■ 「 獣の匂いを求めて 」



 /1

 兵営の一室を居室として与えられた宋江は、既に三日目の夜を過ごしていた。

「長い旅で野営には慣れたつもりでいた。だが、人間が寝るために造られた物の上で眠ると、すぐに草木や岩場で寝ていた日々など忘れてたくなってしまう」

 それぐらい人の手の掛かった物は心地良く体が沈と、笑う。
 寝台を自分一人が占拠するのは悪いと、宋江は感じた。
 だがそれは一晩で消えたという。これらは人の為に使われる物であり、自分は使う側だと囃されているのだ、批難する方が悪いのだと話す。
 要は『一人で寝台に転がるのは久々で申し訳無さがあったが、そんなもの快適さの前ではいとも容易く掻き消えてしまった』ということだった。

「この三日間……宋江様は何か不都合でしたか」
「いや、不都合は無い。あるといえば、武松や李逵が私の傍にいてくれなかったことぐらいか」
「……えっ? 宋江様、そりゃおかしいですぜ。俺達はいましたよ? 俺はともかく、兄貴は宋江様の傍にずっといた筈だ!」

 個室を与えられていた宋江には、充分な用心を付けられている。
 その一つが武松を近くにつけることだ。
 長旅で共に歩んできた武松を傍に置くことに誰も異論はなく、宋江も今までの通りにすればいいのだから、何も変わったことはない。
 とはいえ常に傍から離れない訳ではない。武松が寝泊まりする場所は兵舎の一室にある。二日間は、そこに居させた。そしてこの三日目まで、幸い何も無いままだ。

「それはつまり……寝るときも一緒に居た方が良かった、ということですか?」

 三日目の晩。宋江の部屋に呼ばれた武松は、そういう意味で今夜は呼ばれたのだろうと察する。
 それなら「今夜、体を清めてから来い」と呼ばれたのも理解できる。
 部屋に呼んだ当の本人が、椅子に座ってどっしりと構えてはいるが……寝間着姿だというのに和やかではなく、複雑な表情のままでいるのも、納得できた。

「そのな……武松」
「はい」
「今朝。お前がまじまじと、私の顔を見ていただろう。……気付いていたくせに何も言わなかったのは、何故だ」

 三日目の朝。武松は何気なく目覚めたばかりの宋江を見て、左頬が少しだけ赤くなっているのを気付いた。
 何も言ってこなかったので、わざわざ訴えるほどでもないか……と考えていたのを思い出す。
 本人は、指摘してほしかったのだろうか。武松はひとまず謝罪した。

「そうか。……李逵は何も気付いてなかった、な……?」
「え? 俺はただ……宋江様が寝台からスッ転んだんだなって思ってました。だからみんなにも『きっとそうだぜ』って言って……」
「なんでわざわざ醜態をばらまく!」

 李逵の頭に落とした武松の拳が、思わず良い音を立てる。

「だ、だから俺、きっと今日……宋江様に謝れって言われるんだと、そればかり考えていて!」
「ああ、うん、そうだな。李逵、それは謝ってくれ……私の為に……」

 殴った武松を仲裁するでもなく、ただ複雑な表情を浮かべるのみの宋江に、李逵は不安になる。
 石積みの仕事をしっかりとこなし、行儀よく一日を過ごした。それで許してもらうつもりではいた。
 だというのに、一日の最後に呼び出されてしまって、ただでさえ不安で……いつも以上に体を清めて怒られにきたのだ。

 宋江は歯切れが悪く、怒るでもなく、複雑な表情のままたどたどしい話を続けるのみ。
 何をしてほしいのか、どういう答えを求めていたのか李逵には判らない。
 しかしあれこれ考えたがやはり判らないので、李逵は緊張した面持ちで、思い切って隣にいる武松に尋ねた。

「兄貴。今夜は宋江様を抱いていいやつなのか? それとも、罰として抱けないってやつなのか?」
「…………………………」

 俺に訊かないでほしい、と武松が目で訴える。
 奇妙な緊張感が、室内を満たした。

「どうなんですか、宋江様!」

 放った一言が余計に空気を重くしたのだと気付いた李逵は、すぐにそれを拭い去りたくて、焦って追及する。
 何とも言えぬ顔の武松が止めようとした。
 が、複雑な表情をしたままの宋江が手で制する。
 ああ、やっぱり自分は怒られるのかな……と李逵が思っていると、

「李逵の言う通り、今朝の私は寝台から転げ落ちたのだ。理由は……」
「理由は」
「……寝惚けて、お前達の匂いを求めて、ぐるぐると寝返りを打って……そのまま、な」
「は」
「そのまま、落ちたのだ」

 複雑な表情が『羞恥に耐えるもの』という――宋江が滅多に見せないものになった。


 /2

 普段は堂々としている宋江が、顔を伏せて照れて物を言えなくなるという姿を、二人はあまり見たことがない。
 だから小柄な肩をより縮こませて耐えているのを見て、何とも言えない気分になっていた。
 それは苛立ちや焦燥ではなく、幸福でもない、不思議な高揚感である。すっかり縮こまってしまった主人に、李逵は何か声を掛けてやろうと、顔を近付けていく。

「そりゃあ……仕方ない話だと思います。だって、いつも宋江様は兄貴に抱えられて寝てましたから!」

 椅子に座っていた宋江の両肩を持ち、正面から口づけようとする。
 しかし、喉の奥に何か詰まったように歯切れの悪い宋江は、目を逸らして一度接吻を拒んだ。
 拒まれて、李逵は困惑してしまう。
 やっぱり今夜は抱いちゃいけないやつなのか、久しぶりに抱き合うことはできないのか……と切なく目で訴えるのだった。

「……そうだ、私はいつも……武松に、お前達に抱かれていたから。寝惚けて、お前達を求めてしまったのだ」

 訴える李逵の目にたじたじになりながら、宋江が少しずつ視線を合わせる。

「寝惚けた私は……どこかにお前達が居るに違いない、すぐ傍で私を支えてくれるに違いない……そう考えて……。自分が台の上で寝ていることも忘れて、それで」
「俺達を求めたと」
「そして、落ちた。顔から落ちて、一日不格好な想いをしたのだ」
「……ああ、じゃあ! 明日の朝は落ちる心配は無いですぜ! そんな可愛いことを話されたら、今夜は放せそうにない!」

 李逵は宋江の体を抱える。
 そして椅子から近くにある、例の寝台に投げるように下ろした。
 困惑する声を出す体を押しつけて、またも唇を奪う。すかさず強引に衣服の中をまさぐり始めた。

「李逵っ! ち、調子に乗るな」

 突然の暴力的な仕打ちに声を荒げようとする。
 だが宋江の言うことなら聞く李逵でも、蹂躙を止めようとしない。着物は次々と剥がれていく。

「たった三日でも、長い三日間でした。すぐに宋江様は呼んでくれるって兄貴と話していたけど、まさかこんなに早かったなんて! 呼ばれるまで何にも言わないって兄貴と約束してたんだ!」
「そ、そんな約束したのか、お前達」
「でも、宋江様からこうして呼んでくれたから、いいんですよね。俺は罰を受ける必要も無いですよね、宋江様!」
「李逵……」
「だから兄貴も、我慢するなよ!」
「ああ」

 もう一人の短い返答に、宋江が目を見開く。
 二人を同時に呼んだのは正直のところ、宋江にとっては、どちらでもいいからだった。
 二人の匂いは同じに思える。どちらも力強く、頼りになり、自分を護ってくれる存在だと長い旅で身をもって知っている。
 夢の中で求めて手を伸ばしてしまったのはどちらだったのか判らないし、傲慢にも、どちらでも構わなかった。

「んっ。……ん!」

 激しく求めるのもたまにはいいだろう、今朝から感じていた欲求不満に、そんな適当な想いしかなかった。
 だけど、予想以上に李逵は迫ってきた。同じように、武松も端的に求めてこようとしている。
 もう少し考えるべきだったか。がっつく二人を見ていると、余計に今朝から抱いていた気恥ずかしさが残る。
 自分も肉欲を抑えるために必死だったが、同じように必死になっている者達を見ていると途端に冷めてきてしまうものだ。
 今夜は自重しよう。あまり乱れすぎないようにしないと。外に、誰かもいることだし……。
 そう宋江は決め込んだ。


 /2

「はあ、ああ……くううぅ、りきぃ……」

 決め込んだはいいが、実践できるかは宋江にも判らなかった。
 大柄の李逵に覆い被され、四つん這いになった宋江は、唇をパクパクさせて悶絶する。
 腰を深く抱いた李逵が、ねっとりと体と言葉で馴染ませるように肉棒を中へ進めていった。

「へへっ、アニキ、もう宋江様の中……奥まで入るようになったぜ」

 我慢していたという太い指で、もう長時間、犯されていた。
 指ですっかり慣らされた宋江の肉体は、些細な動きですら反応するようになっている。
 李逵は中を押し広げ、抉っては抜くを繰り返した。

「ぁあ……ひぃっ、そこは」

 硬い亀頭が宋江の奥を突いたようだ。
 ここ数日聞かせなかった声は、より甘い声を上げるようになっていた。
 喘がせたことに李逵が、得意げに笑う。そして更に腰を前後に使い始める。
 そのたびに二人して腿を震わせた。悦び、互いの肌を赤く上気させている。

「ぁ……奥が、ぐくぅ……」
「凄く汗ばんでいる……キモチイイですか、宋江様?」

 李逵が何度もうなじに顔をうずめ、宋江の匂いを嗅ぐ。獣じみた行為だった。
 そうしながら背中から、激しく快楽を叩き込んでいく。
 激しく後ろを突かれた宋江は、腕で自分を支えきれず、顔から布団に倒れていった。

「……中が、熱い、んん……」
「んんっ、もう、出ちゃう、出しますぜ」
「りき、りきぃ……ふぁっ……!」

 構わず腰を押し込んでいた李逵が、荒い声を吐いて、ブルブルと体を震わせた。
 ビクンと宋江が跳ねる。体内に李逵の熱いものが大量に放たれた。
 ビクビと痙攣し、とろけた声で喘ぐ主人は……腕を崩して俯せに倒れる。

「はあ……はあ……ぁぁ……」

 激しすぎる放出に逃げたいと、宋江は、腕だけで前進する。
 密着した李逵の肉棒が離れていく。
 中に放たれた精液が、ドプリと下の口から溢れた。

「あっ、俺の……!」

 快楽に逃げる宋江を、李逵は掴んで引き寄せる。
 宋江の頬は、大粒の涙で濡れていた。

「あれ? ……宋江様、つらかったですか?」
「んぅ……うっ……」
「宋江様の中が締めつけてくるの、凄くキモチ良すぎて。……うう、そんなに嫌でしたか?」
「……そ、そういうことは、言わないでくれ……」

 濡れた頬の涙を、李逵がペロペロと舐め取る。
 頬に唇を寄せながら、李逵がしつこく宋江を摩った。
 痺れる体に力を入れた宋江は、李逵へ手を伸ばし、「……嫌ではない」と、囁く。

「嫌なものか……李逵に、突かれて、その……私は、はしたない声ばかり出していた、だろう……?」

 元から赤くしていた顔を、宋江は、自ら発した言葉でまた赤くする。

「李逵、代われ。今度は俺が染み込ませる番だ」
「えーっ」
「宋江様、喉が渇いたでしょう。どうぞ一気にお飲みください」
「う……ん……」

 湯飲みを宋江に渡すと、戸惑いながらも口を付けた。水だと思った彼はグイッと煽る。
 中身が酒だと気付いて、目を軽く見開いた。
 しかし吐き出すなんて品の無い真似をせず、口を抑えて必死に飲み込んでくれる。
 また簡単に騙された彼は、眉をハの字にして武松を見た。思わず武松は苦笑いをする。

「なあ李逵。宋江様を抱いていてくれ」

 武松の提案に李逵は不思議そうな顔をする。
 だが何をしたいか説明すると、笑顔で了解した。
 李逵はぼんやりして力の抜けた宋江の背中を抱きしめる。そうして背後から、宋江の両脚を持ち上げた。股を広げさせたかったのだ。

「なっ……ふ、二人とも……?」

 太腿を左右に抱かれ、両脚を閉じようにも開かされた彼は、呂律の回らぬ口で切ない声を上げた。

「こんな格好……。は、辱める気か」

 後ろから李逵に抱えられて足を広げた体勢のまま武松を受け入れる。こうまでされたら、嫌でも体中に二人のものが充満するだろう。

「これで、いっぱい俺達を感じさせてあげます」

 体を捻ろうにも李逵に束縛され、武松には開かれた脚の間に入られている。身を捩って嫌がっても、もう逃げられない。
 李逵に責められ、さらに酒も注ぎ込まれた体は、自由がきかない。誰が見ても興奮で息を荒くする姿勢に、当の本人は唇を震わせて、誘った。

「お、お前達にも恥じらいの心は判るだろう……せめて、違う格好で……」
「あんな声をもう出していたのに、恥ずかしいなんて今更ですよ。我慢はしないでください。……宋江様には、もっと淫らに鳴いてもらいます」

 あんな声、と指摘された宋江は、両脚とは違い自由な手で、自らの口を隠した。
 構わず武松は、李逵の精液で溢れる下の口に自分のモノを当てる。
 こじ開けよう。徐々に濡れたそこへ押し込んだ。

「ひっ……んっ、まだ、そこは……」

 可能な限りゆっくりと、じわじわとよがり狂わせていきたい。
 李逵のように激しくはしない。じっくり仕上げていこうと、腰を少しずつ沈める。

「はあっ……はああ……ん……」
「李逵も我慢しないでくれと言いましたよ。どうか素直になってください」
「ぁ、んぅぅ、ぅう……」

 先ほどまで李逵に開発された箇所を突く。
 彼は口を抑え、必死に快楽を噛み殺そうとした。

「んんん、んぐ……ぁん……」
「声、出してください。あんな大声で喘いだんだ、外に誰かいればとっくに聞こえています」
「い、言わないでくれ、ぁぁ、んんん……くうっ!」

 声を堪えようとする体いっぱいに、武松のモノで満たしていく。
 ズンと、奥を突いた。

「ぁっ! んぁっ! 深い……おかしくなる、ぅ」

 されるがままに喘ぐ。
 押されれば体は自然と動く。
 でも李逵がガッチリと固定して二人で挟んでいるのだから、決して武松のモノから逃げることができず、真の奥まで犯されている。

「ぁ……ぁぁぁぁ……ぁぁ……」

 存分に中を堪能した後、交差を早くする。
 腰が自然とくねり、息が荒くなっていく。

「この様子だと李逵の精液も、奥まで届いているな」
「うん、きっと届いてるぜ。……宋江様、凄い声ですよ。スケベな声で……俺も宋江様の恥ずかしい顔、見たい」
「っ……調子に乗るなと、言って……ん……ぅぅ」

 背中から李逵が汗ばむ敏感な首を舐め、武松は腹の上で膨張する宋江のモノを弄る。

「はあ、はぁっ……ぁぁぁ……!」

 そろそろいいだろう。充分堪能できた。そう思った武松は宋江の足をもっと持ち上げさせ、出入りを激しくさせる。

「ひっ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……」

 一室にヌチャヌチャと粘液の擦れる音が響き、それに合わせて宋江も鳴く。
 汗と屈辱にまみれ、これ以上無いぐらい濡れていく。満足な状態が出来上がった。

「イってください、宋江様」

 昂っていた武松も最奥へ、堪えることなく精を放つ。
 武松の掛け声に合わせるように、宋江の空中に浮いた脚の指がピリピリと痙攣を起こした。

「い……イク、イクぅっ……」

 声が漏れ、指で責め立てられていた性器も精を放っていく。
 前からも後ろからも昇天してしまった彼は、完全に意思を手放してしまった。


 /3

「兄貴。宋江様……泣いて寝ちゃったぞ!」
「あれほど感じきっていたんだ、嬉し涙に決まっているだろ」
「そっか」
「李逵、宋江様の為に水を汲んできてくれ」

 素直な李逵は納得し、抱いていた彼の体を寝台へと丁寧に寝かせ、外の水場へ向かった。
 狂乱した体は、仰向けに横たわったまま動かない。

「明日には、いつも通りに戻っているといいが」

 ……久々に呼ばれたことに歓喜した自覚が、武松にはあった。
 常に傍で護衛をするようにと何人かに提案され、いつも通りで変わらないさと頷いた。しかし、四六時中共に居た旅の頃とは違った。
 宋江は大勢を前にするようになった。普段から共に居られる仲ではなくなったのだ。
 それはきっと、これからもそうなる。
 悲しいとは思わない。だが、物足りなさは感じるだろう。武松はそう考えていた。

 それでも、その物足りなさを……自分や李逵が口にするより早く、予想以上に早く、宋江が言い出してくれた。
 それが武松にとっては満ち足りた想いであり、李逵も同じだった。
 汗ばみ丸まる身体を抱き寄せる。
 まだ鼻を寄せてくる気配はない。激しく抱いたのだ、もう暫く動けないだろう。
 だけどそのうち、そうなる。

「……早く、その姿を見たい……」

 武松は意識の無い唇に、我慢できず自分の唇を重ねた。
 震える赤い唇を、舌で味わう。
 そんなことをしていると、体内で巡る精や、浴びた汗の匂いを感じた。

 ……これを、欲しがったという。
 ……でも、まだ足りないのか。

 今度は寝息を、喘ぎ声にしたい欲が高まってきた。
 李逵が戻ってきたらまた心のままに貪ろうか。無我夢中に求めてしまおうか。
 隠していた牙を、汗ばむ彼の肌に突き立てようと唇を再び寄せる武松がいた。




 END

2018年11月1日