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 雨の中、久しぶりに奴を見る。

 ギルガメッシュという名の同居人がいる。
 可愛げも無く、かつて王だったかなんかは知らないが、常に自分の方が上位に立っていると本気で思っているような奴。仕草はどこも嫌みったらしく、皮肉ばかり出る口はヒトを莫迦にする為に創られたのではないかというほど。正体不明の男。いや、真名はハッキリしているが。

 よくよく考えてみれば自分は全く奴と正反対なものではないかと思う。
 身分が何だ、俺は偉いんだと威張ったことはない。階級とかヒトとヒトの閾は好きじゃない。皮肉が出てしまうのは時と場合によるが…………それと可愛げが無いのは奴と同じかもしれないけれども。
 そんな根っからの、玉座でふんぞり返ってる王様気質とはどこをとっても共通点が無いが、マスターが同じというトンデモナイ類似項のせいで同居する羽目になる。
 何故同じ屋根の下に、教会に、家に…………!

 性格が全く違う二人が簡単に仲良く暮らせる訳がない。互いの好意の了解も無いまま過ごす時間。これほど苦痛な時間は無い。
 ギルガメッシュはこちらのちょっとしたことを軽く流すこともなく、俺も奴の神経質な嗜好についていけず口を挟んで殺し合いの域にまで達した事もある。

 サーヴァント同士が喧嘩をしているんだ、令呪を使ってでも止めればいいのにあの男。放っておいたままだから殺し合いは今日も続く。
 ……畜生、令呪を使ってくれれば俺だって逃げ出せるものを。無論使ったあの男をも殺して。

 ギルガメッシュは強い。奴は最強とも謳われる。彼が英雄の中で特に優れているものであることは自分でも認めざるおえない。アーサー王が同時に召喚されなければ、奴がセイバーになっても良いんじゃないか。
 しかし、負けを素直に認めるほど柔じゃない。たとえ誰かが最強だと言おうが、勝負であればどんな奴だろうと戦う。勝利する覚悟で立ち向かう。

 現に未だに奴には一度も負けたことがない。……勝ったこともないが、それはギルガメッシュが中途半端なところで戦闘を切り上げてしまうからだ。飽きた、とか、腹が減った、とか、ジャケットに糸屑が付いている、とか。そんないつも気が抜けている奴だからこそ、勝機は十分にある―――。

『なにノコノコ帰ってきてんだお前、門限は8時までだって言ってるだろ!!』
『ふん、鬼の館のような規則に付き合ってられるか』
『第一、どっかに泊まる時はとりあえず電話しとけって言われてるだろうが!』
『我が何をしようが、貴様に関係無かろう!』
『あるんだよ、あの馬鹿神父経由でな! メシ、何処で食ってきたんだ、あぁー? どうせ何も食べてないんだろ、1週間!! 腹減ったから戻ってきたとか言うなよ!!』
『なっ、…………わ、我らがが食事をしなくても生きていられるのを忘れたか? 人間に戻った気でいたか、この下衆めっ』
『1週間分お前の分のメシ代無駄になっただろーがぁー!!!』

 ―――その日は雨だった。
 雨空の下、久々にギルガメッシュの顔を見る。途端、毎度同じように何らかの口喧嘩が始まる。

 理由はひどく幼稚なものだった。それなのにいつの間にか赤い槍を構えている自分がいる。無駄に広い教会の敷地の中、水の音を弾きながら、走り出す瞬間の足。奴も準備はできていると嫌みな笑みを浮かびながら構える。
 ……早く勝負をつけなければ止めに入る奴が来る……!
 駆け出す前にそのことを思い、瞬時に決着をつけるととを決意した。

 ガキン、と金属音の高い音。
 駆け出す前は無かった剣を構え槍を弾く。挨拶代わりの槍は簡単に弾かれたが今のは冗談のようなもの。決意を形と成す。
 …………今日こそは。
 おそらく奴も同じことを考えたか、殺意が奴の後ろに物体となりだした。
 奴が狙うは数度の刃。俺が討つのは只一筋、奴の心臓のみ。

 これはもう遊びではない、今までのような幼稚な喧嘩ではない。きっかけは馬鹿馬鹿しいものであれど、元々お互い戦の為に用意された戦士、戦いをうられたからには打ち返す使命を持つ。
 因果さえ貫く槍をこの日は解放する。
 今日、全てを解放する―――!

 と、ホンキで思っていたが。

「むっ………………!」
「……なっ?」

 ふたつの武器が向き合わせようとしている中、片方は焦点も合わないまま、
 落下する。



 思わず、拍子抜けをする。
 決着があっという間についてしまった。実感無く、あっさりと。
 ランサー、不戦勝。
 納得がいかないぐらい、あっさりしすぎた勝負だった。

 ―――それで満足できるわけがない。
 今まで負けたことが無かった、もちろん勝ったこともなかった。その悔しさから今日でサヨナラできるものだと期待していただけに。
 ここまで盛り上がった舞台に、あっさりと幕を下ろしやがって。
 ギルガメッシュとの口喧嘩以上に腹が立つ―――!

「おい、何やってんだお前―――!」

 苛立ちは頂点、叫んだ。
 まるで電池の切れた玩具だ。地面に倒れ込んでいるギルガメッシュは、寝転んでから指一つ動かさない。しかし血も流さず苦しみもせず倒れるだなんて。
 思い当たることは、ひとつしかない。

 ……止めたんだろう。奴が。

 『奴』とギルガメッシュの中には令呪のような絶対的命令権は無いだろうが、似たようなものなら一つや二つ言峰は用意してそうだ。彼の手にかかればどんなあり得ない出来事も現実に起きる力を持っている…………気がする。実際そんな事は無いだろうが、奴ならそれぐらいの怪しさは持っていておかしくない。
 見ただけではギルガメッシュが死んでいるように見える。あのまま放っておけば死んでいなくても直ぐ消えるだろう。
 槍を仕舞い、塗れた髪を掻き分ける。
 そして暫し悩む。

 ―――あんな奴でも、一時でも共に食事をした仲だ。骨くらいは―――。

 そんなことを敵なのに考えてしまう、それが最強になれない弱点だ。



 ………………悩んでいたのは5秒か3秒か。

「っ……」

 髪を掻き分け、倒れた奴を回収するかしないか考えていたのにそれほど時間はかかっていない。
 それなのに、ギルガメッシュは地に伏せていなかった。

「言峰……」

 ギルガメッシュの身体を抱き上げ、歩き出している人物。
 軽々男の身体を抱き、その足は屋根の下へ―――教会へ向かっていた。
 ……いつの間に。
 先程まで目にも留まらぬ最速の対決をしていた、……その一人がギルガメッシュの元へ近付き、抱き上げ、歩き出すまでの時間を見失っていた…………不覚、それと不快感。

「何してる」
「回収だ」
「いや、……何をした」
「本気でギルガメッシュを殺ろうとしていたなら止めていた。だが、お前はそこまで殺意が至らなかったようだな」
「…………」
「だから、何もしていない」
「は……?」

「ギルガメッシュが勝手に倒れただけだ。まだ消すには惜しい。だから回収するだけだ」

 …………倒れたのは、神父の妙なる術ではないと?
 では自爆か? ……誇り高い王が自ら倒れたと?

「そんなこと、あるか―――……!」

 ゆっくりとした足取りで行く神父を追いかけ、眠るギルガメッシュを殴り起こそうとするところで、
 薄くなった記憶を辿る。
 ……。
 辿る、辿る……。



「あ」



 反転した記憶に気が付いた。
 途端、……少しでも心配した自分と相手の莫迦さ加減に呆れる。
 何故今日、戦が始まったか。……その理由を思い出した。

「ホントに…………電池切れかよ…………」

 そして不戦勝の理由にも辿り着く。



「ぐ、ッ………………」
「―――冷たいな。今度からGOBに傘ぐらい入れておいたらどうだ」

 冷たい雨に塗れ、ギルガメッシュの額や頬に張り付いた金の糸。
 唇で撫でながら、暖かい家に帰る…………。

 ―――体温を感じなさそうなのは、抱き上げている方だろう―――。
 下らない結末に肩を落としながらランサーは思う。

 抱かれながら運ばれていくギルガメッシュを眺める。
 あんなムカつく野郎がか弱そうに胸に抱きつく姿を見て、ひどく幼く想えた。





 END

 言峰にお姫様だっこされるギルが萌えただけな話。05.4.27