■ verge



 真夜中に目が覚めた。

 いつもは日が昇る頃まで起きているのだがその日は珍しく早く寝た。……そのせいか真夜中に目が覚めてしまった。もう少し布団に潜っていたい。普段ならそう思っただろう。だが急に覚めてしまった目はなかなか眠ってはくれなかった。
 布団の中に無理矢理潜り込む。目を瞑る。とにかく寝る事だけに集中する。

 やがて、どうしようもなく身を起こした。
 覚醒してしまった意識を拒む事が出来なかった。とにかく今は光が欲しい。布団は汚い部屋に敷きっぱなしにしておいて、外着を素早く着てその部屋から飛び出した。
 あんなに起きたがっていた意識、なのに身を起こせば目眩がする。我ながらなんて我儘なヤツなんだろうと一人ツッコミ。そんな下らない事をしながら、部屋を出て、階段を下り、家の出口まで来てしまった。何故だろう。

 頭に思い浮かぶのは一人の影。

 ―――どうしようもなく、逢いたい。

「……バカか、俺」

 頭を振るって馬鹿な考えを吹き飛ばそうとしたが、頭の中ににいきなり現れたなかなか思い浮かんだ像は消えない。外に出れば冷気が襲う。その中を切り裂きながら足を進めた。

 やがて辿り着いたのは、人気のない公園。酷く静かで、噴水の淋しい音と蒼い月が漂う黒い世界。こんな所にお姫様のような美女がいたらファンタジックなんだろうな、とまた可笑しな事を考える。が、そんな運のいい事はない。いるとしたら最近流行の殺人鬼ぐらいだろうか。

 ―――殺人鬼。人を殺す鬼。この世から存在を消してくれる存在。

 ……嗚呼、今更思いだした。最近早く寝るようになったのは、巷で大人気の殺人鬼がいるからじゃないか。得意の夜の外遊びもつまらなくなったからコレを機に早寝早起きをしてみようかと考えていた所だった。それでも起きてしまったのは、夜は動くもんだと体が学習してしまったからだろうか。何だか自分に拍手を送りたくなってくる。しかもそれに気付くのが、こんな淋しい公園に来てからだというのが目出度い。

 静かな公園の白いベンチに腰掛ける。
 今何時だ、と頭上を見上げた。まず目に入ったのが月―――それより少し視線を落として、公園の時計を見た。午前一時。一番元気な時間だった。

 ―――どうしようもなく、逢いたい人がいる。

 もう一度視線を上へ上へと向けてみる。世界は黒いと思いきや、実は空は青かった。月が蒼いわけではなく、宇宙自体が青い。街にいてはカラフルなライトで判らなかったが、実は上空は青くて星が綺麗だというのに気付く。一体此処は何処なんだろう、この公園は本当にとある街の一部なんだろうか。再度視線を下ろす。時計は午前一時を余裕に越していた。

 ―――こんな時に逢いたいと何故思ったのだろうか。

 こんな真夜中に人の家に押しかけてみればどうなるだろうか。追い返されるか、それともいくら呼んでも起きてきてくれないか。普段なら無理に起こしてまで逢おうだなんて考えない。
 なのに、ただ逢いたいと心が繰り返す。逢いたい、声が聴きたい、顔が見たい、感じたい。少しでも、存在を確かめていたい……。永遠と繰り返す叫び。
 そんな事を考えたのは、こんな感銘な月に起こされた夜を迎えてしまっただろうか。酷く興奮している。身体的にも精神的にも何かを―――人を求めているのだ。

「………………」

 ―――その人は、俺の存在を確かめてくれる。

 またひとつ、空を大きな雲が通り過ぎて、ぼんやりとした月の光が公園中を照らし出した。明るくなったと思ったらまた暗くなる。ライトも点かない公園の中でその微妙な明るさを楽しむ。
 しばらくそれを楽しんでいると、…………カタ…………と小さな足音がした。思わず息を呑む。
 しかし後ろを見ても誰もいない。求めていた人は疎か、人ッコ一人いない。集中しすぎたあまり、幻聴を聞いてしまったか。
 風がさざめく。緑に囲まれた公園では色々な音が響く。どんな音がしてもおかしくない。
 顔を下の方へ落とした。見えるのは自分のだらけた足、月光りに照らされた地、揺らめく影のみ。
 ふと、影が揺らめいている事に気付く。ベンチに座っている自分は首以外は動いていないというのに、ある影が動いている。
 それは、自分以外のモノだという事ではないか。顔を見上げる。

 ―――いつの間にか、それが想い人ならば。

 暗闇の中で表情を読みとるのは難しい。だけど存在ぐらいは確かめる事が出来た。

 ―――願っていた。

 目の前には、ちゃんとした人間が立っていた。その人間は戸惑った表情をしていて、何かを話しかけようとしていた。そして自分はどんな表情をしていたというと、

 ―――逢えた。

 嬉しくてニヤけた顔。逢えて満足しや顔だっただろう。目の前で当惑した表情を浮かべている奴は、紛れもなく、自分が求めていた人物だったのだから。
 吹く風はいつしか冷たい物から柔らかく暖かい物へと変わっていた。

 逢うだけでは、……顔を見ているだけでは気が済まない。もっと逢って声が聴きたい、触れていたいと想っていた事が沢山あるのだから。もっともっと、傍で近くで……確かめていたい……と。両腕を目の前の人物へと伸ばす。来てほしい、と。逢って抱きしめたいと。夜、覚醒してしまった時からずっとしたかった事を。しなければ狂ってしまいそうだった事を。だから今すぐ抱きしめたいと。力を込めて、想いを込めてと。今すぐ求めあいたい。どうせ誰もいない世界なんだからいっそ此処で。そう想って腕を広げた。

 ―――彼は、それに応えてくれた。

 もうこれで満足だ。逢うまでに興奮して、逢ってからはそれ以上に気持ちが高ぶっている。一人の存在に大きく揺れ動く。それ中心に俺は動く。まるでそれが太陽で俺はその周りを飾って回るだけの星のような。

 でも星はそれだけで存在価値がある。自分に価値があるかは判らないが、

 ―――俺は、お前に逢うためにこの世界に存在るのだろう―――。



「………………有彦、何でこんな所にいるんだ?」
「さぁな。気が付いたらココにいたんだ」

「はぁ? 危ないな……夢遊病だっけそういうの」
「お前程危なくねぇよ、んな時間何してんだ。どうしようもない理由だったらガッコのセンセーに言いつけてやるからな」

「言いつけて何になるんだよ、ったく……そういうお前こそどんな理由で公園で寝てるんだよ」
「おぅよ、俺にはちゃーんとした理由があるからな」

「ふぅん、じゃあ聞かせて貰おうか。ここに存在る理由をな――――――」





 END

 個人誌『Secret Garden』収録 04.3.7