■ To the stage
大きな舟の上。
海が好きな奴がいた。僕は必死にそいつがお願いしていたから序でにくっついてきただけだ。あんなものには興味は無い。
海が好きな奴のことを好きな奴がいた。そいつはあいつのことが好きでどうしても一緒にいたくてお願いをしていさせてもらった。だから僕とは関係無い。
あいつらは目的がある。海が好きな奴は海が見たくて、あいつが好きな奴はあいつを見たくて。
序でに、と、くっついてきた僕には何も目的が無いからする事は無い。遊ぼうにも遊ぶ道具は無いし、いつも遊んでくれる人はあっちばかり見ている。退屈で仕方ない。何か珍しい物があればとあちこちを探し直ぐに標的を捕まえた。
海へと、身を乗り出す男。
海が好きなあいつのように、もっと近くで海が見たいんだとも思った。そうではないと気付いたのは何となく。その表情には決意したものがあって、如何にも足は前に進みそう。自分が海の藻屑に成ろうと決めているのが鈍感な僕にも分かった。
……分からないのは僕自身だ。
何故その男を止める気になったのか。
海に特別な思い入れがあった訳じゃない。変な死体が海に漂ってたって構わない。男が旅立とうとしたって応援する気にもならないだろうし、悲しむことも無いだろう。それなら、何故。
後付な考えだが、おそらく―――今から死地に赴こうとしている人間の気持ちを知りたかったんだろう。そんな気紛れ。
「……なんだい。迷子になったの?」
男は何事も無かったように子供の僕に話しかける。でもその目は驚きと焦りの色が滲み出ていた。なんだこの人、ちょっと泣いてるじゃないか。潮風のせいじゃなくて、やっぱり飛び出すのは怖かったんだろう。
「悪いけど、親の所まで連れて行ってあげられないんだ。泣きつかれても困るよ」
「ううん、迷子じゃないから安心して。それに止めた訳じゃないから。少しお話したいだけだから。そしたら逝っていいよ」
「…………あのね、そんなの無理だよ」
目頭を押さえる。零れ落ちそうになる何かをグッと押さえ込む。その姿が滑稽だ。先まで格好付けていたのは何なのさ。口に出して聞いてみたいけど男の方が先に発す。
―――死ぬ前にね、生きていた時と同じことしちゃうと生きてることが懐かしくなっちゃって……そう簡単に死ねなくなっちゃうの。
体はまだ元気だから余計に。
だから今日は失敗だと。
……この男はこれから先に進まない。
それきり。
男は下がった。去っていく足取りは、先まで死のうとしていた人間と同じものには見えなかった。
ここから飛び出せば自由だっていう。
真似して舟の上から青い海を見る。太陽が大きく感じる。今は夏。じりじり暑く輝っている太陽に冷たく気持ちよい水の集まりの対比、―――思わず自分も飛び込みそうになった。
凄い幻覚だ。あの青の世界に飛び込めば本当に救われる気がする。
暑い鉄板の上が地獄なら、涼しく躯を包む海は天国。
死ぬ気の無い僕にも間違えてしまう程、あっち側は魅惑の国だった。
海が好きな奴がいたが、そいつも誘惑と戦っているんだろうか。
ふと思って、嬉しそうに海を見ていた彼女の元へ視線をやる。楽しげに、嬉しげに海を見る少女の眼は、―――確かに救いを求めているかの様だった。
そういや『中』で死ぬことは難しい。色んな人が見ていて、そう簡単に逝かせてくれないだろう。
殺そうと思えば直ぐ殺してくれるのに、そうなるまでが大変な此の『中』。
舌を噛むのは結構難しいことだ。頭をガンガン打ったって死ななかった。これは多分あの男も経験済みで。
刃物を持たせてくれないからどうしようもないし、殴り合いってのは運が良くなきゃ逝けない。
ちょっと打っただけで死んじゃう人間もいるけど、ちょっと打っただけで死なないようになる体を造る場所に住んでるから、まぁ無理。
でも、ここから飛び降りれば、拾われる確率は低いと思って。
静かな海に唸り声を上げる大きな舟の上、男の判断は正しいものだと解る。
冬でも無く、今の季節だからこその誘惑。
寒い海に飛び込むのは寂しいけれど、夏の海なら飛び込むのを誘っているような気がする。
明るくていいだろう? 死ぬ前に明るさを考えるのはおかしいかもしれないけれど。
夢を見たまま、あいつに助けられないまま落ちたらやっぱり楽にいけたんだろうか。
それはさっきの僕と男にも言えること。
懐かしさなんて取り戻さないで、僕に助けられないまま落ちたあの男は楽になれたんだろう。
あの人の為になっただろう。
……だってあの人が死ぬ事以外で楽になれる未来は、子供の僕にだって無いと知っている。
僕より大人だけどずっと小柄で、まだ青年と呼ばれるのも早い年齢の男。
首には僕達と同じ輪を付けていたから同じ存在だって判ったけど、そうでなければあんな存在感の無い男、気付かない。
海風に揺れる紅い髪と、空の色が対照的だったから幸い。
悪い事をした、想う。
「…………」
彼は此処で落ちなきゃ何処で墜ちるか。
地か、宇宙か、海か。
結果は変わりもしないのに死期を遅めてしまった。
先ゆく先輩が死のうが落ちようが、僕には興味無いし関係無いのに。
心が、病む。
ぐっ、と、掴まれる感覚に目が覚めた。
海が好きな奴が好きな奴が、いつの間にか僕の傍にいて、飛び出す僕を止めていた。
「落ちる」
何が。
前に乗り出して、気持ち良いだろうあの蒼の世界へ逃げ出そうとしている僕、が。
「落ちたら困る」
無関係のくせに心配そうに僕を止める。
大丈夫、今は落ちない。オちるのはもっと先。
いつだって海は僕を迎えてくれるような気がするから。
今は未だ。
END
05.7.28 [Marshar]
↓コメント(反転)
クロト受じゃない? いえいえ、一応アウステなんですよ。たう゛ん。でもってアウクロ。
某連合オンリー新刊といい、最近連合は病んだ話しか書けなくなってしまったのですが、自分の目指す常夏像がそこにあるので突き進みます。クロトとアウルの年齢差は5〜6歳あると思いますが、それぐらい差があれば「少年」「青年」の違いぐらいあるでしょう。なのでクロトを「男」と書いてみる。嗚呼、何て違和感!
とりあえずSEEDサルファ進出オメSSヽ(´ー`)ノ 28日に書き終えたかった話でした。
「スーツCDvol.7」と「清水の舞台から」を交互に聴きながら執筆。常夏祭様に献上します。
早く飛び降りよう、勇気は必要じゃない。
高い空が僕のこと今か今かと待ってる。