■ 13章 if 空の弓/1



 /1

 平和に学校に登校。
 特に秋葉に愚痴られることもなく、交差点で白い吸血鬼に会うこともなく、本当にほのぼのとした朝。

 ―――昨夜、包帯の男に襲われなければもっと気持ちは晴れるだろうに。

 ……ふぅ。
 自分でも恐ろしくなる。あのナイフの嵐に一人太刀打ちして、……自分だけでは追い返せなかったものの、傷一つなく屋敷に戻って来られた……。
 ……どうしてアルクェイド、気付かないの……。
 夜の見回り後、『今日は安全』と言ったのは彼だ。こっちは殺されかけてるんだゾ。―――殺されかけて、普通に通学しているのも可笑しいと思うけど。

「あ」

 ある背中を見つけた。……校門をくぐっていく見知った後ろ姿……青い髪に、細身な身体。毎日会っているその後ろ姿を、追いかけた。

「あ。おはよう、志貴ちゃん。珍しいなぁ、校庭で会うなんて」

 後を追ったのは、シエル先輩。先輩とはいつも遅刻寸前で教室に入ってるから、校庭で挨拶を交わすのは実は初めてだったりする。だが今はその事はおいといて……。

「…………ちょっとシエル先輩が見えたんで走ってきたんです。……聞きたいことがあって」
「何だい?」

 そう言って、先輩の顔を盗み見る。
 相変わらず、シエル先輩はいつものような優しい笑みを向けてくる。整った顔立ちに、知的そうな眼鏡……女子の中でも人気があるという噂は本当だ。
 ……そうじゃなくて、私がしたいのは……意を決して、―――昨夜の事を尋ねてみた。

「……すいません、先輩。昨夜……私の家、あの坂の上の屋敷です。あそこにいませんでした? 黒いコートみたな服を着て……」

 は?
 先輩は首を傾げた。

「ん……何を言ってるの?」
「えっと、その―――はい、何だかそう、外国の神父さんみたいな服で、編み上げのブーツ……を掃いていて、ちょっと見惚れるくらい格好良かったんです」

 ……はぁ。
 そう、何を言っているのか分からない、といった感じだ。顔を顰めている。……これはハッキリ否定している。

「あー、よく分からないけど、昨日志貴ちゃんちにそんな僕がいたってことかい?」
「ええ。……先輩なんですか?」
「そんなわけないだろっ。僕はそういう趣味なんか無いって知ってるだろ?」
「あ、はい。そうでした……」

 シエル先輩は、ちょっと怒っている。先輩はどう見たってあんな格好は好きじゃないだろう。
 ……そう言われてみればその通りだ。シエル先輩と、昨夜私を助けてくれた人は、全然結びつかない。そもそも先輩は普通の人だ。外灯の上に立っているわけがないし、……吸血鬼らしきあの包帯の男を倒すような事はしない。

「とりあえず、それは僕の事じゃないから」
「はい…………すいません。他人のそら似ですね」

 何だか自信がなくなってきた。遠くて顔だってよく見えなかった。なのにどうして、先輩に似ているなんて思ってたんだろ?
 ……やっぱり混乱してたからかな。

「いいけど、……そんな僕に似ている人が屋敷にやってきたの?」
「いえ、やって来たのはもっとヒドイ奴で、その人とは夜に…………」

 夜ぅ!?
 ―――いきなりシエル先輩は叫んだ。

「夜に出歩いてるなんて駄目だよ! 最近変な人が多いってのは知ってるだろ!?」
「あ、あの……屋敷のすぐそばでしたから……」
「そばだって駄目だよ。つい何週間か前、志貴ちゃんちの塀に血が付いてたっていう事件あっただろ?」

 ……そういえばそんなような事も……。
 あぁ、駄目だ。最近『普通の人』の感覚が無くなってきている……。
 アルクェイドはもう常識なんて通用しないし、秋葉は秋葉でテレビもない世界に生きてるし……。やっぱりシエル先輩と一緒にいると平和を味わえていい……。
 と、しみじみ思っていると朝の予鈴がなった。

「あ、折角早く来たのに遅刻しちゃう……っ。それじゃあシエル先輩」
「ああ。お昼一緒にね」

 シエル先輩にっこりと笑って、それぞれの教室に走っていった―――。



 /2

 ―――土曜日。
 週休二日制のおかげで部活に所属していない私は暇な一日。
 ……まぁ、これから騒ぎにもなるだろう休日。時間に遅れないよう、少し駆け足気味に約束の公園に向かった。
 ……公園は大盛況。特にイベントも無いけど人は結構いた。人が結構いたって、……約束の相手は目立っていた。

「よぉ志貴ー!!」
「……」

 大声で名を呼び、ぶんぶんと激しく手を振っている外人さん。一体何事か、と公園にいた人々が声の主の方へ顔を向ける。
 ……私は公園にある時計を見た。まだ5分も待ち合わせ時間より早かった。アルクェイドの事だから、30分くらい遅れてくるとばかり思ってたけど。

「ごめん、……待った?」
「あぁ、待ったさ」

 ごく普通の男女のシーンとしてはお約束すぎる台詞を吐いたのに、率直に状況を話す。そう言う時は嘘でも『今来たところだよ』とか言うもんなのに……。

「待ったって、約束の1時よりまだ余裕あるわよ。……その待ちようを見るとかなり待たされていたみたいだけど」
「あぁー? そうだな……8時くらいからいたかな……」

 8時か、そりゃ待たされ
 …………すぎだ。

「―――何ですって?」
「8時くらいからいたって言ったんだ」

 ……それは。

「私が怒られなくちゃいけないコト?」
「んー、どうだろ。まっ! 今日は思う存分付き合ってもらうんだから8時から待ってたのもいいや!」

 あっさり片を付けられた。……5時間も待たされてよくそんなにニコニコ笑ってられる。って5時間も待ってた方が悪いと思うけど。

「時間の無駄よ。…………5時間もずっと此処にいたワケ?」
「別にいいだろ? 志貴を待ってるのって楽しかったぜ」

 ……。
 …………その感覚、分かんない。

「じゃ、何処でもいいから行こうぜ! 俺分かんないから君に任せる。適当な場所に連れてってくれ」
「……自分から散歩したいと言い出しておきながらそれか……」

 はぁ、とため息を吐く。折角の日の前にやるものじゃないって分かっていたけど、何だか一日中大変な思いをする気がした。それじゃあ夜に約束した通り、―――まずは映画館に行ってみよう。

 アルクェイドは私の横にくっつくようにして歩いていく。金色の髪を靡かせて、大柄な身体を堂々と。
 最近は国際化で学校に留学生の一人や二人いるのはおかしくない。外に出れば外人さんに会うのは普通だ。でも、これほど目立つのも珍しい。何だか視線を感じる。決して嫌ではないが、何だか変な視線……。それは私に向けられているのではない。きっとこの金髪長身超美形の外人さんを珍しがってみんなが見ているのだ。

「なぁ、志貴。これから何処行くつもりなんだ?」

 賑やかな街並みに、アルクェイドが尋ねる。

「―――大抵の人はね、此処に来たら映画を見るもんなの」

 そう言って、映画館を指さす。するとアルクェイドは映画かー、とあまり気が乗らなそうだった。……でも、他に何がいいのか分からないし。カラオケ行っても持ち歌なんて無さそうだし、ゲームセンターはバカ力で壊しちゃいそうだし……。
 映画館、……デートでは無難な所だと思う。

(……そっか、デートしてるんだっけ)

 なんだか、こう意識してやるのって初めてだな……。いつも一緒にいるのも、変な事件に巻き込まれて強制的に『パートナー』にされての行動だった。男女の事なんて考える余裕が……無かったような気がする。

「おーい、志貴ぃ。入るのか入らないのかー」
「ここまで来て入らないワケないでしょ。つまんなくても入りなさいっ」

 なんて命令形にアルクェイドの背中を押す。さて、現在上映している映画は―――。



1)『めぐりあい宇宙〜Charサイドストーリー〜』
2)『風が辿り着く場所〜うぐぅ篇〜』
3)『D本歩(23)、D本進(23)、素晴らしきコンビ愛〜あいつがいなきゃ俺ダメになってた〜』



 …………何ともいい加減なセレクト。
 しかも「1」は某アカペラソングをかけているのだろうか。

「みんな恋愛モノばっかだなー」
「恋愛モノ!? みんなって全部!? っていうか「3」も!!? ……やっぱやめよう」
「なんだよ、俺なんだか見たくなったから見ようぜ」

 そう言って、今度はアルクェイドに引っ張られて映画館に入っていった……。
 あぁ、シーズン外に映画館なんて来るんじゃなかった……。



 /3

 ―――上映終了、映画館から出てくる。アルクェイドが買った映画は「3」だった。
 それはもう素晴らしきコンビ愛で涙が止まらなくて吐き気を催す面白い映画だった。
 ……一人で見れば楽しかったかもしれない。映画館を出てきたところから、アルクェイドは無言で私のとなりを歩いていく……。
 うぐぅ、気まずいよぉ……。

「あ、あのね、アルクェイド……」
「面白かったな、志貴!!!」

 ……え?
 アルクェイドは心底嬉しそうに笑っている。

「え、ど、どんな風に?」
「どんなって、やっぱり百聞は一見に如かずだよな! 聞くのと見るのは大違いだ!!」

 あはははー! と笑うタイミングをかなり間違えているが、とても楽しそうだった。

「暗いってのが身体に優しくていいよな! それに志貴が隣にいるってのも嬉しいし。そんなことよりやっぱ内容だな! すっげぇ面白かった!! こんなもん作れるなんて感心したなー!」

 ……。
 かなりカンゲキしてます。

「あ? もしかして、志貴はつまんなかったんか……?」
「べ、別に……つまらなくはなかったけど、もっと見やすい映画はあったと思う……」
「え!? あれすっげぇ面白かったぞ!?」
「まぁ面白いは面白いけど、もう少し万人受けするような映画はあるから……」

 今は時期が悪かった。超大作とCMをにぎわせるものが一つもなかった。きっとそれを見せればアルクェイドはもっと喜ぶのだろうな……。
 何故だろう。純粋に、―――アルクェイドを喜ばせたいと思った。見る前は冷めていたのに、見てみたら大はしゃぎ。本当に子供みたい。それに、アルクェイドはこの表情が一番似合う。…………もう少し早くやってくれば、面白い映画もやってただろうに。残念だ。

「んー、間が悪かった……のか?」
「そうみたい」

 がっくり、と肩を落とすアルクェイド。
 そんなオーバーアクションも、面白可笑しかった。



 /4

 おやつの時間になって、手頃なファーストフード店に入る。
 アルクェイドがこういったものを食べるのかは分からないが、アルクェイドはメニューとにらめっこした後、結局私と同じセットを注文した。席に座って、アルクェイドと向かいあう。アルクェイドはキョロキョロ周りを見渡した後、……フライドポテトを口に運んだ。

「ねぇ、こんな所来るのは初めて?」
「ああ。初めてだな。どーゆー所か知っていたけど、やっぱ来ると来ないじゃ全然違うわ」

 嬉しそうに、次々とポテトを口に運んでいく。

「どーゆー所……? どうやって知ってるの。やっぱテレビとか?」

 と言っている私は、最近は学校のテレビしか見ていない。
 琥珀さんから「いつでも夜這いしに来て構わないよーv」とラブコール(って言っていいのかな……)を受けているが、何だか行く気もしない。どうせニュースを付けても同じ内容だ。……娯楽番組を人の部屋にまで見に行っても気が引ける。

「そういうんじゃないけど、やっぱ知識は時代によって必要だろ? ま、普通なら1日か2日で終わっちゃうから無駄なんだけどな」
「……?」

 アルクェイドは時々、よく分からない台詞を吐く。

「無駄って、どういうコト」

 あっという間にアルクェイドの頼んだポテトが無くなった。大の大人(?)の男性がSサイズは小さいと思う。だから私の分を差し出した。

「サンキュ。……無駄ってのはな、用が済んだら俺は寝るから。次に目覚めるのが何年後か分からないからさ、いちいちその時代時代のを覚えてられないワケ。…………でもな、それ損だな」

 コーラに口を付けて……すぐストローから舌をはなす。炭酸が少しきいたのだろう。舌を冷ますようにちろっと出した。

「今まで俺は知識でしか世界を知らなかった。経験することなんて無かった。食餌を注文する方法を知っていても、やったことが無いんじゃ知識の意味はない。……だから、知識は生かさないと何も手に入らないんだな」

 ……なんだか難しいコトを言って、アルクェイドは切なそうにため息をついた。そして、私のあげたポテト(S)を取る。私は、したすらそんなアルクェイドを見ていた―――。

「…………じゃ、さ。そう学んだんならこれから生かしていけばいいんじゃない。体験するという知識を得て、少しずつ修正していけばいいと思う」

 ……うわぁ、私も難しいコト言ってるぞ。

「ま、そうなんだけどなっ」

 私の話を聞いて、少し曇りがちだった表情はアッという間に吹っ飛んでいった。
 それが一番。難しい顔は嫌だ。それは誰だって同じ。でも、―――やっぱりアルクェイドは純粋な笑みが似合うから。笑って、またアルクェイドは周りをキョロキョロ見渡して、……やっとハンバーガーに手を出した。

 ぱくぱく。
 ごく普通に、ハンバーガーを食べる吸血鬼。その姿には違和感を覚える。吸血鬼がファーストフードを食べているから……ではない。ハンバーガーを食べる姿にも見惚れるほど、アルクェイドは綺麗でカッコイイと思った。
 ……あ、もしかして少し離れた所で女の子達がキャーキャー言ってるのってコイツのせい?

「……なんだよ、そんなにジロジロ見て」

 私の視線が気になったのか、アルクェイドは手を置く。その割には、周りで黄色い声を挙げている女の子たちは気にならないらしい。

「なんだかな、…………ハンバーガーは元々外国から入ってきた筈なのに、なんだか似合わないね……」

 そう言って、やっと自分もハンバーガーに口を付けた。久しぶりに食べるファーストフードの味。毎日食べている琥珀さんの料理や、時々貰うシエル先輩の料理には勝てないが、懐かしいハンバーガーの味はとても美味しかった。最近はお小遣いが貰えないから外食なんて滅多にしなくなったし……。

「似合わないってどういう意味だ?」
「そのまんまの意味よ。なんだかアルクェイドってどっかの国の王子様みたいだもん」

 ……あくまで、私のイメージ。
 なんだか無駄に大きいテーブルに一人座って、メイドさんたちが持ってくる食事をこまめに、時には豪快に食す姿……なんてありきたりな『貴族像』だが、アルクェイドはそれくらい気品があった。ここまでハンバーガーが似合わない男ってのも珍しいなぁ。……でも、吸血鬼がハンバーガーなんて食べていいのかな?
 何かを食べて、活動には必要な栄養を補給して生物は生きる。でもアルクェイドは血は吸わないらしい。じゃあアルクェイドもごく普通の人間の男性と同じ食事なのかな……?

「ねぇ、アルクェイド」
「なんだよ。やらんぞ」
「要らないわよ、もう口付けたもんなんか…………って、そうじゃなくて。吸血鬼って血を飲むんじゃないかなって、それ間違いなの?」

 ―――ピタリ。
 アルクェイドの手が止まった。目を見開いて私を見ている。相当ビックリした……時と同じ目だ。

「やっぱり変な質問だったかな……?」
「―――基本的にな、俺は食事なんてしなくていいんだよ。消化も吸収も一応は出来るけど、別に食べなきゃいけないとか吸わなきゃいけないとかは無い」

 ……アルクェイドは、血で食事をするということを否定した。つまり、吸血鬼は、アルクェイドは血を吸わなくていいんだ。
 ……良かった。アルクェイドは今、街を騒がしている奴等とは違って、殆ど人間と変わりない吸血鬼なんだ―――。

「―――それって吸血鬼って言わないんじゃない?」

 『血』を『吸』う『鬼』と書いて吸血鬼。
 鬼って自体がおかしいけど、でも吸わなかったら別の生き物だ。人間だって吸うまではいかないけど、血で出来たゼリーなんかは食べるだろう?

「いや、言う。間違いなく血は吸血鬼にとって最高級の食べ物だ。でも別に人間だって大好きな物を食べなきゃ死ぬなんてことはないだろ? 食べるレパートリーの中に『血液』があるだけだ」

 ……血は吸えるけど、吸う気がなければ普通の人間と同じ……ってコト?

「ただ死徒……つまり最近ここらを彷徨きまわってやがる奴等は違うな。あいつらは他者の血液を頂かないと自分を保てない下衆共だ」

 ……はぁ、じゃあ『死徒』が一般的に私たちが言う『吸血鬼』なのか。でも吸血鬼って沢山いるのね……。

「―――ねぇ、今なら聞いたこと教えてくれる?」
「別に今じゃなくても何でも答えるぜ!」

 アルクェイドはおしゃべりがしたくてたまらないらしい。そもそも今日のデートは、『話がしたい』というアルクェイドの提案からだった。なら、聞きたいことをどんどん聞こう。

「じゃあね……。アルクェイドの趣味とか知りたいな。好きな食べ物とか身長とか昔のこととか」
「……そんなの知って何になるんだ?」
「私が貴男を理解できるようになるの。協力しあっているパートナー同士なら当然のことじゃない?」

 む、パートナー同士かー。
 ……そう、アルクェイドは何度も味わうように繰り返した。どうもその響きが気に入ったらしい。

「で、どうなの?」
「趣味は知らない。好きな食べ物は美味しいもの。身長は測ったことない。昔のことは…………忘れた」

 ……。
 …………。
 ………………ま、半分以上は期待してなかったけど。

「……自分のコトが気にならないの?」
「ああ。優先される知識は吸血鬼のコトだからな」
「でもここに来る前どんなコトしていたかくらいは覚えているでしょ?」

 んー、と数秒悩んでから

「あぁ。フランスにいた」

 とボヤいた。そう言われると、頭に浮かぶのはベルサイユ宮殿や薔薇ばかり。随分高貴なイメージがある。

「へぇ、何処に行ってきたの!?」
「いや、地名なんて覚えてないぞ。フランスの田舎で吸血鬼が巣作っててもう死街になってたんだ。そこのボスのヤロウを見つけてブッ殺して―――」

 ……。
 …………。
 ………………やっぱりそういう話?

「え、えと……じゃあその後、吸血鬼を倒した後どうしたの?」

 咄嗟に話の矛先を変えた。んー? とまたアルクェイドは数秒唸る。

「城に帰って寝てた。俺の役目は吸血鬼狩ることだからな。終わったら眠り続けるしかないんだ」
「え―――眠り続ける……?」

 ……それって、言葉通りの意味なのか……。
 ……それとも…………。

「ねぇ、……城って、まさかアルクェイドってシンデレラ城みたいな所に住んでたの!?」
「しんでれらぁ?」

 首を傾げる。……この言い方は不適切だった。

「え、あ……つまり! …………アルクェイド、貴男って、……本当に王子様なの?」
「ああ。王子っていうより皇子らしいけどな。どう違うんかは知らん。……昔はじいやに皇族らしくしろって言われてたこともあったな」

 ……じいや?
 もう次元の違う話になっている……。でも、王子とか言ったって何処まで人間と同じなんだろう……。

「……わがままって所は王子様っぽいわ」

 はあ、と大きくため息をつく。結局、辿り着いたアルクェイド像はソレだ。

「なんだそりゃ! 志貴が話せって言ったから話したんだろっ、そんな態度とるこたないだろ!!」

 王子様はむーっとこっちを睨んでくる。
 ……でも、王子だからんだというんだ……? 確かに綺麗で気品もあるけど、じっくり考えてみればそれで変わることなんて何にもない。
 アルクェイドはアルクェイド。それでいい。…………忘れよっと。
 アルクェイドは怒ったままぱくぱくハンバーガーを食べている。
 その姿は、……映画が終わった時以上に子供らしくて可愛らしい。でも可愛いなんて言ったらどんな風に怒るかな…………。

「―――アルクェイド。……話は変わるけどいい?」

 ん? とハンバーガーを頬張りながら言った。その豪快な食べ方は……どこが王子なんだろと、さっきと全く逆の事を思ってしまった。

「私、貴男と別れた時、……いかにも怪しい変質者に会ったの」
「はー。志貴を襲うなんて運の悪いヤツだなー」

 刺すわよ。

「それがね、―――」

 気を落ち着かせて、出来るだけ詳しく克明に、あの夜起きたことをアルクェイドに話した。私に襲いかかってきた、長髪の包帯の男の事。私を助けてくれた、神父のような黒いコートの男の事を―――。

「というわけだけど―――」

 ひとしきり説明を終えて、アルクェイドの顔色を伺う。話が始まってから、……アルクェイドの目は鋭いままだった。ここにはいない『彼ら』を、睨むように。

「どうなの。包帯の男の人と、神父服を着た男の人…………二人とも知り合い?」

 恐る恐る、……爆発させないように、アルクェイドに話しかける。
 ……黙る。数分、アルクェイドは口を開かなかった。ファーストフードにも手を付けず、ただ周りの雑音ばかりが脳へ入ってくる。そして、アルクェイドが大きなため息をつき、時が動き出した……。

「……そうだな。二人とも俺の『敵』だ。包帯の男はよく知らないが、その神父服の野郎というのは検討はつく」

 不機嫌そうに、目を細める。相当苛立っている証拠だ。

「―――志貴を助けた神父服の男ってのは、俺の顔見知りだな。……まいったな、あのメガネなら俺より先にヤツを探してるかもしれない―――」

 きっ、と悔しそうに唇を噛む。
 悔しそう。勝負に負けてしまった時のような。

「ねぇ、……私、『メガネ』だなんて一言も言ってないわよ?」

 そもそも、あの月光りの中で服そうは分かったもののメガネをかけてるとかどんな顔だとかは分からなかった。でも、多分メガネはかけてなかったような気がする。



 じゃあ何故―――シエル先輩と似ていると思ったの?



「いや、間違いない。単独で異端狩りをしている野郎……アイツしかいないな」

 アルクェイドの苛立ちは、敵意に近かった。相当、神父服の男とは相性が悪いらしい。……状況を説明していた時から、赤い目がその鋭さを変えることなどなかった。

「……アルクェイド。あの、私を助けてくれた人も、吸血鬼なの?」
「……それっぽいけど違うな。吸血鬼を殺す面倒な警察って所か」

 あ、昔……映画でやってたな。悪霊祓い……エクソシスト……みたいなやつ?
 バケモノが現れたら対処する、魔法とか魔術とか妖しい道具を使って封印をする……。ファンタジー系には必ず出てくる内容だ。……それを現実で聞けるとは思ってもみなかったけど、目の前に吸血鬼がいるんだから文句は言わない。

「それって、……やっぱりアルクェイドにとって敵よね?」
「そうだな。奴等は吸血鬼なら何でもいいんだ。何でも狩りたがる。……病的なほどな。血を吸う吸血鬼も吸わない吸血鬼も全て『悪』だ。もしかしたらそこらの死徒よりヤッカイな連中かもしれないな」

 ぱりぱり、と今度はパイをかじっていく。
 ……んー。裏社会って難しい。吸血鬼には吸血鬼なりの大変な所があるんだなぁ。

「その警察さん達は、アルクェイドを追っている敵を倒してくれないの?」
「さっき言っただろ。その埋葬機関と呼ばれる連中は『吸血鬼なら何でもいい』んだ。先に俺の敵を倒してくれれば好都合だけど、俺の方が見つかったら殺しにかかってくるわな」
「殺―――っ」

 …………ありえないと思うけど。
 私が一度『殺してしまった』けど、アルクェイドはまだ存在する。だから、今……ヤセの大食いのごとくファーストフードを貪っているこの男がやられるわけがない。
 でも『吸血鬼を殺す機関』なら、まさか―――?

「そういえば、……ちょっと疑問に思ってたんだけど。貴男の言う『敵』ってどんな吸血鬼なの? 追ってきたって事はやっぱり面識があるんじゃない」
「―――ん」

 アルクェイドが、視線を……逸らしている。

「……………………怒らないで聞いてくれるか?」
「怒るって、何で私が?」
「だってすぐ志貴怒るだろ……」

 ……そういう見方は嫌だなぁ。

「……実は、この街に住んでいるってのは最近知ったから、何処の誰が吸血鬼だなんて知らないんだ。……まだ全然解らない」

 言い辛そうに、特別小さな声で囁いた……。

「……じゃあ、どうやって探しているの!?」
「前も言っただろ……。『気配』だ。…………実を言うとそれしか方法がない」

 しょぼん、と俯き加減で、……今度は少し冷めがちな(私の)パイを取った。
 ―――アルクェイドが嘘を言っているんじゃないというのは分かった。けど。

「でも、いくらなんでも追っている相手の名前ぐらいは知ってるでしょ?」
「ナ、マエ……?」

 ……黙り込む。何か事情があって言えないのか、それとも本当に知らないのか。
 否、

「―――ヤツの名前」

 ぎろり、アルクェイドの赤い目が光る。
 背筋がぞくりと寒くなる。一瞬、店が凍り付いてしまったような気がした。

「ヤツの名前、か。志貴」

 アルクェイドは、―――知っていた。
 口に出すのも嫌で、閉ざしていたんだ―――。

「―――ヤツの名前は、ミハイル。ミハイル・ロア・バルダムヨォン」

 美しく整った、死神のような静かな視線。
 アルクェイドの唇だけが動き、ヤツの名を呼ぶ。
 そこにあるのは、血を吐くような憎悪。

「人間から吸血鬼になった、莫迦な死徒の一人だ」

 今にも暴れ出しそうなほど、アルクェイドの肩は震えていた。



「……ごめん。つまらないこと聞いて。今のは忘れて……」

 ―――忘れるものか。
 そう言うように、アルクェイドは首を振った。





if 空の弓/2に続く
02.9.15