■ クスリ



 薬を飲む。
 その後の記憶はハッキリはしない、きつく締め付けられていた枷が微かに緩んでいく感覚に―――あぁ助かった―――と一時的でも安心感が得られる。助かったと思って一日も経たずにまた生命に危機に晒されるのだが、それを味わうだけに一生を費やすのも悪くはない。

 救済の刹那が終われば記憶は白に染まる。
 その代償と言っていいのだろうか、逆に感情は真っ赤に燃えていく。
 想う心も真っ二つに裂けていく。
 もっと欲しいと強請る一人と、
 もう要らないと拒む一人。

 二つの人格は飲めば飲むほど自我を強くさせていく。
 何もしたくない。怠い。
 何かを壊したい。辛い。
 一つの躯に争い合う二人の感情。

 その感情の波は一向に留まる気配は無い。戦争をする前に自分の中で戦争してしまっているのだ。その戦いに休戦という言葉は無く、一生この世界―――躯は嵐のまま、平然な地に辿り着く事が出来ないでいる。
 そして嵐の中の冒険も勇敢な戦歴も形が残らない戦争なのだから意味がない。……どんな戦争だったのか、記録が残らないから記憶にならないのだ。
 火蓋を開かなければ戦いは始まらないというのに、
 終わらない戦争の起爆剤を俺は押し続ける。

 薬を飲む。それだけだ。

 何度も、何年も戦い続けてきた世界は荒廃を突き進んでいく。このまま戦い続ければ世界が破滅する。そうなるって判っていて戦いは終わらない。終わらず崩壊の道を辿っていく。

 ―――あぁ、薬を飲み続ければ俺という世界は壊れるに決まっている。そんな事誰だって判る事なんだ。
 それでも戦争の当事者は理解しない。
 戦い続ければ壊れると判っている世界。けど自分だけの利益しか見えない目で捉えるから他の事は頭に入らないのだ。
 採取し続ければ壊れると判っている俺の躯。けど一瞬の快楽を求める心しかないから後々の事は理解しようともしないのだ。

 只、良い、という心だけが腕に残っている。良い気分になれるから薬を飲むんだ。崩すんだ。壊すんだ。
 苦しみを和らげるだけに飲むんじゃない。

 そもそも強くなる為に生まれたんだ、逃れれる為に息をするんじゃない。
 壊すために、傷つけるために殺す為に薬を飲むんだ。

 意志が弱いのは死ぬか、弱いから死ぬか。
 想いが強いから死ぬのか強かったら死なないのか。

 息をする当たり前の事さえも俺にはわからない。





 END

 04.2.3