■ 外伝08 / 「雑談」



 ――2005年12月16日

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 /1

 数ヶ月ぶりに戻って来た実家のマンションで、コタツに入って蜜柑を食べる。これ至福。

「俺は背が低いらしい」

 そんな中、コタツに入った珍しく寄居が不満を言った。
 向かいの席に座る寄居が文句を言うだなんて滅多にないことだったからちょっと驚いた。人からの意見も華麗にスルーする唯我独尊ぷりが売りのキャラだっていうのに、何を今更イメチェンしようとしているのか。

「寄居、何センチ?」

 コタツの前でちまちまと蜜柑のスジを取りながら、そんな雑談に花を咲かせていた。
 いつの間にか外見の話になっていたときのことだった。さっきまで俺が「福広さんってムダの塊だよね」「福広さんって散財って言葉が似合うよね」「だからあんなに外見に気を遣ってるのか」「というか福広さんってムダにデカイよね」「180後半あるらしいよ」「マジかよ」「ムダだね」という話をしてしまったからか。

「十七歳。160センチ。どうよ」

 ああ、確かにちょっと低いかも。
 寄居は自分の身長を160と曖昧に言ったが、もしかしたらギリギリ160無いんじゃないか。頻繁に寄居と並んで立っているから余計にそう思う。

「たまにいは……180あるっていうのにさ。つきにいだって170あるんだぜ。不公平じゃね?」

 寄居がぶーっと膨れる。
 たまにいこと、寄居のお兄さんである玉淀さんは確かにデカイ。180センチ近くある。
 つきにい、もう一人のお兄さんこと月彦さんもスラリと伸びている人だった。その二人を思い浮かべてしまうと、寄居の小ささが際立ってみえた。

「チビって、誰かに言われたの?」
「うん、言われた」
「ヒデエな。年頃の男子に向かってなんということをしやがる。一体誰に言われたんだよ」
「たまにい」
「……玉淀さんなら言うよな、それぐらいのこと」

 言いながら、天真爛漫・脳味噌カリカリ梅サイズの寄居の兄の顔を思い浮かべた。よくうーうーと鳴く、向日葵のように明るいお兄さんの顔が思い出される。弟のコンプレックスを軽く刺激することぐらい、あのお兄さんにとっては他愛も無いことだ。実の兄弟だからグサグサ言うのかもしれないけど。
 でも多少のことでは腹を立てる奴ではないのに、寄居は相当傷付いているらしく、口を富士山のように高く尖らせていた。

「でも十七歳でならまだ普通だろ。俺だって165センチだぜ。寄居と同じぐらいだって」
「ウマはエラソーだから背が低くてもデカく見えるんだよ。オーラ勝ちだ。小心者の俺には羨ましい限りだね」
「どこの誰が小心者だって? 仏田最大級の自己中と薄弱妄執めが。……180代のお兄さん達と一緒に居るから小さく見えるだけだろ。もう少し視線を変えろ。あさかとみずほはちまちましながら健気に生きてるじゃないか」
「ちまちましながらとは随分と言葉悪いね。でもあさみず二人はこれから成長するっぽいじゃん。お父さんの藤春おじさんを見る限りさ」
「それを言うなら、お前の親父さんは松山おじさんだろ。あの熊みたいにデカイおじさんの遺伝子を持ってるなら、まだ望みはあるって。諦めたらそこで試合終了なんだぜ」
「A先生……」

 寄居は蜜柑の大量の白いスジを取った後、丸ごと口へ放り込んだ。蛇のように喉が盛り上がったような食べ方だった。うお、グロ注意。居間に俺しかいなくて良かったな。
 それにしてもなんだか疲れているように溜息を吐きながらの食すなんて、気の滅入ることをしやがる。なんだ、風邪の引き始めか? 体調が悪いんじゃないか?
 相当、フルーティさや糖分が足りてないらしい。蜜柑の皮の上には大量のスジの成れの果てがあった。俺はスジを取らずに皮を剥いたらすぐ口に入れている。
 寄居って案外神経質なんだと気付いて、笑ってしまった。

「背を伸ばしたいんだったらスジ取るなよ。スジには色々栄養が含まれてるんだからさ」
「なんの栄養?」
「ググレ」
「不明確情報かよ」
「あと牛乳を飲め。これ身長を伸ばしたい奴の王道だろ」
「あー、牛乳かー……。父さんも、たまにいもつきにいも牛乳好きだから、人よりは飲んでる自信があるんだよ。つきにいは『スポーツするなら欠かせない!』って毎日二リットル飲んでた人だからさ」
「……腹壊さなかったのか、月彦さん」
「壊すときもあったよ。それでも健康だって飲むんだからバカ正直だよね、つきにいって。つきにいには数日前ぐらいにメールしたことあったけど、そんときも変な返事しかしなかったなぁ。……食卓で牛乳はレギュラー出演してたんだよ。昔からな。それでいて俺のこの身長はいかがなものかな」
「今は一緒に暮らしてないだろ。現在進行形で牛乳毎日飲んでるのか?」
「あんまり」
「じゃ、飲めよ。一人暮らしなら余計に重要な栄養源になるだろ。あとは煮干しだ。煮干しを食え。寄居、お前なら煮干しが好きでもおかしくない。寧ろ煮干しが好きなキャラっぽいしピッタリだ」

 煮干しが好きなキャラってなんだよ。……いや、実際好きだけどさ、煮干し。
 コタツに一瞬引っ込んだ寄居の手が蜜柑カゴに伸びる。そして二つ目の蜜柑を手にし、剥き出した。
 時計を見る。時刻はまだお昼だった。
 寒いけどコタツから指を出してパッチンと鳴らした。するとコタツのある部屋にあるテレビから、オレンジ色の使い魔が飛び出した。

「寄居に煮干しを持ってきてやってくれ。今日の三時からおやつとして食べられるように」

 俺の言葉に了解、と言うかのように使い魔はみのみの鳴いて再度テレビの中へ頭から突っ込んでいく。
 寄居が「別に頼んでないのに」と言うかのような目をした。目をしながらも丁寧にスジを取っていた。
 ……あ、今のは我が家御用達の使い魔だ。我が家一族の言うことならなんでも聞く三十センチぐらいの生き物で、俺達の生まれた頃から使役されている。あまりに自然に使われているので、一体何者なのか疑うこともなく十七年間生きてきてしまった。正直、アレが何なのか俺達にもよく判っていない。

「煮干しプレゼントは親戚からの心温まる気遣いだ。そろそろクリスマスも近いし感謝したまえ、寄居さんよぉ」
「頼んでないけどありがと。ウマって変なところに気がまわるよね。おさんじの予定は無かったから貰うとするよ。ところでウマ、昼メシは食べたの?」
「いや……蜜柑を四つ食べたからいいや。寄居は?」
「俺も蜜柑四つぐらい食べて昼代わりにする」

 と、和やかにお昼のグラサン番組でも見ようかね……とリモコンに手を伸ばした。だが、あと数センチ足りない。
 コタツから出るのは億劫なので諦めてると、バタバタと奥の部屋から駆け音が聞こえてきた。
 ドタドタバタバタと走ってやって来るのは、セットの済んでない茶髪のチビと赤毛のチビだった。
 バッグを思い切り、扉の位置から玄関へと投げ込まれた。びゅんと風が切られる。物凄いスピードで学園指定鞄が俺の目の前を通り過ぎていく。リモコンを取る為に屈んでいて良かった。屈んでいなかったら固い鞄で顔面陥没していたところだ。

「うああぁぁっ! 午後出勤なんてありえないー! なんで二人揃って寝坊なんかしてんだよ!? あさかのバーカ!」
「知らないよ! みずほが深夜二時まで起きてるなんて言ったから悪いんだよ! 僕はテケテケさんなんて来ないって言ったよ! なんでさっさと寝なかったの!」
「今の時代、注文して発注する世の中だよ! 道端にだってピザを届けてくれる世界なんだよ! 来るっていう話をしたら夜中来るのが妖怪じゃん! もし寝ちゃってテケテケさん来ちゃって寝惚けて『足いりません』って言っちゃったらどうすんの! 言っちゃいそうじゃん! 起きてなきゃヤバかったんだよ! だからって十時間睡眠はバカすぎー!」

 ドタドタとコタツのある部屋まで騒ぎたてていく、あんまり似てない双子。
 今の会話から推理するに、前の日に怖い話(テケテケさんが登場しているらしい。夜中にやって来る異端だっけ?)を聞いて、夜眠れなくなって、朝起きれなくなった……というところか。
 そう、ここはあさかとみずほの住所のマンション。そこに俺と寄居がお邪魔している昼の光景だ。
 ……ちなみにあさかとみずほが通っている高校は、きっちりとしてしっかりとした学校だ。俺のような自分で履修登録して時間割を自由登録するタイプ(「休みが自在に作れる系」と言おう)じゃないし、寄居のように仮初め学生でフリーターっている訳でもない。双子は、真面目に学生を気取っている。
 平日金曜日、彼らには授業が待っている。
 寝坊して遅刻、走って学校に行こうとする。……そんな高校生のありふれた光景を、俺達は眺めていた。
 俺の通っている学校は全寮制だから、もし遅刻しても数歩進めば校舎だ。
 こんなごく普通の少年達の風景はとても新鮮に見えて、殺伐、可哀想にも思えた。

「あさかのバーカバーカ! これでボクが単位落としたらあさかのせいさ! 後でシャノアールでぜんざい奢れー!」
「そんなの知らない! バカなのはみずほの方だ! 後で狭山おじさんに扱かれろ! あ、寄居ちゃん蜜柑貰うね! シャノアールになんか行かないからなー!」

 あさかがむんずとスジを取った綺麗な蜜柑を掴んで、二つ割り。半分にした蜜柑をみずほに投げる。
 『半分こ』にしたと思った頃には、二人は蜜柑を同時に口にインしていた。そして颯爽と外へと滑り込んでいく。
 ドタドタシーンは三十秒もなかった。なのに一分もかけて懸命にスジ取りをしていた寄居の蜜柑は姿を消してしまった。
 ……俺は渋々、蜜柑を取る。可哀想な目の前の少年の為に蜜柑を剥いてやろうと思った。

「ん? ……ああ、使い魔。どうした」

 あさみずが走っていった方向から、申し訳無さそうに使い魔が覗いているのに気付いた。
 使い魔の手には煮干しのお徳用パックがあったが、その顔には少々凹んだような痕もあった。どうやら嵐の被害を食らったらしい。

「……さっきの鞄が直撃したのか?」

 こくこくみのみの。初期値の顔が物悲しくなっている。それでも煮干しパックを手放さなかったことを褒めてやろうと、小さな使い魔の頭を撫でてやった。
 使い魔は寄居に「ハイっ」と煮干し袋を手渡す。今度は寄居が使い魔をいいこいいこした。撫でられたのに満足してか、使い魔は少し表情が明るくなって、てこてこ消えていった。

「ウマは身長を伸ばしたいって思わない?」

 寄居は袋を受け取り、ちょっとスジ気味の蜜柑も受け取って問いかけてきた。
 冷えた指をコタツの中で擦りながら暫し考える。それは、暫し考える時間を作らなければならない話題だからだ。

「寄居は?」
「特に」
「じゃあなんでさっき傷付いたようなことを言ったんだ?」
「傷付いた、ね。そんなことないんだけどな。……でもやっぱ、カッコつかないかなって思ってさ。『男でデカい』は全体的にも局部的にも良い事だべ」
「男として、か。なに、好きな人関係で悩んでたの? 気になるカノジョが結構デカかったクチ?」
「いや、決して全くもってそうではない」

 その強調は、『カノジョ』に掛かるのか『デカい』に掛かるのか。
 表情を変えずにもぐもぐ頬張る蜜柑は、やっぱり丸ごと一気飲みだった。

「……ははは」
「む? ウマ、なんで笑ったの」
「いや、お前がカッコつけで物事を考えるのって遺伝だよなぁ。松山おじさんも何かと形から入るし、玉淀さんも月彦さんもどっちもビジュアル重視じゃん。そういう性格的なものも遺伝ってあんだね」
「考察してくれるは結構だけど。そういうお前は、兄弟とか親御さんとかと似てると思う?」
「…………。まぁ、それは置いといて。俺だって出来るならもっと背を伸ばしたいとは思う。貰えるもんなら貰いたいね。身長170後半は欲しい。でも俺の成長期は終わったぽいし、思ってるだけで背を伸ばそうと努力するのはめんどい。どうしたらいいか悩むだけ、寄居の方が前向きだな」
「俺も半ば絶望視してるけどね。……背が伸びなくなった理由に思い当たる節があるし……」
「そうなん? だからいいんじゃない、煮干し食いまくってたら。カッコつけるためにやるのはいいけどキスが煮干し臭いって嫌われないようにな」
「その心配は無いよ。……近寄って来ようが引っ付こうとはしないしさ」

 さてと。寄居と俺はほぼ同時にコタツから立ち上がる。
 テレビ近くに設置されたデジタル時計はそろそろ十三時へ光を変えようとしていたからだ。

「ん、寄居……。蜜柑三個しか食ってないけどいいのか?」
「もう時間だしいいや、ごちそうさま。イザとなったらどっかで拾い食いでもするよ」

 あさみず双子の家……かつての俺の家にコタツ電源を切り、蜜柑の皮を生ゴミコーナーへ投げる。
 唯一持ってきていたケータイだけを手に、玄関に向かった。

「あ。で、ウマ」
「あん?」
「ウマの場合、なんで背が伸ばしたいと思うよ? 俺んちの遺伝と同じ、カッコつけたい系? 俺達って父方の親戚だからその遺伝があってもおかしくないよね」
「んな訳ないべ。カッコイイ奴は170いくまいがカッコイイよ。デカくなったってカッコイイとは決まらないさ」
「はぁ。……そんなオレンジの髪とか大した色に染めておいて言うか?」
「これは単なるマーマレード好きの自己主張だ。……答えは、さっき言ったじゃないか。だから、もう言わない」
「へえ。…………『好きな人関係』ね。相手がデカイと大変だね」
「……伏せたんだからわざわざ口にすんな、阿呆」

 にや、と気持ち悪く笑って寄居は消えていく。
 後ろ手にバイバイと手を振って、寄居は寄居の向かう場所へ去って行った。

「んじゃ、ウマ。今度は、年末――12月31日に会おうな」
「ああ。良いクリスマスを。せいぜい外で遊んでから寺に戻ってこいよ、風邪にも気を付けろ。どうせ実家戻ったらいびられるんだから」
「お互いにな」

 俺も戻らなきゃいけない寮への道を進んで行く。
 その前に、……自分の顔を叩く。自分で自分の頬をパシパシと。
 ちょっと顔が熱かった。

「なに、ぶっちゃけてるよ。俺」

 軽く己をグーで殴って、気を直す。
 気の合う寄居の前とはいえ、気色悪く笑われたところを見ると……判られてるじゃないか。
 くそ、と自業自得に悪態つきながら学校モードへと意識を切り換えた。だって高校じゃ恋愛沙汰にあーだこーだ言うキャラじゃないんだから。そんなの俺じゃないんだから。
 ちょっと顔が熱すぎた。



 ――2005年12月2日

 【     /      /     /      / Fifth 】




 /4

「あ、弟からメールだ」
「つっきーの弟からメール?」

 お昼。仕事が終わり、刀を虚空――ウズマキにしまい終えたとき、ちょうど携帯電話が光った。『本部』からかなと思って開いてみたら、弟の寄居からだった。
 内容は、さほど重要そうなものではなかった。

「『つきにいはどうやって背を伸ばしたの』……だって。何いきなりメールで訊くんだ、アイツ?」
「あは、つっきーの弟はとってもフシギさんね」

 携帯を覗きこむ彼女がふわふわ笑う。
 オレが携帯を見ているときに覗きこんでくるんだから、オレの目の前は彼女の金色の髪がばばんとある態勢になってしまった。
 いつものことながらどきっとしたのを隠して、オレは彼女から自然な動きで離れる。

「つっきーの弟は背をどう伸ばしたかが聞きたいのね」
「そうみたいだね」
「ふんふん。つっきーは背を伸ばしたの?」
「自分で伸ばしたつもりはないよ」
「ならどうしてそんな体になったの」
「運動して食事をして寝たら今のオレになったの。それだけだよ」
「そうなの。じゃあ、そう弟に伝えてあげなきゃね。聞きたがっているんだから真実をそのまま伝えてあげなきゃいけないわ」
「んー……。それだと寄居に申し訳ないから、色々装飾して返信してあげなきゃだね」
「装飾?」
「うん。寄居は、『背を伸ばしたいから』こういうメールを送ってきたんだ。オレがどうやって背を伸ばしたかを聞きたい訳じゃないんだよ。オレはどうしてこうなったか教えるだけじゃなくて、どんな答えを求めているかを考えてやって返事を寄越さないと弟は満足してくれないよ。『オレは運動して食事して寝たら伸びたから、お前も運動して食事して寝なさい』って送らなきゃダメなんだよ」

 オレは一つ一つ言い聞かせる。
 それを聞く彼女は、うんうんと微笑みながら言葉を追っていく。首をこくこく頷くたびに金色の長い髪がふわふわ浮いたりした。他にも豊満な胸がぽよんぽよん浮かんだりもし……って、考えるな考えるな。

「なるほど」
「判ってくれたかな」
「ええ。つっきーは先の読める良い男ね」
「ありがとう」
「好きよ」
「ありがとう。おっと、さっき結界を消したからぎゅーしてくるのはやめようね」
「まあ。結界を消したらぎゅーをやめなきゃいけないの?」
「さっき異端を倒して、魂を回収して、事件を解決したから結界を消したんだろ? 結界を消したら一般人がここに立ち入るようになるだろ。人が入って来たら、ぎゅーしているところを見られちゃうじゃないか。それは……恥ずかしいから……その……ね」
「あは。やっぱりつっきーは先の読める良い男ね」

 好きよ。淡々と彼女は好意を口にして、微笑んだ。碧い目がキラキラ輝いて、まっすぐオレを見つめてくる。
 人の影が出始めてきたからぎゅーはしてあげられないけど、オレは彼女と手を繋ぐことにした。そのまま路地から街中へ連れていくことにする。

 まだ真昼間だったから街中は活気づいている。夜に仕事が来るより爽快感があって良い。
 オレは陰鬱な気分で仕事を終えて寝るだけよりも、異端を倒した後に青空を仰ぎ見る方が気持ち良くて好きだった。
 昼間の『仕事』は大歓迎だ。だから今日も彼女と二人で真昼間から異端を、魂を狩っていたんだ。
 同じように仕事を手伝う弟の寄居は、のんびりとメールを打っている。日常を過ごしている人々の情報を受け取って、オレも日常に戻ってくることにする。
 彼女と一緒に。

「クリスマスね、つっきー。どこもかしこも綺麗だわ」
「そうだね」

 アリスは周囲のメロディやカラフルな街並みを見て、素直な感想をこぼした。
 オレもクリスマスの明るい雰囲気が大好きだから、彼女と同じように笑って相槌をうつ。

「でも、この街で一番キレイなのはアっちゃんだ」
「お上手ね、つっきー」
「金色の髪で碧色の眼、全部キレイだから大好きだよ。凄く神々しくて」
「大好き? 神様みたいで? 嬉しいわ」
「クリスマスイブは、みんなとパーティー……だったよね。アっちゃん、ちゃんと覚えてる?」
「もちろん。昨日百円ショップでプレゼントを買い揃えたんだから覚えてるわ」
「……ああっ、それ、当日誰にも言っちゃダメだからなっ!」
「昨日買ったこと?」
「百円ショップで買ったこと! ……こほん。クリスマスイブはみんなと一緒だよね。じゃあアっちゃん。クリスマス当日はどうする?」
「『どうする』? まだ話し合ってないわ」
「じゃあ今話し合おう。オレの希望は……その、ね……二人でデートが……したいかな!」

 今日は気温が高かった。12月というのに手袋がいらない暖かさだった。
 握った手が暑く感じたから離そうかなと考えたけど、この会話のタイミングで離すべきではないなと思い、ずっと彼女と繋ぎっぱなしにした。

「それは良い考えね。12月25日はそうあるべきだわ」

 アっちゃんは嫌がる素振りを一ミリも見せず、笑顔で同意してくれた。
 やった。彼女が断る予想はしてなかったけど、願った通りの結末になってくれて嬉しく思った。
 こうしてオレはふわふわ笑う彼女の指を握りしめながら、今後の予定を次々と組み立てていった。色んなことを彼女と話しながら決めていく。これからのことを、ずっと。

「つっきー」
「なに?」
「年末、帰るなら28か29がオススメよ。27日には今年最後の仕事が入るし。30日は雨が降るもの。長い石段を荷物と傘を持って歩きたくはないでしょう?」

 おお、アっちゃんは出来る女。そんな先のことまで調査済みだとは。凄いなぁ。
 25日が終わったら次は実家に帰る予定をしなきゃいけない。大晦日の31日までには「絶対に仏田寺に帰れ」と言われているからだ。力強く言われているから、帰らなかったらただじゃ済まない。
 オレはたまにいみたいに実家が大嫌いって訳じゃないから素直に帰るつもりだ。
 でも、一族全員に対して『本部』はだいぶ強めに「帰れ」と言いまわっているらしいな。今年は重要なイベントでもあるのか。詳しいことは知らないけど……まあ、オレ達は29日に帰るとしよっと。

「ありがとう、アっちゃん。隣の居てくれて」
「呼べばいつも居るのがワタシ達よ」

 その前にやるべきことは25日の準備。デートの下ごしらえ。話せば話すほど盛り上がるクリスマスの予定。
 仲良くオレと彼女は仮の住処に向かう間も、楽しい話題は尽きることなかった。
 寄居への返信メールはもうちょっと待ってもらおう。
 今、オレは……楽しい昼間の日常を過ごしているんだから。




END

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