■ Ai no Survivor



 可愛らしくラッピングされた小さな袋を見つめる。
 袋からはいい香りがする。
 その袋を手にしていると、少し涼しい外でも暖かくて気持ちいい。
 だが、……その袋をそれ以上、どうしたらいい物なのか悩む。

「…………クッキーだよな?」

 それは朝。
 いきなり見知らぬ女子高生に裏門の所で渡された。
 そして、(礼儀として)名前を聞く前に女の子は去っていってしまった。
 茶髪のツインテールの、多分同じ高校一年生だと思う女子生徒……。
 見たことあるような、無いような娘だった。

 ……中のクッキーは手作り。
 何故判るって、(言ってはいけない事だろうが)不器用な作りをしているから。
 早朝……渡されたのだから、食べろという事だろう。

 昼。
 いつもより早めの裏庭。
 まだ人がいない空間。
 裏庭の古いベンチで、袋を見つめる。

「手作りのお菓子……か……」

 誰も来ない裏庭、相方を待ちながら、袋と睨み合う。
 ……一体何だと言うのだろう?

 見ず知らずの人に物を貰っていいのか、
 なんて疑問が次々にわいてくる。

 袋のリボンを少しほどく。
 するとバターの匂いが志貴の座るベンチ周辺にだけ広がった。
 甘い、凄く甘い香りが広がる。
 ……意外と美味しそうだった。

「……ん? 何だよソレ」

 そしてやってくる声。
 毎度昼を共にする相方が食堂での戦利品のカレーパンを手に、やっと来た。
 聞きながらも、有彦は持っている物か何か判ってそうだった。
 殆ど判っている筈なのに、にやにやしながら聞いてきた。

「朝、貰った」
「へぇー、何でお前愛想悪いのにモテるかねー」

 文句を言いながらベンチの隣に座り、命のカレーパンを受け取る。
 有彦はカレーパン渡すと、直ぐ袋へと視線を向けた。

「で、中身は? クッキーとか?」
「そうだけど、よく判るな…………ってちょっと匂いキツすぎるからか」

 あたり一面のバター臭。
 嫌じゃないが少々しつこい香りに共に唸る。
 作った娘には悪いけど、コレは何か作る過程で間違っているような気がした。

 ……それを受け取ってしまって良かったのか。
 考えながら、ハァ、とため息を吐く。
 そのため息は、とても贅沢なものだと感じた。
 クッキーは嫌いじゃない。くれるのも嬉しい。
 けど、実は洋菓子より和菓子の方が好きだったり……。

「いらねぇんだったら俺が食べるぞっ!」
「そんな失礼な事できるかって……。

 俺がどんなに菓子嫌いだって作ってくれたんだから食べなきゃダメだろ」
 言うと、有彦はぶーぶー文句を言い出す。
 自分でも言ってから、これを全部食べなきゃいけないのか、と後悔する。

「彼女がどんな理由で……気持ちで俺に渡したか判らないけどさ。そう、俺の事を悪く想ってない、って事だろ? 受けてあげなきゃ可哀想だろ……」

 そう言って一つクッキーを口に入れた。
 ―――1つ目は、途轍もなく甘かった。
 噛み締めると熱い。
 固さもクッキーとしては悪くない。
 心地よいものだった。

 ……それを、有彦が見つめる。
 じっと、クッキーではなく、その行動だけを見つめてくる。
 封を切ったカレーパンにも口をつけず、
 普段なら5秒で平らげてしまうだろうカレーパンを放っておいて、
 ただ見つめていた。

「……?」

 ……そんなに欲しいのだろうか?
 それとも、……何か有彦の気が触る事を言ってしまっただろうか?
 そう考えながらも、……クッキーへと手は伸びていく。

「―――あー、気にいらねぇ」

 しばらく有彦はそのまま固まっていたが、
 袋の、最期の1つを口にしようとした時、動き出した。

 ガシッ、と頭を両手で固定され。
 耳の部分を握られ、首から上を動かせないようにされる。

「なゃ……!?」

 勿論大事なカレーパンも放り出されていた。
 拍子に、くわえていた最後の1つのクッキーを口に入れしまう。
 でも有彦の腕は頭から離れようとしない。
 標的のクッキーはもう無いのに諦めない。

 真っ正面に、顔。
 目の前に顔がある状態。
 有彦の顔しか見えないぐらい、真ん前に。

 ―――厭な予感がした。

「……おぃ、そんなに欲しいんだったらなら早く言えば1つぐらいやっ……」

 クッキーを口に完全に含んだ状態で弁解する。
 だが彼は諦めない。

 口に完全に含んでいるというのに、
 もうクッキーは一つも残っていないのに、

 奪われる。

 中の、を。

「―――」
「んっ―――」

 微かに開いた唇から他人の舌が忍び込み、
 あっという間に奪われた。

 それは、多分ディープキスなんかよりよっぽど濃い行為だ。

「はぁっ―――」

 顔を固定していた腕を放される。
 思わず瞑ってしまっていた目を開ける。

 濡れたクッキーをボリボリ食っている有彦がいる。
 ……気まずそうに目線を背けながら。

「……………………有彦?」
「……あー、マジで甘いな。……コリャお前が嫌いって言うのも無理ないぞ」

 ごくん、とワザと聴こえるように、志貴の口内で濡れたクッキーを飲み込む。

「お前……ソレはちょっと、気持ち悪いんじゃ…………」
「あぁ!? 何言ってんだよ、中にクッキーが入ってただけで、あとは普段と変わらねぇだろ!」

 何故か有彦の方がキレていた。
 その雰囲気に、……そうだけど、とこっちも口を紡ぐんでしまう。

 でも。
 ちょっとさっきのはヤリすぎじゃないかな、と……。

 第一、こんな事を何故今しなくてはならないのか。
 しつこく言えば1つぐらい分けてやるって、判ってただろうに。
 そりゃ、やっぱり

 ―――妬いてるから?

 ……。

「…………有彦」
「……んだよ」

 カレーパンをやっと食べ出した彼の名を呼ぶ。

「……お前、いつ耳まで赤くしたんだ?」

 髪だけじゃなく。
 素直に謎を問いかける。

 が、答えてはくれなかった。

 カレーパンを食べてる有彦の口元を見ていると、
 ……生暖かい感触が蘇る。
 涼しい空気から守ってくれた暖かさとは違う。

 妙に、柔らかい。
 熱い、感触。

「……やっぱ甘いモン食った後は辛いのに限るなっ……」

 話を逸らすように独り言を言っている。
 だが、完全にその事から話は抜け出してなかった。

 ―――甘い。
 バターの味よりも、奴の体内の方が、もっと、熱く、甘く、
 心地よい―――。

「…………そんなに食べたかったんなら、買ってきたのに」
「なんだよ、そんなに最後の1個に根に持ってるのか?」

 首を振る。
 言葉が出ない。

 ―――なにも、俺ごと食べなくてもいいだろ。

 そう言ってやりたかったが、口元がつり上がって言えなかった。





 END

 03.2.2