すぎ。

「で、何してたんだ?」
「花壇、作ってた」
「え……この学校花壇なんてあったか?」

 弓塚くんが有彦に聞くと、ほぼ即答で有彦はかぶりを振った。……と、話し込んでいるうちに予鈴がなった。

「はい、授業が始まるわよ。早く席に戻って……話は後」
「あいよ。あ、俺昼済ませたら帰るから、宜しく」

 何が宜しくだか判らないが、有彦は自分の席に戻っていった。

「じゃあ、遠野さん」

 弓塚くんも席に戻る。私も前を向く。

 ―――平和だ。
 本当に何の問題もない、何の問題にも怯えることの無い生活を今私は過ごしている―――。



 /3

 学校が終わり、ある場所へと足を進める。
 成績不審者会議とか何とかで今日は学校が早く終わった。なので、……ここずっと秋葉や四季を構ってばかりで、彼が恋しくなったのかもしれない。
 マンションのある部屋のチャイムをならす。ぴんぽーん、と音をならしても、昼間に彼が出てこないのは当然のこと。というわけで貰ってある合い鍵を使って中に入る。―――アルクェイドの部屋に。

「……起きてるー、アルクェイドー?」

 部屋の入り口のドアを閉めて、中に声をかける。この部屋に入るのは久しぶり。いつも土曜日会っているのは公園なので、ここに来るのは相当な事が有る限り来ない事にしている。
 ……一応、友人でも野郎だしこっちも入る時はドキドキするのだ。

「……あぁー? 起きてるぞー」

 中から、いかにも眠たそうな声が聴こえる。お邪魔します、と一言断っておいてから中に入った。

 アルクェイドの部屋は、私の部屋よりもシンプルで殺風景だった。
 家具は何一つ無い。マンションに元から付いているデスクとベットとクローゼット……のみ。クローゼットに何か入っているわけでもなく、本当にこの場に在るのはアルクェイドのみ。

「あー、あ……ん? おはよう志貴」
「―――」

 部屋の中に入って、止まる。

「よー、土曜日でもないのに志貴がやってくるのは珍しいなぁ……んーっ!」

 大きく背伸び。まだ起き抜けの顔。目を擦り眠気を払おうとしている。
 折角の綺麗な金の髪もボサボサ。それをガリガリ掻いている。初めて見た時の『高貴』なんて言葉は全然当てはまらない……。

「―――」
「うしっ、ちゃんと目が覚めたなっ!」

 一度深呼吸して、目を開く。

「志貴。……なぁ、なんか顔赤いぞ、ここまで走ってきたのか?」

 走ってきた、を別の意味で解釈したのかアルクェイドは嬉しそうに笑った。
 ……実際は会いたくてやってきた。早くしなきゃ日が落ちちゃうし、落ちてからだと秋葉がうるさいから走ってきたけど。けど、その…………。

「―――」
「おーい、どうしたんだよー。もしかしてヒンケツってやつかー?」

 頭を掻きながらこっちに近寄ってくる。

「おーい、志貴ーっ」
「―――ま、」
「ま?」

 後ろを向いて、深呼吸をする。
 叫びたかった。

 前ぐらい隠しなさいバカ!!!
 ……と。



「志貴ー、もういいぞ。着替え終わった」

 アルクェイドが声をかけて、やっと彼の顔を見られた。
 ……宝物を見られても、アルクェイドは変わらず。まだ少しタレ目を見せている。

「元気、アルクェイド?」
「あぁ、……ちょーっと疲れてるかな。最近寝て起きてやっつけて寝て……のエンドレスだし」

 話している途中に大きな欠伸をする。
 いくら吸血鬼が人間とは違うライフスタイルでも、少しそれには不憫な気がした。部屋に入ってくる前に、キッチンの冷蔵庫を少し覗いてきた。……そこには牛乳ぐらいしかない。シンプルというか殺風景というか、あまりに寂しすぎる。
 白い部屋の壁紙はアルクェイドに合っていて、すっかり一枚絵として飾ってあるようだ。

「で、なんなんだ? 何か用があって来たんだろ」
「え……別に、ただアルクェイド元気かなーって」
「元気だよ。…………じゃあ俺は寝るからな」

 ばふっ、と柔らかい音を立ててベットにアルクェイドが横たわる。その行動は光速だった。

「ちょ……アルクェイド! 私、折角来たんだから……」
「……すまん。今日は俺、寝かせてくれよ」

 虚ろげな目を私の目と一度合わせて、すぐにベットの中に入り込む。

「寝るって、貴男……」
「なぁ、志貴も一緒に寝ないか? なんか悪い夢ばっか見ててよー、最近悪夢ばっかだぜ」
「な…………な、意味わかって言ってるの!!?」

 顔をさっき以上に真っ赤にして聞き返す。―――が、私の言っている意味なんて判ってなんかいなかった。
 アルクェイドは布団に潜り込んだまま、手招きする。半裸……というか四分の一裸でベットで手招きするのは、アレなんだけど……。

「悪い夢……って貴男も夢なんて見るの? どんな夢……?」
「志貴が俺に殺される夢」

 ……。
 喧嘩売ってるのか、嫌味吐いてるのか、泣かせたいのか一体……。

「……あのね、アルクェイド。いくら私が……その、昔、貴男を殺したからって……それは……」
「おぃ、一緒に寝ないのか早くしろよ?」

 アルクェイドの声に苛立ちの色が見え始めてきた。
 布団の中から睨みつけるように鋭いアルクェイドの目が見える。

「そ、そんなのこんな場面で決められるわけないでしょ……!」
「じゃあ一緒に寝る! それでいいな!!」
「アルクェイド、もうちょっと真剣に……!」

 聞いてるの、と言おうとベットを見ると、
 アルクェイドが死んでいた―――。

 ―――すぅ、という寝息が聴こえる。
 ……もう寝ている。のB太だって3秒待ってるというのに、これはもしや世界新記録じゃないか?

「…………アルクェイド、アルクェイドったら!」

 ゆらゆら、と背中を押す。だけどアルクェイドは目を覚まさない。

「……っ」

 背中を押した時、力強さを感じた。
 いつも無理矢理抱き上げられたり、時にはこっちが引っ張り連れたり……彼の姿なんて見慣れた物だと思っていた。
 なのに、ゆっくりと背中に手を合わせると、―――彼の強さを感じる。手から、彼の大きさを感じる。手を通じて力が流れてくるように―――。
 寝顔はとっても幸せそうだった。ぐっすり、子供のような寝顔。

「…………本当に、寝たかったんだ」

 丸くなって、猫のように寝ている。
 カーテンの間から差し込む暖かい陽。不純な妄想をしていた自分が恥ずかしいくらい、綺麗な寝顔だった。
 ……男に妬けるだなんて。
 綺麗さで言ったら私なんかよりアルクェイドの方がずっと綺麗だ。この金色の髪も、今は封印されている朱い瞳も。

 こんなにも暖かい寝顔なのに
 見ているのは、悪夢―――。

 私がアルクェイドに殺される夢。
 夢は無意識の願望という。だがそれが全て当たっているわけではない。
 でも、アルクェイドは確かに見ている夢を『悪夢』と言った。
 私がアルクェイドに殺されるのが、悪夢……?
 逆なら解る。私が彼を殺したから。
 なのに、彼は、……。

「……ふぁ」

 アルクェイドの寝顔を見ていたら、何だかこっちも眠くなってきた。その寝顔が、私も眠れと誘っているようだった。

「……しょうがないなぁ」

 アルクェイドの横に倒れ込む。今なら、彼と同じ夢を見られるかもしれない。そんな変な確証を持った。

 そして夢に落ちていった―――。





if 朱の紅月/2に続く
02.12.22