■ 「 からかって遊びたかっただけ 」



 /1

 宋江の思い通りにやらせたい。武松が行きつく考えは常にそこだった。

 手配書はまわっている。兵やら賞金目当ての者どもが追いかけまわしてくるというのは事実だが、それでも宋江が見たいものが第一だった。
 宋江が行きたい場所に行き、同志と出会い、無事な最後があればいい。そんな旅だった。
 たびたび起こす無茶に悩まされることもあったが、同じぐらいの無茶を武松が掛ければ問題無い。宋江の無茶は元からの性格もあるが、頼りにしている人物がいるからなのだ、と武松は思い込んでいた。
 そのようになっていた。本気で思い込んではいない。
 そうであったらいいと信じる心も、大きいと言えた。

 狩りを終え、食事を終えた。
 山中に見つけた洞穴は浅く、二人して手足を伸ばせるほどの広さは無い。不満は無い、それでも木の下で野宿するよりは充分すぎる。
 なのに数日間、穆紹の屋敷で暮らしたせいか不服と思ってしまう武松がいた。
 数月前まで、宋江の旅慣れはいつになるかと危惧したいたというのに。自分が裕福な心持になっていることを自覚し、笑った。
 すると当然、その笑みを見た宋江が怪しがる。

「何を面白がって笑っているのだ」と、ぼんやりとした声で尋ねた。
「何てことはありません」と、返す。
「そうなのか」と、受け答えた。
「しかし気になる」と、宋江は話を続けようとする。仕方なしに武松は、正直に答えた。
「そうか」と、宋江は返す。

 なんと内容が薄い会話だった。

 けれども、そのやり取りは何回も続いた。

 明日こそはもっと先に行きたい。そうですね。誰かに話を聞いてもいい。そうですか。山賊に気を付けなければなりませんよ。そうだな。
 などという……いつ尽きてもおかしくない応酬だったが、自然と話は尽きなかった。

 暫く長い滞在をしていた。遠出の勘を取り戻すことを優先し、今日は多く進んでいない。だから二人して饒舌になってしまうほど、気力が残っていた。
 淡々と会話は続く。どんな話かは敢えて挙げるほどもない、起伏の無い静かな話ばかりだ。
 そう長くも続けていられないなとお互い感じていながら、時間だけが過ぎていく。

 話の水筋を絶ち切ったのは、宋江だった。
 気の抜けた掛け声と共に、体を横にする。そのとき、腕を武松の頭へと伸ばしていた。しなだれかかる形だ。武松には充分にその手を避けることもできたが、為されるが儘に髪を、そして左頬を撫でさせた。
 宋江の掌が頬から顎で止まる。次は顎から喉へと指が這う。「んん」と、鳴いたのは、宋江の方だった。

「……武松は、何ともないのだな」
「何ともとは、どういう意味で」
「煩わしいと振り解きもしなければ、咳払いもしない。近寄るな、何をする、そう言い出しても不思議ではないのに。抵抗をしないのか? てっきり……」
「てっきり、何でしょう。俺は抵抗などしませんが」
「しないのか。想定外だ」
「何をしようとしたのです。刃でも押し付けられたら抵抗するでしょうが、そうでもない。貴方を嫌ってはいません」
「そうか」
「何をしようとしたのです」

 宋江の唇が歪む。口角は上がり、

「年下をからかって遊びたかっただけだ」

 と、愉快で堪らないことを隠そうともしなかった。

 宋江は雑話を好むときと、そうでないときが激しい。
 調子が良いときは、抜けた顔で、子供のように後先を考えず口を開く。この行為もまた、その一つなのだろう。

 ――さて、先ほどまで片方が何か言えば片方が受け答えていた。
 そして片方がまた何かを言い、片方が頷く。それを続けていた。
 自然と武松は、同じように腕を伸ばす。宋江の左頬を撫で、顎を取った。

「ふふ」

 宋江は、噴き出すのを抑えきれなかった。

「そこまで真似をする奴がいるか」

 撫でられながらも肩を揺らして笑う。何故そうしてしまったか、問われたとしても武松は答えられない。主人が作り出した流れだったからとしか、言い訳ができない。
 宋江が続けたいのなら、やりたいと思っているのならば止める理由が無い。そう言い張るしかなかった。
 ふざけた時間だと思いながら、武松は首筋に指を這わせる。
 笑って身を捩っていた宋江の首を狙うのはなかなか難しく、少し力を咥え、体を取り押さえなければならなかった。

「ふふふ。そこまで、付き合う奴がいるか」

 ――大昔。兄の武大とくすぐり合い、抱き上げられ、戯れ合った。そんなことを思い出しながら、無心に宋江の体を撫で回している。
 …………何やっているのだ、俺達は。
 …………半ば必死になって、こんな真夜中に。
 思わずにいられなかったが、抱き合い押し合いが繰り返された。


 /2

 結局は体力の無い宋江が根を上げて終わるのだと、武松にも判っていた。

 自らふざけだしてから、反撃にからかわれて、ぐったりと枯葉の上で横たわる宋江は、息切れして熱い息を吐いている。武松の中に妙な意識が走った。
 ただでさえ戯れ合いに興奮している。こんなところで妙な感覚を覚えてしまっては、いけないことになる。直感的にそう思い、喉の奥が熱くなる。
 昂りは簡単に収まるものではない。
 撫でる指は上半身からさらに下へと進んでいた。武松の大きな掌が、宋江の腰を這い、中央を覆っていく。こそばゆさが駆け巡ったのか、宋江は背筋を反らせた。

「お、う……?」
「宋江様はからかって遊びたかった、と言いましたね」
「ああ……? そうだった、が」
「仕返しです」
「もう既に充分仕返しをされていると思うが、え、え、あっ……?」

 武松は揉む指先に力を加えた。宋江が素っ頓狂な 声を出し、驚いて両手を武松の指へと向けた。
 だが、それだけ。押し退かすこともせず、武松の甲を覆い隠しただけ。
 それはまるで、自分の股間に指を導いているかのようだと、武松は思った。

「ふ……。んうぅ」

 下衣越しに擦りつけると、少し高い声で喘ぐ。
 嫌がっているようには見えない。傲慢にもそう感じた武松は、揉みしだく指を止めなかった。

「……ん、んん……」
「抵抗はしないのですね」

 甘い呻きを感じ取りながらも、武松は数分前に宋江が口にした言葉をそのまま繰り出す。
 次第に指は布を弾き、性器に直接触れていた。
 宋江はまだ呻くだけで、武松の問いに答えようとしない。
 先を掌で包み、扱く。扱く手に押し出されて、性器が震える。……思った以上に元気な人だと、武松は感心しながらも指を止めなかった。

「っ!」

 指先が根元を押さえつけ、ぐっと引っ張られた。
 痛みを感じるほどの強さでは引かない。敏感すぎる場所だ、それぐらいは気遣う。
 しかし少し強い力で扱われるぐらいが興奮はしやすい。少ない痛みと熱さが混ざって快楽は感じるのだと武松は考えていた。苦悶の混ざる声を聞きながら、さらに宋江に問う。

「抵抗はしないのですか」

 答えは無い。手淫は続く。
 指を往復させ、断続的な刺激を与えていく。裏筋を甘く引っ掻き、頭は指の腹で擦り上げた。

「私は、お前と同じだ。……武松を、嫌ってはいない」

 それが抵抗しない答えであると言い放ったかのように、宋江は震え出した。口を開いている間も快楽は止めてなかったからだ。期待を込めたような息を吐き、腰を押し出す。
 もうすぐ悦い時機だ、というときに武松は責め立てを中断した。

「武松」

 痙攣しながら荒い息を吐き出して、宋江は武松を責める声を出す。
 待ち侘びていた快楽を取り上げられたことに腹を立てているのだと、すぐに判る声だった。
 だが武松は何も答えず、宋江の言葉を待った。射精の波が収まったことを確認し、再び武松が陰茎を弄ぶ。
 敏感になっていた宋江のものを、絶頂に届かない場所まで責め立てた。快感が駆け上がっていくのを見ると、止める。寸止めは二度、三度と繰り返された。

「ふ……う……武松、あ、武松……」

 思わず睨んで、行為を再開させるように強請る。
 手が這い出したのを確認し、目を閉じる。神経を快楽だけに集中していればすぐに達せる。せり上がっていく感覚を待っていると早々にそれはやってきた。
 腰を震わす。瞬間、また武松が手を離した。
 そうして時間を置いてまた扱かれる。腰が震える。手が離れる。絶妙な機会を見計らって武松は接触を止める。絶頂の瞬間は外され、寸止めが何度も何度も執拗に繰り返されていく。
 そのせいで、上半身を使って呼吸をするようになっていった。

「久々ですからすぐに根を上げると思ったのですが」
「あ、ぐ……」

 穏やかに淡々と言葉を投げかけている武松も、興奮した息遣いになっていた。
 絶頂に追い込まれる宋江の喘ぎに昂っている。敏感な身体に触れる指が、撫でているだけで気持ち良いのだと、語っているようだった。
 手が動き、呆けた嬌声が漏れると止まる。宋江の息が空しく響き、射精感を引いていくのを見計らって、事を再開する。
 そうしていると絶頂に達しそうになる時間が狭まってくるのだが、であれば動かさなければいいだけのこと。武松は息づく宋江を離さず、しかし何もせず、間近で抱きかかえていた。

「あの屋敷に長く居させてもらったのは助かりましたが、俺は穆春とばかり会っていましたし。辛抱ならん状態だと思っていましたが、ここまでとは、予想外です」
「……何が、だ」
「寸止めされて嬉しそうに飛び跳ねている。そしてその声だ。俺の手でもっと扱かれてほしいと思っているのでは」

 体を仰け反らせて、心地良さを見せつけていた。
 そう言われると癪だが、もう限界を通り越そうとしている。「その通りだ」と、宋江は素早く頷く。どうか待っているものがある。どうかどうか慈悲をかけてほしいと、情けなく懇願した。

「武松……からかうな。そう、遊ぶのではなく……」
「何でしょう」

 快楽の波が静まると同時に、敏感なところを集中的に刺激する。いや、刺激しようとして、しない。
 既に水音を立てながら悦んでいた。しかしついに堪えきれなくなった宋江は、武松の甲にがりっと爪を立てた。

「……私を、イかせてくれ……」

 爪を立てても、ほんの些細な傷になる程度だ。武松にとっては甘噛みされたのと変わらない。逆にその行為が武松をより刺激してしまったと宋江が気付くのは、まだ先の話だった。

 直接的な刺激が繰り出され、宋江は声を上げて腰を揺らした。
 大きな掌に勢い良く精を放ち、全身を震わす。手の中に放たれたものは飛び取ることなく、武松だけを穢した。
 満足したように宋江は呼吸を整えようとする。だが、それで終わらなかった。
 そのまま武松はまた宋江のものに刺激を与え始める。濡れた掌で再び宋江自身を穢し始めた。

「ん。んん……っ!」

 中断させるべく手を弾き、叱責しようとしたとき、宋江の口に、武松のもう一方の指が侵入してきた。

「んぐっ……ぶ、しょおっ……」

 舌の上に二本の指が踊っている。舌を抜かれるのではと思うほどの侵食に、歯を立てかけた。
 だがその指が武松の利き手だと気付いた宋江は、逆に口を開くしかない。
 武松の固い指に歯型を付けられるか宋江にも判らない。だが、予想以上の力で食いちぎってはならない、大事な手だ。そうは言っても、呼吸器官の自由を奪われ、また甚振られていることに、宋江は戸惑いを隠せなかった。

「んぐっ、ぐ、んんん」

 そのまま二度三度と扱かれていく。
 その二度三度も、何回も寸前で絶頂を止めていた。射精に勢いは無く、武松に絞られるように擦り上げられそれに合わせて精液が零れていくようになっていく。
 呼吸を奪われての、痛いぐらいの刺激。縦横無尽に陵辱される辛さ。快楽とは、このような形もあるのかと、宋江は虚ろになっていく意識の中で感じた。


 /3

 宋江は気付いていなかったが、外では雨が降り出している。静かな霧雨だ。

 洞穴は浅い。中は土が適度に盛り上がっていて、霧のような雨が続くなら浸水することはない。ようやく自由になった口でゆっくりと呼吸をしながら、静寂の雨を眺め見る。
 ぼんやりと宋江が仰向けで倒れていると、武松が洞穴の外から帰ってきた。外で、濡れた葉を布で拭ってきたという。
 「何の為か」と尋ねるよりも前に、武松がその布で汗や体液にまみれた主人の体を拭い始めた。

「……くすぐったいな」

 適度に濡れた布が気持ち良く、昂った体を元に戻していく。
 それぐらいできると言おうとしても、度重なる寸止めからの連続絶頂は、余っていた宋江の体力を奪っていた。それに、他人に奉仕してもらう方が心地良かった。
 悪ふざけのつもりで、下の処理をさせてしまったことに居た堪れない。口から出た「すまない」という言葉は、間抜けな音だった。

「俺も悪ふざけが過ぎました。罰なら受けます。好きにしてください」

 間抜けな声に笑うことなく、武松は普段通りの声で姿勢を正している。
 宋江は手で制した。武松も自分と同じ、悪ふざけに気分が乗ってしまうような男なのだと今日は笑って済ませよう。宋江は衣服を正すために身を起こした。
 そのまま、また武松に寄りかかる。
 力が抜けて倒れてしまったのではない。意図して、武松に抱きついたのだった。

「宋江様……」

 悪ふざけから一転、自分に厳しい姿に戻ってしまっていた武松が、困惑しながら主人の体を抱える。
 これは良い機会だ。宋江は目を光らせ、武松の体を押し倒した。
 困惑しているときでないと、宋江は武松を負かすことなどできない。確実に盛り上がっていた下衣を剥いでいく。
 そうして、顔を近づけた。武松のモノの大きさに身を固めるが、唇をその大きなものへと近づける。

「宋江様。そのような……経験は?」
「無い。女にしゃぶらせたことはある、それを見ていた。自分が気持ち良いようにすればいいのだろう?」
「しかし、俺は貴方にそのようなことをさせる訳には」
「そう言わなくて良い。私は友である武松に、させてしまった。触っても気持ち良くもない体を慰めさせてしまった。私は気持ちが良かったが、お前はそうではなかっただろう」
「そんなことはありません」
「そうなのか」
「良いものでした。宋江様の肌は、というより、肌を触っていると聞こえる声が、ですが」
「不思議なことを言う。こんな中年男の声が、気持ち良いと?」
「その声と貴方が綴る言葉に救われてきた男もいるのです。その人のお役に立てるだけで、良いと思える男がいるのです」
「…………。一人だけ気持ち良くなるなんて、不公平だろう。だから、私はしよう」
「宋江様」
「あとは、先ほど武松が私にしたことと同じようにすればいいのだ。そうだろう?」

 顔を綻ばせていた武松が、突然ウッと息を詰まらせた。
 思わず飛び出して逃げてしまうのではないかというほど、後退する。だが覚悟を決めたように深呼吸をして、股間に顔を埋ずめてくる主人の髪を撫でた。
 その誘いが無ければ、武松は宋江が寝静まったときに一人で処理をするつもりだった。眠る宋江の顔で、そうするつもりだった。
 それが本人の舌で、愛している唇に口淫をさせるという背徳感と抱きながらできるとなったら。断れるほど武松は意思が強くなかった。
 武松にとって怖いのは、宋江の悪戯心に火が点かないかだけだ。
 しかしもしそうなったとしても、「宋江の好きにさせたい」という精神が全てを上回ってしまうのだろう。
 戸惑いながらも口付けてくる舌に、内心めらめらと興奮しながら思った。




 END

2018年4月12日