■ 「 もう手放さない。もう見逃さない。 」



 /0

 二度目は無い。後悔した日々を再び味わうことがないよう心強く在り続ければ、胸が塞がる憂患も無い。


 /1

 寝台に寝かした宋江様を、両手を上げるように括り縛り上げていた。宋江様の服の帯で両腕を縛っている。だから衣装は全て剥がした状態だ。
 息切れをしていた宋江様の顔は熱い。乱した息を取り戻し、「ん、ぅ」と小さく喘ぐ。だが口の中に押し込まれた布によって声が出せない。
 目が覚めたとして、口内に詰められた物を吐き出そうとしても、仰向けで固定された体では舌の力だけで猿轡を追い出さなければならなかった。体力の無い宋江様には難しい話と言えた。
 剥き出しになった場所をこじ開ける。
 双脚の間に入り、膝裏を押して中央を露わにさせた。宋江様の唸り声が部屋に満ちる。俺は自分の指を舐め、たっぷり唾液を纏わせると、震える主人の尻割れに差し込む。怯えきって引き攣る狭間を縫い、一直線に突き破った。
 宋江様は意識の無いままに、首を左右に打ち振りっていた。構わず指をズボズボと往復させる。そう簡単に行き来できる場所ではなかったが、長い時間をこの行為に費やしていた。
 ずぷずぷ、ずぷりと肉が沈んでいく。尻穴は指を受け入れるようになり、布越しの声は呻きよりも喘ぎに近くなってきた。

「李逵もしてみろ」

 隣で、指の行き来を覗き込んでいる李逵を誘う。寝台に近づいた李逵は、まじまじと宋江様の顔を見つめた。もし目を覚ました宋江様が李逵に視姦されていると知ったら、顔を赤くするだけで終わってくれるだろうか。
 李逵も興奮に鼻息を荒くしながら、中に入れた指をぐりっと押し上げた。ビクンと大きく宋江様の体が跳ねる。少しずつ、彼が好きな場所が判ってきた。

「なあ兄貴。ケツに指を入れると、良いのか? 宋江様の体、凄くビクビクしてる」
「ああ、良いんだ。良すぎてこれしか欲しくなくなるぐらいにな。終わった後も欲しくてたまらないぐらい、忘れられない快感が得られる。ずっと欲しがるぐらいのものがな」
「そうなんだ。苦しそうでも、そうなんだ?」
「慣れるまでが長い。だからゆっくりしてあげないといけない。やり始めたら止められなくなる。俺だけじゃなく宋江様のことが好きな李逵もするべきだ」

 李逵の目がより輝いた。俺が場所を譲ると、李逵はゆっくりと太い指を宋江様に近づけていった。
 強引に指が突き上げられていく。ぐち、ぐちと、無知で無遠慮な責め立ては切れ目なく続いた。
 李逵が肛虐を続ける間、俺は同じく剥き出しにされた主人の胸を弄るなり、首筋を舐めるなり愛撫を止めない。
 酒に溺れた宋江様は力強い責めと無造作な快楽に翻弄され、肢体を弓なりにのけぞらせていた。


 /2

 宋江様は肝が据わっている。鈍くて抜けているということだが、どんな場でも淡々とした態度を崩さず、また、どんな場でも眠れることは誇れる長所と言えた。
 加えて、熟睡するとなかなか目を覚まさない。力強い護衛達を信頼しているとしても、あまりにも無防備なお人だった。

 真夜中。李逵に野宿の番をさせ、離れた場所へ小便をしに行ったときのことである。
 用を足して帰ってきたとき、李逵が眠る宋江様の顔を突いていた。
 何度も突いていた。これでも起きないのかと試すかのように、突いていた。
 いくらなんでも幼稚すぎる。叱ろうと静かに近寄っていった。そういえば李逵の太い指で突かれているというのに、二人の主人は身じろぎもしない。むしろ李逵が近くにいることを匂いで安心しているのか、穏やかに寝息を立てていた。
 困った御方だとも心配しながら、そして困った弟分だと呆れながら戻ろうとすると、李逵が、眠る大切な人の唇に、自分の唇を重ねていた。

 自分なら考えてもしないような、いや出来ないようなことを李逵はする。
 驚嘆しながらも、同時に込み上げた想いは、嘆美だった。

 それから数日が経つ。自分にとってはとても長い時間だった。
 特に問題も無く旅は続けられ、ようやく到着した町で宿を取ることができている。危険な場所ではないと安心して、追われる身である主人を一人にしてやれた。
 その一瞬のときを見計らって、李逵に「何故あんなことをしている」と問い質した。

 李逵は、眠る宋江様に触れていた。あの後もやめなかった。
 宋江様が起きないようにそっと、あの騒がしい李逵とは思えないように静かにそっと、主人に口付けていた。何度も。飽きるまで何度もだ。
 数日間、気付かないふりをしてその一部始終を見ていた。だから表情を見てはいない。それでも……一日目のあのときは、焚火の灯りのおかげではっきりと目にしている。
 愛おしいものを見る男の顔だった。

 …………李逵と二人きりになり「何故」と尋ねた後に、ひどく後悔する。
 何故の答えなんて、愛しいものを見ていたからだ、そんなの判りきっていることじゃないか。
 口を開いてすぐ、目を伏せる。そんな俺の態度が何か癇に障ったか。李逵は、

「好いた人に触れることも、相手が宋江様なら、兄貴の許可が必要なのかい」

 ぼんやりと俺が思考している間に、いつになく真剣な声色で鳴いた。
 尋ねているような言い方だったが、呟きというものに近い音でもあった。

 もし寝首を掻くというなら殺してでも止める。安眠を妨害するというならそれも止めよう。だが、触れるだけだ。しかも宋江様は気付いていないようだった。
 許可がいるかに答えを求められたなら、自分にはそんな権限が無いとしか思いつかない。暫く黙り込んでしまった。
 李逵の呟きは、呟きのまま終わってしまった。


 /3

 夜。宿の一室で小さな酒宴を開いた。
 久しぶりにのんびりできるからと、三人で腕一つ分の酒を飲む。酔いが進んだ宋江様はふらついて寝台に腰を下ろした。眠りにつく前、李逵は「宋江様、寝そべってください」と言い放つ。
 寝台に体を横たえた宋江様の足を、揉み始めた。疲れて張った足はたまにこうしてやるといいんですと、珍しく賢い顔で言った。
 李逵も酒を飲んでいたが、力の加減はお手のものだ。怪力でも些細な気遣いが上手く、「母者にこうすると喜んだ」と思い出話と共に、宋江様の体を慰めていく。

「李逵。もういない大切な人の話をするのは、辛くないか?」

 体を揉まれながら、宋江様が問い掛けた。
 俺達は、李逵の母の死に目を見ている。その死に慟哭した李逵の姿も見ていた。李逵自身が話をすることで、悲しみをぶり返すのではないか。そう心配した宋江様の気遣いだったが、当の本人は首を振るう。

「これしきのことで喚いていられねえよ。それに、俺の大切な人なら、今もここに。話をすればするほど楽しくなる!」

 小寂しい表情を浮かべていた宋江様が、李逵の軽快な言葉に笑う。
 曇りなくくすぐったそうに頬を緩ます姿を見て、李逵もまた笑っていた。

 二階の宿部屋には寝台は一つ。床に二人分の布団を敷いて眠る。
 野宿に比べればどこで寝たって快適だが、もちろん宋江様は寝台の上で寝てもらう。
 寝静まって数時間が経った頃。のそりと巨体が、動き始めた。

「今夜もするのか」

 小窓から差し込む月明かりがやけに明るかったせいか、声を掛けられて跳ねる李逵の姿がはっきりと見えた。
 李逵は、反論しない。そして諦めもしない。俺に話し掛けられたというのに、寝台へと近付いていく。
 そうして、酒に酔って眠る顔に唇を寄せた。

「兄貴」
「なんだ」
「宋江様は、俺の大切な人と言ったとき、笑ってくださった。あれは認めてくれたってことでいいのか」
「元から宋江様は李逵を認めているさ。李逵は大切な同志で、仲間で、使用人で、家族だ。友だとも言っていたこともある」

 この上ないほどの賛美を並べた。そのつもりだったが、李逵には不服だったらしく、思い惑うような声を漏らす。
 その間も宋江様が眠る寝台から離れない。李逵はただ、月明かりで微かに見える寝顔を見つめている。愛しい人の顔をじっと、じいっと眺めていた。

「李逵、嬉しくないのか」
「嬉しいよ。きっとそれが宋江様の本音なんだろうな。でもさ兄貴、それ以上は、求めちゃいけないもんなのか。どうなんだろう。俺にはよく判らねえ」
「お前は、それ以上を求めたいのか」
「求めたいし、求められたい。でも、どうなんだろう」
「どうなんだというのは、何が」
「そんなことしていいのかってことだよ。俺は宋江様を愛しているって、堂々としていいのか、悪いのか。自分がしたいことを考えていると、あるものが思いつくがきっとそれは叱られるもんだ」
「ほう。誰に叱られるんだ」
「兄貴にだよ。言ったらきっと兄貴は俺を殴る。兄貴の拳骨だけは勘弁だ」
「俺が手を出すようなことをしたいと思っているのか」
「そうだよ。だから違うことを考える。でも、結局似たようなところに行きついて、よく判らなくなって、大声を上げたくなっちまって、それで終わりだ。先に進まねえんだ」
「大声は出すなよ」

 李逵と宋江様の出会いは、自分も見ている。獣のような男は自分に手が差し伸べられると思わず、不審がりながらも慰めてくれる彼の手を咄嗟に掴んでいた。
 そして、李逵があの人を好きになっていく姿を、ずっと見ていた。
 脅威の野獣が人間らしい営みを手にし、多くの言葉を覚え、笑顔で隣を歩いていく。
 好意を抱いても仕方ない。自分を見捨てないでくれた。声を掛けてくれた。救いの言葉と、導きの言葉をくれた。見てくれて、愛してくれた。それほどのことをしてくれたのだから、好きにならない訳が無い。
 李逵の表情を追いかけているうちに、心が憂鬱に乾いていくのを感じた。

 李逵は、俺かもしれない。
 かもしれないではない。その通り、なのだ。救いの言葉と、導きの言葉をくれた。居場所を作ってくれた。
 ――そう、李逵は俺だ。俺と李逵は同じだ。
 知らずうちに、俺も、常人の営みを手に入れ、多くの言葉を覚え、笑顔で隣を歩いていたのだろう。
 幸せに、あの人の隣を。

「俺が叱るようなことって、何だ」

 敢えて李逵が怒らせないように口を閉ざしていたことを、判っていながら仰いだ。

「宋江様を犯すことさ」

 ――俺は立ち上がり、寝台横で座り込んでいた李逵の元へとゆっくりと近づく。
 李逵はその足音を聞いて、静かに肩を竦めた。

「……そんなことしたら、宋江様は死んじまう。それは、兄貴には嫌なことだよな。……俺だって嫌だけど。でも、犯したいって考えちまう俺がいるんだ」

 俺からの拳骨を受ける前に、李逵は身構える。
 逃げはしない。悪さをしでかしたら叱られるというのが判っている李逵は、踏ん反り返ることもなく、わざわざ頭を差し出してくる。今もなお、暗闇の先からいつ飛んでくるか判らぬ俺の拳を、目を瞑って待ち構えていた。
 李逵の頭に拳を落とす。

「訂正しろ」

 李逵は、気の抜けた声を上げた。
 落ちてきた拳は殴りもせず、髪を撫でたものだから……どうしてそうなったか理由が判らないようで、ゆっくりと俺を見上げてきた。

「犯すではなく、抱くと言え」
「抱く……? そう言い直せば、良いのかい?」
「良くはない。だけど、愛する人を抱きたいと思う気持ちは誰にだってある。それは、判る。俺でも判る。……俺と李逵は同じだから」

 俺と李逵は同じ、李逵は俺だ。そこまで同じだとは思わなかったが、まるでもう一人の自分を見ているようだった。
 李逵が宋江様を愛しいと思っていると知ったとき、胸がざわついていた。それの心が平然としていく。李逵に対する狼狽や娼嫉よりも、慈しみの心が何倍も増していた。

「同じ? 兄貴も、抱きたかったと言うのか?」
「ああ」
「違うだろ」
「違わない」
「違うさ。俺と兄貴が同じなら、どうして兄貴は、我慢をしてられるんだ? どうやってそう涼しい顔をしていられる? 俺と兄貴が同じだなんて、信じられねぇよ」

 ――我慢する、堪える、手を出さずにいる……それが出来ているのだから、兄貴と俺は違う。
 言い放つ李逵の言葉も頷ける。だが、「同じなんだ」と俺は繰り返した。
 何が違う、俺は一切何も出来ず宋江様の傍に居られればいいと思い込むことで抑えていただけ。李逵は「それだけでは嫌だ」と動き出した。俺は、李逵よりも長く生きていたから慎重になっていただけだ。
 おそらく、自分を制する過去のおかげだ。俺は身勝手な愛情で大切な人を殺めたことがある。ならたとえ大切な人がまた現れたとしても、触れない方がいいのだと、肝に銘じていたのだろう。

「同じなんだ」

 しかし肝に銘じておきながら、その言いつけを簡単に破ることだってできる。俺はそういう男だ。
 それを証拠に……李逵の欲求を、どうにか受け入れてあげたいと考えている自分がいた。
 弟に対する慈しみなんて綺麗なものじゃない。便乗して、愉悦を得たい。俺だって同じなんだから、触れたい、求めたい、求めてほしい……。そんな想いが俺という器から溢れ出しているのを感じた。

 一人なら我慢できた。自らを縛り上げるすべを先人達の手で身に着けていたからだ。
 だから、宋江様と二人での旅なら抑圧できただろう。
 けれど李逵の奴があんなことをするから、あんなことを言うから。正直な心を、俺に見せつけるから。
 獣を縛り上げていた鎖は、いとも容易く噛み千切られた。


 /4

「李逵は宋江様を抱いたことで彼が失ってしまうことが怖いのか。なら俺が見守っていてやる」
「兄貴が見守ってくれる?」
「宋江様を死なせはしないし、殺させもしない。離れもしないし、一人にさせることも絶対にしない。目を放した隙に、なんてこともさせない。もう二度とさせない」
「おう」
「だから、安心して抱け」

 今夜飲んだ酒は、もしかしたら相当強いものだったのかもしれない。素面なら、こんなことを言ったのか。こんな行動を自分からするのか、少しだけ不安になった。
 ――そういえば、あの日も酒に溺れていた。そのわりに、意識がはっきりとしていた。自分の意思が絶対のものとして世に通ると言い切れるほど、明瞭な意識の中……女を犯しに行ったんだ。
 その感覚と少し似ている。酒はほんの数杯しか飲んでいない。だがきっと、李逵の存在が俺の欲求を後押ししていた。
 李逵だって同じことをしたいと思っていたんだ、李逵がいるから、自分も……。子供のような言い訳が、さも間違いないと言うかのように脳裏に響き、事を始めていく。

 気付けば、勝手に体が動いていた。
 眠る宋江様の衣服を剥ぐ。帯で体を拘束する。そして、愛撫する。
 眠りの中で心地良く喘ぐ彼を、二人で愉しむ。そんな狂った夜を味わっていた。

「ん。……ん」
「あ、宋江様。起きましたか、案外早かったなぁ。……兄貴、どうする?」
「どうもしない。続けよう」

 やることは変わらず。左右の手を、それぞれ左と右に添え、割れ目を開いていく。
 ぼんやりとした目が次第に光を取り戻していくのが息遣いで判った。
 自分の両腕が拘束されていることも知ったようだが、口に詰められたもののせいで歯を食いしばる以外に動きは無い。灯りがある部屋ならば、羞恥で顔を赤くした宋江様が見られたかもしれなかった。

「ん……!?」

 先の余韻にさめる間もなく、肛門をグリグリと小突かれていく。
 指から逃れようと腰を動かしていたが、押さえつけた力は宋江様に僅かな逃げ場さえも与えなかった。

「んん、くぅ、んんんっ……」
「ああ兄貴、やっぱりさ、寝てるところを犯すより起きているときの方がいいなぁ」
「また人聞きの悪いことを言ったな、李逵。犯すじゃなくて抱く、だろ」
「いっけね」

 宋江様の戸惑いと喘ぎをきっかけに、李逵の責めは激しさを増した。
 肛門をすり切れるほど打ち込んでいく。それだけでも宋江様にとっては眩暈がするようだろう。しかも俺が至るところを撫でている。繰り出す他の箇所の襲撃にも底なしの愉悦の渦に吸い込まれたか、何とも言えない喘ぎ声を上げていた。
 鈍い悲鳴が呼吸を危ぶむ。すかさず、宋江様の口に詰めた布を吐き出させた。

「んぁ…………ぁぁぁぁ」
「ほら宋江様、ゆっくり息をしてくれよ」
「そこ、はぁ、りき、ぁ、ぅぅ」

 こらえきれず口走った言葉は、まるで欲しくて強請っているようだった。
 歯がゆさに腰を厭らしくうねらしている。李逵が指の行き来をさらに強めていく。また、全身がわなないていった。
 そしてどれぐらい経っただろうか。長く経過した気もしたが、李逵は無我夢中で疲れを見せず、宋江様の中を責め立て続けた。

「気付いたか、李逵。宋江様は、もう気持ち良い声しか上げてない」
「うん……。これで、抱く準備ってやつが、できたもんかな」
「ああ。少し休め。今度は俺がする」
「いや、俺がするよ! 宋江様をずっと気持ち良くさせる。もっと好きになってもらうんだ」
「俺にもやらせてくれ。俺だって宋江様と一緒にいたいから。好きになってもらいたい」
「……ん、判った。兄貴に任せよう」

 念入りに嬲ったそこを譲るが、李逵は宋江様から離れない。次に李逵がしたことは、さっきまで俺がしていることの真似だった。
 横にズレて、蒸気した頬の口づけた。李逵が尻穴を責め立てている間、俺はずっと宋江様を撫でては唇を愛していた。肛虐に喘ぐ舌を攫い、唾液を貪り合っていた。どうやら同じことがしたいらしく、しかもそっちの方がさっきよりもやりたかったらしく、今までのことを棚に上げて李逵は顔を真っ赤にしていた。

「口吸いって、好きな奴同士がするやつ、なんだよな……。ずっと隠れてしてたけど、なんだか恥ずかしいな。……へへっ、恥ずかしい」
「ぅ……ぅぅ、んっ……りき……。んぅっ」

 縛られて身動きの出来ない顎を掴むと、李逵は唇をそっと重ねる。ちゅっと水音が微かに鳴った。

「んんぅっ、りき……。ぁ、んんんんぅっ!」

 李逵と見つめ合っていた彼の両脚を開き、モノを宛がった。呻く尻奥めがけて、肉刀を叩き込む。
 すっかり吸いつくことを覚えた中を、ゆっくりと突き進んでいった。激しく交差させたい気もあったが愛する人を長く堪能したかったのもある。肉体に多く、自分を刻み込みたい。これは長い間、願ってきたことでもあった。

「くそう、兄貴が先に宋江様を抱くのかい!」
「兄、だからな。手本ぐらいは見せてやる。李逵は今のうちに宋江様の唾液を味わっておけ。それもお前が堪能したかったものだろ?」
「ああ、そうだ。……ずっと欲しかったものだ」

 ぺろりと唇を奪われる。李逵に舌を攫われながら体を突かれる感覚は、どのようなものだろうか。

「あぅっ、ぎっ、んんんん……ぁ」
「宋江様……宋江様」
「がぁっ、ぁっ。あああ、あ、ぶしょう、やぁ、おかしく、なるぅ」

 どのようなものか問い質したかった。彼らしくない嬌声で満足してしまいそうになった。
 だが、欲を丸出しにすれば、もっと獣じみてほしくもある。

「そこは宋江様、『気持ち良い』、『もっとおくれ』と言っていただきたい」

 ゆっくりと奥まで入れ、引き抜く。「んひぃっ」と悲鳴を上げるのも俺のモノを熱くする要因になってくれたが、ただただ犯すだけが目的ではない。
 これは、精を放てば終わりというものではない。口づけをして息も絶え絶えにすれば勝利という訳でもない。愛し合い、この行為が正当なものだと認め合わなければ長い責め立ても意味を成さなかった。
 だから、ゆっくりと中を突いた。「ぁぁぁっ」と上げる声を一つ一つ確認して、さらにゆっくりと、中をじわじわと抉るように、腰を引いた。

「兄貴。つらそうだよ」

 口づけを落としている李逵が心配そうに横から口を出す。それでいいとは言わずに、俺はまた黙って腰を吐き出していく。
 上ずりきった裏声を聞いていた。

「武松っ、ぁぁ武松そこ、そこぉ……」

 果ててしまいそうなほどの快感を抱きながら、中の遅い行き来をやめない。
 そうしてそれがどれぐらい続いたか。わなわなと震える宋江様は、泣きながら懇願をしてきた。

「……も……もっと……してくれ……」

 すっかり顔は紅潮していた。
 涙を流しながら、恥を呑みながら、宋江様は腰を震わせる。

「頼む……武松、もっと……」
「もっと。何でしょう?」
「……もっと、強く、してくれ。このままだと、苦しい。切なくて……おかしくなってしまう……」
「宋江様、判っている筈だ。俺は貴方に言わせたい台詞があります。それを言わせるために、こう、こうやって」
「ぐぁっ! ひあっ、ぁっ、んんんんんっ……!」
「こうやって、一緒に我慢しているのです。貴方は感じまくっているのですから、恥ずかしがる必要は無い。お願いです、言ってください」

 上ずり声での哀願を聞いていたが、決定的な動きはしない。指先で、宋江様の張った性器を突いたり、しかし突いても快楽を爆発させるものではない愛撫に留める。敏感な箇所を責められても一番欲しい動きは与えずにいた。甘い脱力感に苛まれるが解放までは遠いことに悲鳴を上げる。
 物欲しそうに腰を揺らしてきた。だが与えない。
 欲しい。言ってほしい。貰えなかったあの言葉が欲しい。今度こそ言ってほしい。
 どうにか引き出せるため、ゆっくりと責め立てる。直接的な刺激は寄越さない。じわじわと、表面だけの盛り上がりだけで興奮してもらう。そして本当に堪えきれなくなったなら……。
 そんな焦らしが何度も続いて、生殺し状態でひいひいと悲鳴が上がり……ついに我慢できずに、

「もっと、してくれ……」
「宋江様」
「……気持ち良くしてくれ、イかせてくれ……頼む、武松……」

 欲しい、感じたい、気持ち良くなりたい、お願いだ武松、欲しいんだ……そう、欲望に走る主人が現れた。

「はい」

 ――何度も強く腰を打ち付けた。そして何度も精を放った。
 何度目か判らないほど甚振られた彼は、見たことのないぐらい可愛らしい姿を晒した。
 唇から「もっと」「欲しい」と切なく叫ばれるたびに、俺の全身が性悦で覆われていった。
 それは李逵も同じだ。李逵が、宋江様の声を浴びるたびに息を荒くして、自身のモノを擦り上げていく。
 たびたび俺は、李逵に場所を譲った。宋江様もいつの間にか李逵のモノも全身で求め出し、物狂わしそうに身を捩らせていた。

 特に李逵が「好きだ、大好きだよ」と囁きながら激しくまさぐるたび、宋江様は震撼していた。
 俺も負けてはならない。「愛している」と口走りながら体に摺り寄せる。
 普段の口に出来ないことでも、この空間に酔っているからか、自然と出てきてしまった。
 こんなにも身体が悦んでいる。愛情に溢れているに違いない。瞼の上に口づけて、溢れる涙を飲んだ。

 李逵がこの上ない笑顔を浮かべながら、宋江様の隣に体を横たえた。俺も逆隣に体を休める。二人して愛する人の髪を撫で、肌を吸い、なんと人間らしい愛の営みかと笑い合った。
 嗚呼、これほど充実した時間があるだろうか。解放感に満ち満ちた感覚があっただろうか。しがらみから何もかも解き放たれたかのようだった。
 それも全て……貴方が俺達を見つめてくれたおかげでと言える……。俺は次第に饒舌になり、ありとあらゆることを無意識に口走っていた。


 /5

 宿の亭主に連泊を告げ、朝食を貰う。宿に泊まる客が少ないという情報と三人分の飯を手に、二階に上がった。
 元々連泊にしてもいいと考えていた。旅はだいぶ長くなった、おかげで宋江様の負担も大きくなったと言える。二人旅から李逵が加わり、人数が増えたことで見るものが自然と多くなった。だから余計に疲れてしまうものだ。それは悪いことではない。多くのものを見るという目的が宋江様の第一にあるのだから、可能な限り長く旅を続けてもらいたい。
 だから三日や五日ぐらい、危険が無ければなんてことはないのだ。
 ――まさか、朝から貪り合っているような好色の集団が、渦中の人物だと思う者もいまい。

 夜は、眠れなかった。眠気など訪れなかった。
 愛した人から目を離したらいなくなってしまう。あの傷が深く俺に突き刺さり、全身で警告を出していた。けれど隣に李逵がいる。それが何よりも救いだった。
 一人で無理なら二人ですればいい。そんな単純な計算に喜んで、一晩中励んでしまった。
 あのときもそうすれば良かったのか、とは思わない。あのときのことを今、考えても、心が歪むだけ。今このとき出来る最上を繰り出せば、同じことにはならない。そう何度も何度も自分に言い放った。

 ――部屋に戻ると、今まさに李逵が宋江様を後ろから抱いていた。
 四つん這いにした体の上に圧し乗り、一晩の間に散々馴らした穴に突き刺している。宋江様の両腕は顔の前で組むように結び直したため、正確には三つん這いだった。寝台の頭に結んでいたのと違い、体制を自在に変えられる今の方が、負担が少ないと判断してだった。
 李逵が腰を打つたびに、ぱんぱんと音が鳴る。一晩経つ、もう長く聞いた音になっていた。俺は構わず軽い朝食を、部屋の片隅に置いた。

「悦ばれているな」
「そう、なのかい? 俺は、すごく、気持ち良いけど、宋江様の声は、こう、聞けないから、判らないなっ」

 昼間ということで、あまり声を上げられると宋江様自身も困ると思い、口にまた詰め物を入れさせてもらった。
 李逵の太いものにずんずんと突かれるたびに声を荒げたが、顔を突っ伏していることもあり、音はかなり小さなものになっていた。

「悦ばれている。逃げようともしていないし、李逵といっしょに、腰を動かしてくれているじゃないか」
「ああ、そうか。本当だ。嬉しい、なぁ!」

 李逵は掛け声とともに渾身の力で腰を打ち付けた。ぶるぶると震撼している。猿轡の奥に獣じみた吠え声が続き、屈服するかのように……胴が落ちた。
 しかも果てながらも李逵のものを絞り取っている。なんと、昨晩では出来なかったことが出来ていた。これは肢体が慣れている証拠だった。
 このまま彼には色欲狂いになってもらいたい。そうすれば、俺が最も危惧しているものから脱せられるのだが。

「李逵、三日だ」
「何がだい」
「三日以内に宋江様を虜にさせろ。拒まれないように体を馴らせば、そのまま旅を続けられる」
「できなかったら?」
「止めに入る奴がいるかもしれない。罰を受けて、引き剥がされるだろうな。それは、李逵としてはどうだ?」
「面白くねえな」

 拘束した腕はそのままで猿轡を外すと、宋江様が激しく咳き込んだ。だが、そのまま何を言うでもない。肩で息をしていたが、ゆったりと俺達を見上げると……唇を舐めるだけだった。

「酒がありますぜ、宋江様。どうぞ」

 李逵が湯飲みに酒を注ぎ、口に含む。そのまま唇を宋江様の口に当てる。どろりと強い酒が宋江様へと口移しで伝わっていく。
 あっという間に飲み干した彼は、そのまま李逵の体に寄り掛かった。
 一晩中犯され、そのたびに酒を注がれている。身体を支える力が無かっただけだ。それでも李逵からすれば宋江様から抱きついてきてくれる。よほど嬉しかったのか、座っているにも関わらず李逵の体が軽く飛び跳ねていた。

「兄貴。心配いらねえ、きっと出来るさ」
「そうか」
「兄貴に相談して良かった。へへ、抱いて良かった! 無理矢理にでも抱いて良かったんだ!」

 空になった器を放り出して、嬉しさのあまり裸体を強く抱き寄せる。その目には、邪心が何一つ無い。
 俺は飯を頬張った後、宋江様を挟んで李逵の逆隣に座った。笑顔に焚きつけられたか、李逵には負けていられないという心が、空腹を満たした途端に燃え盛ってしまった。

 ――自分のものにしてしまったら、もう手放さない。もう見逃さない。
 あのときは一瞬の隙で殺めてしまった。もうそれはない。同じ志を持った李逵がいるなら、二人で見張っていけばいい。これで見過ごすことなどないのだ。
 心得た今なら、もう二度と失敗などしないだろう。
 決意を胸に、李逵から小柄な体を奪い取った。




 END

2015.2.3