■ 吸血
伸ばした腕の先には何も無い。
手を掠めていくのは空気。掴めることなく行き着く場所無し。何て意味の無いこと。掴もうとした手に掴めない現実。
なのに確かにある存在感。
――何かを想いだした気がした。
「…………その手は、何を意味している?」
「む。いたのか。―――手を寄越せ」
「――」
求めた者は傍にいる。
何も掴めなかったからいないと人間的に思った。まだ抜けていないのか、それとも逆にここの所人間に浸食されているのか。
近寄ってきた神父の躰。
伸びてきた固い腕。
それを引っ掻いた。
人の形のままの肌に傷をつくり、流させる。痛みを訴えることなく、その行為を見続けるのみ。
爪の間を這う血。……この男に人の身体に流れるものがあるのか確信は出来ないと槍兵は愚痴っていた。全くその通りだ、そうでないのに言いたい気持ちが判る。
「……うむ。お前らしい色をしている」
「――」
指を伝う朱に口付けた。
苦い。
……だが甘い。
「血でも十分補給にはなるということを思い出した」
「……忘れていたのか。大概の使い魔との契約は血が相場だと」
「お前も与えられるなら精の方が画然に良いということを忘れたか。採れるなら良いものを摂るのは当然だろう」
爪の先を舐め尽くす。量が少なかったせいで最早自分自身の味しかしない。
それでも、数量の朱からも神父の血から魔を感じた。回路を繋げる。
力が堪る。
……もっとほしい、渇望する。
これは極上の味。言峰の独特の苦さが、そこらの雑種の出す血よりも格段に美味いと感じた。
そして更に想う。
……おそらく、騎士王は正反対の毒素が含まれているに違いない。あの高貴で気高い血は最高級の味だ。
……………………渇望する。
もっと、ほしい。いくらでも。尽きるまで、と。
腕を掴む。掴めない腕を強欲に掴んだ。被りつく。
「……腕一本もぎ取る気か」
「なに。貴様のことだ、そのうち新しく生えてくるだろう?」
「――」
まるで狗が言いそうな軽口を叩いて、指に貪りついた。
……躰から毒を撒き散らす。
溜まった汚い素が汚れた神性の新たな力になる。弛緩した舌を絡ませて、強く腕を抱く。抱くのは腕だけでなく、躰も、抱かれ―――。
行為は止まらず加速する。
「…………………………ふ、は。ぁ」
歯形、引きちぎれた指を離した。
口内に堪った血だまりに堪能する。
満足だ。この紅い液体は、言峰が時々持ってくる下らないワインより数段美味い。
「……む?」
「――」
流れる魔の源を頬に塗りたくった後、…………今度は言峰の舌が口内の血だまりを楽しんだ。
ギルガメッシュの口を、―――浸食す。
「む、……ん、…………んぅ……」
「―――」
自らの味を確認したが、何も言わず。
……己から出たものを、己で楽しむとは。何と無意味な。奪われながら想う。
「―――無意味なのはどちらもだろう」
こんな効率の悪い補給方法など何の意味があると。
……否。
行為を楽しむこと自体に、おそらく意味があるんだと。
想って、なんて人間くさい。
情に飛んだ自分自身に虫酸が走った。
END
05.10.4