■ 外伝6 PARADE/2



 /1

「志貴さーん!!」

 遠くから、聞き覚えのある声が私を呼んだ。その声はとても親しい声で、振り向き際に名を呼ぶ。

「晶くんっ、来てくれたんだ」
「ハイ! 瀬尾晶、志貴さんの約束を果たすためにやって参りました!!」

 敬礼。ニカッと笑う。

「えーと、秋葉……とそのお友達は?」

 あの、怖そうな先輩達は一緒は……。

「その、途中まで遠野先輩と一緒だったんですけど…………志貴さんに会うため抜け出してきました!」

 それはそれは……後が恐ろしくなりそうな予感が。

「じゃあどうぞ、『いらっしゃいませ』!」

 営業用のスマイル(0円)を見せて、教室へと晶くんを招待した。



「―――ぱぁっっ、満腹です!!」

 満足そうに伸びをする晶くん。晶くんはどうやら人に好かれるタイプなので、男女共々先輩方に気に入られていた。渡した無料券は全部使い果たし、お目当ての所は完全制覇。今は三年生のとあるお店がやっているクレープを一緒に並んで食べていた。

「そういえば……晶くん達の学校って文化祭、こんなカンジじゃないの?」

 晶くんがはむ、とクレープを頬張って直ぐ質問したせいか、急スピードで口を開ける。半ば咽せてるが笑顔なのでヨシとしよう。

「そのですね。俺の学校文化祭てあんま盛り上がらないんですよ。中等部から6学年全部、3年に一度やるんですけど、……去年はイマイチでした」

 ……へぇ、体育祭ならともかく、文化祭で盛り上がらない学校っていうのは珍しい。

「あー……昔は盛り上がったって先輩達に聞くけど、3年前まで女子校だったじゃないですか? だからある程度やるコトがカットされたらしい、って言ってました」

 ……聞いた所によると、女子校での文化祭では男性教諭も真っ青な過激な競技をやる学校があるらしい。文化祭、という公共の立場だとあんまり広がらないが、そういう話を聞いたことがある。私はずっと共学だから判らないけど……。

「……それって、昔文化祭やっていた先輩に聞いたの?」

 そうですけど? とクレープを丸飲みして晶くんは頷く。

「って事は、晶くんは女子の先輩の知り合いの方が多いのね」

 んー、大人(?)な女子達が可愛い坊や(晶くん)を構っている図が思い浮かぶ……。さっき、一緒に店を回っているときも、私の弟じゃないかって多くの人たちからナデナデされたりしてたから、きっと学校じゃもっと……。

「しょ、しょうがないじゃないすか……クラスの半分以上は女子なんですから!」

 ……まぁ、共学からまだ年数の経っていない元女子校ってそんなもんか……

「……前々から聞きたかったんだけど、秋葉はどうなの?」

 どうなの? という質問の仕方はおかしかったか、晶くんは首を傾げる。私も苺ジャムのクレープを片づけて、一息ついて続けた。

「その、女の子との付き合いは……」

 そう言うと、晶くんはニターっと楽しげに笑った。こういうスキャンダルな話題には昔から敏感そうな子である。…………昔って、出逢った頃からなんだけど……すると一言、

「俺も見習いたいくらいです!」

 とハリきった声で言った。

「…………そう、それじゃ良かった」

 その一言だけで、秋葉の女の子の付き合いが判った。
 晶くんは茶色の紙袋から、買いだめした二つ目のクレープに手を付ける。

「まぁ、姉としてはカワイイ弟の人間関係も気になるから、ね?」

 私は、……二つもクレープを食べる気にならず、ティッシュで口を拭く。元気な晶くんにはクレープの一つや二つ、どうってことがないだろう。

「俺は遠野先輩の事、信頼してますよ! 女の子のモテ方、教わりたいぐらいです!!」

 ……ほぉー、いい事聞いちゃった気分。

「ねぇ、晶くんから見て秋葉はどんくらい付き合ってる?」
「……ど、どんくらいと言いますと……?」
「何股してる」

 すると晶くんは大声で笑った。……こっちも冗談で言ったので、笑い返さずにはいられない。

「三澤先輩の話によると貰った恋文は三桁は越すって言ってたんですよ! 俺の目から見て特定の人と付き合っているには見えませんけどっ」

 ……秋葉、人見知りするからなぁ。女の子に好かれてもきっと知らんぷりとか……いや、女の子にだけは結構優しかったりするタイプとか?

「―――あ、もうこんな時間。ゴメンね晶くん……私これからする事があってね……」

 これからの約束の事を話すと、晶くんは直ぐ納得してくれた。

「志貴さんと一緒に歩けただけで俺は幸せです!」

 と、嬉しい事を何度も言ってくれて。

「確か……えと、単独行動って、秋葉達とはいつ合流するつもりなの?」
「あぁ、実は――――――俺、勝手に抜け出してきたんです」

 モゴモゴ、と言いにくそうに、晶くんは上目づかいに言った。

「その……遠野先輩達は多分食堂で落ち合うって言ってましたから……それ聞いたらもう一人で動き出しちゃって……その」
「食堂までどうやって行くか判る?」

 ……少し悩んで、ふるふると首を振った。この迷路のような学校に、この人混み。晶くんなら直ぐ波に流されてしまいそうな時間……時計は3時。一番の盛り上がりを見せる時間だ。劇とかコンサートとかを出し物にしているクラスが動き出す時間でもある。一人じゃちょっと危ないかも…………。

「……よし! 秋葉のいる食堂まで私が連れて行ってあげるっ」

 そんなお姉さん肌を見せようと、晶くんの手を引く。と……。

「え、その、志貴さ……それヤバイです!!!?」

 晶くんは悲鳴に近い声を上げた。

「え? 晶くん、何か都合の悪い事でも……?」
「あ、え、いえ、と、特別な理由なんてないですよっ! た、ただ志貴さんと食堂に行くっつーのはその並んで歩いてるので俺が隣にいるわけで遠野先輩のトコロまで行ってくれるっていうのはつまり志貴さんもいるわけで、俺も一緒にいるから―――そのっ……!」

 ……取り乱している。晶くんの言葉は全然解らないものになっている。

「秋葉が、どうかしたの……?」
「そ、と、遠野先輩はどうもしてないですけど、志貴さんが案内してくれるってことは志貴さんと俺が一緒に歩いているのを遠野先輩に見られるっていうことで……それだと遠野先輩に俺マジ殺されるんです!」

 ……。
 ……はぁ?

「殺されるって、まさか……」
「マジバナシですよコレ!? 遠野先輩は敵が負けを認めるまで、いや負けを認めても絶対服従になるまで叩いて蹴って拈り潰す性格なんですよ!!?」

 ……あぁ、それは何となくわかる気がする。我が弟ながら素晴らしい根性なりけり。

「でも、晶くんをウチの文化祭にわざわざ招待してくれたんだよ? 勝手に一人で出歩いてるからって怒ったりしないよ」
「か、勝手に逃げ出したってのはいいけど……ってそれもよくないってわかってますけど志貴さんとのっていうのが…………そ、その道まで教えてくれれば一人で帰りますんで俺は大丈夫です!」

 大丈夫、と言ったわりには、怖いのか身体がフルフル怯えている。……しかし、私には秋葉の何が怖いのかが判らない。

「ねぇ、晶くん……もしかして秋葉の事嫌いなの?」
「そ、そんな事ないに決まってるじゃないすかぁ! いつも生徒会でもお世話になってますし、そ、そりゃ遠野先輩はムチャクチャな事沢山やってますけどやっぱり正しいしカッコイイし……それにイザとなったら優しいし、それに……えーと!!」

 必死に、……秋葉の良いところを述べようとしている。いつのまにか涙目だ。

「……嫌いじゃあ、ないんだよね」
「嫌いなんかじゃないけど志貴さんと二人っきりは駄目なんです!」
「―――ほぉ、姉さんと二人っきりとはどういう意味だ?」
「志貴さんと、……こう、手を繋いでるっていうのを遠野先輩に見られたら……俺的にはオッケーなんですけど、きっと半殺しの刑に!!!」

 ギュッと掴んでいた手を両手で握られる。顔は照れているのか真っ赤、目も涙のせいで真っ赤。赤、赤続きで……晶くんが暴走している後ろに見えるのも、赤。

「……晶くんウシロ……」

 ぴたり。
 晶くんの身体が、―――声が、息が止まる。そしておそるおそる……振り返る。

「と、うの……」
「―――よぉ瀬尾……こんな所にいたのか。探したじゃないか……」

 私の手を握ったまま、首だけが後ろに振り返らせる。ギ、ギギ……とキツそうな音を立てて。
 その、……晶くんの肩に手を乗せた相手を見るために。
 後ろで綺麗な笑顔の少年を見るために……。

「あ、秋葉……ど、どうしたのそんなに笑って…………」

 秋葉が、―――ありえない笑みを浮かべていた。にっこりと、この世には存在しない筈の光景が今。

「お、姉さんもいたのか。あぁこの笑顔は迷子を見つけた時の達成感というのかな嬉しさというのかな。―――先輩はずうぅっっっと探していたんだぞ瀬尾?」

 きらりん。
 好青年の白い歯が金色に光る。
 凶器の刃物を突き刺された気分。
 それに、晶くんの顔が真っ青になっていく。
 ……それでも私の手を放さない。凍ってしまって放せないと言うべきか……。

 ―――なんでだろう……。
 ―――私には、今の秋葉が……
 ―――秋葉の髪が真っ赤に見えるのは、貧血のせい?

「―――じゃあ姉さん。俺は瀬尾と大切な話があるから借りていくから。自分の持ち場に着くように」
「………………はい」

 素直に頷く。まるで学校の先生に無理矢理納得させられた気分……。このままじゃいけないんだろうけど、どうしようもないから納得せずにはいられないという感じ……秋葉に、何があったとしても従わなくてはならない気がした。
 がしり、と晶くんの首もとを掴み、廊下をずるずると引きずり出す。

「あ、あぁぁぁああ……! す、すいませんすいません遠野先輩ぃいぃぃ!! これはほんの出来心でしてぇ……!」
「成る程。出来心で姉さんに―――ということか」
「ち、違います誤解です勘弁です! 俺はただ志貴さんと会いたかっただけでぇ!!」
「そうか。姉さんに会って何するつもりだったんだ?」
「たたたたただ話しするだけに決まってるじゃないですかぁああああぁぁ!!」

 ―――秋葉の髪は……やっぱり錯覚だったのか黒色に戻っている。
 ……なんだろ、甘い物の食べ過ぎかな……?
 これからまた付き合うっていうのに…………。
 二人の様子を見ると、廊下の曲がり角へと消えていった。奇妙な悲鳴と、不気味な破壊音と共に―――。

「あれー、秋葉ちゃんはー?」

 消えていった角を眺めていると、後ろからマヌケな声が聞こえた。秋葉、と名前で呼べるのはこの学校では紹介した有彦とシエル先輩ぐらい。それもでって恐ろしい事に『ちゃん』付けをするバカは奴ぐらいしか……と思ったが、バカはこんなぽややんとした高い声が出せるわけなく。
 振り返った先には、特大アンマン(半径25cm)を抱えている天然パーマの少年がいた。もう一つ特徴といえば、……深緑色のブレザーを着ている事ぐらいか。じっくり格好を見てみれば直ぐ誰かは判った。

「晶でも見つけて捕まえに行ってんじゃねぇ? さっきから姉さん姉さんてウルサかったのがいなくなっていいぜ。…………ん?」

 その少年の後ろについているのは、校門前でダルそうにしていたオールバック&ロンゲの少年だった。二人は、どうやら秋葉達を探しているらしい……。そして、私の姿を発見した少年と目が合う。

「あ、その……君たち」
「あぁーっ。秋葉ちゃんのお姉ちゃんだー」

 のんびりとした声で、片方の少年が、力の入ってない指を私に向ける。見ていてのほほんしてくる、変なオーラを放っている。隣の少年はキリキリしている……のに、二人揃うと何だか合っているカンジがする。

「秋葉と晶くんなら……あっちに行ったけど?」

 消えていった曲がり角を指さす。

「えー? 秋葉ちゃん、お姉ちゃんを探してたんじゃなかったっけ? 僕たち置いていきなり走り出したから、もう会ってるんだろって思ったのにぃー」

 ……いえ、ちゃんと会ってますが。今は後輩を一人校舎裏で血祭りにあげています。

「初めましてー秋葉ちゃんのお姉ちゃん。僕、秋葉ちゃんの友達の三澤羽居ですー」

 ……妙なアルファーファを放ちながら、ぺこりとお辞儀をする少年A。

「あ、どうもご丁寧に…………秋葉の姉です」

 空かさずこちらも頭を下げる。持ち上げた表情はニコニコ顔だ。
 ……この子も秋葉のお友達……なんだろうか? 秋葉が相手にするとは思えない程、ぽややんした男の子だ……。変な雰囲気を持ちながら、背は高くちょっと多めな天パの短髪。口調が間延びしているが、男の子らしい男の子である。

「はぁー……意外とお姉ちゃん普通だね、蒼クン?」
「…………羽居。行くぞ」

 意味深な台詞を相棒Bに言うと、私(と羽居君の言葉)を無視して曲がり角へと去っていく……。

「わわっ、どしたの蒼クンん……?」
「瀬尾の骨ぐらい拾ってやるのが先輩としての礼儀だろ」
「えー? もしかして秋葉ちゃんが晶くんをぉ……? でもそれおかしいよー」

 引っ張られながらもしっかりとした足取りで、少年Bの後を追う……。

「秋葉ちゃんなら骨なんか残さずに灰にしてるかも」

 的はずれな話を繰り広げながら、少年達は曲がり角へ消えていった……。

「…………灰、ねぇ」

 秋葉の学校生活、ちょっと見えた気がした―――。



 /2

「やぁ志貴ちゃん」

 約束の人は、もう既に茶道室で用意していた。急いで上履きを脱いで中に入る。

「すいません、遅れちゃって……シエル先輩」
「いや、僕もさっき来た所だからさ」

 先輩は、笑顔で畳の間へ迎えてくれる。茶道室はいつもの殺風景さとは違い、文化祭の道具の色々入った段ボールで埋もれていた。その中に、人が三人ぐらい座れるスペースがある。3時になったら二人で会わないか……という約束をしていたんだ。3時を過ぎたら、実行委員をやっているという先輩はまた忙しくなる。だからその手伝いを、無関係者だがさせてもらおうということで。今は先輩の少ない休憩時間である。

「志貴ちゃん。もうおやつは終えたかな?」

シエル先輩がパンの封を切った。もちろん―――あのパンである。

「あ、ハイ、私は…………もしかして先輩は今お昼ですか?」

 ハハ、と短く笑ってうなずき、カレーパンにかぶりついた。
 実行委員となると忙しくて、出し物の食堂などでゆっくり食事をしていられないという。……まぁ、お祭りになってもこの人はこの食品しか食べないだろう―――。かなり遅めのお昼をしているシエル先輩と視線がぶつかりあい、「食べる?」と誘われるが首を振って断った。いくらなんでも、朝から食べ過ぎである……。それでも、途中で買っておいたイチゴオレを取り出す。喉だけは、昔から乾く体質だった。

「あの……先輩。折角のカレーパンなんですが…………」

 シエル先輩は口を動かすのをやめ、水を飲んでこちらに向き直る。

「用意してるって判ってたんですけど…………コレ」

 後ろ手に、隠していた小包を……手渡す。小包といっても、大きめなバンダナにビニールの物をくるんだだけの物である。結び目を解くと先輩の表情が変わる。

「コレは…………」

 ……無表情に。

「……カレーパン……なんですけど」
「―――」

 …………あ、先輩が止まった。

「その……先輩きっと忙しいだろーなって判ってたんで……」
「―――」

 だから、何でこの人はカレーごときで刻が止まるんだろ……。

「……ダメ、ですか?」
「そ、そんなコトないよ! ……そうか、志貴ちゃんが僕のために……」

 あぁ! と感動の声を上げるシエル先輩。シエル先輩のためにあるような物だし。……しかし、あんな幸せそうな顔しなくても……。

「男子は沢山食べていいんですよ。カレーパンの二つくらい先輩ならペロリでしょ? 私なんか油断すると直ぐ太っちゃうんだから……」
「うーん、でも志貴ちゃんはもっと太った方がいいんじゃないかな」

 先輩はカレーパンを抱きしめて(食べてほしいんだが……)からかうように笑う。いらない冗談に、顔をしかめる……。

「先輩、それはイジメですか……?」
「あぁっ、ゴメン。……でも志貴ちゃんちょっと細すぎじゃないかな。前、僕んち来た時思ったんだけど」

 ……。
 …………。
 ………………どうして言いにくく恥ずかしいことをサラリと笑顔で言ってくれるんだろう……熱が、出てくる。普通だと思うけど……

「……そんなこというならあげませんよぉカレーパン!」

 茶道室に笑い声が流れる。先輩に顔を背けて、自分用のジュースに口を付ける。

「そんな事言ってもいくらでも食べるさ! 食欲の秋だからねっ」
「んな事ないにゃーデブシエル」

 ……………ぶっ!
 思わずイチゴオレを吹き出しそうになった。間一髪の所で助かる。

「…………どうしたの志貴ちゃん。何か言った?」
「い、いえ! 言ってません!!」

先輩はいつもの笑顔を浮かべてはいる。……ものの、やっぱりピリピリした空気になった……気がする。

「それより、志貴ちゃん。クラスの方の出し物の方はいいのかい?」
「え、ええ……私は午前の係りだったんで、もう何も手伝わなくていいんです。……一応、一度は戻るつもりなんですけど……」

 途中で帰るなんて事はしない。……折角のお祭り、最後まで楽しむ気でいる。

「えと、……シエル先輩のクラスは何なんですか?」

 私の渡したカレーパンの封を切る先輩。光速で一個目のパンは食べ終わったらしい。

「はは、僕の方はホント普通ので言うほどじゃないよ」
「歌月と同じでネタ無しにゃー」

 ―――ビキ

 …………待って下さい、皆さん。普通の方なら『湯飲みにヒビが入ったらこんな音かな?』とお思いでしょうが、今はそんな事ありません。本当に、『空気が凍ってる』んです。

「…………志貴ちゃんやっぱり僕に隠している事あるだろ?」
「そ、そんな事ないです! 私、先輩には正直です!!」

 だから、青筋立てないでください……!!

「その……もうすぐ後夜祭ですね!」

 茶道室に小さく掛けてある時計を見ると、既に3時をまわっている。もうすぐ文化祭が終わり……暗くなってから、校庭の真ん中で焚き火をする。それがクライマックスだ。見た者―――全員がその炎に心を奪われる。それほど感動的で美しい光景なのだ。

「あぁ……アッという間だよね、祭りの日ってさ。ずっと用意で慌ただしかったっていうのに、数秒で終わっちゃうような……」

 二つ目のカレーパンをかじりながら、日の差す畳を遠い目で見つめる。
 数週間前から……人には数ヶ月も前からバタバタしているというのに、終わるのは一瞬の事。これが終われば、あとは普通の生活―――いつもに戻るだけなんだけど、お祭りの時は楽しければ楽しいほど、毎日がそうだったらいいのに、と思える。二つ目のカレーパンを飲み込み、寄りかかっていた段ボールから立ち上がる。

「じゃあ、早めに行っておこうか。志貴ちゃんと話していたいけど、あんまり遅いと怪しまれるからね」
「怪しいのは元からだタコー」



 …………第三者の声が、ハッキリと聞こえた。



「―――」
「―――先輩?」
「―――聞こえたな」

 …………コクリ。黙って、頷く。
 と、先輩は目を伏せて息を吸って
 そして、

「出てきやがれこのアーパー吸血鬼がぁ!!!」



 きーん………………。
 アラレちゃんが走る音……じゃないんだろうけど、そんな音が耳を貫く。……先輩らしくない乱暴な大声が響いた。

「んにゃー」

 その声に引かれて……かどうか判らないけど猫が、現れた。苦しそうに蹌踉け倒れ。……立ち上がる。

「フンッ、油断したぜ……まさかあのマヌケが俺の存在に気付くだなんて」

「気付くに決まってるだろう! 何のつもりだアルクェイド・ブリュンスタッド。ここは人間の学舎だ、君のような生き物が居る場所ではないっ」

 隠れて(?)いた猫は、先輩が説明してくれるとおり白い生き物……アルクェイドである。何故か腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がりシエル先輩を見る。先輩の目は―――殺気で充満中。今にもアルクェイドに襲いかかってもおかしくない目をしている。

「だな。お前の居る場所なんかワザワザ来たくなんかねぇよっ」
「なら出て行け。学校の敷地内は勿論、この街からも国からも出ていってくれると嬉しいんだがね」
「ヘェ、折角俺がこの街を彷徨く悪人をやっつけてやってるっていうのにそんな事言っていいのか、代行者」
「―――君がいなくても僕がその使命を果たす」

 ……平和な学園から一変、裏な話題持ちきり。まだ後夜祭でもないのに火花が飛び散る。学校で二人が喧嘩されたら、―――ちょっとヤバイ。

「ま、まって……待ってよアルクェイド! シエル先輩も…………此処は学校なんですよ、わかってますか?」

 ……とりあえず無駄だと思うが二人を止めてみる。すると先輩はにっこり笑う。

「そうだね。まぁこんな下等生物にそんな常識が通用するなんて僕は思ってないけど」

 ……あくまで挑発的な口調を変えない先輩。一方アルクェイドは……

「あー、ダイジョブだって。俺だって戦争しにこんな所来たんじゃないからっ」

 ……よく見てみれば、ピリピリした空気を出しているのはシエル先輩だけだった。アルクェイドはノンビリマイペースである。……首を傾げる。私も、シエル先輩も、アルクェイドの事が解らないでいる。

「え……じゃあアルクェイド。どうして此処に……?」

 問いかけるとアルクェイドがこちらを向く。

「志貴…………」

 呟く。
 そしてアルクェイドと私の目が合うと、
 にっこり、笑って
 ―――抱きついた。

「「な!?」」

 二人揃って、驚きの声を上げる。アルクェイドは、放さず私を……メイド服のままの私を抱き上げる。

「俺のためにこんな可愛い格好してくれたのか志貴ーv」
「な! な、何をしているんだ離れろ!!!」

 その光景を見てふるふると震える先輩。先輩の後ろには、炎の……怒りのオーラが見えた。今までに(何度かアルクェイドの喧嘩は目撃しているけど)見たコト無い怒り方だ。

「ちょっ、やめてよアルクェイド―――!」

 とりあえず藻掻いて離れる……あまりにいきなりの事で避けることも嫌がる事も出来なかった……。

「な、なにいきなりするのよっ!」
「なー志貴ぃっ。今度その格好で土曜日俺のマンションに会いに来てくれよ! 朝になったらちゃんと屋敷まで送ってやるからさーっ!」
「こ、こんな所で大人なネタやんないで! まだ明るいのよ!」

 ……って、私も私で、大きな事を言ってしまった。

「―――」

 先輩が、黙ってしまった……。俯いて、何も言わず…………きっと先輩、キレるぞぉ……。

「―――死ね!」

 いきなり。それはもうビックリするぐらい唐突。ストレートに、剣をアルクェイドにぶっ刺した。……と言っても、ザクリと畳に刺さるだけで、アルクェイドは間一髪の所でかわしていた。

「せ、先輩……っ!!」

 シエル先輩は、ヤル気満々だ。青い目が鋭いまま戻らない……。

「おぅっ、人間の学舎とやらでキレるだなんて大人げないな代行者!」
「―――今日という今日こそ決着をつけようじゃないか。アルクェイド・ブリュンスタッド!」

 ガラッ、と先輩は襖を後ろ手に開けた。ソコには、何十本もの『武器』が隠されており…………。

「うわ、コイツ本気だよ。こんな所で俺と戦うだなんて莫迦だな!」
「―――黙れこの吸血鬼が!」

 ザンッッ!
 するり、とシエル先輩の剣を避ける。そのジャンプのおかげで調子が出てきたのか、アルクェイドも構えを取った。

「ま、俺は優しいから売られた喧嘩はちゃんと買い取ってやるぜ。―――かかってきな」

 くいくい、と指でアルクェイドはシエル先輩を誘う。その瞬間、シエル先輩の足が駆けだし、一瞬にして消えた。それと同時にアルクェイドも―――!



「…………やーめた」

 くるり、と茶道室出口に向かって歩き出す。
 いいかげん、ナレーターするのも飽きた……。もう何度も同じパターンの喧嘩を見ているし、きっとあの人外野郎二人の戦いはこれからも沢山見られると思うし……。

「お邪魔しましたー」

 目に見えない戦いを繰り出しているその部屋にお辞儀をしてそこを離れた―――。

 ―――くいっ

「?」

 廊下に出てすぐ、深呼吸をしていると、メイド服のロングスカートの裾が引っ張られた。何かと、下を見る。

「…………あれ」

 目に入ったのは、黒いコート。紫の髪。赤い、目…………。

「貴男は、アルクェイドの………………」

 10歳くらいの、男の子がいた。その男の子が、スカートの裾を掴んでいる。
 ―――くいくいっ
 私を呼ぶように、何度も裾を引っ張っている。

「なぁに? 私に何か用……?」

 背をしゃがめて、男の子の視線といっしょの高さにする。膝を曲げて、抱え込むような形になる。男の子は―――やっぱり何も言わない。何か言いたそうな顔や仕草はするくせに、この子は何も言わない。すると、男の子はお腹を押さえた。何も言わず、何かを訴えている……。

「…………お腹減ったの?」

 思い付いた事を言ってみた。すると、こくこくっ! と凄い勢いで頷いた。ビンゴ。わかってくれて嬉しいのか、男の子のへの字だった口が緩んだ。

「そっか。……全く、アルクェイド何やってんのかしらこんな小さな子を置いて…………私のクラス行こ」

 確か無料券が―――あ、一枚あった。晶くんに全部やってしまったと思ったが、一枚ぐらいは自分も使うだろうと思って残しておいたのだ。

「それじゃあ、ケーキでも食べようか?」

 そう言うと、こくこくこくっ!とうなずき嬉しそうに笑って頷いた。男の子の手をちゃんと繋いで、教室へ歩き出した―――。



 /3

「いらっしゃ……って遠野さん、おかえり〜」

 午後の店引きの女子が挨拶をしてくれた。私が見てもカワイイ子だと思った……私なんかよりずっと、だと思うけど。

「あ、可愛い子〜」
「あー、この子が遠野さんの弟さんー?」

 午後の係りをしているクラスの女子が、私と手を繋いでいる男の子へと集まってくる。すると、男の子はぎゅっと私の手を繋いだまま、私のスカートの後ろへと逃げてしまった。『かわいい〜っ』と女子達の声があがる。私もあまりの可愛さに抱きしめたくなってしまった…………。

「あの、すいません……私、お客さんになっていいですか?」
「うん、遠野さんどうぞ〜」

 一応断っておいて、お客さんとして教室に入った。

「や、遠野さん。いらっしゃい」

 席に座ると、弓塚くんがウェイターとしてやってくる。コスプレは……ジオン復興の少佐殿である。(趣味)茶色の頭髪を後ろで留めていてオールバック。なかなか似合っている……。
 水をテーブル(教室の机を二つ繋げてテーブルクロスをしいただけのだが)に置く。……と、すかさずその水のコップを男の子は取り、飲みだした。お腹が空いただけでなく、喉が乾いていたのだろう……やっぱり保護者、全然気遣ってやってない。

「えーと、その子……遠野さんの弟さん?」
「う、ううん……違うの。友人の弟、…………かな?」

 そうなの? と男の子に聞いてみるが、夢中に水を飲んでいる。……多分、アルクェイドの弟分みたいな子だろう。無料券を渡して、ケーキを注文し、直ぐ持ってきてもらった。

「ほら、いただきますっ」

 持ってきてもらったフォークを不器用な持ち方で持ち、ケーキを口に運ぶ。

「―――」

 そして、幸せそうな笑顔を浮かべる。やっと辿り着いた食べ物……なんだろう。アルクェイドは自分の事しか考えなさそうだからなぁ……こんな小さい子が泣いていても気付かなそうである。

「…………美味しい?」

 コク! と頷いてすぐケーキを口に押し込む。
 ……本当に可愛い。すぐにペロリと一枚食べ終わり、次に入る。

「…………すいません、追加お願いします」

 無料券は一枚しかなかったけど、自腹で、男の子の追加のケーキを頼んだ。
 次にケーキを運んできてくれたウェイトレスの女子は、オマケだと言って二個ケーキを置いていった。夢中でケーキを食べている。……しばらく、水だけ貰ってその図を見ていた。
 ―――何だか、懐かしいなぁ。
 そんな事を考えながら、美味しそうなケーキを見る。
 ―――昔、おやつといえばこういうのあったなぁ。
 ……少し昔の事を思い出した。こんな不器用な食べ方をしていたのは……やっぱり秋葉だろう。そこにメイドさんがいれば汚らしいと怒られただろうが、4人でコッソリおやつを食べていた時は、本当に大戦争だった……。私は三人の奪い合いを見ているしかなかった。秋葉達の壮絶なバトルに付いていく気にはなれなかったし、それを見るのが凄く面白くって笑いっぱなしだったんだろう。
 ……で、仲裁役のお兄さんが「4人で分ければいい!」と頭の良い提案をしてくれて、やっと私も食べる事が出来た。そんないい意見を言ってくれたけど、「4人均等に分けられてない! 不公平だ!」という意地汚さにまた戦争が勃発……。
 おやつ、というとそんな事が思い出される。
 ………………あれ、何で3人じゃなくて4に……ん?
 別に、そんな細かい事、いい、か……な…………。

 ―――くいっ

「……え?」

 ボーッとしていたら、男の子が私の興味を惹かせていた。男の子は、必死にフォークに刺した無造作なケーキの塊を私の口元に突き刺す。無言でも、口がパクパクしていた。

「…………私が、食べていいの?」

 ―――頷く。ちょっと名残惜しそうだったが、私を気遣って一口くれた。本当に、一口だけ。あとは全部男の子が食べた。

「そんなに慌てて食べなくてもケーキは逃げないよ……」

 きっとボーッと食べている姿を見ていたのが、彼には物欲しげに見ているのと思ってしまったのだろう。だから一個だけ譲ってくれた…………心優しい子である。全部のケーキを食べ終わった後、男の子の口元にはクリームがべっとり。それに気付いて、小さな拳で拭き取り、舐めた。

「もうっ、行儀悪いなぁ……」

 いてもたってもいられなくて、持っているティッシュで口元を拭き取ってやる。目を細めて、私のされるが儘の顔。なんて、幸せそうな顔…………。
 ―――その時、鐘がなった。

 『これにて文化祭は終了します』
 そんな放送の声が流れ、―――校舎中に拍手が沸き起こった。



 /4

 ―――暗くなり、後夜祭が始まった。
 校庭の真ん中には大きな赤い炎。
 歌は綺麗に風に乗って流れ、聞こえてくる声は明るく、暗い夜を吹き飛ばしてくれていた。
 焚き火を中心に集まる生徒達。二階の教室から、一人その炎を見る。ぼんやりとそれを見る。欠伸をしながら……。
 お祭りの華。美しい赤をみんな囲んで楽しむ。男子達はワーワー騒いでいたり、女子達もキャーキャー騒いでいたり、カップルが寄り添ってロマンチックな事を囁いていたり……。
 祭りが最後なんだな、と実感する。
 去年もキレイだ、と思った。遠くから一人でその闇の中に浮かぶ赤を見つめる。
 その中には入らず、みんなの炎を見ている。
 全て終わりと一人で納得する。
 ……あぁ、終わっちゃった、お祭り……。
 その時、やっと楽しかったんだと感じる。
 炎を見て、黒の世界に灯る赤を見て、終わりを感じ、また、新しいお祭りが始まるのを感じ、―――。

「…………寝るなよ」

 声が、した。後ろで、……昔からずうっと聴いていた声が。

「……貴男の事だから、絶対途中で帰ってるか生徒会に連行されてるんかと思ったけど」
「あぁ。お化けキノコの乱舞をお見舞いして見事捕まった。…………勿論脱獄してきたけどよ」

 ……生徒会まいてきたのか。
 昨年、一年生の時出し物でお化け屋敷をやったのはよくある話。そこで問題を起こす生徒がいるのもよくある話。……それが奴だというのも、ありそうな話。まったく、そのお祭りの指名手配犯がどうしてこんな所に。

「教室で取り残されて鍵かけられて真っ暗で泣き出すんじゃないかって思ったからよ。起こしに来てやったぜ」
「―――余計な心配ね」

 ……折角いいムードだったのに。美しい炎に一人慕っている瞬間だったのに。
 確かに夜の、黒の学校は怖いけど、同じ黒でも、今、外の黒は全然違う。……有彦も窓際に近寄り、下の炎とその海を見た。

「上から炎を見おろすのもいいでしょ?」
「外、出た方がよく見えるぜ」

 ……そうかな。
 でも、さっきまで脱獄で外走り回っていた人が言うんだから間違いないかも……。

「……去年もここからだったから、今年は外に出てみようかな」

 眠ってしまいそうだった身体を起こし、立ち上がる。

「―――行くなら覚悟はしとけよ」
「ナニを?」

 問い、顔を見る。すると、―――外の炎の光でか、有彦の顔が赤く見えた。

「…………なんでお前そういうトコだけヌケてんだよっ!」

 ぷいっと顔を背け、教室から一人出ていこうとした。

「待ってよ……! 何のために起こしたのよ!!」
「お前を連れてくために決まってんだろっ…………早く帰んねぇと姉貴とバカ馬がウルセェんだよ!」

 ……ワケ分かんない。
 そんなのだったら、……最初からさっさと帰ればいいじゃない。
 毎度そう思っているのに、なんで迎えに来るのかなぁ……。

「―――覚悟なんて必要ないでしょ」

 今、外で楽しく焚き火を見ている男女二人組といったら、
 ―――アレにしか見えない世界だから。





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02.12.1