■ THE FINAL
見知らぬ土地に来てしまった。
いつからか身体と精神が別々に迷路に迷い込んでしまって、あやふやな状態のまま今に至る。一体自分が今まで何をして、何で此処に来、何の為に居るのかも判らないまま来てしまった。
「この年で、迷子か」
また、怒られるな。子供だと、からかわれる。
天を仰ぐ。言葉で表せない不思議な空をしていた。世の空がこんな色をしていたのか、曖昧になってしまった記憶の迷路の中では何もかもが自信が無い。右も判らなければ左も判らぬ。どこから来たのか思い出せなければどこへ行くのか考えもつかない。
でも、こういう時は決まって。
「こんな所で何してるんだ」
なんて、世話好きに声を掛けてくるお節介が来るものだ。
一人、立っているお節介焼き。今の今まで僕を捜していたような息遣い。その必死さが直ぐに伝わって、暑苦しい息を掛けられても逆に嬉しくなってしまう。
「良かった。本当に迷子になっちゃったと思ってたんだ」
「……はぁ、その年で…………いつまで経っても子供だなお前は」
予想した通りの台詞を綺麗に言ってみせた。呼吸は上げていても、相変わらずの落ち着いた低音はいっしょにいてくれるだけで心地よい。
探して、探し続けて……やっと見つかったゴールに、笑顔が生える。
「ほら、早く連れて行ってよ」
「何処に?」
「帰るんだよ。……帰るんだろ? 僕達がいつも居た場所にさ」
……数秒、固まった後、「あぁ……」と納得し出す。そんなに難しい事を僕は言った覚えはない。何で、……オルガはこんな簡単な事に悩んでしまっているんだろう?
「いや。あんな所、もう行きたくない」
「でも、僕達にはあそこしか無いんだよ? 僕としてみれば、こんな所の方がもう居たくないんだけどな」
「そうか。……じゃあ俺達、これからは別行動だな」
意見が割れる。
今まで僕を捜してきた奴のくせに、……何を言っているのか判らなくて目を見開いた。
「俺はこの先を行く。お前は元居た場所に戻る。お前だけ帰れ」
「……なんだ、それ」
これから、二人で行こうと思っていた所の決裂。
何故こんな馬鹿げた事を言いだしているのだか、まだ理解出来ない。
何の為に僕を捜していたんだ?
これからも、……これまでの様に一緒に行くからじゃなかったのか?
何も判らなくて、この見知らぬ土地で呆然と立っていただけの僕を導いてくれるんじゃなかったのか?
「甘えんなよ、お前はそっちに行くって決めたんだろ。じゃあコレでお仕舞いだ」
「………………何が。一体何がお仕舞いなのさ」
「俺達の仲が、だよ。これからはひとりで行け。俺は、………………あっちでシャニが待っている」
「何だよそれ! 僕だけひとりぼっちにさせて! ならこれからもそのままでいいじゃないか! ……それとも何、二人っきりになりたいからって僕の事が邪魔になったの?」
「―――あぁ。そういう事だ」
沸点に達したのは僕だけで、オルガは呼吸を整え直して……大人しく……別れを告げた。
「……シャニが、先にあっちに行っちまったんだ。アイツ一人じゃ可哀相だからな……」
だからついて行くんだと。
だから。
……。
「………………僕は、可哀相じゃないんだ?」
「あぁ。………………お前は、いらない」
それは拒絶の言葉。
遠回しに聴きたがっていた最悪の言葉。
……耳にした途端、やっと自分の気持ちに整理がついた。
近寄ってきたのはそっちなのに、離れていくのも又そっち。
嫌がっている相手を苦しめる事はしないのは、親切な僕だからこそ。
「そっか。僕、フラれたんだ……。そういうこと?」
「あぁ。俺達は二人だけでやっていくから。お前は好きな所に行けよ。お前がちゃんと前を向くなら、もう迷子じゃなくなるから」
「そうだね。こんな迷路抜けるの簡単なのに、何でいつまで迷ってたんだろ? ―――じゃあねオルガ。シャニに宜しく」
「あっちでも二人で宜しくやってるさ。………………妬くなよ」
「馬鹿」
背を向けた。もうオルガの姿は見えない。
ムカつく顔はもう見えない。
ずっとしている変な目ももう見えない。
僕達は行く先が正反対だからぶつかり合う事ももう無い。
僕が選んだ世界は、今まで通りの世界。
彼が進んだ道は、ここではないどこか。
僕の行く先は、―――元居た場所なのだから。
眼を開ける。
心配そうな顔で覗き込んで来るのは同じ位の年の少年達。彼らが1週間前、死闘を繰り広げていたコーディネーター達だと知ったのはまだずっと先の話。
眼を開けて、直ぐに閉じた。
一瞬だけ見えた知らない少年達が何か言っているけど、僕の耳には一切入らない。
入れたくない。今は、最期のあの会話だけに溺れていたい。
「……馬鹿」
フったアイツにもう一度。
「馬鹿……バカ……くそ、あのばか…………っ、何で、ぁ…………」
決死の祈願だったのに、僕よりシャニを選んだアイツを貶す、貶し続ける……。
この言葉を聞いて、言い返してくれれば良いのに、塞いだ耳からは知らない人の声ばかり許可無しに入ってくる。
何で、僕はあの時……戻りたいだなんて言ったんだ?
何で、僕を止めて……一緒に行こうって言ってくれなかったんだ?
何で、僕は、………………僕は。
「ッ、ぁっ…………馬鹿オルガぁ…………っ!」
無理して、言い慣れない言葉を使いやがって。
自分も強がっていたけど、あっちも必死に言ってたに違い無い。
悔やみ、悔やんで、悔やみきれないけど……出来るなら、あんな哀しそうな眼でさよならなんてしたくなかった。
見え透いた嘘の眼で言ってほしくなかった。
わざと振り払うつもりなら、もっと簡単で冷たく振る舞ったって良かったのに。
―――最期の挨拶なんていらなかった。
なんで、あんなに、感情の籠もった眼をしていただろう。
―――初めて見た、彼の、生きた緑の眼―――。
「……ごめん……こっち来たいって言ったからには、…………こっちでひとり、元気でやるから」
ひとりの海に、最期の言葉が残響する。
ふたりのいないひとりきりのベッドに、最期の言葉を贈る。
あの時、最期の―――彼の生きた吐息を思い出しながら―――。
天国のふたりに絶対に届く声で―――。
END
止めたかった。
止めたかった。
止めたかった。
止めたかった。
――――――例え殺してでも、止めたかった。
もっと―――
もっと、一緒にいたかった。
もっと、話をしたかった。
もっと、体温を感じたかった。
もっと――――――もっと、あの笑顔を、見ていたかった。
04.12.10