■ 【誰がために】最終章



 あれから一年が経った。

 宇宙で迎えた終戦。
 地球連合軍もザフトも壊滅、どちらも負けたあの戦いが終わって一年、俺は地球に降り立った。
 久しぶりに身体にかかる重力。構わず歩みを早める。
 ボロボロに薬物に犯された身体を慰めるには地球の地が一番良いと医者が言った。
 病院のベッドで一生本でも読んで暮らすのも良いとは思った。

 だが、……息をのみ、意を決して立ち上がったあの瞬間。
 自分の足で立つ事に快感を覚えた。
 俺は歩む事にした。
 ひとりで、出来るだけひとりで行けるように―――。

 地球には空があり海があり、重力が、自然がある。
 それらに気持ちよいと思うのは俺が生粋のナチュラルだからだろうか?
 ……否、生粋のと言っていいのかは判らない。只これからの年齢なのにジジィ並の体力しかない不純物の俺がどれだけ行けるか試してみたかった。
 生まれ育った地球で。
 ……なんて、生まれた記憶も育った記憶も一切無いが。

 『ゼロからのスタート』、……そう想い、ひとり歩み始める。
 歩いているうちに痛くて声が詰まる事があった。
 挫折という言葉は何度頭に過ぎった事だろう。

 もうあれから一年が経っていた。
 俺は、着実にひとりで歩み始めている。
 二人の必要無い、世界へ。



 それから一年が経った。

 終戦を迎え二年目。
 人々の心はどんどん変わっていく。
 まだ数年前の事なのに心は枯れ始めていく。あの悲惨な過去を忘れるなと誰かが言ったが、誰もが忘れたがっていた。
 でも俺は俺の事で必死だ。
 俺自身を慰めるために必死に歩かなければならない。
 過去の事などすっかり忘れていた。ついでに昨日何食べたかも覚えていなかったりする。

 それでも別に良かった。
 その時、その瞬間が楽しければ過去なんて別に構わない。
 他に記憶しておきたい事は山程あるし、そういうのは覚えていられるのだから。
 重力をつけて歩くのも慣れた。
 ひとりで足を動かすのにも慣れてきた。
 問題は、いつまで俺はこんな事をしているのかということだ。

 しかし、質そうとしてつい答えを出すのを後回しにしてしまう。
 当たり前だ、『その時が良ければ良い』と思っている人間が、そんな難しいテーマを考え出せる訳がなかった。
 ずっと、ひとりで立って歩ければ良いと思う。
 ずっとこれからも、そんな楽天的な考えで生ければ良いと思う。

 全てはあの二人のおかげ。
 戦火の中消えていったあの二人のおかげ。

 ……そう思い続けて一年が経っていた。
 あれほど頭が固いと言われていたのに、この前向きさは何処から来たんだろうか。
 数年前まで全く思いもしなかった事を、俺は盾に歩んでいる。
 時間が成せる魔法とは恐ろしいものだった。



 そしてまた一年が経った。

 病院に通った日々が懐かしくなるぐらいに俺は歩く。
 本で見かけた土地を歩き回るだけの生活だったが十分楽しい人生だった。
 いつでもこの命が終わっても惜しくない程に充実していた人生だった。
 こんな事を思える日が来たなんて、自分でも驚いている。

 人を殺してあの世界に入って、
 機会があればいつでも死ぬ覚悟はあって、
 絶対に俺は惨めな死を迎える、そう確信していたのに。
 何年も月日が経てば人は変わるものなんだと。
 生きている人ならば。

 ……当然、死した者が変わる訳がない。

「……」

 歩みを再開する。
 歩む事は楽しい。
 これからも成る可く楽しい人生でありますようにと祈りながら。

 辛い記憶は作らないで、作ってしまっても消してしまって、
 今の自分を想いやりながら歩みを進める。
 そうしていれば、直ぐに一年なんて経ってしまうものなんだ。



 目を閉じれば、あの二人がはしゃぎ回っている。



「……」

 ひとりで歩み始めてから、そんな事を思うようになった。
 ひとりも悪くない。

 ……早くそう思える日が来て欲しかった。



 また一年が経った。

 人々も、あの忌まわしい出来事を隠すように生きだした。
 誰だって思い出したくない過去はある。
 勿論俺もある。

 あの戦争。
 あの時の真ん中で生きた者として忘れられない事がある。



 二人が死んだ事なんて。



「……」

 あの激しい戦いはまだ身体に刻まれている。
 ……二人の、あの当時の体温だって覚えているぐらいだ。

 全く、矛盾している。
 忘れていくものばかり。
 その中で覚えている唯一の事はあの世界で死んでいった彼奴等の事だけ。
 あの当時の記憶なんて、これからひとり歩んでいく俺には全然必要無い事なのに。

 死んでしまった者の事なんて……。

「……」

 俺もあの時死んだ。
 今ある俺は仮初めの俺。あの時のオルガ・サブナックとは全然違う。
 目を閉じれば、消していた記憶が蘇る。
 封印していた想い出が流れ込んでいく。
 歌のような現象でも、……何だか心地よいと思ってしまう。

 一年経ってもまだ思う。

 あの時期の事は出来れば忘れてしまいたいたかった、と。



 一年が経った。

 歩み続けて数年。
 そろそろ限界も感じてくる頃。
 ひとりで歩むのも辛くなってきた。

「……ふぅ」

 何度溜息をついた事だろう。
 そして目を閉じると、―――消えた記憶が目の裏に映る。



 まだ俺の中では幼い弟達がはしゃぎ回っている。



 あの時、死んだ奴等が疲れ切った俺を、慰めるように。

「…………あ」

 気が緩み、つい倒れ込んでしまった。
 どうやらひとりも限界らしい。
 寝返りをして仰向けになり、また目を閉じた。

 思い起こせば、この数年ずっと彼奴等の事しか考えていない。
 こんなに時間が有り余っているのに、考える時間は沢山あるのに想うのはあの二人の事だ。
 重力も空も自然も俺を慰めてくれるものではなかった。

 あれから何度も一年が経った。大分時間は過ぎていった。
 それでも、……戦争のおかげで出逢えたあの二人の事は忘れない。
 忘れられずにいる。

 あの当時は、お互いをけなし続けてきた仲だった。
 戦闘以外の会話なんてしたこともなかった。
 何度も戦っているうちにそれなりに言葉を発した事もあった。



 そんな二人はもういない。
 いるのは、―――。



「……はぁ」

 また、溜息をひとつ。
 仰向けで眺める空にひとつ残す。
 地球に降りても意味がなかった。



 本当の意味で、俺を慰めてくれるのはあの二人しかいないのだから。

 あの二人しか……



「……おーいっ! 何処行くんだよー!!」
「……オルガ、死んでる〜」



 ……いなかったんだ。



「……」

 遠くから彼奴等の声が聞こえた。
 その声が、彼奴等の声なのにヤケに暖かくて幸せの音色で。
 ―――まるで天国に来たような。

「……ふぅ、俺もついにこの時が来たか……」



「なにバカな事言ってんだよ、ヴァ〜カ!!」
「オルガ、ばか〜……」



 ……うるさい声が、耳に響く。
 倒れたまま、その声を迎えた。
 ―――二人が駆けてくる。
 倒れ込んでいる、俺の元へ…………

「オルガ……、大丈夫か? 疲れたならヤメようか?」
「……いいや、前から言ってるだろ。『ひとりで』やんなきゃ意味ないだろ、リハビリは」
「そう言ってるなら一人先行って倒れるなよ! ビックリしただろ!!」
「オルガ、がんこ〜」

 ……頑固で構わない。
 ひとりで、壊れた身体でどこまで歩めるかを試しているんだ。
 そのためのひとり、―――何年もかけた『一人で歩く練習』だ。
 松葉杖も車椅子も義足も人の手も借りず歩く事が……



 まぁ、倒れたとしても俺にはクロトとシャニがいる。

 何も心配する事はない。



 ―――あの戦争で、あのムカつくクロトとシャニは死んだ。
 うざかった二人はもうこの世にはいない。
 見違えるように二人は更正し、今は俺のどんな文句にもついてくるような奴等だ。
 いるのは、こうやって俺を気遣っていくれる二人。

 ……ついでにあの時は『俺』も一緒に死んだ。
 その代わり新しい俺が生きているのだから、あの時の俺には死んでくれて感謝しなくてはならない。



 目を閉じて俺の所にやってくるのは、あの時の悲しい顔をした二人。
 愛おしくも感じたあの表情は今でも鮮明に覚えている。



 ―――今は、目を開けて居た方がずっと良い笑顔があるが。



「ん、無理すんなよ……?」
「お前、目悪くなったのか? 俺が無理してるように見えるか?」
「クロト、近視だから〜」
「ちっがう! この僕が心配してやっているのに……ヴァーカ!!」



 ……あれから、また一年が経とうとしている。

 だがそれが何だ。
 区切ったって意味がない。

 ―――どんなに時間が経とうが気にはしない。



「……とりあえず、立たせろ」
「結局僕が手伝わなきゃいけないんじゃないかー!!」
「……二人とも、うるさ〜い」



 ずっと、止まらず前向きに歩み続ける事が大事なんだから―――。





 END

 二ヶ月近く続いた兄オルガも最後です。……何か最終話っぽい感じ。Fateの桜のエンディングがとにかく好きでスキで……あれっぽくオルガを書いてみたいと思いました。あーいった終わり方は大好きです。……だからか気合い入れすぎて凄く長くなってしまいました。流石最終話!! ともあれ、お疲れさまでしたv  04.3.23