■ 013 / 「爆発」

元は友人の執筆したオリジナルキャラクターのショートストーリーを、長編連載用に改変させていただいた小説です。パロディ小説、2.5次創作でございます。 参考元:華(ぷぇっとした雨音)




 ――1986年7月13日

 【 First / Second / Third / Fourth / Fifth 】




 /1

 大広間に風が巻き上がった。周囲の僧達がひいと震え声を上げる。何人かが台風の中央を止めようと襲い掛かったが、一瞬の刃によって全員掻き消されてしまった。
 風が吹く。室内とは思えないぐらい膨大の量の風が吹く。やがて風が形になり、いくつもの赤黒い人形(ヒトガタ)になっていく。風の刃を持った者達が、術者を中央に整列した。
 その全てが、嫌悪のみを感じさせる眼を備えていた。

「馬鹿者が。当主に、刃向う気か?」

 室内の気温が下がる。術者は呼吸荒く、斬り刻むべき対象を指差した。血の彫像達が一斉になって襲い掛かる。呪詛の叫びが唇から洩れる。全身の怒りを力に変えて、奥に座る当主へ向けた。
 当主は串刺しになる。人形の大群の刃によって血を流した。

 …………………………………………それは、幻だった。

 次の瞬間、当主は術者の隣に立っていた。隣に立ち、自分を攻撃していた術者の首を片手で締め上げている。
 確かに刺した筈だったのに。確かにあそこに居た筈なのに。術師だけでなく、その場に居た者達全てがそう思った。だが、大勢の知恵を手にした当主には他愛の無いことだった。

「…………光緑ッ! 離してやれ、藤春くんももう反省している!」

 俺が叫ぶまで、光緑は首から手を離そうとはしなかった。



 ――1986年7月15日

 【 First /     /     /     /     】




 /2

 ガキどもがうるさい。ガキなんだから騒ぎ回るのが仕事だってことぐらい大人なんだから知ってるけど、ここまでとは勘弁してほしかった。
 霞が悪戯をして新座や鶴瀬を泣かせることなんて日常茶飯事だし、そんな霞が叱られて泣き出すというのも通常営業。まだ霞と新座は十一歳のガキんちょだから仕方ない。
 圭吾や悟司、志朗が一足早く成長して、まだチビの連中を見ていてくれるようになったから、俺の負担もだいぶ減った。
 だけれども、今日は一段とうるさかった。理由は、止める筈の圭吾達までうるさい霞達の仲間だからだ。
 もう中学生の圭吾は泣き喚きはしなかったが、うるさい霞を注意する余裕は無い。悟司はムスっとしたままだった。志朗はなんとも言えない顔をしたまま、何をするでもなかった。

「いーやーだー! 引っ越しいーやーだー!! あああああん!!!」
「はいはい、出て行くっつったってもう二度と戻ってこないんじゃないんだからさー、そんなに泣くんじゃないぞー、霞! 男だろ! 単なる引っ越しなんだからいつでも寺に戻って来られるんだ! ほらほら泣きやんだ泣きやんだ!」
「やーだー! 新しい学校いやーだー!!」
「はっはっは、お前さんなら新しいところでもすぐ友達できるって! みんな遊んでくれるって。安心しろ。なっ?」
「俺も志朗兄さんと同じ学校行くー!!!」

 兄貴の話があってから、霞はずっとこんな感じだ。
 俺の兄貴・狭山はといえば、「これから住む場所の手続きが」なんだのといってガキの世話という一大事を俺に押し付け、どっかに消えた。俺は寺の世話役であってガキのおもり専門じゃねーんだぞ。まあ、兄貴よりはガキの扱いは巧いかもしれないけど。
 しっかし兄貴が帰ってくるまでに霞のこの暴走を止めなければ、また一悶着生じてしまう。それはなんとかしたかった。兄の狭山は、ガキの世話といったら怒鳴ることぐらいしか出来ない人だ。泣き喚く霞なんか見たら怒声を上げて黙らせることしかしないだろう。それを見るのは心が痛いし勘弁願いたかった。
 比較的大人になった悟司に視線を送った。立派な大人の仲間入りを果たした中学生の悟司は、眼鏡の下のムスっとした顔は治ってはくれなかったが、俺が『助けてくれビーム』を発していたことに気付いてくれたらしく、喚く叫ぶの霞の元にスタスタ近付く。
 そして霞の頭をゴスッと殴った。
 ゲンコツ一発。……ああ、悟司くん、そんなところが親父譲りだったなんて知らなったよ。遺伝しなくていいものを遺伝してしまって、可哀想に……。

「いいかげん泣きやめ。松山さんが困ってるだろ。荷物のまとめに行くぞ」

 悟司は機嫌悪そうに霞に言い放つと、スタスタ歩き出してしまう。自分達の部屋に向かっているようだった。
 もう一人の悟司の弟・圭吾がそれを追った。彼も表情は晴れてなかった。
 ぶつぶつと独り言を言う悟司に、無言でついて行く圭吾。二人は俺が見なくても大丈夫のようだった。
 まったく、狭山も勢いのあることを決めてくれたもんだな。……ときわ君くん幽閉先を自分にするなんて。親父なら藤春様対策に何かするとは思っていたが、自ら動くだなんてなかなか考えつかなかったぞ。

「二日で荷物をまとめろとのことだが、ふう、何を持っていけばいいんだ。……本はこのまま寺に置いていってもいいよな。最低限のものだけ整理しておけばいいんだよな。ほら、霞。また殴るぞ」

 そんな話をしている兄の悟司。一方、殴られて一瞬は黙ったがすぐにびーすか泣き出す霞。
 ああ、ゲンコツしたって何一つ変わってない。寧ろこれじゃ悟司に対する霞の好感度が下がっただけじゃないか。はっはっは、困ったなぁ。

「俺……引越し……寺、出るの……やだな」

 と、安全牌だと思っていた圭吾が絞り出すかのように兄の悟司に言った。

「そうか。今夜中には荷物まとめておけよ」

 けど悟司はちっとも聞いちゃいねえ。
 まあ、悟司が聞いたところで何か変わることはないし、圭吾がそう言ったところで変われるものもない。でも圭吾なりの精一杯の自己表現を一発で蹴り落としてしまった悟司は、また好感度を下げたようだった。

「ふええええええええええん」
「ああああああああああん」

 って、いつの間にか泣いてるガキが二人になってるし。おい、なんで新座まで泣き始めてるんだ?

「あーあーあー! だから恒久の別れじゃねーんだからっ、すぐに会えるんだしちょっとバイバイするだけなんだ、そんなに悲しまなくてもなぁー!」

 子供達にそれを説明しても判らないとは思う。判っている。
 俺だって、子供の頃の夏ってすごく長く感じた。今となっては一夏なんてあっという間に終わってしまうけど、子供の時の季節は一つ一つが尊かった。それは自分も経験したんだから覚えている。一瞬の別れかもしれなくても、子供にとっては長くて悲しいもの。そうだとしてもなんとかして泣きやませるしかなかった。

「ひっ、ひくっ、なんでっ、新座がっ、泣いてるんだよっ、ばかああああああ!」
「えぐっ、カスミちゃんが、泣いてるっ、からだよ……あああああああああああん!」
「ば、ばかっ、うあ、うあああ、ああああああああああん」
「カスミちゃん達が居なくなるの、ヤあああぁ、いっしょに、学校、行きたいぃ、ふえええええええぇぇぇん」

 ――ああ、泣き疲れるまで泣かせておくっていうのも手なのか?
 俺がさっきから焦っているのは、『兄の狭山がこのシーンを見たら絶対大変なことになるから』であって、彼が現れるまでに霞を泣きやませようと思っていたからだ。
 そうだ、兄貴がこのシーンを見なければいいんだ。息子が情けなく泣いてるところなんて見なきゃいい。来るようだったらあっちを全力で阻止してみよう。その方がガキを傷付けることなく、俺も嫌な想いをすることなく済む。なんて良いアイディアだ、それでいこう!

「ほら、お前ら! 存分に泣くんだぞー!」
「…………」

 泣いていなかった志朗が俺の方を怪訝そうに向いた。その目は、『さっき言ってたことと違うじゃねーか』というものだった。ああ違うとも、良い選択を選び直したからな。はっはっは、混乱させてすまないなぁ、志朗くん。
 びーすかぎゃーすか泣き喚く姿を、一人泣かずに、形容しがたい表情で見ていた志朗は、溜息を吐く。
 霞に近付くなり頭を撫で始めた。さっき悟司にゲンコツを食らった場所を集中的に撫でている。いつもだったら霞の頭を気遣うのは圭吾の役目で、志朗は新座を撫でる役だが、今日は違った。

「霞。……どれくらいで狭山おじさんが戻ってくるって言うか判らないけど。霞が戻ってきたら、いつでも俺が迎えてやるからな」
「えっぐ、ひっぐ、うぐっ、ふええん……」
「戻ってくるときはすぐに俺に言え。なんでもしてやる。……よしよし。ほら、松山おじさんが何度も言ってるだろ。もう俺達は会えない訳じゃない。いつでも会えるんだから、帰ってきたらいっぱい遊ぼう。な?」
「うぁああああああああん!」

 霞が志朗にぎゅーっと抱きついた。
 志朗の胸で泣くことで、大絶叫大音量のヴォリュームは『口を胸で塞ぐ』という原始的な手で軽減された。
 普段なら霞が志朗に抱きつくなんてことがあったら、志朗の実の弟・新座が怒り始めてまた問題になる。「僕のお兄ちゃんなのにー!」と言いながらぽかすか殴り合いの喧嘩が始まるものだが、今日はその騒動が無かった。
 新座は、今日ばかりは遠慮しているのか。じっとその場で志朗に抱きつく霞を見ていた。我慢しようという心が顔から伝わっている。
 さっきの泣きの共鳴のせいで、新座の顔は涙に濡れている。自分も兄に抱きつきたいという想いがあるのは手に取るように察せられたが、それでも新座から抱きつくようなことはなかった。
 一分我慢して、五分我慢して、それ以上経っても新座は志朗に抱きつくのを我慢している。まだ文句を言っている霞に志朗を譲り続けていた。
 とうとう新座は耐えきれなくなったのか、ぼろぼろの顔のままその場を去っていく。志朗は新座のことも気にしていたが、今は霞の方に専念していた。今日ばかりは一番手のかかる霞を志朗に任せて、俺は新座を追うことにする。

「おーおー。新座ー。お前、偉いなぁ」
「……むぐぅ………」
「霞より大人だなー。お兄ちゃんだなー。すごいぞ、新座ー」
「……だもん! 僕はカスミちゃんより大人だもん! 僕、大人!」

 と言っても新座と霞の誕生日は一日違いだ。新座の方が霞より二十時間早いだけの大人だが、何かとこれで二人は対立していた。
 二人の「僕の方がカスミちゃんよりおっきいんだぞ!」と「カンケーねーよそんなこと!」の掛け合いは何度聞いたことか。いつもは「二人ともいっしょでいいじゃないか」と喧嘩両成敗していた俺だが、このときばかりが新座が上だと褒め讃える。
 新座がすたすた向かったのは、自分達が眠る自室ではなく、勉強部屋だった。ガキどもが勉強するためにと用意された机と棚があるだけの、あんまりガキには好かれない場所だ。
 それなのに自分からやって来ることは滅多に無い場所だったのに、わざわざ逃げ場所にここをチョイスするなんて。
 ……理由は、障子を開けた先にあった。

「はわ……? 新座くん……?」

 先日からお家に遊びにきていたお利口さんの鶴瀬家の坊主が、一人、読書をしていた。
 のほほんとした声で首を傾げる鶴瀬。……その顔を見て、新座が再度大絶叫した。

「うあああああああああん!」
「はわっ!? えっ! ええっ!?」
「うわぁああああああああん!」
「は、はわっ!? 泣いてる! 新座くん泣いてる! ハンカチティッシュ手ぬぐい! 涙拭いて!」
「むぐぅ……ひっく! むぐ、ありがと……」

 好意に甘えて、新座は鶴瀬の着物でぐしぐし、ちーん。

「うあああん違ううぅぅぅぅ!」

 新座は気丈になるために、自分より下の者を見付けにきたらしい。
 ――新座がいつもみんなの前でわんわん泣き喚くのは、『いつもの五人組(新座、志朗、霞、圭吾、悟司のことだ)』だと自分が一番下の地位にいるからだ。わんわん泣いても慰めてくれる人がいっぱい居るから安心して泣けるらしい。
 だが、自分より年下が居れば新座はお兄ちゃんとして強くなれる。頼りにしてくれる家族の前で精一杯頼れる人間になろうと振舞う。だから年下の従弟である鶴瀬の元にやって来……たはいいものの、やっぱり我慢できなくて泣いてしまったと。
 場所と相手が変わっただけで何にも変わらなかった。鶴瀬は新座と違いつられて泣いてしまうなんてことはしなかったが、自分の着物をティッシュ代わりに使われてしまって泣きそうになっていた。すぐさま俺がタオルで拭いてやったさ。しなくて良い面倒を次から次へとよく思い浮かぶもんだ、子供って。
 あー、自分のガキがまだ一歳、走ったりしないからまだ安心してられるんだな。……玉淀もあと三年もすりゃこの仲間入りになっちまうのかな。その頃には新座達に落ち着いてもらわないと困るんだが。



 ――1986年7月15日

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 /3

 新座は一息つくと元の思惑通り、「年下の前では泣かない」という決心を持ち、気丈に振る舞い始めた。
 鶴瀬もタオルで鼻水を拭いてやったら機嫌が元通りになり、新座と一緒に絵本を読んだりノートにラクガキをし始めている。
 たまに新座がむぐむぐぐずり出すと、鶴瀬がはわはわ俺に助けを求め出すので的確に処置してやる。一度気を取り戻した新座を回復してやることは楽勝だった。二人は少し危ういところがあったが、仲良く遊んで大人しくしていてくれた。
 霞の方はどうなっただろう。いいかげん志朗の胸の中で泣きやんでくれたかな。大好きな志朗を独り占めできてるんだ、今のうちに思う存分甘えておけばいい。引っ越ししちまったらそんなこと、出来なくなるんだから。
 あまり考えてなかったが、圭吾も心配だ。普段は泣き喚きはしない圭吾だが、さっきの無言は引っ越しして学校を転校するのは相当嫌がっているようだった。もし新座や霞が居なかったらどうしていただろう。正直、悟司が面倒見ている気がしない。あっちのケアもするべきかな、そろそろここを離れるべきかなとボンヤリ考えていた。

「はわ。松山さん、お茶、飲みますか?」
「ん? ああ、正一、サンキュ。お前は気が利くなぁ、いい大人になんぞー」
「えへ」
「むぐー、お茶にがーい」

 たどたどしい手つきで鶴瀬が茶飲みを扱う。急須いっぱいに入れられた茶っ葉の濃いお茶が、この三日間の大騒ぎ、そして寝不足を吹き飛ばしてくれそうだった。
 なんでこんな騒ぎになったって言ったら、連日寺中を騒がしている藤春くんのおかげだった。

 ――7月12日、藤春くんはパパになった。母子ともに健康とのこと。大変喜ばしいことだ。
 ――7月13日、藤春くんはお子様を連れて寺にやって来た。ご報告にやって来た。俺はおめでとうと祝ってやったさ。
 ――7月14日、『本部』はお子様を奪い取った。

 ああ、最初は戦争が起きるんじゃないかと思ったさ。それぐらい緊迫状態が続いた。そして藤春くんにとっては戦争に違いない。
 いやでも、藤春くんも悪い。結婚もしてないのに子供を作るとか、どんな女の子と結婚したか教えないとか、唐突に自分はパパになったと言いに来るとか……悪いところは沢山あったさ。

「あのね、今日はねー、カスミちゃんに志朗お兄ちゃんを貸してあげてるのー。……今日だけなんだからー」
「はわ……。お兄ちゃん貸しちゃったら、新座くん、寂しくない?」
「……むぐ……」
「は、はわっ、寂しいよね。ごめんっ」
「…………カスミちゃんがいなくなるのが、寂しい、よぉ……」

 昔から藤春くんは『本部』に反抗的な子だった。
 『本部』が決めたことに文句を言い、「俺はしない」「俺ならこうする」とハッキリと異議を申し立てる、困った存在だった。
 それがどっかの誰かの単なる暴言ならいい。でも藤春くんは、権力者だった。現当主・光緑の実弟で、元当主・和光様の次男だった。立場ある人が問題ばかり起こすのは、大きな組織として目を瞑っていられなかった。
 この血で生まれついた者は魂を集めることが義務である我が家で、「そんなことはしなくていい」と言い出す藤春くん。周囲はずっと彼を煙たく思っていた。
 ぶっちゃけちまうと俺も煙たく思っている一人だった。大昔の人達が折角作り上げてきた和を乱すようなことはあってはならないと教えられてきたから、「好きなことやればいい」「好きな職業に就けばいい」という斬新な考えは、正直心苦しかった。
 そういう考えは他に無くて良いと思ったし、自由なのは素晴らしいことだと判っているつもりでも、周囲に迷惑を掛けることばかりは心苦しい。
 そうして高々と宣言された、『罪には罰を』。
 カッコイイことを言うつもりはないが、『本部』はそうした。「お前、いいかげんにしろ」と怒りを露わに、藤春くんの息子を取り上げた。
 取り上げたことを訴えればいい? 実力勝負で訴えたところで、たった一人の能力者が退魔組織の『本部』メンバー全員に勝てるものか。
 法で勝てばいい? ここは仏田寺という独立国家だ。たとえ外界の警察とやらが乗り込んできても、いくらでも揉み消せる。問題など無かったことにできる。警察を来ないようにさせられるし、来たら来たで自ら出て行くように追い返すことが『本部』の力では可能だ。
 そういう国なんだ、ここは。
 一人で戦うにも組織で戦うにも、藤春くんは不利だった。よって従うしかなかった。文句を言いまくる藤春くんを従わせる他に無い。
 ああ、今の藤春くんの荒れ様は、思い出さないことにしよう。温和の彼が大変身を遂げてしまっているから、あまり考えて楽しいものではない。記憶の彼方に追いやってしまおう。

「むぐぅ……なんで、カスミちゃん達、お引っ越ししなきゃいけないんだろ……」
「はわ、そういう風に光緑様達がお決めになったからだよ」
「……お父さん達が?」
「うん。大事なお仕事なんだよ、きっと」
「……お引っ越しが、大事なお仕事……?」

 取り上げた藤春くんの息子は、俺の兄・狭山が育てることになった。
 『本部』に忠実に動く兄貴だから出来ることらしい。それに藤春くんが襲い掛かってきて立ち打ち出来る相手じゃなきゃいけない。藤春くんは非常に強い能力者だから、同等かそれ以上の相手が息子さんを『守ってあげなきゃ』いけなかった。
 兄貴なら藤春くんとの攻防に勝てるだけの力があるだろう。息子を取り戻そうと実力行使に来た藤春くんを叩き潰せる。藤春くんには可哀想な話だが、兄貴の手に息子が委ねられた時点で彼は勝負をすることが出来ない。それぐらい兄貴は徹底して勝つ舞台にしか姿を出さないからだ。
 狭山は藤春くんの息子を連れて寺を出ることを決めた。寺を出てどこに行くかは俺も教えられていない。昔から寺が世話をしている教会の宿舎に行くとか聞いていたが、おそらく一年に一回住所は変わるだろう。藤春くんが追えないようにするためにだ。
 その引っ越しに息子達三人も連れて行くという。ああ、これはきっと三人を修行させるつもりもあるんだろうな。教会の宿舎に住み込みになるってことは、一から『その手』の勉強をさせることができるしな。

 ――悟司は既に修行を始めていて、魔術の腕に磨きをかけている。将来有望だから、勉強の場さえ与えれば更なる発展が望める。
 ――圭吾はまだロクに修行をしたことがないが、秘めてるものは天下一品と清子様がおっしゃっていた。才能はおそらく悟司以上にあるから、開花次第で相当な能力者になれる筈だ。
 ――霞は……どうだろう、刻印無しの子だから悟司や圭吾ほどではないが、努力家だから学ぼうとすれば良い力に目覚めるんじゃないか。学ぼうとすれば、だが。

 そんな感じで、藤春くんの息子のため、三人の息子の成長のため、狭山は寺を出ることにした。
 兄貴ならこれからも魂の収集は怠らず寺に尽くしていく。狭山にとっては文句なしのプランだ。
 子供達には到底理解できないものだったとしても、この上ない最高の『本部』の書いたシナリオだった。

「新座。正一」

 ノートにラクガキをして楽しんでいるガキ二人に声を掛けた。むぐっとこっちを向く新座の目は、泣きすぎて赤くなっている。うさぎのようだった。

「言うことを聞かない悪い子にはお仕置きしなくちゃいけない。それは当たり前だって、お前達も判るよな?」

 お仕置きという言葉は子供には敏感に聞こえるのか、優しく言ったつもりなのに二人ともビクッとした。
 しゅんと悲しそうな顔を俯かせる新座。まだ何をする、何をされると語っていないのに、既に落ち込んだ顔だ。けど新座より年下の鶴瀬が返事をする。

「判ります。お仕置きは、悪い子を良い子にするためにするものだから大事なものです」

 鶴瀬はきりっとした顔で良い言葉を繰り出す。物判りの良い、優等生な……大人好みの姿勢だった。

「お仕置きは必要なもんなんだ。兄貴……狭山おじさんは、霞達の親父さんはな、お仕置きするのがお仕事の人なんだよ。お前らもよく怒られてるから知ってるだろ?」
「…………むぐ」
「今回の霞の引っ越しもな、そのお仕事のためにするんだ。悪い子を良い子にしてあげるためのお仕事だ。必要なことだろ? 誰かしなきゃいけないことだろ? 今回のお仕置きは、ちょっと時間と移動が必要なものなんだ。でもそれも誰かのため、みんなのためだ。だからお引っ越しは『仕方ないこと』なんだよ」

 ――仕方ないこと。
 俺は、便利な言葉を使った。
 鶴瀬は「そうですね」と頷く。本心なのか上辺だけの頷きなのか判らないが、すぐさまそう頷いてみせるところは大人に好印象を抱かせる、良い姿だった。
 一方で新座は素直な子供であり、複雑な顔をやめられない。「仕方ない」で胸のモヤモヤを片付けていいものか。それをずっと考えているようだった。
 考えて考えこんで、言うか言うまいか悩んだ末といった顔で、新座は反論してきた。

「でも、家族が無くなっちゃうのは、寂しいよ」

 それはとても可愛い反論だった。

「はは、新座にとって『霞達は家族』か。でも霞達が居なくても寺にはまだまだいっぱい人が居るじゃないか。それに、霞達は消えてなくなる訳じゃない。離れていてもずっと家族、だろ?」
「うん、家族だよ。みんな家族。離れていても家族。それは変わんない。……でも、僕のいっちばん身近な家族が無くなっちゃうのは嫌だ」
「一番身近な家族?」
「うん」
「あの三人は君の大切な友達だったろうね。いつも一緒だったから」
「友達だけじゃないよ。悟司お父さんと圭吾お母さんと霞……お兄ちゃんだよ」

 ――ぶふっ。思わず吹いちまった。
 悟司がお父さんになった? 圭吾に至ってはお母さん役? でもって霞を年上立場のお兄ちゃんに認めた? なんだって。
 新座の中ではそうだった事実を告げられ、笑ってしまった。そんな俺の顔に、新座が不機嫌そうになる。おっとっと、子供なりに真剣だったのに申し訳ないことをしちゃったなぁ。

「……そんなにおかしい?」
「い、いやいや、ごめんなぁ。全然おかしくないよ。家族だもんなぁ」
「……おかしいんだよ。僕の通ってる学校ではね、『一番いっしょに居る人達』が家族なんだって。みんなそう言うんだよ。僕の家の方がおかしいって言われた」
「それは人それぞれで」
「でも家族っていっしょにいてくれる人のことなんだよ。松山おじさんがすっごく広い意味で使う家族と違うの。……僕にとって一番いっしょに居たのは、あの三人だった。朝ご飯食べるのも、学校行くのも、遊ぶのも、帰ってくるのも、宿題するのもお夕飯食べるのも、寝るまでいっしょだったんだもん。三人は家族だよ!」
「ああ、ああ、そうだな。立派な家族だ。でもだからっていっしょに居なくてもあいつらは家族のままでいてくれるだろうし……」
「家族のままでいてくれるよ! でも、いっしょじゃないから家族じゃなくなっちゃうよ!」
「…………んん?」

 言ってることが判らなくなって、頭を抱えそうになってしまった。
 また新座が涙をぼろぼろ流し始めてるし。鶴瀬はその顔を見てはわはわ慌てているし。ああ、またかよ。

「僕の家族いっぱいいるよ! お寺にいっぱいいるよ! おじさんもおばさんもいっぱいいるけど、いっしょにいてくれないじゃん! ……本当のお父さんもお母さんも燈雅お兄ちゃんも、家族だし、お寺にいるけど、いっしょにいてくれないから、家族じゃないよ……家族じゃないんだよ!」
「…………」
「でもね、悟司お父さんと圭吾お母さんと霞お兄ちゃんは、家族で、お寺にいて、ずっと僕といっしょにいてくれた人なんだよ…………それなのに。お寺にもいなくなっちゃっていっしょじゃなくなるって、家族だけど、家族じゃないよ…………ふえぇ」

 びーびー。新座がまた泣き出した。
 鶴瀬が隣で必死になって新座を泣きやんでもらえるように頑張ってる。でもあやす経験の浅い鶴瀬がそんな高等な真似できる訳が無く、早々に諦め……こいつまで泣き始めてしまった。
 あああ、どうしてガキっていうのはつられ泣きしやがるんだ。俺も泣きたい。それって俺もガキってことか?
 それぐらい俺の涙腺は緩んでいる。『本当のお父さんもお母さんもお兄ちゃんも、家族だけど、いっしょにいてくれないから家族じゃない』。この言葉がグサリと胸に突き刺さって、抜けなかった。

 ――ああ、光緑の代わりに悟司で、邑妃さんの代わりに圭吾で、燈雅の代わりが霞……か。よう考えたなぁ。

 だよな、光緑……お前、お父さんって思われてないらしいぞ。中学に入ったばかりの悟司に、お父さんの座を奪われているらしいぞ。
 アイツ、それ聞いたらショックだろうなぁ。案外子供のこと心配しているパパだっていうのに、ショック受けるだろうなぁ。アイツだって頑張って仕事してるのに、子供は判ってくれてないかぁ。ああ、ショックだ。代わりに俺がショックを受けておこう。……この言葉は絶対に光緑に聞かせないでおこう。アイツまで泣き出したら敵わないもんな。
 邑妃さんももう少しお母さんになってあげればいいのに、仏田寺に付きっきりで。
 燈雅に関しては、何も言えない。幽閉され、つらい修行ばかりさせられて。尚且つ弟は別の子をお兄ちゃんとしているなんて知ったら、落ち込んじゃうな。
 ああ、やめよう、想像して鬱になってきた。

「……むぐ……松山おじさん」
「……なんだ?」
「僕、寝る……」

 一体何を言い出すかと思ったら。
 座布団を折って、それを枕にして、新座は横になった。
 夏だからまだ外の日は明るかった。外で遊んできてもいいぐらい晴れていた。でも新座は自分で体力の消耗を知り、体を倒した。ぐずぐず鼻をすすりながら、俺に背を向けて眠り始める。
 暫く鼻をすする音ばかりだったが、体力が減りきった体で横になったら眠気は一気にやってきたらしく、新座は寝息を立て始めた。涙を飲みながら寝ている姿は、どっかの誰かさんとそっくりだった。
 鶴瀬はというと、新座が寝付くまでの間、ずっと近くでちょこんと正座して待っていた。本を読むでもなく、ノートにラクガキをしながらでもなく、新座が眠るまで待ってあげていた。まるでお兄ちゃんやお母さんのようだった。

「松山様。光緑様が今度お目覚めになるのは、いつなんですか?」

 新座が完全に夢の中に入りきったとき、鶴瀬はそんなことを俺に尋ねてきた。

「今、起きてるよ」
「……いつから?」
「12日から。藤春くんと言い合える人間は、生きてるのだと和光様と光緑ぐらいしかいないからな。急遽起きてきてもらったんだ」
「俺、7月になってからこのお寺にずっとお世話になってます。9月までお寺で修行しろってお母さんに言われてきました。ずっと新座くんを見てました。……でも、新座くんと光緑様が一緒に居るところ、見たことありません」

 息子と父が会っているところを見たことないんです。鶴瀬は確認を入れる。

「ああ、見たことないだろうな。だって会ってないもの」

 俺は簡潔に応えた。
 ――仕事で会えないだけでなく、仕事をしてなくても会わないんだから、二人が遭遇する訳ないだろ。
 注釈を入れると、鶴瀬はとても悲しそうな顔をした。心苦しいというのを全面に押し出した、悲痛な表情だった。

「それって……酷いです」
「酷い?」
「だって……いるのに、会えないって、だから新座くんは、お父さんは悟司様で……って言い始めちゃったんですよ。とっても悲しいことだと思いませんか?」
「悲しいか」
「その悟司様も寺から去ってしまう……また新座くんは、お父さんを失くしてしまいます。本当のお父さんが……偉い人で、御子様として忙しいのも判ります。未来を読む御子様が居てくれるおかげで、みんなが、凄く裕福に暮らせていけるのも、判ってます。当主として椅子になって魂を全部引き受けてくれているのも、大事なことだからしていることだって判ってます。『魔物』の世話をしているのも、みんなを守るためだって………………でも」
「でも?」
「家族は一緒にいるべきだって、俺もそう思います。目が覚めて仕事が終わったなら新座くんに会いに行っても……」
「新座のお父さんはなお父さんでもあり当主でもあり未来を読む御子でもあるけどそれ以前に一人の人間なんだよ全部必要な仕事だけど仕事が終わったら疲れるんだよ力を与えまくり魂を食べまくり夢を見っ放しの御子様は全部お仕事していたんだその休暇として目を覚ましたんだよ飲まず食わずで働いていたんだから休ませてあげたいと思わないかお前だってずっと勉強したり修行したら疲れるだろ休みたいって思うだろ倒れたいって思うだろでもそれも許されずにやってんだよいきなり弟が馬鹿な話を持ってきたせいでアイツはずっと動かされっぱなしなんだよそれなのにお父さんの仕事までしてたらアイツの体がもたないだろそれぐらいガキでも判れよ!!」

 おっといけない。ガキ相手になにマジになってるんだ。はっはっは、鶴瀬が怯えてるじゃないか。何やってんだ、俺。
 ごめんごめんと鶴瀬に頭をばんばん撫でて、お詫びに饅頭を三つほどあげた。「お前一人で食べろ」と言ってやった。三つも貰えるなんて滅多にないことだぞ? 鶴瀬はびくびくしてたけど、聞き訳の良い子だ、俺が声を荒げた理由もすぐに判ってくれるだろう。時間を懸けてでもちゃーんと判ってくれればいい。
 しっかし悪いことをした。何度もごめんを言った。失った好感度はなかなか返ってこないだろうけど、それでも鶴瀬の機嫌を戻そうと必死に笑った。



 ――1986年7月15日

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 /4

 鶴瀬がいつも通り「はわ……」と笑うぐらいおしゃべりをしてから、俺は勉強部屋を出た。
 通りすがりの女中に聞くと、志朗が泣き疲れた霞をおぶって寝室まで連れて行ったところを見たらしい。霞は泣き疲れて夢の中か。新座と霞は本当の兄弟のようにやることなすことシンクロするな。きっと起きたら、二人とも赤いうさぎ目で更にそっくり兄弟になっていることだろう。
 志朗は本当にいい子だ。弟達の面倒を見られる優等生だ。……刻印も無い、ロクに力も無い子なんだから、他に出来ることを探した結果の姿か。模索してその地位を手に入れたなら、無能ながら素晴らしいことだ。
 ある私室に向かう。途中、廊下で兄貴にバッタリ出会って「お前はお前のやるべき仕事をしろ」とカンカンに怒られた。俺は俺でしてるっつーの。反論したかったが、ただでさえ子育てという新しい仕事が入って気が立っている兄貴に油を注ぐ馬鹿は出来なかった。適当に相槌で流し、ある私室……光緑が眠る部屋までやって来た。
 中は静かで薄暗い。襖を勢い良く開けて元気に挨拶してみたが、その暗い空気が変わってはくれなかった。
 俺の会いたかった人は、布団の中に居た。あ、でも右肩を下に横になってる。腕も少し動かしている。起きていた。

「…………。松山、か?」
「よう光緑ー、おっはよー。やっと挨拶できたぜー」

 起きてはいるけど光緑はぼんやりしていた。まだ夢にいるようだった。
 目覚めて三日は経っている筈なのに、昨日だって俺が暴走を体を張って止めてやったっていうのに、まだ頭ん中は寝てたのか。
 仕方ない、普段なら一週間連続して活動していることなんてない。大量の魂を人間の体に抱える光緑は、一年の大半を眠りの中で過ごしているんだから。起きているときは大抵、次期当主の燈雅の修行に自ら赴くか(それだって彼は一日顔を出したら他の僧達に任せていることの方が多い。彼自ら燈雅の相手をしてやらないと、燈雅が呼吸困難で死んじまうが)だから、今回の藤春君騒ぎは彼の体に相当な負担を強いている。そろそろ二週間ぐらい眠りに落ちてもおかしくはなかった。

「んん? 眠りたいんじゃなくて何かしたいのか? 散歩か? メシか? あはは、久々に花札でもすっか?」
「ん…………。松山……もう、藤春と話さなくていいのか」
「あー、昨日散々話したからいいかな。その辺りは兄貴が担当してるからなんとも言えねえ。ときわ君だっけ、その子の面倒は兄貴が見ることで決定いたから。その辺は後でちゃんと報告が来るだろ。今は考えなくていい。あ、そうだ。スイカでも食べるか? 夏だからな、美味いぞ。冷やしてある」
「…………むう……柳翠は……」
「彼ならいつも通りだって。あ、おい、まだ具合悪いなら動くなよ。まだ椅子から出て調子が戻ってきてないんだな? 暫く当主業のことはしなくていいみたいだがら、ゆっくりしてろよ。働き者を精々労ってやるからなー。はっはっは、ちゃんと俺が食べさせてやるから心配しなくていいぞー。ガキどもも元気にやってっから、なーんも心配することはないぞーっ」
「………………志朗と新座は、元気か?」

 あ、こんなときに父親の顔なんてしやがって。体調も良くないのに無理しちゃって。可愛い奴だ。
 すっげえ可愛い。

「ああ、問題無い。今日も笑って遊んでたよ。ずっと笑ってた。お前が心配すること無い。お前がすることなんて何も無いから」



 ――2005年6月24日

 【     /      / Third /      /     】




 /5

 プレゼントの中身は、イルカの水晶だった。

 中身が通り透けるそれをつつくと、容易に指紋が付く。あらカワイイ。白くて小さくて、なんともまぁ、持ちにくくて使いづらい物をくれたもんだ。
 旅から持ち帰ってくるなんて大変そうなプレゼントだ。大事に大事に新聞紙にくるんでここまで運んで来たのか、本当にアクセンという男は神経質なんだなと思う。
 つーか神経過敏、過ぎ。頭痛が痛いと反重させたくなるぐらい強調して、「この人はオカシイ」と結論を出す。思わず、あっはっはと笑ってしまった。
 ――でも、なんだか腹の収まりが悪かった。

「ありがとうございます、アクセン様。大切に使わせてもらいますよ」
「ああ、それはブリジットに似合う土産だろう? しかし、置物として買ってきたつもりなんだが、『使う』とは何に使うんだ?」
「あー、すいません、言葉のアヤでした。大事に飾っておきますから」

 笑って誤魔化す。とりあえず食堂のテーブルに置き、再度、水晶のイルカをつついた。
 自分は魔術師なので、『水晶』を見ると、魔力を込めるクセがついてしまっている。某世界ではこういうのをマショーセキとか言うらしいが、ドイツかどっかの魔術でも同じような技術があった。『魔力の篭もった石を飲み込んで身体が爆発した』という逸話は、木々深い魔術の国ならどこにでもある。もしかしたら彼の国にもあるんじゃないかと思ったが、彼……アクセンは魔術の知識が無い人間だから知らないか。ただ店でなんとなく選んだのがコレだったんだ。
 つんつん人差し指でつついて、柔らかく伝わる痛覚を楽しむ。これだったらそこそこ喉の通りも……と考えてしまうと、まるで自分が食べ物にがっついているようでおかしかった。
 別に腹が減っている訳ではない。ブリッドが今、用意してる茶も呑気に待てるぐらいだ。

「ときわ様には何を買ってきてあげたんですか?」
「彼には新しい茶葉を。でも今日は体調が悪いらしくてな、次の茶会に出させてもらう。今日はブリッドが淹れてくれる茶を楽しもう」

 今、洋館の食堂にはときわとブリッドの姿は無い。
 ときわは昨日の『仕事』でお疲れらしく、おそらく誰かしらに『供給』を頼んで回復してもらっている頃だ。
 隔週開催の茶会だというのに出席できないなんて、あの可哀想なお坊ちゃまは泣いているかもしれない。「次の茶会を楽しみにしてくれるさ」とアクセンですらときわを気遣っていらっしゃる。
 という訳で、今日は主宰がいない茶会だ。そしていつも茶を淹れる係であるときわが居ないため、代理のブリッドが準備に席を外している。
 なんでもブリッドは、いつの間にやらときわに料理や茶の淹れ方を教わり始めたという。この兄が知らないところで、内職をしているというのだ。じっくり待って、出てきたものを笑ってやろうとスタンバイをしていた。

 イルカから目を離すと、アクセンはいつの間にやら場所を移動していた。
 彼の目の前には、ブリュッケが居る。二メートル近い大きな白い獣の目線を合わせ、撫でている。
 なんで雪狼が姿を出している? ブリュッケも日向ぼっこがしたかったのか。今日の天気は悪くないことだしな。

「しまった、お前には何も土産を用意してなかった。すまない、今度は忘れないようにするよ」

 大きなワンコの首を擦りながら、呟いていた。
 一瞬、目を瞑っていたブリュッケが彼の方を見る。「気にするな」と伝えたいのか。
 雪狼の声は兄弟にしか聞こえない。ワンと鳴いても他の人間には理解されない。だから肯定の意である、首を擦り付けて強請る素振りをしている。……演技上手だなぁ。
 あんまり兄弟以外に撫で回されるのが好きじゃないブリュッケも、嫌な顔をしていない。それは多分、オレも弟も、気分が良いから。今ここにいないブリッドは、多分鼻歌まじりで茶を淹れてる。それを通じてワンコの体もご機嫌なんだ。オレも決して悪くない、快晴だしな。

「しかし、いいんですか」
「何がだ」
「オレら、アクセン様に土産を貰う資格なんてありませんよ。こんな素敵なプレゼントを貰っちゃって、嬉しいのには違いないんですけど、御返しをする身にもなってください」
「プレゼントは貰って嬉しい物なのだろう? なら気にするな。私はせびっているつもりはない。お前に喜んでほしいからあげたんだ」

 ……ごふ。
 ワンコが喉を激しく鳴らした。おそらく人間でいう咳払い、いや、アレは驚いて牛乳ブハーの方かな。
 それにしてもコイツ、本気の目で言った。言いやがった。その時に顔を赤くしてとか俯き加減にとかしてくれれば『このぉ、ういヤツめー』とつつけるのに、平然と言うところが、なんとも。
 ブリュッケが平然を取り戻しているところを見ると、片方はこんな事情は露知らずってところだ。

「ははは、アクセン様。今ここに居るのがオレとブリュッケだけで良かったですね」
「どういうことだ。物を受け取った後に『お前に喜んでほしい』と言われたら嬉しいものなのだろう?」
「そりゃあ、自分のことを想ってプレゼントなんて手間を掛けてもらったらねぇ。ですがその言葉は人を選ばないとダメですよ」
「そうか?」
「うくくっ、やっぱ判ってないかぁ。アクセン様だって後々刺される趣味はないでしょう? アンタ、見ず知らずの女に『貴方の子よ、責任取って!』とも言われたくないでしょう? 思わせぶりな発言は自身の為に慎むべきだ」

 例え話が悪かったか、ハテと彼は首を傾げた。そういうシチュエーションが全くもって思いつかないらしい。一体何の場面なのかも想像できないのか、真剣に悩んでやがる。
 こりゃおかしい。元々知識に無いことを懸命に心中思い描いたって出てくることないのに。
 すっとお座りしていたブリュッケが彼から離れて、オレの椅子の元へやって来る。そして隣に鎮座。オレへ向ける目が、どこか鋭いものだった。

『兄さん、かわいそうです』

 そう一言呟いて、ワンコは伏せた。目を閉じて昼寝の体勢を取っている。
 こっちはこっちで、その一言のせいで笑いを堪えるのに必死だ。だって、ワンコにカワイソウと思われてるだなんて!
 ブリュッケはいじめられる姿を見てカワイソウと思ってあげている。なんと優しいワンコなこと。今笑ったらブリュッケに怒られそうだったから、赤毛の彼から顔を背けた。笑いそうなのを気付かれないよう掌で口元を隠しながら。

(しかしだな、ブリュッケ。カワイソウなのはアクセン様だけじゃないと思わないか?)
『…………』
(コリャ良い機会だ。アイツが帰ってくる前に話をするか)
『……どうぞ。犬は丸くなって寝るだけです。人間は人間とお話してください』

 まるで狼と話す自分の兄弟を馬鹿にするかのように、ブリュッケはふてくされる。
 まぁ、そんなのいつものこと。構わず、人間様へと顔を向けた。

「そんなに迷わないでくださいませ、アクセン様。ただ一つ、その態度は貴方のことを好く人間の前でしない方が良い。貴方を好いている人間がこの世にどれだけいるかオレは知らないが、確実に存在している。貴方が気付いていないだけで、そんな態度をとられて身を滅ぼしかねない奴はきっといますよ。もしかしたら案外近くにいるのかもしれませんし」
「なんだそれは。気付いていないとは失礼だな、ブリジット」
「へえ、そうですか。…………へえ?」

 おや。オレの予想ではまた「そうか?」と首を傾げると思っていた。
 結構意外な返答をしてくる。いやだって、どう見たってこの人は『人の気持ちなどまったく考えない人間』だ。物凄く失礼にあたるけど、それは事実。

「誰か、貴方を好いているというのを、気付いてたのですか?」
「どうしてそんな不審な顔をする。私が気付いたらいけないのか」
「はぁ、オレはただ貴方のキャラじゃねーなーって思っただけです」

 わん。ブリュッケが小さく鳴いた。それはオレに対する非難なのか同意なのか、直接語りかけてこなかったから判らなかった。
 アクセンは、空いている椅子に座る。そして暫し黙る。
 指杖をしてチクタク悩むこと数秒、口を開いた。

「気付いてやれなかったことは悪いと思っている。しかし、条件が揃っていたんだ。判ってしまったよ」
「はあ」
「出会い頭に必死に迎えてくれる。食事をすれば話を合わせ、盛り上げる努力をしてくれる。共に演劇を見ただけで楽しいと言ってくれて。ほんの小さなことなのに、私のしたことだからと喜んでくれる」
「……はあ」
「ここまで条件が揃っている人間がいたら、まさかその人が私のことを好いていない訳がないだろう?」

 チクタク。
 また時針だけが動き出すだけになった。

「はあ……」

 思わず、それしか言えなかった。

(…………。ブリュッケ、お前、鳴いてくれ。ちょっと間合いを取らせてくれ)

 そう語りかけたのにワンコは無視をした。伏せのポーズのまま何も言わないし、鳴かない。ちくしょう、こういうときだけ可愛らしく寝やがって。
 しっかしなんでこの人、こんなに冷静なんだ。カッコつけて言う冷静沈着なんて似合わないぞ。椅子に座ってからずっと感情が落ち着いていて、乱れがない状態のまま語っている。
 何にも、気兼ねをしていないように言い放っていた。昔は、オレに襲われてあんなに慌ててたのに……いや、慌てていたというより、あの反応は何だったんだ?

「嬉しくないのですか」

 こう言わずにはいられない。
 冷淡な表情を見せつけられたら、コイツは多重人格者なのかと恐くもなる。

「とても嬉しいものなのだろう。多くの人に好かれるのは誰にだって」

 オレがツッコんで、初めて表情が崩れた。にぃっと申し訳なさ気に笑う。その喜びの表現は、なんだか演技くさい。
 なら何故、最初からそう見せない? 頬杖をして、改めて赤毛の不思議な男を見回した。

「貴方は、その人が貴方を好いているのを知っている」
「ああ」
「それに気付いたのはいつですか」
「昨日だ。本を読んでね、妹が読んでいた小説なんだが、実に華やかな恋愛物語だった。――主人公の少女が、相手の少年に対し思い出を積み重ねていく。その経過をふとした切欠で回想し、少女は自分達が行なっていたことが『恋人同士そのもの』だというのに気付く。それから少女は、毎日を共に過ごして来た少年に対する感情がガラリと変貌し――。というところで、私は私自身のことを考えてみた」
「……はあ」
「今まで私が送ってきた生活を、私なりに考えた。その人が、いつも私に対し期待を向けてくれていたことに。どんなことでも積極的に話してくれた。楽しいときは、いっしょに目を輝かせてくれていた。共に時間を過ごしてきた。一見、それは恋する少女だった。少しでも思い返してみると、その人は私に好意を抱いていることなど一目瞭然だったんだ」
「…………はあ」
「私が気付いたのは、人よりずっと遅かったかもしれない。けど、私だってそれぐらいのこと気付けるんだよ。そんなに馬鹿にしないでもらえるか」

 赤毛の男は、笑う。
 そこで会話は終わりだ。
 ――違和感が腹に溜まっていた。
 耐えきれないほどではない。だが、初めて会ったときからこいつの言葉を聞くたび募るこの違和感の正体が……なんとなく判ってきた。

 とにかく今の会話は『ボクはそんなに天然じゃないよ〜』と言いたいらしい。今の話で主張したいのは『そこ』であり、『その人のこと』ではない。
 そう、手段のために『その人』を会話に出しただけであり、気恥ずかしい思い出話を聞かせるためではなかった。
 もしこれが普通の恋愛絡みの話だったら、人物に焦点を置く。そして照れる。自分がこれだけ好かれているんだ、羨ましいだろう、と。自分はこれだけ相手を好いている、どうだ……コイバナとはそんな風に進む。
 しかし、この人は。質問である「好かれてどう思いか」というのに対し、回答を「気付いた」としか返さない。以上。それから先に進まない。
 知覚しているのに、自覚していないからこうなる。恋をしてると判っていながら傍観しているということ。矛先は自分だと判っているのに、判っていない。「アナタガスキナンデス」と告白されて、この人は「ソウカ」と返す。相手を傷付けることも気付かず、受けとめるだけ受けとめて。

(それだけ、相手にトキメキを感じないってことなのかなぁ。なあ、ブリュッケ)
『どうしてこっちに話をふるんだよ。…………知らない』

 はふ、と軽くブリュッケが鳴いた。
 どうやらブリュッケも、オレと同じ感情を抱いたらしい。……彼に対する、『呆れ』という念を。
 もう一度本当に好きなのかと訊いてみようと思ったが、また訳の判らない回答が返ってくる気がした。誰にでも言える賛美の言葉しか言わない気がする。

(コイツ、ホントはよく判ってねーだろ。だって真剣に恋なんかしてみたら、爆発するだろ?)
『爆発、ってどういうことです?』
(「貴方を好いている人が居るんだよ!」「ま、まさかこのボクに! あわあわ! そのそのぉ嬉しいですぅ! はうぅぅどうしたらぁっ!」……ホラ、こっちのキャラの方がこの男には似合ってる気がしないか。「好きです」「ハイそうですか」なんてつまんねーの)
『兄さんが他人の性格を決める権利なんて無いですよ』

 まったくもってその通りなのだが。あまりに正論を吐き出す巨大なワンコの背中に、足を置く。足置き場として使うと真っ白い毛皮がフカフカで最高だ(もちろん靴を脱がないとガウガウうるさいが)。
 ……条件が揃っているからその人が自分を好いてくれると気付いた、か。
 その話を聞いて、以前……初めてアクセンと出会ったときの会話を思い出す。
 確か、「今日は茶会があるからオレと寝られない」と言った。そこに「オレと寝たくない」、という理由は無かった。そして、「茶会が無かったら寝てもいい」と言った。
 半分冗談だと思っていたが、妙な方程式が整った話をされた後では、考えを改める必要があるかもしれない。

「アクセン様、ちょいといいですか?」
「なんだ。……んっ、なんだ?」

 オレはテーブルの上に手を付き、身を乗り出す。
 テーブルが軽く揺れた。ずずいと頭を乗り出して、彼に……彼の顔に近付く。
 ぐっと息を止めた。心臓の動きを操り、じぃっと手に汗を込める。そうやって目を潤まし、歌を唄う時の作り声を出した。

「アナタのことが……好きです。ワタシ……アナタといっしょにいたい……!」
「ああ」
「さぁ、条件は揃いました。昼下がりのお茶時。部屋に二人きり。そんな二人を歓迎するワンコ。潤んだカワイイおめめと、あまーい声で迫ってくる美青年。今、アクセン様に求愛を迫っています」
「…………」
「アナタは今、恋が始まりましたか?」
「これは、始まった、のかな」
「判らないのですか」
「始まった、のかな。だって、君は、今、私に」

 そんなコトも判らないのか。

 ――違和感の正体。
 それは、『自分の感情を挟まない』。それに尽きる。

 今の一言で、もしかしたらゼロだったかもしれない感情が、最大値まで競り上がったというのか?
 んなバカな。もしそうだとしたら……そんなの、特定の事象に反応するプログラムが組まれたロボットと同じだ。ランダム性の無いメカとなんら変わりないじゃないか。

「貴方の言う『恋人との恋愛風景』に相応しい条件が、ここで揃いに揃いまくりました。いかがです?」
「いかがです、とは?」
「ははは、全くこのお口は何を言うか。『条件が揃えば成立』なんて論理式、信用しない方がいい。そんなもの、簡単に揃えられてしまうんですよ。見ず知らずの二人が偶然同じ物を取ろうとして手を触れる、ここから始まるラブストーリー。けど、ラブなんて全然始まらないかもしれないんですよ? 逆に、『まさかあんなことが愛に発展するなんて』というケースだってある。好く好かないを見分けるのって、難しいですねぇ」
「……私がさっき言った話は『実は好いていないかもしれないぞ』とでも言いたいのか?」
「どうしてそう思うんです? ああ、カワイソウだ、貴方も。どんだけ人を見分ける自信が無いって言いたいんですか。『その人』がどんな人かオレは知らない。何の条件が当てはまっているのが、その条件が偶然なのかそうでないのかも、オレは知らない。でも、その答えを出して知ることが出来るのは……。誰でしょうねぇ?」

 手に触れて、アクセンの熱を感じる。じっと肌を擦らせれば、汗だってかいてくる。その肉体は間違いなく生き物だ。よくできたロボットやホムンクルスには思えない。
 ならアクセンという男は……ロボットのように見える、人の感情がよく判らない人間ということか。

(こいつ……『その人』のこと、好きでもないのに好かれるって思って行動し始めるんだよな? どういう行動を取ると思う、ブリュッケ?)
『……元からこの人はみんながみんな好きだなんじゃないですかね。好きも嫌いも全部いっしょかもしれませんが)
(なんだそりゃ)
『言葉通りの意味ですよ。触れられただけで好きになるって本気で思う人なら、今触れられてる兄さんにはもうゾッコンでしょう。毎月何度も茶会を開くときわ様とだって触れるときもあるでしょう。ブリッドだって触れられたことがある。……全員自分に気があると思ってるんじゃないですか』
(ははは、そりゃあ本当にめでたい頭だなぁ! 万人が自分を好いてくれるなんて本気で思ってるかねぇ! そこまで陽気な頭じゃないとは思いたいが!)
「どうした、ブリジット」

 オレがテレパシーでブリュッケと話し合っているなんて知らない彼は、突如黙りこんでしまったオレに声を掛けてくれる。
 ブリュッケが犬らしく伏せて目を閉じた。そうしていると、カラカラと車輪の音の後に扉が開く。熱っぽい香りと風、笑顔が中に入ってきた。
 開いた扉の先には、少し顔色の悪いときわと、カートを押すブリッドが立っていた。アクセンがときわへ近寄り、「欠席だと聞いていたのに。調子が悪かったのだろう?」と気遣う。
 手を振り「大丈夫です」と笑うときわを見て、アクセンは「そうか」と頷く。
 そのやりとりの姿は、うまく出来過ぎている。
 演技のようにも見えるが、その理由はどの動きもあまりに流暢で自然だから。驚きもしない、良かったとも言わない。「そうか」の一言が、余計に彼の自然さを不自然にしていた。

「あっ……ブリッドさんのお兄さんではないですか。今日はお茶会に来てくださったんですね」
「あー、失礼してますよ、ときわ様。貴方こそ、『仕事』でぶっ倒れてイチャイチャした後なんですから茶の準備を下っ端に任せてりゃいいのに」
「……茶を任せるとか、そういうんじゃないんですよ。僕はトライしたくてやっているんです。ね、ブリッドさん?」
「…………。大変遅くなりました。その、今日は紅茶じゃなくて……」

 ときわの言葉に頷くぐらいで主張しないブリッド(サングラスなんか掛けちゃってる。ときわの顔を見ないようにするためか)は、そんな言葉と共に……。ちょっと黄色がかった水を配り始めた。
 なんでもアジアのサッパリとしたお茶らしい。日本の面々が飲んでいる緑茶とも違うものだと棒読みで言っているのを見ると、淹れた本人もよく判ってないようだ。
 ふっとアクセンを見ると、出されたチョコレートの菓子に微笑んでいた。糖分好きな彼には堪らないやつなんだな、と食えたらどうでもいい派の自分は思った。まぁ、油っこい物は好きだからチョコの口のたるさ加減は好きだけど。

「ブリッド、少しいいか」
「……はい……?」

 用意し終えた姿を確認すると後にアクセンは何かを取り出している。弟は、もう少しラクにすればいいのに直立不動で彼の動きの結末を待った。
 奴は荷物から一つ、光を取り出す。その光をブリッドの手に差し出し……弟が目を開く。

「………………」

 花が咲いたように驚き散らしている。出来れば恋する少女に形容すべき言葉。
 でも、傍から見てそう思わずにいられなかった。

(ピアスかぁ……。っていうか、ブリッドって穴空けてたっけ?)
『…………兄さんが空けてやればいいじゃないですか』
(ヤだなぁ、アイツが空けたらオレも空けなきゃいけなくなるじゃないか。じゃなきゃ「ピアスしてる方が弟で、してない方が兄貴で〜」とかみんなに判るようになっちまうぞ)
『わざと判らなくしてどうするんですか』
(双子入れ替えトリックってイザという時に便利だぜ?)

 なんでピアスなんて選んだのかとか訊いたら、多分あの人はオレの時と同じような受け答えをする。
 『お前に喜んでほしいからだよ』、と。

 ――そんなこと言われたら、ブリッドはきっと。

 アクセンは決まった答えしか言わない。……そう、模範回答しか口にしないんだ、この男は。
 現にこいつはさっきオレにこう言った。『物を受け取った後にお前に喜んでほしいと言われたら嬉しいだろう?』 ハッキリと。
 もしや、プレゼントを持ってくるのは。
 オレやブリッドだけでなく、ときわへのプレゼントも用意しているのは。……まさかまさか。
 その浮いた台詞を聞かせてはならんと口を噤んだ。理由なんか追及して彼の思惑を伝えなくても、ああ、弟は……隠れて幸せそうな顔をしているじゃないか。
 今日、アクセンが話した話が本当に事実なら……目の前で笑っている人物の『本気』に気付いてやってほしいもんだ。多分、気付いてないけど。気付いたと言ってはおきながら。この口だけ男め。
 とりあえず、弟が椿の花にならなければいいと思った。花が咲いたまま落ちるなんてことがなければいい。
 微笑んでいる弟より一足先にチョコレートに手を出す。テーブルへと指を出して……このイルカ、なかなかにニヒルな顔つきをしているなと今更になって気付いた。




END

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