■ 外伝5 PARADE/1
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久しぶりの平和な学校は、本当にいきなりでした。
学校の終わりを告げる鐘がなる。賑やかに、生徒達は次々と教室から去り家へ帰っていく、いつもの光景。しばらくボーッとそれを見ている。……ここにいたいとか、屋敷に帰りたくないとか、そんな理由は特になく。ただ、…………みんな帰らないなぁと騒がしい教室を見ていた。
―――あれ。
「…………どうしてみんな帰らないの?」
もう六時限目はとうの昔に終わっている。
それでも、まだ教室は一人も帰らない。生徒一人……それどころか有彦までちゃんと教室に残っている。
何かあった?
……あぁ、そういえば明日は―――?
「文化祭―――!!?」
……黒板の書いてある『文化祭』の字を見るため椅子から身を乗り出した。
「おぅ、ヤル気満々だな、志貴!」
その私に近づいてくる有彦もいる。この、万年サボリ&遅刻&早退常習犯の男でも学校行事だけは付き合うという。
「驚いた……まさか明日がいきなり文化祭だったなんて」
「マジ? 実は俺も今さっき教えてもらったんだけどよ、久しぶりに学校来て良かったぜ」
あはは、と笑う有彦……につられて私も笑おうとした。
が、
「…………有彦。みんなに怒られそう」
じーっっと残り三十八人のクラスのみんなに見つめられる。それはそれは冷たい目で―――。
「…………だな。俺達あんまり手伝いしなかったし」
俺達。……そう、有彦の言うとおり私も文化祭の準備は一つも手伝っていないような気がする。
「というか文化祭というものがこの学校にあるんだ……というのも忘れてたぜ」
「……それくらいは私は覚えてたわよっ。『文化祭の出し物は一体何にするか』って放課後話し合った事があったじゃない!」
「で、何に決定したんだ?」
……。
…………。
………………なんだっけ。
「え、……えーと、弓塚くん? このクラス一体何を出すの?」
とりあえず、積極的に動いている中でも一番聞きやすい弓塚くんに聞いてみる。
「―――」
そして、クラス全体の冷たい視線が再度送られる。
「…………遠野さん、まだ決まってないんだけど」
……さっきからバタバタ騒いでいたくせに、弓塚くんは意外な事を言ってくれた。
「―――え? 決まってない……?」
あぁ、と弓塚くんは疲れた頷く。……ちょっと怒られている気がした。
「でも、……それじゃあ明日当日なんだからヤバイんじゃ……」
「だからさ。遠野さんが何やるか投票してくれないからまだ決まってないんだよ。見事に多数決の票が見事三つに割れちゃってさ」
そう言われてもう一度よく黒板を見ていた。黒板にはキレイなんだか汚いんだか解らない字で出し物候補が三つ書かれており、『正』の字が何個も書かれている。その数は…………十三VS十三VS十三。
「遠野さんが何入れるかによって俺達の運命が決まってるんだよ」
「…………ほんとだ……」
いやホントビックリ。よくまぁあんなキレイに票が別れるものなんだなぁー……ってそういう問題じゃなく。何でいつの間にそんな展開になってるのか謎だ。
「…………有彦は何にしたの?」
「企業秘密だ」
……いや、隠さなくても意味無いと思うけど。
「とりあえず早く選べよ」
有彦に急かされ……れば急かされるほど、どれにすればいいのかわからなくなる。うぅ、三つのうちどうしたらいいか……喫茶店に借衣装屋に……どれも面白そう。
「あのー…………喫茶店やるにはかなり材料とか買い込まなきゃいけないんじゃない?」
「あぁ、それなら既に買い込んであるさ」
ババンッッ、という効果音と一緒にナマモノの大群が出てくる。うわーこりゃ使わないとヤバイんじゃー……。
「じゃあ、借衣装屋ってどんな衣装があるの?」
「こんなカンジ」
ででんっっ、という太文字と共に出てくる舞台衣装……というかコスプレ衣装。よくこんなに借りてきたなぁ……メイド服やチャイナ服……セーラー服にきぐるみ、コスプレの王道が揃ってる。どっちか選ぶということは、どっちかが消えるっていう事なんだろうなぁ……。
……。
「じゃあいっそ借衣装屋の着てコスプレ喫茶店やりたいです!!!」
一瞬思い付いた事を言ってやった。
―――どれか一つを選ぶなんて出来ない。喫茶店は定番だから外せないし、折角衣装も回って探してきたんだし。まぁどうせ借衣装屋は(不純な)男子は女子のコスプレが見たくてやるんだろうし。
「普通にエプロン姿・ウェーター姿でやるのもいいけど、その方がもっと楽しくなると思いませんか?」
調子に乗ってクラスのみんなにそう呼びかけてみる。すると嬉しい事にみんなウンウンと頷いてくれた。
「それならどっちの票も救われるよなー」
とか。
「これなら外来客の目も引きそうだし、人気も出るよなっ」
とか。
「そうだよねー! さっすが遠野さんわかってるよね!」
なーんてつい照れてしまう台詞を揃って言ってくれる。
そこに現れる有彦。
「そうだよねー! さっすが遠野さん上っ面だけ良くてみんな洗脳しちゃってるーっ!」
「―――有彦、貴男……」
―――後で十七分割決定、……と、
どげしっ。
有彦は、「ぶうぅっっ!」と血反吐―――バタリと宇宙(そらと読む)に浮かんで倒れた。
―――って、え?
「おぉスゲェ! 今、下から腹を打ち上げるようなショートアッパーが乾に炸裂したぞ!」
「見た見た! すれ違うフリして超接近でのボディブロー!」
「うんうん! 乾のヤツ5cmぐらい飛んでたぜ!」
「間違えなくプロの殺し方だな! 流石ぁ!!」
パチパチパチ……とクラス全体に拍手がわき上がる。―――って、私は何もしてないのに!?
「…………あの、弓塚くん?」
「―――」
男子一同……一部の女子も有彦を浮かせて褒め称えているのは………………弓塚くんだった。
「わー弓塚が乾を殴ったぞー!」
「誰か保健室に連れていってやれーっ」
「ほっときゃ起きるだろ。それに今の時間保健の先生いねーぞ」
……。
誰も有彦を連れて行ってやらないとは。合掌。
「………………女の子がボディブローするのはちょっとダメだと思ってね」
「……ありがとう。弓塚くん」
―――というわけで、我が二年三組はコスプレ喫茶店になりましたとさ。
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そしてアッという間にやってくる文化祭当日。とてもいい天気で、こんな天気は体育祭の時に来て欲しい―――なんて欲張ってしまう青空の中。
「じゃあ全員さっさと決められた衣装に着替えてくださいー」
と、(かなり)いいかげんな担任の言葉でみんなが動き出した。
「―――」
着替えから帰ってきて、周りを見渡せば…………とても素敵な集団の出来上がりである。
とりあえず私の言った意見は全て通り、この喫茶店はコスプレ道場。
クラス全員が着てもまだまだ衣装はあまってたりするので、その衣装はお客様に貸し出しするとか。別館で着替え・撮影も出来るらしい。……本当の事を言えば、あんな二つ合わせただけのがまさか通じるとは思わなかった。流石に文化祭一日前の意見は悩むほどもなかった、というわけか生徒会。
―――でもってやっぱり大忙し。盛り上がるのは午後からだ、と言っていたくせにお客は結構多い。カラフルな衣装や奇天烈奇怪のが多くてなかなか繁盛し、外来のお客様には大人気である。そして私は店番…………と。
「名簿に名前を書いて下さい。……あ、チケットお願いします」
と、同じ事を繰り返し言っているというのが仕事である。
「お気に召した衣装がありましたら、下の特別教室で撮影が出来ます」
…………うぅ、喉が乾いたなぁ。朝から喋りっぱなしだし。
学校では静かを装っている(?)ため、こんなに喋るのはかなり辛い。
それでも「遠野さんは客引きがうまいから」という理由でこんな役をやらされている。……ちなみにそう言ったのは弓塚くんだ。何でも男子の中では「遠野みたいな可愛い子が誘ったら誰だって連いてくるぜ」とか何とか……。いや、自分で可愛いと思うのは傲慢だけど、……やっぱり嬉しいものは嬉しい。でも女子の一人ぐらいは何か言ってくるかなと思ったのに―――
「お嬢さんは男女問わず人気なんスよっ」
でも、……この仕事って廊下で客引きだから、本題である教室の中が見れないから全然楽しくない。どちらかと言えばウェイトレスの方がやりたかったなぁ……なんて我が儘言っちゃいけないんだろうけど。
「お嬢さんっ。ここに名前を書けばいいんスか?」
まぁ、もうすぐお昼。その時は順番交代。中に入れてくれるっていうし。40人のクラスが全員働いているわけじゃない。なので三つのグループに分かれて仕事をしている。そして私は朝のグループなので頑張って今仕事を―――。
「ったく『琥珀』って字、画数多くてメンドーだよなぁ。まぁ『翡翠』ほどじゃないけど」
ま、いいやカタカナで書いちゃえーっ。
カキカキカキ…………。
「…………って、琥珀さん!? いつの間にいたんですか!!?」
目線を上げて名簿を書いている男性を見る―――と、よく見知った顔が目の前にあった。
「やっ。お嬢さんお忙しそうスねーっ。あ、これチケットだから」
とん、とテーブルにチケットを置く琥珀さん。
「こ、琥珀さん来てたの―――それなら暇を作って案内してたのに!」
椅子から立ち上がる。ちょっと誰かにお願いすれば、店番ぐらい代わってくれるかも…………ちょっと待ってて、琥珀さんに告げ教室に入ろうとする。
「コラコラ、それはダメッスよお嬢さん!」
……と、琥珀さんに腕を引っ張られ止められた。
「気持ちはスッゴク嬉しいッス! けど、やっぱり係りの仕事はちゃんとするべきッスよ」
「え、でも……っ、折角琥珀さんが来てくれたんだから…………」
琥珀さんは私を無理矢理定位置に戻した。そしてにっこり笑って
「今日は俺、お嬢さんのお店のお客様ッスよ? 仕事しているお嬢さんの姿も見たいなー、なーんて!」
と、大笑いした。
「…………じゃ、じゃあ昼! お昼になったら私仕事ないですから、その時にでも!」
あぁ! と元気に琥珀さんは返事をしてくれた。
「しっかしおかしな出し物ッスねー。ココ本当に喫茶店なんスか?」
「ええ……一応」
……私が提案したんですけど。
「じゃあオススメのメニューは!?」
「…………メイド服と、チャイナドレス……セーラー服にきぐるみ、ですか」
「はー、不思議なメニュー名だなー」
……本当に食べる物だと思ってるんだろうか。とりあえず琥珀さんに、簡単にこの出し物について説明した。一応ココは喫茶店で、ケーキとかジュースが揃っている。中はコスプレ道場になっていて、着替え可……ということを。
「随分面白い出し物スねー。企画者が楽しい人なんだろーなー!」
……だから私なんですけど。
「そんじゃあお嬢さんのお店にお邪魔しまーすっ! ……そーだな、翡翠みたいなカッコイイのないかなー」
軽い足取りで琥珀さんは教室に消えていった。
……はぁ、本当に喉乾いた。琥珀さんに楽しく話していると、アッという間に時間が過ぎてしまう。
それに、琥珀さんはとってもカッコイイ。きっと何を着ても似合うだろう。去り際に『翡翠みたいなカッコイイの』と言ってたから、きっとビシッ!と決めたのを着てくれるだろう……。そしたら、きっと女子達の間でパニックが起こるぞぉ、期待して待って…………
「―――ってそれ、まんま翡翠になるだけじゃ」
冷静になって、翡翠の格好をした琥珀さんを思い浮かべてみる。
……双子で、顔がそっくりな兄弟なんだから……何にも変わらないんじゃ。
和服姿じゃなくて、ビシッ! と決めた執事の琥珀さん…………それって毎日見てるじゃん。
「…………琥珀さんが楽しそうだからいいや」
と、期待を諦めてガックシ肩を落として机に突っ伏した。
―――きゃあああああぁぁぁぁぁ!!!!!!
黄色い女の子の叫び声が聴こえる。
―――すごーく似合いますよお客さんんん!!!!
凄く楽しそうな女の子の悲鳴…………。
―――おい、まさかアレ着る男がいたなんて……!!!
おぉ、どうやら男子も興奮中。
…………きっと琥珀さんがタキシード仮面サマのコスプレとかしてるんだろう。
そうじゃなかったら何かな…………チャイナ服? 『アチョー!』とかするカンフー系の、あの例えるなら王ドラのチャイナかな? 確かに男の子のチャイナもいいけど、女性が着るチャイナとは全然違うもんねー。やっぱりコスプレっつーのは男性もいいけど、華のある女の子がするべきだよ……。
「―――お嬢さん!」
凄くノリノリで楽しそうな琥珀さんの声がする。
扉を開いて
「お嬢さんっ、ご希望どおりチャイナ着てみたッスよ!」
琥珀さんらしき人が笑顔で駆けつけてくれた。
「―――」
琥珀さんの格好は、チャイナだ。琥珀さんは原作の『歌月十夜』と同じようにチャイナを着ている。
「どうッスか! 俺似合いますか!?」
くるり、とナイスステップで回転する琥珀さん。
……ただ違うといえば、
この琥珀さんは正真正銘の男性であり
今着ているのは正真正銘女物のチャイナドレスである。
「なっ! な、なんて格好してるんですか琥珀さん―――!」
つまりは女装だ。
ガタイのいい琥珀さんが、声だって太くって喉仏も出てるけど彼は男性で……これでこそ、文化祭醍醐味!?
「も、もしかして、……琥珀さん、借りちゃったんですか?」
「あぁモチロン! 女の子がコレがいいですって言ってくれたからっ」
―――絶対楽しんでるぞ、中の女子。
文化祭も芸術祭も、男子の女装にヤケに盛り上がる女子は多い。そりゃ可愛い衣装を着た女子を見るのも悪くないけど、やっぱりインパクトの強さから言うと…………。
というより、生足が反則です。
いいなぁ、毛薄…………。
「ってそういう問題じゃなくって琥珀さん!!!
「んじゃ翡翠に見せびらかしてきますわ!」
「え、翡翠も来て……って、その格好で学校出歩くんですか……!?」
「悪いッスか?」
そんな……真っ直ぐな目で見られても……っ。風紀委員に捕まらないか心配なんですけど。
「その、……恥ずかしいとか思わないんですか……?」
「そういうお嬢さんだってメイド服着てて恥ずかしくないんスかー?」
…………!
そうだった。……今、私も店番してるからコスプレ中でメイド服着てるんだった。着替えて教室に戻ってきた時「メガネメイド萌〜っ」とか男子が言っていたのが思い出される……。
「あ、あぁ……こここれは、クラスの出し物だからしょうがなく……!」
「そーっすねー。じゃあ秋葉様に言っておきますー♪」
琥珀さんはにやにや笑う。
って、今度は秋葉……? 秋葉までもが来てるって!?
「ん? いやー、今日学校半日とか言ってましたからねー」
……それはピンチだ。この姿を秋葉に見られたら……多分激怒されるだろう。いや、どういう理由だかは予想は付かないが……。
「秋葉様はお友達連れてお祭り来るって言ってたスよー。じゃ、いい目の保養になりましたっせ!」
さよなら〜っ、とふりふりのチャイナドレスで生足を見せつけながら、琥珀さん(♂)は去っていった。……大勢の観衆を引き連れて。
「……秋葉の、お友達…………ですか」
おそらく、晶くんのコト……かな?
というか、他に友達いるのかな秋葉は。妙に一人狼ぽいからなぁ……。
/3
時刻はお昼。交代の時間である。次のグループに宜しく、と挨拶をして、他クラスの出し物へ旅立とうとしている。
「……ん?」
二年の廊下を歩いていて、前の人混みに気付いた。……なんか、向こうが騒がしいな。ただでさえお祭りで騒いでいるというのに、あっちの方はもっと騒いでいる。何だかみんな楽しそうに叫んでいるぞ……。
「―――」
騒がしさはどんどんこちらに近づいてきている。まるで、有名人がカメラ群を連れて颯爽とやってくるように……。うちのような学校にそんな有名人来るかな……、なんてグチを零していると。
「―――え?」
そこにいたのは見知った顔だった。
というか、毎日……毎朝まず見る顔だった。
「ひ、翡翠……!?」
……間違えない。皺一つない黒い服。キリッとした表情。垂直な歩き方……。二年三組のコスプレ衣装の一つのような服装で、堂々と歩く20前後の男性の姿。人混みの中を颯爽と、いつもように歩いている。
「―――」
無言で、教室を一つ一つ確かめるようにして歩いていく。そんな一定の歩き方に合わせて、人混みも移動していく。……祭りって言ったってウチの出し物のコスプレが珍しいっていうのに、地であんな格好されたらみんな驚くわ……。
それに、……翡翠は「超」が付くほど美形である。琥珀さんもそうだけど、中性的でとても綺麗な顔つきをしている。……あんな目立つ存在が話題にならない方がオカシイ。
でも、……何か不釣り合いな物が感じる。右手に、……紫色の風呂敷があるからか?
「―――」
翡翠は周りから声をかけられても無言で歩いている。
何かを、探しているように……?
「…………翡翠!」
思わず、声をかける。周りの女子に何言われても構わない。……翡翠の探している物が、『私』だと解ったから。
私の声に、翡翠は振り返る。
「―――志貴お嬢様」
無表情だった顔は一変する。
「翡翠……」
探していた物が見つかって安心……のような顔になった。それは、―――笑顔なんじゃないだろうか。
「翡翠……ちょっと走らない?」
控えめにそう言った。真面目な翡翠なら、『廊下で走るな』とか怒られそうだったから。でも翡翠は、
「―――はい」
と、静かで素直に、私の駆け足についてきてくれた。
……まぁ、周りの『遠野って何サマのつもりよー!』とか『なんでメイドの女の子にお嬢様なの!?』とか言ってる女の子達は無視して。
―――とりあえず一緒に裏庭の方に来た。それでも祭りの裏庭はとても賑やか。翡翠の姿を隠す事が出来ないが、廊下よりはいいだろう。さっきよりは遙かに静かだ。
「……それで、翡翠……? どうしたの」
やっと話が出来た。翡翠を真っ直ぐ問いただす。さっき琥珀さんが翡翠も来ている……とは言っていたけれど、でも何でその格好で……。
格好と言えば、琥珀さんの和服姿はまだいい。祭りだからか浴衣で来る子は大勢いる。でも翡翠の格好は……。
「―――」
晴舞台……でもまずいないな、そんな格好。一番身近と言ったら、高級が付く所のホテルマン……とかそんなトコロだろう。
……翡翠は、難しい表情のまま、ただ私をじっと見てくるだけだった。そして、翡翠の右手に持っている風呂敷に気付く。
「…………もしかして、それお弁当?」
「―――その通りです」
恥ずかしそうに、小声で言った。
……あぁ、そういう事か。今日の翡翠がどこか不釣り合いだと感じたのは、そのお弁当箱を……。
「……不出来な物なのですが、お作り致しましたのでお届けに参りました。…………兄さんと共に此処へ来たのですが、いつの間にか兄さんの姿が無く―――」
置いてきぼりにされた、と……。
それは予想が出来る。琥珀さん、お祭りとか好きそうだからな……。
「……しかし、お嬢様の学級の出し物が食事処と言うので…………それでしたらそちらでお召し上がりになった方がいいかと」
―――言いにくそうに。一礼、そして後ろを向き去って……。
「待って! それ、翡翠が作ってきてくれたお弁当なんでしょ? 一緒に食べよっ」
翡翠を止めた。
「―――ですが味は保証できません。皆さんがご用意された物の方がいいかと思うのですが」
「いいよ、味なんて少し問題があったって。私は翡翠とお弁当が食べたいんだけど、滅多に無い機会なんだから一緒にお昼にしよ!」
折角の天気のいいお祭り。買い食いもいい雰囲気だが、裏庭の緑の芝生の上、ピクニック気分もいいだろう。芝生の場所に行く。
「翡翠座って。あ、飲物はあるの?」
「―――はい、ご用意させて頂きました」
「うんっ、いつまでもそんな所に突っ立ってないで早く座ってよ!」
翡翠は、ためらいがちに隣に腰を下ろした。
―――さて。
初めての翡翠の料理を味わおう。
「なんか、ピクニックみたいだねっ」
「―――はい。どうぞ……召し上がり下さい」
ぱかり、とお弁当のふたを開ける。
「あれ、御飯物? サンドイッチかと思ったんだけど」
「―――」
「あ、サンドイッチも御飯物も好きだよ!」
「―――御飯物でも、サンドイッチでもありませんが」
…………え。
「え、えーと…………ちょっと失礼」
翡翠から、重箱を奪い取るようにしてじっくりと見る…………。
「あ、……麺なんだ?」
よくよく見たら、麺だった。つまりスパゲッティだ。普通のものだ。
「女性は……イタリアンが好きだと兄さんが教えてくれたので……」
それは正解だ。私もイタリアンは大好きである。ま、お弁当箱にカレーを詰める男性もいるんだから何でもいいんだけど。
キレイにお弁当箱にスパゲッティが詰めてあって―――冗談抜きに、とてもカラフルで美味しそうだった。……それだけならいいだろう。スパゲッティとかヤキソバをお弁当箱に詰めるのはよくある光景だ。
「ナポリタンなんだ、手作りスパゲッティの王道だねっ。でも……王道って言われてるけど結構難しいのに頑張ったんだ」
……一部の声だと、ペペロンチーノの方がよっぽど簡単だという声もあるとかないとか。
いつぞや、カルボナーラをお弁当箱に詰めて、食べようと思って箱を開けてみたら、見事クリームソースが固まっていてまるでホワイトチョコレートのように立体にスパゲッティが出てきた……というネタがある。
注:実話です。
どこのお母さんだってナポリタンをお弁当にという話はあって…………
「…………お嬢様、大変申し訳にくいのですが、…………トマトソースは作った事がありませんので……」
「え……あ、そっか。ソースまで手作りするなんて人は少ないか」
ここ5,6年で市販のソースもかなり美味しくなった。コンビニのスパゲッティもそこらの飲食店より余程美味しいのが出るようになった世の中だ。
「いえ、…………ナポリタン、ではないのですが」
「……そうなの? 私の知っている『赤い麺類』ってトマトソースしか思い付かなかったんだけど」
その時、……一筋の風が吹いた。
―――どくん
心臓が、鼓動を打つ。
どく、どく、
どんどん早くなっていく。
波打つ、胸の痛み。
そして、鼻に来る匂い。
これは、間違いなく―――。
「………………この、赤いのは」
「梅です」
……。
「お嬢様は……梅の風味がお好きだと兄さんに聞きましたので……」
うん、大好き……梅の香りは。
梅汁は流石に飲んだ事ないけど。
「―――ねぇ翡翠。実は朝から喋りっぱなしで喉が乾いてて……先に飲物くれないかしら?」
「はっ、コレです…………」
翡翠が、桃色の紙パックを渡した。
そこに書かれていたものは、……。
『どろり濃厚ピーチ味』。
……琥珀さん。貴男、お祭り好きで自分だけ楽しみにいったんじゃなかったんですね。
えぇ、逃げないでくださいよ。
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―――校門には、外来のお客さんで溢れかえっている。パンフレットを配っている係りの人に、宣伝している人たちに。今、いかにもお祭りしてるなってカンジがある。
……そんな中、ポツンと浮いた絵が見えた。
深緑色のブレザー。ここら辺では滅多に見ない制服。でも私はそれをよく見ていた。いつも秋葉が着ていて……晶くんもその制服だったりする。
「こんちはぁ、志貴さん!!!」
近くまで寄ると、こちらから声を掛ける前に元気に挨拶してくれた。
「やっぱり晶くん! 来てくれたんだ」
「はいっ! 今日は俺の学校、午前放下なんで来ました!!」
弾けるような笑みを浮かべている晶くん。お祭りの雰囲気のせいか、いつもの明るい顔の倍楽しそうに見えた。
「でも、隣の県から……ここまで来るの、大変だったでしょ?」
「いえいえそんな事ありません! 遠野先輩が送ってくれたんです!!」
目線を合わせながら、晶くんと話す。……秋葉は毎日車で一時間以上ある登校をしていると聞く。なら、帰る途中で車に乗せて貰って来たのだろう。
「じゃあこれ屋台の無料券……10枚しかないけど、使ってね」
有彦から大量に奪った無料券を晶くんに渡す。すると晶くんは、パァッと太陽のように明るい笑みを見せてくれた。
「あぁあっ、ありがとーございます!!! 俺、一生の宝にしますっ!!」
いや、今日中に使ってよ……。
「10枚で足りるかなって思うけど………………ソコにいるのも秋葉が連れてきた子なんでしょ?」
そう言って……目線をそちらに向けた。
―――深緑色のブレザー。秋葉と晶くんの制服と同じのを着ている。さっきから、校門の所にダルそうに寄りかかっている少年。そしていかにも、カンジの悪い高校生風のが一人。
「―――ちィッ」
うわぁ、私と目があった瞬間に舌打ちしたよあの子…………。
「そ、その……先輩は遊びに行かないんですか……?」
晶くんが、その少年に控えめに声をかける。どうやら彼は晶くんの『先輩』であり、琥珀さんの言っていた『秋葉の友達』らしい。
「あぁ? さっき遠野に待ってろって言われたのもう忘れたのか瀬尾」
簡潔に言って、少年はこちらを見る。というか、睨んでいる……。
同じブレザーを着ている……と言っても前は締めてないないし、ネクタイもしてない。Yシャツの下は色シャツだし……。簡単に表現するとしたら、どこにでもいるような『不良さん』だ。
「どうせ羽居のヤツ、思いつきの行動だからそう長引かないと思うけどな」
「あ、あ…………そうでした、すいません!」
晶くんは、大袈裟な気もする礼をした。少年の迫力というか、か弱い(?)中学生の後輩としては、このさっきからガンとばしている先輩に従わなくてはいけないんだろう。
……大変で、とてもわかりやすい上下関係だ。気分が悪いのか、ならどうして文化祭に来てるんだってツッコんじゃいけないんだろうけど、そう思う。
「アンタが遠野志貴か」
「え、……あ、はい、……そうですけど?」
「なんか遠野の姉貴ってカンジしねぇな―――まぁ似てたら瀬尾が遠野に宣戦布告してるワケねぇよな」
「せ、宣戦布告って……!」
いきなり晶くんが真っ赤になって止めに入る。遠野……と苗字で呼ばれた。きっと、秋葉を表す呼び方なのだろう。
「じょ、冗談でもんな事言わないで下さいよ! 遠野先輩が聞いたらマジで俺殺されます!!」
「そりゃそうだな。ヤツァ屋上から突き落とされてまで生きてた野郎だ。その後突き落としたヤツをボコボコにして尚かつ先コー利用して停学にさせて口封じにソイツの仲間全員弱味握って後は王様気取りしてる奴だしな。瀬尾、夜道に刺されるなよ。これは俺様から言える唯一の忠告だ」
「な、何か俺が聞いてるのとはちっと違うんですけど先輩……!」
……ちなみに、私の聞いてるのも違う。確か原作では『ハイキックアーンドカカトオトシ』の筈なんだが、やっぱり♂秋葉はやる事が派手だ。詳しく少年の言ってる事を検証してみると、『ボコボコ』というのは集団リンチではないらしい。秋葉の敵である集団を一人でVSし、勝利だとか。……そして私は秋葉が怪我をしている姿を見たことがない。っていつの話なのかは知らないけど。
少年は晶くんいじめを楽しみながら、またもやこちらに視線を送ってくる。
「で、アンタはその弟を操ってる親玉ときたもんだ」
「え…………私が、ですか?」
笑いながら、少年はそう言った。
それは……大変な誤解だと思うんですけど。逆に私が秋葉にいじめられてるんだと思う……。言い訳しようとしたが、少年は「あーかったりぃ」と言うかのように頭をボリボリ掻きながら欠伸をした。
「なぁ」
「あ、はいっ?」
乱暴に声をかけられる。……ここまで迫力あると、従わずにはいられない。
「さっさと行った方がいーんじゃねぇ?」
「な、なんで……?」
「アンタが居たら遠野がナニ意地張るか解ってるからよ。俺は遠野が意地張る姿は見飽きてるんだ。まぁその気になったら相棒連れて会いに行ってやっから」
……むぅ。なんて偉そうな子なんだろう。というより、コレが秋葉の友人とは……一体秋葉は学校じゃどんな姿でいるんだろう。
「そうすね……その格好じゃ遠野先輩に見せられないと思います…………」
と、晶くんまでもが口を揃える。
……って、そうか。私ったらまだメイド服のコスプレのままなんだっけ……こりゃ秋葉が見たら『どんな意地張る姿』見られるかな。
「じゃ、晶くん。…………私は二年三組だから、良かったら秋葉と一緒にでも来てね」
「あ、はい頑張ります! ……じゃぁ志貴さんまた!」
/5
…………そういえば、こんな話を朝のうちにしていた。
「弓塚くん。確か二年三組って三つ出し物の候補があったよね?」
喫茶店。
貸衣装屋。
そして最後の一つが―――映画館。
「ん? あぁ、でも遠野さんが映画館には一切触れなかったから、みんな忘れてるみたいだけど」
「一体どんなのが上映する予定だったのかな……って」
ガサゴソ、と資料を漁る弓塚くん。
「あー、あった、コレコレ」
……。
1)『めぐりあい宇宙〜明後日はCharday〜』
2)『Disintegration〜が、がお篇〜』
3)『D本歩(23)、D本進(23)、 〜僕ら生まれ変わったら本当の兄弟になろうね〜』
「全部メロドラマだからさ、男子はみんな嫌になってたよ」
メロドラマ!? でもって前よりパワーアップしてる!!?
でもってやっぱり(1)はアカペラ。
「……やめといてよかった」
で、一体どっから借りてきたんだろうこの映画。
PARADE/2に続く
02.11.24