■ Understanding



 ―――雨は一段と激しく振っていた。
 止みそうもない雨。晴れそうもない暗闇。一人、助けを求めるように現れた。

「…………悪い、有彦。タオル貸してくれるか」

 現れた客は、いきなり床を濡らし始めた。
 急いでタオルを渡す。渡されたタオルで濡れた髪の水気を取る。

「……こりゃ、傘さしても濡れるな」

 開いたドアの先は、水の渦が広がっていた。
 台風直撃なんだろうか。明日になってゴムボートが無ければ外に出られない……なんてなってたら素敵だ。
 その時は微妙に広いこの乾家から一人でゴムボートを探し出す事が出来るだろうか。
 この家には一人しかヒトが住んでいない。もう一人の住人である姉は、また放浪の旅に出ている。まだ高校にあがったばかりの弟を置いて一人。
 しかし姉弟でも他人の付き合いを始めている身にとっては別にいなくなってもどうでもいい、そんな淋しい生活をしていた。

「こりゃあ帰れないな…………志貴、泊まってけよ。電話かけておいてやるから」
「あぁ、ありがとう。…………電話くらい自分でするから」

 ―――まだ空が緩やかだった頃、外出していたら一気に直撃を喰らったらしい。
 逃げるにも有間の家までは距離があるので、一時避難場所に乾家を選んだのである。
 有間の家には門限も無く、夜でも自由に動けるらしい。……今は朝でも夕方でも同じ色の空だが、一応は夜。
 夜の来訪者というわけだ。

「電話、借りるぞ」

 志貴は慣れた有間の家へ電話を掛けた。
 何度も訪れ、泊まった事もある。もう何処に何があるとか、住人の有彦以上に知っているかもしれない。……ある意味、志貴はこの家に住んでいるようなものだ。



 ―――シャワーを浴びた後、いつもの調子で上に上がってきた。

「何処に寝ればいいんだ?」
「俺の部屋でいいだろ。……そうだ、お前、着替え……俺ので大丈夫か?」

 渡された有彦の服を羽織る。
 暖かくなった身体に冷たいYシャツ。身震いがした。
 着替え終わり、カーペットの敷いてある部屋に座り込んだ。
 片付けもしていない、テレビも付けていない、電気も一つしか点いていない薄暗い部屋。
 好意で泊まらせてもらう事になった部屋に、寝転がる。

「―――おい、志貴」
「…………何だよ?」
「お前、このまま寝る気か?」
「そりゃ…………」

 ……出来ればこのまま眠りたい。

 一人で家に籠もっていた有彦は、構ってほしくて仕方ないらしい。
 突然、楽しみもない家に押しかけてきた志貴は恰好の遊び相手だ。

「…………眠らせてくれるのなら嬉しいけど」
「まさか、黙って眠らせる訳ないだろ」

 ……やっぱりこうくるか、と脱力感が一気に襲いかかってきた。

「……テレビでも見てればいいだろ。今が一番楽しい時間帯だろ」
「何でか付かなくなっちまって。強風か、何か当たったんだかアンテナが曲がったんだな多分」

 ……もしかしてワザと曲げたんじゃないかってくらい、楽しそうに事を話す。

 ―――窓の外を見る。
 依然大雨状態は変わらず。
 風に揺れてか変な音もし出す。
 あの中に数分でも居た。……身体はハッキリ言ってダルイ。
 電話が通じたし、電気も点いているのだから電線が切れてるってわけじゃない。他にも暇つぶしは沢山あると思うのだが。

「………………そういやこんな話、テレビでやってたんだけど」
「あ……?」
「災害があった年って、出産率増えるんだってよ」
「…………微妙に嫌なネタ引っ張り出してくるな」
「やっぱりこういう時やる事っていったらアレだろ」

 今にも襲いかかってきそうだった身体が、ついに抱きついてくる。

「あのな、雨にあたって風邪気味なんだぞ……」
「こっちは淋しくって死にそうだったんだぞ」
「知るか。…………判った。もう風邪引こうが溺れようが無理矢理帰る」

 大人しくさせてくれないのなら、平和な家に帰るだけ。
 明日本当に寝込むかもしれないが、いつもの事と済ませてしまおう。
 立ち上がろうとする。……が、強い力が腕を引き、無理矢理押しつけてきた。

「ッ……!」

 転がされる。強く腕を拈ったせいか、小さく唸り声をあげた。
 どんどんと押し寄せてくる嫌な予感に、キッと睨みつけ威嚇した。
 しかしそれも通じず、腕を逆に捩られる。激痛のためか声にならない声をあげた。
 押さえつけている腕。もう片方の腕で身体を俯せにさせると、腕を掴み背中の方で固めてタオルで縛った。

「いっ……た……何、す…………!」

 やや湿り気のあるタオル。強くきつく縛りすぎたか、身体を固まらせる。

「此処に来たって事は、それなりに覚悟はしていただろ?」
「なっ、お……おいっ……バカ」

 怒りと羞恥に顔を赤くしていた。
 両腕が使えなくなり、ジタバタ足だけで抵抗する。……また仰向けになおされ、目の前で笑われた。

「ちょ…………っ、強姦でもするつもりかっ?」
「あー、少しでも感じたら和姦になるんだぜ。別に訴えられても俺はいいけどよ」

 身を捩らせて逃げようとするが、あっという間に引きっぱなしの布団に放り出された。
 右手で身体を撫でた。Yシャツの前をはだけさせる。

「ゃめっ……!」

 顔を上げる。途端、そのまま覆い被さるように顔が落ちてきた。
 ―――キスをしてきた。
 だが、ぶつかり合う有彦の顔に、固い物が目元に当たった。

「痛ッ。……眼鏡邪魔だな……」

 鼻にレンズが当たった。このままではロクに出来ないと、眼鏡を取り上げようとする。

「ばっ……! 取るなよ……!」

 外されようとした時、残る力を振り絞るように激しく抵抗する。

「なんでだよ。キス出来ないだろが」
「しなければいいだろ!」

 ……外せばこっちは生きていけない。
 ただでさえ舌噛んで死にたいくらいの事をされているのに、一緒にあんなモノまで見せられたら……
 ―――こんな時にまでアレは見たくない。

「………………仕方ねぇな」

 嫌がる志貴の眼鏡を外し、そしてあっという間に持っていたタオルで志貴の目を隠した。

「ぁっ……!?」

 視界が真っ暗になる。
 何も見えない。……勿論、線も見えない。
 そして再び、唇が塞がれた。

「ん……っ」

 さっきよりも長く、深く押し寄せてくる。
 有彦が強くしがみ付いてきた。

「あ、あ……っ」

 頭の後ろに手を回し、舌をくっつけてくる。
 絡ませ、舐り、激しく吸った。動きをただぎこちなく合わせるだけだった。

「……ん……はぁ…………」

 ざらざらとした感覚が襲ってくる。頭がくらくらする。

「……あ……有彦………………」

 名を呼ぶ、―――が誰も見えない。
 目隠しをされているのだから、見えないのは当然だ。

「お前……昔っからキスだけは上手いよな」

 暗闇の中から声がした。明らかに楽しんでいる声。人の不幸を見て嗤っているのだろうか。

「…………昔からとかいうのはヤメろ」
「だっていい声出してくれるじゃん。―――感じたら負けじゃなかったっけ?」

 そんな勝負はしていない。微笑う声が不気味だ。
 身体を一度全部離される。何をするかと思ったら次は足を急に持ち上げられていた。

「待っ……!」
「脚、開けよ」

 下着ごとズボンを脱がされ、腰を浮かされる。
 浮かせた腰を見計らって、―――指が奥へと忍び込んできた。
 最初はゆっくり、奥へ奥へと進んでくる。

「……ぅんっ……はぁ…………っ」

 その冷たい感触に背筋がぞくりとする。
 身を捩り、腰を動かす。
 逃げようとしたのだが余計指を奥へ導いているだけだった。

「……ふぅんっ……あぁ……ぁ…………!」

 控えめに、中を掻き乱す指。
 冷たかった物体も、徐々にあつく、熱を帯びていった。
 抜き出され、また挿れられる。何が起こるか判らないそれに翻弄される。

「…………おぃ、大丈夫か?」
「……な、わけないだろ……!」
「ん、いまいちよく判らないな……」

 今度は志貴のモノを手で包み込み、優しくを愛撫し始めた。
 どうすれば気持ちいいのかは同じ男であれば判っている。
 が、繋がるのは同性間では出来る事なのか、いまいち判りづらい。
 それでも求めてしまうのは、―――異性間に芽生えるモノと同じ感情があるからだろう。
 続けるうちに……つーっと雫が垂れる。熱を帯び出す。

「んく……っ!」

 甘い喘ぎ声がずっと口から漏れている。顔を真っ赤にして成る可く漏れないように声を殺していた。
 防ぐ腕も後ろで組まれ、仰向けで固定されている。下も胸も中も熱くても、唇を強く噛む事しか出来ない。

「怖くないか?」
「…………怖いに決まってるだろがっ」

 ―――入り口に硬いモノが当たる。

「あ…………!」

 背筋が凍った。悲鳴をあげ藻掻くが、完全に腰を固定させられる。
 ゆっくりと指の時のように、潜ってきた。

「―――っあ、あああっ!」

 内側から引き裂かれる痛みが襲う。
 タオルで涙が吸収される。力無く口を開き、熱い息を吐いた。
 引き抜き、背中に手を廻して、また潜ってくる。
 どろりとした感触が脚に伝う。

「……あああっ……あぁ…………」
「………………痛いか?」

 中に入ってくる。
 奥へ、奥へと、入ってくる。
 その痛みに耐える。

「……はぁぁ……あぁ…………」

 根元まで埋まって一端動きが止まる。
 一体どんな目をしているのか。

「きつッ…………」

 唸りながら、―――有彦がそっと髪を撫でた。
 汗でべとつく前髪を掻きあげてくれる。

「……あ、……ふっ、有彦……!」

 がくがくと身体が揺さぶられる。
 抜き差しされる。痛みよりも熱さを感じているのが、分かる。

「……あああ……ああっ……あぁ…………」

 触れる。
 手で包み込み、感じる個所を攻め立てる。
 繰り返してきたリズムのペースが速くなってきた。
 勢いが強くて潰れてしまいそうな程…………。

「っ! あ、ああぁ―――っ!!!」

 ……もう、何を言っているのか判らなくなっていた。
 タオルの下で強く目を瞑り、身を全て任せる。
 締め付ける中、―――最奥を深く貫く。

 「んっ……!」

 堪らず、一番暖かい所で放出した。
 熱い液体を感じる。

「あ、あ…………っ」

 何度も叩き付けられたような感覚。
 意識が真っ白になっていく。
 そして一気に薄れていくのを感じた。



「―――痛」

 正直な感想を、そのまま聞かせる。

「………………もう一回死ぬ所だった」

 目隠しは外した。後ろに組まれていた腕も外した。なのに行為が終わったのに腕が離してくれない。おかげで目の前に見えるのは、胸だけだ。

「……あんまりいいもんじゃないんだな、コレって……」
「そーかぁ? 俺は死ぬほど気持ちよかったし最高だったんだけどなぁ。……お前もそうだったんじゃないのか」
「…………」

 イイのか最高なのか判らない。
 感覚が麻痺している。感度は良かったようだが。
 でも痛みはある。背中にまわされた腕が強くて、まだ痛い。

「有彦。とりあえず、離してくれないか…………」

 このままじゃ眠れない。もう一度シャワーを浴びてきたい所なんだが。

 が、簡単には離してくれなかった。
 変な顔をしている。驚きと、情けない笑みの混じった顔で。

「何言ってんだ? お前が離さないから俺が動けないんだろ」

 ……。

「あっコラ寝るな! この体勢キツイんだぞ……!」

 自分の莫迦さ加減に呆れた。
 同時に顔が赤く腫れ上がったように熱くなったのも感じた。
 上の方で何か叫んでいるのを聞こえたが、いくら叫んでも聞いてくれなかった……その仕返しだ。

 ―――気が済むまで、暖かい胸の中へと隠れた。





 END

 03.5.18