■ 支配



 好きだ、と言えば自分も、と応えてくれた。
 言葉の約束と身体の共有、……その二つが揃えば騙せてしまった。

 …………心、の支配。



「何で撤退命令無視したんだよ、シャニ!」

 艦に戻るなりクロトはシャニを突き詰める。
 怒り、……クロトの体からはそのオーラしか発していない。懸念もない、今のクロトはシャニを責める事しかしなかった。只、自分の怒鳴り散らすだけだ。
 受け身のシャニは、項垂れたまま腰を落ろしている。クロトの怒鳴り声は一切聞こえていないようだった。無言で瞬きも少なく、虚ろな目のシャニにはクロトの声に気づいているのだろうか。そこに確かにシャニは存在しているが、呼吸をしているのかも判らない。
 シャニは元から大人しいしあまり自分から発言はしない。それでも自分が非難されている時は「うざい」と一言でも愚痴るのに。
 あまりに大人しすぎるシャニに、……既に事切れているような、そんな恐ろしい観測さえしてしまった。

「バカシャニ! オルガが助けてきてくれなかったらお前死んでたんだぞ! 判ってるのか!?」

 叫んでもシャニには届かない。
 数分前に繰り返されていた死闘も覚えていない。なかなか成果が出せなくて、薬も切れかけていた苦しい戦いだったのに、今では何があったかよく思い出せずにいた……。



 一つ覚えている事は、
 ……シャニが壊れた。
 自分の武器を壊されたのが悔しかったのか、シャニは突貫していった。赤い機体に突っ込んでいって……エネルギーも切れかけていたっていうのにそれも構わないで。

 ……俺が引き留めなければシャニは今頃……。



「……あぁクソッ!! シャニのバーカ! 一回死んじゃえばいいんだ!!」

 ガンッ!とクロトが辺りの物全てを蹴り壊していく。……それなのに、責めている側のクロトが何故か泣いていた。
 薬が本格的に切れ出す時間かとも思ったが、違った面で涙を流している。
 一方シャニは俯いたまま何も言わず、感情を外に出さず、……涙を流して訴えるクロトにも興味を示さずにいた。
 最後に口汚くクロトが言い放って消えていく。これ以上情けない涙を見られたくないのだろう、俺と目が合った途端にクロトは走り去って行ってしまった。

「……シャニ」

 クロトがシャニを怒っている訳は分かっていた。
 あいつだって無謀な戦いを挑んでいたシャニを何度も止めていた。でもシャニはそれには耳を貸さずにいる。
 当の本人のシャニはクロトが泣いた理由が判っているのだろうか?

「シャニ……あいつ、お前の事を心配してるんだぞ?」

 未だ口を閉ざしたままのシャニに近づき、……軽く頭を撫でた。
 髪を持ち上げ目を確認してみれば、……相変わらず壊れた目でシャニは何処か違う場所を見つめていた。
 口からは、赤い機体に向けられた呪いのような言葉の羅列。
 クロトの声なんて全く聞こえていない。……今こうやって目を見ている俺の存在にも、シャニは気づいていないだろう。
 ……あぁ、これが本当に「壊れた」姿なんだろうか。



「…………シャニ、しっかりしろ!」

 ……本当なら俺の口から叱るはずだった。
 言う事はクロトと同じだ。撤退命令が出たのに無視した。勝てない戦いに突貫していった。あと一歩間違っていたら死んでいた。
 何度も、何十回もシャニには言い続けた事なのに俺はまた注意しなくてならない。

「シャニ……っ」

 ……何故言う事をきかないんだと少しずつ苛立ってもいた。
 いつになってもコイツは自己中心的で我儘で……その性格のおかげで身を滅ぼすんだって事に気づかない……。

「クロトも、……お前の事好きだからあんな事言ったんだぞ!?」

 俺はそんな理由で消えていくシャニなんて見たくないから引き留めた。
 けれどその気持ちさえも分かってもらえずにいる。
 ……俺のした事は無駄だったのではないかと疑問に思ってしまう程……。



「シャニ」

 どうして、俺達に気づいてくれないのだろうか。

「……そんなに信用無いのか?」



 抱き締めてやってもシャニの腕は抱き返してくる事はなく、頭を撫でても笑ってはくれなかった。
 震えはまだ止まらない。口からは延々と狂った呪いの言葉ばかりが流れていた。



 結局は俺もクロトも、本当に分かり合えてはいなかったんだ。
 ……思い知らされて、胸の奥に苦さを憶えた。



「クロトの奴、絶対待ってるから」

 シャニの右腕を持ち上げ、無理矢理立たせる。微かに反抗の色を示したが、もう時間切れだ。本格的にシャニが狂う前に白衣の元に連れて行かせて、……修理してもらわないと……。

「謝ろう、な」





 END

(好きだって言ったのに二人を心から信用していないシャニ。いくら抱かれても本当に二人を頼る事はないシャニ。それがシャニの理想) 04.1.28