■ forgetting one.



 彼女はおかしなお兄さんと笑い合っている。その姿の横を、彼女に見付からないように通り過ぎた。気付いたお兄さんの方が変な笑い方をしながらこっちを少し見たけど、大切な女の子のお客さんの相手をした方がいいって分かったらしいから放置。こちらも危害を加えるつもりは無いし、第一彼の好きな女の子(僕の好きな女性でもある)を傷付ける可能性がある。そのまま黙認したのは賢明な判断だ。

 でもおかしな顔を一瞬でもしたから、彼女の方が何かあったって気付いている。彼が慌てるまで時間の問題だ。
 構わず、頂上に登っていく。通り道に知り合いが居たのは偶然、今日の目的は此処じゃない、もっと先。
 辿り着いた先、広場があった。



 彼女は不思議な人間だ。どんなおかしな事があっても彼女は全て笑い飛ばしてしまう性格。だから僕は彼女のことを好いた。
 どうやら僕は多少不思議な事があったって目の瞑れる寛容な人が好きらしい。心の広い人が好きというのもあるが、そこには微かに無関心で興味が無いという要素もあるようだった。僕は、後者の意味での寛容な人間をよく知っている。僕はその人の事が、彼女と同じように好きだった。

「でも、あの人は『不思議な人』じゃなかった。そもそもあの人と彼女をいっしょにするなんて僕も変な事考えたなぁ」

 くすりと笑って、山の上の広場に足を踏み込んだ。一般人なら此処まで来るのに弱音を吐いてしまいそうなくらい高い場所。あまり来る機会は無かったけれど、僕は確かに来た事のあるこの場所。……ここで自分は何かをし、何かを落とした。その何かは見付からないまま、手元に無く今に至る。

「あの人は不思議というより不気味だったか。世の不可思議を全て詰め込んだらあんな風になるのかな。しっかし、同じ『笑う』なのに彼女と言峰だとどうしてこんなにも意味が違うんだろうね。あ、けど言峰がにっこり笑うなんて見たいなんて思ったこともなかったし。笑ってくれるのは、女の子だから可愛いんだね。言峰も結局十年間もいっしょにいたのに一度も笑顔なんて見せてくれなか――――――あ」



 一人、誰も聞く相手がいないのに、愚痴って気付く。
 ……それは気付くというのはおかしいぐらいの小さな事だった。何の変哲もない、矛盾も無い事情。なのに自分は何故か立ち止まってしまった。

「…………うーん、おかしいな」

 小さなことを深い意味で読みとってしまって。
 どうしてそう読んだのか理解してしまって。
 ……無駄に悲しくなる。

「僕、こんな事ぐらいで泣くやつじゃないだろう―――……まぁいいか。今、子供だし」



 全てが【過去形】になっていた。
 当然だろう。だって言峰は過去の人なんだから。



「あれ、こんにちは。今日はここで遊ぶのかな?」

 探してる最中。さっきまでお兄さんと話していた彼女がもうそこまで来ていた。
 侵入者が気になった門番は女の子を逃がしてしまったらしい。姿は見えないが、あのいつも涼しい顔の侍が悔しがっている顔が想像できる。声をかけてくれたから挨拶。そうでなければ多分彼女相手でも、今の僕は気付かず只居ただろう。

「いいや、今日は僕一人プライベートです。でも何でも無い用事で仕方なく来ただけなんで。そうだ、折角会えたんだからここからデートにしましょうか?」
「えぇっ! …………でも、何でも無いの? さっき、泣いているように見えたから……」
「………………あぁ、それは恥ずかしいところ見られちゃったな。それ、忘れてくれると嬉しいな。誰にだって見せたくない自分の姿を見られるのは嫌なのは判るよね? 僕の心情、分かってほしいです」

 聞いて、彼女はハッと慌てた顔になる。軽く、冗談ぽく忠告しただけなのに彼女は本当に申し訳なさそうに謝ってくる。悲しさの涙もおかしさの涙に変わってしまうくらい必死に。
 でも、……さっきの自分の言い方は、自分が哀しくて悲しくて潰れそうなんですとわざと主張しているみたいだ。そこまで自分は弱くないと思いたいのに。これでは彼女の心配を受けたいが為に言ってしまったよう。

「あ、デートはやっぱり無理だった。今日は何とか重い足引きずってここまで来たんだった。実は無くしちゃったモノがありまして。ずっと探しているんだけど見付からないんだ。それがちっとも見付からないからちょっと気持ちが沈んでいたところだったんです」
「そっか………………大丈夫かな? 私で良ければ手伝うけど、…………捜し物って何かな?」

 あんな言い方をしてしまったら彼女がそう言うのは当然の流れ。こんな風にしたくなかったら出会って挨拶してまた今度と言えばいいだけの話。
 でもそうしなかったのは、……二人で探してみたら見付かるんじゃないかと思っているからだろうか?
 二人でなくても頑張れば、ちゃんと探し出せば、……運が良ければ見付かってくれるんじゃないかと思ってしまっているだからなのか。

「うーん、捜し物は………………」



 ―――ありえないのに。

 そんな、ひょっこりあんなモノを探し当てられるなんてありえないのに。何で期待しちゃっているんだろう。
 分かってるなら何故此処に来た?
 見付かる訳無いと思っているものを、重い足を引きずってまで探しに来たのは。



 ―――ここに来れば、彼がいるんじゃないかと。



 ……夢見ていたからだ。
 女々しい自分に嫌気が差す。



「…………これくらいのカード。小さいからドコに落としたか判らなくなっちゃったんだ。
 馬鹿だよね僕も。大事なら目なんて離さなきゃ良かった。落としたって気付いて早く探しに来ればまだ見付かったかもしれないのに」

 そんな当然なこと、声に出して確認するまでも無いのに。判ってるクセに判ってない自分。

 なんて健気? 
 いいや、なんて無意味だろう。

 想いながら、彼女を心配させぬよう笑った。

「無くてもどうでも良かったなんて思っていたから今まで探しに来なかったんだ。こんなに、無いと淋しいものだったなんて知らなかった。ずっと、この手にしっかり持っていれば無くさなかった筈なのに。後でこんなに必死になって探すほど大切なら特に、さ―――」





 END

 05.11.28